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第2話  弟子と王女と師匠と最強と、ゴミとクズとバカとクソ

「ッ……ッ……ブッハァッ! 腹立つわ、あのタコども、ホンマ……!!」


 とある場所にある、とある店。まあ、特別広いわけでもなければ、これと言って狭いと感じるほど手狭でもない。

 それなりに年期の入った床板が敷き詰められて、その上に同じくらい年期が入った円テーブルと、各四つから五つほどのイスが並べられ、正面にはカウンターがある。そういう、よくあるというべきか、昔ながらというべきか……そんな酒場の、中心のテーブルで。

 大勢の魔法騎士たちに囲まれながら、エリエルの隣の椅子にドカリと座って、安物のラム酒の瓶をドカリとテーブルに叩きつけた、メイラン・リーのその顔は、着ている服よりも真っ赤に染まっている。


「メイさん……酒を飲むには、さすがに早すぎる時間では?」


 酩酊した状態での乱暴な言動は、レイノワール・アレイスター――レイでなくとも、誰もが荒れていると見て分かる。

 戦う時こそ勇ましく凛々しいが、普段はそれを感じさせないほど、淑やかで上品な空気をまとい、雰囲気をかもしている。

 かつて、彼女が関長をしていたころは、彼女が第5関隊だということを差し引いても、魔法騎士として、そして、女としても、憧れる若者は大勢いた。

 そして、時間が経ち、年齢こそ重ねた物の、美貌も強さも変わっていない。それが、レイが彼女と再会した時、そして、共に行動するようになってからも、感じていたことなのだが……


「かぁー!! 飲まんとやってられるかいな――ッとにムカつくわぁ!!」


 ぼやき、喚きながら、瓶をもう一口――すでに空になっていると分かって、七本目となるその空き瓶は、壁に向かって投げつけた。


「……レイ、この女は、本当に信用できるのか?」


 瓶を投げつけた先にたまたま立っていたカリンが、飛んできた空き瓶を受け止めつつ、隣で驚いて尻もちを着いているシェイルを無視して尋ねていた。


「ウチも、このゴスロリババァも今来たばかりだから、その女のことはよく知らんが……その女が頭で、真騎士団はやっていけるのだろうな?」

「あぁん? ケンカ売っとんのか、ワレェ?」

「止してください、二人とも」


 カリンのババァという発言に、分かりやすく反応しているシェイルは無視して、レイも応えた。


「文句があるなら、今すぐ帰ったらどうだ? 来る者は拒まないが、仲間になれと誘ったわけでもない」

「……帰る場所など、すでに無い」


 レイの言葉を反芻しながら――レイの目の前に立って、その目を見下ろして。


「ウチが立つ場所は、お前の隣……そう、決めている」


 リリアを含む、複数人の魔法騎士からの鋭い視線も無視しながら、レイに熱い視線を送っていた。


「……エリ、おかわり」


 目の前で、若者たちのまとめ役と飛び込みの片割れがイチャついているのを尻目に、頭は頭で、側近の立場にある、黄色の服を着た少女に要求をする。

 要求されたエリは、すでに用意していたらしい酒瓶を手渡した。


「……ッ……ッ……ッ、プハァー!」


 とても、国を乗っ取ろうと考えている者たちの、頭の姿とは思えない醜態だが……



 真騎士団の現状と、彼女の立場を考えると、無理もない有様ではある。

 国の外を回ってまで集めた、(各々の動機や目的には目をつむってだが)志を同じにした元魔法騎士や、この国に恨みを持った連中の大半は、【召喚】の材料になって消えた。

 わずかに生き残っていた連中は、それを見た途端アッサリ逃げ出した。

 仲間も、切り札とするはずだったファントムも一度に失って、シンリー自身とエリエルの二人を除いて残ったのは、大勢の前で正体をバラされて傷心の妹――否、弟のセリスィァン・リーに、レイとリリアを中心とした魔法騎士の若造たち。

 もっとも、その残った魔法騎士たちも、レイのことを熱心に慕っている者たちが大半で、後は、ただ何となく曖昧な意思で残っているだけという、戦力に数えるだけ無駄な若者たちだけ。

 実際、昨夜の時点ではもっと大勢の魔法騎士たちがいたのだが、その後に繰り広げられた葉介の無双ぶりに恐れをなして、逃げ出すか、恥を忍んで城へ出戻っていった魔法騎士たちもいた。


 一応、この時点で、数だけなら真騎士団の方が上ではあるものの、向こうの最大戦力であるシンリーや、利衣叉(リーシャ)を手に入れた葉介との実力差を埋められるかと問われれば……


(それでも、こっちにはリユンが付いとる。せやから、リユンの腹黒い商人通して武器をそろえることができれば、十分渡り合う可能性はある。そう、説明した言うんに――)


 シンリーが荒れている最大の理由がそこにあった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「どういうことやねん……約束が違うやろ!」


 ルティアーナ王国の最大貿易地、港町リユンのどこか。

 そこで、いかにも商人といった風体の、顔だけはこの世界らしく綺麗に整った男の顔は、シンリーを見ながらイヤらしく歪んでいた。


「約束が違う、はこちらのセリフですねぇ……話を聞いた限り、アナタが惨敗しているではありませんか」


 目も、口元も、イヤらしい半笑いを浮かべつつ、交渉に来ていたシンリーとレイの二人を、大いに見下していた。


「この国を乗っ取り、支配する。代わりに、この国での貿易をこれまで以上に、主に武器兵器を中心に増やし、我々が治める税金も減らして下さる……そういう約束でしたから、手付金代わりに『デスニマの香』と『召喚の香』、加えて大量の魔法の箒と絨毯まで提供したというのに、それら全てを使い切った上で敗北したから更に武器を寄越せと……少々、私のことを嘗めてはいませんか?」


 見下したまま、半笑いなまま、目だけは、鋭くとがらせ二人を睨めつけた。


「アナタ方の話して下さった作戦を聞いて、九割九分勝てると見込んだから、私としても、その話に乗ったのです。時間は掛かっても、それらを達成しもたらされる利益は魅力的でしたし、何より、一国が堕ちる光景も刺激的で面白いと思ったのでね」

「面白いって……」


 そんな理由で話に乗ったという事実に、レイは――そうなることを誰よりも望んでいた身でありながら、ドン引きしていた。


「それを、負けて帰ってきたばかりか、戦力は最初に来た時の半数未満……第一、私との交渉を行っていた人はどうしたのですか?」

「それは……」


 元々、自身でも言っていた通り、シンリーは政治や作戦を考えるなどの、頭を使うような仕事には向いていない。交渉事も同じで、それらを行うには、彼女が連れてきた者たちの中で向いている人間に一任していた。

