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第9話  別れの死神

 時間は数日さかのぼる……



「説得される前に聞きたいんだけど……」


 デスニマの五日間の最終日、メイランとレイによる侵略行為、真騎士団設立の宣言……そんな濃すぎる夜を乗り越えた、翌日の城の地下。

 城の地下にある檻の中。ミラが走り出して、それをメアが追いかけに言った直後のこと。魔法の手枷につながれた手に握った、不味い魚の干物をシャルに炙ってもらいつつ、葉介は、シンリー女王へ問いかけていた。


「仮に俺とミラが城に付いて、真騎士団との決闘に勝ったとして、その後どうやってこの国まとめる気?」


 火に炙られ、乾燥させた白めの薄茶色な表面が、更に乾燥していく。中と表面に火が通っていって、やがて焦げ目が浮かんでくる。


「まあ単純に、真騎士団を倒したとして、真騎士団がこっちに戻ってきてくれる可能性は低いわな。ケイランて女はともかく、レイは魔法騎士団もこの国も、心底イヤになったって話だし」

「メイランだ」

「元第1の子らも、基本みんなレイのこと好きでついていったんだろうけど……やっぱ根っこのところでは、一番過酷で激務な第1の仕事へのストレスやら、助けても感謝すらしない国民の皆さんへの鬱憤なんかもあったろうからね。レイ一人だけなら、シャル一人差し出せばそれで治まるかもしんないけど、最悪の場合、レイ以外の第1の子たちや、その子たちに脅された若い子たち連れて、第二第三の城への攻撃――なんて事態にもなりかねんわな」


 香ばしい香りが立ち上る空間で、ペラペラと、だが分かりやすく、恐ろしい事実の可能性を語りだした。


「まあ、そんなことにならないか、なったとしてもどうにか押さえこんだとしてもだ……女王様、この国、金あるの?」


 お面の向きは、焼けていく魚へ真っすぐ向けたまま、女王に対して新たに質問を投げかけた。


「昨日まで魔法騎士として動いてきたので、全てを把握することはできていませんが……そんな自分から見ても、今のこの国、というよりこの城が、経済的に豊かだとは、とてもじゃないですが言える状態ではありませんね」


 葉介の言いたいことを何となく察したらしいシンリーも、そう語った。


「……国民をまとめるために、最終的に必要な物って、仮にも女王なら分かってるよね?」

「お金、ですか?」

「そ。今まではクドイクズが好き勝手してた中でも、何だかんだ国民たち自身の間で、かなり歪んではいたけど上手いことバランスは取ってた。その歪んだ部分への不満が爆発したせいでこんなことになったんだから、早急にその辺修正しつつ、国民への誠意も見せにゃならん」

「しかし、それをするにも、国民の皆さんの人手がいる。人手を雇うには、お金がかかる……そのお金を、どこから捻出するか。そこが問題というわけですか?」

「まあそういうことだぁな。普通は、国民の皆さんからの税金でどうにかするところだけど、その税金が歪みの一つになっちゃった以上、下手に徴収しようとしたら余計に皆さんのこと怒らせるだろうし」

「こんな時のために用意してありそうな、城への蓄えも期待はできないでしょうね。あの廃棄物、国のトップに立ってからというもの、城に寄生しながらかなり贅沢をしていましたから。自由に使えるお金があれば、非常用と言えど全て懐に入れていたでしょう。それも現在探しているところではありますが……それも、まとまった額が残っているかどうか」


「…………」


 杖先で干物を炙っていきながら、シャルは、二人の会話に聞き入り、言葉を挟むことができずにいた。

 成り行きを黙って見守っている内、つい考えてしまっていた。

 レイとメイランたち、真騎士団さえ倒すことができれば、全ての問題は解決できる。

 目先の問題さえ対処に成功すれば、それで今までの生活に戻れる。

 レイが、戻ってきてくれる……


 けど、当たり前だが、そんなわけがないと、二人の会話で気づかされた。

 真騎士団を倒したその先……

 今回の事件で混乱し、乱れに乱れてしまった国をどうするか。

 今回の事件以前から、歪みに歪んでしまった国民たちをどうするか。

 それ以降の会話も、シャルは、ただ黙って聞いているしかなかった。政治と金がどうこう、リユンがどうこう言っているのだけは分かるが……

 いずれにせよ、シャルには理解できず、意見を上げる余地もない、そんな討論を前に、できることは、ただ干物を炙ることだけ……

 まあ、政治家でもなんでもない、若い一公務員でしかないシャルに、政治能力などあるはずがないので、分からないからと落ち込むことも、尻ごみする必要も全くないのだが……



「まあ、先のことは、追々考えるしかないとして……今はまず、目先のことを優先しましょう」


 時間的には二分から三分ほど、シャルには理解しがたい討論を続けてから、ようやくシャルにも分かる問題の話へ戻ってきた。


「自分としては、これ以上の争い事は、本意ではありません。単純に、真騎士団の皆さんを含め、国民たちにこれ以上傷ついてほしくありません。加えて、昨日ヨースケさんも言っていたように、これ以上争いが続けば、この国はあっという間に回復不可能な傷を負うことになる」

「真騎士団を倒して、倒した後は、上手いこと真騎士団の皆さんを仲間にして、できることなら、国とか、城への不満やら、ひとまずは忘れていただいて、今後、この国を復興しつつ、その後もこの国を支えるために働いていただきたい、と……熱っちッ」

「そんな都合の良い方法、あるか?」


 かなり都合の良い理想論を口にした葉介に、シャルはようやく、口をはさんだ。炙り終えた干物にかじりついて、焼きたての熱さにひるんだ葉介は、その干物をあおいで冷ましはじめた。


「敵同士が、簡単に仲直りする方法……俺の世界でよくある話としては、争い合ってた両者の前に共通の敵が現れて、あまりの脅威にいがみ合ってる場合じゃなくなって、手を取り合って立ち向かう。で、結果的に仲直り――そんな流れが、定番ちゃ定番かな?」


 葉介の実家で言うところの、いわゆる『VS物』と呼ばれる、主役同士が戦う映画の定番の流れである。


「共通の敵って……」


 そして、そんな定番やお約束はもちろん、そもそも映画も無ければ物語の類さえ乏しい世界で生まれ育ったこの二人に、そんなものを理解できるはずもなし。

 だからシンリーは、尋ねた。


「そんな存在、もはやどこにもいないでしょう。両者どころか、この国の悪性腫瘍である廃棄物は、すでに自分が傷めつけました。そうでなくとも、そんな、国が一丸となって対処しなければならないほどの脅威など、あるわけがありません」


 いくらこの国が、平和に慣れ切った腑抜けの国とは言え、そんな国で争い合っている者同士が手を取り合うとなると、生半可な脅威では意味がない。

 冗談ではなく、この国を滅ぼしかねない力を持った敵が、目の前に突然現れる……そんな、それこそ絵物語の世界にしかないような展開にでもならなければ、あり得るわけがない。

 ないのだが……葉介は、干物をあおぎ、時折唇で温度の加減を確かめつつ、傷だらけの口元は、笑っていた。


「いやいや、いるじゃんよ、適任が」


 シャルは、その言葉の意味が分からなかった。

 だが、シンリーは、葉介がその話題を出した時点で察していたようで、表情を沈ませた。


「よそ者で、他の人間にはない力と武器持ってて、見た目も分かりやすい悪役で、でもって、みんなからも嫌われてて――」


「ダメだ!!」


 最後まで言い終わるより前に、シンリーが、大声を上げて制止した。


「それだけはダメだ……アナタは、この国を救い、この国にとって必要な人間だ」

「……気持ちは嬉しいけど、どっち道、デスニマは一匹残ってたらどんどん増えちゃうから、一匹残らず駆除しなきゃでしょ?」

「確かに……しかし、アナタは人を襲わない」

「人を襲わないから、俺やリーシャは生きてていいことになるの? 言っとくけど、いくら【害獣除け】の魔法に包まれてるからといって、外の魔法を全然吸い寄せないってわけじゃないんだよ? 実際、毎日じゃないけど、週に一匹か二匹、外森で新しいデスニマ見つかってたしさ」

