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第11話  死神、燃える

 時間は少々さかのぼる……



「…………」

「…………」


 窓が無い牢屋の中ながら、目を覚まして、起きた体は、今の時間が朝であるということを理解していた。時計もないので、さすがに正確な時刻までは分からないものの、昨日眠くなって眠りについた時は普通に夜だったはずだし、普通に眠って、途中トイレに起きるようなこともなかったので、普通に起きれば朝だろう。

 随分と大ざっぱな時刻感覚ながら、少なくとも王国のあの小屋に住んでいた時から、ずっとそうして朝起きることができていた。

 だから、要塞国家の牢屋の中にいる今も、大方の時刻を体で感じていた。

 そうして起きた後、少ししたら、隣で眠っていたオウカクも起きていた。


(おうおう……王国にいた時と変わらんな)


 狭い空間。違いは木製か金属製か。隣には褐色肌の美少女。




「…………」

「……まあ、そういうことだから」


 そんな、見る人間が見れば泣いて羨みそうなシチュエーションにありながら、その美少女と向き合う葉介の顔は、真剣そのものだった。


「多分、王国からはだいぶ離れたと思うし、俺はこのまま、牢屋脱け出して暴れる。可能なら、この国滅ぼす。最悪、ドクターだけは仕留める。じゃないと、王国が普通に危ないからね」


 葉介の真剣な顔での話を、オウカクも、変わらない表情ながら真剣に聞いていた。


「…………」

「なんで話すかって? そりゃあ、オウカクは優しい娘だし、お世話になったから、言っておくのが筋な気がしてね」

「…………」

「そうなるのも覚悟のうえで話したんだよ。止めたきゃ止めな。やりたくはないけど、必要なら、オウカクも倒すよ、俺は」

「…………」

「どうするかは、オウカクが決めな」


 葉介はそう宣言した後で立ち上がり、口を大きく開けた。その中に、自身の小さな手を突っ込んで――


「おぉ……あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ッ――」


 指につまんだそれを引っ張り出すと――ひもに口が閉じられているそれは、ミニサイズの魔法の革袋である。


(簡単に飲み込めて、簡単に取り出せるよう、喉や食道も【加工】しといてよかった)


 もはや、魔法と言っときゃなんでも有りである。

 その魔法の革袋の口に手を突っ込んで――

 もう一人のファントム――『聖剣・利衣叉(リーシャ)』を取り出した。


「ごめん、リーシャ。胃液臭くなかった? 胃液嗅いだことないけど」

《――――》

「そっか……早速で悪いけど、手伝ってもらえる?」

《――――》


 リーシャからも承諾を得て……葉介はもう一度、オウカクと目を合わせた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「いたべ!! ジョウコウだー!!」

「殺ったらぁああああ!!」


 グレーの安っぽい軍服を着た、二人分の若い声が響いていた。

 その先には、彼らとは全く違う、真っ黒が立っている。

 靴が黒い。服が黒い。手袋が黒い。お面が黒い。上着と、かぶったフードが黒い。

 徹底的に黒で統一している姿を、多くのグレーたちは、昨日の時点で見て知っている。その男が羽織っている上着こそ、自分たちを恐怖から解放してくれるアイテムだということも。

 そんな上着にばかり目を奪われているものだから、グレーの大半は気づかずにいた。

 こっちを見て立っている真っ黒の右手に、昨日は無かったはずの、紫が握られていることに――


「がオッ――」

「ゲぁッ――」


 グレーが攻撃するより前に、真っ黒は走っていた。骨で顔を隠しながら、骨が浮いた右手で紫を振るった時。紫にぶつかった二人とも、壁まで飛ばされ気絶した。


「こっちよ!!」

「ジョウコウ!!」


 そこにまた、別の声。


「…………」


 そんな二人に構うことなく、真っ黒は、紫色にまたがった。すると、紫色の刀は真っ黒を乗せて移動。魔法の箒と同じ軌跡を描き、走ってきた二人も、後からやってきたグレーたちも、はね飛ばしつつ飛んでいった――



 飛んでいった先にあるのは、昨日訪れた砦の入り口にある、メインホール。外へ出るための出入り口があり、上階に、もしくは地下に行くためにいくつも作られた階段と、その階段に続く廊下やら部屋も見える。

 そんな吹き抜けの、まさしくこの砦の中心部に陣取って――


「――ッ!!」


 紫を掲げ、唱えた時――

 刀の柄頭から、巨大な炎が舞い上がり、広がった。それが、周囲にいたグレーたちに襲い掛かり、倒していった。


「…………」


 倒した後はまた刀を掲げ、刀に引っ張られて飛んでいった。

 飛んでいき、地下へ下りていき、途中出会うグレーたちははね飛ばしていく。

 誰も、暴走する死神姿の真っ黒を、止めることができない。



「……!?」


 もっとも――それはあくまで、雑兵であるグレーたちでは、の話である。


「……ッ!」


 刀から飛び出して、廊下を転がる。そんな死神の手に、離れた刀はすぐさま納まった。



「乱心したか……ウワバミ」



 振るった武器を片手に、ゲッカは静かに問いかけていた。


「……ッ!?」


 ゲッカの声を聞いて、死神は急いで立ち上がる。直後、黒い足もとにいくつもの魔法を撃たれて、当たらないようにとたたらを踏まされ壁に貼りついた。


「いゃーとは上手くやっていけると思ってただけに……でーじ残念」


 ゲッカとは違った武器を両手に構えたアテラバは、武器を向けたまま迫っていた。


「…………」


 リンユウは、なんとも言えない戸惑いを顔に浮かべていた。


「Uh-huh……よくやった、Four ( 幹  部)Colors( た ち)


 そんな三色の幹部に取り囲まれた、真っ黒が向かっていた先にいる人間。ドクター・レンジョウが、奥の廊下から歩いてきていた。


「さて……ウワバミ。なぜこんな行動に出たか――まあ、大方の想像はできるのだけれド。一応、理由を聞いておこうか?」


 さすがに幹部たちに守られているとは言え、すぐ目の前に立つようなマネはしないらしい。四人から数メートル離れた先から、真っ黒に聞こえるだけの声を上げ、尋ねた。


「…………」


 真っ黒はと言えば、骨が描かれた黒いお面をドクターに向けているだけ。一言も発さず、ただ壁に貼りついているだけ……


「Hmmm……Meが怖くて襲ってくる人間は珍しくないし、言い訳の一つもしてくれれば、理由如何で赦そうかと思ったのだけド……なにも言わないなら、Meとしても、反逆者として処刑せざるを得ないのだがネ……」


