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第3話  弟子の言葉と、妹の痛み

 わたしは、ほかの女の子たちと違う――


 メアがそんな自覚をしたのは、幼いころ。姉や両親だけが呼ぶ、メア、という愛称でなく、本名のメイアルーナという名前を大勢から呼ばれていたころのこと。


 生まれつき、周りには大勢の人たちがいた。

 肉親は王族。生まれはお城。当然のことだ。

 かしずくメイド。両親専属の料理人。庭師。家庭教師。

 神官。そして、魔法騎士――


 そんな大勢の人たちの中で、とりわけ気になった人がいた。一人の、若いメイドさんだった。

 特に、立場が他より上だったわけでもない。他より目立っていたこともない。メイアルーナの専属だったわけでもない。話したこともほとんどない。名前も知らないし、今となっては顔もマトモに思い出せない。

 そんな、これといった特徴のない、ごく普通のメイドさんだったのに、どうしてかメイアルーナは、気になっていた。

 ある日からパッタリ姿を見なくなり、他のメイドさんから、結婚するために故郷へ帰ったと聞かされるまで、彼女のことを考えない日はなかったし、辞めたと聞いた時は、まる一日なにも手につかなかったことは今でも覚えている。これが人生最初の失恋だったと、後になって理解した。


 理解した後で、なんだかおかしい……そう感じた。その時はちょっとした違和感程度だったのが、成長していくにつれて、確信に変わっていった。

 そのメイドさんの結婚相手は、生まれ故郷の若い、男の人だって聞いた。

 そのメイドさん以外にも、お城で働く女の人たちは、恋人がいる人は全員、相手は男。

 たまに話す歳の近い子どもたちも、女の子たちの憧れは、カッコいいお兄さんだった。

 女王だったお母さんは分かりやすかった。男であるお父さんに対して、幼かったメイアルーナにも分かるくらいゾッコンで、子どもや人前なのも構わずデレデレだった。


 少なくとも、メイアルーナの身近には一人もいなかった。女の子のことを、好きになったり、恋人にしたり、まして結婚するような――女の子なんて……



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 わたしは、ほかの男の子たちとちがう――


 セルシィがそう自覚したのは、幼いころ。かわいくて気に入っているセルシィという愛称じゃなくて、大嫌いな本名の愛称である、セリスと呼ばれていたころのこと。


 母との思い出はあまり無い。とても忙しい人だったようで、たまに顔を合わせることがあっても、特に遊んだり甘えたりといったことをした記憶はほとんど無かった。

 父はとても優しい人だった。ほとんど家にいない母のことを愛し、支えつつ、教育熱心で料理上手で、子どものことを心から思いやっていたのがセリスにも分かった。

 そして、10年歳の離れた姉。

 悪いことや間違ったことをしたり、ワガママを言ったりすれば、父と一緒で普通に怒られもしたし、たまにケンカもしたけれど、姉弟仲はむしろ良かった方だと思う。

 まあ、多少の歪みや、国自体の混乱こそあったものの、それでも十分に幸せ家族と呼べた家の第二子として生まれたのが、セリスィァン・リーだった。


 そんな家を飛び出した先には、セリス含む、子どもたちの遊び場があって、セリスもよく遊んでいた。

 違和感を感じたのは、その時だ。

 幼い子ども同士、全員で同じ遊びをすることもあったけど、基本的には、男の子は男の子同士で、女の子は女の子同士で固まって、その性別に似合った遊びをする。よくある光景だった。だからセリスも、遊び場へ行けば、誘われるのは男の子たちの集団だった。それが、最初の違和感だった。


 男の子らしい遊び――走り回ったり、飛び跳ねたり、ボールを蹴ったり投げたり。とにかくそんな、体を動かす遊びを楽しみつつ、横目ではいつも、女の子たちを見ていた。

 適当なおもちゃやぬいぐるみ、ガラクタ等を持ち寄っては、おままごとをしたり、おしゃれの真似事をしたり、摘んできた花で色々なものを作ったり、可愛らしい絵を描いたり……

 他の男の子たちは、それらの一体なにが楽しいのかと笑っていた中で、セリスは一人、混ざりたい、一緒に遊びたい、そう思っていた。

 遊びだけじゃない。服装も、当時は男の子らしい服を着ていた。けど本当は、こんな地味な服じゃなくて、かわいい服を着て、スカートを履きたい。そんなことばかり考えていた。


 一度、勇気を出して、女の子たちに混ざってみたことがあった。男の子たちからは笑われたけど、女の子たちは快く迎えてくれた。その遊びは、とても楽しかった。

 その日以降、女の子たちと遊ぶ方が楽しくて、毎日女の子たちに混ざって遊んだ。

 遊ぶだけじゃなくて、たくさんおしゃべりもした。おしゃべりしていくうち、仲良くなった女の子たちから、セリスちゃんには男の子の服より、女の子の服の方が似合うよと、かわいい服やスカート、リボン等をプレゼントされたことがあった。どれもお古ではあったけど、ずっと着たいと思っていた服をプレゼントされて、とても嬉しかったのは今でも覚えてる。

 だからその日以降、毎日もらった服を着て、女の子たちに混ざって遊んでいた。

 この時にはもう、セリスは子どもたち全員から、女の子として受け入れられていた。


 だから……と言うより、生まれた時からそうだったんだろう。わたしは、男の子じゃない。女の子なんだ。そう思っていた。だから、初恋が男の子だったことに違和感は無かったし、むしろ、当たり前のことだと思っていた。


 もっとも……

 そう思っていたのは、セリス自身と、無邪気な子どもたちだけだった……



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(メア!)