 それをわざわざ、頭であるシンリーが直々に赴いた理由は一つ。


「……昨夜の戦いには、運よく生き残っとったんやけど、相手の強さ見た途端、アッサリ逃げ出してもうて――」

「……その様子では、次の具体的な計画も決まっていないのでしょうね。それを考えていた人も消えましたか?」


 図星を突かれ、言葉を失い。


「話になりませんな」


 そんなシンリーに背中を向けて、男は、立ち去ろうとした。


「良えんか? あっしらにそんな態度取って。確かに数は減ったけど、残った連中で、(アン)さんらが商売できへんようにするくらいのことはできるんやで?」


 シンリーはそう、苦し紛れの脅しを迫ったものの……

 振り返った男は、鼻で笑った。


「お好きにどうぞ? 私たちも、いい加減、この国にいてもこれ以上の利益は見込めないと感じていたところですから」


 普段から、そういう脅迫にも慣れているんだろう。恐怖も無ければ動揺も無しに、言葉を続けた。


「30歳が、魔法使いとしての定年……そんな、ちょっと考えれば誰もがおかしいと分かるデマを利用して、若い労働力を安く使いつぶすことだけはできていました。加えて、色々と細かいルールで我々を縛りつけていた先代女王が消えたことで、好き放題できたおかげで十分な利益は得ましたし。今時、いくら質が良くても食料の売り上げなど高が知れていますし。第一、国中が混乱しているこの状況では、マトモな商売は難しそうだ。いっそ、別の国に拠点を移して新規開拓した方が、リスクはあっても魅力的で面白いというものです。そんな私の会社をアナタ方が潰して下さるというのなら、わざわざこちらで会社をたたむ手間が省けるというものだ」


 と、得意げに語った後で、あらためて、二人を見下して。


「なにより……私たちがいなくなって、本当に困るのはアナタ方の方でしょう?」


 そう、断言されて……シンリーは、言葉を詰まらせた。

 彼女の目的は、この国を自分たちの物にして、戦勝国にも負けないだけの軍事国家に作り変えること。

 そのためには、兵隊が必要なのはもちろんだが、兵隊に握らせる武器の調達も必須だ。

 デスニマの香。召喚の香。この二つも強力な武器には違いないものの、外国には更に強力かつ使いやすい、この平和な国では想像もつかないような武器がいくつもあるらしい。

 それらを手に入れるには、リユンの協力は必要不可欠だ。そんなリユンを自分たちの手で潰すとあっては、まさに本末転倒に違いない。

 そんな、目先の怒りに任せた発言を恥じ、悔やんでいる頭の姿を、男は大いに見下しあざ笑った後で――


「いずれにせよ――私どもとしましても、これ以上アナタ方を支援することはできません。最初に提供した、二種類の香の代金も請求したいところですが……どうせ払うお金など無いでしょうし、今回は勉強代ということで諦めて差し上げます。箒や絨毯にしても、全て廃棄予定だった型落ち品だったので大した損失はありませんし。これで正真正銘、アナタ方との関係も終わりです。この国にも、用はありません」

「――――」


「それでも私どもの助けが借りたいというのなら……アナタ方が、自力でこの国を手に入れることができたなら、最初の約束通り、武器の貿易を考えましょう。もっとも、私どもとしましても、早々にこの国を棄てて引っ越す準備がありますので、数日中にお願いします」

「――――」


「ああ、それから、親切心で言わせていただきますが……私以外の商人や会社を頼ろうとしても無駄だと思いますよ。私に限らず、この国にこだわらない人たちはすでに外国へ旅立つ準備を進めています。今さら、リスクでしかない革命に協力してくれるお人好しなど、このリユンには一人もいないので――」


 言いたいことを全て言った男は、失礼、と一言だけ残して、その場を後にしてしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その後は、他に協力してくれていた商人たちに、手当たり次第に協力を頼みに行脚したのだが、結果は男に言われた通り。

 負けたくせにまだ悪あがきを続けているマヌケ。

 今さら負けが決まった戦争になど関わっていられない。

 こっちはお前たちと違って忙しいから勝手に始めて勝手に死んでろ。

 自業自得と自覚してはいるが、そんな罵声を投げかけられて、門前払いを喰らった。


(ほしたら、ヨースケのこと手に入れたら勝てる思て、そのためにはミラを抱き込まなアカンいうレイちゃんの言葉信じて、ワンチャン狙ろて城まで行ったら……)


 結果は、この場に葉介はもちろん、ミラがいないことでも明らかである。


(どうせぇ言うねん……)


 昨夜、あれだけ大見得切って、格好もつけて啖呵を切ったというのに。現実は、戦力でも負け、作戦も無く、味方だったはずのリユンからも見限られ。

 まさに、八方塞がりの状態の今できるのは、やることも無く立ちつくすかダラケるしかない魔法騎士たちに囲まれながらの、ヤケ酒くらいしかなかった。


「…………」

「……それだけは無いわ」


 瓶の半分を飲み干したタイミングで、エリの声が聞こえたので、真っ赤な顔のまま返事を返した。


「降伏とか、それだけは絶対にせぇへん……いくら勝ち目が無い言うても、この国に対して降伏だけは無いわ。マジ無いわ」

「…………」

「せやな……どうするかやなぁ……」


 瓶をいじりながら、エリの質問を考えるが――


(どうするもこうするも……やれるとしたら、もう、残った者らで全面戦争の玉砕くらいしかないわ。そんなこと言ったら、みんな逃げ出すやろうなぁ……構めへん。どうせ、あっし一人になっても、死ぬまでこの国とは戦りあわな気が済まん)


 どれだけ酒に逃げたとしても、消すことのできないこの国に対する、どうしようもない未練と恨みから、玉砕を決意し、覚悟した――


 エリエルが突然、視線をシンリーから、酒場の入り口へ向けたのは、ちょうどその時だ。


「エリ?」


 つられてシンリーも。レイに、リリアら他の魔法騎士たちも、そっちを見た――



「♬♬♬~♪ ♬~♪ ♬♬♬~♪ ♬~♪ ♬♬♬~♪ ♬~♪」



 聞こえてきたのは、口笛の音色だった。距離はあるようだが、それでも、店の中にいる全員の耳に届いていた。



「♬♬♬~♪ ♬♬~♪ ♬♬♬♬~♬~♪」



 外にも当然、見張り役の魔法騎士はいる。だが、すぐ外にいる彼女らが吹いているにしても、音は明らかに遠く、それが近づいてくる。しかも、音楽に関しては素人である彼女らからしても、上手いと分かる、美しい音色だ。



「♬♬♬♬♬~♪ ♬♬~♪ ♬♬~♪」



 美しい音色だが、聞いたことのない曲……

 それを感じて、思い出すことができたのは、この中ではレイ一人だけだった。

 彼は強くて優しくて、頭も良くて、料理上手で、それに、口笛が上手くて、いつも一緒に寝る時に聞かせてくれる。おかげでいつも、グッスリ眠れる。

 レイ自身は聞いたことはないが、そう、同じ関長の少女が自慢して、惚気ていたのを聞いたことがあった――



「ダーリン♪ ダーリン♪ フ~ン♪ フフフフ~ン♪ フ~ンフ~ンフ~ン♪」



 そんな、記憶に思い浮かべた死神と、酒場に入ってきた男の声と姿が一致して、レイも、リリアら他の魔法騎士たちも、絶句した。


「――!」


 瞬間、一人が入り口に向かって走り出した。


「……!?」


 が、次の瞬間、飛び出し、殴りかかったエリエルは、葉介の肩げた刀の、鞘の先端に吊るされていた。


「落ち着きなさい。別に戦いにきたんじゃないよ」


 服を吊るされた状態で、ジタバタ暴れているエリエルに語り掛け。


「これ持ってて」

「えぇ!?」


 後からシンリー女王と並んで入ってきたメアに、刀ごとエリエルを手渡した。


「間違って首くくらないでよ?」

「えぇえ!!?」


 受け取って、予想と違ってかなり軽いことに驚き、葉介の発言で慎重になったメアを尻目に、葉介とシンリーは、メイランの前に立った。


「アンタ……ヨースケ……」


 メイランは、握っていた酒瓶から手を放して、酔った足でイスから立ち上がりつつ、二人の前に立つと――



「ヨースケぇえええ~~~~~~~~♡♡♡♡♡♡」



 二人に向かって上げた顔は、直前以上に真っ赤になっていた。吊り上がった口元には、よだれが光っていた。目尻が下がった瞳には、♡マークが見えた。

 そんな顔を見せた一瞬の後、メイランは目の前へ飛びかかっていた。


「ヨースケ!(ちゅ♡) 会いに来てくれたん?(ちゅちゅちゅちゅ♡) あーん、うれしー!(ちゅちゅちゅちゅちゅ♡) ずっと会いたかったわー!(ちゅちゅちゅちゅちゅちゅ♡) ヨースケヨースケヨースケヨースケ!!(ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ♡)」


