21 愛がクソデカでした
結果として、第二実戦部隊の代打を務めたクラウスの活躍は素晴らしいものだった。
広大なスラハル大森林から出てくる魔物の討伐の大部分を担い、おかげで厄災の第二波までの間、他の隊員たちが十分に体勢を立て直すことができたのだ。
そして訪れた第二波。
エルダも魔力回復薬を使って復帰をしたが、いまだ余力のあったクラウスは続投してくれた。
十分すぎるほど代打の役割は果たしてくれたので、少し休んでくれと言ったのになぜか聞かず、休むことすら惜しむように怒涛の活躍。
どうしたのだとエルダは首を傾げるばかりであった。
まさに底なしの魔力に誰もが驚く中、平然と「驚いてる暇があったら、さっさと配置についたらどうなんだ」と隊員たちに容赦ない激を飛ばしまくる。
これぞまさに鬼眼鏡。
とはいえ、さすがにあくまで代打であるクラウスは隊の後方に配置されたが「ある程度わかる」と言っていた言葉以上に第二実戦部隊の連携を熟知していたため、エルダを始めとした隊員たちはこれまでになく動きやすい的確な補助にとても助けられた。
ここまで正確に頭に入れるには、一体どれほどの時間エルダの訓練を覗いていたのだろう。と、物陰から覗くクラウスを想像して――やはり胸がキュンとときめいた。
そして、口から出ていたらしいその呟きを聞いたライナルトが、強大な魔物を前にしたときよりもひどい顔をしていた。
つくづく失礼な隊長である。などとニコラに愚痴ったら同じ顔をされた。
ともかく後方にクラウスがいてくれたため、隊長であるライナルトが直接前方へ出て指示を飛ばすことも可能となり、その後第三波、四波とあったが、予定よりも順調に厄災一番の山場と言われたスラハル大森林を乗り切ることが出来たのだ。
その後正式に厄災終結の知らせを受け、今度は一気に撤収作業へ移ることになる。
その頃には、クラウスはすっかり第二実戦部隊の面々になじんでいた。
「鬼眼鏡のおかげで上手くいったな!」
「本当にいてくれて助かったぜ」
鬼眼鏡という呼び名が好意的なものに変わってしまうほどに。
「だからと言って調子に乗るな。自分の仕事の範囲はしっかりと認識しろと言っただろう。次から勝手に飛び出した奴は後ろから打つぞこの馬鹿が」
「そういうお前こそ、初っ端はエルダ追いかけて誰よりも勝手に飛び出したくせになぁ」
「これからも頼むよ鬼眼鏡ぇ」
クラウスの言っていることは相変わらず辛辣なのに、周囲の隊員の目はなぜか生温かい。
エルダを追いかけてからのクラウス無双は、あっという間に今回同行している者全員に知れ渡ってしまったようだ。
まあ、あれだけ暴れ回れば当然といえば当然だろうが。
関連して、並び立つエルダを見るみんなの目も温かくてとてもいたたまれない。
隊員たちはクラウスの肩をひと通り叩いてから撤収作業に向かって行った。
そうしたら、入れ違うようにライナルトがやって来る。
「クラウス、今回はおかげで助かった。ありがとう」
「こちらこそ。お役に立てたようでよかったです」
二人が握手を交わした。
なんともいい光景である……が、ライナルトの手が離れない。眉根を寄せたクラウスが腕を振っているが離れない。
隊長らしい表情を張り付け、やけににこにことした表情で口を開いた。
「提案なんだが、クラウスは実戦部隊に異動する気はないか?」
おそらくこの勧誘が本題だったのだろう。確かに今回クラウスの活躍は目覚ましかった。正直にいえば、あれだけの実力がありながら研究課一本というのはもったいないと思えるほどに。
「とはいえ、研究課での仕事も優秀だと聞いているし、無理にとは言わないが……」
「いいですよ」
「だよなぁ……って、え!? 本当か!?」
まさかあっさり了承してもらえるとは思わなかったのだろう。ライナルトの声があまりの驚きからか面白いほど裏返った。
同じく驚いたエルダがクラウスを見上げれば、柔らかく細められた黒色の瞳がこちらを見ている。
「もう研究課でやりたいことはないので」
いや、確かにそう言っていたけれども。
まさか本当にこんなにあっさりと異動を受け入れるほどだとは、ライナルトどころかさすがのエルダも思っていなかった。
「その代わり……エルダが希望するなら、彼女を研究課へ異動できるようにしてください」
「え、私? なんで?」
突然の提案に目を丸くするが、ライナルトはなぜか納得したように頷いている。
「ああ、なるほどなぁ……。だ、そうだエルダ。お前もちょっと異動の件考えておいてくれ。俺としては残ってくれたら嬉しいが、代わりにクラウスが来てくれるなら問題はないし、なにより本人の希望が一番だからな」
「え、え?」
「戻ったらまた詳しく話そう」
それだけを言い残して、ライナルトは撤収作業の指揮に戻っていった。
残されたエルダは大変な混乱に陥ったのだが、その手をクラウスが取る。
「ほら、早く片付けて帝都に戻るぞ」
「あ、うん。クラウスのおかげで厄災も乗り切れたよ。本当にありがとう」
「ああ。一刻も早くエルダと帰りたかったからな」
「……うん?」
手を引かれるまま歩いていたら、予想外の言葉が降ってきた。
かと思えば、振り返ったクラウスの顔は見間違いではなく赤くなっている。
「この前は、ライナルト隊長に途中で邪魔されただろう?」
言われて、エルダの顔も瞬く間に熱くなる。
もしかして。と、唇がわなわなと震えた。
「そ、それであんなに休まず出撃していたの!?」
「当たり前だろう!? やっと、ようやくエルダと……ってときに厄災なんてやってられるかっ!」
鬼眼鏡が一瞬でヘナチョコ眼鏡になった。
数年に一度の大仕事も、クラウスにとっては『厄災なんて』となるらしい。その比較対象が自分であるという事実にどうしようもなく心が震える。
ヘナチョコ顔も恰好良いと思ってしまうエルダは、引かれる手を強く握り返した。
「私もだよ」
弾かれたように振り向いた顔があまりに必死で、申し訳ないけれど笑みがこぼれた。
自分の振る舞いとすっかり変わってしまったクラウスに落ち込んで、昔の心地よい関係性などすっかり諦めていたけれど……それはお互い様だったようだ。
きっと傍から見れば、エルダだってみっともないほど顔を赤くしてヘナチョコ顔を晒しているに違いない。
こうして、スラハル大森林の厄災は無事に終結し第一騎士団及び第二実戦部隊と研究課同行者二名は無事に帰還したのだった。




