第12話 決戦
「女王様!!」
杖を手に走り出していく仲間たちを前に、手に持っていた靴下全部をグレーソルジャーたちにぶつけた葉介は叫んだ。
「島、落ちてる! 【浮遊】、掛けてる! 俺、ヤバい!!」
状況を三行で伝えつつ、自身の黒いすそをめくって、せっかく治癒されたそばから腹に広がる亀裂を見せた。
「メア!」
「うん!」
現状を把握し、シンリーとメアの二人はすぐさま後ろへ下がり、杖を構えた。
「――【浮遊】ッ!」
「――【浮遊】ッ!」
誰よりも魔法を強化してきた姉と、生まれつきの魔力量に恵まれた妹の魔法が、葉介の魔法に上書きされる形で国全体を包み込んだ。
「なんか、わたしたち、こんな役ばっか……」
「そのために培ってきた魔法です……良いですよ、ヨースケさん! 魔法を解いて!」
それを聞いた葉介が、自身の【浮遊】を解いた瞬間――
「おわッ! 重っ――わたしたち、二人掛かりなのに……ッ」
「これをヨースケさんは、一人で……ッ」
落下速度こそ遅いが、それでも確実に、直前よりも早く落ちている。
少しでも気を抜けば、王国目掛けて真っ逆さまに違いない。
「ミラ! アラタ! こっちにおいで――レイ! シャル!」
仲間たちとグレーソルジャーがぶつかる中、再びセルシィに治癒を施された葉介は、まだ近くにいたミラとアラタ、レイとシャルに呼びかけた。
「レイ、シャル、悪いけど、ココお願いしていい? 中にいるドクターを止めにゃならん。ミラとアラタは、俺と一緒に来てほしい」
詳しく説明する時間はない。したところで信じられる話じゃない。
それでも、ヨースケがこんな時に、どうでも良いことを言うような人間じゃないことは、ここにいる全員が分かっていた。
「分かった。行ってこい」
「サリア!」
シャルからの激励と同時に、レイが声を上げる。
グレーの一人を倒していたサリアが、急いでレイのもとへ走った。
「お前は、ヨースケたちを手伝ってやってくれ」
「え? 私がですか?」
「そうだ。ヨースケには第3の【治癒】も必要だ。それに、お前が一番、第5関隊のことを知ってるだろう?」
「は、はい!」
「【身体強化】」
サリアが大きく返事をしている前で、ミラから、葉介の身に【身体強化】を掛けてもらっている最中――
「うぉおおおおおおおおおおお!! ジョォォォコォォオオオオオオオ!!」
「げッ、生きとったズラ、あの木偶……」
葉介はげんなりしつつ、一際目立つ巨体を揺らし、仲間が轢かれ飛ぶのも構わず走ってくる男を見据えた。
ガシッ、と何かを掴む音と同時に、構えた第5の三人の前に、これまた巨大な影が立ちはだかった。
「アタシの息子たちが死んだことはゆるせないけど……これ以上、大勢の誰かの息子が死ぬのは、余計にゆるせやしないね……!!」
第5の三人とも、このデカイ女が誰かは知らない。身長こそ、ジョウコウだった男とそん色ないが、恰幅は女性らしく、理想的ながら男に比べて圧倒的に細い。
なのに、自身よりも大きいはずの巨漢と手四つを組み、引き止め、押し返した。
「そんじゃ、急ぐズラ!」
ここは任せて大丈夫。そう確信して、一緒に来てくれる三人へ呼びかけた。
「ん……行こう」
「俺にまかせろー!!」
「魔法騎士団――ダリダリ!!」
ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!
ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!
ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!
「第5関隊――ダリダリ!!」
「ダリダリ!!」
「ダリダリ!!」
「…………」
変な流行語広めちまった……
叫ぶサリアと皆さんを前に、そう思いつつ走り出す、葉介であった。
「……ッ! 全員下がれ!! 急げ!!」
葉介ら四人が上手いこと、人の波を縫って砦内へ侵入したのを見届けた時。
レイが、全員に向かって叫ぶ。
幸いにも、その指示を聞いた大勢の仲間たちが下がったことで、立ち上がったサイクロプスが振るった両腕に、巻き込まれたのはグレーソルジャーだけで済んだ。
「仲間がいようともお構いなしか……」
「まあ、あれだけデカイんじゃな……」
メインの兵器である目玉は当然目立つし、警戒もするべき。だが、兵器であると同時にファントムな以上、持ち合わせた手足や巨体は当然、そばにいる生物にとっての脅威となる。
今まで、敵対国への脅迫、もしくは破壊のために、目からのレーザーのみ使ってきた。そんな巨人は今、直前に喰らった落雷を恐れてか、身の丈15メートルは超える巨体に備わった、胴体以上に長く伸びた太い腕を振り回し、駄々っ子のように暴れ出した。
たまたま近くにいたグレーソルジャーはもちろん、向かっていった魔法騎士たちも、その腕にぶつかり吹き飛ばされた。
「イカン――アレは私たちで仕留めるぞ!」
「うん――」
ダンッダンッダンッ――
走りだそうとしたシャルとレイの足もとに、衝撃音と同時に穴が空く。
「お前らはそこでジッとしとけばいいさ」
「命が惜しければ、下がりもせ……」
それぞれ武器を向けている、二人を前に、レイもシャルも、確信させられる。
昨日も見たし、得体の知れない武器もそうだが、この二人だけは、他のグレーたちとは別格。止める必要があるが、戦いだしたら、巨人と戦うどころじゃない……
――【光弾至】・霰!!
そんな二人の幹部目掛けて、魔法が降りそそいだ。
魔封着のおかげでダメージは無い。だが、それに守られなかった部分には、攻撃を喰らっていた。
「推察……魔力を流し、ごく小さな光弾を高速で飛ばして攻撃する。そういう武器か?」
ファイが、アテラバが両手に構える武器――二丁の『光弾銃』を見て言った。
――【光弾至】・巌!!