 ドクターとしても、そんなことはしたくないと表情に出ている。

 いくらデーターは取れたと言っても、やはり本人を直に調べるのが最も効率が良い。データーはウソをつかないが、全てを教えてくれるわけでもない。本人に直接尋ねてみなければ分からないことはいくつもある。



 なにより……Meの話を聞いた人間は、全員理解さえしないか、全否定してくるばかりだった。Meよりバカな以上は仕方がないが、話の合う人間が一人もいないというのはつまらない。

 ウワバミも、全てを理解できるわけではなさそうだが、かといって全否定もせず、理解をしてくれようとはしていた。そもそも、これだけCleverな相手は他にいない。


 できることなら、殺したくはない……

 もちろん、ウワバミが、Meに対して絶対服従を誓うなら、だが。



「ウワバミ……!」


 優しく語りかけたドクターをジッと見つめるお面に、リンユウが近づいた。


「おしえて、ウワバミ……どうして、こんなことしたか……お願い、答えて」


 純真な表情を向け、純粋な声で尋ねた。昨日は大いに失敗し、今思い出しても顔が熱くなる。それでも、他でもない、ウワバミを失うなんてイヤだから……


「ドクターのこと、怖がる必要、ない……ドクターは、儂らのこと、守ってくれる。ドクターと一緒にいれば、なんの心配も、いらん……ウワバミも、大丈夫」


 言葉足らずで不器用で、それでも必死に、訴えかけていた。


「大丈夫……ウワバミは、儂が守る、から……だから、ウワバミ、ちゃんと理由、教えて――」


 語り掛けながら、骨のお面を外した――


「ウワ、バミ……?」


 素顔を見た時――慌ててフードも外して、頭の全てを晒す。その場の全員が、目を見開き声を上げた。


「オウカク……おはん、そこで何しちょる?」


 誰よりも早く冷静になったゲッカが、ジョウコウの魔封着、黒い服に黒い靴、骨の手袋に紫の刀を握りしめた、金髪と褐色肌が艶めく、オウカクに向かって尋ねた。


「…………」


 当然、声を出せないオウカクが答えることはない。

 そして、ゲッカに続いて、声を上げたのは――


「Damn it! やられた……ウワバミの狙いは――」


 ドクターが叫んだ直後――空飛ぶ要塞国家全体が、大きく揺れた。


「ウワバミ!?」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 時間は再びさかのぼる……



「ここが、動力室……」


 巨大な鉄の扉に、グレーの安っぽい軍服を着た葉介が手を掛けていた。


「こんなデカいの、開くんコレ? めっちゃ簡単に開くやんコレ!?」


 事前にドクターから場所を聞き、オウカクからは開け方を聞いてはいたものの、見るからに重くて頑丈そうな鉄扉がアッサリ開閉を始める光景には、さすがに声が出てしまった。

 全ては開けない。頭一つ通れるだけの隙間から、その身を滑り込ませた。


「うぅッ――わぁ~ぁ……」


 異臭がものすごい内部を覗いて漏れた声は、不快とドン引きの合声だった。



「うぅ……うぅ……」

「たすけ……たすけ……」

「して……ろし……てころ……」



 扉の開け方と同じように、オウカクから話は聞いていた。この要塞国家で最も重要ながら、兵隊の誰もが行きたがらない場所。

 数ある()()の中で、兵隊たちが最も嫌がり、最も恐れているのが、この動力室へ、動力の源を運び込む仕事。担当は日によって違うものの、幹部以外の全員がやらされる。

 基本的には()()()()を運ぶのだが、時に、()()()()を運ぶ場合さえある。望む望まないに関わらず、兵隊らにとっては恐怖の象徴となっている、この動力室へ。

 兵隊らの皆が皆、ここへ来る度、この国に、そして、ドクターに対する恐怖を再燃させる。だから、あらゆる意味でココへ来る心配の無くなる、四人しかなれない幹部の座を狂ったように求めだす。幹部になるためだけに、しなくてもいい訓練も進んで行う。

 なぜなら、部屋全体の光景と、部屋全体に広がる異臭と、部屋全体から聞こえてくる……



「ころして……ころして……」

「たすけて……しなせて……」

「くるしい……しにたい……」



 小さいうえに途切れ途切れで、それでも、見れば望みは誰にでも分かる。


「こいつぁひでぇ……悪趣味すぎる」


 ドクターから、この国を浮かせる動力源は人間だとは聞いていた。

 オウカクから、事前にココがどういう部屋だかは聞いていた。

 そのうえで、予想はしていたし覚悟はしていたのだが……今はファントムの身だからよかったものの、人の身のままココを見ていたら、一生のトラウマになっていたに違いない。


 ドクターのいた研究室ほどじゃないが、それでも十二分な広さの敷地面積を有する部屋の、床から壁から天井から、全てがまるで植物のツタのような、沼のような、何とも形容しがたい物体でできている。

 そんな不気味で得体の知れない物体に、隙間らしい隙間が見えないくらいの人間が囚われていた。

 普通に服を着ているし、小さくだが動いている。が、その得体の知れない物体に、体の大半はハマっていて、手足はもちろん、マトモに体を動かすことさえできそうにない。

 見た目綺麗な服を着た人間は、おそらく最近ここに容れられたんだろうが、年代物であることが一目でわかるくらいボロボロに朽ちた服を着た人間たちは、見るからに老けて、やつれている。白衣を着ている老人たちは、ドクターの言っていたバカどもだろうか? おなじみのグレーの軍服を着た人たちもかなりの数いる。


 それだけ大勢の人間がいるくせ、部屋全体をザっと見渡してみても、死んだ人間が一人も見当たらない。少なくとも大半の人間が生きていることは、部屋全体に立ち込めた、おそらく壁床天井内に垂れ流しにされているんだろう糞尿の臭いの中に、(嗅いだことはないけど)死臭が全く混ざっていないのが証拠だろう。