「それでも……少なくとも、アナタは敵では断じてない。自分たちだけでなく、カリレスの住民たちが証人だ。アナタは、敵ではない」

「えー? カリレスの皆さんこそ、俺が敵だっていう証人なんじゃない」


 シンリーの必死の訴えも、葉介は、平然と否定してしまう。


「シャルはどう思うよ?」

「……え?」

「片や、金髪で褐色で、王女様と同じ名前した美少女。片や、黒いお面で素顔隠して、そんな美少女の脚を平気でへし折る黒ずくめのジジィ……さて、どっちが悪者に見える?」

「それは……ッ」


 魔法騎士の身としては、葉介は間違いなく味方だった。だが、そうじゃない一般の人間からしたら……確かに。プロレスや特撮番組が存在しないこの世界の人間から見ても、美少女と中年小男骨仮面の二択であれば、間違いなく後者を悪者だと言うに違いない。


「加えて、カリレスの事件でがんばったおかげで、リムとかメルダとかも良い具合に嫌ってくれてるし」

「嫌われる具合に良いも悪いもあるのか?」

「あとは、決定的にこの国や、国民の皆さんに敵だーってところを見せたら、みんなが俺のこと狙ってくれると思うんだよね……それまでの国に対する不満とか不信感とかも、俺一人に押しつけられるかどうかは、女王様の話術にかかってるけれど」

「……自分がそんな、大ウソを国全体に喧伝しろと?」

「国の主導者なんて、みんな我がままでウソつきなもんでしょ」


 なんてこと言ってんだ……とは言え、確かに心理ではあるか。

 と、シャルが思ったところで、どうやら丁度よく冷めたらしい干物を一口――


「まっずッ!」


「香りは悪くないと思うのですが……」


 葉介の提案を、受け入れたくはない。だが、それしか方法がないことも、理解してしまっている。

 少なくとも今は、これ以上その話をしたくない。だから、あからさまに話題を変えて、シャルもそれに乗ることにして……

 メアがミラを連れて戻ってきたのは、その直後のことだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その後、ミラの命令で葉介がこちらに付くことになり、決着は、魔法騎士の決闘ということに決定。

 それが決まってからは、まずメアが姿を消した。だが、先の葉介の言動もあり、それを気にする人間は、もはや魔法騎士団にはいなかった。

 葉介は魔法の練習を口実に第5の二人から離れて、そのミラとアラタは、三日間二人で稽古。双子ら五人は檻島の警護へ向かってもらって。サリアはずっとカリレスの警護なので、葉介に興味を持つ人間の目は、全員離すことに成功した。

 その間、葉介、シンリー、シャルの三人で作戦を考え、四日後の今日、めでたく決行、成功したわけだが……



「どう考えても、お前一人に負担が掛かりすぎだ」


 話し合いの時点で思っていたことだし、今考えてみても無茶苦茶な作戦だった。


「そもそも、お前一人で真騎士団の代表5人にストレート勝ちするなど……いくらリーシャさんに、魔法の手枷という切り札があったとは言え、間違いなく奇跡だったぞ」


 と、シャルが手作り感あふれる檻の中から、焚火を前に座っている男の背中に向かって、声を上げていた。


 時刻は、夕刻、と呼ぶには少しばかり早い時間。葉介がかつて、第4の野外訓練のために一度だけ訪れた場所。そのゴール地点。アヤルカの森にある、白い崖の上。

 そこで、傍らにリーシャを突き立てて、焚火に炙られた串焼きを見つめていた葉介は、作戦の難易度についての苦言に対して、気まずそうに顔を掻きつつ振り返った。


「まーねー……けど実際、俺以外の誰にも戦わせるわけにゃあ、行かんかったからなぁ。檻島に捕まった囚人の皆さんや、船から見てるリユンの連中から見て、国を侵略しにきた怪しいお面に、魔法騎士団が一人ずつ挑んでいって負けちゃったっていう構図にするには、俺一人で5人とも倒すしかなかったのよ」


 葉介一人を悪役にする。そのためには、彼に味方する人間が国内にいてはいけない。そのために、ミラやアラタ、味方に対して一切の応援声援を禁じ、そもそも代表以外が檻島へ来ることも禁じていた。

 それもあって、決闘における分かりやすい悪役ムーブで葉介はあの場の全員の嫌われ者へと変わり、国中から孤立することに成功した。


「……もし、決闘に敗けていたら、どうするつもりだった?」

「その時は、次の決闘が始まる前に、手枷外して大暴れして、どさくさに女王様の鍵奪って、女王様に追い返させる……その辺が無難だったかな?」

「……もし、ミラの命令が城ではなく、真騎士団へ寝返ることだったとしたら?」

「基本、ミラの命令には従ってたと思うけど……どうだろう? 最終的に似たような動きはしてたかな? 俺がこの国の敵にならなきゃ、どっちみち、ミラが生きてくこの国、終わっちゃうことだし」

「…………」

「そういうシャルは、首は大丈夫かい? 【治癒】は怖くて使えないから、タオル巻いて止血だけしといたけど。俺が吸ったせいで魔力も空っぽだよね?」

「……ああ。心配はいらん。多少痛みはあるが、血ももうすぐ止まるだろう」


 こいつと出会って、魔力切ればかり起こしているなぁ……

 そんな事実と同時に、思うことがあった。

 私のこともそうだが、私以上に、誰よりもミラのことを、どこまでも思いやり。結果的に、この国の生末までも懸念して。

 そのために……いいや、それ以前から、ずっとそうだった。


「聞いてもいいか?」

「んー? シャルも食べたいの? ヘビとバッタ?」

「……遠慮しておこう」


 ちょうど焼きあがったらしい、ヘビとバッタの串焼きを両手に握りつつの質問には、そう返した。


「本当は、目の前に森があったあの小屋でこういう食生活ができるかと思ってたんだけど……【害獣除け】のせいで植物以外の生き物がいねーの。まあ、川には干しても焼いてもクソ不味い魚もいたし、魔法のおかげで虫やカラスが湧くこともなかったし。デスニマのエサは魔法だったから、腹は減っても餓死はしなかったんだけど」

「まあ、先々代くらいの国王による方針だったらしいし、お前の言った通り、城や城下町に害虫害獣を発生させないために、仕方がない。リユンにカリレスも……ではなく――」


 と、これまた無駄に美味そうにヘビをムシャムシャ食べている光景に唾を溜めつつ、ずれた話題を修正して、聞きたいことを聞くことにした。


「なぜ……お前は最初から最後まで、嫌われ者でいようとする?」

「なぜもなにも、ずっと嫌われてたじゃない」

「マジメに答えろ……森へのデスニマ討伐任務では、村民の前に立って積極的に悪役に徹していた。レイを助け、せっかく仲間たちから一目置かれていたのに、第2の仕事でもそうしたせいで、警護対象はもちろん、第2のメンバーからも不信感を買った。カリレスでの拷問とやらも、私は見ていないが、それをすれば、せっかくお前を好いていた者たちから、嫌われてしまうことが分かっていたんじゃないのか?」

「…………」

「なぜそこまで、自ら人々を遠ざけ、孤立するようなマネを? 全てミラのため、というわけではあるまい。第2の任務に関しては、むしろミラにも不満が向きかねなかったしな」