 通り雨だったらしい雨も止み、ドシャ降りだったのが晴れ間が見え始めた空の下。

 魔法の箒にまたがって、城まで文字通り飛んで帰ってきたメアの耳に届いたのは、同じ魔法騎士の仲間の一人である、シャルの声だ。


(そのまま下へ降りてこい。すでに全員、集まっている)


(……オッケ。すぐ行くよ)


【念話】の魔法で了承を返し、言われた通り箒を降下させていく。もっとも、城が見える距離まで近づいてきた時点で、城門に入ってすぐの場所――いつもなら第3関隊による無料診察が行われていた広場に、魔法騎士たちが集まっているのが見えていた。



(ずいぶん寂しくなっちゃって、まあ……)


 メアの思った通り……

 少なくとも六日前までは、総勢170人超の五色の若い子たちがいた。もっとも、国の広さや仕事内容を考えれば、それでも人員としては少なすぎるくらいだし、その人数さえ、メアから見ても分かるくらい活用しきれていなかった。

 まあそれも、関長のくせに姉のことしか気にかけず、楽で簡単なことしかしてこなかった、自分にも非はあるんだけど……

 今の魔法騎士で残っているのは、カリレスでのレイの誘いを拒否した子たちに加えて、誘いを受けた後、恥を忍んで戻ってきた子たちだ。

 それでも、全員合わせても、20人弱しかいないわけで……


(……あれ? 何人か足りないような――)



《はぁアアイッッッッッッ!!!!! みなさんチューモクしテェエエエッッッッッ!!!!!》



 ふと、メアが疑問を感じたところに、空気を揺らすほどの爆音が轟いた。

 全員かろうじて、キーンという謎の雑音が響く中で、人間の言葉と人間の声だと認識したのだが――

 ソレを聞いたもれなく全員が、両耳をふさぎ両目も閉じて、フラつき、倒れる者まで現れる始末。


「……ごめん。やっぱ魔法無理ですわ、俺」


 一人、平気でいる男――【拡声】を唱えて声を上げた葉介は、目の前の死屍累々の光景を前に、落ち込んだ様子で顔を掻いていた。


「……ここからは自分がしゃべります」


 耳を指でほじくりつつ、鼓膜の無事と、キチンと聞こえていることを確認したシンリーは、近くにいたシャルを呼んだ。


《……すでに、事情を聞き及んだ人たちもいるとは思いますが――》


 倒れていた人たちが立ち上がり、鼓膜が破れた人間がいないことを確信したところで、シャルから下アゴ部分に杖を当てられたシンリーが、葉介の代わりに【拡声】された声で話を始めた。


《今から四日後、『檻島』にて、魔法騎士の決闘が行われます。自分……ワタクシたちのうち、残った魔法騎士の代表五人と、メイラン・リー率いる真騎士団の代表五人。この決闘で勝った方が、この国を手に入れることになります》


 初めて聞いた者たちは目を見開き、すでに知っていた者たちは、改めて身を引き締めた。


《そこで、四日後に闘うメンバーを、今からその五人のリーダーとなる、シマ・ヨースケさんに選出していただきます》

「ダーリー?」

《リーダー。言うと思いましたよ……》


 と、多くの魔法騎士らが緊張に身を固めた中で、そんな二人のやり取りに、笑い声が漏れ出した。


「俺が選んでしまっていいのか?」

《ええ。アナタにお任せします》


「…………」


 いつも通りの掠れてくたびれた声で言われた葉介も、立っていたシンリーの前を離れて、歩き始めた。


「とりあえず、女王様は魔法が使えなくて戦闘不能だし、一人目は当然、俺として――」


 魔法は使わず、だが、それほど多くはない若者たちに聞こえるよう、声を張り上げる。お面のせいでくぐもっていても、全員が聞こえるに十分な声量で、話していった。


「二人目……シャル」

「ああ。分かった」


「三人目……ミラ」

「ん……まかせて」


 ここまで葉介の声を聞いた魔法騎士たちの顔には、半ば予想通りだという反応が浮かんでいる。

 国を賭けた決闘ともなれば、当然、今残ったうちの最高戦力を充てる必要がある。

 そうなれば、魔法騎士の中で抜きんでた実力を持った、関長たちが選ばれるのは必然だろう。そうなると、残りの二人、少なくともあと一人は、おのずと確定している。


「四人目……アラタ」

「……なッ、お、俺!?」


 名前を呼ばれたアラタも、聞いていた魔法騎士たちも、全員が驚愕の反応を見せた。


「ちょ、待てよ……俺が? 魔法もそんなに使えねーのに――」

「怖い?」


 うろたえて、慌てていたアラタに、一言だけ問い掛けられる。


「こ……こ、怖く……怖くねえ! 俺は――俺が! この国守ってやる!」


 葉介からの質問に対して、大声を上げて返した。子どもらしい、幼い反応ながら、それでも確かな闘志と責任感を、その小さな体からたぎらせていた。


「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」


 葉介と同じ第5。とは言え、騎士団入りして数日たらずのアラタが選ばれたことに、納得する者、しない者がいる中。五人中四人が選ばれたことで、呼ばれなかった者たちの視線は、自然と、最後の一人に選ばれるであろう人物に集まった――


