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第5話  決闘開始

 小さな島国、ルティアーナ王国。

 その国民たちのうち、収入の少ない貧困層が集まり暮らす北側。

 それ以上の貧困層、職に加えて住む家さえ失った者たち、犯罪者予備軍、文字通りの犯罪者等、貧困から、あるいは生まれ持っての人格破綻者たちの巣窟――北端族が集まった北の端。


 そして、そこから更に北。海をまたいだ先、本土からおよそ15キロ先にポツンと浮かぶ一個の島。

 面積、約5㎢。TDR2.5個分ほどの大きさのその島には、森があり、海岸があり、住まいとしての集落がある。北の端には一つだけ、低標高ながら山もあり、島の各所には川も流れているため、この国の安定した気候も併せて、やろうと思えば自給自足の生活も可能である。

 おおよそ、動物と、娯楽以外の、本土にある物は全てがそろっている、そんな島だが……


 本当に、それだけしかない。

 買い物はもちろん、飲み食いするための店さえなく、おおよそ人間のために用意されているものは、何十年も前に簡易的に作られたであろう、屋根がついた住まいだけ。屋根一つに対して、一部屋か、多くても二部屋しかない、そんな家が何十戸と並んだ集落がこの島の住人たちの住まいだ。

 そんな住まい以外で用意されているものは、人間のためでなく、仕事のために用意された、各種道具や、作ったものを保管しておくための倉庫くらいだろうか。


 ボロボロな集落が残っていることが示す通り、かつてはこんな島にも少数ながら人は住んでいた。しかし、時代を経るにつれて、この島に比べればはるかに広く豊かな本土を選ぶ人間が増え、本土への距離が、箒は元より、多少無理をすれば手漕ぎボートでも渡れる距離だったことも手伝って、当時の若者を中心に、この島を出ていく者が続出。

 それでも生まれ育ったこの島を離れたがらない者たちは残っていたものの、残った者たちも年齢を重ねるごとに人数を減らしていき、やがて、住民が一人もいない無人島に変わった。

 そうしてこの島は、ただ存在するだけの無人島として忘れ去られるはずだったのだが……



 いくら平和な国と言っても、犯罪は決して無くなりはしない。そんな現実のもとに生まれた罪人たちを捕らえた後、幽閉しておく場所というのは昔から必要とされてきた。その場所も、犯した罪が重いほど、人数が増えるほど難しくなっていく。

 この国の場合、罪人たちは捕らえられた後、城の地下に幽閉されていた。そこに一時的に捕らえておいて、犯した罪の重さによって、決められた日数幽閉しておくか、何かしらの罰を与えるかを決めていたわけだ。


 ただ、魔法の発達によって犯罪が増加し、比例して犯罪者も増えていったことで、かつては十分に事足りていた地下牢では足りなくなっていった。また、幽閉以上の罰を与えられる場合は一定期間の強制労働を強いるのが定番であるのだが……

 前提として、罪人たちには全員、犯罪抑止のために魔法の手枷を着けられる。葉介の実家のように、刑務所のような専用の労働場所も存在しないため、昔はリユン等で重労働をさせていたが、魔法が広まって以降は魔法の使用を前提とした作業が増え、魔法を使えない罪人たちの存在は、労働力から、単なる足手まといに変わっていった。

 魔法が必須でない単純作業を割り当てるという手もありはしたが、そんな作業なら、元からいた人間だけでも十分だというのが正論だった。


 そこで考えられたのが、幽閉では償いきれないだけの重い罪を犯した者は、『島流し』にしてしまおうという発想だ。

 魔法の手枷を着けた罪人たちを送り届け、定期的に食料だけは届けつつ、刑務作業に従事させる。

 牢屋は無いが住まいはいくつもある。逃げようにも周囲は海で、泳いで渡るには無茶な距離がある。狭い島ながら、小規模ながら山や森など隠れる場所もあるにはあるが、本土と違って食料に乏しく、魔法抜きでは魚獲りも難しいため、逃げ隠れを続けていれば餓死はまぬがれない。

 そんな、完璧とは言えないまでも、刑務所としては理想的な条件を満たした島だった。

 そういった経緯から、もはや本当の名前さえ忘れ去られたその島は、島流しを宣告された罪人たちの行きつく場所として、誰が呼ぶともなく、檻の島……『檻島(おりじま)』と呼称されるようになった。



 そんな檻島の、東の端に切り立つ岸壁の上に、集結している者たちがいた。白、紫、赤、緑、黒の五人。そんな五人の前には更に、紫が二人、黄色が二人、青色が一人の計五人。

 たった今この島に到着した様子で、乗ってきたであろう魔法の絨毯を仕舞っている五人――シンリー女王、シャル、ミラ、アラタ、葉介――と、杖と魔法の箒を手に、憔悴し、疲れ果てた様子でへたり込むか、座り込むかしている五人――ファイ、フェイ、リム、メルダ、ディック――の五人が向き合っていた。


「……その様子では、やはり予想していた通りのことが起きていたようですね」


 憔悴した五人へ声をかけたシンリー女王は、いつもながらのくたびれた声に、申し訳なさをにじませつつ、五人に向かって謝罪と労いの言葉を述べた。


「狙いは、この島で作業に従事している罪人たち、だな?」


 頭を下げる女王に対して、謙遜の様子を見せる五人に続けて声をかけたのは、シャルである。


「……はい。四日前、シャル様から話を受けた通り、リユンの有力商人たちが、こぞって船を回し、この島に乗り込もうとしていました」


 そんな五人を代表して、ファイが姿勢を正しつつ応えた。その隣に、続けてフェイが立ち上がった。


「わたしたちとしても、最初は単純な巡視目的かとも感じましたが……まさか、魔法騎士の姿を見るなり、堂々と攻撃してくるだなんて」

「そりゃあ、今のこの国は完全に無法状態だからね」


 信じられないといった様子のフェイの声に、応えたのは葉介。


「堂々と悪いことしても、捕まえることは本土でだって難しい。本土から遠く離れた海の上なら、なお更ね。周りの国にそのこと広めるような人間だっていないし、リユンの全部が結託してるなら信頼を失くす心配もない。そもそも失くしたところで痛くもかゆくもない。だったら、落ち目の国をさっさと捨てたい金持ちたちとしては、多少強引な手を使ってでも、残った金の生る木を手に入れてから外国にトンズラしたいわな」


 視線を五人から、海の方へ向けつつそう言った。

 大きさはそれぞれだが、大型帆船と呼べるだけの規模の船が、ここから見えるだけでも三隻。魔法の絨毯に乗ってここまで来た際にも、合計で十隻以上のデカイ船が見えていた。

 単純な巡視目的じゃない。大規模貿易をするような時期でもないし、そもそも檻島は、彼らが仕事へ向かう方とは真逆の方角に位置している。

 停泊させているリユンの位置的に通り道なわけもなく、普段から用も無いはずの檻島に、仕事でしか使わないような大型帆船を使ってまで近づこうとする理由は一つ。


「この島で作られている魔法の杖と、杖を作る罪人たち……リユンが最後にこの国で狙うものとしては、妥当な線ですね」


 箒や絨毯に代表される魔法の道具は、主に外国からの輸入に頼っている。国内でもリユンを中心に製造しようとする動きは何度かあったものの、製造の難易度やらそれにかかる初期投資や技術費等のコストの問題から、最終的には断念してきたという経緯があった。

