18 ほとばしる熱量
『第二実戦部隊が戻ってきたと聞いて向かったら、また爆心地を作ったらしいと出迎えの面々が盛り上がっていた。毎回なにを考えているんだ?』
開いたとたん目に飛び込んできた文章に、うっと言葉に詰まった。
日付を見れば、これは先日また団服をダメにしてライナルトに雷を落とされた日である。
確かそのあとクラウスと遭遇し似たようなことを言われた覚えがある。その日の日記だ。
もしかしてこの調子でお説教が続くのかと、緊張の面持ちで先を読んだエルダは思わず二度見をしてしまった。
『焦げついてボロボロになったハーフパンツから覗く生足が眩しすぎて危険だった。常々思うが魔術師団の女性制服は足を出す必要などないと思う。以前事務局へ抗議したら過去に男性と同じくズボンタイプを採用していた時期もあったそうだが、実戦部隊の女性は機動力重視が多いようで足を出した方が動きやすいらしい。それはわかる。だが足が長く細く見えるようにと、それなりのこだわりを持ってデザインされただ云々は知るか。そんなことはどうでもいい。俺の天使の足を守る方が重要だ。それにエルダはデザインに頼らずとも十分美脚だ。今度黒いタイツでも下に履いておけと提案するのは可能だろうか』
一度目はまったく理解が追い付かずに目が滑った。
それはもうツルツルと滑りに滑った。
二度目でなんとか意味がわかったが、何度読み直してみてもぎっちりと隙間なく書いてある怒涛の内容に変化はなかった。なんだか筆跡だけで勢いと熱量がすごい。
いや、確かに先ほど目覚めた際、足を撫でまわされていた気がする。あれはやはり夢でも幻でもなかったということか……?
思わず顔を上げて、本当に隅のイスに腰かけているニコラを見やる。
きっと困惑顔だろうエルダを見ても、彼女にとってはそんな反応など想定内だったらしい。
「心配しなくても、間違いなくクラウスが書いたものだと思うわよ」
「……天使……私?」
自分の顔を指差して呟けば、深く頷かれた。
「ああ、やっぱり書いてたの? 気持ち悪いわよね。それ、いつも言ってるわあのクソ眼鏡」
『爆心地などと呼ばれる戦法をなぜ取るのかと聞いたら、関係ないと言われた。いくら嫌いだからといっても心配くらいさせてほしい。おかげで午後の訓練を最後まで見守ってしまった。ニコラと研究課長にとんでもなく激怒されたが、エルダの方が大事に決まっているだろう。反省文に彼女は天使であり見守らねばならないのだと思いの丈を綴って提出したら「いい加減これを本人に言ってこい」と課長が疲れた顔をしていた。言えたらこんなに苦労しないだろうが。何を言っているんだ。そもそも俺は嫌われているんだから傷を抉らないでほしい』
前半に引っかかりを覚えたが、それよりも後半の情報量がすごすぎて圧倒された。
なんだ、今、一体なにが書いてあった? え、訓練を覗いていたのか? 研究課長にも天使だと周知されている? そもそも天使ってなに?
混乱しながらもページをめくっていくが、クラウスの熱量はどのページも溢れそうなほどだった。
『夜、ライナルト隊長に担がれて帰ってきていた。仲がいいとは思っていたがまさかエルダが他人にそこまで許していることに驚いた。部屋も見せたのだろうか。だとしたらライナルト隊長に決めたのだろうか。となるとエルダが第三皇子妃になってしまう。幸せを邪魔しないとは決めてはいたが、さすがにエルダの性格では荷が重すぎる気がする。苦労することは目に見えているのに、このままでいいのだろうか』
「いや、待って! どうしてそうなる!?」
ライナルトとはなにひとつ始まってもいないのに、すでに皇子妃になることを心配されている。クラウス脳内での展開が早すぎる。
しかも荷が重いとまで書かれているが、確かにその通りなのでぐうの音もでないのが悔しい。いや、そもそも皇子妃にはならない。読んでいるこちらも混乱してきた。
もはや、どこになにをどうツッこんだらいいのかわからない。だがページをめくって飛び込んできた文章に、エルダは息を呑んだ。
『先日の夜の件で口を出してしまったら、また喧嘩のようになってしまった。あのように言うつもりはなかったというのに、どうしても険悪になってしまう。ただ心配だっただけだ。なのに、どうしたらいい。エルダとどう接したらいいのかがわからない。なぜこうなってしまったのだろうか』
予想外の、クラウスの心情。
そのように思っているだなんて考えてもみなかった。
慌ててページをめくれば、次は厄災の発生を告げられた日のことだった。
『やはり先日の夜の件、我慢できずに声をかけたら話題を出したとたんにエルダの顔が赤面していた。ライナルト隊長と次があることを仄めかしていた。これは確定だ。終わった』
「えええ!? 展開が早い!」
知らない間にライナルトとの仲が確定されている。
しかも誤解甚だしい。
赤面したのは酔いつぶれたあげく、第三皇子に背負われて帰路についた痴態をまさか見られていたことに対してだ。
間違ってもライナルトにときめいたからではない。だって彼はエルダのタイプど真ん中ではない。
エルダのタイプど真ん中は他でもないクラウスだ!