「……以上」


 だが、聞こえたのは、注目していた人物の名前ではない、短い言葉。


「……え? 今、なんて?」

「以上」

「……ヨースケさん、まだ、四人しか……」

「ああ、うん……この四人で行くわ」


「はぁ!?」


 魔法騎士の一人からの質問に対する答えに、叫んだのはメアである。


「おっさん! どういうこと? どうしてボクが呼ばれないんだよ!?」


 残った魔法騎士たちも、他ならぬメア自身も、メアが最後に選ばれる、そう思っていた。関長であることはもちろんのこと、魔法の強さも、魔法騎士団の中では群を抜いているから。それなのに――


「どうもこうも……この四人以外、選ぶだけ無駄だから。ハッキリ言って邪魔。足手まとい。なんなら、女王様に俺の戦い方仕込んで五人目にした方がまだ戦力になる」

「ヨースケさんの戦い方……!」

「なんで、足手まといって思うわけ?」


 ひそかに、目を爛々とさせているシンリーをよそに、今にも飛びかかりそうな勢いで迫っている。その怒りをどうにか抑えながらのメアの質問に――葉介は、淡々と答えを返す。


「だって皆さん、こんな事態になってんのに、ちっとも戦う覚悟が決まってねーもん」


 その言葉を聞いた、女王とメアと、選ばれた四人を除いた魔法騎士たち、全員が顔を見合わせた。


「皆さん、仮にもまだこの国護る立場でいるなら、今この国がどれだけヤバい状況だか、分かってますよね?」


 問われてから考えて……葉介を気にしつつ、曖昧ながら頷く者。何の反応もできない者。無言で目を逸らす者。その全員に共通しているのは、不安で、脅えつつ、だが実感がない。そんなふうに目を泳がせている、ということ。そして、今でこそ怒りの目を向けているメアも同じ目をしていたことを、葉介は見逃していなかった。


「国は完全に二つに割れて、どっちかが滅びる一歩手前。オマケに向こうが勝ったらば、あの人らの言った通り、この国は戦争するための国に作り替えられる。若い子ぉらは無理やり兵士にさせられて、したくもない戦争に無理やり駆り出される。勝つ見込みも、やる意味もない無謀な侵略戦争にね……まあ、仮に奇跡でも起きて、向こうの理想通り、そんな戦争に余裕で勝てるくらい強い国になったとして、今度はその外国からたくさんの怒り妬み嫉み恨みを買うだろうね。そうなったら、二度とこの国は、ほんの一ヶ月前にはあった、平和な国には戻らなくなるだろうよ」


 実際のところ、満身創痍なのは相手も同じ。むしろ、相手の方が敗色濃厚の立場にある。だがそれを分かっているのは、実際にその目で見てきた、葉介と、シンリーのみ。

 そして、他の魔法騎士たちは、葉介の語った話に単純にピンと来ていない。

 だから、より分かりやすくなるよう話して聞かせた。


「要するに、もし俺らが負けたら、まだ若い皆さんも兵隊にさせられる。間違いなく、魔法騎士より過酷で辛くて、命懸けな地獄の日々が待っとるでしょうな……言っとくけど、こんな小さい島国、逃げ場なんてどこにもありませんよ? ていうか、下手に逃げたりしたら、皆さんのご家族にだって危険が及ぶ。この国がダメなら、海外に逃げなさる? アテはあるんですか? お金あるんですか? 住み慣れた土地を離れて、仕事もコネも財産も何も無い中、家族がいる人は家族も連れて、やっていけるんですか?」


 そんな生々しい説明をされたことで、ようやく、どこか浮ついた様子で聞いていた魔法騎士たちも、実感として感じ始めた。


「そんだけヤバい状況にあるのに皆さん、仲間に裏切られてショックだからか、自分は大丈夫って根拠もなく思ってんのか、自分は関係ないって現実逃避してるのか知りませんけど……どうせ聞きながら、自分は無理だけど、俺や女王様や、関長の皆さんがやってくれる。で、勝手に解決してくれる。そんなふうに思ってたんじゃないですか?」


「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」


 全員が、目を伏せた。図星を突かれて、うつむいた。


「――だったら、なお更ボクにもやらせてよ。関長なんだから。一般騎士のみんなができないこと、関長のボクがやるのは当然だろ? それに、ボクだって女王の妹だ。この国護る責任はボクにだって――」

「ここまで懇切丁寧に説明して、それでも現実の問題見てくれないような人が、当日でも見るべき現実見てやってくれるとは思えないんだけど? 関長であれ何様であれ」


 迫ってくるメアに対して、同じように迫りながら、突き返す。


「現実以上に見てたいものがあるんやろう? だったらそれだけ見てたら? どっち道、選んだところで数合わせにしかならんような人たちなら、最初からいてもいなくても同じ」


 最初から最後まで、冷たく返す葉介の言葉に、メアの中で、なにかが切れた。


「……だったら、試してみたら?」

「試す?」

「勝負しろって言ってんだよ! ボクと、おっさんとで!」


 激怒し、激高し、激情を見せながら、太鼓のバチに似た杖を二本、両手に引き抜いた。


「メア……」


 うち一本を葉介の顔に突きつける、メアに対して……葉介は、優しく呼びかけた。

 お面の上から唯一見える目が、優しく細まってメアを見つめている。

 正面から見上げているメアにはそんな目しか見えないものの……

 周りで見ている魔法騎士たちも、ひざを着き視線を合わせる葉介の全身から、葉介の持ち前の優しさを感じた。

 そんな優しさに満ちた両手を、メアの頭に添えた。


「…………」


 頭にきていた。本気でおっさんを倒してやろうと思ったのに。そんな怒りが、治まっていく。

 優しい目と、優しい手つき……それを見て、感じながら、メアが思い出したのは……


(お、お父さ――)



