第4話 弟子と野外訓練
馬車が走っている。
午前中の空の下を、走っている馬車は七台。全て、二頭から成る馬に引かれ、前に進み揺れている。
馬車にはそれぞれ、六人から八人の若い魔法騎士たちが乗り込んでいる。表情は、無表情だったり、のんびりうたた寝をしていたり、分かりやすく憂鬱を浮かべていたり、狭くて揺れる馬車に酔って吐きそうな顔をしている者もいる。
そんな若者たちを乗せた馬車群の、先頭を走っているのは……
「……して、何ゆえ私は、後ろの皆さんではなく、先頭走る関長の方々とご一緒なのでしょう?」
敢えて敬語を使って、自身の目の前や隣に座る関長三名に、問い掛けてみた。
「ん……下手に一緒になって、あれこれ話されても面倒」
「まあ、そりゃあ話すことも、話せることも無いから、ありがたいけれど……」
「師匠に感謝して、弟子……」
「心より感謝の意を。ミラ様……」
再び敬語で、皮肉っぽく感謝を伝える。それに胸を張るミラを横目に、すぐ敬語をやめた。
「とは言え、俺がこの馬車乗る時の、部下の皆さんの顔見た? あんまり目立つようなことしたくないんやけど」
「いや、おっさん、今の時点でかなり目立ってるからね? 城でも一般騎士たちの間じゃ、おっさんの話題で持ちきりだしさ」
「でしょうな。だからとっくに諦めてます」
馬車に乗る前、メアによる号令の時点でそれはよく分かっていた。
昨日今日この世界にやってきて、無理やり魔法騎士とやらにされた葉介からすれば、誰が誰の部下になろうと、それがミラであろうと、関係ないことだし興味もない。だからそれが、どの程度の大ごとと言われても理解できないし実感も無い。
だから、わざわざ考えないようにしていたのだが……
ついさっき、ほとんど無理やり目の前で見せられたのだ。ミラの弟子にされた自分が、若い連中にとってどういう存在か。理解するなという方が無理な光景だった。
「ま、おっさんも何だかんだ口固そうだし、魔力が無いとか余計なことしゃべんないのは分かってんだけどね。ぶっちゃけ、単におしゃべりしたかっただけだし」
「メア様がおしゃべりしたいってだけで、私をこの馬車に?」
「ううん。ボクじゃなくて、セルシィ」
「ちょ……!!」
「セルシィ様?」
セルシィの方を見ながら、呼びかけてみる。平然としていたはずのセルシィは顔を真っ赤にし、すぐさま目を背けて、メガネをいじり出した。
(そんなに気持ち悪がることも無かろう……慣れてるから良いけど)
昔から、特に年下の女子によく嫌われてきた経験から、そう内心で表情をしかめた。
「私と話したところで、なにも面白い話題などありませんよ? ねえ、ミラ」
「ん……話せるのはせいぜい、昨夜食べた野草や魚は不味かった、てことくらい」
「なんですか? 野草に魚って……」
今度はセルシィが顔をしかめたものの、葉介は気にせず続きを話していく。
「どうせなら、おととい殺したデスウルフ、何匹か持って帰っときゃあよかったよ」
「……食べるの? デスウルフ?」
「……食べんの? デスウルフ?」
問いただしたメアはもちろん、セルシィに、ミラまで眉をしかめた。
「うーん、まぁ……がんばったら食べられるかもだけど、腐ってるし、草よりも不味いんじゃないかな?」
「え? 腐ってんの?」
「ん……ていうか、いくらがんばっても、死骸が残らないから食べられない」
「あ、そっか……」
「え? 死骸残らないの?」
「あー……セルシィ、デスニマの説明してあげて」
「え? 私、ですか……?」
メアからまた話を振られて、再び葉介と向き合う。すると、さっきと同じように目を逸らしてしまって、葉介は再び、内心傷ついた。
「えっと、デスニマというのはですね……簡単に説明すると、死んだ動物たちのお化けですね?」
「お化け……」
お化けという単語を聞いて、おそらく日本人の誰もが思い浮かべるであろう姿を例によって思い浮かべている。そんな葉介に、セルシィは続きを話して聞かせる。
「えっと、魔法というのは、私たち人間に宿った魔力と、空気中のマナが作用することで発動する、というのはご存じですよね?」
「いいえ、知りません」
「え――」
葉介に即答されて、すぐに彼が、異世界人? であり、この世界のことを知らないらしい、ということを思い出した。
「その……今言ったように、空気中には、『マナ』という物質が漂っているのですが、私たちが魔法の呪文を唱えたのを合図に、体内の魔力が放出されて、それがマナと交わり、作用することで魔法となります。火を出す呪文なら火の魔法、光を照らすなら光の魔法、というように……ここまでは分かりますか?」
「……ええ。何とか」
