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15 クラウスside4 現在2

 エルダと放課後に図書館で過ごす時間が当たり前となり、クラウスにとってエルダへの気持ちはとっくに友人というには大きすぎるものになっていた。


 彼女を視界に入れると胸が苦しいような嬉しいような気持ちに襲われることが、一体なんという感情なのか。クラウス自身自覚はあったが、だからといってどうしようもない。


 相手は男爵令嬢という貴族だ。

 大きな商会を経営しているといっても、ただの平民に過ぎないクラウスとは目には見えなくとも大きな隔たりがある。


 そんな中、二人は危なげなく進級し定期試験ではお互いに学科と実技で首席をキープし続けた。

 おぼろげながらそろそろ将来を、と考え始めた時期だった。



「すまない……商会を畳まなければならなくなった……」


 突然の呼び出しで久しぶりに実家へ顔を出したクラウスは、父親から頭を下げられた。


 どうやら事業に失敗したらしい。その経緯と詳細も説明されたが、なにひとつ頭には入ってこなかった。

 そんなことよりも、クラウスと母は父親といったん縁を切り、親類を頼って異国に身を寄せなくてはならなくなった事実に、頭を殴られたような衝撃を受ける。


 異国にも魔術を学べる学園はあり、クラウスの成績ならまた特待生として転入できる。と、父親は一縷の望みをかけるように嬉々として話してくれたが、クラウスにとっては喜ばしくもなんともない。


 見事に金も無い、地位も無い、帝国では野蛮人と見下される異国の血を引く、単なる平民となってしまった。


 あまりのおのれの無力感に押し潰されてしまいそうだった。

 ただでさえ貴族であるエルダに引け目を感じていたというのに、溝はさらに大きく深く二人を隔てる。学園内でなければ、気軽に挨拶すら交わせない関係となったのだから。


 この日を境に、クラウスは二度と魔術学園に戻ることなく異国の学園に転校した。

 こんな姿を見られたくなかった。同情もされたくなかった。

 そんな目で見られたら立ち直れないと思った。


 男爵令嬢であり優秀なエルダに自分の惨めな状況を知られるのが嫌で、別れの言葉もなく姿を消したのだ。

 十代の若さゆえの小さなプライドであったが、このプライドをこのあと激しく後悔することになる。



 異国へ渡ってからは実戦魔術から専攻を変えて、学科――特に魔法陣研究にすべてを注いだ。


 帝国での何もかもを失ってしまった自分が、またエルダと対等の立場で隣に並ぶにはディモス帝国の魔術師団に入るしかない。

 きっとエルダもその道へ進むだろうし、彼女の実力ならば確実に入団できる。希望は研究課に間違いない。


 そのように想定して、クラウスも必死になって学科の成績を上げた。熱中するあまりいつの間にか眼鏡が必要になったほどだ。

 それでも、授業で実技があるたびに実戦魔術へ誘われたが全部蹴った。

 元々好きで専攻していたわけでもないので、未練はない。


 それよりもエルダである。


 クラウスにとってはディモス帝国の魔術師団で再び肩を並べることを目指すと同時に、魔法陣を研究するたびにエルダとの思い出に浸れることへ幸せを感じた。

 彼女の声、語り口、新しい発見があったときには、エルダならどういった反応を返してくれるだろうか。そんなことを考えながら日々勉学に励んだ。


 異国の地では外見で難癖をつけられることも、意味なく蔑まれることもなかったが、あれほど煩わしく感じていたそれらの差別がもはやどうでもよかった。


 ――つまるところ、クラウスはエルダに会えなくなってしまい寂しかった。恋しくて仕方がなかった。後々思い返しても、この時期はまさに地獄のような日々であった。精神的に死んでいた。


 だからこそ、エルダとの再会のために魔術師団の研究課を目指すことは、生きがいといっても過言ではない目標になっていた。

 それに、クラウスには研究課でどうしてもやりたいことがあったのだ。


 この頃に知り合ったのがニコラである。


 実は彼女も片親はディモス帝国の人間であるらしく、将来は帝国に行きたい。と志は同じ。

 なので自分の生い立ちとともにエルダのことも話したら、なぜか気持ち悪いと引かれクソ眼鏡と呼ばれた。失礼にもほどがある。


 だが優秀には違いなかったニコラの協力もあり、ともに帝国の魔術師団に入団することができた。


 異国に対する負感情の強いディモス帝国で、異国人の血が混じった者が魔術師団に入るには、文句のつけようがないほどの実力を示さねばならない。なので死ぬ気で勉強したし、ニコラの性格はともかくこの時期はとても世話になった。


