七話「二度目から正直」
電車に揺られて1時間、俺は今大田の家の前にいる。時刻は夜の11時を過ぎたくらいだ。さすがに遠すぎた。俺の家は学校から比較的に近い方だが大田の家はとても離れていた。俺たちが通っている舟美高校は平均より偏差値が高いこと以外に魅力は特にないように思える。なぜこんな遠くから来ているのか不思議でならない。登下校で毎日2時間使うって俺からしたら考えられない。
今日で解決しなければ明日、明後日も駆り出されるだろうから何が何でも今日で解決させたいところだ。
「冬さん、ごめんなさい。こんな遅い時間まで付き合わせてしまって。こうやって迷惑かけることも今週中には終わると思うのであと少しだけ協力してください」
「全然大丈夫だよ~。大学生って思ってるよりも暇してることが多いからね」
隣からそんな会話が聞こえてくる。この事件の途中からこの2対1の構図をよく見るようになった。
ちなみに今日は週初めだから今週中でも最悪今日合わせて5回、土日も行く可能性を考えたら7回だ。姉ちゃんは困らないかもしれないが俺が大いに困る。大田よ、お前は完全に包囲されている!おとなしく出てこい!と叫んででも今日で終わらせたい。
姉ちゃんと廿日市の会話を聞きながら待っていると1時間弱くらいたってから犯人が出てきた。俺たちは廿日市のほうに目をやる。どうやら会話しながらもしっかり大田が出てくるか見ていたらしく大田の存在に気が付いていた。俺たちは目を合わせ首を少し縦に振り、大田のもとへ行く。
俺たちに気づいた大田は少し驚いたお様子を見せながらも前のように動揺することは無かった。
「お前らならいつか家まで来るんじゃねえかと心のどこかで思ってたよ。まさか現実になるとは思ってなかったけどな」
「大田君、どうしてこの時間に外に出ているの?」
「それはこっちのセリフでもあるぞ。お前たちだってこの時間に…」
大田はそこで話すのを区切り姉ちゃんを見て驚いたように少し固まる。無理もない。前回は姉ちゃんは少し離れたところから俺たちを見ていただけだ。大田が姉ちゃんを認識するのは初めてのはずだ。知らない人まで家の前にいたら驚いて当然だ。
それに察した姉ちゃんが軽い自己紹介のようなものをする。
「高田安芸の姉の高田冬でーす。はじめまして!」
「は、はじめまして。大田健です」
さすがに弟ちゃんとは呼ばれなかった。弟ちゃんだったら循環参照になるから当然と言えば当然ではあるが…。それにしても久々に姉ちゃんに安芸と呼ばれた気がする。あまりにも呼ばれないから弟の名前を忘れてるかい心配してたのに。
大田にぎこちなさがあるが自己紹介を終えたところで俺は本題に入る。
「大田、お前は今、自宅謹慎中のはずだ。しかも自分からの申し出たと聞いた。反省したんじゃないのか?」
俺の後に廿日市が続く。
「私は前も言ったけど夜に外に出るのを必ずやめるべきとも思ってないんだよ。でも大田君の行動がちぐはぐだからその理由を知りたいの」
俺たちの言葉を受け大田はうつむく。それは子供が責められて何も言い返せずにうつむくのとは少し違うように思えた。大田は覚悟を決めているのだろう。自分の考えを吐き出す覚悟を。
少しの沈黙の後大田は少しずつ話し始める。
「オレは自宅謹慎をしたいって言ったときは本気で心から反省したと思い込んでいた。こうすればオレの中にある”日常”への強い嫌悪感も消えると思っていた。でも今のオレはどうだ。結局オレの心は全く変わらず嫌悪感にのまれたままだ。幼稚だってことはわかってる!でもオレを責めないでくれよ。オレは頑張ったんだ…」
頑張ったから責めないでくれと言う大田に根性が足りない、おまえの努力不足と言うのは簡単だろう。実際それは正しい。多くの人は結果を重視する。その過程でどれだけ頑張ったのかは関係なく未だ夜遊びをしていることだけ見る。
しかし俺は頑張ったことを評価したい。自分を変えようとして行動したことを評価したい。大田の言う通り目の前にいる男は頑張ったのだろう。耐え難い欲望に理性だけで対抗するのはどれだけ苦しいのだろうか。彼はこのままではダメなことに気づき自分で行動した。簡単なように見えて難しい。大田は頑張ったのだ。俺はそんな大田が報われてほしいと思う。そのためにできることはしようと思った。
今の話を聞いて廿日市は黙っていた。もう夜に出歩くことを止めない発言はできない。大田は強い精神力で夜遊びをやめたいことを示したのだ。ここでその提案をすることは大田の努力を否定することと同じだ。俺たちがすべきことは未熟だった大田に手を貸し夜遊びをやめさせることだ。
しかし俺はなんて言うべきか迷っていた。大田の気持ちを聞きこれからやるべきことは決まった。だが手段がまだ思いついていない。
俺たちが黙っていると姉ちゃんが大田に話しかける。
「大田君の反省するきっかけは何だったの?」
大田は見ず知らずの姉ちゃんに未だ慣れていないのか少し驚いた様子を見せた後に答える。
「今回、オレの友達がタバコ吸ってんのを見たんすよ。そいつはオレが夜に遊ぶのを誘った奴だったんで責任感があって。そいつが少しでも反省して普通の高校生に戻ってほしいって思ったからそいつの学校に連絡したのですよ。そいつがこうなったのも、もとはと言えばオレのせいなんでオレも反省しようと思ったからです。まぁ、結局こうなんですけど」