魔法も無く、剣も滅多に見かけない。そんな世界で生まれ育った葉介でも、人並みにはサブでポップなカルチャーに触れてきた世代ではある。なので、セルシィの語った、かなり非科学的なファンタジック理論を聞いても、理解する程度の教養(?)は持ち合わせている。
(色々ツッコミ所も多い話ではあるが、今は置いとくか……)
「空気中のマナというのは、本来、魔力が無ければ意味のない物質で、魔力と交わった後は、魔法から再びマナに戻ります。しかし、まれに、魔法としての役目を終えたにも関わらず、中々マナに戻らない魔法――『空魔法』がそのまま空気中をさまよって、それが死んでしまった動物の死骸に宿ることがあります。それで、その魔法が作用し、死骸であったはずの動物が動き出したもの。それが『デスニマ』です」
「デスニマ……」
死んだ動物――デス・アニマル。英語由来の実に分かりやすい造語である。
(要するに、ウィルスでなしに、魔法で動いてるゾンビってわけね。動物の……)
「デスニマとなった動物は、狂暴化して、近くに人がいれば一目散に襲ってきます。一応、乗り移った動物の体は死んだままなので、放っておけば、いずれ朽ちて動かなくなってしまう、という話もありますが……でも、そうなる前に人や家畜、他の動物に被害が出てしまう。しかも厄介なのが、一匹のデスニマが生まれると、二匹目以降が生まれやすくなってしまうんです」
「それは厄介ですね」
「中には空気中の魔法を更に吸収したり、他の生き物を襲って食べたりして、体が大きくなるデスニマも現れます。そうして吸収した魔法を使って、小さな仲間を生み出し操る個体も出てきます」
「……それが、親?」
「そうです。そんなふうに、危険が多く、生かしておくメリットも皆無なので、デスニマ、特に親が現れたら、早急に駆除する必要があります」
「おとといのアナタ方は、その駆除のためにやってきたと?」
「そういうことになります」
物と物を上手いこと組み合わせ作用させれば、人間にとっては便利な道具と化す。だが同時に、老廃物的なものも一緒に生み出してしまう。
葉介の世界なら二酸化炭素。この世界では空魔法。
(化学も魔法も便利だけど、公害を取るか、獣害を取るか……ある意味、究極の選択)
「えっと……動物の死骸に、マナに戻らなかった空魔法が宿ったのがデスニマ。デスニマは一匹生まれると、二匹目以降が生まれやすくなる」
「そうです……もちろん、一匹目が生まれた後、都合よく二匹目の死骸が辺りに転がっていれば、ですが」
「……でも、動物襲ったら、襲われた動物は死骸になりますよね?」
「……デスニマになる前に食べちゃうから、死骸は残らないと思うよ?」
「ああ……死骸が最低限残ってなきゃデスニマにならないんだ」
「そ。中には、襲った動物に魔法を掛けて、仲間にしちゃうデスニマもいるって噂もタマに聞くけど、そんなの今まで見たことないし、仲間にする前に普通に食べちゃうって」
「ふむ……で、そのデスニマが、放っといたらデカくなったのが、親と呼ばれる個体であると」
「そうそう」
「普通サイズから親サイズになるまでの期間は?」
「……どうだろう? 測ったことある人なんていないからなぁ……でも間違いなく一日二日じゃ無理。最低でも三日以上は余裕で掛かると思う」
「……で、親は自分の中の空魔法を使って小さい仲間を生み出せる……それが子供?」
「ん……だから、その魔法を使ってる親が死んだら、親が生んだ子供も全部死ぬ。子供は魔法の塊。本物の死骸だった親の死骸まで消えるのは、どうしてか分からないけど……だから、死んだら死骸は残らない」
(そういえば、俺が倒したデスウルフも、気がついたら死骸が全部消えてたっけね……)
「……もちろん、親になる前の小さいデスニマも、倒したら死骸は残らない。だから、食べられない」
「なるほど。よく分かりました」
そう語りかけると、三人とも、ホッと一息ついた。
デスウルフ――デスニマを食料に。そんなことを言い出す人間、今まで葉介以外にいなかったということだろう。
当の葉介はと言うと、腕を組んで、考えた。
「そうか、それで……だから、デスウルフたちも、私でも倒せてしまうほど弱かったわけですね?」
「……へ?」
納得した様子のそんな発言が聞こえて、視線を逸らしていたセルシィは、声を上げつつ葉介と目を合わせた。
「動いてはいても死んでいる以上、肉体が朽ちている。そもそも、俺が倒した子供は姿形だけの魔法。それがデスニマでしょう?」
「は、はい……」
「体が腐ってるか、そもそも生き物ですらないなら、そりゃあ一撃で動けなくなるくらいには、脆いでしょうな。今思えば、確かにあのデスウルフたち、蹴った感触がヤケに柔いなと思ったんですよ」
(いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!)
(いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!)
セルシィとメアが、同時に心の中で手をパタパタ振った。
(いくら死んでて腐ってるって言っても、行動は生きてたころのまんまだし、それが今まで以上に狂暴になってるんだから、生きた動物よりよっぽど危ないよ!)
(大体、動いているということは、まだ動ける程度の腐り具合ということです! 魔法でできてるにしても、硬さ重さもあるわけですし。そりゃあ、生きてたころや直接の死骸に比べれば脆いかもしれませんが、どの道、強度は生前と大差ありません!)
もっとも、そんなこと、デスニマはもちろん、元の世界ですら、人間以外の動物に暴力を振ったことのない葉介が知るわけもなし。
そして、そんな葉介に二人が物申す前に、
「ん……だから、あれくらいで自分が強いって思われても、困る。せいぜい、他の若い連中に比べたら、体がちょっと丈夫ってだけ。魔法も使えない分、他よりだいぶ遅れてる」
「そうね……改めて、鍛えなおす必要がありそう」
「ん……親はさすがに無理でも、子供や、まだ親になってない小さいヤツは、余裕で倒せるくらいになってもらわないと、困る」
「中々に辛い要求やな……けど努力しよう」
ミラが話をまとめ、それに葉介も納得してしまう。おととい出会った時からそうしていたことで、二人とも葉介に対して言いたいことを言いきれない状態が続いていた。
(ミラっち、おっさんには、自分は強いって思ってほしくないのかな?)
(今でも十分強くて、カッコイイのに。これ以上鍛えて強くなったら、どんなことに……)
「ちなみに、デスウルフ以外には、どんなデスニマがいるのですか?」
「どんなって……ある程度以上の大きさがあれば、どんな動物でも、死骸が残っていればデスニマになりえますね。デスウルフは最もポピュラーなデスニマの一つで、他には、デスフォックスに、デスバード。かなり珍しいのは、デスラビット、デスキャット。後、厄介なのが、デスボア、デスディア、デスベアに、デスホース。この国で現れるとしたら、この辺りでしょうか……」
野犬に、キツネ、野鳥。時々ウサギ、ネコ。そして、イノシシ、シカ、クマ、馬。
(なんか、人も文化もエウロピアンのくせに、動物だけはジャパニーズやな。そのくせ、馬車引いてんのは、日本にいないはずのサラブレッドだし……『サラブレッド』よな?)
いずれにせよ馬である。
(いずれにせよ……この世界を考えたヤツの知性のほどがうかがえるよ)
余計なお世話である……
いずれにせよ、ヨーロッパどころか、日本以外で出会える野生動物など葉介は知らないが、どの道種類はどうあれ、おおよそ森や山に現れる動物が死ねば、その死骸がデスニマになりえる。
「ネズミやリスなんかは、デスニマにはならないのですか? 虫とか魚とかも。体が小さい分、今言ったヤツらより厄介そうですけど?」
「それらのデスニマは、今のところ聞いたことがありません。多分、体が小さくて軽すぎるから、魔法が宿ることができないんだと思います。さっき言ったデスバードも、よく見かける大きさではなく、かなり大きな鳥がデスニマとなったものですし。デスラビットやデスキャットが、ごくまれにしか現れないのも、そういう理由からです」
「デスニマになる前に、対処はできんのですか?」
「ほぼ不可能ですね……動物の死骸が見つかれば、それを燃やすなりすることで根本を駆逐できますが、動物がいつ死ぬか、どこで死ぬかなんて分かりませんし。デスニマになる瞬間の死骸に出くわして、動き出したところを駆除することができた、なんて例もありますが、かなりのレアケースですし」
それはそうだろう。人間が、山や森のどこかにいるというだけの、動物の生き死にやその場所を把握する方法など、葉介の世界でも聞いたことがない。監視カメラか赤外線カメラでも設置するならともかく、そんなもの、この世界にあるわけがないのは見てわかる。仮にあったとして、誰がどれだけ監視するというのか……
「まあ、そもそも、マナに戻らない魔法が、朽ちていない動物の死骸に宿って、デスニマになる……という現象が起こること自体、せいぜい百匹か二百匹に一匹、という確率ですが。でないと、この国はあっという間にデスニマだらけになってしまいます」
それもそうだと納得しつつ、葉介は別の疑問も尋ねることにした。
「デスニマと、普通の動物との見分け方は?」