 辺りにハートマークを巻き散らかしながら、押し倒した相手に語り掛けては唇を押し当て吸い出して――


「メイさん……それ、違う」


 そんな行為の繰り返しは、レイに話しかけられるまで続いた。


「……?」


 突然指摘され、水を差されたメイランは、わけが分からないまま下を見て――


「おわ!?」


 そこでようやく、自分が押し倒した相手が葉介ではなく、シンリー女王であることに気づいた。


「な、な、な、なんで? ヨースケは? あっしのヨースケは?」

「…………」


 シンリー女王が無言で指した指の先を見てみると……


「……なぜ私の後ろに隠れるのよ? 女王の警護も放棄して」

「気にすんな。襲ってくるわけじゃないって分かってたから安心して見てられたわけだし」

「アレは襲ってるとは言わないのかしら?」


 とうの葉介は、リリアの騎士服を握りしめつつ、そんなやり取りを行っていた。


「イケズ……」

「……これだけは言っておきますが――」


 と、下から声が聞こえたから、慌てて飛び退いた。起き上がったシンリーは、大量の接吻痕が刻まれた顔の唾液をハンカチで拭き取りつつ――


「もし、自分……ワタクシの身体一つで、城への攻撃と国への侵略行為をやめて下さるというのなら――」


「いくらでも抱いてください」


「遠慮しとくわ」


「……チッ」

「女王はん!?」


 あからさまにふて腐れた様子を接吻跡の下に浮かべたところで、ようやく葉介はリリアの後ろから出てきて、床に座るシンリーのそばに立った。


「ヨースケさん……自分は、魅力ありませんか?」

「まぁー、お世辞にも、積極的に抱きたくなる顔や身体とは言い難いかな」


 お面の下から、遠慮のない意見を発した結果、シンリーは直前以上にふて腐れた。


「……どうせ抱いてくれるんやったら、あっしはヨースケとシたいんやけどなぁー」

「やめた方がいいよー。こう見えてデスニマだし、どんな病気持ってるか分かったもんじゃねーべ」

「ああ……せやった。ファントムなんやったな? ヨースケ……」


 城で葉介がシンリーらに話した通り、カリンやシェイルの口から情報は共有されていた。


(まさか、失敗したと思っとった一つ目の召喚魔法の香で生まれとったのがヨースケやったなんて……もし、ヨースケのこと見つけとったら、ミラやなしに、あっしのもんにできとったんとちゃうか?)


「ま、そうじゃなくてもお断りだけど。元々、性交渉あんま好きくないし」

「なんで?」

「臭い。汚い。感染る。デキる……他に理由いる?」

「子作り、全否定やん……」


「……そんなことは、もうどうでもいいです」


 と、これ以上の脱線が進む前に、接吻痕にまみれたシンリーは立ち上がった。


「自分……ワタクシたちがここへ来たのは、アナタ方真騎士団に、提案をするためです」

「提案?」


 聞き返して――葉介が来て多少なりとも直っていた機嫌が、一気に元に戻った。


「なんやねん? 和解とか停戦協定なら受けつけへんえ?」

「そうでしょうね――それができれば、じ、ワタクシとしても、一番良いのですが……」


 そう、やり取りをしながら、お互いイスに座って、向かい合った。


「アナタ方は心の底から、この国に絶望し、恨んでいる。そんな相手から、今さら仲直りをしましょうと提案されても、承服できるわけがない」


 声色も表情も、ジンロンでいた時と変わらない、淡々とした、涼しいもの。なのに、なぜだかその場の誰もが理解できた。


「アナタ方の気持ちは、正直、自分にも分かります……両親と、妹と、家を奪われただけではない。逃げ出して、守られて、魔法騎士になってから今日まで、見てきましたから。必死に平和を守り、美しかったこの国が、狂っていく様を、目の前でずっと」


 声量も普通なら、態度も普通。なのに、なぜだかその場の全員、分かった。

 彼女はひたすらに、怒っている。


「アナタ方と和解して、仲間になって、自分も一緒にこんな国、壊して周りたい……そんな衝動に、一時は駆られました」

「…………」


 シンリーは、無言で聞いていた。レイも、葉介も、何も言わなかった。メアは、何かを言いかけたところ、両手の刀が傾いたから慌てて持ち直した。


「腐りきって、おかしくなって、もはやどうしようも無くなったのなら、一度、壊してしまうしかない……それは、新たに女王となった身としても、同意見です。だからいっそ、アナタ方に手を貸すことも、国策としては有りだと考えました――ですが、やめました。アナタ方とワタクシとでは、壊すという手段の先の、目指しているものが違うからです」


 直前まで駄々洩れになっていた怒りが、抑え込まれ、消えている。

 それを全員に理解させながら、変わらない声で話を続けた。


「ワタクシが目指しているのは、ワタクシが幼かったころ。女王と、国王が生きていたころ。戦争が終わり、国内の情勢が安定しだした、最も平和なころの……ワタクシにとっては、最も幸福だった時代です」

 そしてそこからは、最初に見せた怒りのような、感情を洩らすことはしなかった。


「人によっては、退屈だと、停滞していると、進歩がないと、そう言われるかもしれません。平和とは静けさであり、それは同時に退屈だ。アナタが望む、戦う国とは、最も程遠いものです」

「せやなぁ……退屈すぎて死んでまう。そんな国、あっしはまっぴらやなぁ。だから、この国もらうことにしてん」

「ええ……アナタが作る国では、大勢の人々が退屈を忘れる。ですが同時に、大勢の人が苦しみ、死ぬ」

「――――」

「人はいつか、必ず死にます。自分は、そのいつか来てしまう死が、退屈であれ静かな人生の末に迎えた、寿命であることを、国民たちに願っています。誰もが平穏に生きていき、当たり前に寿命を迎え、家族に看取られ幸せな死を迎え入れられる。それが、自分の目指す、この国です」

「つまんな……要するに、当たり前に生きて当たり前に死ぬ言う、退屈の押し売りやんけ」


 シンリーの語った理想の国に、メイランが懐いた感想は、つまらない、だ。


「相容れない、許容できないと言うのも、仕方がありません。万人が受け入れられる国や政治など、この世には存在しません。今言ったことの全ては、女王としての願望であり、ワガママです。だから――」