「……ンンンッッッ~~~~~~~~~ッッッ!!」



 誰かの――間違いなくメアだろうが、判別できないくらい、声にならない奇声が上がった。と同時に、ゴンッ、といった鈍い音と、グチャッ、というふうな生々しい音も響いた。


「~~~~~~ッッッ!!」


 両手に引っ張られた鼻先に、頭頂部による頭突きを喰らわせた。その後は、右手に髪の毛を引っつかんだ状態のまま、左手で一回、二回、三回と、みぞおちに拳を叩き込んだ。

 そうして前方へよろめいた、足元を蹴りはらうと、そのまま地面にうつ伏せてしまった。


「勝負するんじゃなかったん?」


 葉介の呆れながらの質問に……メアが返すことは、なかった。



「……卑怯」


 誰かの声が聞こえた。その声のした方向へ、葉介が振り返ると、そこに立っていた魔法騎士たち、全員が動揺を見せた。


「……うん。卑怯ですね。私もそう思います」


 言葉を失うばかりの魔法騎士らを前に、葉介はアッサリ自身の所業の非を認めた。


「やる気出してるだけでなんの戦闘準備もできてない相手捕まえて、なにもしませんって態度で近づいて、まんまと気が抜けた瞬間に不意打ち喰らわせて、なにもさせないよう、なにもできない状態になるまでボコボコに痛めつけて……我ながら、汚いマネしたと思いますよ。これがメア様との実力差だとか言う気もありません」


 しおらしい態度を見せている。声には罪悪感がこもっている……そんな様子でまた、全員に問いかけた。


「そこで聞きたいんだけど……デスニマと戦った五日間の間、相手が卑怯じゃない時なんて、ありましたっけ?」


 また全員、動揺を見せつつ顔を見合わせた。


「デスニマの群れが襲ってきたのは、私らが普段通りにしてた時の不意打ちじゃありませんでした? 城下町の住民、避難させて、襲ってくるデスニマ倒す以外に、私らにできることありました? 皆さんの魔力や体力が尽きるまで、尽きた後も、相手は手を緩めてくれました?」


 いくつも質問を重ねられて……

 全員が理解した。たった今、葉介がメアに対して行った一連の動作。時間にして十秒未満の不意打ちの様はまさに、自分たちが必死に戦い抜いた、デスニマの五日間の様相を呈していると……


「魔法騎士の決闘に相手が応じた。四日間お互いに手を出さない約束も取りつけた……けど実際、相手が正々堂々、小細工無しで戦ってくれる保障なんてどこにもありゃしないんですよ。私たちが今やってるのは、決闘じゃない。戦争です。お互い、命を賭けて戦ってる。誰だって死にたくないから、卑怯なことだってやる。そもそも、勝つか負けるかの戦争にルールなんて、あってないようなものなんですから……卑怯? ええ、そうです。卑怯でしょうとも。ダサいし、みっともないでしょうとも。勝つためなら、いちいち手段なんか選んでられませんわ。死神が言うのもおかしな話でしょうけどね――死にたくないんですわ俺は!」


 語りかけ、振り返りつつ、足を振るう。

 杖を握り、起き上がろうとしたところで、顔面に蹴りを喰らったメアの身は、その威力に任せて後ろへふっ飛んだ。



「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」


 実際、脅え、震え、目を見開くばかりの一般騎士たちとは対照的に、別の思考を巡らせる者たちもいる。



(ん……メアが悪い。()()じゃなくて、()()を仕掛けてきたの、メア)

(杖向けられて迫られたら、魔法使われる前に反撃するに決まってんだろう……)


 葉介と最も仲が良く、理解を示している第5の二人。身内贔屓な感情を差し引いても、葉介の言葉と行動が全面的に正しいことを理解していた。



(えげつないことをする……だが、これが勝負というものだ。いくら仲間とは言え、凶器でもある杖を手に、なんの警戒もせずヨースケに近づいたメアの落ち度だ)


 葉介の行動に、疑問がないわけじゃない。だからと言って、メアが負けたことを許容することはできない。メアは凶器を手に、勝負を持ち掛けた。勝負とは戦いであり、殺し合い。そこに、卑怯という言葉や、綺麗事の一切が通じないことを、シャルもまた分かっていた。



(卑怯となじるのは簡単ですが……それも含めての戦争だということを理解していない時点で、確かに使い物になりそうにない)


 妹のやられ様はもちろん、それを目の前で見て、懇切丁寧に言葉にされてもなお疑問を浮かべている魔法騎士たち。戦いの本質を見抜けていない、戦いには向いていない者たちだということが、シンリー女王にも分かった。



「……まだ言いたいことある?」


 最後に葉介が、そう魔法騎士らに問いかけた。

 発言をする人間は――一人もいなかった。


「んじゃ、こっからは元通りってことで。リーダーと言われても、あれこれ指図するの苦手だしできないから、当日まで訓練なりするなら、各々好きにやってちょうだい。選ばれなかった人たちは仕事に戻ってください。今まで通り、女王様やシャル様の言うこと、よく聞くように。あと、さっきも言ったけど、真騎士団からの不意打ちがないとも限らないので、その辺も警戒するようお願いします――んじゃ、解散」