 そんな魔法の道具の中で唯一の例外が、『魔法の杖』だ。


「この国の杖って、そんなに良いものだったんですか?」

「……昔、父親が外国から買ってきたっていう魔法の杖を見せてもらったことがあるわ。見た目は綺麗にしてたけど、わたくしや、みんなが持ってるような杖と違って、目に見えるくらい歪んでて、触った感じ木の質も良くない。実際に魔法を使ってみたけど、向けた方向とはズレて飛んでいった上に、一回【光弾】を軽く撃っただけで悲鳴を上げてたのが分かった。父が言うには、あれが外国では当たり前だって……当時はあまり気にしなかったけど――」

「そうです。見た目の通り、一本の木や廃材があれば、魔法で一度に大量に作ることができる。その分、値段こそこの国に比べてはるかに安い。ただし、道具としては粗悪品、武器としても貧弱に過ぎるので、そもそも使わないか、使う人たちはあらかじめ大量に所持し、壊れたら新しいものを使う、大量消費を前提としたものとなっている。一方で、この国の杖は、神官たちが木々や廃材の中からある程度以上の質のものを削り出し、それを罪人ながら熟練の職人たちが、魔法に頼らず一本一本、手作業で彫り出し作り上げている。余裕がある人は、独自の意匠まで凝らし、一部の人たちからは絶大な支持を得ている。手間を掛けている分、一本あたりの値段は張りますが――自分も、父から聞かされるまで知りませんでしたが、この国では当然のように、一本の杖を数年から十数年、物持ちが良い人なら一生物として使い続けます。そしてそれは世界的に見れば、異常なことなのです」


 ディックの疑問に、メルダとシンリー女王が答えて、その事実を知っていた者、知らなかった者と、反応は様々だった。


(ガラパゴス携帯ってわけやな)


 魔法の杖は見た目の通り、木の枝や材木を20センチから40センチ程度の長さの棒状に削り出し作ったものである。役割は、体内、手からの魔力を通して、発動する魔法の発射向きや発射量を調整する、蛇口のホース、もしくはスポイトのようなもの。

 そんな魔法の杖の形として理想なのは、極端に言えば、算数の教科書に載っている円錐図のような形。根元から先端までの中心線が直線、かつ先端にかけての幅の変化が均一であること。そして当然、使っている木自体、虫食い等のない最低限良質なものであること。

 使っている木の種類等で違ってくる可能性もあるかもしれないが、現段階で分かっていることは、サイズはどうあれ、中心軸が真っすぐ伸びていて、柄から先端までの幅の変化が均一であるほど、魔力を通しやすく、且つ杖自体へのダメージが少なく長持ちする杖となる。


 だが、この国にいるような専門の職人でもない人間は、わざわざそんなことは気にしない。加えて、魔法の杖自体、一本の木や廃材があれば、【加工】の魔法で簡単に、大量に手作りすることができる。何なら、そこいらに適当に落ちている木の枝でも、ある程度の長さ太さがあれば、加工せずとも杖としては機能する。一度魔法を撃つだけで砕けるか、最悪、暴発して自身がケガをすることになる危険性に目をつむればだが……

 そんなものがタダ同然、むしろタダで、外国では出回っているものの、メルダが言ったように、魔法は真っすぐ飛ばず、長持ちしないような粗悪品。杖があった方が魔法が扱い易くなるのは同じだが、普段使いする程度ならと、わざわざ杖を使うことは選ばず、だから使いづらい魔法を、そもそも仕事や必要な時以外で敢えて使おうとは思わない人間の方が、実はこの世界では多数派なのである。



「元々は、魔法を封じられた罪人たちでも、タダ飯喰らいにならないようにと無理やり与えた仕事でした。その当時――自分の祖父が国王だった時代は、この国でも杖を使う人間は少なかったですし、魔法のせいで失業した職人たちも多かった。原料である廃材もいくらでも手に入るので、地味ながら金もかからない、ちょうど良い作業くらいにしか思われていませんでした。それが、そんな地味な作業でもこだわる人たちが出てきた結果、世界的に見ても良品質の、素晴らしい杖が、偶然にも生まれてしまった。それが今では国中に広がり、国民にとって、なくてはならない必需品となった、というわけです」


 意図していないところから、素晴らしい物が誕生する。よく聞く話ではある物の、それが世界中探しても他に無いほどの大発明だったとしたら、偶然作ってしまった、あるいは作らせてしまった身としては、喜び以上に恐怖が勝つだろう。


「そして、それだけ長く使える杖が簡単に手に入るから、素手では操作の難しい魔法を、生活の中で気軽に使うことができる。魔法の練習、訓練も、個人レベルで数をこなすことができる。そうすることで魔法は鍛えられ、必要な魔力は減らしつつ、威力を上げ応用を効かせられる……『天極至法(てんごくしほう)』は、そうやってこの国で生まれた、この国だけの魔法技術です」

「そうだったんですか!?」


(そんな三国志みたいな呼び名があったん!?)


 聞いていた誰もが衝撃を受けて、葉介も、記憶に無い、自身の覚え方よりはるかに覚えやすい単語が出たことで、驚愕することになった。


(ガラパゴス形態ってわけやな)


「……そんなにすごい杖を作ってたなら、どうして、この国でしか流行ってないんですか? 外国に輸出してあげたら、外国の人たちも喜ぶし、お金も稼げたんじゃ……?」


 驚愕しながらも、リムが素朴な疑問を投げかけるが、シンリーは首を横に振った。


「確かに……杖の価値に気づいていたリユンの商人たちからも、そういった話は何度もあったようですし、国外に向けて輸出すれば間違いなく利益になっていたでしょうが、先代の国王は決してそれを許しませんでした。ただでさえ戦争によって、世界中が大きな傷を負っていた時代です。皆さんがそうしているように、杖は間違いなく武器として使われる。そうなれば、戦争は更に長引くか、更にひどいことになっていた可能性さえあります」


 そこまで聞いて、杖を持った全員が、今自分が手元に持っている杖の、真の危険性を思い知った。


「それに、現実的な話……もし外国に向けて売りに出すとしたら、ある程度必要な数の予想がつく国内とは違って、不特定多数の人間に向けて大量に作ることになる。職人の手作りじゃあ杖一本あたりの制作時間だって掛かるだろうし、職人を育てるにも限界がある。材料の木だって大量に必要になるだろうから、今までは使い道の無い木材廃材で足りてたのが、下手すりゃ国中の山や森が更地になりかねん。最悪、杖と職人欲しさに、今リユンがやってるように、世界中の人間がこの国に乗り込んでくるかも知らん」


「……そんな諸々の問題を考えて、祖父や先代の国王は、国内では自由に杖を使わせながら、周辺各国に対しては徹底的に杖の存在を隠していました。現在こそ、質はどうあれ、杖自体の存在は国内外問わず珍しいものではなくなったので、外国の人が見ても、一種の土産物程度にしか見られませんが……一昔前までは一般市民はもちろん、リユンの貿易商に対しても、外国へ出向く際、または外国からの客人を招く際は、杖の携帯を一切禁じたり、一時的に没収さえしていたほどです」


