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第8話  暴れる死神

「…………」


 リリアが最初に感じたのは、背中と、後頭部への痛み。

 背中と、手足にザラつく砂の感触。

 そして、周囲からの声。



「この卑怯者がぁあああああ!?」

「澄ましてんじゃないわよ!! 気持ち悪い!!」

「そんな恰好でブサイクなツラ隠して、格好つけるなぁあああああ!?」



 罵声罵倒。罵詈雑言。この島に来た時点でそれらの声は、自分を含む、魔法騎士たち全員に向けられた声だった。

 当たり前だ。彼ら彼女らからしたら、魔法騎士以上に、どれだけ憎んでも飽き足らない存在なんて、他にいやしないだろうから。

 何かしらの罪を犯して。税金が払えなくなって。そうして、この島に連れてこられた、恨み、憎しみ、怒り、悲しみ……

 消えた元筆頭大臣が全て悪いと言えばその通りだが、そんなこと、彼女らからすれば言い訳にもならないだろう。そのゴミの命令に従い続け、流されるままに仕事を行い、彼らの金を搾り取り、家族さえバラバラにしてきたのが、自分たち魔法騎士なのだから。



「アンタなんか魔法騎士じゃないわ!!」

「さっきから下品で卑怯な戦いばっかりして!!」

「決闘なめてんじゃないわよ!! このクソジジィイイイイイイ!?」



「起きたんやね」


 ただ、囚人たちの向けていた声は、魔法騎士に向けたものじゃなかった。

 加えて、仲間である真騎士団たちは、そんな囚人たちに便乗するような形で、声を上げている。その事実に気づいたところで声を掛けられた。その声の方を向けば、顔を腫らしたメイランが、笑顔を向けていた。


「……敗けたのですか?」

「うん……敗けた」

「ヨースケに?」

「そ。ヨースケに」


 座った状態の砂まみれな体と、意気消沈しながらもどこか満ち足りたような表情と雰囲気。


「どうやら……残ったのは、エリ一人みたいやね」


 メイランの言った通り……

 自分たちのように、砂にまみれて気を失っている、カリンとレイ。そして、真騎士団と、囚人たちが上げる声に聞こえる名前。

 何が起きて、どうなったか。察するには十分すぎる。

 ヨースケが、先鋒の私を含めた、四人を倒してしまったと。

 そしてそれが、よっぽど彼女らの感情を逆撫でする戦い方だったと……



 そして、感情に限って言えば、真騎士団や囚人たちに限らない。


「おい――お前ら、なんだよ、その目は……」


 出会った時こそ最悪ながら、今となっては、誰よりも葉介を慕う者の一人。アラタは、味方であるはずの、同じ代表者の一人であるリムを含めた、この島へ派遣された五人の顔を見て、思わず問いかけていた。


 リムも、メルダも、フェイも、ファイも、ディックも――

 その顔に、葉介のことを認め、肯定する感情は、一切ない。彼女らが向けている感情は、大よそ、叫んでいる者たちと同じと見て分かる。


「……ッ」

「よせ」


 アラタと同じく、葉介のことを想うミラも、それを理解した。だから、そんな五人の浮かべている顔や感情がゆるせなくて、拳を震わせていた。

 その拳を、今にも振るってしまいそうになっていたのを、アラタともども、シャルによって止められた。


「まだ決闘の途中だ」

「だって、コイツら……!」

「騒ぐな……大丈夫だ。シマ・ヨースケなら、大丈夫だ」


 一体なにが、どう、大丈夫なんだろう……

 二人がいくら考えても、シャルの言葉の意味は分からない。

 許されるなら、今すぐ、ヨースケのことをバカにするヤツらを殴り飛ばしたい。


 だけど……

 二人はそんな衝動を、葉介の背中を見ながら、どうにか抑えるしかなかった。



(一斗缶か、パイプ椅子が欲しくなるなぁ……)


 浴びせられる罵詈雑言。山と向けられる負の感情。それらを一身に受けている葉介はと言えば、実家のことをノンビリ考えつつ、取り出した鍵で手足の魔法の手枷を外していた。


「…………」


 放り捨てるわけにもいかない。そう思いつつ、魔法の革袋から、手ごろなロープを二本取り出す。それを、鎖が壊れて余っている手枷の輪っかにそれぞれはめてつなげる。

 手足ともにそれをしたところで、手に持っていた鍵は後ろへ放り投げた。


「準備オッケーよ」


 手足の枷を外して。上着にまみれた砂は払って再び羽織って。手袋をはめて。フードもかぶって。

 元の死神スタイルに戻ったところで、目の前に立つエリエルと、合図役の老人に声を上げた。


「……これが最後か?」

「この娘が敗けたら、それで終わりってことになるな」


 老人の質問に対する、葉介の、挑発めいた返事を聞いて。エリエルの顔は、変わらない。ただジッと、葉介のことを見つめるだけ。


「…………」

「分かった……」


 エリエルは相変わらず、一声も発することはしない。だが、目を合わせて、老人も、準備ができていることを悟ったらしい。

 未だ、罵詈雑言の嵐が止まない中、それでも老人は、任された役割をただ果たす。



「お互い、悔いが残らんよう……いざ尋常に――」


 ――始め!!