 最後の一言で締めた後で、葉介は、ミラとアラタの二人と合流、三人並んで去っていった。

 残った魔法騎士たちには、シャルが具体的な指示を出していった。

 決闘のメンバーに選ばれなかった一般騎士ら、全員が顔に、それぞれの複雑な感情を浮かべている中で――



 蹴り飛ばされ、仰向けになったメアの意識は、彼女らとは違う、過去へと飛んでいた……



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「悪いけど、先にお城帰ってて。用事済ませたら帰るから」


 酒場での真騎士団との話し合いを終えて、昔話や、クズの話も切り上げて、あとは城に帰って、代表五人を決めないとっていう段階で、姉と、骨だけ親父にそう言った。二人がその言葉の通り、乗ってきた魔法の絨毯で帰っていったのを見届けた後。

 二人と別れたメアは、降りしきる雨の中、【結界】の傘を広げつつ、メイランから聞き出した場所へ歩いていった。


 この国で最も栄えた都は、南西の端に位置する港町リユンで間違いないが、それはあくまで経済を回し、支えるための場所であり、主に貿易や、建築、製造等のビジネスを行うための場所である。そこにある会社や施設に寝泊りする人間も多くいるものの、基本的には仕事をするための場所であり、彼らが生活を行う場所は別に存在する。

 それが、港町から目と鼻の先に離れた距離にある『居住区』である。


 そんな居住区を訪ねれば、さらに段階的に三つの区域に分けられている。

 リユンから最も近い距離、リユンから見て西側に広がる、『上級区』。大きく華やかな屋敷が立ち並ぶここに住む者たちは正に、葉介の実家で言うところの、高級住宅街や高級タワマンの高層に住むのと似たような社会的ステータスを持つことになる。


 そんな上級区のすぐ隣、東側に、更に広い敷地面積を有する『中級区』が存在する。ただし、この場所は居住区の一つという括りではあるものの、住宅地と言うよりは、見た目も役割も歓楽街と呼ぶのがふさわしい。

 リユンにも飲食店や物売り小屋くらいはあるが、所詮は港町であり、オフィス街であり、工業地帯であるため、その規模や質、料理の味もタカが知れている。娯楽ともなれば、ほぼほぼ皆無と言っていい。

 そんなリユンには無い、仕事終わりや休みの人間を迎えるための、飲食店、土産物屋や雑貨屋、娯楽施設、娼館まで、中級区は有している。リユンはもちろん、城で働く魔法騎士たちさえ、休日は城下町よりも、箒を飛ばしてこの中級区を訪れる者の方が圧倒的に多い。

 上級区や、ある意味、リユン以上に重要視されている区域と言っても過言ではない。



 そんな、中級区のように重要視されている場所や、上級区のような華やかな場所があれば、当然というべきか、そのどちらでもない場所もあるわけで――


(この街道歩くの、久しぶりだけど……いつ見ても殺風景だな……)


 話し合いをした酒場を抜けて。姉とおっさんの二人と別れて、雨の中を歩いていくこと十分弱。

 いくら建物の立ち並ぶ区画でも、ずっと歩いていれば当然、区画の端っこにたどり着く。

 中級区の端っこまで歩いて、区画の一歩外側へ出れば、広くて大きな道に出る。

 まだ魔法の箒や絨毯なんて無かった時代に作られて、整備された、城下町とリユンを結ぶ街道だった。

 箒も絨毯も広まった今となっては昔ほど使われなくなったものの、踏みしめられて、雑草もほとんど無くて、代わりに目に見える馬や人の足跡、馬車の車輪の跡が残っている様を見れば、今でも大勢の人たちに使われていることがよく分かる。

 荷物の中には、馬車の方が都合が良いものもあるだろうし、単純に徒歩の移動がしたい人もいる。なにより、箒や絨毯を使うことができないような人たちも、ここを使っている。


(『北区』はやっぱ、いつ来ても寂しいな……)


 馬車が十台くらい横並びに走ってもまだ余裕がありそうな、十分すぎる横幅の広さと、そんな横幅よりもはるかに長く伸びる直線の道のことを、人工的に『殺された風景』だと表すなら、そんな街道を北北西へ横切った先。中級区の端からも見えていたその場所は、まさに『死んだ風景』だと表すべきだろう。



 建物が立ち並んでいる様は、上級区や中級区と変わらない。

 しかし、並んでいる建物をよく見れば、どれも古くて汚いと分かる。上級区のようにキレイに手入れもされず、中級区のようにマトモに整備もされず、所々が朽ちている。ただ、人が棲んで、暮らせることのみ最低限可能。そんなさびれた建物が、ポツポツ並んでいる。

 土地の広さも建物の数も、中級区や上級区よりはるかに大きく、たくさんあるのに、それでも寂しさを感じさせられるのは、並んでいる家屋のほとんどが朽ち果てていることと、上級区や中級区には当たり前にある、光がほとんど見えないせいだろう。

 かといって、人がいないというわけでは決してない。メイランも言っていたし、上級区や中級区よりはるかに大勢の人間がココで暮らしているのを、メアもよく知っている。

 なのに光が少ないのは、どうにかココで暮らせている人間のほとんどが、リユンや他の仕事場にて、魔力が尽きるまで酷使させられたせいだ。


 魔法の灯りや魔法の箒、絨毯、他にも道具を使ったり、水を飲んだり生活をするにも、今では魔法が当たり前に使われる。なのに、雇う側の人間たちは、そんなことお構いなしに彼らをこき使った。魔力が切れるまで。魔力が切れたら体力が尽きるまで。それを毎日、ごくわずかな給料でだ。

 そんな過酷に過ぎる労働環境から逃げ出したり、30歳を迎えたことで追い出された者たちは、他に仕事か帰る場所が無ければ浮浪者となる。そんな浮浪者たちも、最初はココに集まる。


