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14 クラウスside3 現在

 怒涛の一夜は終わりを迎え、気付けば空は白み始めていた。


 スラハル大森林の外に設置された救護テントの中では、意識を失ったままのエルダが簡易ベッドの上に寝かされていた。

 その横にイスを寄せて、クラウスはエルダが運ばれてからずっとこの場を陣取っている。

 

 一応クラウスとて魔力切れ一歩手前の患者としてテントへ連れてこられたのだが、呑気に寝ているなどできるわけがなかった。


 横たわるエルダは森で倒れてからいまだ目覚めない。

 こちらは完全に魔力切れを起こしたらしい。


 こうなっては回復して意識が戻るまで待つしかないのだが、待つだけというのも気が気ではない。組んだ手の指先はせわしなく動いてしまうし、つま先は意味もなく地面を叩く。


 空に透けるようなスカイブルーの髪と白い肌は、すっかり泥で薄汚れていた。

 普段の清らかな姿との落差が痛ましく、見えるところだけでもと濡れたタオルで拭ってやる。あれだけの魔物に囲まれて目立つ傷が付かなかったことはせめてもの慰めであろう。


 予想以上の規模で押し寄せた魔物の群れはほぼ全滅した。

 クラウスとエルダの特攻による成果は大きく、厄災の一番の山場であった第一波は防げたらしい。


 今はちらほらと森から飛び出してくる魔物をその都度討っている状況で、しばらく大きな波は来ないだろうと先ほどライナルトが言っていた。


 特攻したエルダとそれに続いたクラウスに対しては山のように言いたいことがあったようだが、爆発しそうな小言を堪えるように頭を抱え「あとで絶対に覚えていろよ!」などと、なぜか負け犬のような叫びを残して指揮に戻っていった。

 それをニコラが憐れなものを見るように見送っていたが、クラウスにとってはどうでもいいことである。


 瞼を閉じたままのエルダの顔をじっと見ていたら、そのニコラが救護テントに戻ってきた。


「調子はどう……って、まだそこにいたの? あなたこそ寝てなさいよ」

「俺のことはどうでもいい。今はエルダを見ていたい」


 こんなに間近でエルダの顔を見るのは図書館で机を並べていた学生以来であった。


 昔と変わらず晴天を思わせるストレートの髪に長い睫毛、今は閉じているが瞼の下には好奇心に煌めくアクア色の瞳があることをクラウスは知っている。

 そして儚い容姿と小柄で細い身体に、驚くほどのバイタリティを秘めていることもよく知っている。


 なのにその顔が、昔よりもやつれているのは気のせいではないだろう。


「心配なのはわかるけど、それでクラウスが倒れたらどうするのよ」

「…………」


 ニコラは言うが、そんな心配など杞憂である。

 クラウスの全細胞は目の前で横たわる存在に湧き立ち、それどころではないのだから。むしろ活力は漲っている。


「……ねぇ、ちょっと。その手を引っ込めないとぶん殴るわよ」


 唸るような低い声が聞こえて、伸びていた手をヒュッと戻した。

 あとほんのわずかでエルダに触れられるところだったというのに。舌打ちをしたらニコラからも舌打ちを返された。


「仕方がないだろう。こんなに間近で顔を見たのは学生以来なんだ」

「だからって、意識のない女性に手を伸ばすことのなにが仕方ないのか意味不明なんだけど」

「俺は今必死の思いで堪えているんだぞ。少しくらいいいじゃないか」

「なに馬鹿言ってんのよクソ眼鏡……!」


 ミシミシと音が鳴るほどの力で頭をわし掴まれたが、それよりもクラウスはとめどないこの感情を抑えるのに必死であった。



「だってエルダが、俺の天使が可愛すぎる……っ!」



 頭を抱え膝から崩れ落ちそうなクラウスの尻に、ニコラの硬いブーツがめり込んだ。

 呻くクラウスにかまわず二発、三発と叩き込まれる。


「だから、それをちゃんと本人に伝えろって言ってるのよ。……いや、天使は言わない方がいいけど! いっつも気持ち悪くジーッと見つめるばかりで、不器用通り越した暴言ばっかり吐いて。絶対に誤解されてるわよ?」