大田はどこか他人事であきれたように笑いながら最後の言葉を言った。自分に呆れていたのだろう。大田は自分をダメな奴と思っているが俺はそんなことは無いと思う。どうしようもない奴はいるだろうが大田はまだ違う。
「いや、まだ遅くない。今からでもまだ間に合う」
俺がそういうと大田は俺を見て言った。
「どうせ無理だ。もうオレは前みたいに学校に毎日行って授業を受ける想像すらできねーよ」
「わかっているのか?夜遊びをしたところでどうせ、いつかは慣れて日常の一部になるんだ。こんなことを続けても意味なんてないぞ」
大田は悔しそうに唇をかんだ。自分でも気づいていたのだろう。この刺激がいつまでも続くものではないことに。それかもう慣れてきて日常の一部になってきているのかもしれない。
「慣れるって残酷だよな。オレのこの楽しさだっていつか”日常”になって奪われる。きっと欲の深い人間に呆れた神が与えた罰なんだよ。人間が永遠の幸せを手に入れないために」
大田は慣れることを神が与えた罰と例えたが俺は全くの逆だ。俺はそんな悪いものではなく良いものだと思っている。
「大田、慣れるってのはそんなに悪いものではない。慣れることができるからこそ人間は平等になるんだ。永遠の幸せもなく永遠の不幸もないから人間は毎日の変化を大切にして幸せになる努力をするんだ。幸せになれる努力をした人間が幸せになれる。慣れることほど人間を平等にするものはない。素晴らしいじゃないか」
「幸せになる努力って何なんだよ」
「勉強でもスポーツに打ち込んで昨日できなかったことをできるようにしたり、昨日まで話したことなかった人と仲良くなったりすることじゃないのか?人によって違うだろうけど」
「曖昧かよ」
そう言って大田は少し笑った。
正直、人と仲良くなって幸せになるかは試したことがないのではっきりわからず曖昧に言ったのが功を奏したのかもしれない。
ここまでの話を聞いて大田は言った。
「慣れるってことを悪者にしか見えてなかったけど、見方次第なんだな」
その顔にはさっきまでの自嘲的な笑いなどは含まれていなかった。それは慣れることが必ずしも敵ではないと知って安心したからなのか、それともこんな自分を否定してもらえたからかはわからない。少なくとも今日会った時と比べるとよい顔をしてるのは違いない。
ここで廿日市が大田に聞く。
「これから今みたいに夜出歩くこと、やめれそう?」
一番重要なところを聞いてくれた。話が終わった雰囲気があったから聞きたくても聞けなかったから助かった。
この問いかけに大田は
「正直、自信は全くないな」
と答える。急にやめれるようなことではないのかもしれない。でも口先だけでできるとか無理だとは言わなかったのはここに来た意味もあったってことか。
最後に俺は少しでも大田の助けになればいいと思いアドバイスを送ることにした。
「大田、時には諦めることも大切だ。お前が言ったように夜遊びは永遠の幸せを与えてはくれない。早いとこ見切りをつけて諦めてしまうのが良いだろう」
「そうするわ」
俺は今の会話を聞けて満足した。実際やめれるかどうかはわからない。自分の考えを変えるのは難しいしきっと最初に幸せを見つけるまではきっと辛いままだろうから。そんなこと思っていると廿日市が
「辛いとか思ったらまた相談してね」
と言った。あなたおいしいところだけ持っていくのはやめません?あなた今回ほとんど傍観してたでしょ。まあ廿日市をかばうわけではないが大田は今回明らかに夜遊びをやめたいという態度をとっていた。これは廿日市の考えと相反するものであるから役に立たなかったのは仕方ない気もする。まあ今回の勝負はもらった。
ってかお前「また相談してね」って言った?俺の記憶だとこいつ相談とかなしにこの件に首突っ込んでたような。
そんなことを思っているとこそこそと大田が近づいてきて俺に耳打ちをする。
「お前のお姉さん美人だな」
こいつ姉ちゃんと話すときずっと緊張してると思ったら初対面だからじゃなくてこれが理由かよ。こういうとき弟の俺はなんて返すべきなんだ?どうすることもできずただ苦笑いをしていると姉ちゃんも近づいてきた。
「大田君、やっぱり高校生で夜遊びをするのは良くないと思うの!大人になったらおねーさんが大人の夜遊びを教えてあげるから今は我慢してね!」
その言葉を聞き俺は心配になる。おそらく姉ちゃんが言う夜遊びは大田が想像しているのと全く違う。ただ集まってお酒を飲むだけ。しかも姉ちゃんが夜遅く帰ってくることはあるが毎回べろんべろんに酔って帰ってきている。介抱する姉ちゃんの友人に弟である俺がいつも文句を言わるくらいには手の付けようがない状態になっている。大田がその犠牲になると思うと………別にいいか。
姉ちゃんはそう言い残して活躍できずにしょんぼりしている廿日市のほうへと向かった。面倒見良いな。
その背中を見ながら大田はポツリと
「オレ大人になるまで絶対夜出歩かない」
と決意をした顔で言っていた。こいつは二度と夜に外を出ないのではないかと思わせるほどの決意だった。
もしかして俺の説得よりも最初からこっちでよかったんじゃね?そう思い俺もしょんぼりした。
俺はその日終電は意外と早いこととタクシーが意外と高いことを知った。