 合図を上げ、老人はすぐさま二人から離れる。


 合図を受け、ジッと向きあう少女と男は……


「…………」

「…………」


 お互い、動かなかった。ただ葉介は、手をポケットにしまいつつ静止し、エリエルは、そんな葉介を睨みつけつつ立っている。


「…………」

「…………」



「……なんだ?」

「どうして、ヨースケ……?」


 アラタとミラが声を上げたのを皮切りに、全員が、その光景の異様さに、釘づけになっていく。

 直前まで、魔法と肉体の、激しい応酬が繰り広げられた。それが、形はどうあれ盛り上がったから、罵声罵倒という形ながら声が上がっていた。

 それが今は、なにもない。葉介も、エリエルも、戦うために向き合ったはずの二人とも、その場から動きはしない。

 動きもない。変化もない。声さえない。なにも起きない。

 なに一つ無い、そんな二人の光景に――


 次第に、罵声罵倒の嵐は止んで、声を上げていた全員、疑問に言葉を失っていく。

 やがて、向き合う二人と同じように、誰も、声を発することがなくなった。


「…………」

「…………」


 ミラも、アラタさえも。誰に言われたわけでもない。ただ、この場で声を出すこと自体が、もはやあってはならない。静止している少女と男の間に流れる沈黙が、それを周囲に強制させているように。重苦しい雰囲気と、浴びせられる圧力が、見る者たち全員の口から、言葉を、声を、奪い去ってしまったように――



「…………」


 声と一緒に、動くことさえしなくなった空間で。最初にその均衡を破ったのは――


「……ッ、……ッ」


 頭を手で押さえ、直立していた体を傾け、ひざを着く。

 片ひざを着いた状態で、頭を両手で押さえながら、エリエルは、体を震わせた。


「……ッッ!」


 相変わらず、一声も発さない。喘ぎ声も、苦悶の嗚咽さえ、その口から漏らそうとしない。

 なのに、見る者たち全員が、その動作と、表情を見て、彼女の苦しみを理解してしまった。

 両手に押さえつけられた頭。目は見開かれ、ガクガクと震える口は小さな開閉が続く。片ひざを着いていた体勢はやがて両ひざが着き、最後には、全身を、砂浜に横たえさせた。


「……ッッ、……ッッ」


 倒れてもなお、体を震わせている。次第に、目には涙を溜め、口からは泡を吹きだして、体全体がけいれんを起こしている。

 お互い、その場から動いていない。少女はもちろん、男さえも、一切の手を出していないのに……


「…………」


 戦闘不能。少女の様子を見て、誰もが確信した――


 決着。平然と少女を見下ろす男を見て、全員が理解した――



 5勝0敗。魔法騎士団の勝利。

 0勝5敗。真騎士団の敗北。

 その決着は、前の四戦に比べると、実に静かで呆気ない、短い時間で決まってしまっていた――




「さぁーつてと……」


 長かったようで、短く終わった5対5の決闘。

 終わってみれば、シマ・ヨースケ一人による、魔法騎士団の圧勝。真騎士団の惨敗。

 そして、その結果に対する歓喜の声も無ければ、悔やむ声も、何もない。

 誰も、何をするでもなく、最後の闘いに勝利した、葉介を見ている。

 手枷の外れた身軽な身で、何やら数歩うろついた後、咳払いをし――



《アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――》



 沈黙が流れていたところへ、突然の爆音がコダマする。

 真騎士団や囚人たちは、空気を揺らすほどの爆音に耳を塞ぎ、中には倒れる者もいた。気絶していたレイやカリンさえ、思わず目を覚ますほどの衝撃だった。

 一方で、一度それを経験している魔法騎士団は、すぐに爆音の正体を察した。


「割と控えめに声出したはずだけど、やっぱ魔法込みだと響くな……リーシャ」


 爆音の発生源はと言えば、相変わらずノンビリと、刀の名前を呼んだ。

 後ろでずっと、砂に突き立っていた紫色の日本刀は、ひとりでに葉介の左手へ飛んでいった。


「ごめん、【拡声】使うの手伝ってくれる?」


 未だ、爆音によるダメージから耳身(みみみ)は回復しきっていない。そんな周囲の様子はお構いなしに、葉介は咳ばらいをして、呪文を唱える。


《あー、あー、マイクテス、マイクテス……》


 さしずめ、リーシャをマイクスタンドみたいに手に持って、意味もなく柄頭(つかがしら)に向かって声を出す。

 音量、声量、ともに問題なし。喉の調子、好調。

 全員の耳身も回復したと見て、本番、3、2、――



《お前らさぁ……さっきっから黙って()ってりゃあ、よぉーも好き勝手叫んでくれたのぉ? おっさん、まぁまぁ傷ついたんやけど――》


 そのセリフは、自分に向かって叫んでいた、全員に対する言葉だった。だがその顔と身体は、真騎士団ではなく、金網の向こうからこちらを見つつ叫んでいた、囚人たちの方を見ていた。