「くッ……!」
「ゲッカ!」
怯んだゲッカの身に、巨大な【光弾】が振り下ろされた。魔封着にぶつかった途端、弾けて消えた。だが、ぶつかったゲッカは後ろへ下がった。
「僥倖……魔法の全ては防げても、衝撃自体は伝わる。わたしの魔法とは相性がいい。後は、その得体の知れない武器が問題か」
後ろへ下がったゲッカだったが、すぐに体勢を整えた。そして、グレーやアテラバも持っている、片手用のそれよりはるかに長い『魔法棍』を両手に構えた。
「レイ様、シャル様、ここは俺たちが……」
「あの巨大なファントムは、二人を抜きに倒せません」
「ああ、頼む……!」
「任せるぞ……!」
双子からの言葉を受けて、レイとシャルは、四人を飛び越えサイクロプスへ向かった。
「あっしも手伝う!」
走る関長二人の後ろから、掛けられた声があった。
あっという間に二人の頭を飛び越えて、暴れるサイクロプス目掛けて飛び出した。
「――【体強至】・剛脚ッ!!」
呪文のもと打ちだしたメイランの飛び蹴りに、サイクロプスの頭? は押し出され、後退する。
「――【雷極】・稲火駆ッ!!」
「――【閃鞭極】・閃樹森ッ!!」
怯みはしたが、ダメージは無い巨人に、白と紫の魔法がぶつかった。
正面へ走る雷が、巨人の胸? にぶつかった。足もとから伸びた無数の閃きが、巨人の短足に突き刺さった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごおッ!」
「ぐぇッ!」
表には、大勢のグレーソルジャーが王国の皆さんと戦っている。それでも砦の内部には、まだまだ多数のグレーソルジャーたちが待機していたらしい。
内部へ侵入し、ドクターを探して走る黒赤緑白の四人に向かって、武器を片手に襲い掛かっていた。
「ごぁッ!」
「ぎゃッ!」
「げぇッ!」
そんなグレーな方々を、四人は……というより、前を走る黒赤緑――第5の三人が、ほとんど倒してしまっていた。
「喰らえ! 喰らったッ!」
「死ねぇ! 死んだぁッ!」
最後尾を付いてきているサリアはせいぜい、後ろから遠距離武器を構えたグレーに魔法を撃つか、倒しても武器を握り動いていたグレーにトドメを差すくらい。
遠距離にいる相手にしても、その多くが葉介の靴下に沈んでいた。
(やっぱり、第5関隊はすごい。単純な強さもそうだけど、お互いを意識した立ち回りとか、連携とか……ミラ様とアラタの二人だけでもすごかったのに、ヨースケさんも加わって、余計に強く、手がつけられなくなってる)
仮に今が、一昔前の平和な時代なら、決して日の目を見ることのない、誰にも必要とされない力だ。だからこそ、いざ平和が壊れ、更に壊そうとしてくる敵を相手にした時、こんなにも頼もしい。
(彼らはずっと、培ってきたんだ。こんな時のために。私たちのこと、護ってくれるために……)
もちろん、彼らからしてみれば、全部、偶然だった。
葉介は、趣味で体を鍛えてきただけ。
ミラは、拾われた先でがんばっただけ。
アラタは、生きるために強くなるしかなかっただけ。
そんな三人が、たまたま集まっただけ。
強くなった各々の理由は、各々のそれぞれの事情からに過ぎず、連携にしても、そんなお互いのことを知っていて、信じているだけ。サリア自身も、それは分かっている。
だからこそ、そんな三人に比べてできることが少なく、付いていくしかできていない自分自身が歯がゆかった。
(レイ様の命令以上に、この三人と一緒に行けることが嬉しくて、付いてきたけど……私が、この三人と一緒にいる意味なんて――)
「危ない! アラタ!!」
またいつもみたいに、自信を喪失しかけた瞬間見えた光景に、声を上げ杖を向けていた。
杖の先にいた、アラタに後ろから襲い掛かろうとしたグレーに光弾がぶつかり、気絶させた。
「サンキュー、サリア! やっぱ、サリアは頼りになるぜ!!」
「ん……わたしたち、殴る蹴る以外、ダメダメだし、機転も効いて、助かってる」
「とても心強いです! アリサ様!」
「あ……サリア、です」
他でもない、憧れの三人からの言葉を受けて。
喪失しかけた自信を即行で持ち直したサリアは、全員を倒した三人に続いた。
「えっと、ちょっと待ってよ……」
廊下を真っすぐ進む道と。上へ昇る階段と。下へ降りる階段と。
メインホールである吹き抜けにたどり着き、立ち止まった葉介は頭を回した。
(確か、オウカクの話だと、地下のあの研究室以外だと、メインホールより上に昇る姿はほとんど見たことがないって話だったから、やっぱり、ドクターがいるとしたら、地下か――)
そう直感して、下へ降りる階段を選んだ瞬間だった。
「――【感覚強化】……」
後ろにいた、アラタが呪文を呟いた。目を閉じ、耳を塞いで、鼻を上に向け匂いを嗅いだ――
「……なんか、上からすげー、人間の匂いと一緒に、ファントム呼ぶアレの匂いがするぞ?」
「上? てか召喚の香って匂いあるの? てかアラタ、【感覚強化】覚えてたの?」
「おう! ヨースケには止められてたけどな……役に立ったか?」
「うーん……」
子どもながら、ただでさえ人並外れたアラタの感覚に、これ以上の負荷は怖いと思って止めていたのだが……今回ばかりは、その言いつけを破ったことに感謝することになる。
「匂いがすげーするっていうのは、そんだけ匂いが濃いってこと?」
「濃いっていうか、多すぎるっていうか、大量っていうか……」
「大量にあるってことかな……」
「大量どころか、おが屑みてーな匂い自体が、濃いんだけど、それ以上にデカイっていうか……そもそも、瓶に入ってたら、俺でも鼻に近づけなきゃ匂わねーし」
「デカイ……匂いが、濃くて、デカイ……」
大量に香る召喚の香……
大量どころじゃないすさまじい量……
そして、ドクター・レンジョウがしようとしている、異世界への移動――
「――もやし! 違うッ、まさか!」
考えるだけ無駄だとは思いつつ、それでも葉介なりに、異世界移動の方法とやらは考えていた。オウカクと廊下を歩いていきながら。襲いくるグレーたちをぶっ飛ばしながら。牢屋でオウカクと話しながら。リンユウにオウカクを差し出した時にも、ずっと考えていた。
それでも、葉介の頭では、せいぜいこの国でどうにかして、異世界への扉だか異空間の裂け目だかをこじ開けるなりして異世界移動を果たす。結果、何かしらの反動が起こって世界が滅ぶ……そんな安直な発想しか浮かばなかった。