 葉介の指摘とシンリーの回想。それら全てが事実なら、この国で作られた杖の真価に気づいた、金儲けがしたい連中からすれば、先代の国王はさぞかし邪魔な存在だったに違いない。


「もしやして……それで先代国王が邪魔になったから、リユンはメイランをそそのかして、そのメイランがクソ女をそそのかして、シンリー女王のご両親をクズ女に殺させた――そういうことやったんかな?」

「確かに……デスニマやファントムを生み出す強力な兵器を、無料で大量に提供した理由としては、妥当かもしれませんね。今からでもこの国の杖を手に入れて上手いこと宣伝すれば、兵器の一つや二つの元は余裕で取れるだけの利益となるでしょうから」


 確かめるにはリユンの金持ちどもを絞り上げる必要があるだろうが……推測できる範囲の目的の可能性として、これ以上はないだろう。


「まあ、そんだけすごい杖を作ってるってことを罪人たち本人には知らせもせず、この島に閉じ込めてひたすら作らせ続けてるって現状を見れば、女王様のおじいちゃんやお父さん……まあ俺だけど、リユン以上の腹黒さがうかがえるけどね……」

「それは――」

「分かってる。外国には隠しておきたい、けど便利だから国民には使わせてあげたい……なら、国民の皆さんたちも、杖がどこで作られてどこから来てるか。それを知らずに、興味も持ってない。ただ何となく、気づいたら手に取ってた。そんな現状が、国中に広めつつ本質を隠しておくには一番理想的な形だものね。元来は刑務作業なことだし……よっぽどヤバイ罪を犯した極悪人でもなきゃ、職人さんたちの扱いとしては不当極まりないけど」

「…………」

「ちなみに、国王が消えた後は、どうやって杖の秘密守ってたの?」


 葉介の方から話題を変えてくれたおかげで、シンリーも言葉を返すことができた。


「主に、元政治家であった神官の皆さんが……自分が魔法騎士になった後は、自分が動き回って、そうなることを阻止してきました。杖を輸入させようとする法案の資料を廃棄したり、決まった杖の受け取り人以外の人間が檻島に近づこうとするのを阻止したり、政治家に賄賂を渡したリユンの人間や、賄賂を受け取った政治家に脅しを掛けたり……痰カスは痰カスらしく、筆頭大臣のくせに政治には無関心だったうえ、杖の価値になど全く気づかない腐れ脳ミソでしたので、阻止すること自体は簡単でしたね」

「……第4であまり姿を見たことがないと思ってましたけど、そんなことしてたんですか?」

「たった一人で? 誰にも頼らずに、第4の仕事をこなしながら?」

「まさか……神官の皆さんの力も借りました。もちろん、少ないですが、自分の魔法騎士としてのお給料からお礼も渡しています。この国の女王として、当然のことです」


 リム。メルダ。そして、シンリー女王――ジンロン。

 同じ第4関隊として、お互い、会話どころか顔を合わせた記憶さえ少ない。そんな二人とも、女王が、ウー・ジンロンとして行ってきた所業を聞いて――口では簡単に言いながら、決して目立たず、見つからず、悟られず、それだけのことを陰から行い、成し遂げて、この国を護ってきた。

 リムもメルダも、落ちこぼれの第4関隊に属していた身として、目の前に立つ、くたびれ、疲れ切った顔をした女王に対して、感嘆し、感心し、感服し、そして、感謝する気持ちを、懐かずにはいられなかった。


「ありがとうございました……今までおつかれさまでした。女王様」

「それは、まだ早いです」


 葉介からの労いの言葉に対して、シンリー女王は力強い言葉を返した。


「今日の決闘で勝たないことには、自分がしてきたことも、全てが水の泡に還ります」


 そして、第4の二人に限らず、その場の全員が懐いた感動の気持ちも、女王の言葉で一気に現実に引き戻される。


「ヨースケさんが言っていた通り、仮に今日、真騎士団との決闘で我々が負けた場合、ずっと平和を維持してきたこの国は、一気に軍事国家として方向転換させられることになる。デスニマの香や、召喚の香のような兵器を輸入することになるでしょうし、その資金源や交換品として、あの杖を使われることも大いに考えられる。この国だけの強みだったはずの、杖と天極至法まで国外にバラまかれたうえで、この国が戦争を周辺各国に仕掛けたりすれば、国土も人材も貧弱なこんな島国、一瞬で滅ぼされるでしょう」


 現段階で考えうる、最悪の結末を女王の口から聞かされて――

 シャルら四人も、ファイら五人も、その表情を強張らせた。


「確かに……そんな諸々の問題を解決して、この国も、この国に生きてる大事な人たち、全部護るためには、もう、この内戦に勝つしかないよ。相手がどんな連中であれ、どんな横槍や棚ぼた狙いの阿呆どもであれ、何をされても、どんな卑しい手を使われても、全部が全部ぶっ飛ばして、勝ちきって、護るっきゃない。この国はもう、後戻りができん状況まで来てる」


「……そうですね。よく分かりました」


 女王と、葉介の話しに重ねるように、ファイが再び声を上げた。


「ただ、人を護っていればよかった今までとは違う……目的のために手段を問わず、卑怯卑劣な手をむしろ積極的に使ってくる。そんな連中を相手取ること。これが、戦争なのですね」


 ファイも、他の四人も、立ち上がりつつ葉介に向けたその目には、四日前まで見られた感情はなくなっていた。

 迷い、不安、恐れ……それらの代わりに宿っている、覚悟、確信、そして、闘志――


「……五人目が見つかったね」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「死ねや魔法騎士どもー!!」

「くたばれ魔法騎士がー!!」

「こっちに来やがれ!! ぶっ殺してやるよー!! あぁーあ!?」


 計十人の魔法騎士らが行った会話から、経過すること約一時間。

 小規模な森と山の緑が広がる北側に、その麓にあたる中心部に建てられた集落。そこから西へ行けば、この島に囚われた罪人たちの仕事場があり、東へ行けば、さっきまで十人が会話をしていた、特に何もない断崖絶壁がある。

 そして、残った南側。白い砂浜が広がる海岸に、先ほどの十名に加えて、この島に囚われた罪人たち、全員が集められていた。


「アタシをここから出せー!!」

「ざっけんなクソッタレどもー!!」


 全員が全員、何かしらの罪を犯したことで魔法騎士に捕らえられ、この島へ連れてこられた罪人たち。その人数は、余裕で三桁を超えている。

 落ち着いた高齢者。冷静に座るだけの者。そもそも興味がない者。絶望しきった顔で大人しくしている者。と、特段慌てることも、騒ぐこともせず、ただ、集められたその場所にジッと座っているだけの者たちも中には見かけた。

