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人食いストリートピアノ

人食いストリートピアノ2 ~兄弟~

作者: 月這山中

 駅前でピアノが親子を襲った。

 母親はストリートピアノに興味を持った子供に、弾かせようと思っただけなのに。

「逃げなさい!」

 丸眼鏡の男が親子を庇った。

 牙をむき出した人食いピアノは男に噛みつくが、はじかれたように口を開く。

 咆哮によって三人は吹き飛ばされる。

「くっ、これは厄介そうです」

 親子を庇ったまま男は立ち上がる。

 フッ、と人食いピアノの周囲が暗くなる。

「よっこいしょっと!」

 グランドピアノが降ってきた。

 押しつぶされた人食いピアノは地面に貼り付いた。

「危ないところだったな、三郎」

 グランドピアノに座る無精ひげの男が丸眼鏡の男に言った。

「次郎兄さん……!」

 三郎と呼ばれた彼は答える。

 二人は名高き音極兄弟のうちの二人、ピアノ調教師テイマー 音極三郎とピアノ携帯者ブリンガー 音極次郎であった。

「まだ放浪の旅なんてしていたんですか」

「お前も似たようなものじゃないか。こうやってストリートピアノの調教を続けてるんだろ」

「………」

「このままじゃなんだな」

 次郎はグランドピアノを起こすと演奏を始めた。

 パッヘルベルのカノン。

 卓越した、それでいて情感の籠った演奏だった。

 人食いピアノの騒動に立ちすくんでいた人々の凍った心を溶かしていく。

「世界には音楽が必要だ」

 駅前は日常へ戻っていく。

 親子連れを襲った人食いピアノも音楽に心奪われて、大人しいピアノに戻っている。

「そういえば、兄貴がこの街に来ているらしい」

「太郎兄さんが!?」

「この人食いピアノを消しに来たんだろう。兄貴が相手なら助太刀するぜ」

「……仕方ありませんね」

 三郎は丸眼鏡を上げる。


 夜。

 駅前に一台のトラックが停車した。

 何人かの作業着を着た者たちと共に、杖を突いた男が降り立った。

 音極兄弟の長兄、音極太郎は恐るべき裏社会のボスであり、世界からピアノを抹消しようと企んでいるのだ。

「……お前達か。次郎、三郎」

 太郎は駅前に置かれたストリートピアノに向かって呟いた。

 ピアノの影から次郎と三郎が立ち上がる。

 太郎は杖を突きながら言った。

「ピアノは危険な楽器だ。この世から消さねばならない」

「しかし、ピアノがなければ生まれない音楽があります」

「そうだぜ兄貴。あんがい慣れればかわいいもんだ」

「そのために何人が犠牲になる」

 空気が張り詰める。

「まあいい、お前たちごと消せばいいだけだ。やれ」

 太郎が手を上げた。

 作業着を着た撤去業者たちが三郎と次郎に襲い掛かる。

「はあっ!」

 三郎はソの息を吐いた。掌底で撤去業者を倒す。

 次郎は担いだグランドピアノを振り回して応戦する。

 だが撤去業者に掴まれた。相手はピアノ撤去のプロだ。

「次郎兄さん!」

「あらよっと!」

 次郎はピアノごと撤去業者を天高く放り投げた。

 空中で作業服が消えていく。

 目にも止まらぬ速さで次郎のグランドピアノが捕食しているのだ。

「やはり、調教してないんですね!」

「俺しか触らないから大丈夫だよ」

 太郎が杖を上げた。

 三郎は走った。ストリートピアノと太郎の間に立ちふさがる。

 杖は仕込み銃だった。パタラララ、と乾いた音が響く。

「三郎!」

「この子は傷つけさせません」

 三郎のスーツに穴が開いていた。

 防弾チョッキを着込んでいるのか致命傷は避けたようだが、腕からは血がにじんでいる。

「三郎、お前はピアノを恐れていた」

 太郎が語りかけた。

「小さな子供だった頃の話ですよ」

「誰よりも心優しいお前が、なぜ」

「生きているからです」

 太郎の頭が動いた。

「ピアノは、生きています」

「では死ね」

 太郎はトリガーをひく。

 その前にグランドピアノが立ちふさがった。

「何っ」

 乾いた音がして弾が当たり、グランドピアノがしぼんでいく。毒が作用したのだ。

「次郎兄さん!」

「おおおおお!」

 グランドピアノを跳び越えて次郎は自らの兄を殴りつけた。

「ぐっ……」

「どりゃ、どりゃ、どりゃ!」

 倒れた太郎に馬乗りになり殴り続ける。

「こざかしい!」

 次郎をはねのけて太郎は立ち上がった。

「はあーっ……!」

 ソの息が響く。

 太郎は杖を構えたが、遅い。

「はあっ!」

「っ……!」

 三郎の手刀によって杖は折られた。

 太郎は膝をつく。

「なぜそこまでして、そんなストリートピアノを、子供を襲うような生き物を……」

「ピアノと人間の共存は自分たちの夢です。その夢のために、自分たちは生きています」

「………バカバカしい」

「そいつはどうかな」

 ストリートピアノの前に次郎が座った。

 ドビュッシーの月の光。

 柔らかい音楽が、張り詰めた空気を溶かしていく。

「ばかな、その人食いは、まだ調教されていないはず」

 太郎は立ち上がる。

「こいつが弾かれたがっているんだよ。俺のグランドちゃんへの鎮魂歌レクイエムだってさ」

 次郎は指を動かしながら言った。

 太郎は頭を振る。

 三郎は、腕を太郎に差し伸べた。

「太郎兄さん。もう一度、ピアノと共に生きてみませんか」

「……ふん」

 太郎はその手を払いのける。

「俺は諦めん」

 杖に寄り掛かって立ち上がると、トラックを運転して去っていった。




 フードコートでピアノが人間を襲った。

「逃げなさい!」

 三郎は客を避難させる。

 ピアノが人間と共存する夢のために、今日もピアノ調教師テイマーは戦う。

 ソの息を吐く。


  了

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