だが、ファントムを呼び出すための兵器である召喚の香を、大量に一か所に集めている。新たにファントムを呼び出す気なら、材料になるグレーソルジャーをわざわざけしかける必要はないだろうし、外へ持ち出すにしても、それならアラタでも匂いじゃ気づかない。原液(と呼べばいいのか?)を一度に持っていくよりも、出来上がっている瓶入りを持てるだけ持っていった方が簡単だし早いのだから。
それをせず、アラタにしか分からないとは言え、わざわざ瓶へ入れもせず、大量の原液(と呼べきかしら?)の匂いがこちらに届いてくるとなると……
「ミラ!」
気づいた瞬間、三文字全部を言い間違えるくらい慌てた気持ちをどうにか押さえて、ミラに声を上げた。
「ごめん! 急いでみんなの所戻って。こん中じゃミラが一番速い。そんで、急いでこの国から逃げるよう言ってちょうだい!」
「え……?」
ミラも、二人も、目を丸めるのも無理はない。葉介自身、思いついただけで確証はない。それでも、今までの安い想像に比べれば、理屈としてははるかに理に適っているから。
「あぁ、あと、敵の兵隊も、可能な限り連れ出すよう言って。こことか廊下でぶっ飛ばした敵の回収もしといて、早く!」
「で、でも、今も、この国が落ちてるの、女王様と、メアが止めてるのに――」
「それは箒に乗りながらでもできる! 今この国に、王国やトレントラの住人、大量の人間がいる状況がマズイんよ!! このままじゃ……」
「このままじゃ?」
「ミラもアラタも、この国にいる人間全員、国ごと異世界召喚の材料にされちまうぞ!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンッダンッダンッダンッ
ダンッダンッダンッダンッ
小さな赤色の少女、アテラバの向ける『光弾銃』が、魔力が弾ける音を響かせながら火を吹いていく。
光弾を撃つことだけを目的とし、魔力を注ぐ限り弾切れは起こさない。加えて、撃ち出される光弾は敢えてミニサイズにし、速度を加えることで殺傷力を上げている。
そんな武器を向けられて、際限なく撃ち続けられて、ファイは、結界で防ぎつつ、近づくことができずにいた。
「フッ――」
ファイも、霰サイズ(実際はビー玉大くらい)の光弾を何度も当てようとしている。だが、銃に比べればはるかに遅いうえ、アテラバの激しい動きと魔封着の動きで当てる隙間がなく、防戦一方を強いられていた。
(苦況……せめて、近づくことができれば――しかし、近づこうにも、小さいだけの俺の魔法では――)
「ちぇぇえええええええすとぉぉぉおおおお――ッッ!!」
長身の白き男、ゲッカの振るう棍の嵐に、フェイもまた、防戦一方だった。
本来なら片手サイズ、せいぜい四十センチほどの金属棒で、普通に殴るのはもちろん、魔力を流すことで【閃鞭】を伸ばすこともできる近接専用武器。それが『魔法棍』である。
だが、ゲッカの振り回すそれは、グレーたちが振り回しているものの4~5倍の長さを有している。単純に考えて、金属である以上、片手用でもそれなりにある重量が4~5倍。加えて、魔法も使っているのだろうが、ゲッカ自身の身のこなしと怪力が合わさって、かなりの威力を生み出していた。
「くぅッ……!」
フェイも、いつまでも巨大な光弾で受けているわけにもいかず、距離を取ろうとするが……
「うわぁ!」
距離を取れば、棍の先端から閃鞭が伸び、フェイの身に降りかかる。
(苦況……少なくとも、近接戦では勝てそうにない。遠くから狙うことができれば――とは言え、わたし自身、遠距離には向いていませんし――)
(苦況……近づきたい……しかし俺では……)
(苦況……遠くから……けどわたしでは……)
苦況……苦況……苦況……
「……ッ!」
「……ッ!」
双子が同時に気づき、同時に目が合う。お互いに、お互いの望みを理解した。
「なにボーっとしちょうが!?」
「ちぇすとぉぉおおおおお!!」
アテラバの銃撃と、リンユウの打撃が同時に双子に迫った時――
双子は同時に、お互いに向かって走り出し――すれ違った。
「ぬーしちょうがー?」
「選手交代か? 無駄なこつ」
相手を入れ替え、突撃してくる双子に対して、アテラバもゲッカも呆れている。
そんなことで、勝てるとでも思っているのかと……
「なッ!」
アテラバは、兄にそうしたように、光弾の嵐を浴びせようとした。
だが、フェイが作りだした巌は、全ての弾丸を防いで見せた。
「どうして……?」
「どうして? 光弾使いのくせに分かりませんか? 同じ光弾なら、軽くて小さな光弾より、重くて大きな光弾の方が強いに決まっているでしょう!」
いくら専用銃を使って速度を上げていると言っても、小さい以上は相応に軽い。目の前に張った結界程度なら速度と威力で怯ませられるだろうが、同じ光弾の、大きく重い物で防がれては当然弾かれる。
葉介の実家に当てはめれば、金属の銃弾を手に持った盾で受けたら吹っ飛ぶだろうが、巨大な金属の塊の陰に隠れていれば、普通に削れこそすれ、防げるしふっ飛びもしないのと、理屈は同じ。
「くぅ……!」
アテラバはそれに気づかず、ただ武器として光弾銃を使ってきた。
実際、下っ端のグレーソルジャーや、諸外国の雑兵相手ならそれでも十分すぎた。
だが、今相手にしているのは、アテラバ以上に【光弾】に精通し、独自の形に至ることができた、双子の片割れ、フェイである。
「…………」
ただしそれは、フェイにとっても同じ。
相手は要塞国家にして軍事国家、トレントラにおいて、四人しかいない幹部の座に幼くして上り詰めるほど、光弾銃の腕を極めた赤き少女、アテラバ。
「よし、このまま――」
巌を眼前に掲げることで、アテラバの目の前まで近づくことができた。
アテラバに逃げる様子はない。なにやら光弾銃の中心にある機構をクルクル回したかと思った後には、相変わらず光弾銃を連射するばかり。
直前よりもサイズが縮んだ光弾をも防ぎつつ、このまま巌をぶつけて、ひるんだ瞬間、勝負は決する――
「かッ――」
勝利を確信した、その瞬間――
フェイは胸に、衝撃を受けた。ひざ着いた。胸を押さえると、流血している。
(これは……まさか――)
激痛の中、強化した感覚で巌を見上げると。巌の一か所に開いた、穴が見えた。
(まさか……より小さくした光弾で、大きな巌の一か所だけを撃ち続けて、貫いたと? 魔法である、光弾にそんなことが――)
光弾のことを分かっていなかったのは、わたしの方だった――
「くぅッ――」
それでもすぐに切り替えて、立ち上がった。再び杖を向けた時――
そこに、アテラバの姿はない。
「バカ正直に、正面からやり合うことないさ――」
「ですね――」
後ろから、アテラバの声が聞こえ、後頭部に硬く熱い感触が当たった。直後、アテラバの背中に衝撃が走り、二人の女の身は、前方に押し出された。
