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02 鬼眼鏡と呼ばれる男

 今回の魔物討伐において一番の功労者であるが一番の命令違反者でもあるエルダは、現在上司から特大の雷を落とされている。


「エルダぁ! お前、また勝手に特攻しやがって!」

「はい! すみません!」

「団服ダメにするのもこれで何着目だ!? 言ってみろ!」


 特大の魔術をぶっ放してウルシル平原を焼け野原にしたのち、隊長であるライナルトに襟首を掴まれて捕獲されるなり怒涛のお説教が始まった。


 なびく金髪にどこか上品な顔立ち、けれどいつもは気さくな笑みを浮かべている隊長の眉が、ぐいっと恐ろしいほど吊り上がっている。そこらの魔物よりこわい。などと思ったが、さすがに思うだけに留めた。


「……申し訳ないです。そして覚えていません!」

「馬鹿正直に胸を張るなお前はぁっ!」


 素直に深く頭を下げれば、ライナルトの言う通り全身いたるところが焼け焦げてしまった団服が目に入った。


 魔術師団の団服ともなれば魔術耐性も高いはずなのだが、自身すら顧みないエルダの特攻は少しばかり……いや、明らかにやりすぎてしまうらしい。


 せっかくの深藍色も砂埃でくすんでいるし、女性用団服のハーフパンツは焼けてすっかりショート丈だし、そこから覗く足も煤で黒ずみ肌の色がすっかり薄汚れていた。

 膝下まであるブーツなんて灰に帰した魔物の残骸がべっとりこびりついていて、履いているだけで気分が悪い。

 とにかく、確かにこれではもう使い物にならないだろう。


「実力は認めているし、信頼もしている。けれど毎度、無鉄砲がすぎるぞ。誰が魔物の群れ中心めがけて突っ込めと言った!? あっちこっちでクレーターばっかり作ってきやがって!」

「でも、あれが一番被害も少ないし任務だって一発で終わりますよ?」


 エルダとしては当然のことを言ったつもりだったのだが、ライナルトは唸るような大きなため息とともに頭を抱えてしまった。

 いけない。火に油であった。と気が付いたときには後の祭り。

 おかげでお説教はまだ続く。


「あんな体当たり戦術取らなくとも、エルダの実力ならもっと上手くやれるだろう?」

「嫌ですよ、そんなまどろっこしい」

「思い切りの良さをここで出すな! その少ない被害って、どう考えてもエルダのことじゃないか。そんなの俺は認められない」

「隊長がなにを甘いこと言ってるんですか。私ひとりの被害で済むなら安いものでしょうに。では次から気を付けまーす」

「なにが安――っ、おい、エルダああぁぁ!」


 なおも言い募ろうとするライナルトに背を向けてそそくさと逃げ出せば、寄ってきた他の隊員たちが「今日も派手にやったな」「火柱すごかったぞ」「相変わらず馬鹿みたいな威力してんな」などと次々に背中をバシバシ叩いて称賛してくれる。


「でしょう? 次も任せて」


 ニヤリと笑んでみせたら、ドッと場が湧いた。

 しかし、うしろから「お前らエルダを増長させるな!」と怒るライナルトの声が聞こえて、隊員たちは「やべぇやべぇ」と蜘蛛の子を散らすように去って行く。


 その様子に再度ため息を吐いたライナルトが隣に並んだ。

 隊長職も大変だなぁと思う。……今回はエルダのせいなのだが。


「もっと自分を大事にしろよ」

「命を無下にしているつもりはないです」


 疲れたように項垂れるライナルトに返す言葉は、嘘ではない。

 別に自殺願望を持って魔物に突っ込んでいるわけではない。

 なにを当たり前のことをとエルダは思ったが、ライナルトはなんともいえないような表情を浮かべるだけだった。


「まあ、とにかく帰還準備をするか……」

「了解しました! 隊長!」

「こういうときだけいい返事をしやがって!」


 こうしてディモス帝国魔術師団第二実戦部隊は、隊員一名の団服が焼け焦げるという被害のみで目標の魔物を殲滅し、無事に帰還したのだった。


 そして『瞬く間に魔物を滅し、早朝出ていった第二実戦部隊が早くも戻ってくる』という話はあっという間に広がったらしい。


 ひとまずブーツだけ履き替えて、ギリギリ遅めの昼食にありつけるかなぁなどと閑散とした食堂を想像しながら魔術師団兵舎に戻ったエルダは、待ち構えていた予想外の人混みに驚いた。


「聞いたわよエルダ!」

「今日もやったらしいな!」

「最速記録更新じゃない!?」

「団服ここまで焼くなんてどんだけだよ!」


 ワッと囲まれ、他の部隊の魔術師たちから胴上げされる勢いでもみくちゃにされた。

 魔術師とはいえ実戦部隊は好戦的な者が多い。騎士のように逞しい体格ではなくとも気性は男女問わずに負けず劣らず。したがってエルダを迎える声も猛々しい。

 そんな中、盛り上がる人垣を割って入った人物が声を上げた。


「だからお前ら、エルダを増長させるなって言ってるだろう!」


 もはやお馴染みですらある、第二実戦部隊の気苦労隊長ライナルトの一喝である。


 隊長のひと声となれば、さすがの猛者たちも強く反論するわけにいかない。渋々と散って行く仲間たちの背中を見送っていると、ライナルトからぐいっとなにやら押し付けられた。


「ほら、新しい団服だ」

「もう持ってきてくれたんですか? 助かります」

「そう思うならもっと大事に着ろよ」


 呆れたように言われて、曖昧な笑みを返しておく。


「遅くなったけどなにか食うか?」

「そうですね。お腹すいたし……」


 並んで食堂内へ歩きだしたところで、ふと気付いたエルダの言葉が切れる。

 反対側から、この国では珍しい黒褐色の髪に白衣を羽織った眼鏡の男が歩いてきたのが見えたからだ。


 つられて前方に目を向けたライナルトも、エルダの視線の先を知って「あちゃー」と焦ったような声をあげる。

 同時に、二人の邂逅を悟った周囲の空気までピリリと張りつめた。


「やっべぇ、鬼眼鏡来た」


 誰かの呟きの通り、彼のまとう雰囲気はその呼び名を彷彿とさせるものであった。

 感情の伺えない無愛想な顏は整っているだけに近寄りがたく、相手に畏怖の念すら抱かせてしまう。

 現に、自分にも他人にも厳しいともっぱらの評判だ。


 中指で押し上げた眼鏡が鋭角に光を反射して、こそこそざわめく周囲を咎めるように見渡した。人垣が気まずそうに一歩後ずさる。気のせいか場の空気が数度下がった気さえする。

 その様はまさに『鬼眼鏡』である。


 そして全員の視線がその鬼眼鏡とエルダを何度も往復した。

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