 そこまで語った直後、ここまで洩らさなかった感情を、また、メイランに向けた。



「その自分のワガママを、アナタのワガママが邪魔をするというのなら、ワタクシは、全力でアナタ方を止めさせていただく」


「オモロイやんけ? ほなどないすんねんな? 今この場でヤり合うん?」



 共に立ち上がり、目を突き合わせながらのやり取りの後――

 シンリーは顔を離し、感情も抑えた。


「言ったでしょう。今日ここに来たのは、戦いではありません。提案です」

「提案?」


 メイランに聞き返されながら、店の中を歩き回り、見回した。


「ハッキリ言って、アナタ方を潰すことは簡単だ。ここに来てみて、それをハッキリと確信しました」

「…………」

「ですが……それでは結局、アナタ方は納得しない。なにより、これ以上、魔法騎士たちに無用な犠牲を出したくありません。そのせいで、無関係の国民の皆さんに血を流させてしまうのは余計にダメだ。そこで――」


 そこで、歩いていたシンリー女王は、イスを踏みつけ、円テーブルの上に立った。

 必然的に、店内にいる全員の視線が、彼女一人に集まった。


「ここは一つ……お互い、魔法騎士らしく、決闘で決着をつけませんか?」


「決闘?」


 聞き返したのは、レイである。


「そうです。お互いに代表者を出し、一対一の決闘で闘い、勝利した方の言葉に従う」


 全員に聞こえるように、店内全てを見渡して、声を上げた。


「そうですね……代表者は互いに5人ずつ、ルールは勝ち抜き方式でどうでしょう?」

「5人……」


 言われて、魔法騎士の全員が互いに顔を見合わせていた。


「こちらの一人目は、もちろんワタクシ……と言いたいですが、何分、この状態なので」


 言いながら、未だ両手に残っている、手枷を掲げて見せた。


「なんだ――まだ外してなかったのか?」

「まあね……あの時、レイから奪った鍵、メアの分だけだったのよ。リーシャなら斬れるかと試してみたけど、鎖が切れるだけで手枷の部分はビクともしないし……着けてる本人だけじゃなくて、外からの魔法も全部封じるんやね」

「そうでなきゃ、仲間の魔法で簡単に壊される」

「それもそうか……まあ、刀と言っても、100パー魔法でできてるからね、リーシャ。俺もやけど」


(というか、僕のこと投げ飛ばしながら、鍵まで奪ってたのか……)


 レイは葉介とやり取りしながら、昨夜のことを思い出した。

 二つあった鍵の内、一つが無くなっていることには気づいていた。てっきり、あの戦いの中で落としたものとばかり思っていた。どうせ拘束しているのは女王と妹の二人だし、外す気も無かったから、落として失くしたとしても気にしていなかった。


(それが、まさか命懸けで戦いながら、そんなことまでしてたなんて……本当に、すごい男だ。ヨースケ……)


「まあ、そういうわけだから、女王さまは今回お休み。代わりに俺出るわ。一応言っとくけど、リーシャさんとセットね――痛い! 痛い痛い!」


 葉介が言った直後、エリエルを吊るしていたリーシャはメアの手を離れ、エリエルを放り投げつつ、葉介に飛んでいった。そして、(こじり)で頭を何度も殴りつけた。


「痛い痛い! 分かった、リーシャ、リーシャね、様付けもさん付けもしないから! ゆるしてほら、よしよし……」


 ぶつかってくるリーシャの、鞘を左手に握り、右手で柄を優しく撫でる。

 直前まで荒ぶっていた刀が、大人しくなり、葉介の手の中に納まった。


「うっかり言い間違えただけだと言うのに、デリケートな娘やなぁ……」


 ハタから見れば、お面で顔を隠しつつ、刀を人格化して独り言を語っている、異常者そのものだが……

 刀の出生を知る全員、そんな光景を見ても、疑問に思う者はいない。


「……あの男、頭がおかしいのか?」

「気持ちわるい気持ちわるいあの男気持ちわるい顔も身体も格好もやってることも全部が全部気持ちわるい……ヴッッ」


 そして、知らない約二名は、そんな異常な光景に、素直な感想を独り言ちていた。加えて、小さい方は突然両手で口を押さえて、店から飛び出した。


「……トラウマ? そりゃあまあ、大量のデスバードに襲われたらね。リーシャにつつかれたの見て思い出したのかな……違う? そうじゃない? 何がゆるせんの? うらやましいって何が?」


「決闘……良えやろう」


 葉介のおかげで、また話が脱線しかけたものの、メイランはそう返事を返した。


「5対5なぁ……アンタらを倒すにはちょうど良え。それで決着つけたるわ」


 と、口では余裕を見せながら、内心では、幸運に安堵していた。

 このまま行けば、全面衝突しかない。だが、残った戦力では、魔法騎士団にはとても敵わない。シンリー女王一人が魔法を使えないにしても、それは同じだ。間違いなく最大戦力の一人ではあるが、もう一人、葉介は健在なのだから。


「みんなも、それで文句ないな?」


 他の真騎士団のメンバーにも、異議は無いか確認を取る――首を横に振る人間は、一人もいなかった。

 実際は、メンバーのほとんどは単純に、考えもせず流されているだけなのだが……

 少なくとも、これで条件は対等になった。勝機も、十分あると確信していた。


「では、日取りは今日より……四日後としましょう。あまり時間を空けすぎて、心変わりを起こされては敵いません。四日もあれば、体を休めるにも特訓をするにも十分でしょう」


 決闘の日取りを聞いて、メイランもレイも納得した。


「時刻は正午。場所は、檻島(おりじま)で構いませんか?」


 時刻を聞き、場所を聞いて――


「檻島!?」


 そこでメイランも、レイも、話半分に聞いていただけの魔法騎士たちも、目を皿にした。


「……なにか問題が?」


 シンリーが聞き返すも、すぐさまメイランは、なんでもないと平静を装った。


(せやった――その手があった! なんで気づかんかったんや!! あっしのアホー!!)


 シンリーも、レイも、顔には出さないままに、内心で頭を抱えていた。



「では、最後に……今日から当日までの四日間、お互いに手出しをしないことを約束願いたい。ワタクシも、ヨースケさんも、城に残った魔法騎士全員、アナタ方に危害を加えることも、捕らえることもしません。アナタ方も、侵略行為や破壊行為、その他国や人に危害を加える行為の一切を停止していただきます。それらを行ったなら、その瞬間、決闘の話は無しになり、ワタクシどもは容赦なくアナタ方を潰します……逆もまた然りです」


「レイ」


 シンリー女王がひとしきり話したタイミングで、葉介がレイに呼びかけた。


「女王さまの手枷の鍵、まだ持ってる?」

「ああ……ほら」

「ならよかった……それは約束の証ってことで持ってて。決闘で勝ったら返してもらうから」

「ああ……分かった」

「失くさないでよね」

「分かってる……お前たちこそ、この鍵、盗み出したりするのは無しだぞ」

「はーい」


「……あっしからも、条件一つ良えか?」


 白と黒が会話を終えたタイミングで、赤色が、黒に対して声を上げた。


「そっちが勝ったら、女王はんの鍵は返す……こっちが勝ったら、ヨースケ、アンタ、あっしと結婚しなはれ!」


「…………………………………………………………………………イイよ」


(すげーイヤそう……!)