「――【マヒ】ッ」
魔封着にぶつかった時点で、魔法である巌は消える。だが、残った衝撃に押し出されたせいで、フェイの頭でなく、背中に何発も撃ったアテラバの生身に、決着の魔法を撃ちこんだ。
「ぐぅ……うっとうしいッ」
ゲッカの数メートル向こうから、ファイは杖を向けていた。そこから目にはほとんど見えない光弾、霰をいくつも打ち込んでいた。
「くッ、うぅッ、がッ――」
ゲッカも当然、魔封着は着ている。だが、フェイも、その上着がどういうものかは、昨日のドクターの説明を聞いて知っていた。
だから、目には見えるが、捉えることは難しいサイズの光弾を作りだし、操作して、魔封着の間を縫って、体へぶつけた。
当たったところで死にはしない。それでも、のけ反る程度の威力は出ている。遠距離から激しい銃撃を浴びせるアテラバにはそのスキがなかったものの、攻撃手段がほとんど近接からの打撃ばかりなゲッカにしてみれば、対抗手段に乏しく、鬱陶しいことこの上ない。
「おぉおおおお!! ちぇええすとぉぉおおおお!!」
辛抱たまらなくなったようで、閃鞭を伸ばして攻撃しようとするが……
「無駄だ……長さも足りず、操作もまるで成っていない――」
そう呟くファイの目の前に、伸びた閃鞭は虚しく振り下ろされた。
「うッ、うおぉぉッ!」
直後、鞭の後に地面に振り下ろされた、棍の衝撃が、地面を、ファイの身を揺らした。
「――シッ!」
怯んだファイ目掛け、魔法棍を投擲した。ファイはギリギリのところで、かわすことができた。
「ちぃッ……!」
投げた直後、ゲッカは光弾銃を抜いていた。だがそれを、ファイの霰が打ち落とした。
「武器を手放したのは、失敗だったな――」
丸腰になったのを見届け、立ち上がった時――
「がッ――あぁぁッ……」
強化した耳で空を裂く音を聞いた時には、背中に強烈な一撃が加えられた。
ファイの背に棍が突き刺さった直後、棍は【移動】に従って、走ってきているゲッカの手に戻る。気づいた時には、ゲッカはファイの目の前にいて……
「ちぇすと――」
「……【マヒ】」
ゲッカの一撃は、とっさに【硬化】を施したファイの頭を割り、出血させた。
そんなゲッカの、魔封着の隙間の生身には、杖の切っ先が当たっていた。
遠くから霰で狙うよりも、よっぽど簡単にマヒはぶつけられた。
「フェイ……」
決着がつき、妹に目を向ける。おぼろげな視界の中でも、フェイも、倒れながら負傷しているのは見える。
(俺も、お前も、まだまだだな……けど、俺たち二人なら、どこまでも、強く――)
止まない出血。失せていく激痛。消えていく視界の中で……妹と、自分に向かって、走ってくる青色の姿だけは捉えていた――
「そん、な……ウソ……ゲッカ……」
マヒを受けて、痺れて動くことができない全身と、意識の中で思い出すのは――
今よりもっと小さく、幼いころに、トレントラに売られた。そこで、強くなるしかなかった。強くなることができない兵隊がどうなるか、その末路はこの目で見てきたから。
命令のまま、戦った。求められるまま、強くなった。
自分の意思とか願いとか、そんなものは一つもない環境の中で……
たった一つ見つけた、手を伸ばしたいと思ったもの。
それに、届くように。手が届く場所に、いられるように。
その一心で……ようやく、アナタのいる場所まで来られたのに……
「ゲッ、カ……ゲッカ――ッ」
「長い腕に注意しろ! とにかく脚を狙え! コイツをこれ以上、動き回らせるな!」
レイの号令のもと、魔法騎士および国民たちが戦っていた。
すでに、あらかたのグレーソルジャーは倒れ、残った強敵は、暴れまわる単眼の巨人のみという状況になっている。
「――【水操極】・瀑弾ッ! メルダさん!」
「ええ――【氷結至】・冷界ッ!!」
いつだかそうした時のように、ディックが巨大な水の弾をぶつけ、メルダが濡れたそれを凍らせる。結果、ちょうど地面に手がついていたタイミングで凍りつき、巨人の両腕を封じることに成功。
「全員、下がれ!!」
そこで、レイが全員を下がらせる。トドメの一撃に、誰も巻き込まないよう――
「――【雷極】・稲火駆ッ!!」
最初に当てたのと同じ、極めたマヒの一撃を、ゼロ距離でぶつけた結果。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「まずい――全員、結界!!」
効いていないわけではないが、致命傷には至らない。口も見当たらないのに上げた咆哮のもと、巨大な目が輝く。レーザーよりも射程は短く、威力も小さい。だが威力もサイズも十分に過ぎる光弾が、結界を張ったレイ、ディックやメルダたちを吹き飛ばした。
「――【閃鞭至】・嚮々蛇突ッ!」
直後にリリアの杖から伸びた閃鞭が、蛇のごとくのたうち突き刺す。硬く巨大な巨人の身を貫くことは、単純な閃鞭だけではできそうにないが……
「これだけ壊れれば――【土操作】ッ!!」
散々暴れまわったおかげで、そこかしこが壊された床やら壁に魔法をかける。
建築物にするために固められ、完全な岩石になってしまったものはリムにも操ることはできない。だが、削れて土に戻ったなら……
「そこよ! リム!!」
「――【土操至】・土槍刺ッ!!」
リリアの合図と共に、あまりセンスが良いとは言えない叫びのもと、作られた土の槍……というより、杭が、リリアの鋭い無数の蛇突によって、うがたれ、もろくなった、巨人の胸――目の下にぶつかった。
「シッ――」
ぶつかっただけで、止まった土の杭に、カリンが下から拳を打ち込む。結果、止まっていた土の杭は、見事に巨体に食い込んだ。
「よくやった、お前たち!」
シャルが叫び、衝撃にふらついた巨人へ走る。巨人の体勢が整った時には、シャルは、胸に刺さった杭の隙間に、杖の先端を突っ込んだ。
「――【閃鞭極】・閃樹加護ッ!!」
呪文を唱えた瞬間――
単眼の巨体が、大きく震えた。硬い巨体の全身が、血管のように隆起しだした。
やがて、大きな震えが止んだ時……
中心の巨大な単眼を除いた、巨大な全身から、閃く大樹が空へと伸びた。
「あらゆる岩をも砕くのだ。大樹の根はな」
「――【体強極】・大地ッ!!」
全身を貫かれ、それでもなお生きていて、単眼を光らせようとする。そんな眼を貫いたのは、強化された赤色の拳。
見た目の割に硬くできていて、これまでの攻撃ではビクともしなかった眼球も、拘束され、身動きできない状態で繰り出された、『天女』渾身の一撃に潰されることになり。
「こいつは……ッ」
