第1話 檻の中の弟子
「はーい。ここまでで質問ある人ー?」
ところ変わって……
現在、ルティアーナ王国の中心にある、ルティアーナ城、その地下にて。
床も壁も、石を敷き詰め作られた、見るからに硬く、冷たい空間。
そんな空間に作られた、本来なら罪を犯した囚人を閉じ込めるために作られた、硬い鉄格子に隔たれた、牢屋。
そんな牢屋の中から、手枷を掛けた両手を上げて、可愛らしい髑髏のお面の下から語り掛けている。そんな男の姿を前にして――
「…………」「…………」「…………」
この場に集まった面々は、ただただ目を皿に、口をあんぐりさせていた。
カリレスでの騒動が終わって、だが何一つ解決していない。
それでも、あの場を治め、残された人間――特に、大人数の北側出身者および北端族を早急にまとめる必要があった。
カリレスの住民たちはもとより、幸いなことに、集まった北端族たちも、集まった時のようなバカ騒ぎや、おかしな気を起こすようなことはしなかった。
よっぽどメイランら真騎士団からの仕打ちが堪えたのか。シンリー女王の脅迫が効いたのか。はたまた単純に怖気づいたか。
その辺の事情は彼ら自身にしか知りえないことながら。とにかく、カリレスの住民たちには、救出した人質の皆さんと一緒に家へ帰ってもらい、北端族たちもまた、元いた場所へ帰還していただいた。幸い、北端族たちのほとんどに、真騎士団から箒や絨毯が配られていたようで、カリレスから遠い島の北側へ帰るのに不自由する人間はいなかった。
そうして、その場に集まった国民たちを無事帰宅させ。念のためにカリレスには、引き続きリムと双子の三人に、唯一第1から残ったサリアを加えた、計四人に護衛を任せ。
そして、真騎士団に付かなかった、少ない魔法騎士たちも、救出任務のために持参していた箒や絨毯を使うことで、無事に城まで帰還して。
そうして、今に至るわけである。
「……じゃあ、ボクから質問、いいかな?」
ルティアーナ城の地下牢で、葉介の話を聞いている一人である、メイアルーナ・クレイル・ルティアーナ――メアが、手を上げた。
「正直、おっさんがデスニマで、しかもファントムで、簡単には死なないから生き返ったって話は……まあ無理やり理解したけどさ――その、本当に、お父さん?」
怪訝ながらも、なぜか慎重に、だが真剣な面持ちで尋ねるメアに、葉介はのんびりと答えた。
「まあ、俺としては、君にお父さんと呼ばれる覚えはマジメに無いのだけど……骨はお父さんの骨だし、記憶も見せてもらった。だから、メアがまだ小っちゃい時に何度言ってもお姉ちゃんのこと、ジンって呼んでたからその呼び名が定着しちゃったことも、メアが最後におねしょしたのが八歳の時ってことも知ってるよ」
のんびりと、恥ずかしい秘密を暴露されたことにメアは憤慨したが、葉介が30歳で寝小便したことがあると暴露したら落ち着いた。
「まあ、少なくともお父さんの記憶持った、他人のおっさんだってことは、分かったけど……なんでおっさん、牢屋に入ってるわけ? ご丁寧に魔法の手枷まではめちゃってさ?」
次にメアが疑問を感じたのは、今のこの状況だ。
自分がデスニマであるという告白をして、その詳細を語ってくれたのは分かる。ただ、なんでまた、それをするのに牢屋に入っているのか、と……
「そりゃあ、デスニマだからね。猛獣は牢屋に入れとかな危ないでしょうよ」
「いや、猛獣って……」
確かに、デスニマならむしろ、猛獣より恐ろしい存在には違いない。
「けどおっさん、今までずっと仲良くしてきたし、ボクらのこと襲ったことなんてなかったじゃん」
そして、デスニマはデスニマでも、他でもない、魔法騎士団のシマ・ヨースケだから、そう尋ねた。
