10:週末のおでかけ
授業が行われる平日が終わり、休日になった。
私は今日はクレアさんとグレイスと一緒に王都近郊の山にある森に行く予定だった。
クレアさんが魔法陣を書き込む実験用の素材が欲しいということで、その採取に向かう。今は寮暮らしなので、毎回買ってると高いのと、せっかくの学生のうちに自分で採取する経験も積んでみたい、ということだった。
クラス対抗戦で、魔道具や魔法が当たらず、下手な鉄砲数打っても当たらない状態だったから、実戦の場に出てみたいという気持ちもあるらしい。
ただ、クレアさんはまだ実践経験がなく、私1人で守りきれる自信もなかったのでグレイスに声をかけた。嬉しいことにすんなり承諾してくれて、今は3人で街を歩いている。
「こうして街を歩くのもいいわね」
「そうだな。人間から放たれる活気に満ちた気配を感じる」
「グレイス・・・人間から放たれる気配って」
「セレーネは感じないのか?」
「感じるわよ。感じるけど、こうなんか、気配とはちょっと違うような気も・・・」
「そうか。私は戦いの場にいることが多かったからな、気配になってしまうんだ」
「せっかく学生なんだから、戦いの場以外のこういう場所にもまた来ましょう?今度は女子学生っぽくカフェとかどう?」
「カフェ?実際に行ったことはないから馴染みはないが、興味はあるな」
あれ?さっきからクレアさんが一言も話してない?
後ろを振り返ると誰もいなかった。
急いで周りを見渡すと、魔道具店に吸い込まれたクレアさんが見えた。
「クレアさん!」
「えへへ、この魔法陣いいですね」
「クレアさーん!」
「あっ!すいません!ここのお店、日常遣い用の魔道具が多くて、どういう魔法陣なのかなぁと気になってしまって・・・」
「見てわかるもの?」
「蓋とかシールとか、保護とかされてたら直接はわからないですけど、魔道具の効果と魔力の流れを見ればなんとなくですかね?」
「そうなんだ。すごいわね」
「慣れればセレーネさんもできるようになりますよ!」
(・・・できるようになる気はしないわね。これ結構才能必要なんじゃない?)
クレアさんが店内を一通り見たタイミングを見計らって、店から連れ出した。
犬の散歩ってこんな感じなのかな。
飼ったことないからわからないけど。
ふと、ちかくの路地裏に憎たらしい顔が見えた。
クラス対抗戦の時に私をはめた、Ⅱ組のあの男子生徒だった。
「グレイス、クレアさん、ちょっと様子を見てもいい?うちの学園の生徒が路地裏でコソコソ怪しいことしてるの」
「構わないぞ」
「私も構いませんけど、セレーネさん、ちょっと顔が怪しいです」
「うふふ、そうかしら?」
気配を消して様子を伺っていると、あの生徒が相手に何か渡した場面をバッチリ目撃した。
何かの薬・・・?
薬?を受け取った相手が去ったタイミングで、
「あらあら!奇遇ですね!先日の対抗戦ではお世話になりました!」
私は渾身のスマイルとともに、あの生徒に話しかけた。
「おや?えーと、Ⅰ組の」
「セレーネです」
「私はカールです。それにしてもどうされたんですか?年頃の女の子が路地裏にいると危ないですよ?」
あの生徒はカールという名前らしい。
彼は何気なく自己紹介をしているけど、一瞬「しまった!」みたいな顔をしたのは見逃さなかった!
「ふふ、強いボディーガードがいるから大丈夫ですよ」
ちらっとグレイスを見てから、またカールの方をみた。
「治ったとはいえ、怪我した後の腕で路地裏にいると危ないのではないですか?何をしていたんですか?」
別に騙されたのを根に持ってるわけじゃないよ!ほんとだよ!