「…………」


 ヘビを平らげ、バッタを手に取りながら、葉介は、シャルの方へ体を向けた。


「まあ、この国、てかこの世界に来るずっと前……子どものころからずっとそうだったから。そうとしか、言い様がないかな?」


 またごまかすのか――そう思ったが、表情の見えない葉介の声色と、雰囲気が、ふざけているわけではないことを物語っている。


「子どもの時から、周りの子たちには嫌われた。まあ、我がまま放題でイタズラもして、頭も残念なクソガキだったし、嫌われて当たり前だぁな。今でも、ガキの時分を思い出しちゃあ、頭を抱えて奇声を上げたくなるくらいには、恥ずかしい子ども時代だったよ」


 それ自体は、シャル自身は決して、断じて、間違いなくそんなことはなかったが、誰にでもあり得る話に違いない。


「成長して、さすがに礼儀や分別を身につけた後は、周りに対する気遣いは心がけてた……なのに、気がついたら、周りから人はいなくなってた。社会に出てからも同じ。極力、人に迷惑をかけないよう、最低限の礼儀と気遣いは心掛けてたつもりなんだけど。ふと周りを見渡したら、周りには人っ子一人いやしねーの」


 バッタを食べながら、気楽な声色で話しているようで、お面から覗く目からは、人間らしい寂しさが浮かんでいて……


「けど、なんだかんだ言いつつ、結局それが、一番楽だってことに気づいた。100人の友達に囲まれてる人生より、周りに誰もいない方が、はるかに身軽で自由に動ける」

「……しかし、それではいざ人の助けが必要な時、誰も助けてはくれんぞ」

「俺の周りにいた人たちは、みんな、助けなしで上手くやってた人たちだったからね」


 だが、そんなシャルのもっともらしい指摘に対しても、葉介にとっての、もっともらしい事実が返ってくる。


「みんな、俺と違って誰かに好かれてた。大勢の人たちと上手く接してて、そのくせ、一人の力で何でもこなしてた。何もできない嫌われ者は俺だけ。そんな連中から見たら、俺はおかしい人間だったろうよ。なんで生きてるのかも分からないくらいに」


 もちろん、全員がそんな完璧超人であるわけもなし、誰しも一人の力には限界があるから、どこかで助けられていたに違いない。そんなことは、葉介でも理解しているが……

 現実にそんな状況にいた中、見えない真実や客観的な事実で納得できるほど、葉介の懐くコンプレックスは、単純に出来上がってはいなかった。


「誰もが当たり前にしてることを、普通にこなすこともできん……普通の人たちからしたら、嫌って当たり前だ」

「ヨースケにとって、普通とはなんだ?」

「俺にできないことを、みんなはできること」

「当たり前とはなんだ?」

「俺ができたことは、みんなしてること」

「……それは、ヨースケだけの考えではないのか?」

「ずっとそう言われてきたけど?」


 そこまでの言葉に、嘘は感じない。

 悲哀もない。哀愁もない。

 ただの事実を、己に対する皮肉と戒めとして、淡々と語っている。

 事実でも何でもない、ただの皮肉でしかない侮辱を、無理やり戒めとして受け入れて。


(劣等感と自己嫌悪に、狂っている……狂わされたのか? それとも、狂わなければ生きられない故郷だったのか……どっちだろうが、世界は変わらんな)


「実家でもそんなだったんだから、この世界でも、嫌われ者の悪役は、適役だったんだろうよ。悪いヤツと思われた末に殺されても、悲しむ人なんて一人もいやしないんだから」

「…………」


 そんなことはない。少なくとも、私はヨースケが死んだら悲しいと思う。シンリー女王も。そして他でもない、アラタと、ミラも……

 そう思ったが、声には出さなかった。そのことを踏まえた上で、葉介は、覚悟を持ってこの場にいるんだ。それに水を差し、覚悟を揺らがすようなことは、シャルにはできなかった。


(いいや、違う……理屈じゃない。私も、ヨースケこそが敵として相応しいと……犠牲にするのが正しいと、心の底では思ってしまっているのだな)


 いくら本人が乗り気だからと。嫌がりもせず気楽にふるまっているからと。

 最後はこの国のために、大勢に恨まれながら死ぬ。そう宣言していることを、私は咎めもせず、受け入れている。そんな自分自身の卑しさに対して、心底呆れ果てた。


「それにだ……俺もリーシャも、割と限界近いしね」


 と、唐突に発言しながら、立ち上がった葉介は、おもむろに袖をめくって、隠れていた前腕部をさらした。


「ヨースケ……お前、それは――」


 元々、カリレスでエリエルと戦った時の【身体強化】による反動で、手足をボロボロにはしていた。遠目ではあったが、あまりの威力と強引な【治癒】のせいで、手も腕も歪んでいたのはシャルも覚えている。

 だが、さらされた前腕部には、その時の傷と歪みとは、明らかに違う傷があった。

 手首から、見えている前腕部分にかけて、赤い筋――と言うより、亀裂が走っている。おそらく、手袋に隠れた手、ヒジを超えた肩や胸、どころか、服やお面に隠れて見えない部分、体全体に広がっているんだろう。

 今にもそこから、体が裂けて、バラバラになりそうな……

 そんな確信を懐いてしまえる、太く長く赤く、痛々しい亀裂の線が……


「元々、魔力なんて無かった体に無理やり魔力を貯めて、その魔力の放出も無しに体の内側で魔法を発動させたせいで、魔法に何の耐性も無い器自体にガタが来ちゃったんだ。魔法を使い続けりゃその内破裂するし、放っておいても朽ちて死ぬよ」


 相変わらず、サラリと恐ろしいことを平気で言っている。

 自分は近いうちに死ぬ。放っておいても……

 そう言っているにも関わらず、そこに諦観はあっても、悲観は感じない。


「……女王様は、そのことを?」

「もちろん、知ってる。ちなみに、リーシャも似たようなことになってる……自前の魔法じゃなくて、杖として俺のデカすぎる魔法を引き受けて出力を調整してくれたせいで、負担が掛かりすぎちゃったんだね……恥ずかしいから見せてはやらんが」

「……形も、杖には適していないしな」


 そしてそれは、理由理屈はやや違うものの、リーシャも同じらしい。

 そんなリーシャを握りしめ、シャルの前に歩いていって、シャルに合わせてあぐらを掻いて。

 お面の下からは、変わらぬ優しい目を向けていた。


「どーせ最後は死ぬしかないなら、この国と、この国に生きる大事な人のために、華々しく死にたいってなもんよ。どうせ英雄にはなれないことだし。なら、悪の親玉として死ぬのも、悪くはねーべさ」

「ヨースケ――」

「……ま、俺はともかく、シンリーの父親としては、結局娘に全部押しつけて死ぬんだから、情けない話なんだけどねー……独り身の俺には、よく分かんねーけど」

「…………」


 なんと声をかけたらいいのか。どんな感情を向けるべきなのか。

 その、一切合切が、シャルには分からなかった。

 自分はもうすぐ死ぬ。魔法騎士たちに倒されて死ぬし、放っておいても死ぬ。


 そのことを平然と受け入れて、平気な顔をして(顔は見えないが)……

 ただここにこうして、魔法も使えない身で座って待っているだけの役割の自分には、なにも、分からない――



「……んなことより、牢屋の居心地はどうよ?」


 と、唐突に話題が切り替わって、シャルが今閉じ込められている、土で作られた牢屋の話になった。


「……牢屋の中だぞ? 最悪に決まっている――と言いたいが、正直、かなり快適だ」

「でっしょー」


 苦笑しつつも正直に答えると、葉介は、満悦した様子で声を上げていた。

 仮に自分がこの国の敵になったところで、この国に愛想が尽きたレイが、興味を持つとは思えない。シャルさえ取り戻してしまえば、さっさと身を隠すか、国外逃亡を図るか……他の白色たちも、そんなレイの姿に感化されて、葉介を無視する可能性がある。

 だから、どうしてもレイに、葉介に対する怒りを向けさせる必要があった。そのためには、シャルをさらって人質にしてしまうのが一番手っ取り早い。


 そう、事前の話し合いで取り決めていた。そのために、血を吸われて魔力を奪われたことも、人質らしく魔法の手枷を(鍵付きのまま)はめられたことも、こうして牢屋に入れられたことにも、不満は一切ない。ないのだが……