「……俺がラーメンって名前の女の人にやったこと覚えてる?」
「メイランね……そりゃあ覚えてるよ。ビックリしたんだから」
驚いたのはもちろん、目の前で見ていた人間からすれば、簡単に忘れられる光景じゃないだろう。
「絶対に死んだって思ってたのが、突然動き出してさ。しかも最初にやったのが、得意のキックや、殴るでもなく、首を押さえての噛みつきだもん。みんなビックリしてたし、メイランはエロい顔になってたし……吸血鬼かって思ったよ、僕も、多分みんなも」
「そりゃあ、吸血が目的だったからなぁ」
メアとしては、物の例えで何気なく言っただけの言葉だった。そしてそれが、正解であると葉介は頷いた。
「魔法の発動には、マナと、魔力のこもった言葉――呪文が必要。それは知っとるわな?」
呆気に取られているメアを尻目に、メアを含む、牢屋の外にいる面々へ話を続ける。
「俺らデスニマ――俺はファントムだけど、魔法でできてて、こうして動物の死骸とかの器を動かしてる。けど、あくまで魔法であって魔力じゃない。魔法を使うには魔力がいる……ここまでは分かる?」
「――――」
「小麦粉からパンを作ることは誰でもできるだろうけど、パンを使ってケーキを作ることができるか、想像してみ?」
いまいち理解していない面々に対して、そう語り掛け――
ようやく全員、理解できた様子を見せた。
「だから、すでに魔法である俺が新しく魔法を作るには、新しく魔力調達せにゃならんわけ。で、いくら呪文が分かってても、魔力が無いんじゃあ魔法になるまい?」
「なるほど……つまり、アナタが目を覚まして最初に行ったのは、食材の調達ですか?」
メアの隣で聞いていた、メアの姉にしてこの国の正統なる女王、シンリー・ユー・ルティアーナ――シンリー女王は納得の声を上げた。
「普通の人間は、元々の魔力があるからデスニマになっても魔法が使えるけど、俺は元から魔力自体が無いから、新しく外から仕入れるしかなかったわけよ」
「……魔力は人間の血に宿っているのか?」
続いて、二人と並んで立っている、シャルロッタ・ヒガンテ――シャルが聞き返した。
「いや……単純に、この世界に生まれた人間には、総じて魔力がある。だから、血に限らず肉にも骨にも魔力は宿ってるし、爪とか髪にも、切り離すまでは魔力があるよ――だからまあ、人間の体の割合的に、血を吸うのが魔力を手に入れるには一番効率が良いわな」
「……それで、ヨースケ、急に魔法、使えるようになったんだ」
シャルや、メアにシンリーよりも後ろ。椅子に座って、テーブルに手を着いて、牢屋に丸めた背中を向けている、ミリアーナ・ヴェイル――ミラが、ぼそりと声を出した。
「そういうこと……今思えば、俺がずっと聞き取れなかった魔法の呪文、急に聞き取れるようになったの、カリレスで拷問した時からなんだよね。噛みついたし血も自然と吸ってたし」
「え? おっさん、呪文聞き取れなかったの?」
「魔力を持たない人間の耳には、魔力のこもった言葉は届かんみたい……」
もっとも――
身体強化は【身体強化】。
閃鞭は【閃鞭】。
光弾は【光弾】。
(ここまで直球な呪文だったとは思わなんだけど……まあ、複雑な呪文やら詠唱なんかを一個一個考えるのも面倒だものね)
そういった意図では断じてない。断じて。
「ちなみに、人間喰って、魔力を取り込めるのは多分ファントムだけだろうから、皆さんはマネしないようにね」
「しないよそんなの……て、魔力を補充するって理由は分かったけど、それとおっさんが閉じ込められることに何の関係あるの?」
「それな……カリレスの時から感じてたんだけど、あのメイワクって女に噛みついて、よく分かったというか……」
「確かに迷惑な女だけど、メイランだって」