「誰がチビでデブのブ男だって? 誰がマトモな仕事もできん卑怯者だって? 誰が半端な体力と半端な資格でプラマイ能無しだって? 誰が病院から脱走してきた脳ミソ異常持ちの社会不適合者だって?」


 途中から、明らかにギャラリーどころか、この世界の人間には言われようのない言葉が混ざっている。それはそうだろう。全て、葉介が実家で言われてきただけの言葉である。


「まーあ、そら俺自身、とても褒められた闘い方じゃねーとは分かってたけど……少なくとも、こんな島にまで堕ちてきといて逆恨みしかしないよーなおバカさんたちや、今の自分の身の振り方を他人のせいにして、今後の責任まで押しつけてる若いだけの大バカ野郎どもに、どうこう言われる筋合い無いわなぁ?」


 聞いている者の何人かが、耳と胸に痛みの走るセリフを吐いたところで……

 左手に握る刀を横に寝かせ、宙に浮かせる。それに腰かけると――

 刀は箒と同じように、ひとりでに宙に、観ている者たちの空高く浮かび上がる。


《まあそれでも、仮にも決闘って(てい)だったし、卑怯なりにマジメに闘っちゃいたんだが……決闘も終わったし、遠慮する理由もなくなった。お前ら、自分が吐いた言葉の責任、取る覚悟くらいはできておろうなぁ……?》


 左手にはしっかり刀を握った状態で、素手の右手を、頭上へ真っすぐ上げる。

 その指から、パチンッ、と音が響いた時――



 木材がひしゃげる音が、島の四方から轟いた。囚人も若者たちも、反射的に周囲を見渡した。自分の周りや、見える範囲の島内に、異常が起きている様子はない。

 それを確信した直後――


「ウソでしょう……!」


 島の内から外を見た、誰かが声を上げた。釣られるように、他の者たちも海の方を見た。

 この島を取り囲むように並んでいた、いくつもの大型帆船。島の囚人たちを拉致し、その足で国外へ旅立つためにわざわざやってきた、リユンの金持ち連中の乗った船が、一つ残らず変形していた。

 船体が突然へこんだ物、ねじれたように曲がった物、急に海へ沈んだ物、包丁にでも切られたように真っ二つになった物……

 形はどうあれ、少なくとも更なる航行は不可能であると、誰が見ても一目で分かるくらいに、集結していた全ての船が、一斉に、【加工】された。



「次――お前らの番」


 驚き、呆然とするヒマも与えないまま、死神は囚人たちへ語り掛けていた。

 そしてまた、囚人たちは、視線と、言葉を奪われた。

 死神は、頭上から目の前に右手をかざしていた。その右手の真下で、砂浜から巻き上げられた大量の砂が、渦を巻いていた。【土操作】が至った程度ではとてもできない、大きく広く、規模が計り知れない、そんな、巨大な砂が渦を作り、球体と化した砂の塊は、死神の右手の先でもてあそばれている。



「せっかくだ……お前らも童心に返って、砂遊びしてみたら?」



 語り掛け、有無も言わせないまま、右手を頭上へ振り上げる。

 すると、同じように、砂の渦も右手の動きに合わせ、動いていた。その振り上げた砂の塊を、呆然と見上げる囚人たちに向かって――


「うわぁッ!!」


 砂を受けて――ではなく、バッシャアアッ――という、巨大な水がぶつかる音に、囚人も、若者たちも、声を上げた。


「あらら……」


 葉介が操った、巨大な砂の塊が、後ろの海から飛んできた、巨大な水……海水の塊にぶつかった。ぶつかり、混ざり合った砂と海水は巨大な泥と化して、そのまま地面に落ちた。



「【水操天(すいそうてん)】……源始瀑弾(げんしばくだん)


 声が、葉介の後ろから聞こえた。そこには――


《正体を現しましたね……死神》


 くすんだ短い金髪。褐色の肌。白いドレス。それらを備えた長身の女が、杖を向けていた。


「――【閃鞭極(センベンゴク)】・閃樹加護(ひらめきのかご)ッ!!」


 シンリーの姿を確認しつつ、宙に浮いている葉介を、無数の光の樹の枝――【閃鞭】が囲んだ。それが、網細工のように合わさり重なり合って、男一人を閉じ込める牢屋の樹と化した。



「……は?」


 決闘の決着が着いた。直後、シマ・ヨースケが豹変し、島を囲んでいたリユンの船の全てを沈めた。そして、囚人たちへ襲い掛かった。

 それを、シンリー女王が阻止した。直後、シャルの魔法がシマ・ヨースケを捕らえた。

 唐突且つ、あっという間の出来事に、ほとんどの人間は、ついていけない。

 襲われかけた囚人たちは、ただ怯えているだけ。メイランを始め真騎士団たちも、状況が呑み込めていない。葉介と親しくしていた者たちが多い魔法騎士団も、混乱している。葉介を誰よりも慕っている者は、特に。


「なに、してんの……シャル、ヨースケに――女王さまも、ヨースケに、なにして……」



《リユンの主力船舶を一同に集めて沈める。加えて、自分や、メイランさんを始めとした、この国の最大戦力をこの島に集め、全滅させる……そうして、この国を乗っ取ることが、死神の目的。そうですね?》