 だが、それ以外の、ほとんど大勢は――


「なんで俺が捕まらなきゃなんないんだ!! ふっざけんな!!」

「出しやがれー!! 俺は悪くねえ!! 今すぐ俺をここから出せー!!」

「こんな島になんか連れて来やがって!! さっさと出しやがれコラァアアア!!」


 この島に来て長い者たちとは違う、ここに来て間もない者。

 中でも、自分がなぜ、こんな島に連れてこられる羽目になったか。全く理解していない者たちは、声を上げていた。


「俺を家に帰せー!! 俺の家を帰せー!!」

「金を返せ!! 家を帰せ!! 家族を返せええええええ!!」


 貧困から半年に一度の税金を払うことができず、結果、財産も、住む家も、家族さえ失い、それでもなお金を取り立てられて、逃げることもできずこの島へ囚われたような者たちは、悲痛の叫び声を上げていた。


「死んじまえよ魔法騎士どもー!!」

「ぶっ殺してやる!! テメーらぶっ殺してやるからな!! コラァアア!!」

「こっちに来いってんだ!! 聞いてんのか!! テメェらぁあああ!?」


 いずれにせよ、囚人らしく統一された安っぽいボロ服の姿で、鎖の外れた魔法の手枷を両手に光らせた囚人たちは、海岸の前に建てられた金網の向こうから、魔法騎士たちへの強烈な憎しみを向け、声に出して叫んでいた。


「……黙らせた方がいい? 女王様?」

「構いません。あのまま叫ばせて差し上げなさい」


 東の断崖絶壁から移動した計十人。

 内、黒色の提案を、白――ではなく、城の神官たちと同じ、全身が隠れた茶色のローブは、是とはしなかった。


「この島に連れてこられた人たちは全員、一生外へは出られないと定められている。ひとえに自分の力不足のせいです。この罵倒は全て、自分が……そして、こうなるまで何もしてこなかった、魔法騎士全員が、受けて然るべき言葉です」


 九人の魔法騎士たちを見やりながら問いかけて。言われた九人とも、表情を曇らせた。

 刑務所に入れられた罪人は、本来、死刑や終身刑でなければ、犯した罪の重さによって刑期を与えられ、その年月をマジメに働いた時、出所を許され、晴れて自由の身となる。

 この島も昔はそうだった。が、国王が消え、女王が消え、筆頭大臣がトップに立ったことで全てが変わった。

 罪状だの刑期だの、そんな複雑で面倒なもの、あのクズが考えるはずもなし。何より、捕まった人間は、普通の犯罪者や凶悪犯はもちろん、孤独や貧困から犯罪に走った高齢者もいれば、捕まっている間に30歳を迎えてしまった者たちもいる。近年では、30歳超えを理由に職を失い、結果この島に来ることになった者たちも大勢いた。いずれにせよ、筆頭大臣の大嫌いな、年寄りや、汚い人間がこの島には集まっている。


 だから、一生自分の視界に入らないよう、そして、これ以上面倒な仕事が増えないようにという理由から、罪人に対して、刑期というものをなくし、罪を犯した者は、その重さ軽さ理由を問わず、無条件で島流しからの終身刑。そんな様式に変わった。

 罪人たちの中には、刑期を終えて家に帰れる目前までマジメに働いていた者たちもいたというのに……マジメも刑期も関係ない。罪を犯したなら、この島に一生いろ。そうして、罪の内容がどうだろうが、魔法を封じられて一生閉じ込められることが確定した者たちにとって、それを決めた筆頭大臣はもちろん、自分たちをここに連れてきた魔法騎士たちは、間切れもない憎しみの対象である。


「おい何とか言ったらどうなんだテメェらああああああ!?」

「こっち来いよ!! こっちを見ろ!! ぶっ殺してやるからこっちに来い!!」

「ああああああ!! ァァァアアアアアアアアア――――――!?!?」



「……ところで、ヨースケ?」

「なに、ミラ?」

「いつもの上着とフードは分かるけど……なんで、騎士服着ないで、上下黒の普段着なの?」

「魔法の練習してたら、騎士服全部ボロッボロになっちゃって」

「…………」

「それよか、来たみたいよ?」


 大勢からの罵声罵倒が響く中、海の方を見ながらそう言った。

 彼女らが立つ海岸線。砂浜の向こうに広がる水平線。その向こうから見えた、いくつもの点。徐々に大きくなり、近づいてくるそれは、いくつもの魔法の箒と、魔法の絨毯であることが、誰の目から見ても分かった。


「ああん?」

「なんだ?」


 そして、罪人たちもそれに気づき、罵声を上げつつ近づいてくるそれに注目しだした。

 やがて、飛んできた者たちが、十人と同じ海岸に降り立った時――


「なんだ! テメェらも魔法騎士かコラァアア!?!?!?」


 未知の存在から少しばかり静けさの交じっていた空間に元の、むしろ、直前以上の怒号の嵐が戻ってきた。



「ざっと見て、300人以上――これだけ大勢の、城や魔法騎士らに恨みを持った人ら解放しとったら、あっしらにとっては強い味方やったんやけどね……」

「どうして、最初にカリレスを襲った時点で、解放しなかったのですか?」

「計画の時点で候補には上がっとったんやけど、閉じ込められた人ら全員、魔法封じられとって練度もクソもあらへん。年寄りも多い。せやから戦力にはならへんて言われてな……そのまま、頭から完全に抜け落ちとってん」


 レイからの質問に、メイランはそう応えたものの――

 レイや、彼の部下たちはもちろん、メイランも、実はこの島で作られる魔法の杖の価値を知らない。

 能が無い分、最前線で体を張る役を買って出ていたメイランに代わって、今や聖剣に変わった、頭脳労働全般を担う役の真騎士団の誰かがそのことを知っていたとしたら――この島の罪人たちを戦力として考えなかった理由は、おのずと想像できようものである。