相変わらずの人名の記憶力に関しては目をつむって、言い分の続きを促した。
「これは、ファントムというか、デスニマにとってそうなんだろうけど……人間の血とか肉とか……実際には、魔力なんだろうけどね。美味いんだわ。人間のご馳走以上に」
「……美味いのか?」
「味覚が変化したのか、魔力の補充に体がそういう反応してんのか知らんけど……デスニマが人間襲う理由がよく分かったわ。そら、どうせ食べるなら美味しいもの食べたいって思うのは、人間も動物も一緒だもの。生きてようが死んでようが」
「て、ことは、ボクらのことも……?」
「めっちゃ美味そう。ここが寝室じゃなくて厨房なら襲い掛かってる」
ベッドはあっても、牢屋であって寝室とは違うのだが……
軽く、おどけた雰囲気でのそんな告白をしている顔は、お面に隠れていることでうかがい知れない。
それでも葉介の発言を聞いて……
シャルは、わずかながら顔をしかめ。メアは、分かりやすく恐怖を浮かべ。
シンリーは、舌打ちし。ミラは、背中を向けたまま。
「……け、けどさ、あの時、かなり魔法使ってたように思ったけど、メイランからそんなたくさんの魔力奪ってたの? 血を吸ったにしても、途中で邪魔が入ってちょっとしか吸えてなかったように見えたんだけど」
喰われるかも……思い浮かべてしまった恐怖を無理やりにでも振り切るように、別の疑問を話題として据えた。
「メア……前に俺に話してくれたこと、もう忘れたん?」
「え? ボク? なにか話したっけ?」
突然振られ、葉介と行ったであろう会話を思い出そうと努力するも……
どうやらそれは無理そうだと分かって、葉介は、答えを語る。
「野外訓練に行く時、話してたじゃん。デスニマになった魔法騎士が、魔力切れ起こさずに、強力な魔法をポンポン撃ってきたって」
「あー……でも、理由が分かんないよ」
その会話の内容と、他でもない、当時の光景を思い出しつ、納得と、疑問の声を上げた。
「俺らデスニマは人間とは違って、空気中のマナを直接体に取り込める。だから、後は呪文さえ唱えれば、魔力を外に出さずに魔法だけ撃つことができるんだよ」
「……ん? どういうこと?」
メアが言って……他の面々も、やはり理解できていない様子を見せている。
「えーつと……痛ったいッ」
着けていた手袋を両方外し、ボロボロになった両手を露出する。うち左手を前歯でかじって、傷口を開き出血させる。
葉介のそんな唐突な行動に誰もが声を上げるより前に、葉介は、左手の平の血を右手人差し指ですくい取った。
「まず……君らが魔法を使う時、魔力を込めて呪文唱えるでしょう? この時に、呪文を合図に魔力が体の外に放出されて、それが空気中のマナと反応して、唱えた呪文の魔法が起こる……簡単に言うと、これが君らが使ってる魔法の仕組みだわな?」
左手からの出血で、簡易的な人間やら、魔力にマナ等の図を足もとに描いている葉介の姿に、見ている面々は言葉を失う中……葉介は、構わず新たに図を描き始めた。
「で、俺らデスニマの場合だけど……理由は分からんが、デスニマは、食事のために空気中の魔法を吸収するのとは別に、ただ息をすると空気と一緒にマナも吸収しちゃうみたいなんだわ。普通は息と同じで、すぐ吐き出されるんだけど、呪文を唱えると、それが体ん中にある魔力と反応して、唱えた呪文の魔法が発生しちゃうと……それで、人間の場合は、魔力を外に出して魔法に変えてるから、魔力は使ってるうちに無くなっちゃうけど、デスニマは体の中で魔法作って、魔法発動して、使い終わったマナだけが体から出ていく。で、そうなると、マナと切り放された魔力は体の外へは出ずに、体の中に残った状態になる」
葉介の実家なら……君たちの魔法は有限ガスバーナーで、俺の魔法は無限ガス爆発なんだよ?