 いつの間にやら魔法の手枷を外し、【拡声】によって拡大している女王の声が語ったのは、これまた唐突な、脈絡もなければ整合性さえ感じられない、突拍子もない話題。

 バカであることを自覚しているメイランさえ、「はぁ?」と目を丸める内容。


「アハハハ――バレたか」


 そんな、もっともわけが分からないはずの当人は……

 お面の下で、苦笑と、なぜか照れたように顔を掻いていた。

 そんなリアクションにも、降って湧いた死神の目的とやらにも、誰もついていけない中で……


「バレたんなら、しょうがない。この国は居心地よかったのだけれど……」


 独り言を、死神が漏らした直後――



「なッ――」


 シャルが作り出した閃樹の檻が、一瞬で細切れにされ、崩れ落ちた。



「あんま、人前で抜がさないでよ……見た目刀でも女の子なんだから」



 崩れ落ちている閃樹の中から、抜いた刀を納刀している、死神の姿があった。

 刀を左手の鞘に納め、空いた右手を、その場で大きく振りかぶって――


「きゃああッ!!」


 右手を振り回した瞬間、葉介の周囲の、大量の砂が舞い上がった。その砂が視界を隠し、景色を隠し、空間全てを覆い隠して――


「――【閃鞭天(センベンテン)】・光白龍舞(こうはくりゅうぶ)ッ!!」


 そんな砂の嵐の中を、通り過ぎる巨大があった。

 白く閃く巨大なソレは、二度、三度と、繰り返し空を裂くことで――

 空間を覆っていた砂の全てを、海の向こうへと振り払った。



「……ッ」


 砂に覆われた視界に、ほとんどの人間は目を閉じていた。当然、レイも、閉じた目を手で覆って、大量の砂から身を守っていた。

 そんなレイも、砂が晴れたことを肌で感じ取って、手を下ろし、まぶたをゆっくり開いて、目の前を見た。


「……なッ」


 砂を振り払ったらしい、シンリー女王は、杖を片手に箒にまたがって、いつの間にやら、囚人たちを閉じ込めている、金網の前に、囚人たちを護るように降り立っていた。

 そんな、白いドレスの女王の前方には、黒いフードとお面をかぶった死神が――紫の騎士服を着た女の首に、噛みついていた。


「シャルッ!!」


 レイが叫んだ時には、昏倒している様子のシャルを地面に放り投げて、口元の血を拭っていた。


「女の血、うま……」



「テメェエエエエッ!!」


 魔法を撃つでもなく、何かしら策を講ずるわけでもない。ただ叫びながら、生身で突撃する。

 感情任せの単純に過ぎる、攻撃とすら言えない行動が、葉介に届くわけもなく……


「レイ様!!」


 手を離して、目の前に浮いた刀を踏み台に利用した回転蹴りに、アッサリ意識を刈り取られた。


「シマ・ヨースケ……アンタァアア!?」


「遊んでやる」



「魔法騎士団! 囚人の皆さんを保護しなさい!!」


 真騎士団――元第1関隊の誰かの声と。それに答える葉介の声と。葉介ではなく囚人たちの保護を命令する女王の声と。その三つが重なった時――


 決闘を見守るギャラリーのはずだった、真騎士団の白の面々が、一斉に黒い死神へと襲い掛かった。



「大丈夫ですか……さあ、こっちへ」


 双子と、リム、メルダ、ディックの、元々この島に来ていた五人、更にこの島に常駐する神官らと合流した女王は、最初に金網の鍵を開けて、囚人たちを解放。看守でもある神官たちと連携しつつ、葉介と、真騎士団らと十分な距離を空ける。


「皆さん……今から手枷の鍵を外します」


 囚人全員に、優しく語りかけながら、神官から、手枷の鍵を受け取った。


「今日からアナタ方は、囚人ではありません……全員、家に帰します。二度と罪や過ちを犯さぬ限り、皆さんは自由の身です」


 自ら鍵を外していきながらの、女王のそんな宣言を聞いて……囚人たちのほとんどは、言葉も出せずにいた。

 あまりに唐突に与えられた、自由の身に対する混乱もそう。

 理由はどうあれこんな島に連れてこられて、すでに帰る場所など無いこともそう。

 この島に長くいすぎたことで、今さらどこで何をすればいいのかという不安もそう。

 ほとんどの囚人たちが望んでいた、解放と自由を与えられたにも関わらず……


(彼らのケアと今後の処遇、そして、本土にいる、全ての国民たちのケア。それら全て、自分の仕事ですね……)


 ただ島から出しただけでは、彼らを救ったなどとはとても言えない。加えて、これだけの変革が起きてしまった後なのだ。それらに真っ先に対応し、国民たちを守ること。

 今までできなかった……否、しようとせず逃げ続けてきた自分に課せられた、人生を懸けた責任を、一生をかけて果たすこと。

 それが、この国の王になるということ……

 自由の身となり不自由と化した、囚人たちを前にして、女王――シンリー・ユー・ルティアーナは、自身の仕事と責任を、強く自覚した。


(自分の、今の仕事はここまで。あとは――)