「こーやって魔力を補充してるわけか。仕組みは分からんが、魔力を補充するためだけに、死なないよう生かし続けていると……この部屋も! このフロアー一帯の部屋!! 全部がそうかい!!?」


 うかつに中に入らないよう、外から部屋を見渡していた。そんな部屋に背を向けて、球状に広がり階段で各階がつながったフロアーの端から端まで、軽く見ても50以上は余裕である、同じ形同じ大きさの鉄扉を見て叫んだ。



「くるしいよ……かえりたい……」

「おかあさん……おとうさん……」

「さみしいよ……もうやだよ……」



 再び部屋の中から、イヤにハッキリ聞こえてきた幼子たちの声を聞いて――

 葉介の取るべき行動は、決まった。


「今、楽にしてあげるから――」


 一瞬でもこんな国の一員になったことを恥じて、着ている軍服を即行で脱いだ。

 助けられる方法はあるかもしれない。が、それを探す時間もない。探す時間さえ彼ら彼女らには苦痛だろうし、仮に助けられたとして、マトモに生きられる状態とも思えない。

 黒の私服に戻った後は、恥ずべき軍服を丸めて部屋の中へ蹴り飛ばした――


「――【発火】ッ!!」


 部屋に両手を掲げた瞬間、今まで恐ろしくて使えずにいた、【発火】の魔法を迷いなく発動した。

 想像していた通り、糞尿によるメタンガスが充満した部屋の内側全てが、巨大な炎に包み込まれ飲み込まれ、葉介はすぐさま横へ移動。

 床壁天井、部屋の端まで広がったかどうかは見えない。それでも、葉介にとっても熱すぎる空間を覗いた時……炎に燃えて、苦しげながらも安らかに消えていく人間たちの顔が、ハッキリ見えた。


「――【移動】ッ、【発火】ッ!!」


 同じように両手を掲げ、目に見える鉄扉の全てを【移動】で壊し開け、中へ向かって【発火】を発動。全ての部屋から炎が噴き出し、内も外も飲み込んでいく。

 フロアー全体に広がる灼熱も、魔法を発動する度に再び広がる体の亀裂も、葉介は全く無視しながら、無言で階段を上っていった。




《Can you hear me? ウワバミ……》



 階段の下から炎が吹き上がる前で、葉介が自前の黒い上着を羽織ったタイミングだった。



《やられたヨ……まさか、ジョウコウの服を着せたオウカクを囮に、この島の動力を破壊するとハ。外からの護りには強くとも、全員がMeに忠実だった内からの護りは疎かだったようダ。そのうえ、仮にも腹心だと思っていたオウカクにまで裏切られては……すっかりダマされてしまっタ》



【拡声】された声でしゃべっている間にも、後ろの階段からは炎上を通り越して、爆発が起きている。それに呼応するように、国全体が揺れだした。

 そんな中でも、葉介はボタンを一つ一つ、丁寧に止めていた。



《Youのことダ。すでに動力室全てを破壊しているんだロ? まったく、空の上ならSafetyだと、動力室をOne floorに集めていたのは失敗だったヨ。加えて、YouのCleaver brainとVitalityを甘く見ていタ。ほんの一時間たらずの間に……完全にMeの敗けダ》



 ボタン全てをはめ終えて、フードをかぶった時には、揺れは大きくなっていき、やがて、それが徐々に徐々に、エレベーターが下っていく時の、あんな感じに変わっていく。



《動力を断ち切られた以上、島の浮遊はできなくなる。後はこのまま落下すれば、トレントラを滅ぼすことができ、加えてこの国に隠してある、異世界移動のための手段も破壊できル。Youも助からない代わりに、王国が、Andこの世界が助かりHappy endカ……》



 つくづく、今の自分がデスニマでよかったと実感した。

 動力になった人間たちの安楽死――悪く言えば、大量殺処分を決断し、実行する。たとえ王国を護るためという建前があっても、ヒトの身でソレができた自信は葉介には無い。よしんばできたとしても、それこそ、その後のマトモな行動ができなくなりそうなトラウマになっていたに違いないから。



《But、Are you sure? この国はまだ、王国の真上にあるのだけれド――》



「What’s!?」


 思わず口調が感染るほど、衝撃を受けて驚愕の声を上げた。




「テメッ、がッ……あ、あ――ああぁああああ~~~~んんんん♡♡♡」


 こんな状況にも関わらず、魔封着もお面も着けていない葉介を見つけるなり、幹部待遇欲しさに襲ってきたグレー三人の血と魔力を吸った後は、不用心にも取り上げられなかった魔法の革袋から急いで箒を取り出して、乗り込んで来た道を戻っていった。


 廊下を飛び、襲われ、轢いて……

 階段を上って、廊下を渡り、襲われ、はねて……



 そんなことの繰り返しなせいで、とうとう内部の様子をじっくり見ることが叶わないうちに、昨日この国に乗り込んだ時に立った、地上と呼ぶべきか、岸壁と呼べばいいのか……とにかく、屋外に出た。


「寒むッ!」


 上空何メートルだか知らないが、空の上特有の風と低温に怯みつつ、急いで端まで飛んでいき、仕切りガラス的な【結界】から下を見た。


「うぎゃー! マジかよ、真上に昇ってただけで全然離れてなかったんかい!?」


 徐々に徐々に、落下速度が上がる中、白い息と一緒に慌てふためく声が出た。



《YouがMeに逆らった時の保険にと思っていたのだけれド……まあ、それはもうイイ。それにだ、Youの考え通り、すでに異世界移動の方法は確立している。加えて、いつでも実行できるよう準備もできているんだヨ?》



「What’s!?」


 浮遊感と落下によって、立っていられなくなる中で、どうにか箒にしがみついた。



《本当なら、Youの身体とメカニズムを数日かけて調べ尽くした後で実行するはずだったのだけド……こうなってしまっては仕方がないネ。今のうちに、この国への別れの言葉を考えておくことダ》