 リユンからほど近い、島国の西南西の海岸線に広がるそこは、かつてはカリレスに次ぐ、この国の食流を支える国内最大の漁村だった。

 それが、魔法が一般化し、船の代わりに箒か絨毯、網や釣り竿の代わりに魔法が使用された結果、素人でも簡単に魚が獲れるようになり、人手は必要でなくなり、やがて、漁業という仕事そのものが自然消滅した。

 漁村に生まれながら漁師になれないと悟った若者たち、仕事にあぶれた元漁師たちは、新たな仕事を近場のリユンに求めたものの、漁業と同じで魔法の便利さを理由に断られる者も多く、運良く雇われた者たちは、最低以下の賃金で使い潰される。加えて、例によって、30歳で首を切られる。

 リユンで働く者たち、リユンを追われた失業者たちは、自然とリユンに近いその漁村に集まって。結果、その漁村は、失業者と、低賃金労働者であふれる掃きだめへと姿を変えた。


 もっとも、魔法騎士は、浮浪者だろうが低賃金だろうが、この国で生きる人間からは例外なく税金を徴収する。払う金がなくなれば、財産や身ぐるみを奪われる。それすらできないのなら、牢獄である『檻島』送りになる。

 中には、もはや人生に絶望して、自分から檻島送りを望む者たちも現れる。だが、それが納得できない者たちは、残された財産を手に、家族と一緒に、魔法騎士たちの監視が緩い、島国の北側へ逃げていく。


 これ以上、何も取られないよう、北へ。

 見つからないよう、北へ。

 捕まらないよう、北へ。


 北へ。北へ。北へ。北へ。北へ……


 こうして、北端族は生まれていく。


 漁村やリユンで働く人たちに、日用品や消耗品、娯楽を提供するための商売人たちが集まってできた中級区。そんな中級区へ遊びに行くため、中級区のすぐ隣に、リユンで成功した金持ちたちがこぞって家屋敷を建てていったことでできた上級区。

 その二つから見て北側。すぐ目の前にあるのに、この二つに暮らす人々とは違い、この国で最低の落伍者である、北端族になる一歩手前の負け犬どもが棲まうために残された場所。

 そんな皮肉と嘲笑を込めて、かつての国内最大の漁村は、いつからか『北区』と呼ばれるようになっていた。



(セルシィ……)


 そんな北区の中に入ったメアは、とにかくセルシィを見つけるために歩いていた。

 今やほとんど廃村のようながら、それだけに寝泊りできる建物はいくらでもある。確かに最適には違いない。急な避難民を受け入れる場所としても。突然やってきた汚らしいよそ者を押し込んでおく場所としても――



「ぎゃあああああああああ――――――!!」



 絶叫が、メアの耳に届いたのは、そんな北区の存在意義を感じた時だった。

 急いでそっちへ走っていった。いくつもの家屋を超えて、建物を通り過ぎて……


 で、酒場にはいなかった親友と、彼女が率いている元第3の魔法騎士たちを、とうとう見つけ出した。


「て、テメェ……」


 城にいた時と同じ、青い騎士服を着た集団と、大勢の人たちが集まっていた。

 そんな人たちのほとんどは、一点を凝視していた。

 青色は、驚愕と恐怖で。それ以外は、怒りと恐怖で。

 そんな人たちの中心で、凝視されている二人は、怒りの顔と、恐怖の顔で、向かい合っている。恐怖の顔は、尻もちと両手を着いて。怒りの顔は、相手を踏みつけ見下して――


「こんな、こと……税金払ってる俺たちに、こんなこと、お前ら――ぎゃあああ!!」


 踏みつけられている男は、踏まれたことで、見るからに折れている足をさらに踏みつけにされて、絶叫した。


「ひっく……アナタ方こそォ、いい加減、勘違いしないでくださいよォ」


 踏みつけている方は、酒瓶を握った方とは逆の手で、雨に濡れた眼鏡を直しつつ、荒みながらも冷め切った顔で、酒に酔った、だが冷たい声を発していた。


「わたしたちはぜぇ員、魔法騎士を辞めた身です。もォ、アナタ方の税金で暮らしてるんじゃない。アナタ方を治療して差し上げる義務は、すでに私たちにはありませェん」


 発する冷たい声には、怒りの他にも、呆れや失望が感じられた。


「つまりィ、アナタ方をこうして、お金も取らず治療して差し上げてるのは、わたしたち自身の完全な善意とォ、情けからです。それを……それを――【移動】」


「グゥッ」


 踏みつけて、折れた足から足を離して、代わりに男に杖を向け、その身を浮かび上がらせた。


「こっちはァッ、アナタ方がァッ、可哀そうだからァッ、仕方なくゥッ、診てあげてるのにィ――」

「グゥッ、グゥッ、ウゥッ――」


「治療が遅いだのッ、早くしろだのッ、ノロマだのグズだのッ、役立たずだの金返せだのォ――」

「ウゥッ、ウッ、うぅ――」


「好き勝手ッ、文句ばかり言ってッ、こっちだってッ、アナタ方のことッ、好きで助けたことなんかッ、一度だってッ、ないのに――」

「ぅっ、っ、っ、っ……」


「アナタ方全員ッ、わざと大ケガさせてッ、治療代せしめてもッ、こっちは大いに構わなかったんです! それをせずにッ、治療してあげてたみんなのことをッ、よくもッ、よくもォ!!」