「……あぁ? ヨースケぇぇええ~~~~~~♡♡♡♡」


 会話もそこそこに、先に島に到着していた魔法騎士団の、葉介の姿を見るなり、メイランは走り出していた――


「…………」

「…………」


 が、そんな葉介の前に、赤と緑――ミラとアラタが立ったことで、その足を止めた。


「ヨースケに近づかないで――」

「ヨースケにまた何かしたら、ぶっ殺す――」


 二人並んで手を取り合って、一人の女を見上げて睨む。

 そんな赤と緑の少年少女に向けて、メイランは不敵な笑みを返した。


「愛されとるなぁ、ヨースケ……ミラも、強ぉなったな。彼氏のおかげか?」


 葉介に触れられなかったことにはやや不満げに。ミラの堂々とした姿には満足げに。

 短いやり取りの中で、様々な表情を見せる赤い服の銀髪女が背中を向けて。


「カレシってなんだ?」

「わたしは知らない」


 一応の脅威は去ったと悟ったミラとアラタは……無意識に、自然に握り合っていた手を、慌てて離して、そっぽを向いた。


「ピュアや!」


「……ヨースケさん」

「なに? 女王様」

「……ごく自然に女王を盾にしようとするの、やめてもらえません?」

「代わりに本気で殺されそうになった時は、俺のこと盾にしていいからさ」

「そんな器用なマネ、自分にはできません――」


 ごく自然に、誰にも悟られることなく、シンリー女王のローブを握りしめている葉介を見て、シャルは、頭を抱えつつため息を吐き――

 レイと、目を合わせていた。



「オイコラ、テメーら!! なに俺らの前で遊んでやがんだああああ!?」

「余興のつもりか!? ふっざけんな!! そんなもんいらねーからここから出せ!!」



 ギャーギャーと、変わらず響く罵声罵倒喧噪の中。

 やいのやいのと、必要な会話とそうでない会話を済ませた後で。


 現段階で残った真騎士団全員と、この島にやってきた魔法騎士団と女王、計十人。

 彼らが海岸の中心を挟み、囲む形で並び、そうしてできた人の囲いの中心に、五人と五人が向かい合い立っている。


 真騎士団の代表5人――レイ。メイラン。リリア。エリエル。カリン。

 魔法騎士団代表5人――シャル。ミラ。葉介。アラタ。そして――


「……なんだ。そっちはてっきり、メアがいると思っていたのに――」


 並んでいる五人の、向かって右端に立つ少女――リムを見ながら、レイが疑問の声を上げた。


「そっちこそ、セルシィが来るのかと思ってたけど……てか、四日前に比べて、そっちの人数だいぶ減ってない? 主に青色の人たち」


 葉介からそんな質問を返されて……セルシィとメアの逃避行を知らないレイも、他の真騎士団のメンバーも、表情をしかませた。

 元第1関隊の全員が、レイのことを慕って付いてきたように。

 元第3関隊の若者たちも、そのほとんどは、セルシィを慕って真騎士団に寝返った者たちだった。

 自身の自己評価の低さや控えめに過ぎる性格とは裏腹に、どんなケガ人病人でも完治させ、救ってみせる。加えて、自信が無いなりに部下たちのことを思いやり、拙いながらけな気にリーダーシップを取ろうとがんばってきた。

 そんなセルシィのことが好きになって、支えたいと感じた者たちの多くが集まったのが第3関隊だった。

 そんな彼ら彼女らからすれば、実は男だろうが酒浸りになろうが、付いていきたいと思ったセルシィが消えた時点で、もはや真騎士団にいる意味は無い。メイランやかつての仲間たちを見捨てて、消えてしまって然るべき。青色で残っているのは、他と同じ、ただ何となく残ってしまった、意志や戦意に欠けた半端者たちだけ。

 人数だけ比較すれば、第1は全員が残っていることで真騎士団が上回っているものの、前回までに比べれば、その差は歴然だった。



「――まぁ! おらんくなってしもたんは、しゃーない……どっちみち今は、目の前の戦いに勝つこと考える。せやろ……?」


 起きてしまった離反。そのせいで起きている数的不利。

 そうして沈んでしまった空気の中、真騎士団の頭が声を上げた。


「戦う覚悟も、国を変えるっちゅう気概も、誰かや何かを守りたいっちゅう気持ちも、どれか一つでも持っとるんなら、それは十分、戦う理由になる。数が減ろうが一人になろうが、諦めへん限り、戦争かて終わらへん」


 お互い、人数的にも規模的にも、もはや戦争とは言い難い。今日行う決闘さえ、ほとんど茶番劇と言ってしまえる有様になっている。四日間で頭の冷えた、この戦争に大して乗り気でない者たちは、そう思い始めている。


「そういう戦うための理由を見出せへん言うのんなら、今からでも構わへん。怖かったら逃げ出したら良え。あっしも、レイちゃんも、だーれもそのこと咎めることも、止めることもせーへんがな。あっしらはただ、自分らが信じて、こう決めたってことをやり遂げる。その手段として戦争するだけ。そんで、勝つだけや――」


 漠然としか感じられなかった闘志より、密かにハッキリ感じてしまっていた虚無が心を埋め尽くし、やる気も何も失くしてしまっている。

 残されたそんな若者たちに向かって――頭はただ、声を上げるだけ。


「あっしらはこの戦争に勝つ! そんで自分らの願いも叶える! 信じて一緒に戦ってくれる子ら! 信じたくても戦えへん子ら! 信じられんでも戦う理由が欲しい子ら! 全員の気持ち、あっしが引き受ける! 不安も不満も、願いも希望も、全部あっしに押しつけなはれ! あっしを信じて――着いといで!!」


「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」


「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」


 漠然としか、闘志を感じられなかった。なのに、その闘志が、徐々に、心の中で強く、熱くなっていくのを感じた。

 ハッキリと、虚無を感じてしまっていた。なのに、そんな虚無が、徐々に、晴れていき、代わりに、漠然としながらも確かな理由が刻まれるのを感じた。

 五人の代表に選ばれなかった、ただ付いてきた者たち全員――

 気がつけば、腕を振り上げ、声を大きく上げていた。


「メイランさーん!!」

「レイ様ー!!」

「がんばれー!!」

「勝ってください!!」

「私たちの思い、アナタたちに託します!!」



 そして、雰囲気が変わったのは、真騎士団の側だけではなかった。


「……なんか、すげーな」

「なんだか知らねーが……熱いもの見せられちゃったわね」


 常に響く喧噪に負けないよう、メイランは【拡声】を使って叫んでいた。それは絶叫と唾を飛ばしていた罪人たちの耳にも、全ては聞こえないながらも届いて、その迫力に、その雰囲気に、金網を揺らした手は止まって、罵声罵倒さえやめてしまっていた。



「まさか、この場の空気を吞んでしまうとは……」

「カリスマだけなら、女王様と同じくらいかもね」

「……フンッ」


 魔法騎士らすら、メイランの叫びと、空気に充てられながら。それでも平然と会話できる者たちもいた。


 メイランの叫びで、場の空気が完全に決闘のためのソレに変わった中で――



 5人対5人の勝ち抜き戦。その最初の二人を残して、全員が後ろへ下がっていた。


「……まさか、いきなりアナタが来るだなんて……」

「そんな意外かな? でも変わってあげないからね」

「結構よ……今日こそ、アナタを倒す!」


 真騎士団の先鋒――リリアが、魔法騎士団の先鋒――葉介に向かって宣言した。



「いきなりヨースケ出しちまうのか? 一番強いヤツって最初に出すもんなのか?」

「……そうなの? シャル?」

「そうだな……1対1の点取り形式ならそれも大いに有りだが、これは勝ち抜き方式だ。普通なら、最も強い者ほど後に残しておくのが定石ではあるがな……」

「他ならぬ、彼自身の希望です。尊重しつつ、託しましょう……」


 後ろに下がり、向かい合う二人を見つつ、女王率いる代表者たちは会話していた。

 アラタ、ミラ、シャル……そんな三人と同じく、選ばれた立場にありながら、彼女らとは距離を置く少女もいた。


「リム、大丈夫?」

「わたし……正直、なんで、この五人に選ばれたのか……」


 大丈夫なわけない……そう答える代わりに、事ここに至るまでの疑問をメルダに、そして、その後ろに並ぶ三人にぶつけてしまっていた。


「わたしなんかより、ファイさんやフェイさんだっている。そんな五人の中で、一番強いと思う人を選べって、ヨースケさんも言ってたのに……」



 今日の決闘が決まる前――酒場へ行くより前に、女王と葉介らがカリレスにやってきたと思ったら、サリアをカリレスに残して、他五人が送り出されたこの檻島にて。

 四日間、リユンからの攻撃や、無理やりこの島に上陸しようとやってきた船をどうにか撃退、追い返してきた。

 五人以外の助けも見込めず、この島で味方でいてくれたのは、この島の看守の役であり、作業のサポート役であり、出来上がった杖を引き渡し、届けられた食料を受け取る役を担っている十数人の神官たちだけ。魔法が使えない罪人たちを制するくらいなら彼らにもできるが、外から魔法を武器に襲ってくる者たちに対抗できるだけの実力はない。