目を潰されてもなお、氷を砕き振るわれた両腕は、二本とも天女に殴り返され弾かれた。
「ここで仕留めるんはヤバそうや――【体強天】・天空ッ!」
腕を弾かれよろけつつも、潰れた目でエネルギーを貯め続けている巨体の下で。メイランは呪文を叫び、地面を蹴った。
持ち上げられ、飛んでいった天空の先。
天女は何枚も【結界】を作り。何度も跳び。巨人の身を高く高く、天空高く蹴り上げる。
やがて、極限まで浮かび上がった巨人に身へ。
「このまま――ぶっ飛べぇええええ!!」
結界を蹴っての、眼球目掛けた渾身のキックに、なおも高く跳び上がった先で――
単眼を潰されて、出口を失ったエネルギーは巨体の全身を駆けめぐり、やがて破裂――
王国の天空数百メートル地点にて、巨大な爆発が発生した。
「老いてますます健在てな――って、誰がババァやねん!」
王国の人間にも、ケガ人は大勢出た。ファイ、フェイ、デカ女を始め、重傷者も出た。だが幸い、王国側の死者は一人もいない。そんな、軽くはない傷と引き換えに――
サイクロプスは天空高くでふっ飛び、倒された。二人の幹部も、封じられた。大勢いたグレーソルジャーも、ほとんどがマヒやケガに倒れ、大勢がサイクロプスに巻き込まれ、死亡し、もはや機能していない。
(あっしがなんもせんでも、とっくにこの国、強かったんやな)
この場の誰もが確信した。
ルティアーナ王国の勝利を……
「シャル! レイ! みんな!」
戦闘の大部分が終わり、緊張が解けた空気の中。
砦の中から、小さな赤色が走ってきていた。
「ミラ……ヨースケたちは? どうなった?」
「どうなったかは、分からないけど……今すぐ、この国から逃げろって」
走ってくるなり突然言い出したことに、レイもシャルも返事をするヒマもなく、ミラは、両手に持っている魔法の麻袋を差し出した。
「トレントラの兵士たちも、全員連れ出せって。この国にいたら危ないからって」
「ま、待て……色々と突然すぎて混乱しかないが、というか、なぜシマ・ヨースケはそんな、大量の魔法の麻袋を――」
「なにかに使えそうだからって、城下町に落ちてたのをくすね……拾っておいたって――そんなことより、全員で逃げないと!」
「……よし、分かった」
シャルがまた反論するよりも早く、レイが、ミラから麻袋の一枚を手に取った。
「彼らとの勝負は付いてる。この国は今も段々落ちてる。ミラがこれだけ必死で訴えてる。なにより、ヨースケがそう言ってるんだ。逃げない理由があるか?」
「いや、しかし……そのヨースケに、アラタもまだ中に――」
「二人なら、大丈夫……」
なおも反論するシャルに言い聞かせるように、ミラは語り掛ける。
「ヨースケもアラタも、わたしの弟子……サリアを連れて、絶対、わたしの所に帰ってくる。だから大丈夫」
相変わらずと言うか、根拠もない一方的な自信だが……
他でもない、二人の師匠がそう言っている。彼女なりに、二人に対する責任も持っているだろう。なら、そんな師匠の言葉を立てることにした。
「全員! 今すぐこの島を脱出する! 負傷者には手を貸せ! 味方にも敵にもだ!!」
こういった場には慣れていないミラの代わりに、シャルが声を上げた。
そこからは、いきなりの言葉に混乱するばかりの一般騎士や北端族たちのそばまで行き、より細かく、具体的に指示を出していく。
最優先はケガ人の治療。敵味方を問わず【治癒】を施し、自力で動けそうにない者たちは、魔法の麻袋へ。
マヒを喰らって動きを封じられ、倒れているグレーソルジャーたちの中にも、生きている者には治癒を施していく。
抵抗の意思がある者は拘束し、麻袋にへ入れる。そうしてとにかく、この国に極力、一人でも人間を残さないように――
「二人とも、魔法かけながら絨毯に乗れる?」
シャルとレイが指揮を執り、脱出の準備が進んでいる間、ミラはメアとシンリーのもとへ走っていた。
「うん……かなりキツイけど、この分なら、なんとか下に落ちるまでの間はもつかな?」
「ええ……【浮遊】は自分とメアで維持します。絨毯でこの島を離れた時点で、第3関隊を中心に【移動】を施して――」
シンリーが、具体的な方策を述べていた時――
話していたミラの身が、真横へ飛んでいった。
メアが、ミラを見ながら声を上げて、シンリーは、ふっ飛んだミラとは逆方向を見た。
「あれは――マズイ!」
「全員急げ!! 用意ができ次第空へ離れろ!!」
レイの絶叫が響く中、それは彼らのいるこの場に広がっていた。
「デスニマの香ッ、本当にお構いなしか!?」
シャルもレイも、実物を見たのはこれが初めてのことながら、開けたこの空間全土に拡がりそうな黒い霧だか靄だかがどんなものかは、それに曝され、変化していくグレーたちを一目見て理解させられた。
生きていた者たちは、苦しむヒマもなく顔も見た目も変化した。死んでいた者たちも、似たような変化をしながら生きかえったように立ち上がった。
両者共通している変化が、少なくとも、理性を持った人間には見えないということ。
「来るな来るな来るな来るなこっち来るな気持ち悪い薄気味悪い気分が悪い気色が悪いこっちにくるなわたしの目の前に寄るな近づくな――【結界極】・壇鎧絶壁ッ!!」
カリンと違って、ただなんとなく真騎士団に付いていたが、決闘の時は早々に逃げ出した。
その後は島国の北側をフラフラしていたところを、カリンとメイランの二人に見つかり、来たくもないのを無理やり連れてこられた。
ここに来てからはずっと隠れて、逃げ回っていた。そんなシェイルが今やっと、役立つことになった。
「おお、すごい! さすがにヨースケさんの結界には劣りますが、いくつもの結界を積み重ねて一枚の巨大な結界に……戦闘に参加してくれていれば、もっと楽に終わっていたでしょうに」
「――いや、感心してるヒマないから! 逃げるよ!」
――と、積み重なって、見上げるほどの絶壁と化したいくつもの結界に、香もデスニマもせき止められている前で、絨毯片手のメアが、シンリーに声を掛けた時。
「危ない……!」
ミラの声と、横から飛んできた赤い服。
三人が地面に倒れた直後、三人の頭上に、白い光が通り過ぎた。
「今の、光弾……?」
「あれは……!」
巨大な結界は、確かに香もデスニマもせき止めてはいる。だが、巨大な四角形が地面に立っているだけで、端の方をよく見れば隙間があった。そこから香も、デスニマも、一部ではあるがこちら側に漏れだして、迫っていきている。
「――【体強極】・大地ッ」
立ち上がったミラが呪文を発し、地面を踏みしだく。