「お気遣いありがとうございます。ここにいたのは、迷える子羊さんの相談に乗っていたんです。私は教会に所属しており、色々な方から相談を受けますので」
「こんな路地裏で?教会じゃなくて?」
「はい。目立たずに相談したい方もおりますので・・・」
この胡散臭い笑顔を崩したいけど、どうしたものか。
そこでクレアさんが私の服の袖をちょんちょんと引っ張った。
何か言いたいことがあるみたいなので、目で先を促す。
「あの、カールさん。相談って、最近街で流行っている気分が良くなる粉についてですか?」
「なっ!」
おっ!おっ!カールがかなり驚いてる!
でかしたクレアさん!
「いえいえ、何か勘違いされてませんか?職場で多額の予算と大量の人員を注ぎ込んだプロジェクトの成果がでなくて責任問題になりそうだからどうしたものか、と相談を受けていただけですよ。ほら、内容が内容だけに人目に着く場所で相談できないでしょう?私には商人の友人もおりますから、便宜をはかることもできますし」
すぐに平静を繕ったようだけど、あれだけ反応しておきながら、違います、は無理がある!
それにしても、言い訳がそれっぽいし機転は効くようね。
ただ、クレアさんには魔法がある。
あの美味しい紅茶も育てた素晴らしい魔法が!
いけっクレアさん!君に決めた!
「私は植物魔法が使えます。怪しかったので魔法で少し調べたところ、先ほどの粉が反応したので、植物由来だとわかりました。その上、最近街で流行っている例の粉に非常に酷似しています」
クレアさんが研究者モードで淡々と話している。
カールは余裕がなさそうな顔をして、一瞬周りの状況を確認した。
先んじてグレイスがカールの退路を塞ぐ。
それを見たカールは、手を挙げて降参のようなポーズをとった。
「はぁ、植物魔法かよ。それは誤魔化せないな」
クレアさんが、「ふう」、とひと段落ついたような仕草をしたので、ここからは私が引きつごう。
「あら?言葉遣いが変わってるわよ?」
「いまさらいいだろう。確かに、最近町で流行ってる粉の一種だが、俺が扱ってるのは合法の方だぞ?」
「ふーん、それで?」
「いや、だから合法なんだ。何も悪いことをしていない」
「そっかそっか。けど、グレーゾーンに近いわよね?それに結構稼いでるんじゃない?清廉潔白な教会様や、実力重視とはいえ王立の学園が、怪しいことに関わっている生徒を何もせずに見過ごすかしら?」
ここで、カールが苦虫を噛み潰したような顔で私のことを見ていた。
別に!対抗戦で騙された仕返しができて嬉しいとか思ってないわよ!ほんとだよ!
「・・・何が望みだ」
「話が早くて助かるわ。これから素材採取に行くのよね。けど、ほら私たちってか弱い乙女な上に、前衛1人、後衛2人でバランスが悪いでしょ?ちょうど壁があると嬉しいのよ」
「か弱い乙女・・・?」
「何?」
「いや、なんでもない」
「よろしい。それでは、あなたを私たちの騎士に任命します」
「というか、教会の治癒魔法師だから俺も後衛なんだけど・・・」
「あの時の剣の身のこなしは慣れてたわよ?ちょっと短いと思うけどこれが剣ね」
私は、収納魔法から修練用に買った剣を取り出して渡した。
「えっ収納魔法?いや、それより、ある程度慣れてるのは剣じゃなくて槍なんだけど・・・」
「槍はないのよね。剣でも私よりは近接戦も慣れてるでしょ?お願いね」
「これから用事が・・・」
「カール君、近くの教会ってどこだったっけ?あっ、忘れ物したからその前に学園に戻ろうかなー」
「・・・わかった、やればいいんだろやれば」
カールが快諾してくれた!
えっ?渋々な様子?気にしない!
「セレーネさん、悪役みたいです・・・」
クレアさんのつぶやきは聞かなかったことにして、騎士様?をゲットした私たちは素材の採取に向かった。