「マジかよ、こんちくしょうッ!?」


 急いでドクターのもとへ向かって、異世界移動を止めなければ……

 とは言え、国の落下速度はどんどん上がっている。

 あのドクターが、こんな事態への対処を用意していないとも思えないが、それも、落下をどうにか防ぐようなものではなく、たとえこの国が地上へ落ちても自分一人だけは助かるような、そういうパターンな可能性は十分すぎる。


(このままこの国放っておいてドクターのもとへ急いだら、王国に巨大隕石が落ちて普通に滅びる。この国の落下食い止めてたら、ドクターが異世界移動を実行してこの世界が滅ぶことになる……)


 世界が滅ぶというのも、ドクターの口から語られただけのことなのだから、信ぴょう性としては葉介的にも薄い。かといって、あそこまで研究に狂った男の言葉や計算が、まるきりデマカセやデタラメだとはどうしても思えない。


 世界を救うために、確実に滅びる王国を諦めるか……

 王国を守るために、起きるかも知れない世界の滅びを受け入れるか……


「――【浮遊】ッ!!」


 葉介にとっては、一択だった。

 箒に乗った状態で、今も落下を続けている国全体に、五人分超の全魔力がこもった【浮遊】を施した。すでに落下速度はピークに達しようとしていたところを、ゆっくりとブレーキが掛かった。


(……ッ、ヤベ、【結界】の時もそうだったけど、単発の攻撃ならともかく、持続するのは身体がヤバい……!)


 葉介の考えている通り。常人の五倍以上の魔力で行った強制フルバーストの魔法は、魔力に馴染みがなく魔力の逃げ場が無い葉介の肉体に確実にダメージを与えていく。加えて、それを持続していることで、単発で使う以上に早く、急激に、体中に亀裂が広がっていった。


(とは言え、だいぶ下まで落ちちゃあいるけど、浮遊で落下速度は押さえてる。後はこのまま、【移動】で王国から逸らせば――)


 と、葉介が思考した瞬間――


 バキッ、と、木が裂ける音が響いた。腰かけていた箒が砕けて、硬い地面に転がった。


「……入るよな、やっぱ。こういう時には、たっっっくさんの邪魔が……」


 転がった衝撃と、広がる亀裂と、両方の痛みに苛まれる体を押さえながら。どうにかひざ立ちなりつつ、攻撃が飛んできた先を見ると……



 大量のグレーソルジャーを従えて、武器を向けたアテラバと、武器を握るゲッカが立っていた。


「ウワバミ……こげんこつなって、残念ごわす」

「あんくとぅやー……ドクターも言ってたけど、いゃーのこと、結構気に入ってたのに」


「……オウカクはどうした?」


 出会って一日しか経っていない紅白の言葉とか、葉介的にはどうでもいい。

 それよりも、今や葉介とは浅からぬ仲になった、金髪の方がはるかに気になった。


「……オウカクは今、リンユウが見張っちょる。まあ、すぐに粛清されるじゃろ」

「そんなことより、いゃーは自分のこと心配した方がいいやさ」


 とりあえず、リーシャともども無事ではいるらしい。

 そのことにホッとして、立ち上がり二人と向き合った。


「にしても……鍵はわんが持ってるのに、どうやって手枷を――」


「手枷? 刀で両手斬り落として、急いで手枷外してから急いで【治癒】してくっつけただけやけど?」


「…………」「…………」


「んなどうでもいいことより、俺一人に構ってていいの? 俺が死んだら、当然この国に掛けてる【浮遊】は解けて、この国は落ちる。そうなったら、全員助からんよ? それとも箒やら絨毯やらで脱出できる準備があるの?」


 袖をまくってさらされた両手首に紅白ともにドン引きし、とうの黒が未だに両手がマトモに使える奇跡に感動している間にも、黒の身体の亀裂は広がっていく。上半身から首に頬。腕、手の甲。下半身から、足先。

 どこから身体が裂けるか分からない。それも何とかガマンして、【浮遊】を維持し続けている。

 そんな葉介を前に、二人は、魔法の麻袋を取り出した。


「おはんは何も、気にすることはなか……」

「あんくとぅやー……ぜーんぶドクターに任せとけば上手くいく。今までもずっとそうだった。だからわったーが心配することは、なにもないさ」


「あぁあぁ、考えること放棄しちゃってまぁ。賢く生きてるつもりかよ……違うな、それしか知らないのか。かわいそうに……」


 オウカクから聞いた、彼ら彼女らの雇用事情を聞けば無理もない。

 そんな紅白や、後ろに並ぶグレーたちのことを嘆いていると……



《――ああ、それとダ。もう一つ言っておくことがある。Youのことだ。この島の動力源を絶てば、王国で見せたBeam Weaponも使えなくなると踏んだのだろうガ……That's too bad。通常通り、使うことが可能ダ》



「What’s happened!?」


 あまりに衝撃的すぎた話が聞こえて、間違った英語を叫んだ瞬間――

 ゲッカが、魔法の麻袋を空高く放り投げた。それを、アテラバが空中で撃ち抜いた瞬間――


「あのレーザーの正体て……ファントムやったんかい!!?」


 撃ち抜かれ、弾けた麻袋から飛び出した、巨大なもの。

 まず最初に、真っ白な長い腕が二本、地に着いた。その下には、腕の半分ほどの長さしかない両足が見えた。それら手足も胴体も全体的にのっぺりとしているが、筋肉的な凹凸は普通に見られる。加えて、親のデスベア二体分は余裕で超える、あまりの巨大さのおかげで、イヤでも力強さは感じさせられる。

 そんな胴体の上に……本来ならありそうな首と頭は、無かった。代わりに、人間から見て胸の部分から、大きくつぶらな瞳が、葉介を見下ろしている。だがそれは目と言うよりも、いかにも何かを出します的なオーラをかもす、大砲の口という印象が強い。


単眼巨人(サイクロプス)……」


 ゲッカの呟き。レーザーを撃つという能力から、簡単に理解できた。


「いやいや……分かるよ? ヤケに可愛らしい見た目なのはともかく、あのビームの正体がファントムだったってのも納得はできるし、大きさからして三桁超の人間と、さっきからアテラバや他のグレーが向けてる武器を材料にして生まれたファントムだってのも分かるよ。分かるけど――」