それによって地面が揺れたことで、デスニマの何人かは転んだ。他の魔法騎士たちも攻撃を再開するが、生きていたころとは違い、倒れはしても、ひるむ人間はいない。
「――皆さん、もういいです! 速やかにここから離れて!! シェイルさんはそのまま結界を維持してください!!」
マトモに相手ができる敵じゃない。瞬時にそう判断した女王の指示により、すでに脱出の準備にかかっていた者たちは一斉に体勢を整えた。
全員が箒に、または絨毯に乗り込んで、地面を蹴り、空へと浮かんでいった。
「――全員、空に上がったよ! わたしたちで最後だ!」
「よろしい……ミラ、自分たちも――」
「ん――」
と、メアが広げた絨毯に、シンリーとミラが乗り込んだ――
そのタイミングだった。
「うわぁッ!」
「おぉッ――」
「ん……ッ!」
三人が乗り込み、空へ飛ぼうと浮かび上がった絨毯に、デスニマの撃った光弾銃が直撃。絨毯はふっ飛び、そのまま風の向くまま遠くへ飛んでいってしまった。
地面を転がった褐色の三人とも、急いで立ち上がる。
シェイルもとっくに逃げているが、かろうじて結界はまだ維持されている。が、すでに端の隙間から大量のデスニマが湧いて出ていて、香は端だけでなく、結界の頂上さえ超えそうなほど広がっている。
「……わたしの箒、一本ある。二人とも逃げて。わたしが残る」
「ダメだよ! ミラっちも一緒に逃げるんだよ!」
「絨毯と違って、普通の箒に一度に乗れるのは、二人が限度です……」
三人以外に人は一人も残っていない。シンリーとメアは、未だにこの国の浮遊を維持している。シェイルも逃げた今、結界はあとどれだけもつか――
「ミラ! メア! 女王様!!」
空へ離れていたシャルが、振り返って異変に気づいた。
すでにだいぶ距離が離れていながら、乗っていた箒の向きを変え、急いで残された三人のもとへ――
「おねがい……二人とも逃げて」
後ろに立つシンリーとメアに箒を差し出しながら、ミラは再度そう言った。
それでも二人は、ミラから離れない。
「ずっと離れ離れだったのが、やっと三姉妹そろったのに、そんなこと言わないでよ」
「自分はもう二度と、家族を失いはしない……メアも、もちろんエリィ、アナタもだ」
「妹じゃないって、言ってるのに……」
何度も逃げろと言ってるのに……
妹じゃないって言ってるのに……
自分から離れようとしない、逃げてくれない女王とその妹。
わずらわしい。うっとうしい。それを抜きにしても、殴り飛ばしてでも逃がさなきゃいけない、そんな重要人物だって、わたしでも分かるのに。
なのに――どうしてか、嬉しかった。明らかに命の危機なのに、この三人が寄り集まっている今の状態は――うっとうしい、癒しだった。
「――――」「――――」
「――――」「――――」
もっとも、デスニマがそんな事情をおもんばかってくれるはずもなし。
結界を突破したデスニマの全員が、光弾銃を三人に向けていた。
三人ともが、来るべき攻撃に身構えた。
「…………」
「な……」
「え……」
「ん……」
褐色の三人の視界が、突然黒く変わった。続いて、顔と体全身に、何かを被せられる感触があった。そんな黒い布の上から、自分たちを押さえる力を感じた。その力とは別の衝撃が、何度も布越しにぶつかっていた。
「え、な、なにこれ――」
「明らかに、光弾を撃たれているのに、攻撃が貫通していない」
「これって……?」
三人ともが、混乱している中で――
光弾の音が止んだと同時に、自分たちを押さえこんでいた手が離れた。三人が、黒い布をずらして視界を確保してみれば――
「あれって……!」
「エ、リ……?」
メアとミラが言った通り。
女王姉妹と同じ、輝く金髪と褐色の肌。そんな特徴を持った少女――メイランからエリエルの名を与えられ、トレントラではオウカクの名で呼ばれてきた彼女が、デスニマ相手に戦っていた。
そんな少女の身をよく見ると、背中や手足、喉にも穴が空いて、黄色い服を血で赤く染めている。
「これは……まさか、幹部が着ていたという、魔封着? 自分たちを庇って?」
「なんで……なんで、わたしたちのこと?」
「エリ……?」
三人が疑問を感じている間に……
目に見えるグレーのデスニマ全員なぎ倒して、三人の方へ振り返った。
唖然として動けずにいる三人の前まで歩き――倒れたのを、ミラとメアに支えられた。
「…………」
【浮遊】を維持していることで、シンリーもメアも【治癒】を施せない。あまりに深く大きな傷は、ミラごときの治癒では難しい。
そうでなくとも、すでに、助かる状態にない……三人ともがそれを理解していた。
そんな状態の少女は、ミラに抱き留められながら――
三人の顔を、慈しみと、愛情のこもった目で、交互に見つめた。
すでに動かすのも辛そうな両手を上げて。ミラ、メア、シンリー、三人の顔に、順に触れていった。
「……ごぉ……えぇ……」
三人の顔を見て。三人の顔に触れて。
哀しげに……
だがそれ以上に、心の底から、安心しきったように……
「シンイィ……メァ……ェイイィ……ぉぇんね……ごえんぇ……」
潰れた喉から、声にならないかすれた音を、必死に何度も、何度も繰り返して――
デスニマと成ったその彼女は、三人の目の前で、マナへと還り、消えていった。
「……ジン、聞こえた?」
「ええ……聞きました。彼女の声を」
「ん……わたしも」
全員が、彼女が消える直前のことを振り返る。
口からの音、だけじゃない。その口に合わせて聞こえてきた、その言葉を。
「ごめんねって……なんで、謝ったの……?」
「三人とも、聞こえたんだ……わたしとジンだけならともかく、ミラっちにまで、念話で一度に話しかけられる人って――」
「ええ……加えて、ミラのことを、エリィと呼んでいた……メアと、自分と、両親だけが呼んでいた、エリエルの愛称を……」
「お前ら! 無事かー!!」
目の前で消えた少女のことを思っていた三人の耳に――
「え――アラタ?」
箒に乗った三人組が、ミラら三人の元へ、猛スピードで飛んできた。
ミラの手を、アラタが。
メアの手を、サリアが。
そして、シンリーの手を、リンユウが。
それぞれつかみ、握りしめて。
全員がようやく空へ離れたところで――
かろうじて維持されていた【結界】が消えた。直後、地面はデスニマたちであふれ、デスニマの香が、広場と地面の全てを包み込んだ。
「アラタ……ヨースケは?」
「――あの野郎!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時間は少々さかのぼる――
「ぐぇッ――」
「がぁッ――」