「リーシャの意見も聞きながら、二人で一緒に作った牢屋だものねー」


 そう、刀の柄に、むき出しの側頭部を押し当てながら、嬉しそうに話している。

 実際、シャルが今座っているのも、むき出しの地面ではなく、荒らされた城下町から持ってきたらしい一人用の高級ソファだし、牢屋の真ん中には、綺麗なベッドが置かれている。

 同じく荒れた城下町から持ってきたらしい食料と水は、軽く数十日分用意され、奥に行けば、外から見えないよう、簡易的ではあるがトイレまで作られている。そのトイレを始め、明らか女性に配慮して作られたらしい箇所も散見される。

 加えて、魔法の灯や、退屈しないようにと数冊の本まで用意されている始末。牢屋であるため天井もあり、土製とは言え頑丈に作られているようで、雨漏りする心配もおそらくはない。その気になれば、一ヶ月はここで快適生活が送れるだろう。


(至れり尽くせりだな……)


 この白い崖に連れてこられるなり、牢屋の中を案内された時は、せいぜい数時間過ごすだけの幽閉場所とは思えない気遣いの数々に、感謝は感じつつ呆れてしまった。


「お風呂も作りたかったけど、さすがに無理だから諦めた」

「…………」


 そして、ここまでの気遣いができる優しさを持った男が、国中からの嫌われ役を買って出ている今の現実が、どうしても、シャルには受け入れ難かった。


 ……だが、同時に今の葉介を見ていると、分かることもある。


(本当に、私たちとは違う生き物なのだな……)


 (リーシャ)を優しく握りしめ、向けている視線。お面の上からでも、慈愛のこもった、優しい愛情にあふれた感情が、ハタから見ていても伝わってくる。あれは、愛用の武器に向けている視線じゃない。かと言って、単純な感謝とか、友情とかとも、全く違う。

 ついでに、刀を握る手つきも、手袋をはめているにも関わらず、妙にエロい……


(ヤツがどれだけ人間の女に言い寄られても、興味を示さなかった理由がやっと分かった……)


 もちろん、葉介自身の性格や、実家の『女』が持つ力の偉大さを熟知した身である点を差し引いても……

 魔法のおかげもあって、若く見目麗しい女に囲まれていた。正体が男だったとは言え、シャルでさえドキリとさせられる美貌や仕草、愛らしさを備えていたセルシィを始め、上はアラサーアラフォーから、下は十代半ばの美女たちに言い寄られていたのに、葉介が受け入れたのは、武器(ファントム)に姿を変えた、ただ一人だけ。

 性格うんぬん以前の、種という壁があったのだと、シャルは理解することになった。


(ミラにしても、四六時中イチャイチャベタベタしていたようで、男女や恋人というより普通の親と子だったものなぁ)



「……どうしてそこまで、ミラのために尽くそうとする?」


 受け入れ難い現実も、人間じゃないという確信も、結局は、受け入れるより仕方がない。

 それでも……人間じゃないというならなお更、懐いた疑問を投げかけた。


「上司だから……師匠だから……本当に、ただそれだけか? お前はなぜ、ミラという女にのために、命さえ捨てることができる?」


 最初に出会った時、命を救ってくれた恩人。ヨースケいわく、無駄に身につけてきた力と技を認めてくれた上司。弟子だと言ってくれた師匠。

 この男なりに、ミラのことを慕う理由はあるのだろうが、それでもシャルの見た限り、命さえ投げ打つほどの価値あるようには思えなかった。

 愛情はお互い感じていたろうが、恋愛じゃない。

 貸し借りも無い。本当の親子でも――ない。

 主に忠義を尽くすのはある意味()()らしい姿だが、魔法()()というのは後から付けられた名前でしかなく、本物の騎士たちが生きていたのは何百年も昔の話。今はそんな時代じゃない。現に、割に合わないと判断した()()たちは全員、主君を置いて逃げ出している。シャルも、レイがいなければとっくにそうしていた。

 そして葉介も、懐く価値観としては自分たちに近しいと、シャルには分かっていた。

 そんな葉介が、なぜ、見返りどころか何も与えられるものが無い少女のために、ここまでしてきたのか。やろうとしているのか……


「多分……『刷り込み』の一種じゃねーかなぁ?」

「すりこみ?」


 ……と、あれこれ理屈を考えていたシャルに、葉介が返した言葉もまた、理屈だった。


「聞いたことねーかな? 卵から産まれた直後のひな鳥って、一番最初に見た生き物を親だと認識してしまうらしい」

「……それが、なんだというのだ?」

「俺がこの世界で目を覚ました時、この世界にファントムとして生まれたばかりだった。それで自分に襲ってくるデスニマと戦って……やられそうになった時、俺の前に現れた、この世界で見た最初の人間が――」

「ミラか……」


 つまり、葉介の言った理屈で言えば、葉介は初めてミラを見た時点で、自身(ひな鳥)の親だと認識した、ということになる。


「より厳密に言えば、ファントムの原料である魔法を生み出す、魔力を持った人間が――かな?」

「……メイラン・リーたちがデスニマどもに襲われなかった理由もそれか?」

「多分ね……ぶっちゃけ、親子ってより、ペットと主人の関係が近いかしら?」

「屈辱だな……」

「まあね……」

「……ということは、仮にお前が最初に見たのが、セルシィやメイランだったとしたら、彼女らに忠義を尽くしたかもしれない、ということか?」

「かもしれんなぁ。俺自身、かなり適当で単純な人間だし……メイランはともかく、セルシィの下でなにすんだって話やけど」

「……ナニをするのだろうなぁ?」


 セルシィはともかく、もしメイランの下についていたら……

 あり得たかも知れない可能性を想像すると、シャルも戦りつさせられた。


「けど、いくら刷り込みがあるからって、絶対的な忠義心があったわけじゃない。ちゃんと世話してもらわにゃ、反抗もするし愛想も尽かす。俺自身、森に行く日までは、何にも教えてくれないミラのこと、見限ろうかと割と本気で考えたし。他に行くところ無いから従うしかなかったけど」

「そう、なのか……」

「けど、そんなミラも、俺に教えるヒマなんか無いくらいがんばってたって分かったし、そんな状態でも、俺のこと信じてくれてた。で、がんばったら褒めてくれて、それが嬉しかった。次もがんばろうって思えた……俺のこと認めてくれて、見てくれた人。結局は、それに尽きる」

「…………」


「……て、説明するためにあれこれ言葉にしてみたけれど。別にいーじゃん? 人には誰しも、理由理屈を抜きにして、尽くしたいって思える人に出会える時がある。俺はそれがミラだった。それで十分じゃない?」