そんな一言で済む説明を、図を描いていきながら、とにかく目の前の娘たちにどうにか伝わるよう、言葉にしていった。
「……え、じゃあ、いくら魔法使っても魔力が無くなんないってこと?」
「そ」
「じゃあ、魔法使い放題ってことじゃん!」
「そ――まあ、空気中のマナが枯渇でもせん限りは、魔法使い放題やね」
これまで誰も知らなかった、デスニマという存在のメカニズムであったり。
それを教えてくれた丁寧な説明であったり。
床に描かれた地味に上手い図であったり。
そんな図の上に今もポタポタ滴っている左手の出血であったり。
「けどなー……そんなに良いことでもないよ、これ。使う魔力の量調節して、必要なだけの魔法が使える君らと違って、体ん中の魔力、全部に問答無用で反応して魔法に変わる。だから、今ある魔力以上の威力は出せない。オマケに、魔力の調節なんかしようがないから、言ってみれば、常時強制フルバーストの状態で、常に全力全開の魔法を使うことになる。おかげで、一回【身体強化】使った結果、このザマだよ」
掲げられ、見せつけられた、ズタボロと化した両手足であったり。
背中を向けていながら、聞いた瞬間ピクリと反応したミラの背中だったり。
「……すみません。自分の魔法の手枷を外すことができれば、キレイに完治させられるのですが――」
鎖は断ち切られているものの、未だシンリー女王の両手首に残る手枷であったり。
「……残った第3が総出で【治癒】しても、傷口塞いで、形をある程度矯正させるのがせいぜいだったし……セルシィがいてくれたらなぁ――」
「気にせんでいいよ。俺の方こそ、レイから取り戻せた手枷の鍵、メアの分だけだったし……ごめんね、もうちょいがんばって探っときゃあ……」
「おっさんは悪くないよ……」
自分一人だけが拘束から逃れ、女王である姉が未だ囚われている、メアの苦悩と無力感と、葉介の後悔と罪悪感だったり。
「他に質問ある人ー?」
左手の止血もしないで、ひじに向かってあふれ続ける出血だったり。
気になることは、いくつもある。聞くべきことも、いくつもある。
それを、葉介含む、この場にいる全員が分かっているはずなのに……
いつものように、しゃべる中心にいたメアも。冷静で聡明な女王シンリーも。
シャルも。そしてミラも。ついでに、隣の牢屋で聞いている襲撃犯四人も……
葉介の問いかけに対して、これ以上何かを聞き出そうと思う人間は、一人もいない。
「……他に質問ないなら、俺から質問いいかな? シャル?」
「わ――私か!?」
と、葉介からの呼びかけに、あまりしゃべらずにいたシャルは、飛び上がった。
そんなシャルの可愛らしい反応に葉介は、なんの興味も示さず、座ってもたれた背中側ではなく、お面の先。正面に目を向けながら――
「リーシャにご家族は?」
「……いない」
目の前に立てかけられた、刀を見つめながらの質問を聞いて、すぐに冷静になって、葉介の質問に対する返事を返した。
「パトリシュア・ヴェイルは孤児院の出身だ。その孤児院も、今は無くなっている……数年前、引き取った孤児たちに虐待の限りを尽くしたあげく、外国に売り飛ばしていたという実態が暴かれて、その孤児たちの救出とともに経営者全員捕らえられてな……彼女が本名やファミリーネームを名乗ろうとしなかったのもそんな、幼いころに運よく逃げ出すことができた孤児院から身を隠すため。そして、そんな孤児院の名と、孤児院に付けられた名前を嫌ってのことだ」
「そんなプライバシーの話まで聞いてないけど……けどまあ、彼女がいなくなって、泣く人が俺らしかいないなら、まあ、良かった、のかな――」
「ウソだ!!」
と、葉介が話した直後、葉介の背中から絶叫が聞こえた。