 そして同時に、こう思うのである。



「サイクロプスの目からビームて、近代イメージにも程があるやろ!!!」



「……?」「……?」


 ゲッカもアテラバも、後ろのグレーたちも、葉介の叫びを理解していない様子だった。

 まあ、彼らからすれば、召喚の香からたまたま生まれ持ったファントムの容姿や能力など、当然、知ったことじゃないし、生まれてきたファントムにしても、そんなこと言われても……としか言いようがない。

 そんな葉介の叫びなど気にせず、サイクロプスは視線を変更。葉介の後ろ、今立つ島のはるか下にある、島国を見つめつつ、目が輝く。目の後は、全身から光が漏れ出し、目の光は徐々に強くなっていく。見るからに、エネルギーチャージを行っている。


 ゲッカは新たに魔法の麻袋を取り出していた。それを上に放り投げ、アテラバが空中でソレらを撃ち抜いた瞬間――


「まあ、そら用意はあるか……」


 弾けた麻袋から、大量のデスニマが湧いて出てきた。

 しかも、王国ではお目に掛からないような、大型動物ばかり。


「堂々と外来種持ち込んでんじゃないよ……」


 けどまあ、死んでることだし、繁殖やら交配やらの心配はないか……

 そんな下らない思考をしつつ、葉介も、自身の魔法の革袋から、靴下の束を取り出した。


(こんなもんが、あんなデカイのに通じるわけがない。蹴ったところで倒せやしない大きさだし。てか、今の俺、魔法どころか、ちょっと動いただけでヤバいんだけど……)


 もちろん、グレーも紅白も、サイクロプスも、デスニマの皆さんも、そんなことを気にしてくれる存在は、この中にいやしないだろう。


(武器は貧弱……リーシャもいない……魔法は使えん……浮遊も維持せにゃ……体は今にも弾け飛びそう……ビームは王国に向けられてる……こりゃ詰んだか)




 ――はぁ? なんでできねーんだよ?




 と、もはやどうしようもない状況になって聞こえたのは、いつだか言われた言葉の声。




 ――周り見てみろよ! お前以外全員できてんだろーが! さっさとやれ!! こんなもん一人でできて当たり前なんだよ!! いい加減()()になれ!! このバカがッ!!




「はいはい」


 過去に通わされた学習塾……中学の授業、だったか。高校の居残り、ではないか――

 いつだったかさえ思い出したくもないが、光景としてハッキリ覚えている、周りの生徒に笑われながらの、先生からのありがたいお説教に返事をしつつ――ひざを上げて立ち上がり。




 ――~~~~ッッッッなんッだってコンナノの面倒見なきゃならねーんだよ……!!



 ――()()()()()連れてこいよォオオオオオオオ!!!




「知るか」


 そこまで言うなら、お前が俺を()()にしろよ。こちとら()()()()()目指して、出すのは親だが金まで出して、お前みたいなヤツにも教えを請いてるって言うのに……

 もちろん、当時言えなかったそんなこと言ったところで、余計にキレるに決まってる。そして、そんな男が仕事を続けていけるわけもなく、葉介が去って程なく、トラブル起こしてクビになったことなど、葉介の知ったことじゃない。


「まあ、でも確かに……こんな状況、今時は『普通』にどうにかしてしまうわな……」


 加えて思い出したのは、自分よりもはるか昔から、似たような境遇の人間が、普通に、大勢いたという事実。

 葉介自身、あまり詳しくないし、直に見たわけでもない。


 それでも聞いて知っている――


 彼らは葉介と違って、誰からも愛されながら、国一つ、どころか、世界さえも余裕で救い、護っていた。ついでに、葉介と違って、どれだけの女に言い寄られても、恐れもせず、面倒くさがりもせず、拒むことなく、全員を嫁として受け入れていた。

 彼らが実在したのかどうか……それは今は、どうでもいい。

 重要なのは、今現在他でもない、俺が、そういう状況の、そういう存在だということ。


「あれ? 普通じゃない人たちが、世界を救うお話だっけ……ま、いっか。普通じゃないのが大勢いるなら、それはもう、『普通』だ」


 なら、俺も『普通』にしなければ……

 とっくの昔に諦めていたし、今さら、積極的になりたいとも思わない。

 だがそれでも、これがきっと、ずっとなりたかった『普通』になれる、最後のチャンスに違いないから……



 絶対に諦めない!

 じゃない。

 人々や世界を守るなんて当たり前!

 じゃない。

 そもそも、諦めるという選択肢、最初から用意されていない。

 人々も世界も全部、守って救って、当たり前に解決できて、やっと『普通』の物語。


「それが、なろう系だ」



 不可能と言われることに挑戦し、実現させる。

 万人が思いつきもしない発想を形とし、夢を現実に変える。

 そのためにいくつもの失敗や後悔に見舞われようと、投げ出さず、諦めず、ただひたむきに目指すべき先を見据え。耐え忍び。まい進し。

 その果てに得た成功を前にしても、決して驕らず。初心を忘れず。

 やがて、いくつもの奇跡と成功を『当たり前』と成し。

 それらを『普通』へ昇華させる者たち。


「それが日本人や!!」



 普通になりたかった日本人代表――志間葉介。31歳。



「やれ」


 短い、ゲッカの渋い声が、聞こえてきた――


 亀裂が広がる手に、靴下を握りしめた――


 デスニマたちが、こっちに向かってきた――


 サイクロプスのチャージが、済んだ様子だった――


 両手の靴下を回して、振りかぶろうとした――



 ――【雷天(ライテン)】・霹靂廣々(へきれきこうこう)ッ!!