「……そうだな」


 尋ねる意味も、考える必要も無かった。

 人が、人に尽くすのに、理由や理屈は、いらないのだ――



「……そう言えば、最後の相手のエリエルを倒した時、お前、何をした?」


「……ん? ああ、あれは――」


 と、時折(リーシャ)とイチャつきながら、シャルとの会話を交わすうち――



 不意に、空を仰いだ。


「来たみたい」


 と、なぜか楽しげに……だが、同時に寂しげにも聞こえる声で、そう言った。


「さっすが。一番乗り……んじゃ、ごめん、シャル。最後の仕上げね」

「え……なッ――」


 と、なぜか謝るなり刀を向けた瞬間、シャルの騎士服が破け、一部を残して弾け飛んだ。


「本当ごめん。自由になったら【加工】で直してもらって――」


 本気で申し訳なさそうに、お面を地面に向けつつ手を合わせている間に――



 箒に乗ったレイは一人、葉介の前に降り立った。


「シャル……シャルッッ!!」


「レイ――」


 敵同士になり、離れてしまっても、愛情も心持ちも、決して変わりはしなかった。

 そんな愛しい声が聞こえたことで、シャルは立ち上がり、破けた服を押さえつつ立ち上がった。


 土の格子越しに、二人の目が合った。

 シャルは、ようやくの再会に涙が溢れた。

 レイは――目を見開き、愕然とした表情を見せた。


「シャルなー、魔法騎士の中じゃあ、一番美味そうだなーと思って、ずっと狙ってたんだけどなー……」


 お面の下から聞こえる声は、若干棒気味だった。それでもいつもの調子と態度が、そんな棒を自然に見せている。そんな言葉を、牢屋の前から離れつつ、発していく。


「けどやっぱ、中古品はダメだわ。無駄に広がってて具合が全然良くねーの」


 そこまで言われて――レイはシャルから、葉介へ視線を移した。


「お次は新品っぽい子、連れてくることにするわ……リリアとか」



「~~~~~~~~ッッッッ!!?!!?!!?」



 額からこめかみにかけて、太い血管を浮かべて、顔中に力の入った顔から、声にならない声を発して――



「ヨォォオオオオオオオスケェェエエエエエエエエエ――――――ッッッ!!!!!」



 絶叫のもと、二本とも抜いた杖の先から、巨大な光を発生させた。結果、葉介の立っていた場所は崖ごと抉れ、下に広がる森の一部が消し飛んだ。

 直後、晴れ渡った空の下に、猛々しい雷鳴が轟いた。


「おー……今のは、魔法の手枷使っても意味なかったね」


 空の上から、リーシャにぶら下がりつつ、しみじみと言う。



「逃いげるなぁあああああああああああああ―――――ッッッ!!!!!」



 そんなふうに余裕を見せている葉介が余計に癇に障ったか、再び杖を振るい、今度は交互に、稲妻を放った。

(マヒ)】の雷球でなく、目に見える稲妻な辺り、少なくとも【雷至】以上を撃っている。

 最初の超威力を乱発するような愚行は犯さない。

 だが、葉介を生かす気は絶対ない。


「上手いこと、怒ってくれたみたい……」


 顔も声も姿も、漏れなく全部が怖くて、可愛い骨のお面をかぶった自分より、はるかに悪役に見えてしまう。

 とは言え、ハタから見れば、死神を仕留めようと魔法を撃ち続ける、立派な魔法騎士に間違いない。


「他の子たちも来たね。レイの魔法に巻き込まれなきゃいいけど……」


 レイからの雷撃をかわしていきながら、周囲にも目を配った。森の向こうから、飛んでくる箒や絨毯がいくつも見えた。

 先頭には、ミラとアラタが乗った絨毯が、猛スピードで近づいていた。その後ろを、シンリー女王と、メアにセルシィ率いる、魔法騎士団が列を成している。その中には、メイランとエリエル、カリンの姿もあった。


「さぁーつてと……覚悟はいいかな、リーシャ――うん、もちろん。最後まで一緒な」


 役者はそろった。後は、誰でもいい。レイでも、メアでもセルシィでも、シンリー女王でも、もちろん、アラタか、ミラでも。

 この国を侵略し、滅ぼそうとする悪しき者――死神。

 そいつを仕留めて、ぶっ倒して、滅ぼして。

 そのために、一度は袂を分かちながらも、再び手を取り団結した魔法騎士たち。

 彼女らを、一応は死神らしく迎え撃つために、腰かけた刀の上から、下へ向かって手をかざした。


「――【結界】ッ」


 手をかざした先――ちょうど、白い崖の頂上と並行になるよう、巨大な【結界】が発生。


「地獄門か……!」


 いつだかぶり以上の巨大さにツッコミを入れつつ――そこへ降り立ち、周囲を見張る。

 レイが、真っ先に走ってきていた。この結界の上で仕留める。殺す。そんな怒りが、顔面に貼りついていた。

 かなり向こうでは、ミラとアラタが結界に着地した。絨毯よりも、走った方が速いと判断してのことだろう。

 その後ろの箒や絨毯の列は、変わらないスピードで、葉介に向かって飛んでくる。


 逃げ場はない。逃げる気もない。葉介自らが用意し整えた舞台の上で、暴れる。

 最終的には倒される。ただ、まだ完全に仲直りと団結ができていないうちから、簡単に仕留められてもいけない。仲間割れなど起こしている場合でなく、本気で心を一つにしなければ勝つことはできない。そう思わせて、一致団結させる。

 そうして彼女らが仲直りできるかは彼ら次第ではあるけれど、せめて自分がキッカケになってくれるなら、それだけでも、この国に召喚された甲斐があるってなもんだ。


 そのために、最後に、最後まで大暴れして、最期は派手に死ぬために――



「ヨースケ!!」


 土の牢屋から、シャルが叫んでいた。



「ヨォォオオオスケェエエエエエエエエエ――――――――!!!!!」


 結界の上を走りながら、レイは杖を向け、絶叫していた。



「ヨースケ!!」

「ヨースケ!!」


 ヨースケが死ぬなんてイヤだ。どうか戻ってきて。

 そんな思いの一心で、ミラとアラタは叫んでいた。



「ヨースケさん……」

「おっさん……」

「ヨースケさん……」

「ヨースケ……」


 彼の覚悟を知る、女王と、黄色と、青と、赤色の師匠は、その覚悟を前にして、無意識に名前を呟いていた。



「ダリダリ」


 ヨースケ一人に向けられた、いくつもの感情。それらを一身に受けながら、葉介は、自身のただ一人の味方である、リーシャを握りしめ、構えた――




「――――」「――――」「――――」「――――」

「――――」「――――」「――――」「――――」

「――――」「――――」「――――」「――――」



「……はへ?」


 目の前の、あまりに予想外の出来事に、マヌケな声が出てしまった。


「んッ……え、何事?」


 状況やら唾やら、とっさに色んなものを呑み込んで、とにかく、目の前の光景を見てみる。

 まず、レイ。葉介に向かって真っすぐ走っていたところを、上から降ってきた白い何か……ではなく、誰かの攻撃によって、倒れて、動かなくなってしまった。

 次に、レイの次に近い距離にいた、ミラと、アラタ。

 二人の前にも人が二人、降ってきた。アラタには大きな黒色。ミラには小さな……ミラと同じかそれ以上に小さな、赤色。それが、二人に攻撃をして、制止させた。

 そして、まだ空中にいた、シンリー女王率いる魔法騎士団。彼女たちの前には、青い服を着た人間が立ちはだかった。ソレが通り抜けたと思ったら、全員、結界の上に落下した。

 何事もなく着地できているのは、メイランと、エリエルの二人だけ……


「――おわぁああ!?」


 そんな、突然現れた原色四人組のことも気になった。だがその直後、突然空が暗くなった。もう日が暮れたのかと、上を見上げたその先には――



「空中要塞来たぁあ――――――――!!」



 葉介が、両手を上げて叫んだ通り。

 一見すれば、空に浮かぶ超巨大な岩の塊。その時点でも不自然なのだが、そんな岩の上には、明らかな人工物。それも、砦と言うか、城塞というか、間違いなく人間が生活することを前提に作られた建築物が、立ち並び、飛び出している。

