18:迷探偵と税金泥棒?
「ケニルワース嬢、フローリー嬢、ラズウェル嬢少しいいか?」
Ⅰ組の朝会をやっていると、生徒指導のカルロス先生がきて私たちを呼び出した。
なんだろう?私とクレアさんだけなら女子寮の修理関係の話かもしれないけど、ミラもいるとなると見当がつかない。
「はい」
とりあえず返事をしてついていくことにした。
ついていくこと数分、外来客用の応接間に到着した。
外来客?呼び出された理由がさらにわからなくなった。
「まぁ無駄な時間になると思うが、ある意味滅多にできない経験だ。入ってくれ」
カルロス先生に促され部屋に入るも、ミラもクレアさんも、心当たりがない様子だった。
「初めまして、アーテー・ケイブと申します。王都を中心に探偵業をやっています。少しばかり名が知れていると自負しております」
ミラとクレアさんが一瞬笑いを堪えた?
私は知らないけど、有名な人なのかな?
「初めまして。ケニルワースです」
「ラズウェルですわ」
「フローリーです」
「最初に言っておく!僕が来たからには君たちの悪事は暴かれたも同然だ!貴族の子女だとしても特別扱いしない!」
・・・はい?
横目に映ったミラとクレアさんが笑いを堪えていた。というか、カルロス先生まで笑いそうになっている。
目の前のアーテー・ケイブさんはかっこつけたポーズのまま固まっている。カッコつけることに夢中で、笑いを堪えている3人に気付いてもいない。
「ふっ、図星を突かれて言葉も出ないか」
いえいえ、ちょっと意味がわからなくて反応に困っているだけです。
というか、なんかイオーゴを彷彿とさせる?なんで私の周りにはこういう人が集まるの・・・。
「それで、ケイブさん。言われた通り、3人を呼びましたが話とは?」
笑いを堪えることから立ち直ったらしいカルロス先生がまずは口を開いた。
「先生。大事な生徒を擁護したい気持ちはわかります。しかし!教育者であるからこそ、悪事を働いた生徒に反省を促すべきではないでしょうか!」
「ケイブさん、まずはその悪事とやらについて説明をお願いしてもいいですか?私もこの3人も話の中身がさっぱりです」
「いいでしょう!そこまでいうなら僕が真実を白日の元に晒してしまいましょう!」
仕草が芝居がかっていて、大根役者感がすごい。
「さて!三日前、あなたたちはどこで何をしていましたか?」
クレアさんとミラは笑いを堪えていることを表に出さないようにするのに必死で戦力にならなそうだから、私が答えよう。
「えっと、水の都ヴェネで観光をしていました」
「ふむふむ、観光ということにしているのですね。しかし!この名探偵の目はごまかせませんよ!」
「はい?」
「そう!あなたたちが、国の公的な資金を盗んだ犯人。つまり税金泥棒なのです!」
「はい?」
「わかってます。図星を突かれて焦っているんですよね。犯人のみなさんはいつもそうなんですよ」
「はい?」
「大丈夫ですわかってます、うら若い乙女に自白させるほど僕も鬼ではありません。今から僕が犯行の流れを言い当ててみましょう。あなたがたはただうなづくだけでいいのです」
「はい?」
思わずオウムのように「はい?」としか言えなくなっていた私に、ミラが耳打ちしてきた。「迷探偵の迷探偵による迷探偵の為の推理ショーが始まるわよ」らしい。
「まずあなたたちは、犯罪のイメージにひっかからないように、貴族令嬢でありながら町娘の格好をしました」
初手から違います。貴族令嬢だとわかると誘拐とかの危険があるので、目立たないようにしていただけです。
「観光客を装いつつ色々とあって犯行現場、つまり交易エリアに向かいました」
犯行現場?交易エリアで何かあったっけ?
「そして、まさに太陽が真上に登る正午に犯行に及んだのです!国が税金をもとに運営する両替所から、金貨を盗みました!」
そんなことがあったの?
この人の口から聞くと、ただの妄想なんじゃないかと思ってしまう。
そこでふとミラが私の服の端っこをちょんと引っ張った。
任せて、ってことかな?
「金貨の枚数が合わなかったことは存じております。しかしながら、両替記録の記載ミスの可能性もあります。どちらにせよ、わたくしたちはこの件を事件の翌日に知りました」
ほんとにあったの!?金貨の数が合わないって大事じゃない!
ドタバタしてたなーと思ったけど、もしかしてそういうことだったの!?