「セリフと反応が一致していないようだが……本当にいいのか? ヨースケ」

「今さら、断れる空気ではなかろう? リーシャもそれ分かってくれてるから、ジッとしてくれとるし……めっちゃ怒ってるみたいだけど」


 そんな、白の最強と、黒い死神のやり取りが――この場にいる全員に対して、女王と、ついでに赤色が発した約定の締結を示すことになった。


「……提案を受けて下さり、感謝いたします」

「いえいえ、なんのなんの」


 円テーブルから床に降りて、最後に女王と頭は、そう会話をしていた。


「では、ワタクシどもはこれで――」


「待って!」


 帰ろうとする女王の言葉を遮り、ずっと黙っていた妹が、慌てて声を上げた。


「ねぇ……セルシィはどこ? ここにも、外にもいないみたいだけど」


 実際、メアはシンリーや葉介が話している最中も、二人を気にしつつ、ずっとキョロキョロと店の中や外を見回していた。


「セリスやったら、ここにはおらんえ……今は青色の子ぉら何人か連れて、北区で城下町からの避難民の相手しとるわ」

「え……北区にいるの?」

「上級区の金持ちらや中級区の守銭奴どもが、よそ者歓迎してくれるわけないやん。全員、北区に追いやられて、適当な場所で寝泊まりしとるえ?」

「そう、なんだ……元気にしてる?」

「どういう意味で聞いとんのか、よぉ分からんけど……少なくとも、病気はしてへんえ?」

「そっか……」


 そこまで聞き出してから……


 今度こそ、女王と妹とお面は、酒場を後にした。




「リーシャもそうだけど、この世界に来てからというもの、なんでこんなにモテてんだ俺? 顔はもとより、背も低いし身体もこんなだというのに……」


 酒場を後にし、その酒場のある居住区を歩いていきながら、ヨースケが、傷だらけの歪んだ手で顔を搔きむしりつつ声を上げた。


(なんで、そこでセルシィの名前が出ないんだよ……!)


「ふむ……この国、というか、この世界では少なくとも、優れた容姿というものは魔法で簡単に手に入れることができます。個々人によって好みはありますし、もちろん容姿も判断材料の一つには違いありませんが……現代を生きる人々はむしろ、そんな容姿以上に、その人がどんな性格か。どんな行動を起こしたか。それらを重視し、好意を抱く傾向が強いようです」


 メアが静かに怒りを浮かべている横で、葉介の質問にはシンリーが分かりやすく答えた。


「……の割には、あの、シェイルだっけ? おっさんの素顔見るなり速攻で嫌ってたよね?」

「今言ったように、美しい顔や身体は、今となっては当たり前のものになっている。逆に言えば、それをしないということは、【加工】してもらう程度の金も、自力で【加工】するだけの魔法の腕さえ持っていないという指標にもなります。なので中には、前提でもあるそれが無い時点で、それ以外を知ろうともせず見切りをつける人間もいる。単純に、綺麗でない顔を受け入れられないという人もいるでしょうが……いずれにせよ、男はもちろん、人間をマトモに見る目の無い愚か者の典型です」

「実際、汚い顔しとんのやから、忌み嫌うのは当然だろうよ」

「当然ではありません……自分も、ヨースケさんに恋をしていましたから」

「気のせいだ」


 サラッと語られたシンリーの気持ちに対して、葉介も、いつかのようにサラッと返事を返した。


「気のせいではありません……アナタがファントムでなく、なにより父でさえなければ、自分はぜひアナタを夫として迎えたいと、カリレスの時から思っていました」


「…………………………………………………………………………そう」


(すげーイヤそう……)


「……相変わらず、モテるね、おっさん」


 酒場と同じように、お面を着けていても分かるくらい、イヤそうな反応と態度、加えて、お面すら (´’ω’`)(こんな顔) に変化していると錯覚するほどの様を葉介が見せ、それをジンロンが感じ取ったところへ、メアが皮肉めいた口調を投げかけた。


「……女王様の妹君からは、随分嫌われちゃったみたいやね」

「妹じゃないよ」


 葉介の投げやりな発言に対して、メアは即答で返した。


「あの娘はエリエルじゃ……ボクらの妹じゃない」


 メアが言っているのは、二人がはるか昔に亡くしたはずの末妹のこと。そんな末妹を自称している、今、あの酒場にいる、金髪に褐色という、この姉妹と同じ特徴を備えた少女のことだ。


「……前に、野外訓練の時に、馬車の中で話したさ、デスニマになった魔法騎士の話、覚えてる?」


 その質問に、葉介が頷いたのを見て、続きを語った。


「とあるデスニマ討伐の任務で姿消しちゃって、その三日後に、デスニマになって帰ってきた魔法騎士……それが、エリエルだったんだよ」

「……預けてた里親と一緒に、あのクズババァに殺されたって、インランさん言ってなかった?」

「淫? メイランね……そうだよ。ボクもジンも、ずっとそう思ってた。まだ三歳、殺されたと思った当時は四歳か五歳だったかな? エリエルのこと預けてた、あのクソ女の実家の家族ごと、一緒に殺された。そう思ってた」

「なんで、よりによって生き残った妹をそんな所に……?」

「自分の失敗です」


 メアへの質問に対して、今度はシンリーが答えを返した。


「あのクズ女は、城へ来た当時から、子どもだった自分にも分かるくらい、実家のことを忌み嫌っていた。実際、有り余るほどの仕送りを受け取っておきながら、一度たりとも実家へ帰った様子はなかった。二度と帰ることも無いのなら、逆に安全だと思ったのです。クズ女のご両親は、少々古い価値観は抱いていたものの、クズ女とは違って、城にも伝え聞くほどの人格者として知られていましたから」

「あのクズババァが政治家になれたのも、そういう理由……」

「ええ。城へのコネも持っていましたし、加えて母は、あのクズ女のご両親には恩があったそうですから……屋敷は人里離れた山麓(さんろく)部にありました。だから、人に見られる危険も少ないと思ったのも、里親として選んだ理由の一つです……なにより、嫌っているとは言え、実の家族が一緒ならば、クズ女とて、無茶なことはしないだろうと」

「それが、裏目に出ちゃったと?」

「うん。証拠も無いし、表向きには迷宮入りってことになってるけど……よく酒に酔って自慢してたからね。あの古臭い毒親ども、屋敷ごとアタシの手で殺してやったってさ」

「本っ当に分かりやすい性格しとるな」


 今さら、あの女のことをとやかく思うのは、それだけで時間の無駄だ。

 だから、話を本題に戻すことにした。


「で、そうして死んだと思ってた妹さんが、魔法騎士として帰ってきた、と?」

「うん。何年も前に――多分、メイランが外国に行って、全然姿見なくなったころ。ずっと記憶を失くしてたけど、それが戻ったから、帰ってきて、魔法騎士になったって。本人だったら、まだそんな歳でもないはずなのにさ……まあ、本当の歳なんか分かりっこないし、ボクの前の第4関長、仕事も適当で、他人や部下のことちっとも気にかけない無能なヤツだったから。それでも、誰にも秘密にするしかなかったけどさ。帰ってきた後も……デスニマになって、死んだ後も――」

「本人に間違いなかった?」

「もちろん、ボクもジンも、最初は疑ったよ。顔とか髪型とか体格とか、すっかり変わってたし……オマケに、さっきの娘と同じで、一言もしゃべれなくなってた。けど、ボクらやお母さんと同じ、この国じゃ珍しい黒い肌で、金髪。それに、ボクら家族にしか知らないことも、いくつも知ってた。それで、間違いないって思った。この娘は……家族だって」