 どこかで聞いた、若い声が聞こえた――


 空が光ったかと思ったら、目の前にいた、デスニマの群れが消えた――


 音が鳴ったと思った瞬間、サイクロプスが後ろへ転んで、レーザーは空へ上がった――


 紅白もグレーも、後ろに下がっていた――



 反射的に、上を見た時――


「……うそん?」


 亀裂が広がった顔から、そんな声が漏れた。

 ウソかと思って、よく見てみたが……どう見ても、箒と絨毯が、上からいくつも飛んできていた。箒にも絨毯にも、漏れなく人間が乗っていた。

 その人間たちが、葉介を取り囲むように降りてきた。



「――【治癒極】ッ」


 声のした方を振り返ると……セルシィが、葉介の身に触れていた。

 広がっていた亀裂が閉じていき、両手首の痛々しい痕も消え去って、リンユウにされた時と同じ、綺麗な身体に戻った。


「ごッ――」


 と、身体の痛みが消えたすぐ後、下腹部から、強烈ながらも懐かしい激痛。


「ヨースケ……!」

「ヨースケッ!!」


 声を上げて、悶絶する葉介に抱き着いてきたのは、いちもつを蹴り上げた赤色と、緑色。


「ミラ、アラタ……てか、皆さんも――」



 第5関隊――ミラ。アラタ。

 第4関隊――メア。リム。メルダ。

 第3関隊――セルシィ。ディック。

 第2関隊――シャル。ファイ。フェイ。

 第1関隊――レイ。リリア。サリア。

 そんな、名前を覚えていた人たちだけでなく、城に残ってくれていた魔法騎士たち。更に、逃げ出すか、辞めていったはずの多くの魔法騎士たち。

 加えて、首を鳴らしているメイラン。拳を鳴らしているカリン。渋々連れてこられた様子のシェイル。その他、かつてカリレスを襲ったりもした、北側の住民、北端族の武闘派たち。

 そして、シンリー女王。

 王国内にいる、大よそ戦えそうな者たち全員が、トレントラに集結していた。



「……マジ?」

「マジ」


 唐突な展開に、目を白黒させるしかない葉介の声に、リリアが応えた。


「わたしたちも、戦うから……」

「俺が全部、ぶっ倒してやらぁー!!」


 ミラの小さな声と、アラタのデカい声が、葉介の前で響き渡った。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 時間は一日さかのぼる……



「……ぅああああああッ!!? ヨースケェエエエエエエエエ!!?」


「落ち着け、レイ!」


 激しい怒り。果てしない恨み。飽くなき殺意。

 もろもろに苛まれ、感情のままに声を上げた時。


「……シャル?」


 シャルの顔を見て冷静になって……自分が初めて、白い崖の上に腰かけていることに気づいた。


「シャル……シャル? シャル! シャル!!」


 シャルの姿を見て、シャルの名前を何度も呼んで、シャルの身を抱きしめた。


「レ、レイ……」

「ごめん、シャル……守ってあげられなくて、ゴメン……そばにいられなくて、ゴメン!」

「…………」


 言うべきことは、いくつもあるが……

 今は、レイの涙が止まるのを、ただ抱きしめて、待つことにした……



「……てことは、全部、ヨースケのお芝居だった、て、こと……?」


 涙が枯れるまで泣き続け、落ち着いた後は、シャルから全ての説明を聞いた。

 この決闘そのものが、ヨースケ一人を悪者にして、魔法騎士団、真騎士団、両者から狙われることで、両勢力を団結、和解させ、再び国を一つにするための茶番劇だったこと。

 レイ一人だけは、確実に戦ってもらうため、唯一絶対の泣き所であるシャルをさらうことにしたこと。服を【加工】したのも、レイを怒らせ、恨ませるためのダメ押しであり、実際には指一本触れられてはいないこと……


「至れり尽くせりだね……」


 全てが芝居で、シャルには一切の危害が加わっていないことの証明として、身体検査の後で、牢屋の中を案内した。閉じ込められたシャルはもちろん、たった今中に入ったレイにさえ分かる快適空間にため息が出た。


「…………」

「……やはり、この国のことはゆるせないか?」

「当たり前だよ」


 ヨースケが、この国や、自分のことをとにかく思いやってくれていたのは分かった。けど、そのことと、この国に懐いてきた積年の恨みは、全く別だ。


「みんなは、新しい女王様を見て、感化されて希望を持ってるみたいだけど……僕はイヤなんだよ! いくら償ったってやり直したって、この国でさせられてきた、苦しいこと全部覚えてる。もう、この国にいること自体――この国の一部でいるいること自体、気持ち悪くて仕方がないんだ!」

「…………」


 そう叫びながら、実際に吐き気を催している。これがむしろ普通の反応なんだと、シャルにはよく分かる。

 誰もが未来に希望を持てるわけじゃない。希望を理由に割り切れるはずがない。

 奪われたものはいくつもあるし、失ったものや時間は戻ってこない。サレたことは消えて無くならない。ゆるせないことだらけなら、持てるものは拒否感しかない。

 今すぐこんな国、捨ててしまいたい。滅ぼしたい。無くしたい。

 そうしないと、自由になれない。

 そう、思うしかなくなるくらいに……


「……どうしてもイヤなら、逃げ出せばいい。私は、お前に付いていく」

「本当?」

「ああ……随分遠回りになってしまって、悪かったな。最初から答えは出ていたのにな」


 シャルの言った通り。二人の答えは、最初から出ていた。

 親が、二人を引き裂いた。魔法騎士団が、二人を遠ざけた。立場が、二人に割って入った。

 ただ一緒にいたいだけなのに、そのために努力をするたびに、二人の距離は遠ざかる。そんな国にいる限り、二人が結ばれる日は、永遠にやってこない。

 だから、最初から捨てるしかなかった。

 地位も。家族も。家も。故郷も。国も……


「僕と一緒に、来てくれる?」

「そう言っている……幼いころ、私を悪ガキどもから守ってくれた時から決めていた。娘だろうが父親だろうが、誰が何と言おうと、絶対に、レイと結婚するって」

「シャル……」


 シャルの言った通り、随分と遠回りになった。

 答えは最初から決まってて、なのに間違えて空回って……

 それでもこうして、二人を縛る全部から解放されて、やっと、結ばれることになった。



「……けどな、レイ」


 そんな、歓喜と安堵の中にいるレイに、シャルは更に、語り掛ける。


「一つ、我がままを聞いてくれるなら……一片の後悔も残さず、この国を去りたい」


 そう、シャルが言いながら、空を見上げた時……


 シャルも、レイも、感じた。


 まだもう少し、遠回りをしなきゃならないみたいだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「メア様、セルシィ様……」