牢屋内にいる葉介からは見えないが、牢屋の外にいる関長たちからは、隣で格子をつかみながら、大声を上げた人形遣いの小男の姿がよく見えた。
「死んだってのか……リーシャが? リーシャが死んだのか!?」
「……それがどうかしたの?」
厳密には、死んだと言い切るのは少し違う。とは言え、彼や葉介、魔法騎士たちがよく知るリーシャは、もはやこの世に存在しない。だから話を合わせることにした。
「良かったじゃない……大っ嫌いな魔法騎士が、一人でもいなくなったんだから。それがアンタらの望みの一つやろう?」
「ふざけんな!! なんで、よりによってリーシャなんだ! 魔法騎士なんざいくらでもいたくせに、なんだってリーシャが死んじまわなきゃならなかったんだ!?」
「……お前こそ、なにムシの良いこと言ってる?」
一気に低くなった葉介の声。小男も、他三人も、シャルたちも、一気に体が強張った。
「お前らの目的は、この城と魔法騎士、皆殺しにすることだろうがよ。そのために五日間もの時間をかけて、城下町の人たちや俺らのこと散々いたぶってくれたんやろう?」
「……ああ、そうだよ……それでも、リーシャが魔法騎士だったなんて知らなかった!」
「知ってたらやめてくれたの?」
「やめるわけねーだろクソったれ!! それでも分かってりゃ!! リーシャだけは、傷つけないようにしてた!! ガキのころ俺たちと一緒に、あのクソみてーな孤児院で育って、それでも一緒に地獄から逃げ出した仲間だ!! 【鏡】の使い方教えてくれたのもリーシャだ!! リーシャのおかげで俺たちは逃げられたんだ!! そんな大事な女のこと!! 死なせてーって思うわけねーだろうが!!?」
「死んじまった後に言われても説得力無いんだけど……死なせるための行動取ってた、下手くそな演技しか取り柄のないチビが言うとなお更ねぇ」
低く、冷めた声で煽る葉介から、隣の牢屋にいる小男の顔は見えない。
牢屋の外にいる者の目には、しかめた顔を赤黒く染めているチビの姿がよく見える。
「人様に散々迷惑かけて、国を潰すための行動に加担しておいて、それだけの行動の過程で、いざ自分らにとって都合が悪い人が死んだ途端、被害者ヅラしないでもらえない? 見苦しいしムカつくだけだわ」
「――被害者なんだよ、俺はよぉ……この国の被害者なんだよ、俺はよぉ!! だからこんだけのことしたんだろうが!! この■■■■!! エラそうに説教垂れんな■■■■!!」
葉介の正論に対して、チビは、相も変わらず汚い言葉を巻き散らかした。
「お前らのせいだ■■■■!! お前ら■■■■がリーシャを殺したんだ!! お前らが■■■■だからだこの■■■■!! ■■■■!! お前らこそリーシャの代わりに死にやがれ!! 死んでリーシャに土下座しやがれ■■■■!! ■■■■――ッッッ!!!」
自分のことはとことん棚上げ。
事実も正論も受けつけず。
やることは否定と絶叫ばかり。
「……大事に思われてたみたいね。リーシャ」
そう、紫色の刀に語り掛けると――誰も触れもしていない刀が、葉介に向かってひとりでに倒れ込んだ。
「……迷惑? 眼中にも無いの? あ、そう――なにが? 誤解すんなって……?」
さんざ罵声を怒鳴り散らし、声が枯れ、息が上がったころ――
「皆さんは、もう出なさい」
黙って小男の罵声を聞いていたシンリー女王は、牢屋のカギを開け、戸を開け放った。
「え? ジン、何してんの?」
何も言わず、一人ずつ魔法の手枷を外していっている。一人ひとり解放していきながら、シンリーはメアの質問に答えた。