「ふーん……そう」


 メアの曖昧な返事を最後に、葉介は顔を背けてしまった。それが、この話題は終わりだという合図だった。


「てか、覚えとく価値も無いから忘れてたんだけど……あのゴミ、カリレスから逃げたまんまだけど、放っといていいの?」

「構いません」


 新たな話題に対して――シンリー女王は、深く、暗く、重く、冷たい声を発した。


「どうせ、この国からは逃げられません。ゴミが持っていた金や全財産も、女王のドレスを取り戻したついでに全て差し押さえておきました。他に行くアテも無く、放っておいても野垂れ死ぬ……その前に必ず見つけ出し、今度こそ殺す」


 いつの間にやら荒れていて、雨が降り出した空の下。

 そんな天気が示すように、いつもと変わらぬ表情のまま、駄々洩れにされた姉の殺意に、メアは震え、葉介は、顔を掻きむしるだけだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 小さな島国である以上、どんな場所にいようとも、国全体の天気はそう変わらない。

 ある場所で雨が降っているなら、国内にいる限り、どこへ行こうとも同じように雨は降る。

 城だろうが。町だろうが。農家だろうが。海だろうが。

 当然、山だろうが。森だろうが。

 たとえ、人が歩いていようとも、お天道様が人間の事情をおもんばかるはずもなし。

 その人間が雨に濡れ、風邪を引こうがケガをしようが、変わることなく雨は降りしきる。



 もっとも……そんなものに苛まれるまでもなく、彼女はすでに、壊れている――


「ぅぅ……ぅあぅぅ、うぅぅぁぁぅぅ……」


 口からは、意味のない声をただ発している。おぼつかない足取りと、無意味に振り回している両腕は、まるでそこに四肢が揃っているのを確かめるのに必死なようにも見える。

 そんな調子で無意味に広く歩いているせいで、伸びている木々、切り立つ崖に無駄にぶつかり、雨という天気も相まって、何度も転んでいる。服は、泥も水も吸い尽くして色も柄も分からなくなり、履いていたであろう靴も靴下も、両足ともに失くなっている。


「ぁぁえぇぅぇ……ぅうおぅぅぇぇ、ぅぅあぅぅぁぉぅ……」


 言葉にならず意味もない声は、動物のように枯れていて、大量の雨粒が降っているのに、渇いていた。そんな声をひたすらに出しつつ、無駄に長く細い手足を振り回しながら、ワザとらしくくびれたウェストに、極端に膨れたバストとヒップを揺らしながら、雨の中をフラついている様は、もはや化け物が踊っているようにしか見えない。


「ぃぃぁえぃぃあぁぇう……ぅぅぇえぇぃぃあ、ぅぅぁあぁぅぅ……」


 そんな化け物踊りを披露している女は、雨に濡れることも、どしゃ降りに打たれていることも無視し、白い素肌や手足への傷さえ無視し、何を見るでもなく、何を目指すでもなく、ただひたすら、緑に囲まれた道を歩いていき……



「ぅぅぁあぁ――あ?」


 やがて、立ち止まった。


「ぁぁ……あ、あ、あ……」


 立ち止まって、顔を上げた。顔を上げて、視線を向けた。

 視線を向けたその先にある、ソレを見て――


「あ、あ、ああ、あああ……ッ――――――――――――――――――――!!」


 枯れて渇いた絶叫は、降りしきる雨と、ちょうど鳴り響いた雷によってかき消された。

 絶叫がかき消されている間に走り出した化け物女は、視線の先にあったソレに向かって、ボロボロになった身を打ちつけた。

 大理石を思わせる、白く立派な洋館。周囲の塀や扉、屋敷自体も所々壊れていて、修理されている様子もない。もっとも、雰囲気だけを見れば、庭が荒れ放題なことや、明かりがまるで点いていないことを確かめるまでもなく、長い間誰も住んでいないことは誰でも分かる。

 襲うべき人間など一人もおらず、襲って得るものも何もない。

 放置された無人の廃墟だということは……大よそ正気と呼べるものを失っていた、化け物女自身がよく分かっていることだった。

 どしゃ降りの中で踊り続けていた化け物女は、正気を取り戻したと同時に、思い出したくもなかった記憶まで、思い出すことになった――



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――なんて可愛らしい子たちなんでしょう……


 二度と帰りたくもないと思っていた実家を、十何年かぶりに訪ねてやった時。最初に聞こえてきたのは、顔も見たくないと思っていた両親の汚い声だった。


 かわいい? アイツらは今、かわいいって言ったのか?


 生まれてこの方、実の両親からは一度も聞かされたことのない言葉だった。

 当たり前だ。アタシの生まれつきの顔のひどさは、他ならぬ、アタシ自身が一番よく知ってる。父親や母親はもちろん、使用人とかメイドとかにさえ、言われたことはなかった。

 実家でさえそんな調子なんだ。実家から一歩外へ出た先にいる、当時のアタシと歳の近かったガキどもが、かわいいだなんて言ってくれるわけがない。

 どいつもこいつも、人様の顔を見るなり分かりやすく顔をしかめていた。意地の悪いヤツの中には、分かりやすく、ブサイクだ汚いだゴミだと、正直な感想を述べてくれて、あげく、魔法やら力ずくで嫌がらせまでしてくる始末。

 それにムカついたから仕返ししてやったら、クソガキも、そのクソ親も、アタシの両親さえ、一方的にアタシを悪者にして。勝ち誇ったクソガキの向けた顔が、アタシと違って綺麗に整っていたのが心底ムカついた。


 アタシも、他の子たちやメイドさんたちみたいに、魔法を使ってキレイにしてよ!!

 そう何度も、涙ながらに叫んだことだってあった。それを、頭の固い時代遅れの年寄りどもと来たら――


 ――見た目の良し悪しなんか関係ない。大切なのは気持ちだ。

 ――お父さんとお母さんを見なさい。生まれつきの顔だし、そんなに綺麗じゃないだろう? けど、大勢の人たちに慕われて支えられて、ここまでやってこれたんだ。

 ――形だけ綺麗にしても、上手くいくとは限らない。むしろ、外見だけ綺麗にしても、今度はそれに伴った中身を求められる。まずは中身を磨いて、外見は後からついてくる。


 ……いったいぜんたい、何を言っているのやら、子どもの時から、大人になった今でも、全く理解できない。

 顔が重要じゃないのなら、どうしてアタシはイジメられるんだ?

 キレイじゃなくていいのなら、どうして誰もアタシを可愛がらない?

 子どものころから、どれだけ言い聞かせられてもそうとしか感じてこなかったし、そのせいで実際ひどい目に遭ってるのに、どうして助けてくれないんだって、疑問でしかなかった。

 そうでなくとも、魔法がまだまだ一般的じゃなかった時代を生きて、たまたま成功を収めただけの老夫婦の言葉なんか、なんの説得力も感じない。

 周りのクソガキどもを見てみろ。全員が全員、顔も身体も、魔法で綺麗に整えてるじゃないか。

 だからイジメられることも無いし、親からも、周りからも可愛がられてるんじゃないか! 成功してるんじゃないか!! アタシ一人がゴミなんじゃないか!!?