 守っている罪人たちは、魔法騎士のことが憎くて憎くて仕方がなく、顔を見れば、罵声罵倒に罵詈雑言の嵐。


 それでもこの四日間、休むヒマも、寝食の間もどうにか交代したりしながら確保し、戦い抜いて、耐え抜くことができた。おかげで、戦争と言われても実感を持つことができなかった五人とも、疲弊し摩耗しながらもその言葉の意味する所を肌で理解し、葉介の求めた、覚悟を懐くに至ることができた。

 だから、そんな五人の中で、最も強いと思う人間を五人目にすると言われて、五人で話し合って決めとくれと葉介に言われた。だからリムは、順当な所として、第2関隊であり、この五人のリーダー役だった、ファイかフェイのどちらかと思っていたのに……



「まさか、四人全員、わたしを選ぶだなんて……」

「そりゃあ実際、この五人の中で間違いなく最強だもの」


 不満を感じて、不安の中にいるリムに対して、メルダは確信のこもった顔と声を送った。


「ワタシとフェイの二人にできたのは、船から攻撃してきたり、箒に乗ってこの島に上陸しようとしてきた者を、空で迎え撃つことだけでした」

「わたくしも海を凍らせて船の足止めくらいはできたけど、わたくしの魔法のレベルじゃそれが限界だったし……土操極で船一隻を押し止めて、そのまま海へ押し戻すなんてこと、リムにしかできなかったことよ。その気になれば、船の一隻や二隻は沈められたろうし」


 ファイとメルダはそうフォローを入れるものの、それでもメルダの表情は暗い。


「それなら、ディックさんだって、水操極を使って……」

「僕だって、戦えるものなら戦いたいです……でも、僕は所詮、サポート専門の第3です。決闘の経験だって、決闘会での一回だけだし、デスニマの五日間だって、ずっと後ろで皆さんのサポートしかしてこなかった。戦いの経験は、僕にはあってないようなものですから……」

「誰よりも強く魔法を鍛え上げ、決闘はともかく、戦いの経験にも優れている。総合的に考えて、リムさん――アナタが最も適任であると、わたしたちの思いは一致しました」


 ディックは、口惜しげながらも納得の表情をリムに向けていた。そしてフェイも、いつもの無表情ながら、確信の言葉をリムへ送った。


「リム……」


 仲間からの激励を受けて、それでも表情の優れないリムに対して。


「自分に自信がなくてもいい。少なくとも、わたくしは、アナタの強さ、分かってる。わたくしは――わたくしたちは、アナタなら勝つって、信じてるから」


 最も近くで、リムの成長を見てきたメルダが、四人の総意をメルダへ伝えて。


「メルダ……」


 メルダの、そして、四人の顔を見たリムは……今やっと、戦う覚悟を決めた。


「……カリレスでは、ひどいこと言って、すいませんでした」

「気にしないで……わたくしも、気づかされた。リムの両親に謝ったのは、自己満足だった。反省よりも、ただ少しでも楽になりたかったからだって……どうしたらいいか分からないけど、これからの償いは言葉じゃなくて、行動で示すから」


 カリレスで、リムがメルダに対して語ったことは、まぎれもない本音だった。

 本人は心から反省している。自分だけでなく、両親に対してまで謝ったんだから。


 それでもどうしても、ゆるせなくて……

 ゆるせなくて、ガマンができなくなって、言いたいことを言った。

 本音を言ったことには正直、後悔はしていないけど……

 本音を言えて、スッキリしたからか。本音を言った後で、距離が離れて心が落ち着いたからか。

 理由はどうあれリムの心には、本音とは別に、新しい気持ちができあがっていた。


「……わたしの友達になってくれますか?」


 言いたい、けど今さら言えない……ずっと、一番言いたかった気持ち。そんな一言を聞いた、メルダは――


「……仕方ないわね。そこまで言うなら、わたくしが友達になってあげる……リムの」


 ただ一言しか言われていないのに、すぐさまいつものメルダらしい、尊大な態度と振る舞いになった


「……生意気ですね。バカのメルダの分際で」

「そっちこそ、クソリムの分際で、わたくしが友達になってあげたこと、感謝しなさい」


 カリレスでのことがあって、互いに離れた後は城がデスニマに襲われて。体も、お互いの心にも、長い長い距離に離れていた二人の少女は……

 ようやく今日、気持ちを一つにすることができた。



「……二人とも、準備はいいか?」


 杖を握りしめるリリアと、砂に埋まった流木やらを片づけていた葉介に、枯れた低い声がかけられた。

 枯れた声が物語る、落ち着いた、厳かなたたずまい。【加工】があまり施されてないであろうその姿には、彼の人生と、そこから来る威厳が、皺として刻まれているようだった。

 服装は、他の罪人たちと同じボロ服。外見は、年齢相応に枯れていて、体は小さく、瘦せている。それでも、若さだけが取り柄な魔法騎士や、若さを失ってもなお持つに至らない者たちには無い冷静さを、その老人は全身に宿している。

 罪人たちの中から選ばれたその老人は、二人を交互に見やった後で、その右手を頭上に上げた。



「お互い、悔いが残らんよう……いざ尋常に――」


 ――始め!!



「――【光弾】ッ!」


 普段の決闘ではあまり使われない、合図役に選ばれた老人の声が響いた直後。

 最初の決闘の時とは違う。油断も無ければ余裕もない。適当に勝つことを考えての【マヒ】とも違う。ただ、敵を倒すための魔法を撃った。


「――ッ! ――ッ! ――ッ! ――ッ!」


 もちろん、葉介もそれは分かっていて、次々撃ってくる【光弾】全てを避けていく。が、今回は最初の決闘とは違って、近づくことはできずにいた。


「そうやってずっと、避け続けるつもり? 【閃鞭】ッ!」


 それでも徐々に、距離を詰めようとする葉介に、今度は【閃鞭】を振るい、更に距離を開けさせる。


「向き合った時から気になっていたのだけど――」

「…………」

「その両手の手枷、外しなさいよ」


 杖を向けたまま、葉介の両手に目をやって、そう言った。


「……外さしてごらん」


 そして葉介は、余裕な態度で両手を掲げて、黒の手袋の上にはまった、魔法の手枷を見せつけた。


「…………」


 魔法を封じた状態で、私と戦おうだなんて……

 私ごときには、本気なんて出すまでもないとでも言うつもり……?