 囚人たちを安全圏へと移動させて、元いた場所へ、目を向けた――



「ヨースケ……」


 真騎士団の、代表五人を除いた者たち。

 総勢で50名弱、その中から白以外を除いてしまえば、30と数人。とは言え、魔法騎士団第1関隊に所属し、過酷な激務と、デスニマとの戦いを生き抜いてきた、精鋭であることに違いない。加えて、単純に一人が相手をするには辛い人数だろう。


「ねぇ、ヨースケ……」


 それが、レイと、リリアと、サリアの三人を除いているとは言え、全員が集まっている。連携の取り方も、集団による戦いも熟知している。レイやリリアの指揮のもと戦うのが前提ながら、彼らがいない戦い方も、当然ながら知っている。

 そんな、白色の魔法騎士たちを――


「ヨースケッッ!!?」


 声も出せず立ち尽くしているアラタの隣で、未だ混乱の極みにいるミラが、叫んだ先で――



「ほいさ――」


「あぁッッ……!!」


 黒い死神は、襲い掛かってきた白色たち全員、倒してしまっていた。


「せめて、(リーシャ)くらい使わせてごらんなさいよ。抜がすまでもないけど」


 葉介が白色たちに対して使ったのは、刀じゃない。しかし、自慢の蹴りだけでもない。葉介が使い、振るったのは、先ほど外して、ロープでつなげた魔法の手枷。

 鎖分銅ならぬ、ロープ手枷を操って、襲い掛かった白色たちにぶつけ、締め上げ、縛り上げ、叩きつけ。

 彼女らは当然魔法を使ったが、魔法の手枷にぶつかり無効化。攻撃も魔法で防ごうとしたものの、【結界】も【硬化】も、枷に触れた時点で効果を消失。【身体強化】で回避する者もいたが、一発か二発を避けた後の三発目か四発目には、枷の一撃にあえなく沈んでいった。


「やっぱ、魔法だけじゃなく体も鍛えにゃダメだね。国を護る気があるなら特に……て、今さら遅ぇわなぁ」


 しばらく、新しい武器(おもちゃ)を振り回した後で……

 おもちゃはしまって、再び砂浜に突き刺していた、本命を手に取った。


「お前らの顔見てりゃ分かるよ。信じたいものだけ信じてさ。それだけで上手くいってるって気になってさ。腹ん中じゃあダメって分かってるくせに、自分から今を変えるのが恐ろしいから流されてさ……別にそれが悪いとは言わないよ。苦労も苦悩も、わざわざ抱える義務なんてないんだから」


 俺だって、そうだったし……

 最後の言葉だけは飲み込んで、倒れている白色たちを見渡しながら――


「むしろ、逆に険しいことになるって分かってるのに、逃げもせず一途に信じたものについていって、こうして戦う姿勢は、いくら弱くても尊敬するよ――ただジッとして戦おうともせず、自分らだけは楽して助かりたいって考えてるような、カスどもに比べたら」


 言いながら、葉介が向けたお面の先には――

 倒れている白色たちとは対照的に、後ろでジッと、彼女らの戦いを見ていただけの、紫、青、黄色の三色が、立ちすくんでいる。


「戦いに加勢するでもない、助けるでもない、ただ見てるだけ……他の子らと違って逃げ出さなかったことだけは評価すらい。逃げ出さず、俺を倒すのは他に任せて、勝った後の得だけは見逃さない、そんなしみったれた根性はムカつくけどね」

「……ッ!」


 もちろん、そんな助平心だけで残った者たちだけじゃない。むしろ、そんなセコイことを考えていた者たちなら、エリエルが、あるいはレイとカリンの二人掛かりが敗北した時点で、とっくに逃げ出している。

 単純に、葉介が恐ろしくて動けない者もいただろうし、第3を始め、戦い方が分からない者たちもいた。

 それでも葉介からしたら、わざわざ国を裏切って、勝つ目があると思った方に付いておいて、最終的にこんな形になった後も、どっちつかずで何もしない。そんな、呆れたおバカさんたちでしかない。


