05 聞きたくて仕方なかった隊長
訓練後、ライナルトに連れて行かれたのは街の大衆酒場だった。
仕事を終えての一杯を目当てに集まった人々で店内は大層にぎわってる。「いらっしゃいませー!」と元気に出迎えてくれた店員に案内され、奥のテーブル席についた。
「とりあえずエール二つね」
ライナルトが店員に最初の酒を注文をしながら、向かいに腰かける。ここまでのあまりに慣れた様子に、エルダは少し驚いた。
「注文の仕方も板についてますね」
「まぁな。ここはよく隊員と飲みに来るんだ」
「え? いいんですか?」
「え? なにが?」
「だって――」
あまり大きな声では言えないが、ライナルトはこれでいて大層な血筋のお方なのである。
この国で金髪の者は珍しくないものの、光が当たると美しい黄金を放つ瞳の色は、見る者が見ればすぐにその正体に気付くだろう。
なにを隠そう、彼はこのディモス帝国の第三皇子様であらせられるのだ。
ライナルトに魔術の才があったこと、母親が側妃であったこと、そして正妃の子である第一・第二皇子ともが大変優秀だったこともあり、継承権は放棄すると公言しての魔術師団入団ではあるが、その身分が第三皇子であることに変わりはない。
「師団で隊長務めといて、そんな堅苦しいこと言ってられないだろ。たまに帰ったときはちゃんとしてるし大丈夫」
「ひえええ」
たまの帰省と簡単に言うが、その帰省先は我が帝国のディモス城だ。スケールが大きすぎて眩暈がする。
エルダの家とて実は男爵位を持っているのだが、貴族と名乗るのもおこがましい端くれ貴族にしてみれば世界が違う。
「まあ、ある程度動向は監視されてると思うけど、いちいち出てきて何か言ったりもしないから気にするな」
「え、今まさに監視されてるかもしれないってことですか?」
「もちろん」
「もちろん!?」
嫌だなぁそれ。とこちらとしては思うが、なんだかんだで皇族である。そこらで種をばらまかれても困るのだろう。監視する方もお疲れ様だ。しかしエルダだって、しがない男爵令嬢が皇子に粉をかけたなどと誤解されても困るのでむしろ助かるかもしれない。
店員からジョッキを受け取りながら、さらに唐揚げとサラダとチーズを頼んだライナルトは市井に馴染みすぎな気もするが。
乾杯してエールをひと口飲んだところで、ジョッキをテーブルに置いたライナルトが切り出した。
「……で、だ。いい加減聞いてもいいか? いいよな?」
「なにをですか?」
本当はわかっているけれど、あえて聞き返したら渋い顔をされる。それでも、これまでなにも聞かずによく見守っていてくれたと思う。
そんなライナルトが意を決したように口を開いた。
「エルダとクラウス、学生時代は仲が良かっただろ? この現状はなんなんだ」
首を捻るライナルトの疑問はもっともだと当のエルダも思う。
ディモス帝国では、高い魔力を持つ者は貴族平民問わず魔術学園へ通うことができる。
そこで魔力の扱い方と魔術について多くの知識を学ぶのだ。
完全なる実力主義であり、ここで良い成績を収めれば就職も安泰。
とはいえ、学費などの問題で生徒の大半はやはり貴族だ。だが平民でも群を抜いて優秀な者には特待生制度もある。
ライナルトは、魔術学園時代エルダとクラウスの二学年上の先輩だった。
学生時代、エルダは図書館の窓際側に並んだテーブルの角席を好んで使っていた。放課後ともなれば高く本を積み重ね、時間を忘れてひたすら読みふけりノートをとる。
そうして席を独占していたのだが、実はエルダが入学するまでその席はライナルトの定位置だったらしい。
「やたらと人が集まってくるのが鬱陶しくて、人目を避けるのにいい場所見つけたと思ってたのにさぁ。三年になったら可愛い一年の後輩が毎日のように陣取ってたんだもんなぁ」
「それは申し訳なかったと思いますが、ライナルト隊長はもう少し自覚を持った方がいいですよ」
第三皇子ともなれば、そりゃあ人が集まってくるだろう。誰だって繋がりを持ちたいと思うに違いない。
じとりとした目で指摘すれば、ライナルトはうんざりしたように肩をすくめた。この人は本当に皇位継承などの政治的いざこざに興味がないのだろう。
「いや、俺は最初から魔術師団を目指すつもりだったし、そう言ってたし、上の二人に任せておけばどうせ出番なんてないし――って俺の話はいいんだよ!」
皇帝は家族仲が良いと評判だが、どうやら事実であるらしい。我が帝国も安泰だなぁなんて思っていたら話の矛先がグイッとエルダに戻った。
「図書館で毎日二人いちゃいちゃしてただろうが。俺の生徒会の勧誘まで断ってよ!」
「いちゃ――ぐふっ!?」
不意打ちに思わず咽た。
「なにを言っているんですか!」
ごまかすようにエールを煽ったが、きっと今エルダの顔は真っ赤だろう。現に向かいのライナルトが「ほれみろ」と言わんばかりに口元をニヤニヤさせている。
図書館の窓際側の角席。
そこは、エルダとクラウス、二人の定位置であったのだ。
「別にいちゃいちゃなんてしてませんし! それに、あんな図書館の片隅で誘ってくるのが話題の生徒会長本人だとは思わなかっただけで……それについては申し訳なかったと思っています」
皇族であるライナルトは生徒会長を担っていたのだ。
だが、まさかあんなところで第三皇子が声をかけてくるなんて誰が思うだろうか。生徒会長の顔も知らなかったのか、という点は間違いなくエルダの過失だがまったく興味がなかったのだから仕方がない。勘弁してほしい。
おそらくエルダにクラウスもつられてしまったのだろう。誘ってきた第三皇子に対して二人揃って即断りを入れてしまった。今思えばかなりの不敬であるし、クラウスほどの人材なら生徒会に入っていた方が良かったかもしれない。
だって彼は特待生だったのだ。
誰しもが認める天才だった。
改めて申し訳なさが募る。
「ともかくさ、俺が卒業するまではずっとそんな感じだっただろ? なのに、入団してきたと思ったらエルダは実戦部隊に配属されてくるし、どうなってるんだよ」
「うう……っ」
「エルダは、研究課志望のはずだっただろう?」
痛いところを容赦なく突いてくる。
これまで余程聞きたいのを我慢してくれていたのだろう。その思いが爆発したライナルトの勢いが止まらない。
「……ごもっともですね」
指摘通り、エルダは学生時代実戦魔術も得意ではあったが、志望は魔術師団の研究課だったのだ。
そして――。
「実戦部隊を志望してたのはクラウスの方だろう!?」
「……だったはずなんですけどねぇ」
学生時代クラウスは座学の成績ももちろん良かったが、とにかく実戦魔術のセンスがずば抜けて素晴らしかった。
事実、専攻は実戦魔術であったのだ。
「だから、本当に、もう――なんでだよっ!」
これまでためにためていただろうライナルト渾身の「なんでだよ」であった。
けれど、聞かれたとてエルダに言えることなど多くない。
と、ここでちょうど注文した食べ物が運ばれてきたので、手を伸ばしながらエルダは学生時代を回想する。
「うーん……隊長がご卒業されて、私たちが二年生に進級してしばらく経った頃なんですけど……クラウスが突然学園をやめたんですよね」
「は? そうだったのか?」
「そうなんです」
本当に、突然。
クラウスは何も言わず学園を去ってしまったのだ。
エルダが知りえるのはこれだけだった。