「やめてください! セルシィ様!!」

「それ以上はダメです! セルシィ様!!」


 一言叫ぶたび、杖を上下させ、それに合わせて上下する男は雨と地面に叩きつけられる。その度に男は弱っていき、声さえ出せなくなっていく。それを見ていた青色たち数人が、急いでセルシィを押さえて止めた。


「……わたしはセリスです」


 泣き顔になっている部下たちへそう吐き捨てて、持っていた酒をグビグビとあおった。


「ゴクゴク――ハァ、その男を治療してェ、適当に放り出したら、今日はもう休んでください。こちらの善意に対して、感謝もしない連中のことォ、これ以上相手する必要なんかありません」


 仕事でもない。使命感でもない。ただただ酔いと怒りをにじませながら、部下たちに後始末を任せた後で、その場を後にした。


「……?」


 その場を離れ、建物を曲がって元いた場所が見えなくなった辺り。そこまで歩いたところで、箒が飛んでいく音が聞こえた。その方角を見上げてみると――


「……メア?」




「違う――違う、違う違う違う!!」


 箒に乗り込み、空へ浮かび上がった。

 勢いを増した雨足と、響く雷の音に合わせるように、メアは、叫んでいた。


「あんなの――あんなの! わたしのセルシィじゃない――――――――ッ!!」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「…………」


 大声で叫んだ後で、浮いていた体が地面に着いているのを感じた。

 叫んだ時に目は閉じていたけど、今目を閉じているのは、そのせいじゃないことに気づいた。

 で、体に、濡れた芝生の冷たい感触が伝わった時――


「……!」


 閉じていた目が完全に覚めて、自分は今、ひざ枕されていることに気づいた。


「セルシィ……?」


 そうだったらいいな……

 そんな願望のこもった呟きも、見える顔と、聞こえた声から、違うと気づかされる。


「起きましたか?」


 掠れた低い、疲れた声。クマの浮かんだ、くたびれた顔。

 おそれ多くも誇らしい、偉大なお姉ちゃんの顔と声だった。


「…………」


 そこで、自分がそこで眠っている理由を思い出した。

 殴られた腹には、まだ痛みが残ってる。けど、頭突きを喰らった顔に、痛みは無い。多分、寝てる間に誰かが【治癒】してくれたんだろう。


「……え?」


 と、そこまで考えたところで、メアもまた、慌てて声を上げる。


「ちょ、まだ地面濡れてんじゃん……大切なドレスが濡れちゃう――痛っ!」

「構いません。タカがドレスです」


 慌てて起き上がろうとして、痛みが走った腹を押さえた妹を制し、寝かしつけながら、シンリー女王は、気さくに語りかけていた。


「なんなら、このまま棄ててしまっても構いません」

「お母さんの形見じゃん。それに、女王が代々着てきた、由緒あるドレスでしょう?」

「ええ。ですから、自分が女王であると分かりやすく誇示するために着てはいますが……着た瞬間、香水の匂いが染みついていました。あのゴミが愛用していた香水の臭い……あのゴミ、荒波を立てないようにと女王の存命を騙っておいて、裏では女王を気取って、隠れてこのドレスを着ていやがった」


 怒りを漏らしながら、自身の身を包むドレスを握りしめるその顔は、乏しい表情ながら、明確な憎しみを浮かべていた。


「鳥肌が立つ……吐き気がする……怖気が走る……諸々の問題を解決し、正式に女王を襲名した暁には、即行棄てる」


 大切な家族の形見だろうが。女王としての証しだろうが。

 それを簡単に超えるだけの嫌悪が、ドレスという存在そのものを許さなかった。


「……うらやましいね」


 ドレスを握りしめ、しわを刻むシンリーに向かって、メアは眠ったまま声を漏らした。


「うらやましい?」

「うん……うらやましい。戦う理由がハッキリしてて、ジンのこと、うらやましいや」


 ジンのことを。そして、今までの自分のことを思い出しながら、語っていく……


「わたしだって、そりゃあ、あのクソババァのことはゆるせないし、憎いとも思うよ。けど、まだ小さかったからかな? お父さんもお母さんも殺されたって分かってるのに、どうしてだか、ずっと他人事みたいに感じちゃっててさ。それで、ジンみたく、死んでも赦せないって、大げさに感じたことないんだ……城から追い出されたこともさ、何なら、贅沢はできたけど、色々がんじがらめで窮屈だったお城の中より、そういうのから解放されて、ジンと一緒に、お城の地下とか神官さんの家とか、隠れながら泊まり歩く暮らしも、大変だったけど、案外楽しかったし」

「…………」

「クソババァのことだけじゃない。この国のこと護りたいって、ジンはハッキリ思ってる。女王として、責任も持ってて、人知れず行動もしてて、偉いと思うよ……けど、わたしには全然、国を護るとか国民を守るとか、全然ピンと来なくて。魔法騎士になった後も、正直、ジンさえ無事なら、後はどうでもいいやって……あとはジンが、なんとかしてくれるって思ってて。ずっと、今もそう。大して考えないで、ジンがそうしてるから、妹のわたしもって、こうしとけばいいって、なんとなくそうしてた、だけなんだよね」

「…………」


 城を追われても、必死で生きてきた。ジンが、そうしろって励ましてくれたから。

 魔法騎士として戻ってきた後は、必死に戦ってきた。ジンが、一緒に戦ってくれたから。

 ずっと前から分かってた。

 わたしは、ジンと一緒にやってきた。ジンがいたから生きてこられた。

 ジンがいなかったら、気楽なだけのわたしは、なにもできなかった。生きてこられなかった。


「決闘もさ。ジンが女王になるために、戦わなきゃいけないから、ボクも何となく戦おうとしてた。なのに、おっさんに邪魔だって言われてさ……ジンがすること、手伝えなくなったら、ボク、どうしたらいいか、分かんなくなっちゃった……」