「あくまでしらを切るつもりですか?ラズ、いえ、少女Aさん」
「違いますよ、ケイブさん。もとからそのような事実はない、と申し上げております」
「そうですか!犯人の皆さんはいつもそう言うのですよ!」
「ケイブさんのおっしゃる”犯人の皆さん”について詳しくお聞きしたいところではありますけれど、わたくしたちは学問に励む身の上です。あなた様の自伝のネタを提供することに時間を割くつもりもございません。単刀直入にお聞きしますが、わたくしたちが金貨を盗んだという証拠はありますか?」
「僕の自伝をご存知でしたら話は早い。僕の華麗な捜査手腕もご存じでしょう。さてさて、交易エリアであなた達の目撃情報があります!貴族令嬢がいるような場所ではないでしょう」
「貴族令嬢ではありますが、わたくしたちは実務能力を磨く王立第二学園の生徒です。実地の見学をしていたとしても不思議ではありません」
「口は回るようですね。しかし、公的資金の税金を盗んだ犯人の姿を見た従業員から、15歳前後の年齢であったと証言を得ています。そして、あなたたちがあの場にいたのはわかっているのですよ!言い逃れできないでしょう」
これで決まったと言わんばかりに、ケイブさんがカッコつけたポーズとともにドヤ顔をしている。
けれど、この推理は根本的なところで矛盾がある。
ミラは、あくまで冷静に淡々と事実をつげるつもりのようだった。
「ケイブさん、百歩譲って両替記録のミスではなくて公的資金を盗んだ税金泥棒としましょう。しかしながら、肝心のところに矛盾がございます。犯行時刻は正午とおっしゃっておりましたが、わたくしとセレーネさん、クレアさんが交易エリアにいたのは、正午ではなく、日が暮れはじめる頃の時間帯です」
「な、なんだと!嘘だ!正午の時間帯に若い人間の目撃証言がある!」
「嘘ではありませんよ。わたくしが買い物をしたお店で確認してみてください」
「そう!買い物だ!あなたたちは、袋を持っていた!それに金貨を入れていたに違いない!」
「あの袋にはお店で買ったカカオ豆がいっぱいに入っていました。この件もお店に聞けば判明するでしょう」
「くっ、なんだと!こんなの認めない!僕の推理は緻密で完璧なんだ!」
ケイブさんは机をドン!と叩いて、逃げるように去ってしまった。
その様子をみたカルロス先生が、
「あーそのなんだ。実力がないのに威張り散らす、あんな恥晒しの塊のような大人に会わせて悪かったな・・・。一部に変な影響力があるから断るわけにもいかず・・・。それにしてもラズウェル、冷静な反論だったな」
「お褒めに預かり光栄です。そもそも事実ではないので、そのことをを説明しただけです。それに、事件当日は税金泥棒が現れたと騒ぎになっていたようですけど、翌日落ち着いてから改めて担当者が確認すると両替記録の記入ミスらしいと判断されたことも知っていました。あっそれと、下手に断るとあらぬ噂も立つ可能性もありましたし、先生があの迷探偵さんと私たちを合わせたことは合理的な判断ですので、謝らなくて大丈夫ですよ」
「・・・そうか。そう言ってくれて助かる」
ミラって大人びてるわね、と思っていると、ちょっとテンションがあがっていそうなクレアさんが目に入った。
「そうですよ!先生!私、迷探偵ケイブを生でみたの初めてです!本は読んだことありましたけど、有名な推理ショーも見れましたし、先生のおかげです!」
「そ、そうか・・・?喜ぶところずれてないか・・・?」
若干困惑しているカルロス先生はおいておいて、私だけさっきの人を知らないみたいね。
聞いてみましょう。
「ところで、迷探偵ケイブって?」
「セレーネは知らなかった?」
「うん。ミラは知ってたようね」
「ええ。アーテー・ケイブさんは自称名探偵で、自分が解決したと主張する事件を集めた自伝も執筆しているのよ。けど、その中身の推理が的外れで、妄想みたいな感じなのよね。それで、探偵の自伝というよりも、ギャグ小説として王都で評判になっているわ。サイン会にも結構な人が集まるみたい。先生が断るに断れなかった理由も、下手にファンに騒がれると困るって理由だと思うわ」
「そんな人がいたんだ。なんかその、すごいね」
お笑い芸人の書籍にファンが集まる感じかな?
「ほんとよね。さらに、本人はギャグ小説として人気があることに気付いてなくて、さっきみたいにたまに実際の事件の推理にくるらしいの。けれど、推理の中身はあんな感じだから『迷宮ばかりの迷探偵!その名は迷探偵ケイブ!』って言われてるわね。ちなみにご本人のキャッチコピーは『声なきに聞き形なきに見る』ね。事実は小説よりも無能なり、って感じね」
「逆にその小説、じゃなかった自伝に興味でたかも」
その後、カルロス先生から「急に呼び出して悪かったな」と言われた私たちは教室に戻った。教室で事情を説明すると、王都近郊出身の生徒たちから羨ましがられた。
ほんとにお笑い芸人のような扱いなのね・・・。