 全体の大きさとしては、大よそ檻島の四倍から五倍。それが、突然頭上に現れて、空も太陽も隠している。


「あれは、まさか――」

「はぁ!? ウセやろ!?」


 同じように、突然現れた巨大空中要塞を見上げて、シンリーと、メイランの二人が、気づきの声を上げた。


「なんで……なんで、トレントラが、こんなところに!?」

「トレントラって……あれ、トレントラなの? トレントラの兵器が、この国に来たってこと?」


 すぐそばに着地していたメアからの質問に対して、メイランは首を横に振った。


「ちゃう……あれがトレントラや」

「……へ?」

「あの空に浮かんどるデッカイ島が、兵器で、要塞で、トレントラっちゅう国そのものやねん!」



「要塞国家来たぁあ――――――――!!」



 メイランの説明が聞こえた葉介は、本日二度目の両手と声を上げていた。



 ――ジョウコウ、アテラバ、リンユウ、ゲッカ……



 声と両手を上げた直後。葉介の知らない、第三者の声がまた響く。

 すると、それぞれ散っていた四色が、葉介の目の前に集結した。


 黒い服と黒髪の巨漢。

 赤い服と赤髪の少女。

 青い服と青髪の女。

 白い服と白髪の男。


 四人とも、当然ながら性別や体格は違うし、着ている服のタイプもバラバラながら、綺麗に服と髪の毛の色を統一させている。

 そして、そんな四人の中心に――よく、SF映画の円盤から出てくるような、あんな感じの光の柱が発生。そこにまた、新たに男が現れた。


(あれ? あの人って……)


 スラリと背は高いが、体格は、モヤシと言ってしまっていい。とても強そうだとは言えない、痩せた体つき。顔は二枚目にも見えるものの、目の下にはクマができている。血色は悪くはなさそうだが、それでもパッと見の印象では不健康そうに感じる。

 そんなおにいさんの服装はと言えば、周りの四人とは対照的な、地味な服装……第一ボタンを外したワイシャツの上に、白衣を羽織っていた。


「ハーイ、Mr. Phantom」


「……ないすちゅーみーちゅー」


 顔の見た目によらない爽やかな笑顔から、英語交じりのフランクな挨拶をされて、葉介も、片言の英語で思わず返していた。


「ほー、ほーほー、ふーむ……」


 挨拶を終えるなり、男はアゴに手をやりつつ、葉介を眺め始めた。

 顔同士を、お面と鼻先がくっつきそうなくらい近づけたと思ったら、すぐに視線をひざごとかがませて、首から胸元、腹、足と、上から下まで観察している。


「Fantastic……and Mysterious……」


 今度は背中に回って、同じように、足から腰、背中、頭と、立ち上がりつつ観察。


「そんなに見ても、このお面はあげないからね」


 冗談と皮肉と、お面に対する本気の気持ちも混ぜた一言に対して……

 なぜか、並んでいる中で一番デカイ黒色が反応したのを、隣に立っている赤髪のひじ鉄が止めていた。


「Very-Very Wonderful One!!」

「Oh、thanks White dress man……」


 特に意味もなく、得意なわけでもない英語で返してみる。男は特に反応はしていない。終始、葉介を興味深げに観察しているだけ。


「……てか、いい加減なにしに来たのか聞いても良いかな?」


 観察している顔に、お面の顔を近づけて、問いかけてみる。

 また、黒色が反応して赤色に殴られているのを無視していると、男は、思い出したように表情を変えた。


「Oh, sorry……I’m forget。興奮してここに来た目的を忘れていタ。Meは、この国の代表に呼ばれて、待ち合わせ場所にこの森を指定されてここに来たのだヨ」


「国の代表は自分です」


 そんな男の言い分に対して、当然、男の後ろからその声は響いた。

 後ろの方にいたはずのシンリー女王は、いつの間にやら最前列に移動して、四人組の前まで移動していた。


「自分が、この国の女王、シンリー・ユー・ルティアーナですが……失礼ながら、アナタを招待した記憶は自分にはありません」


 国内がこれだけゴタゴタしている状態で、外賓を招待するわけもなし。もてなす準備もしていないし、そもそもそんな余裕さえない。

 なのでお引き取り願いたい……そう女王が言うよりも前に、男は、白衣のポッケから一枚の紙を取り出した。


「That’s Strange――確かに、女王を名乗る人物から手紙を受け取ったが、キミの名前じゃないネ」

「女王、だと……?」


 その言葉を聞いて、シンリーの顔は一瞬で曇った。

 自身以外に、この国の女王を自称する、厚かましい老廃物など、一人しかいない……



「アタシよ」



 そんな、頭に浮かべたくもなかった声が、シンリーの耳に届いた。


「誰だそのブス……そんな豚野郎、女王じゃねぇ!! 女王は、このアタシだ!!!」


 無駄に大きく、無駄に甲高く、なにより無駄に、クドイ声。

 そっちの方を見ると、案の定と言うべきなのか……シンリーにとって、忘れられない老廃物が、ボロボロの箒から結界の上に降りていた。

 箒と同じく、服もボロボロに汚れていて、髪の毛もぼさぼさになっているのを無理やり後ろへ流して顔を出している。

 そんな、いつも見せびらかすためにむき出しにされた、加工され尽くしたその顔は……


「やつれて逆に美人になってる……!!」


 葉介が唸った通り……

 加工され尽くして、キレイではあるのに美人とはとても言えない、派手でクドイ顔をしていた。それが、この五日間で苦労があったようで、頬はこけてクマができている。

 そんなマイナスが、プラスだらけで散らかっていた顔に良い塩梅に作用したようで、クドさは感じるが、美人と呼んでいい顔つきと化していた。


「……で? そこの可燃ゴミからどのような要件で手紙が?」


 女王としても、これ以上可燃ゴミとの会話はしたくないようで、早々に本題を切り出した。例によって可燃ゴミは怒りをあらわにするも、白衣の男も、それを無視して答えを返した。


「Business……我がトレントラに、この国をMoneyで売り渡す。そういう契約の手紙ダ」

「な……ッ!!」


 信じられない答えが返ってきて、シンリーは男から、可燃ゴミへ目を向けた。


「当たり前だろぉ!? この国はアタシの国なんだよ!! アタシがいらねーって言ってんだ!! だったら欲しいって言ってるヤツに売ってなにが悪い!? アタシの思い通りにならねーアタシの国を、アタシが誰に売っちまおうが勝手だろーがぁあああああ!!?」


 相変わらず、理性の欠片も感じられない絶叫をする。話になりそうにないので、再び男を見ると、男は手紙とは別に、もう一枚の紙を取り出した。


「元々、前々からApproachはしていて、彼女も乗り気だったんダ。それで、始めは全てでなくHalf……この島国の北半分をいずれは売ってくれる約束だっタ。それが四日ほど前に、全島売りたいと連絡があってネ。こっちとしても悪くない条件だったから、魔法の契約書を交わしたってわけサ。この通り、Meと、この国の()()()の、サインと血判(Blood test)もあるしネ」


 言われて広げられた紙を受け取り、それを、上から下まで見たシンリーは……



「~~~~こんのぉ……エッ――」


「げっほッ、げっほげっほ……ッ」


「――ニンがぁあああああ!?」



 怒りに駆られて、女王にあるまじき発言をした瞬間、葉介が偶然にも咳き込んだ。


「バーカ!! せっかくこのアタシが良くしてやった国から、アタシを追い出そうとしたテメーらが悪いんだよ!! テメーらがアタシの言うこと全部聞いてりゃ!! この先もこの島国の南半分で平和に暮らしていけたんだ!! 30歳になったら問答無用で北半分に行って、カリレスのために死ぬ条件でなぁ!! それを台無しにしちまったのはお前らだ!! バーカ!!」


 男の見せた契約書とシンリー女王の反応に、勝ち誇ってテンションが狂喜乱舞した様子で、声が裏返るのも無視して叫び続けた。


「それでも最後は、このアタシのために金に変わるんだ!! 金貨1万枚だぞ1万枚!! もう、かったるい筆頭大臣も、ゴミクズどもの面倒見るのも辞めだ!! アタシはこの金で、一生遊んで暮らしてやるよ!! テメーらはこの先、トレントラの奴隷になって一生働いて死んどけ!! バァァァァァァァアアアアアカァアッッッ!!?」


 絶叫し、女王の手から契約書を取り上げて、【光弾】を発射する。女王はふっ飛んで、尻もちを着かされた。


「ほら! 約束通り、さっさとこの国、アタシから買え! 金! アタシの金! 金貨1万枚よこせ!!」


 仮にも国の代表だと名乗っておいて、わざわざ遠い国からやってきた客人に対して、買ってくれる相手の方が立場が上だという事実も忘れて、礼儀も礼節もあったもんじゃない。

 そんな態度に、見ている全員、怒りを通り越して呆れ果てるしかない。

 そして白衣の男は、そんな態度を気にする様子もなく。ポケットから金貨を1枚取り出すと、女に投げて渡した。


「さ……これで契約はCompleteだネ」


 そう言って……それ以上は、ない。


「……は? え、ちょ、残りは?」

「残り? なんのことかナ?」

「約束は金貨1万枚だろ? 契約書にも書いてあるじゃねーか! 残りは? アタシの金貨1万枚の残りは!?」

「Yes……ちゃんと契約書に書いてある通りの金額を渡したヨ? これで無事、Business is over」


 なにふざけたこと言ってんだ!