「――――」


 思うところは山ほどある。それでも、そうやって相手を怒らせることがヨースケの常套手段ということも知ってる。だから、挑発なのか余裕なのか、どちらであろうが、引っかかってやるもんか。

 最初とは違って、よく知ることになったヨースケに対して、ただ勝つことだけ考えた。


「――そんじゃ、俺もそろそろ、行くよ!」


 と、心構えを新たにしていたリリアに対し、葉介は声を上げつつ、足を振るった。


「くっ……!」


 その足にすくわれ、飛んできた海岸の砂が、ちょうどリリアの顔にぶつかった。

 急いで顔を拭って、目を開いたものの――


「ううぅッ……!」


 ほんの数秒、目を閉じた後に開いた瞬間には、葉介は目の前に立っていた。

 近づいた後は、駆け引きも何もない。ただシンプルな、速く強く重い拳の嵐が降り注ぐ。


「うわぁ――ッ」


 もっとも、それ自体はとっくに対策して、あらかじめ【硬化】を使っておいた。

 が、何発か殴ってそれを悟った葉介は、殴っていたその手でリリアの騎士服を掴んで、真下へ引っ張る。


「あああぁぁぁ――ッ」


 砂浜にひざが着いて、立ち上がるよりも前に背中に回られ、首に腕を回されてのチョークスリーパー。首も当然【硬化】はされているが、それでも全く効かないことはない。むしろ、通常の状態より締めつけが遅く効きが悪い分、苦しみは長く続く。


「かっ――こ、あっ――」


 本能的に、首を絞める腕に手が行ったものの、すぐにその手に握られた杖を、葉介の顔へ向けた。


「……ちッ!」


 杖を向けられた葉介は、舌打ちしつつ、速攻で拘束を解いて脱出。

 直後、葉介の顔の位置を、【マヒ】の光が通り過ぎていた。


「ゴホッ、ゴッホッ――」


 締めつけられて、口が開いて舌も上手く回らない中、どうにか【マヒ】と唱えられた。

 おかげで締め技からどうにか脱出して、首を押さえつつ立ち上がって、杖を向ける。



(まったく、本当に……イヤになるくらい、強いわね、ヨースケ――)


 魔法を警戒し、構えつつうかつに近づいてこない。

 構えにも動きにもスキが無い。出会った時から変わらない――否、出会った時以上に、雰囲気も、迫力も、力量も、全部が全部、洗練されている。


(まったく、私もとんだバカ者だったわ……)


 魔法が使えないから、本気を出していない――とんだ間違いだ。

 魔法を使うのが当然な身としての常識を、ヨースケに当てはめて考えたことがそもそも違う。

 私たちが当たり前に使ってる魔法を、ヨースケは一切使うことができなかった。そのうえで、ずっと戦い抜いてきたんじゃないか。

 つまり、魔法を使えない今の状態こそ、ヨースケにとっては自然。その状態で、魔法が使える相手と向き合ってる以上、いつだって本気を出している。

 構えや姿をよく見れば、お面の上からでもそれがよく分かるっていうのに、それを忘れていたせいで、この体たらく――


(それとも、敢えて忘れさせるために、わざと魔法の手枷を見せつけたってことかしら……それならそれで、恐ろしい男だけど――)


 いずれにせよ、彼が手加減も油断も全くしていないことは身に染みてよく分かった。

 怒る意味も、動揺する理由も無いなら、今まで通り、戦うだけ――



「――【閃鞭】ッ!」


【光弾】でも【マヒ】でもなく、敢えて近接戦用の魔法を発動。もっとも、葉介に動揺は無い。むしろ、得意の近接戦を仕掛けられて好都合――


(――て、ちょっとくらいは考えてくれるわよね……!)


 もちろん、それだけで油断してくれるような男じゃないことは知ってる。実際、鞭のスキを突いて反撃はしてくるけど、それでも鞭はもちろん、こっちの動向を見逃すまいと、動きながら目を離さない。


(それでいいわ……もっともっと、私のことを見て!)


「――【閃鞭至】・閃刀(せんとう)ッ!」


 振るっていた光の鞭を固め、光の棒に。それを振るって攻撃する。


「やっぱそれ、ライトセ」


 なにかを言っている気がしたものの、攻撃を止める理由にはならない。

 葉介は元より、アラタにさえ及びもしない身のこなしで振る動きは、普段から剣や、杖以外の武器なんか持たない魔法騎士たちはともかく、葉介や、第5関隊から見ればさぞ滑稽に違いない。

 それでも葉介が、警戒を緩める気配は無い。

 それでも反撃のために、大振りしたところへ近づいて――


「……ッ!」

「【閃鞭至】・双刀蛇突(そうとうだとつ)ッ!」


 リリアが呪文を叫ぶより前に、近づいていた葉介は足を止めて離れていた。おかげでいつかの誰かとは違って、杖の持ち手から飛び出した閃刀にぶつかることはなかった――


「【水操至】・水泡(すいほう)ッ!」


 リリアから離れたその瞬間――葉介の頭の部分に水が発生。それが、人間の頭一つ分以上のサイズになり、葉介の頭を包み込んだ。


「……ッ、……ッ! ……ッ」


 水泡に捕まった葉介は、頭を振ったり、指で水泡に触れたり、水泡から逃れようとしている。だが、リリアが杖を向けている限り、葉介の頭が解放されることはない。


「いくらファントムでも、お腹も空くし、呼吸してるなら息だって苦しいでしょう?」


 光弾もマヒも閃鞭も、全部が分かりやすく杖から飛び出して発動する魔法だ。加えて、あからさまな杖を使った武器である閃刀なんて使われたら、(見た目上は)杖を介さない魔法の存在を知っていても、しばらくは忘れて杖の方を警戒する。

 そうやって、杖に意識が向いているところを狙って、杖からは見えない魔法を使う。


「これが私の――対ヨースケ用にあみ出した『魔法』よ!」


 もちろん、『普通』の相手ならこんなもの、魔法を使って簡単に脱出される。水のせいで声は出せなくても、舌さえ動けば魔法は使える。

 本当なら、これで一瞬の動揺とスキを作って、そこを攻めるための魔法だった。

 けど、魔法を使いたくても、魔法の手枷を敢えてはめている葉介には、魔法で操る水をどうこうする手段なんかない。


「…………」


 とうとう、葉介はひざを、更に、手を、頭さえ地に着けた。


「勝った――」


 やっと、ヨースケに勝った――


 騎士団側の悲鳴、真騎士団からの歓喜の声が確信させてくれた。


 リリアの勝利を――



「――ぶぅぅああああ!!」



 が、確信したその瞬間、地面に伏せて、頭を着けていた葉介が立ち上がって、拳を振るっていた。


(な……どう、して――)


 と、殴り飛ばされた先で、殴られた頬に触れた時――


「砂……?」


 湿った砂にざらついた顔と指。葉介を見ると、砂まみれの手袋と、頭とお面。そして、葉介が伏せていた場所の砂には、穴が掘られている。


「まさか――海岸の砂で、頭の水泡を……?」


 魔法とは言え、水には違いない。魔法で凍らすこともできるし、土や砂を混ぜれば固まる。葉介が地面に伏せたのは、窒息したからじゃない。窒息覚悟で、砂を掘り出して水泡を固め、脱出するためだった。

 魔法に頼らず、あくまで自力で……


「くぅ……!」


 最後まで油断しなければ……

 ここが海岸でなかったら……


 とっさに言い訳が頭をよぎるも、急いで切り替えて――


「ダリッ!」


 切り替えた直後には、拳でなく、靴の裏が顔面に飛んできた。その威力に吹っ飛びそうになった、リリアのサイドテールの長い髪を、葉介は掴んでいた。それを、力の限り引っ張り寄せて――