入口では大勢のグレーソルジャーが倒され、ないしは死亡したものの、砦の中にも大勢のグレーが残っていた。彼ら彼女らは葉介らを見つけるなり向かっていくが――
「でぃッ――」
「えぅッ――」
全員が一撃のもと、倒れるか、ふっ飛ばされるか、最終的には気絶した。
「すげー……」
「強いです……」
「はー……」
そして、そうして倒されていくグレーソルジャーを一人残らず、サリア、アラタ、葉介の三人は、持っていた魔法の麻袋へ詰め込んでいた。
この三人も、途中出会ったオウカクから返却されたリーシャも、グレーたちには触れてさえいない。
「んぉッ――」
「はぅッ――」
そんな、走ることと、グレーの回収しかしていない三人ではなく、グレーたちを倒していっているのは……
「ザコどもがぁああああ!! 儂のウワバミになにさらすがじゃあああああああ!?」
先頭の、だいぶ前を走ってくれているリンユウだった。
両手には、他のグレーたちも手に持っている、金属製の棒――魔法棍を握りしめている。ほとんどのグレーたちが、光弾銃と合わせて一本だけ持っているその武器を、リンユウは両手に一本ずつ、計二本を、銃を撃たせるヒマもなく振るい、殴り、時に閃鞭を伸ばして、迫りくるグレーの皆さんを全員、ぶっ飛ばしていた。
「儂が全員相手しちゃるけぇぇのおおお!! 掛かってこんかああああああ!?」
(異世界でも広島弁はワイルドやなぁ~)
倒されたグレーを回収しながら、そんなことをしみじみと葉介が考えている間……
そもそも、なぜリンユウが、葉介らの味方に付いたかというと――
アラタの鼻を頼りに、廊下を走り、階段を駆け上がり、また走り、ドアを開け……
そうして、とにかく上を目指し走り続けて、やがてたどり着いた場所。
まず最初に、真っすぐ葉介の手に飛んできた、聖剣を左手につかんだ。
それを抱きしめながら正面を見ると、廊下のど真ん中で、骨のお面を手に直立する青色が、大人しく座っている、黒を羽織った金色を見張っていた。
そこで、青色も葉介らに気づき、今度はリンユウが相手かと葉介は構えたものの――
「儂も、ウワバミの仲間に入れて!」
そう、真剣な表情で訴えだした。
「儂も――儂も、国のためと違う、儂自身の意思で生きてみたいがじゃ!」
唐突な上に、だいぶ身勝手な訴えながら……
要約すると、この国の兵士の大半がそうだが、リンユウも幼いころ、トレントラにくだった国から売られてきて、兵士として育てられ、鍛えてきた。嫌がったり逆らったりすれば動力室行き。空の上では逃げ場などなく、仮に逃げだしたところで帰る場所もない。
そんな非常な現実を突きつけられて――そもそも、幼い子どもに選択肢などなく、誰もが国に……ドクターに逆らわず、他の生き方や選択肢を知らないまま、ただ、四色の魔封着を奪うことのみを目標に生きてきた、らしい。
実際、この国の兵士――ドクター一人を除いた国民全員――が今もそう思っていて、彼女自身、そうして力を付けたことで幹部として成り上がることができた。
今までもこれからも、それが儂の生きる唯一の道。
そう、思っていたのだけれど――
「けど……オウカクと話しとって、今さら――まっこと今さらじゃけど、違うって、思ったんじゃ……国のためとか、ドクターのためとか、そがあ、怖くて、他になんも知らんからっちゅーて、ただなんとなく生きてくっちゅーんは、違うんじゃないかって……」
「オウカクはなんて?」
「……初めてじゃった、て――」
「なにが?」
「初めて……手に入れたいもんと、倒したい相手ができたて。ドクターも、トレントラも関係なしに、あの島国、欲しくなったて……そのために、ウワバミ、アナタを倒したいって、思ったて――」
「欲しくなったっていうのは、女王としてか?」
リンユウではなく、オウカクに声を掛けてみる。
「…………」
オウカクは、相変わらずの顔を向けるだけで、表情に変化はない。念話もない。ただ、葉介の顔を、ジッと見つめているだけ。
「……今、玄関? 踊り場? 俺がジョウコウ倒してウワバミになったの、なんて場所?」
「儂らは、広場って呼んじょるけど。普段は訓練とかに使っちょる――」
「その広場に今、三人が集まってる。女王になった、シンリー・ユー・ルティアーナと、妹の、メイアルーナ・クレイル・ルティアーナと……確定じゃないけど、多分本物の、エリエル・バァム・ルティアーナ――シンリー、メア、エリィの三人とも」
「…………」
「今走れば、会えるかも知らんけど――」
そう言った途端、オウカクは魔封着を羽織ったまま、全速力で走りだし、廊下の向こうへ消えていった。
「確かに……あんなふうに必死になるのは、この国やドクターのためは無理やね。とても国とは言えんけど、こんな所」
「え? 国じゃねーのか、ココ?」
アラタは、そんな疑問を口にした。だが、葉介の手に握られているリーシャも、ほぼほぼ空気になっているサリアも思った。
トレントラは、国じゃない。
「国ってのはね、たくさんの人々が集まって家族作って、生活して仕事して、そうして経済回して人を増やして、大きくなってくから国になるんだよ。広い土地も普通に必要だけど、その場所に安心して豊かに生活してる人々がいて、初めて国として成立するの。分かる?」
「お、おお……」
葉介の丁寧な説明に、アラタも、リンユウも、聞き入った。
「じゃあトレントラは? 俺は昨日ここに来たばっかやけど……住む家というか部屋はたくさんあるけど、家族、親子連れ、そんな人たちはどこにも見かけなかったし、オウカクに聞いても、そう呼べる連中は見たことがないと言われた。リンユウは見たことある?」
「……たまに体の関係になる兵士同士を見たことはあるけど、子どもができたっちゅう話は聞かんな」
「リンユウみたいに、子どもを外国から買うのって、兵士にする以外に目的ある?」
「……ない。あったとしても、儂は知らんし、聞いたこともない。全員、儂らみたいな兵士になるか、使えんかったら、一緒に買った大勢の使えん大人たちと一緒に、動力室に送られるだけじゃ」
「つまり、ドクター一人を除いた、兵士以外の仕事って――」
「……兵士以外に、仕事なんかあるんか?」
葉介は、深くため息を吐いた。
「つまり、一番上にドクターがいて、その下いる人間全員が、ドクターのために戦う兵隊ってわけ。家族も生活もない。ただドクター一人のために、兵隊として働いて、この国浮かせるために必要な人間かき集めてくる。働けなくなった兵隊はそいつらと同じ、動力にされる。ただそれだけのために人が生かされてるこんな場所、国なんて呼べる?」
「…………」