とんだ誤解に憤ったところで、続く一文に首を傾げてしまう。
『ひとことも告げずに勝手に姿を消した自分が、今さらなにかを言う資格がないのはわかっている。嫌われて当然だとも思っている。なのに以前と同じような関係に戻れないかと、どこかで期待してしまう自分に嫌気が差す』
どういうことだろうか。
エルダを嫌っていたのはクラウスのはずではないか。
ここまで読み進めてみて、なぜかクラウスはエルダに嫌われていると思っているらしい。そんなことあるわけがない。理由がさっぱりわからない。
『あのとき小さなプライドなど捨ててしまえばよかった。そうすればこんなことにはならなかったのに。今も昔も、エルダは俺などが触れるのもおこがましい天使のような存在だ。俺のプライドなど天使を前にしては蹴飛ばしてどこかに捨ててしまえばよかったんだ。同じ人間とは思えない。尊い。可愛い。それに美脚だ。それから――』
以下、目を覆いたくなるようなエルダを褒め称える文がみっちりと続き、恥ずかしさのあまり顔を上げた。
そうしたら照れ照れしているエルダを前にして、信じられないものを見たような顔のニコラと目が合う。
「ク、クラウスが、私のことを天使と……」
「ええ。いつも鬱陶しいくらい言っているわ」
「それに尊いって、あと美脚だなんて初めて言われちゃった……!」
みるみる顔が沸騰していくのが自分でわかった。
言葉にするととんでもなく恥ずかしい。けれどそれ以上に――。
「あの、もしかしてだけど……喜んでます?」
これを喜ばずにいられるか。
ニコラの指摘に何度も頭をブンブンと大きく振って頷いた。
クラウスからそんな風に思われていたなんて、嬉しくないわけがないではないか。だって天使、だって美脚、だって可愛い! 反芻するたびに飛び跳ねてしまいたくなる。
心臓はどきどきと高鳴るし身体中がソワソワする。
血が沸き立つとはまさにこういうことなのだろう。
いてもたってもいられない。
(ああ、もしかして……クラウスも私の日記を読んで同じように思ってくれたのかな……)
あのような読み返すことすら恥ずかしく到底人には見せられない文章でも、熱意と情熱はクラウスの日記にだって負けていないつもりだ。
ついニヤニヤと口元を緩めたら、ニコラから「ええー……」と引きつったような声が聞こえる。
けれど、申し訳ないが今はそれどころではなかった。
「あのっ、クラウスがどこにいるかご存じですか?」
今すぐ会いたい。
とにかく今、すぐに!
「心配しなくとも研究課が使ってるテントにいると思うわ」
「ありがとうございます!」
聞くなりエルダはベッドを飛び降りた。
少し足がもつれたが、多少寝込んだくらいで立てないような、やわな訓練はしていない。急いでブーツに足を突っ込む。
もはや頭の中にはクラウスの顔しか浮かんでいない。ほかはいらない。
と、ここでついでに思い出したとばかりにニコラを向いた。
「そういえばニコラさんは、あの、クラウスとは――」
「ただの同僚! それ以上はないわ! 絶対にないから! ありえないから!」
「ですよね!」
ここまで書いておきながら恋仲だったらクラウスをぶん殴る。
必死の形相で首を振るニコラに胸をなで下ろし、エルダは救護テントを飛び出した。