「お前らみたいに、やる気も能力もなく、努力や行動すらしようとしないくせに、利益にだけはがめつい連中が一番見ててムカつくんだわ……ムカつくから、殺していいか?」


 正論っぽく語った、かなり理不尽な質問をされて、三色全員、震えあがった。

 そんな無抵抗な若者たちに向かって、死神はゆっくり、刀の柄を向けながら歩いていき――



「おっさん――そこまで」



 上から声が聞こえた――直後、葉介の周囲を、炎の壁が取り囲んだ。


「大丈夫ですか?」


 上からは、メアが、箒から葉介と三色たちの間に降り立った。

 後ろでは、セルシィが、倒れた白色たちに【治癒】を施していた。


「…………」


 新たに二人、関長が現れても、葉介の様子に変化はない。それでも明らかに、直前まであった戦意はなくなっていた。


「さすがに、関長が二人も増えちゃあ面倒くせーな……とりあえず、逃ーげよ」


 左手の刀にまたがり、炎の壁から飛び去り――脱出した先で、右手にシャルを掴んだ。



「んじゃ、この女は戦利品てことで、もらってくねー」



「ヨースケ!!」


 相変わらず、ミラは葉介の名を叫ぶばかりだった。

 叫ぶ以外にも、できることが……すべきことが、あったに違いない。

 戦いに割って入って、真騎士団たちに呼びかけ、止めるべきだった。

 ヨースケを何発かぶん殴って、何してるのか問いただすべきだった。

 上司として、師匠として、ヨースケに対して、しなきゃならないことや、言わなきゃいけないことはたくさんあったはずなのに……


 なにもできなかった。なにも言えなかった。

 ただ、ヨースケがあんなことをしている光景と現実が信じられなくて……

 動けずに、何も言えずに、ただひたすら弟子の名前を口にすることしかしないうちに。

 海岸に集結した魔法騎士の面々を置いて、ヨースケは、シャルを連れて、どこかへ飛び去って、行ってしまった。

 アラタや、わたしを置き去りにして――


「ヨースケ!! ヨースケッ、ヨースケ!!」



「ヨォォォォォスケェェェエエエエエエエ―――――――――ッッッッッ!!!」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 具体的な数の話からしようと思う。


 まず、真騎士団に寝返った、かつての第1関隊――

 今もリユンを護っているサリアと、ここにはいないレイを除いて計39人。

 うち、島で葉介に打ちのめされ、叩き伏せられたことで、逃げ出した人数が22人。

 そして現在、リリアを含めて計17人。


 同じように、関長を除いて、デスニマの五日間や、葉介の強さと暴走に恐れをなして逃げ出した者たちを除いた現在……


 第2関隊――ファイ、フェイを含めて、計7人。

 第3関隊――ディックを含めて、計9人。

 第4関隊――リム、メルダを含めて、計7人。

 第5関隊――アラタ、1人。

 一般騎士の合計41人。

 プラス――メア、セルシィ、ミラの関長が3人。そこに女王を加えた、45人が、現在この城、この国に残された単純戦力。一応、檻島から逃げ出さずにいた、メイラン、カリン、エリの3人も含めるなら、合計48人となる。



《――皆さん。まずは檻島からここまでの働き、お疲れさまでした。そして、ありがとうございます。また、一度は敵対したこの城へ、再び集結してくださったこと、心から感謝いたします》


 檻島での決闘から、約三時間――

 女王はまず、逃げ出した者や、目を覚ますなり暴走していなくなった約1名を除いて、あの場に残った魔法騎士団および真騎士団、全員をまとめ上げた。

 囚人たちは本土へ移動。帰る場所がある人たちには帰宅させ、無い人たちには、()()()無人と化していたリユンおよび、居住区の上級区の屋敷を住まいとして提供。

 檻島の周囲で沈んだ船に乗っていた人たちは、奇跡的に全員が無事だったことで、すぐに救助。ただ、囚人の移動および、魔法騎士ら自身の移動もあり、箒や絨毯の数が足りなかったことで、救出した船員および、()()()船に乗っていたらしいリユンの富裕層とその家族は、住まいと食料がそろっている檻島への生活を要請。

 助けられたことによほど感動したようで、全員が震えながら真っ赤な顔になり、女王や魔法騎士に向かって大声で叫んでいた様は、実に心温まる光景だった。


 そうした諸々の三時間を終えての現在。

 残った総戦力が集結したこの城で、女王シンリーは、全員に向かって声を上げていた。


《すでに耳に入っているでしょうが……決闘は終わり、結果は魔法騎士団が勝利しました……しかし、黒い死神、シマ・ヨースケが乱心、暴走しました。現在、あの男は第2関隊関長、シャルロッタ・ヒガンテをさらい、逃走しています》


 実際に、あの場にいた者たちに、大きな反応はない。あの場におらず、この城や各村々を回っていた者たちの中には、驚愕を見せる者もいた。

 だが、動揺したり、怪訝に思うような人間は、一人もいなかった。


《死神の目的は、この国を我が物とすることです。そのために、随分と前から手の込んだことを仕掛けていました。メイラン・リーを焚きつけて城下町や各村々を襲わせた。目立たない第5関隊に席を置きつつ、レイノワール・アレイスターをたぶらかして魔法騎士団を真っ二つに割らせたのもあの男です。そうして自分たちに決闘を促し、自分もちゃっかり参加して、最終的には、檻島に集った自分……ワタクシを含む、要人全員を亡き者にし、この国を支配する。それが、死神の描いた絵図でした》


 それを聞いた若者らのほぼ全員、得心が行ったという顔になっていた。

 私たちが争い合い、こんな辛い目を見ているのは全部、あの、不気味で醜く怖ろしい、小男の悪知恵のせいだったんだ。

 そう自分自身に言い聞かせ、納得し、死神への憎悪を募らせた。


《もっとも……あの男を部下として受け入れた、第5関隊関長、ミリアーナ・ヴェイルのことは、どうか恨まないでいただきたい。彼女や、アラタネシアもまた、あの男の詐術にたぶらかされ、踊らされた被害者なのですから》