 そうクドイ騒音が轟いている後ろで、葉介は、男が広げている契約書を覗いて……


「バッカじゃねーのお前!?」

「なんだテメー!! アタシに話しかけんじゃねーぞ汚物骨!!?」


 葉介の声を目ざとく聞いて、怒りの矛先を白衣から、黒衣へ。そうして迫ってきた女の手から、杖を蹴とばし捨てさせて。


「お前、仮にも政治家のくせに契約書もマトモに読めねーのか? マナを通して見たら金貨1万枚って読めるけど、書かれた文書は金貨1枚じゃねーか!」


 そう、見えた契約の内容を指摘するなり、クドイ顔は黒衣から、白衣の方へ。もう一度、その契約書を見てみた。


「Mr. Phantomの言った通り……Youがこの契約書を読んでどんな勘違いをしたのか知らないけれド、わざわざ()()()()()()で書いた契約書の通り、Meはこの国を、金貨1枚で買い取らせていただくヨ」

「はぁああああああああ!!? ざっけんな――ッ」


 クドイ騒音が再びコダマした瞬間、女は、顔面への黒い一撃に、後ろへ吹き飛んだ。


「…………」


 飛んでいった先で、再び黒い一撃。葉介の蹴りが、飛んできた女の体を頭上へ飛ばし、そのまま後ろへ落下して、結界の上を白い崖に向かって転がっていった。


「そんな古典的な詐欺に引っかかるなんて……」


 尻もちを着いたシンリーが、怒り以上に、嘆き、呆れ果てた声を吐いている前で。

 白衣の男の前には、女を殴り飛ばした褐色――エリが、拳を握っていた。



「それじゃあ……今日から、このルティアーナ王国は、Meたちトレントラの属国になってもらう! これから君たちには、トレントラのために身を粉にして働いてもらうヨ!」


 女が伸びたのを見届けてから、白衣の男は、その場の全員に聞こえる声を上げた。


「お断りします」


 毅然とした声を上げた男に対して、同じく毅然とした態度で、立ち上がっていたシンリーが声を上げた。


「あそこにノびたゴミはタダのゴミです。すでにこの国の代表でも何でもない。この国の真の代表である自分が、その契約はお断りします」


 そうシンリーは宣言したものの……男は、ハハハ、と柔らかな笑みを浮かべた。


「そう言うけれド、Youはただ、アレを追い出しただけなんだロ? 正式に女王を襲名したわけでもない……違うかナ?」

「それは……」


 トレントラには関係のない国内の事情とは言え、当たっているだけに、何も言い返せなかった。


「何より、Youも女王なら、魔法の契約書がどういうものか、知らないわけじゃないだロ?」

「……ッ」


 そう言われると……女王はまた、顔を歪ませる。


「この、魔法で作った特殊なPaperに問題なく両者のNameが書かれているということは、契約には何の問題もないというわけダ。契約の代表、引いては国家の代表としてネ。更にBlood testが押印されていることは、両者の魔力を注ぐだけの納得をしたということ……この契約書によって結ばれた契約は破ることができなイ。もし契約を破ったら……Judgement。強制執行の魔法が発動すル。その気になれば、この国を島ごと沈めてしまうことも可能というわけサ」


 それだけ強力な力を持った契約書であるから、それが交わされるのはよほど大きく、大切な契約に限られている。近年でこの契約書が交わされた例でもっとも有名なのが、戦争を始めた二つの巨大な国が、終戦を宣言し二度と争わないことを締結した会談だろう。


「契約をNo riskで破棄するには、この契約書を燃やすか破くかするしかないけれド、それができるのは、Blood testを行った、Meと、あそこでノびてるBBAだけだヨ」


 そして、それをさせないために、本来なら契約する両者と同等の力を持った、第三者によって立ち合いが交わされ、加えて、その契約書は第三者が厳重に保管することになる。

 だが、この場のどこをどう見ても、そんな第三者など、見当たらない。


「……そうやって、他の国々も支配してきたのですか? 戦勝国という立場を利用して、第三者も交えない、一方的な魔法の契約書を交わして、そうやっていくつもの国々を支配下に置いたのですか?」


 男はまた、ハハハ、と、柔らかな笑みを浮かべた。


「なんのことかナ……いずれにせよ、Youたちはこの契約書に逆らうことはできない。Meは、この契約書を燃やす気も、破る気もないからネ」

「…………」


 もはやどうすることもできない。シンリーは拳を握り、奥歯を噛みしめて、涙をこらえるしかできない。


「けど、そうだネ……Meからのお願いを一つ聞いてくれるなら、特別に、今回はMeたちのミスだったってことで、この契約書を破棄してもいいヨ?」


 と、絶望から、突然希望ある言葉を吐かされて、うつむいていた女王は、一瞬で顔を上げた。


「そうHardな顔をするナ。難しい要求じゃナイ……アレを、Meにくれ」


 そう、男が言いながら、指さした先には……



「……オッケー。俺、トレントラに行きまーす」


 そう、黒いお面を被った小男が、手を上げながら、軽い声を上げていた。


「このままここにいても、この子たちに殺されちゃうだけだし……どうせこの国にいても迷惑なら、このまま出ていくのが手っ取り早いわな?」


 誰かになにかを言われる前に、そう、全員に聞こえるよう声を上げた。

 実際、誰も、葉介の言葉に反論する者はいない。ほとんどの魔法騎士は、納得した顔を見せていた。白衣の方へ歩いていく黒衣の姿を、誰もが黙って見つめていた。


(よしよし……まあ、今さら俺がいなくなるってなって、反対する人間なんて――)