「……なに? リリアちゃん」


 城内にある、木の下の長椅子に腰掛けるセルシィと、そんなセルシィのひざ枕を堪能しているメアに、リリアが話しかけていた。

 リリアの後ろには、リムに双子ら、檻島派遣組の五人も集まっている。


「女王様から、二人は逃げ出したと聞いていました。もう、戻ってはこないだろうとも」

「……関長がそろって逃げ出したこと、軽蔑した?」

「それもありますが……」


 メアの言葉は肯定しつつ、六人ともが、聞きたいのは別のこと。


「一度は逃げ出したにも関わらず、なぜ戻ってきたのか。それが気になったのです。それも、決闘が終わった、あんなタイミングで」

「決闘は最初から隠れて見てたよ……ただ、この国が最後はどうなるか、見届けようと思っただけだよ。腐っても女王の妹だし」

「私も……真騎士団のリーダーの妹なので」


 二人のアッサリした答えを聞いて……五人とも、何とも言えない表情を浮かべた。


「なに? この国を護る使命を思い出して、使命感に駆られて戻ってきた。そう言えば、君たち的には満足だった?」

「それは……」


 腰を上げながら、尋ねられたメアの問いかけには、答えることができなかった。


「リリアちゃんたちには悪いけど……そんな大仰な思想でもって戦ってる人なんて、魔法騎士団でも中々いないと思うよ」

「え……」


 理想を口にした後で、続けて口に出したのは、現実のこと。


「リリアちゃんだって、ただ大好きなレイに見てほしくて、がんばってただけでしょ?」

「なぁッ、がぁッ……!!」


 唐突な秘密の暴露をされて、リリアは、固まってしまった。


「わたしだって、似たようなもんだよ。魔法騎士になったのは、ただお姉ちゃんについてきただけ。面倒な関長の仕事でも続けてきたのは、お姉ちゃんのこと隠すのも目的の一つだけど……一番は、セルシィと一緒にいられるのが嬉しかった。それだけ」

「私も……姉が魔法騎士で、私もなんとなくそうなった後は、ズルズルと……」


 今日まで聞く機会のなかった、関長二人が魔法騎士になって、い続けた動機を聞いて、その理由に六人全員、複雑な表情を浮かべた。


「みんなそうだって。そりゃあ、中には魔法騎士への憧れとか、格好良さとか、人を守りたいって気持ちとか、入る時には持ってた子たちだっているとは思うよ。リムちゃんなんかがそうだったはずだし」


 後ろで、急に名前を呼ばれたリムが反応している間にも、話を続ける。


「けど結局みんな、自然とそんな理想や綺麗事より、自分を優先しちゃうんだな……給料が欲しい。生活しなきゃいけない。ごはんが食べたい。楽がしたい。恋がしたい。他に仕事がない……それがなくなっちゃったならさ、逃げ出すのだって、当たり前じゃない?」


 現実とは理不尽で、冷たいもの。そのことを誰よりも知っている、メアの話に反論する者は、一人もいない。


「そうですよ。一人一人、違った事情や、欲を持ちながら働いてる……その結果、人と国を護っている。それが、魔法騎士なんですよね」


 と、今度はセルシィが語りだした。


「正義感や使命感も結構。立派だと思います。けど、それが他の理由より偉いわけじゃありません。理由はどうあれ本当に立派なのは、仕事を果たして、結果を残した人なんですから……気持ちや行動の全てが正しいとは限らない。それでも、少なくとも自分だけは、正しいと信じて、願いを叶えるために、戦うしかないんです」

「そういうこと……例えば、この世界で一番大切な師匠と、その師匠が生きてく国を護るために、悪者になって、あげく身売りしちゃった弟子みたいにね」


 セルシィに続けて語ったメアは、空を見上げた。

 それに釣られるように、その場の全員が空を見上げた。


「少なくとも、わたしはセルシィのためなら、どんなことでもしたいし、その覚悟もあるけど……おっさんと同じことできるかって言われたら……」

「メア……」


 見上げながら、手を握り合う関長らを尻目に……



「お二人は、どうしたいのですか?」


 空を見上げながら、リリアがまた、尋ねていた。


「うーん……わたしたちも、同じ質問したいかな?」


 返したのは、そんな曖昧な質問の返し。


「国の悪者は無事に追い出して、トレントラは、この国から手を引いた。心配事は全部なくなったのに、みんな、戻ってくるなり、空ばっか見てる」

「…………」

「最初の質問以上に、言ってほしいこと、あるんじゃないの? 女王とか、ボクら関長にさ?」


 空を見上げながらのそんな問いかけに対して……六人全員、表情が変わった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ミラ――ミラ! どうしたんだよ?」


