エピローグ2 外野から見たらホラー
ニコラが食堂でコーヒーを飲みながら休憩していると、隣に誰かが腰かける気配がした。
横目で伺えば、金髪が視界に映る。
「おつかれさまです。ライナルト隊長」
魔術師団で知らぬ者はいない気苦労隊長――またの名をディモス帝国第三皇子様だ。
軽く頭を下げたら、同じように返された。
皇族と思えぬこの気安さは本当に尊敬ものである。
「来週からエルダが研究課へ異動になるから、よろしく頼む」
「奇遇ですね。うちのクソ眼鏡も来週から第二実戦部隊に異動らしいので、よろしくお願いしますね」
「ぶふうっ!」
隣で皇子がコーヒーを噴いた。
スッと布巾を差し出したら咽ながらテーブルを拭いていたので、この人はさすがに少し気安すぎるかもしれない。
「くそめがね?」
「だってそうでしょう?」
「そんなことを言えるのは君くらいだと思うぞ。あいつ、最近俺と顔を合わせるたびに鬼よりおっかない顏してきて本当にこわい」
「ふふふ、必死なんですよ。せっかく手に入った可愛い天使を取られたくないから」
「天使ぃ!? あんなクレーター量産する天使がいてたまるか。眼鏡の度が合ってないんじゃないか?」
「それ、聞かれたらそれこそ本当に屠られますよ」
「やめろ。現実味えぐすぎる」
うんざりした様子のライナルトはお疲れのようだ。
「そんなに警戒しないでほしいんだけどなぁ。だってそもそも……っていうか、あいつ知らないのか?」
「知らないからでしょうね」
「伝えてくれよぉ」
「だってつまらないじゃないですか。――ライナルト隊長にはすでに婚約者がいるのよ、なんて伝えちゃったら」
「つまらないで俺の生活脅かすなよぉ」
「自分で言ってくださいよ」
「だからおっかないんだよぉ」
成人した帝国の第三皇子である。
よく考えれば婚約者くらいいて当然なのだが、どうやらクラウスはそれに気付いていないようだ。愛しの天使のこととなると、とたんに周囲が見えなくなってしまう。
ちなみに帝国の貴族令嬢だという婚約者との関係は、非常に良好であるらしい。
「可愛い天使以外に興味がないみたいですからね。まあいいじゃないですか、お互い執着――いえ失礼、一途でお似合いです」
「執着……困ったな反論できない」
「でしょう? だって、クラウスの転移魔術の魔法陣見ました?」
「見たけど、え、なに?」
少しばかり警戒するライナルトに、ニコラもこの感情を共有したくて告げる。
「魔法陣の構成って、同じ効果でも製作者によって細部が結構違うんですよね」
「え、それで?」
「今回の魔法陣、よく見ると何か所か、わずかにまどろっこしい計算式が使われているんです」
「ええ? つまり?」
「その数字、並べると実は……学生時代に初めて出会った日の日付になるらしいですよ」
「こわあああぁぁーー!」
おのれの腕を抱いて身震いするライナルトに、ニコラはようやく得られた共感に大変満足した。
こんなの、他人から見ればただのホラーだ。
「なんだその天才の無駄遣い」
「転移魔術の復活ともなれば魔術史に記されるでしょうからね。大方二人の記念日を後世にまで残したいとか思ったんじゃないですか?」
「だからこわいって」
「でも、彼女ならむしろ喜んでくれそうで良かったです」
「……そのまどろっこしい数字に気付きそうだし、なおかつ大喜びだろうなぁ」
頭のいいやつ同士のいちゃつきが高度にもほどがある。とライナルトが頭を抱えた。
お互いに時を経て執着――いや一途を拗らせているので二人の世界が濃厚すぎる。
「まあ確かにようやくだし……っていうか、長すぎて。俺の監視たちからの報告書を読んだうちの家族もみんな祝福してたわ」
「ぶふうっ!」
今度はニコラが盛大にコーヒーを噴く番であった。
布巾を手渡されて咽ながらテーブルを拭いた。
だって、ライナルトの家族が誰かなど考えるまでもない。ある意味帝国内で一番有名な家族ではないか。
そこにまで周知されているなど普通に怖いだろう。
いやしかし、クラウスならドヤ顔で当然だとばかりに頷くかもしれない。その顔が容易に思い浮かんで、想像だけで少しばかりイラッとした。
「学生時代にさ、俺の生徒会の誘いを断った生徒がいる。って報告書を見られて以降『面白い子たちだなぁ』なんて大注目だからな。俺が卒業したあとは監視対象から外れてたから、入団後のまさかの関係性にみんなハラハラ見守っていた現状からの大円団だし」
「そんなところまで報告されているんですね」
「まあな。ほら、やんごとない立場ってのも大変なんだよ。おかげで現在、監視含めみんな祝福ムードで大盛り上がりだから」
この帝国、平和だな。なんてそんなことを思った。
「おっと、そろそろ行かないと。じゃあ来週から頼むな」
「ええ、こちらこそ」
慌てて立ち上がったライナルトに倣って立ち上がると、ニコラも休憩を切り上げて持ち場に戻ったのだった。
これで完結となります。
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