 苛立たしそうにニコラは言うが、そんなことはクラウスが一番よくわかっている。

 だが、いいのだそれで。


「言ったところで俺は嫌われてるからな。無駄なんだ」

「だからって毎日陰から覗き見しているのは気持ちが悪すぎる」

「仕方がないだろう!? 怪我でもしたらどうする! 心配なんだ!」

「そういうところ! そういうところよ!?」


 鳥肌が立ったように両腕を擦り合わせるニコラに苛立つが、クラウスは天使の姿を目に焼き付けるのに必死なので構ってなどいられない。


「一人で拗らせてないで伝えなさいって言ってんのよ! そもそも今日だってあの魔力の暴発……絶対にこの彼女が原因でしょう!?」


 最後に森でエルダが気を失った直後、クラウスの魔力は凄まじい規模で爆発を起こしたのだ。

 第一波の終焉はほぼその暴発のおかげといっても過言ではない。森の一部が完全に消滅したのだから。残っていたのはクラウスとエルダだけであった。


 その引き金となったのは、確かに間違いなく、エルダが気を失う直前に放った言葉である。

 おかげでクラウスの感情が完全に振り切れてしまった結果があれだ。


 しかし今となっては幻聴だったのでは。とすら思っている。

 どう考えても、エルダからあのような言葉をかけてもらえるはずなどないのだから。


「いいんだ。そもそもエルダに俺なんてもったいないし、幸せになってもらいたいから見守っているだけで……でも、しかしライナルト隊長か……生徒会断られてざまぁみろとか思ったばちが当たったのだろうか……」


 ギチギチと爪が食い込むほど拳を握った。


「悔しすぎて血ヘド吐く……っ!」

「純情なんだか不純なんだかどっちなの!?」


 項垂れるクラウスをパコンと引っぱたき、ニコラが盛大なため息を吐いた。

 彼女はクールな外見に反して、すぐに手が出る気性の荒さを持っている。

 以前そこを指摘してやったら倍以上の嫌味とともに余計なお世話だと烈火のごとく怒られたので、クラウスは口を噤んだ。


「とにかく、私はまた回復魔術の治験も兼ねて怪我人を診ないといけないから行くけど……絶対に彼女に触るんじゃないわよクソ眼鏡」

「わかったからさっさと行け。働いてこい」

「ひとこと余計!」


 足音荒くニコラが出ていくと、救護テント内は再び沈黙に包まれた。

 これだけ騒がしくしていてもエルダが目覚める様子はいまだにない。

 じっとその姿を見つめるクラウスの視線は、ほっそりとした手に移動する。


 ――手を握るくらいならいいだろうか。


 警告されて早々、むくむくと首をもたげた欲望と葛藤する。

 寝込んでいる相手の手を握るのは、回復を願うという意味で自然なのでは。そんなことを真剣に考えながらクラウスは微動だにせず、一人イスに座り続ける。


 先ほどからずっと、大きく脈打つ心臓が痛い。

 数年ぶりに間近で見たエルダの威力が強すぎる。

 おそらく我を失うのも時間の問題な気がする。


 堪えきれず視線を逸らせば、そこにはさらに強力な横たわるエルダの生脚が伸びていた。悪手であった。

 眩しさに思わず目頭を押さえる。

 女性団員の団服のハーフパンツはいかがなものかと常々思っているのだが、やはりこれは心臓によくない。



 図書室で過ごした学生時代の放課後は、おのれの人生において何物にも代えがたい唯一無二の大切な時間だったというのに――小さなプライドで手放したのはクラウス自身だ。

 嫌われても仕方がないと思う。


 今になって後悔で押し潰されそうになるなんて、なんて馬鹿なのだろう。と、何度考えたかわからない思いにまた胸を締めつけられた。

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