「今のこの状況で、彼らを閉じ込めておけるわけがないでしょう? 彼らの世話と見張りをしてくださっていた、神官の皆さんには、城下町の復興と城内の混乱の鎮静化を頼んでおります。残った魔法騎士たちには、加えて城外の警戒に当たってもらっている。ここに割く人員は、一人も残っていないのです」
「いや、しかし――」
「彼らがいかに愚かであろうと、デスニマもファントムも無く、魔法騎士団に囲まれたこんな状況で暴れて、生きて帰れるわけがないことくらいは、分かるでしょう?」
その言葉は、聞き返してきたシャルだけでなく、ちょうど、手枷を全て外し終えた四人に対する警告でもあった。
「このまま城を出て、どこへなりともお行きなさい……また何かをした時は、捕らえるヒマが無いので命が無いものと思ってください」
他ならぬ、女王からの脅しを受けて。四人のうち、三人の身はすくんだ。
「――レイはどこだ?」
ただ一人――
長い手足が目立つノッポの女、カリンは、そう毅然とした態度で女王に問いかけた。
「……おそらく、リユンでしょう。そこにいなければ、居住区のどこかでしょうね。彼らは徒党を組んで、自分……ワタクシたちと敵対している。すぐに見つかると思います」
「…………」
聞きたいことを聞き終えたカリンは、無言のまま取り上げられた自身の荷物を手に、地下の外へと昇っていた。カリンに続いて、シェイルにゴミ生み、チビも……
「――これで人払いは済みましたね」
「……人払いするなら、話を始める前に追い出せば良かったんじゃ?」
「別に俺のことくらい構わんやろう。むしろ、これでビビッて侵略諦めてくれるんならラッキーだし」
「そんなことで諦めてくれる連中なら、苦労はせん」
「…………」
捕らえていた四人はいなくなっても、残った者たちで会話は続く。
一人、かたくなに背中を向けて縮こまって、会話に加わろうとはしないミラを置いて――
「いずれにせよ……ワタクシがアナタに願うことは、一つです」
くたびれた顔。疲れ切った声。それでも威厳と威光を纏った、そんな女王としての態度を示して、シンリーは、葉介の前に立った。
「どうか、この国のために、力を貸していただきたい」
「イヤだ」
深々と頭を下げたシンリーに対して、葉介は即答を返した。
「そんな……お願いだよ、おっさん。おっさんが敵に回られたら、ボクらにはもう、勝ち目なんてないよ!」
「……別にアッチに付く気は無いよ。俺としても、あの連中のやり方は気に入らんし」
「だったら――」
「それでもイヤだ」
敵に付く気は無い。かと言って城の味方をする気も無い。余裕なくせにどっちつかずな態度を崩さない葉介の姿に、怒りを見せたのはシャルだ。
「なんだ、その答えは!? 敵にも味方にも付かず、傍観に徹しようというのか!? 高みの見物を決め込んで私たちを笑うつもりか!?」
「んなこと誰がするっつったよ?」
「だったらどういうつもりだ!? バカにするのも大概にしろ!!」
「バカにしてるつもりもないけど?」
だったらどんなつもりだ! シャルがそう叫ぶよりも前に、葉介のお面は、シャルや、メアやシンリーとは別に向けられた。
「俺がこの先どっちに付いて、どう行動するか……それを決められる人間は、この国に、どころかこの世界に一人だけ。そう言いたいんだけど?」
葉介の答えに……三人の視線は一様に、変わらず牢屋に向けられている、小さな背中に向けられた。
「……わたしに、命令しろっていうの?」
「いつものことじゃん」
終始、蚊帳の外に逃げていた少女の声は、いつも以上に力がなく、いつも以上に覇気もない。そんなミラ対して、葉介は、いつもの調子を崩さない。
「命令してください。従いますよ、ミラ様」
「――――」
テーブルの上の拳を握りしめて……ずっと座っていた椅子から、背中を向けたまま立ち上がり――