 城内に残った森の前、流れる川のこちら側。そこにポツンと建つ、つい今朝方まで、中年が住まいとして使っていた物置小屋。

 城へ戻ってくるなり、ミラはアラタを伴って、真っすぐその小屋を訪れていた。


「おい……ヨースケが行っちまって、ショックなのは分かるけどよ、そんな、ヨースケのもの、全部出すことねーだろ!」


 アラタの言った通り……

 物置小屋に来るなり、ミラは中にある、ヨースケが住んでから中に入れた物を、片っ端から外に出していた。

 だが、特に物に当たっているわけでもなければ、悲しみや怒りの感情も感じない。

 そういうのも無いわけではないだろうが、単純に、物を外に出し、整理している。

 そんなミラの行動を、アラタは止めることもできず、なんとなく付いてきたメイランとカリンは、ただ何も言わず眺めている。



 やがて、ミラが中にある葉介の私物を、ひとしきり外に出した後……


「これ……」

「なんだ、それ……?」


 ミラが、両手に持って出てきたのは、小さな魔法の革袋である。


「わたしが渡したヤツじゃない……わたしも、見たことない」

「それが、どうしたんだよ?」

「……これ」


 問いかけたアラタに、ミラは、あるものを渡した。それは、葉介がミラに返却した、黒の穴空き手袋だ。


「この手袋が……なんか、入ってんのか?」


 受け取って、すぐに手触りの違和感に気づいた。手袋の中に手を入れて、中にある、白い紙を取り出した。


「これ、手紙……『ミラが見たことのない、俺の私物を見てみなさい』?」

「ん……全部外に出してみて、わたしが知らないの、多分これだけ」

「直接どれのことか書きゃいいのに……」

「それじゃつまらないって、思ったんだと思う。ヨースケのことだから……」

「なるほどな。確かに……」


 目の前でいなくなられて、泣き叫ぶほど悲しんだ。悲痛な気持ちにも駆られた。しかも死ぬほど痛かった。

 そんなミラも、そしてアラタも、今は、二人して笑みを浮かべている。

 カリンは、そんな二人の軽薄さに呆れた。メイランは、自身がいないところで簡単に二人を元気にしてしまった、ヨースケの手腕に驚いた。


 そんな二人の前で、ミラは、革袋の中を覗いて……


「これ……これって!?」


 中身を取り出して、それを見てみると。いつも無表情なミラの顔が、驚愕に染まった。


「うわ! なんだこれ……!」


 続けて、アラタも並んで見た時、そんな声を上げていた。

 カリンも興味から覗こうとしたのを、メイランが止めた。


「……これ、アラタに」

「へ? 俺に?」

「ん……そう言ってた。アラタにあげろって。わたしは、ほとんど知ってるから……良かったら、一緒に見せてほしいけど」

「お、おう。もちろん……」


 革袋ごとアラタに手渡すと、アラタはそれを、ジッと見つめた。

 メイランもカリンも、それが何かはここからじゃ分からない。分かるのは、それを見ているアラタとミラの目が、二人にも分かるくらいに輝いているということ。


「ヨースケは、出ていったんじゃない……後は任せるって……自分の代わりに、後は、任せるって、そう言って……」


 それ以上は言葉に詰まり、なにも言えなくなっている。

 そんなミラの肩を、アラタは押さえた。


「ミラ……」

「アラタ、わたし……わたしね……」


 肩を震わせ、悔しさを声に出して、それでも言いたいこと……


 アラタも、カリンにメイランも、なにが言いたいかを理解した。


 理解したから、空を見上げた――



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 やがて時間が経過して、陽が沈んだすぐの時。



《ハッキリ申します……自分は、トレントラが怖いです!》


 城内に残っていた魔法騎士。逃げ出して静かに、だがその心中はくすぶっていた魔法騎士。戦い方を知る武闘派の北端族。

 方々を自ら周って説得し、城へとかき集めた、国内にいる戦える者たち。

 そんな人たちに向かって、シンリー女王は叫んでいた。


「トレントラの圧倒的な軍事力と科学力……それらにこの国が見舞われて、自分の愛する国民の皆さんが傷つき、命を落とすこと。それが本当に怖ろしい」


 女王に限らず、この場の誰もが思っていることを敢えて声に出していた。


「そして今……そんな国へ、自分たちを守るため、一人で乗り込んでくれた人がいます! そんな恐ろしい国に、この国を護るために、たった一人で戦ってくれている仲間がいます!」


 魔法騎士でない者たちは、驚きを顔に出していた。逃げ出した元魔法騎士たちも、同じ表情を浮かべていた。

 逃げ出さずにいた魔法騎士たちは……変わらない表情で、女王を見た。


「そんな事実を踏まえた上で、皆さんに考えていただきたい――この先、トレントラの脅威に怯え続けることが、国として、生きているのだと言えますか? たった一人の仲間に全てを押しつけ、知らんぷりをしながら普通に暮らしていくことができますか?」


 事情の全てを知らない人間の方が、この場ではむしろ多数派だ。全てを知っている者たちにしても、疑問や、思うところはある。

 それでも確実に分かるのは、目の前の女王が、必死に訴えているということ。


「強制はしない。逃げたとしても咎めはしない。ただもし、アナタ方に、護りたいと願うものがあるのなら――仲間のことを、取り戻したいと求めるなら――トレントラのことを、気に入らないムカつく相手だと感じるなら――どうか、力を貸してほしい!」


 全員に、理由や動機を問いかけて……


 この国の、真なる敵が何者かを語りかけ――


「自分は!! トレントラを潰します!!」


 女王の最後の叫びに続き――

 集まった人間全員の、叫びが一つに重なった。



「……けどさ、ジン。戦うのはいいけど、いくら人数集めたって、あのデカくて伸びる光弾、あれで国を撃たれたら、その時点でお終いだよ?」

「ええ……あれが兵器であったなら、確かに自分たちに勝ち目はありません」

「え? 兵器、じゃないの?」

「アレがどこから……いいえ、ナニから撃たれたか。それは、アラタネシアが気づいてくれました――アレを撃ったのは、ファントムです」

「……マジ?」

「マジ……ファントムを――デスニマを退治するのは、我々の得意分野です」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そしてそこから一夜明け、ずっと空に浮いていたトレントラが、目に見えて高度を下げたのを見て。集結させた者たち全員、空中高く、トレントラの真上へ、神官たちの手で【瞬間移動】し――


 そして時間は、現在へ。



(あーあぁ……俺ってとことん、『普通』になれんのね……)


 幼いころから。嘆いて。呆れて。悔んで。呪って。

 ただ、しなきゃならないことを普通にこなしたいだけなのに、持って生まれた素質だか、力量だか……つまりは脳ミソだろうが、そんなことにさえへこたれて。諦めて。受け入れる以外、仕様がなくて。

 あげく、異世界にまでやってきて、普通でないことばかりしてきて。

 この土壇場になって、やっと『普通』になれるチャンスがめぐってきたっていうのに――結局はこうして、他人に助けられる始末。


(ほんと、俺ってヤツは……)


 自分で全部を片づける……そんな、最低限、人として当たり前な『普通』のことを、一人じゃ普通にこなすこともできない。


 そんな目の前の現実が――


 ただただ普通に、幸福だった。



 そんな、王国のためにたった一人戦ってくれていた、靴下を握りしめる仲間を囲むように。

 立ち並んだ者たちの先頭に、レイと女王の二人が立った。


 レイが、愛用の杖を掲げた――



「魔法騎士団――ダリダリ!!」


 ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!

 ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!

 ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!



「ルティアーナ王国――ダリダリ!!」


 ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!

 ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!

 ダリダリ!! ダリダリ!! ダリダリ!!



「台無しやー!!」





台無しやー!!

と思った人は感想おねがいします。

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