 そんな若者たちと一緒に並ぶ一部の者たちや、そんな若者たちの前に並ぶ三人の関長たちが、まるで納得していない顔を浮かべていることにも気づかないままに……


《そして今日、彼は本性を表しました。幸い、ワタクシを含め、被害者は出ていませんが、先ほど言った通り、第2関隊の関長がさらわれました。現在、第1関隊関長、レイノワール・アレイスターが捜索しておりますが……シャルロッタ・ヒガンテの命はもちろん、この国および国民の皆さんを護るために、あまり時間はありません。あの男の強さと狡猾さは、この場にいる全員が分かっているはずです》


 そしてまた、全員の顔が引きしまる。

 今思えば、魔法を使ってこなかったこと自体、自分たちに取り入るための自作自演だったに違いない。それでも、魔法があろうが無かろうが、圧倒的な強さを見せつけてきた。加えて、今は魔法も解禁し、強力な武器まで手にしている。


 それらを本気で振るわれたら……

 こんな小さな島国一つ、あっという間に墜とされるだろう。


《今この場に残って下さった皆さんには、改めて、心から感謝いたします。そのうえで、敢えて言わせていただく……もし、あの男が恐ろしく、命が惜しいというのなら、逃げたとしても決して咎めはしません。死神の力は、十日前の、魔法騎士が全員そろっていた時の戦力を、はるかに超えていると言っていい。ワタクシや、レイノワール・アレイスターが加わっても、勝てる保証は無い……》


 この中で圧倒的な魔法の威力を持つ女王でさえ、自信を喪失し、恐れている。それだけの力を有している死神の存在に、誰もが恐怖を、再び懐き始める。


《それでも……自分は、たった一人となっても戦います。そして、ここに残った三人の関長たちも、そのことに同意してくれている。もし、皆さんに、自身の家族や、大切な人たちを守る覚悟があるのなら、どうか、助けていただきたい……たとえ人数は減ったとしても、アナタ方は、この国を護る五つの門――五色の関です。アナタ方がいる限り、死神であれ化け物であれ、どんな脅威が来ようとも、この国が決して落ちることはないと信じています》


 女王の誠実な懇願と、力強い激励を受けて――

 恐怖を浮かべていた若者たちの目に、闘志の炎が灯った。



《……では、ワタクシは関長たちと、対策会議を行います。皆さんは、この場で待機を。その間に、決めていただきたい。身の安全を優先するか、この国の庇護を優先するかを》


 最後に、選択肢を与えたところで、女王は背を向けて、三人の関長と、メイランを伴って、歩き出した。

 残された若者たちは全員、敵味方に分かれていたことも忘れて、闘志を燃やしていた。

 自分たちをこんな目に、この国をメチャクチャにしてくれた、死神。そいつを俺たちで、必ず倒す。それを胸に誓って。ここにいる仲間たちと一緒なら、それができると信じて。



 ごく、一部の者たちを除いて――



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ドカァッッ――


 関長室の中から、そんな音が響いた。

 ミラが、女王の胸倉を掴んで、壁に叩きつけた音だった。

 そのことに、女王は特に、抵抗を見せない。メアを含め見ていた者たちも、制止する人間はいない。


「よくも……よくもあんなデタラメ、ヨースケのこと、よくも――」


 いつもの無表情はナリをひそめて、目は涙目に、声は、悲壮と怒りに満ちている。


「どうしてそこまで……なんでみんなして、ヨースケのこと悪者にするの!?」

「…………」


 この場にいる全員が、今の話の全て、女王の嘘八百だと分かっている。

 出会ったばかりのメイランは当然、あの男に焚きつけられた記憶は無い。

 あの男に最初に出会った、ミラ、メア、セルシィの三人も同様。この国に来た時点で魔法の存在自体を知らず、そもそも魔力そのものさえ無かった葉介に、そんなことができるはずがないことを知っている。

 そして、そんな嘘八百を並べた、シンリー女王も――


「ええ。自分が言ったことは、全てデタラメです……そして、このデタラメを提案したのは、他でもない、ヨースケさんです」

「――は?」


 またウソか? そう思ったし、思いたかった。

 だが、若者たちへ呼びかけた時とは違って、その声色も表情も、真剣そのものだった。


「ここまでバラバラになってしまった国をまとめるには、誰かが共通の悪になるしかない。そして、それは自分が適任であると……自分も、反対はしました。ですが、女王として、何が最善なのかを考えろと諭されて――承諾しました」


 ウソは言ってない……

 それを理解してしまったから、ミラは、胸倉をつかんだまま、動けなくなった。


「……せやかて、ようそんな話、あの子らに信じさせたなぁ。そらぁ、真騎士団の古い人間の生き残りは、あっしとエリエルの二人だけやけど。ちょっと考えたらおかしいって、あの子ぉらも気づくんとちゃうか?」

「気づくかもしれない……しかし、一人二人が気づいたからと言って、問題は無い」


 そう語るシンリーの顔は、確信に満ちている。


「何せ、若い魔法騎士のほとんどは、他に何も知らず、考えることもマトモにしない、流されるだけの、ただのバカですから」


 うわぁ……

 聞いた全員、声には出さないが一斉に思った。

 この女、とうとう言っちまった、と。


「誰もが、考えるのが楽な答えを求めている。それを信じ、目指している自身の行動に安心するために働いている。後はそんな人たちのために、信ぴょう性や整合性はどうあれ、納得できる答えを示し、それっぽく語り掛ければいい。そうすれば、大抵の若者はダマされてくれます」