 そんな現実を見もせずに、意味も価値も無い謎な綺麗事ばっか押しつけてくる。

 親がやってくれないなら、自分でキレイにしてやる! そう思って魔法の練習をしようとしたら、見つかって、怒られた。

 大人になるまで魔法は禁止だ! 理由は、危ないからだとさ。

 クソガキどもはみんな、その危ない魔法を使って遊んでいるのに。危ない魔法をアタシに向けて、いつも楽しそうに遊んでるのに……

 魔法が使えないせいで、そして、ブサイクなせいで笑われて、イジメられて、遊ばれたのは、いつもアタシ一人だけだった。



 そんな役立たずでボンクラなクズどものくせに、人望と、コネと、金だけは持っていた。だから、大いに利用させてもらった。そのおかげで、このクズどもに恩があるらしい王女――後の女王を通して、お城で働く政治家になれた。

 政治家になって、家を出た後は、即行で汚い顔も身体も【加工】した。

 その後は、顔と身体の次に欲しかったものを買い漁った。

 キレイな服。可愛いアクセサリー。美しい絵画。おしゃれなインテリア。愛くるしい小物。


 キレイ。可愛い。美しい。おしゃれ。愛くるしい……


 醜い。汚い。怖い。目の毒。

 ウザくて煩わしくて面倒くさい目障りなヤツらからそう言われてきたせいで諦めていた、見ていて癒され、心ときめき、洗われ、爽快な気持ちにしてくれる宝物たち。

 買い漁り、収集した。飽きて、古くなったものは窓から棄てて、新しいものをまた買った。

 そこまでして、ようやく自覚できた。

 アタシはやっと、汚いゴミから、マトモな人間に成れたんだって……


 色んなものを買い漁り。色んなものを窓から棄てて。

 それを繰り返すうち、一番欲しいものを思い出した。

 白く輝く、けどカラフルな、この国で最も美しいドレス。けど、とてもお金で買うことはできない、女王だけが着ていいドレスだ。

 子どものころから、女王を遠くから眺める度、ずっと着たいと憧れていた。

 政治家の一人として仕事しながら、女王が着ているのを見る度に、アレは絶対、アタシの方が似合う。そう、いつも思っていた。


 似たようなデザインで作らせたこともあった。けど、所詮はニセ物。

 女王から特別に着せてもらったこともあった。けど、所詮は借り物。


 アレが欲しい……

 アレがいい……


 とは言え、正直に欲しいと言って、くれるような代物でもない。あのドレスは、女王でなければ着られない。

 さすがにそれは分かっていたから、諦めていた。

 子どもの時からそうしていたように、諦めた。

 今まで通り、諦めたのに……


 いくら、欲しいと思ったものを買い漁っても。

 筆頭大臣になっても。

 なにを手に入れても。

 女王のドレスが。欲しくて。欲しくて。欲しくて。欲しくて。欲しくて――



 誰かが話しかけてきた。顔や身体はキレイだが、歳を取ったゴミだった。そのゴミが、このアタシに向かって話しかけてきた。

 内容はいちいち覚えていない。そもそも、話半分で聞いていた。それでもイライラさせられた。イライラしつつも、ソイツが女王に不満を持ってるから、自分に協力してほしい。そんなことを言っているのだけは分かった。

 なんでこのアタシが、ゴミのお願いなんて聞くと思ったんだ? そんなに女王が不満なら、女王を殺せばいいだろう?


 ――ああ、そっか。


 その時、ようやく気づいた。なんでずっと気づかなかったのか、本気で分からなかった。

 最初から、諦める必要は無かった。ゴミじゃなくなったアタシが、ガマンする必要無かったんだ。

 ウザいヤツ。キライなヤツ。ムカつくヤツ。邪魔なヤツ。

 ソイツら全員消しているうち、筆頭大臣になっていたのと同じように。

 女王が邪魔なら、女王がいなくなればいいんだ……


「あらあらあら――」


 まず、とっくの昔に娘夫婦に王位をゆずって、引退した身のくせにエラそうに口を出していた先王夫婦(老害ども)を消してやった。

 その後すぐに、女王よりもガードが緩い国王(カス)を殺して、森に埋めてやった。

 そしたら思ったとおり。反吐が出るくらいイイ子ちゃんぶって老害を慕うわ、ベタ惚れしたカスと事あるごとに惚気ていた女王(バカ)のヤツもおかしくなって、三人の王女(ガキ)どもと一緒に、姿を現さなくなった。


 老害が消え、カスが消え、国政、国営、全てを取り仕切っていたバカが腑抜けに変わった結果、必然的に、筆頭大臣のアタシがその役を継ぐことになった。

 後は、残った女王(バカ)さえいなくなれば、正真正銘、アタシが女王。

 あのドレスはアタシのもの。

 ついでに、この国も……


 だから殺した。

 あのバカと来たら、お人好しなうえにアタシの両親のことを信用しきってたもんだから、娘のアタシのことも、ずっと信用しきってくれていた。だから、夜中に魔法の絨毯で適当な場所まで連れ出して、適当な理由で杖を預かって、悲鳴を上げないよう喉を加工して潰して、見つかってもバレないよう、顔も身体もデタラメに【加工】して、そのまま絨毯から突き落としてやった。


 バカと同じように、邪魔なガキども三人も殺してやろうと思ったけど――

 殺そうと思った時には、城から姿を消していた。

 どこへ行ったか気にはなったけど、王女と言っても所詮はガキども。放っておいても、適当に野垂れ死んでくれるだろう。

 カスに続いて、バカまで失踪したってことにしても良かったけど、バカのことが好きな大バカはこの国には大勢いる。だから、本当はあのドレスを着て、アタシが女王だって名乗りたいのもガマンして、バカはまだ生きてて、自分はたまにソイツの言うことを聞いてやってる。そうごまかすことにした。

 ごまかすのは簡単だった。ぶっちゃけ、城で長く働いてる年寄りどもならともかく、若い政治家や、若い労働力の中に、バカやカスに興味があって、心配するような人間はほとんどいない。どうしても代わりが効かないのを除いた、年寄りどもさえ追い出しちまえば、疑問を持つ人間はいなくなった。

 そうやって、女王を殺して二ヶ月とかからず、城内も体制も、何もかも理想的に作り替え――



 その後のことだ。

 どうしても他に手を回せる人間がいなくて、仕方なく、このアタシが、(クズ)どものいる屋敷を訪問することになった。

 普通の道から実家の屋敷までの道のりは、相変わらず、うっとうしいくらいに恵まれた緑に囲まれていた。

 子どものころからこの道が嫌いだった。木も、土も、虫も、鳥も、動物も――

 このアタシの服や体にまとわりついて、汚してくるもの、全部。

 そんなものは見たくもなかったから、子どものころ、魔法と一緒に使ってくれようとしなかった、魔法の絨毯に乗って、さっさと屋敷を見つけだした。

 実家には一度も帰っていない。こっちからわざわざ連絡もしない。

 だから、クズは二人とも、今のアタシの顔は知らない。ゴミだったころのアタシの顔しか知らないんだから、アタシだって気づきやしないだろう。

 だから、適当に他人のフリをして、さっさと用事を済ませて帰る。娘のことを聞かれたら、適当に元気にやっていると返してやれば、満足するだろう――



「なんて可愛らしい子たちなんでしょう……」



 玄関から中へ入ろうとした瞬間、聞こえてきたのがそんな、老けたクズの汚い声だった。


 可愛らしい? 可愛いだって? 実の娘にさえ、一度も掛けたことのない一言――


 かわいい?


 信じられない気持ちやら、怒りやら混乱やら色々と湧き上がった中、とにかく中を覗いてみたら――

 すっかり老け込んだ両親(クズども)が、二人の女の子と、庭先で遊んでるのが見えた。

 二人とも、黒い肌をしていて、金髪のキレイな髪を揺らして。殺した女王(バカ)にそっくりな見た目だった。

 けど一番驚いたのが、女の子の顔を見た瞬間だ。

 二人とも、確かにかわいい、キレイな顔をしていた。けど、チビの方はともかく、デカイ方。誰よりも【加工】を望んできたアタシには分かる。あれは、間違いなく魔法で加工された顔だ。後から作った顔だ。

 そんな顔をした、女の子二人を相手に、クズどもはデレデレしながら、カワイイ……



 ――ふざけんなああああああああああああああああああああああああああ!!!