 ――だがのちの入団後。

 覚悟していた異国への差別がほとんどなく、実力をそのまま素直に認められる環境に驚いていたら、あの第三皇子が魔術師団にいることを知った。


 過去に図書館で言っていた「外見と実力は切り離すべき」という言葉を彼は見事に実現しているらしい。

 理想にすぎない言葉だと思っていたクラウスは、この事実に密かに感動したし尊敬の念を抱いた。


 ――まぁそれも追々、血ヘドを吐きそうなほどの悔しさに変わるわけだが。ひとまずそれとこれとは別であろう。


 そうした経緯を得て、ようやく入団できたディモス帝国魔術師団には、予想通り彼女がいた。

 ひと時も忘れたことのないスカイブルーの髪は、変わらず透き通るような美しさでなびいていたのだ。


 偶然鉢合わせた兵舎の廊下で、クラウスは情けなくも固まった。

 ずっと待ち望んでいた相手が突然目の前に現れて、言いたかったことも聞きたかったこともなにひとつ口から出てこず、ただただ見惚れた。


 やはり彼女は天使であった。気を抜けば情けなく崩れそうになる相好を必死で引き締める。

 息ができない。苦しい。ずっと焦がれていた存在が目の前にいる。胸が詰まる。

 身体中で激しくのたうち回る感情に振り回されて、思わず泣いてしまいそうになった。


 ――なのに、目が合ったはずのアクア色の瞳はすぐにそらされてしまい、違和感を覚える。


「クラウスも魔術師団に入団したんだね、おめでとう」


 こちらを見ないまま告げられた祝いの言葉に戸惑い、じわじわとどうしようもない不安と焦りが湧いてきた。


「これからは同期としてよろしく」

「…………ああ」


 ひとこと返すのが精いっぱいだった。

 素っ気なく告げて背中を向けたエルダの姿が見えなくなるまで、クラウスはその場に立ち尽くしていた。


 そして、ようやく気付いたのだ。


 何も告げず消えた自分が、どうしてまた歓迎されるなどとうぬ惚れていたのだろう。

 そんな奴は嫌われて当然ではないか、と。

 自分のちっぽけなプライドを護った結果の大きすぎる代償に今さらながら後悔し、クラウスは足元が崩れていくような感覚に襲われた。


 さらにその後、絶対に研究課を希望しているだろうと思っていたエルダが実戦部隊に配属されたと知り、驚いた。あれだけ魔法陣研究に夢中になっていたのに、なにがあったのかと心から心配した。

 しかも危険の多い実戦部隊となれば、怪我などしやしないかと常に気を揉んでしまう。


 心配が過ぎてつい口を出してしまうこともあったが、嫌われているだろう負い目と、久しぶりにエルダと言葉を交わせる喜びと緊張で禄に会話もできず。加えて、クラウスの姿を目に入れるだけで煩わしそうなエルダの態度に合わせていたら周囲からも犬猿の仲などと認識されてしまった。


 こうなってしまっては、もはやなにをどうしていいのかわからないまま、今に至る。



 *****



 横たわるエルダは変わらず瞼を閉じたままだった。

 完全な魔力切れで倒れてしまえば、意識を取り戻すまで回復するにはまだ数時間かかるだろう。


 魔力回復薬と呼ばれるものもあるが、あれは残っている魔力を増幅させるもので、完全にゼロとなった状態で使用したとて効果はない。


 つくづく、今回の任務で第二実戦部隊に同行して良かったと思う。


 ここが一番の戦場になるだろうことが予想された。というのも理由のひとつではあるが、クラウスにとってはエルダが派遣されるから。に尽きる。


 完成した転移魔術の検証を兼ねていたのは確かだが、エルダを心配するあまりなかなか強引に上司を言いくるめてスラハル大森林の任務にねじ込んでもらった。ニコラもダシに使わせてもらったが、本人も回復魔術を役立てる機会に喜んでいたので今回は手を組んだ。


 おかげでエルダの特攻からの孤立をフォローできたので、本当に良かったと改めて胸をなで下ろす。


 爆心地とまで呼ばれている特攻は毎度肝が冷える。団服を焦げ焦げにして帰還してくる姿を見るたびにこちらがどれほど気を揉んでいるか、本人は気付いてもいないのだろう。


 なんとか特攻は思いとどまってほしいのだが、すっかりおかしくなってしまったエルダとの関係性のせいで口を出すたび喧嘩のようになってしまう。

 

 大きなため息を吐いて、クラウスは立ち上がった。

 エルダをここに運んだあと、一緒に救護テントへ運び込み、とりあえず置いとけと投げ捨てたようになっていたエルダの荷物を拾い集めることにする。


 とはいえ、着替えの大きなバッグと日用品が入っているだろう小さなバッグの二つだけだが。

 その小さなバッグを持ち上げたら、半開きになっていたのだろう。中身がいくつかバラバラと零れ落ちた。


 その中に、一冊の分厚いノートがあった。

 落ちた拍子にバサリとページが開く。


 見るつもりなどなかったのに、綴られていた文字が目に入ってしまった。

 拾おうと手を伸ばした先の文字列に、クラウスは言葉を失った。

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