(ああ……やっぱり、強いな、ヨースケ……)



 ただ、愛しのレイ様に憧れて、第1関隊に入った。レイ様に認めてほしくて、ひたすら努力をしてきた。レイ様のように、天に届くほどの魔法はない。シャル様や他の関長のように、一つの魔法を極めてさえいない。

 ただ、必須の魔法に限らず、いつどんな時に必要になるか分からないから、魔法全般を不自由なく使いこなせるよう、ひたすら練習してきた。おかげで、使い道なんてほとんどないけど、たくさんの魔法が至って、その魔法を駆使してきたおかげで、レイ様からは、自分の跡を継ぐ人間だって認められた。

 そうして、誰よりも彼のそばにいたいという、一応の目標は達成できた。

 達成できたけど……

 本当に叶えたい願いは叶わない。だから、それ以上はがんばれなくなった。


 ヨースケとの決闘をしたのは、そんな時だ。決闘に負けたあの日から、ずっと、彼に勝つこと、そればかり考えてきた。 

 半ば惰性になっていた仕事も、魔法の訓練も、今まで以上に身が入った。

 ただ魔法の威力を上げるだけじゃない。それをどう応用して、どう戦って、どう相手を制するか……

 全部、ヨースケに勝つ。勝って、ヨースケに、私という存在を認めさせる。

 そのために――



(ああ……やっと分かった……恋、してたんだ、私……レイ様とは、違った形で……ヨースケに、恋を――)


 ヨースケのことが、ずっと頭から離れなかった。自分を見て、認めてほしかった。

 それが、ある意味ではレイ様と結ばれる以上に、叶えたい強い願いに、目標に、そして、生き甲斐に変わっていた。


(ヨースケ、私……少しは、アナタを振り向かせられた……?)


 レイ様じゃない。まして、ミラ様でもない。

 彼にとっては、一魔法騎士以上の何者でもないだろうそんな私のことを、認めさせることができたかな――


 首への強烈な圧迫と、身体が徐々に軽くなっていくのを感じながら……

 アレリアヴィータ・クーフューリーンは、葉介のことを想いながら、安らか気持ちに満たされていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「なんてことしてんのよ!?」


 リリアが気絶し、葉介の勝利が決まった瞬間、響いたのはそんな絶叫である。


「なんなのよそれ!! 最後のキックだけで決まってたじゃない!!」

「それなのに、そんな!! 卑怯な技までダメ押しに使って――」


「髪は女の命なのよ!! それで首を絞めるなんて、それでもアンタ人間!?」


 リリアの長いサイドテールを首に巻きつけた状態で、その髪を片手に、倒れたリリアの背に腰かけている。そんな葉介の姿に、真騎士団からは怒号の嵐が巻き起こっていた。


「……メイさん、あれをやられたんですか?」

「そ……」


 リリアを心配する様子を見せつつ、レイが頭に思い浮かべたのは、今ではうなじの長さしかない美しい銀髪が、腰まで伸びていた時のメイランの姿だった。


「もっとも、あっしとヤった時は、長い髪を引っつかんで首に巻きつけて、そこから背負って首絞めするって技やったけどな。苦しかったで……自重で首が絞まって自然に口が開いて、舌も上手いこと動かんようになるせいで、魔法も使えんくなるしやな。ギリギリでナイフ奪って、髪の毛バッサリ行って逃げられたけども――」


 自慢だったのが、すっかり短くなった銀髪を撫でつつ、レイから、葉介へ視線を移した。


「それを、リリアちゃんに対しては、首に巻きつけて背中に座って、リリアちゃんとヨースケ、二人分の体重が掛かっとる。【硬化】で守ってなかったら、とっくに首が折れるか喉が潰れとったやろな。えげつないマネしよるで、ホンマ……」


 そう断じたメイランの顔は……視線が真っすぐ葉介に向けられ、頬は赤く高揚している。


「ホンマ、たまらんお人やわぁ……」


 ――ブチッ

 メイランがウットリしている後ろから、そんな音が響いた。

 振り返ると、後ろでジッと立っていたエリエルが、自身の長く伸ばしていた金髪を、首より上のあたりから引きちぎっていた。


「ヨースケ――」


 メイランや、エリエルにまでそんなことをさせる。そんなむごい技で、大切な部下のリリアを倒してしまった葉介の戦い。

 真騎士団のメンバーだけでなく、レイもまた、憤慨させられた。


「女の髪をなんだと思ってんのよ!?」

「髪は女の命って言葉、知らないわけ!?」

「女の敵!! このクソ野郎!! 死ねえ!!」



「…………」


 飛んでくる罵声を浴びながら……

 葉介が思い出したのは、小学生の時分。

 ある一人の同級生の女子と、つかみ合いの喧嘩になったことがあった。

 まあ、悪いのは明らかに、女子の髪にイタズラしてちょっかいを出した葉介だったのだが……

 その時、その女子や、他の女子からも同じ文句を言われた。


 髪は女の命――



「バッカじゃねーの?」


 当時も思いつつ、上手く言葉にすることができなかったことを、この場で叫んでいた。


「髪が傷んだら内臓も傷つくのか? 髪が一本抜けたら血管も一つ失せるのか? せいぜい長いか短いか、癖毛か直毛か、その程度の違いしかない毛髪が、命……誰か俺に教えてくんない? 髪の毛と人命って等価なの? 毛髪と命の重さって同じなの? ねぇ? ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ?」


 それこそ、小学生レベルの言い分だが……

 もちろん、そんな意味の言葉でないことは葉介もよく分かっている。それでも、バカで無知な子ども時代は、たかだか女子の毛髪に、人一人の命と天秤に掛けるだけの価値があるものか、本気で疑問に感じた。

 実際、葉介の子ども染みていながらも事実な物言いに対して、あれだけ叫んでいた誰も、何も言い返すことができずにいる。


「そんなもん後生大事にしてるせいで、本物の命を失くしてたんじゃあ世話ねーわな? むしろ、魔法騎士の身で、命懸けの戦いの場に立ってるくせに、絞められたら困る首の近くにこんな長いものぶら下げといて、さあこの髪を使って私を絞め殺してください――そう言ってるように見えるのは俺だけか?」


 間違いなく葉介だけである。


「マジで? とにかく文句があるならさぁ、俺に勝ってからにしてもらっていいかなぁ?」



「そうだな……」


 葉介からの暴論を聞いて、レイが前に出た――


「あっしが行くわ」


 が、そのレイの肩を掴んで、メイランが前へ出た。


「たのむわ……もうガマンできへんわぁ。あっしにヤらせて?」

「なにをヤる気ですか……?」


 相変わらず、恍惚の表情を浮かべ、興奮しているばかりのメイランに呆れつつ――

 葉介の方へ、杖を向けた。葉介の足もとに倒れているリリアの身が、レイのもとへ引き寄せられた。


「リリア……ご苦労さま」


 優しく抱き止め、抱きしめながら、そのまま後ろへ下がっていった。



「次はあっしやで? ヨースケ」

「…………」


 お面の下からメイランを見て。

 一度、ミラを見て。

 そしてまた、メイランを見て――



「ミラを泣かせた、お前は殺す――」


「エエよぉ、あっしを殺してぇ……」





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