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はぁ……はぁ――」


 あの時と同じ……

 気づいたら、手には杖を握りしめていて、魔力は空っぽになって、顔がヒクヒクひくついている。

 やたら息は荒くなって、心臓とか血管とか、音が聞こえるくらい高鳴っている。

 ついでに言えば……魔力が空になるまで魔法を撃ったくせに、屋敷が大して壊れていないのも、当時と同じ。


 もちろん、あの時とは違うこともある。

 あの時の空は晴れていた。今は、どしゃ降りの雨が家も女も濡らしていた。

 あの時の屋敷は、当たり前だが今よりキレイだった。庭には大切に使い古されてきたイスやテーブルが散らかっていたし、母親(クズ)が作ったんだろう、お茶とお菓子も汚く散乱していた。

 あの時はどうやら全員が休みで不在だったらしい、長年屋敷に仕えていたメイドや使用人たちも、今ごろどこでなにしているやら――


 そして、あの時と今で最も違うのが。女の足もとに、クズが二人、転がっていたこと。

 体中にアザが浮かんで、鼻や指先といった体の末端部分が曲がり、頭部や、随所が陥没していた。

 昔からよく使ってはいたが、特別鍛えていたわけじゃない魔法、【光弾】。威力はむしろ貧弱なのも、今もあの時も変わらない。

 それでも、人一人くらいは簡単に吹き飛ばせる。当たり所が悪ければ当然致命傷になる。まして、両親はともに高齢。いくら筆頭大臣の貧弱な魔法でも、魔力が尽きるまで数に物を言わせれば、ひとたまりも無かった。


「ううううううあああああああああああああああ!!!!!!」


 そして、あの時も、こうして声の限り叫んでいた。

 クズどもがデレデレ愛情を向けていた、女の子の姿が無かったせいだ。

 クズどもと一緒に、ぶち殺すはずだった、クソガキ二人も、逃げちまったんだから……


「――――」


 だが同時に、気づいたことがあった。


 クズどもはどうして死んだのか?

 クズだったからだ。汚い顔を恥じもせず、直すこともしないゴミどもだったからだ。

 ガキどもはどうして逃げられたのか?

 人間だったからだ。クズどもにも愛されるような、かわいい顔をした人間だったから死ななかったんだ。

 若さもキレイさも無いゴミやクズ、生きる意味も価値も資格も権利も、一つもありゃしないんだ。

 そんな常識、アタシが一番よく知っている。昔、人間の子どもたちが楽しそうにそう言いながら、毎日ゴミを殺そうと遊んでいたんだから。


 それを思い出して、それを悟って、その時、気づいた。

 ただ、子どもの時からずっと、女王のドレスが欲しくて欲しくて。そのドレスが手に入った以上、こんなチンケで狭苦しい島国にはもう、興味も思い残すことも無い。そう思っていた。金は十分持ってることだし、ドレスと金を持って、こんなクソ田舎さっさと捨てて出ていこう。そう考えていた。


 けど、それじゃあダメなんだ。このまま放っておいたら、この国はゴミであふれかえる。

 ただでさえ、国王(カス)女王(バカ)も、年寄りだろうがブスだろうが甘やかしていた。そのせいで、人間の顔じゃないブサイクなゴミはもちろん、歳を取って人間じゃなくなったゴミどもは、ゴミどものくせに、まだ自分が人間だと勘違いしてのうのうと人間ヅラしてやがる。人間(クソガキ)だったころ散々、ゴミはいらない死んじまえと、白い歯見せて笑っていた分際で、だ。


 もちろん、そんなこと、許しちゃいけない。許されるわけがない。

 他でもない人間(クソガキ)どもが言っていた。この国は、この世界は、人間のものなんだから。ゴミに居場所なんか、この世界には一つも無いんだから。

 そのことを、カスもバカも気づいていなかった。どころか、言っていた連中すらそのこと忘れて、今この国でそのことを理解してる人間は、アタシ一人しかいない。


 なら、アタシがこの国を綺麗に掃除するしかない。

 それが、あのドレスが世界一似合う、アタシの使命だ。

 キレイな人間だけの楽園。キレイでなくなったゴミは棄てる。

 そんな正しい国を作ることこそが、女王である、アタシの天命。

 ドレスよりも欲しかった、理想の国――キレイナクニを手に入れるんだ。



 それなのに――


 天命に気づいたから、今までがんばってきたのに――


 人間たちのためのキレイナクニを、女王として創ってきてやったのに――



「……あら……あら、あら――」


 イヤなことやムカつくこと、面倒なことや不快なことや覚えのないこと、なにより、毎日でもドレスを着たかったのに、自由に着られなかったこと。全部が全部ガマンして、がんばってきた。

 そこまでしてやってきた報いが、実は生きてやがったあげく、アタシのドレスを盗んで着飾った、女王(バカ)(クソ)からの、わけの分からない理不尽な逆恨み。


 こっちは、こんなド田舎臭い島国を、正しい理想の国にしてやるために人生ささげてやってきたんだぞ。

 そのために、他でもないアタシにとって邪魔な、母親(バカ)父親(カス)だって掃除してやったんだ。


 怨むどころか、礼を言うのが筋だろーが!

 土下座して! ドレスと全財産お供えして!

 貴方を邪魔する両親(ゴミ)を掃除してくれて、この国をキレイにしてくれてありがとうございます、だろーが!?

 今までおつかれさまでした、だろーが!!

 あとはどうぞお任せください、だろーが!!

 アタシに対してそうするのが、人間としての道理だろーが!!?


 なのにしてきたのは礼じゃなくて、このアタシへの魔法の暴力と国の強奪。

 そんな性根のイカレたクソを、バカと同じように持ち上げる頭のイカレた国民(ゴミども)

 同じ人間だと認めてやっていた魔法騎士どもは、このアタシを護りもしないで。


「だったらもう――いらねーよ! あんなドレス!! こんな国!!」


 ずっと欲しかった。ずっと着たかった。だから手に入れてやったのに、何度着ても、どんなふうに着ても、宝石とかと組み合わせてみても、女王(バカ)(クソ)が着ていたみたいに、ちっともアタシをキレイ見せない。

 そんなドレスに、もう価値なんか無い。

 ドレスと同じ、このアタシの思い通りにもならない国なんか、残しておいてやる価値も無い。


 もういらない。ドレスも。国も。

 いらないものは、窓から棄てる。

 国がアタシを捨てるんじゃない。アタシがドレスも、女王も、この国も、全部が全部、棄ててやるんだ。


「……フフ……フフフフ――」


 当然、ゴミクズバカクソどもが、この国で、人間として生きていくことも認めない。

 アタシをこんな目に遭わせやがったヤツらに、気づかせてやるんだ。

 お前たちは人間じゃない。生きる価値の無い、ゴミクズバカクソだってことを。


 このアタシが……


 女王として――


 雨に打たれ、泥にまみれ、疲れ果てていたクドイ顔は、今まで通りの邪悪さ下品さをそのままに、今までにないくらい、晴れやかに輝いていた。





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