幼いころに売られてきたリンユウは、この国での生き方しか知らなかった。ただ漠然とした疑問があるだけだった。
それが、オウカクと話したことで表出した。更に、葉介の説明を聞いて……加えて、今まで侵略してきた国や、おぼろげながらも覚えている幼いころの記憶を思い返して、ピンとは来ないが、理解した。
この国は――国だと思って生きてきたこの場所は、国じゃない、と……
捨て子のアラタには、家族もなければ生活もなかった。名前も知らない故国で人売りに捕まり、王国に売られてくるまで、とても人間らしい生活はしてこなかった。
だが、売られた先の王国で、生活を知り、家族を知り、仕事を知り、そして、国というものを知った。だから納得できた。
誰もが国と呼んでいたこの空飛ぶ岩の塊が、そう呼ばれることの矛盾を――
(まあ、よく考えたら、ドクターも、元が島国だったってだけで、一度もココを国だなんて言ってなかったし、そういうことだろうね……)
「リンユウ」
その場の全員に言い聞かせ、葉介も一人納得した後で、リンユウに呼びかけた。
「仲間になるならない以前に、リンユウに勇気があるなら、こんな場所捨てちまうことおすすめするよ。ずっとこの国にいたリンユウには分からんとは思うが、外から来た人間から見て、ココほど長居するに値しない場所も見たことがないから」
「……そんなに、ひどい場所なん?」
「ひどいとか言う以前の問題。てか、一度でも動力室に行ったことあるなら、そのくらいリンユウだって分かってんじゃないの? てか、みんな分かってるから、一応は動力にされる心配が無くなる幹部、必死こいて目指してたんでしょ?」
そう指摘された時……リンユウの顔が、魔封着と同じくらい青く染まった。
「まあ、その動力室も俺が全部ぶっ壊したから、遅かれ早かれこの国、落ちるけど……そうでなくても、この国にいること、それ自体が今はマズイ。逃げられるなら、さっさと逃げた方がいい」
「ただ逃げるだけなら、とっくの昔に逃げちょる――儂は!」
葉介に向かって声を上げた時――お面を握りしめる手に力を込めながら、葉介に迫った。
「儂はウワバミと一緒にいたいんじゃ! そばにいたいんじゃ! 今までドクターとこの国のことだけじゃった儂の頭ん中、一瞬で真っ黒にした、ウワバミと一緒になりたいんじゃ!! それが、儂が初めて見つけた、儂のために生きるってことなんじゃ!!」
ずっと、この国と、ドクターが怖かった。その恐怖から少しでも逃げたくて、忘れたくて、そして、動力室なんかに行きたくなくて、その心配が無い幹部を目指した。
この国の兵士全員が――アテラバだけは、ゲッカという、別の目標を見つけていたが――そうだった。
いつだってどこだって、ドクターのことが怖かったのに……
それを、魔法を封じられた捕虜の身ながら、一瞬のうちに力を示して、幹部に並ぶ立場を勝ち取った人。圧倒的な力の衝撃は、一瞬でドクターへの恐怖を上書きした。一瞬で、頭の中は、ついさっきまで見下してきた、黒一色に塗りつぶされた。
この人しかいない……そう、確信した。
儂が儂として……兵士じゃない、リンユウでもない、儂自身として生きていくには、この人無しじゃ考えられない――
「気のせいだ」
そう確信したから、涙目になるほど訴えたのに――お面を取り上げ、横向きにかぶる葉介の答えは、呆気なかった。
「リンユウの目に、俺がどう映ってたのか知らんけど、少なくとも俺は、人一人の生き方をどうこうできてしまえるほど、大したものじゃありません」
「ウワバミ……」
ウソだ――
リンユウはもちろん、その場の全員――リーシャさえ、思った。
違う……この場に集まった人間、どころか、今ごろ広場で戦っている魔法騎士たちの中にも、葉介の言葉や行動をキッカケに、生き方を見いだした人間は大勢いるのだから。
「ただ……仲間になりたいって言うなら、拒否はしない。むしろ心強い」
目を伏せ、落ち込んだリンユウは、再び顔を上げた。
「俺らをドクターの居場所まで案内して。急ぎでお願い。野暮だと思って黙ってたけど、多分、時間がないから」
そんなやり取りがあって、現在に至るわけである。
「あそこじゃ」
襲いくるグレーソルジャーたちをほぼほぼ一人でぶっ飛ばしながら、たどり着いた先。
「ここ何の部屋?」
「分からん……地下の研究室には何度か入ったことあるけど、あそこだけは絶対に立ち入り禁止じゃて、ドクターからキツく言われちょる」
「間違いなく中にいる?」
「あそこ行くって、ドクター自身の口から聞いた」
「ならいるね。あの人、ウソつけなさそうだし」
確信し、おそらくはこの国の最上階に位置する、目の前の小さな鉄扉から――真横に並ぶ窓へ目を向けた。
「アラタ、サリア、リンユウ……箒持ってる? あるなら出してほしいんだけど」
外に広がる青い空を眺めながら、三人に問いかけた。
「箒? おお! ミラに持っとけって言われて、持ってきたぜ!」
「あ、私も持ってます」
「儂も。兵士は全員、自分専用の箒を配られちょる」
三人とも、自身の魔法の革袋から箒を取り出して見せた。
「分かった――じゃ、ここからは、俺とリーシャだけで行くから、三人は避難しな」
そういうと、三人とも、箒をますます強く握りしめながら、反論の声を……
上げるより先に、葉介はリーシャの濃い口を切り――
「きゃああああぁぁ――!!」
「ヨースケエエェェ――!!」
「ウワバミイイィィ――!!」
即座に抜いて、並んだ三人を超えた先。後ろの壁を斬り裂いて、穴を開けた。
内と外との気圧差で生じた突風に引っ張られ、三人とも、呆気なく砦の外へと姿を消した。
「……うん、まあ、確かに、危ない、けど――」
箒の役割も兼任している聖剣。その鞘に捕まることで、吹き飛ばずに踏みとどまり、廊下の安全圏まで戻った葉介が、聖剣を鞘で包んで、二人だけの会話を続けた。
「三人とも、箒はしっかり握ってたし。サリアは精鋭の第1だし、リンユウは幹部にのし上がるだけの力持ってるし、大丈夫でしょ。アラタは――ちと心配だけどね、箒に乗ってるの見たことないし……うん……けど、ま、大丈夫だと思うよ。俺だって、さっき初めて箒乗ったけど、割と簡単だったし。それに、アラタだって、立派な魔法騎士団、第五関隊なんだからさ」
ついてきてくれた三人は、廊下から逃げていった。
ここまで倒してきたグレーソルジャーは、三人が魔法の袋に詰めている。
葉介は知らないが、広場で戦っていた者たちも、すでにこの国を離れている。
ヨースケの知りえる限りではあるが、今この国に残っているのは、葉介と、リーシャと――
「じゃ、行こっか……ドクターのところ」