「…………」

「ジンは魔法が使えなくなっても、ぶれずに自分が戦う理由、ハッキリしてて、戦おうとしてる。でも、わたしはどうしたらいいか、全然分かんない……なんでわたし、戦ってたんだっけ……?」

「セルシィ・リーのため、では?」


 目に涙をためるメアに、シンリーは、変わらない声色で、平然と語り掛けた。


「へ? セルシィ……?」

「『あんなの、わたしのセルシィじゃない』」

「……!」


 直前に見ていた夢のセリフを言われて、メアの顔が、真っ赤に染まる。


「いつから、セルシィ・リーがアナタのものになったのか知りませんが……まあ、戦う理由としては、妥当かもしれませんね」

「い、いや……ちが、その――」

「あなたが同性愛者であることは、とっくに知っています」


 必死にごまかそうとした。言い訳をとにかく考えた。なのに、この姉は、優しく妹に微笑みながら、妹の事情にズケズケ踏み込んでいく。


「まだ小さいころ、二人で遊んでいた時、なにかといえば、特定のメイドさんのことを話題に出していましたよね? 自分はもちろん、メアも話したことがないはずのその女性のことを、今日は洗濯をしていた、掃除をしていた、料理を運んでいた……そんな、メイドとしてはごく普通の行動を、一つ一つ楽しそうに語って聞かせてくれて……」

「いや、その……」

「一度、メイドさんたちが住む三人部屋から黙って持ってきたと、そのメイドさん本人のものかも分からないパンツを見せられた時は、さすがの自分も引きました。叱りつけましたし、その後二人して急いで元の場所にコッソリ戻しましたよね? 今思えば、たかだか下着の一枚くらいに、自分も焦りすぎたように思いますが……」

「ちょッ! その話は……!!」

「魔法騎士になった後は、ごく自然に若い女性の魔法騎士に抱き着いたり、胸とかお尻を触ることが多々ありましたが……若い騎士の皆さんが笑って流していただけで、普通にセクハラですからね?」

「――――」


 自分の性嗜好から、初恋から、黒歴史から、仕事中の密かな楽しみから……

 全部が全部、他でもない姉に見られ。見抜かれ。見出され。メアは、熱くなった顔を両手で覆うくらいしか、できることはない。


「あと、おそらくですが、ミラも気づいていた様子ですよ?」

「はぁ!? なんでミラっちが!?」


 と、聞こえてきた話に対して、隠していた顔をむき出し唾を飛ばしてしまった。


「あくまで、おそらく、です……まあ、メアの性嗜好に、と言うより、セルシィ・リーに対する思いに、という意味ですが」

「…………」


 おそらくとは言われたものの……言われてみれば、思い当たる節がないわけじゃないと、ミラっちの言動を思い出しながら感じていた。


「ちなみにですが……ひょっとして、自分のことも、そんなふうに見てました?」

「それはない。お姉ちゃんだし……ぶっちゃけ、タイプでもないし――」

「――チッ!」

「お姉ちゃん!?」


 さすがにそこだけは、正直かつ真っ当な答えを返したつもりだったけど……

 姉はと言えば、メイランにもそうしたように、面白くなさそうに舌打ちした。


「ヨースケさんは、なぜアナタを決闘のメンバーに選ばなかったか。覚えていますか?」


 ……と、そんなことを尋ねられた。話題の転換がいきなりすぎて動揺もしつつ、それでも、質問の答えは思考した。

 おっさんが、わたしを選んでくれなかった理由――


「……現実を、見てないからって。現実じゃなくて、見てたいものだけ見てろって」

「自分には、現実以上に、真に見たいと思うものがあるなら、とことんそちらを見て突き進むべきだ。そう聞こえました……」


 粛々と。淡々と。掠れた涼しい声なのに、彼女の言葉は、胸に届いていた。


「メア」


 名前を呼んで、両手を頭に優しく添える。上から顔を見降ろして、姉は、妹へ語り掛ける。


「難しく考える必要はありません。国や国民のことを考えるのは、女王の仕事です……アナタ方はただ、一番大切だと思える人のことを考えればいいのです」

「一番、大切な人?」

「ヨースケさんは、最も大切に思っている師匠に、最後まで尽くし、戦うことを決めている。後の三人も、戦う理由はそれぞれでしょうが、その根底には、彼女らにとって最も大切な人の存在があります」

「…………」

「戦う理由が見つからないというなら、無理に戦う必要はありません。ただ、今この瞬間、最も大切だと思える人のことを考えてみなさい」

「わたしの一番、大切な人……」


 もっとも、それが自分だというのなら、姉としては喜ばしい限りですけれど……

 そんな女王の言葉も、耳には入らなかった。

 メアにとって、最も大切な人。大切で、かけがえのない、愛しい人――


「セルシィ――」


 それが分かった時――

 勢いよく起き上がった、妹のオデコと、妹の顔を優しく見つめていた、姉のアゴが、盛大にぶつかって。

 姉はアゴを。妹はオデコと、痛みが再発したお腹を押さえて。

 姉妹して、その場でしばらくうずくまり、唸っていた。


「かりにも女王にたいして、アナタって子は――」

「もぉしわけありませんです、女王さま――」





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