「……で、その答えの犠牲者が、ヨースケなの?」


 せっかく残ってくれた魔法騎士全員を侮辱する発言だが……

 ミラにとって、そんな発言はどうでもいい。ミラが怒っているのは、誰もが納得できる答えとやらにされた当人のことだ。


「誰よりもがんばって、誰よりも痛い思いして、誰よりもこの国のために戦ってくれた、ヨースケのこと、この国のために、犠牲にする気なの?」

「……では、他にどうすることが望みですか? メイランさんや、レイノワール・アレイスターと戦って死ねば、ミラとしては満足でしたか?」

「――――」


 そんな問いかけには、答えることができなかった。


「ヨースケさんとしても、この国を救うために戦えという、アナタからの命令を実行しているだけだと思いますが……」

「違う! あれは、そういう意味じゃ――」


 死んでほしいんじゃない。死んでほしいわけがない。犠牲だなんてとんでもない。

 少なくとも、ヨースケには今まで通り、わたしのそばにいてほしい。それが、ミラの願いなのだから……


「いずれにせよ……国の平和よりも、たった一人の魔法騎士の命を優先するようでは、この国の王女失格ですね」

「……は?」

「ちょ、ジン――」


 突然の言葉に、ミラは聞き返した。

 メアが制止しようとしたが、シンリーは、話した。


「アナタは、王女失格だ。そう言ったのです。エリィ」

「王女……なに、言ってるの? 王女って――エリィって、誰のこと?」

「アナタです、ミリアーナ・ヴェイル――いいえ、エリエル・バァム・ルティアーナ」


 ミラの目を真っすぐ見つめながら――死んだはずの末妹、第3王女の名前を呼びかけた。


「……意味が分からない。エリエルは死んだって――」

「わたしたちも、そう思ってたんだけどさ――」


 セルシィやメイランが目を見開いている前で、メアも、諦めたように語りだした。


「確かに、昔デスニマになって帰ってきて、そのまま倒されて死んじゃった娘が、エリィだって思ってた。どこか納得できなかったけど、間違いないって、そう、思いたかった……けど、初めてミラっちの顔見た時、そっちで感じなかった、確信ていうか、もっと近い血の繋がりっていうのかな? そういうのが、ビビッて来たんだよね」

「自分も、メアから聞いて、半信半疑でアナタを見ましたが……間違いないです。アナタは、自分とメアの妹、エリィだ。この国の第3王女、エリエル・バァム・ルティアーナだ」

「……ウソ」


 そう、呟くしかなかった。

 家族なんていなかった。

 親の顔なんて覚えてなかった。

 最悪な孤児院で過ごす以前の、過去の記憶なんて一つもなかった。

 それでも、仲間ができて、ヨースケやアラタがそばにいて、自分の生まれとか、身の上とか、どうでもいいと思うようになった。


 それが今さら、こんな形で聞かされて――



「……?」


 と、ミラが胸倉の手を離した時、関長室の窓から手紙が一枚、入ってきた。【移送】の魔法で飛んできたらしいそれは、シンリーの前で制止した。


「ヨースケさんからですね」


 その言葉に、うつむいていたミラは顔を上げ、全員の視線がシンリーへ集まった。

 シンリーはその手紙を広げ、目を通して……


「……彼は今、アヤルカの森、その、白い崖の頂上で、シャルさんを閉じ込め待っています。そこで、魔法騎士たちを伴って、倒しにこいとのことです」


 それはさながら、ヒロインをさらった魔王。そして、その魔王――否、死神を仕留め、勇者になりに来い。そういう誘いだ。


「ちょ、ミラっち?」


 内容を聞くなり、ミラは女王に背を向け、関長室のドアに手を掛けた。


「わたしは……王女じゃない。二人がわたし見て、どう思っても、わたしは、妹じゃない。だから、この国がどうなったって知らない。わたしはこの国より、ヨースケの方が大事」

「……アナタがどうしようと止めはしません。ですが、彼の居場所はじきに、レイノワール・アレイスターにも届くことでしょう。最悪、現地で彼を、そして、自分たちを敵に回すことになりかねませんが?」

「構わない……ヨースケと同じ。今さら嫌われたって、どうでもいい。もう、後悔はしたくない」



「俺も行くぜ!」



 そこへ、関長室の外から声が響いた。ドアを開けると、緑の服がそこに立っていた。


「話は聞こえた。俺だって第5関隊――ミラの弟子の弟子だ!」

「……分かった。一緒に行こう」


 そうして、赤と緑は手をつないで、はるか向こうまで走り出した。


「まったく、誰に似たのやら――」




 シンリーの言った通り。ミラとアラタが、関長室を飛び出したすぐ後には、レイにも、シャルが書いた、自分の居場所を示す手紙が届いていた。

 それから一分としないうち、シンリーは再び若者たちの前に現れて【拡声】を発動。死神の居場所と、そこへ全員で攻撃を仕掛けることを宣言した。



 想い、怒り、恨み……それぞれの感情を懐いた魔法騎士たち。


 全員。アヤルカの森に集結する――





なんか数字おかしくない?

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