「…………」


 おるんかい――予想できてしまっていただけに、そう言う気すら起きなかった。

 歩いている途中で、葉介の手を、掴む感触があった。

 立ち止まって、振り返ると、やはりと言うべきなのか……

 赤髪赤服の攻撃を受けて、青く腫れた顔。今にも泣きそうな、叫びだしそうな、悲痛な面持ちで。ミラが、葉介の手を握りしめ、顔を見つめつつ、何度も、首を横に振っている。


「ミラ……」


 呼びかけ、体ごと振り返って……握られた方とは逆の、手袋を外したズタボロの左手を、ミラの頭に乗せた。


「…………」


 しばらく、その頭を撫でまわして……


「……?」


 頭を撫でていた手の指先が、ミラの額へ、そして、目の周辺を撫でまわした。

 それがくすぐったい様子で、何度も振り払おうとするも、葉介はやめる気配を見せない。

 そして……


「~~~~ッ!!?」


 今度はその手の平を上に向け、中指と薬指を、ミラの小さな鼻の穴に突っ込んだ。

 思わず握っていた手を離した瞬間、突然のことで不安定になっていた足をすくわれて、そのまま背中から倒れてしまう。


「~~~~~~~ッッッッ!?!?」


 倒れた瞬間、胸に押された手の平に更に体重が掛かり、二本の指は、よりミラの鼻奥へ侵入した。加えて、倒れながら突き出したひざが、ミラの股間に突き刺さった。

 仰向けに押し倒されたと同時に三か所の急所を突かれたミラは、声にならない悲鳴を上げた。結界の上で、大量の鼻血を流しつつ、両手で股間を押さえてのたうち回った。


「邪魔すんな……うっとうしい」


 割と無茶な攻撃をしたせいで、外側へ垂れた手首と、根本から折れている小指と薬指に【治癒】を施しつつ、指先に付いた鼻血は、ズボンで拭った。


「これ、返すわ。アラタにでもあげたら?」


 冷たく言いつつ放り投げたのは……ミラが葉介に、騎士服と一緒にプレゼントした、穴開きの黒手袋。ミラは激痛に苛まれながら、それだけは、二つとも握りしめた。



「それじゃあ、行きましょうか? ミスター」

「No、Doctor……名乗っていなかったネ。My name is Dr.レンジョウ……ドクター、レンジョウ、好きな方でCollしてくれヨ」

「はいな、ドクター……そんじゃ、ぶっちゃけこんな国がどうなっても俺はどうでもいいんだけど、一応、約束ってことで」

「Of course。約束通り、この国の買収は無しダ」


 その言葉の通り、手に持っていた契約書は、彼の手の上で【発火】し、消えた。その瞬間、その契約書と一緒に、見えない何かが消滅した。

 決して逆らえない、逆らってはならないと感じさせられる巨大な力。それが燃えて無くなるのを、葉介も、女王も、全員が感じた。


「……ま、こんな紙切れなくても、この程度の島国なら、簡単に滅ぼせるしネ」


 変わらない柔らかな笑みを浮かばせつつ、ポケットから何かを取り出した。


(……て、どー見てもリモコンだわ)


 黒くて薄い四角形の形をした、葉介的には古典的な、だがこの世界からしたら未来的な代物を、ドクター・レンジョウが操作した瞬間。

 上空に浮かぶトレントラから、不気味な音が唸り始めた。地鳴りのような、ナニカの鳴き声にも聞こえる、揺れる音が、しばらく続いて――


 岸壁の上にそびえる、砦というか、要塞というか、建物から、細くも巨大な光が真っすぐ伸びた。

 それが、この島国から見て、かなり遠くの海へ届いた時。



「――ッ!?」「――ッ!?」「――ッ!?」「――ッ!?」

「――ッ!?」「――ッ!?」「――ッ!?」「――ッ!?」



 光が落ちた海は、一瞬で蒸発。水柱を上げ、火柱を上げ、巨大なきのこ雲が空に伸び。

 かなり遠くに離れているココにさえ、海水の雨が降り出した。

 誰もが言葉を失った。葉介も……

 その威力と、脅威と、見た目も相まって、葉介が思い浮かべた言葉は一つ。


(マチュピチュのイカズチ……)


 なんか違う……



「――ッ!」


 海水の雨の中、誰もが動けなくなっている中、一人、駆け出していた。


「あの男はヤバい……本気で殺した方が良い――」


 呟きながら一気に駆け抜け、カリンはその拳を、白衣の男、ドクターにぶつけようと――


「――なんだ?」


 だが、彼女が突き出した拳の先には、可燃ゴミを殴り飛ばした黒服の巨漢が立っていた。

 拳は、巨漢の胸に突き刺さったが……


「ぐぅッ――」


 伝わった感触に疑問を懐いた瞬間には、巨漢の拳に殴り飛ばされた。


「――【発火】ッ!」


 直後、メアが杖を向け、黒服に炎が燃え上がるが……


「……ウソ?」


 大きく燃え上がった炎だったが、ほんの数秒の内に小さくなっていき、十秒もしないうちに鎮火。その間、巨漢は熱さにひるむことも、脅えることさえなかった。


「ぐぇッ――」

「ごあッ――」


 そしてその直後、メアと、カリンは、それぞれ一撃を喰らい、後ろへ吹き飛ばされた。

 だがそれは、黒服や、他三色の攻撃でなく……女王の杖から伸びた、巨大な閃鞭。


「やめなさい!! この愚か者!!」


 そう叱責した直後。急いでドクターの前に立ち、両手両ひざを結界に着けた。


「申し訳ありません! 我が国民がとんだ無礼を――罰は自分が全て受けます! どうか、国と国民への攻撃だけは――」


 ドクターへ必死に声を上げ、額を結界に擦りつけている、女王の姿。

 国民の誰もが、胸を痛めた。それを、眺めているドクターは……


「Hmmm……気にすることはないヨ。よくあることダ。みんな、トレントラの力を見せるとこうなル。怖いのは当然サ」


 顔を上げた女王に対して、変わらない……変わらな過ぎて逆に不自然な、柔らかな笑みを向けていた。


「それに、いくら魔法の攻撃をされてもNo problem。Meの白衣も、幹部たちが着ている服も全部、外からの魔法を無効化する力を持っていル。Meたちに魔法の攻撃は効かないのサ」


 要するに、葉介が魔法の手枷を防具に利用したのと同じ。そのせいで、葉介自身も魔法が使えなくなってしまうデメリットが無くなった、完璧な対魔法用防具ということ。

 魔法の手枷も、女王らがここまで来るのに使った箒や絨毯、その他、日常生活で使用する魔法の道具も全て、発明したのはトレントラだということは多くの人間が知っている。

 そんな防具を作ってしまったことと言い、なにより、ようやく止んだ、海水の雨を降らせるほどの、トレントラからレーザー状に伸びた巨大な【光弾】の一撃と言い……


 決して勝てない。決して逆らってはいけない。

 女王が地面に這いつくばって、必死に赦しを請う惨めさにも納得できてしまえる、問答無用の脅威と恐怖。見ていた全員の頭と体に、完璧に刻まれた瞬間だった。



「……はい。契約不履行ってことで、アレに支払った金貨一枚」


 トレントラの危険のほどは、葉介にもよく分かった。そんなものにいつまでも固まっていても仕方がないので、話を切り出すことにした。


「Wow……こんなコイン一枚どうってことないのニ。律儀だネ、Mr. Phantom?」

「ふっ飛んだ時に落としたのを拾っただけだよ。さ、そうと決まったら、早く行こう。お互い、もうこの国に用はなかろう?」

「Hmmm……じゃあ、Meは先にGo home。Guideは、ここにいる四人の幹部――ジョウコウ、アテラバ、リンユウ、ゲッカと……オウカク! Youも、もう帰ってきてイイ!」



「オウカク?」


 突然、男が呼んだ聞き覚えのない名を、メイランが聞き返した時……


「……? エリ?」


 ゴミを殴り飛ばした少女、エリエルが、歩き出した。


「……え? トレントラのスパイやったん? エリが?」


 念話で聞こえたらしい言葉を口にして、驚くやら混乱するやらの感情に呑まれている間に……

 エリは、すでにトレントラへと消えた男が立っていた場所に、幹部だという四色と、両手に新たに魔法の手枷を着けられている骨のお面と一緒に並んだ。



「じゃあ、俺行くわ! 君らはさっさと、白い崖にでも移動しな! 俺が離れたら、この結界もいずれ消えちゃうよ!」



「……ッ、ヨースケ……」


 葉介の言葉を聞いて、脅え、震えきっていた誰もが移動を開始した中で。

 ミラは、今までで最も痛くて苦しい、葉介からの攻撃に身もだえたながらも……


「ッ……ヨースケ! ヨースケ!!」


 メアとセルシィに体を持ち上げられ、引っ張られている間も、自身をさいなむ痛みに必死に耐えながら、それ以上に必死に……

 痛みで足もともおぼつかない状態ながら必死に――

 トレントラに向かって浮かび上がっていく五人組に向かって、必死に声を上げ続けた。



「ヨースケ!! 行かないで!! イヤだ!! 置いてかないで!!」



 ――ヨースケェェエエエエエエエエエエ!!!





なんじゃ、この展開……

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