「それは簡単です。昨日のデスウルフたちのように、明らかに外見に出る場合が多いですから」
「おとといくらい近寄らないと、見分けはつかないということですか?」
「え? それは……」
確かに、葉介が出くわしたデスウルフたちは、様子も見た目も明らかにおかしかった。本来の両目の間に、三つめの目があったのが決定的だった。
だがその目も、近くで見ても見間違いだと思えるくらい目立たず、親が出てこなければ見間違いで済ませられた。不自然なほど狂暴化してはいたものの、全てが狂犬病か何かで狂っていたと言われても納得できてしまう。
(デスニマより、狂犬病の方がよっぽど怖ろしいけども……)
「遠くからなら、そうですね……私たちは、何度も戦っているし、私が昨日やったように、魔力ではなく、空魔法の有無を確かめれば一目で分かりますけど、あなたの場合は……」
かなり困った様子で考えて、それでも答えが中々出てこない。
そんなセルシィを見つめている、葉介の左右から、
「見た感じ食わせろって顔したヤツがデスニマ!」
「見ただけでおかしいって感じたならデスニマ……」
「なるほど。よく分かりました」
メアとミラのそれぞれの持論を聞いて、葉介は頷いた。
「ちなみに、あらゆる動物がって言ってましたけど、人間は、デスニマには――」
「なります」
全てを言い切る前に、即答される。
「まあ、これこそ滅多にない例ですが……死んでしまった人間の死体に魔法が吸収されて、デスニマになってしまう場合もあります」
「デスウルフや、今言った他の動物よりよっぽど厄介だよ」
セルシィの説明に対して、横からメアも発言してきた。
「何年も昔だけど、ボクら魔法騎士の仲間の一人が、任務の途中で死んじゃってさ。捜索したけど見つかんなくて、それがデスニマになって帰ってきたことがあったんだ。デスニマになったソイツは、死ぬ前と同じように、しゃべって、歩いて、走って、魔法を使ってさ。仲間意識のせいでためらっちゃったボクらにも問題あったけど、ソイツを倒すまで、大勢の仲間が大ケガしちゃってさ」
「死んでるのに、魔法が使えるの?」
「使える……動物は魔法の呪文を言えないし、そもそもおっさんと同じで、魔力が無いから使えないけど。ボクら人間は、魔力があって、舌さえ残ってたら魔法は使える。しかも、デスニマになったソイツ、魔力切れを起こさないんだよ」
「……マジ?」
「マジ。理由は分かんないけど……普通なら、とっくに魔力切れ起こしてるくらい攻撃してるのに、全然魔法の攻撃止まなくてさ。こっちはソイツの魔力の残りも計算して戦ってたのに、それがまるっきり無駄になっちゃって。危うく全滅しかけたんだから」
どの世界も、結局一番怖いのは動物でなく人間なんだなぁ……そう、感じた。
「……そういうこともあるから、人間や、家畜じゃない動物が死んだ時、遺体は必ず火葬する。骨だけにして、棺に入れるか、土に埋める。滅多に無いことでも、安全のため」
「当然やね……ちなみに、動物が死んでから、デスニマになるまでの猶予は?」
「猶予……すみません。私たちは知りません。空魔法が死骸に入ってから、デスニマになるまでの瞬間を見た、という記録もありませんし、私たちにできることは、すでに生まれたデスニマを駆除することだけですし……分かっているのは、さっき言った通り、あまりに小さな動物は、デスニマにはならない、ということくらいです」
「さっき言ってた人間のデスニマは、その人が消えて何日後に現れました?」
「えっと……その人が行方不明になってから、三日が経過した後、でしたが――」
「つまり、人が死んでから、ご遺体のそばで死を悼むことが許される時間は、最大でも三日が限度、というわけですか」
「そう、ですね……実際には、もっと短いのかも。人がデスニマになったという例自体、さっき言った通り、今言った仲間一人だけですから」
葉介の優しい疑問に対して、セルシィも答えながら哀しくなってくる。
同時に、葉介の優しい気持ちが分かって、嬉しさも感じた。
「しかし……デスニマと言えば、最近、出てくる頻度が増えてきていませんか?」
「ん……」
葉介が、命と魔法に思いをはせて、セルシィとミラが会話した、その直後……
「見えてきた!」
メアの弾んだ声が響いて、馬車の外を眺める。視線の先には、結構な広さの森と、その中心に、白い岩肌が目立つ、崖がそびえているのが見えた。
公害派の人も獣害派の人も、よかったら感想おねがいします。