「やだ」
返したのは、葉介が女王と妹に対して返したのと同じ言葉。
「わたしが、ちゃんと教えなかったせいで、ヨースケは、そうなった。なのに、また、戦えって……そうしろって、わたしに命令しろって?」
「…………」
「やだ――やだ、やだ! やだ!!」
最後は叫び声に変わって、イスを倒しながら走り出した。
「待て、ミラ!」
「ボクが行くよ、シャルとジンは、おっさんの説得続けて――」
叫んだシャルを制しながら、メアも、自身の部屋の方へ走る、ミラを追いかけ走り出した。
「……シャル」
そんなやり取りを前にしながらも、葉介は一人、調子を崩すことなく――
「火、貸してくんない?」
自身の魔法の革袋から、魚の干物を取り出していた。
「ミラっち、ストップ! ちょ、ストーップ!!」
自身の部屋へ入った先。七つある外森へ直通の非常口。その一つに向かって走っていたミラの手を、メアはすんでのところでつかむことができた。
「ミラっち……気持ちは分かるけど、逃げないで」
「…………」
メア自身、少なくとも適当な一般騎士たちに比べれば、はるか力も体力もある。
けどそれも、他でもないミラと比べてしまえば微々たるものだ。本気でミラに振り払われたら、とても捕まえられるわけがない。
「おっさんの話、聞いてたでしょ? ミラっちの命令がなきゃ動かないって」
そんなミラを捕まえることができて、魔法も使わずにつかんでいられる。
「関長が部下から逃げちゃダメ……おっさん。ミラっちの命令、待ってるよ」
少なくとも、話を聞いてくれる気はある。それにホッとしながら、語りかけた。
語りかけたら――いつもの無表情。なのに、誰が見ても辛そうな目元口元を見せた。
「……メアは、ヨースケに、これ以上戦ってほしいの?」
「……そりゃあ、ね」
下手にごまかしても仕方ない。正直に、本音を語った。
「ボクもジンも、この国まず、あのクズおばさんから取り戻して、その後は、この国護りたいっていうのが望みだから。そのためには、まず真騎士団を倒さなきゃいけない。それには、あのおっさんの力がどうしてもいる。だから、おっさんにはぜひ、力を貸してほしい……たとえそれで、今以上に、顔や手足、体中がボロボロになっちゃったとしてもさ」
「……それをわたしに……ヨースケに、命令しろって?」
「そうなるね。おっさんが、ボクやジンのお願いじゃあ動かないなら、ミラっちにお願いするしかないよ」
「――――」
辛そうな目元口元を、顔ごと床に向けてしまって――
その顔を両手に捕まえると、メアの顔と向かい合わせた。
「顔逸らさないで、こっち見て」
目元も口元も表情全部。辛い思いをしているのがよく分かる。このまま何も見たくないし、逃げてしまいたい。そう思ってる顔だ。まして、一番イヤなことを是非にと頼んでくるお姉ちゃんの、顔なんか、声なんか、見たくないし、聞きたくもないに決まってる。
そんなミラの目は……どうにかこっちに向いてくれた。
「ごめんね……」
だから、言うべきこと――言いたかったことを、伝えることにした。
「……なに? ごめん、て――」
「部下の失敗とか、部下のケガとかは全部、関長の責任だよ。けど、そんな関長の責任、ミラっちがちゃんと知らないままでいたのは、ボクらの責任だもん」
ミラが現れるまでは存在さえ忘れかけていた、第5関隊に入隊希望者はいない。いたとしても、ミラは全員断ってしまうし、そもそもミラ一人だけで事足りる。だから、部下を持つことを今日までしてこなかった。だから、関長という立場の本質を、ミラは全く知らないままでいた。
「ボクらはボクらで、自分たちの隊の仕事とか、色々忙しかったし、ミラっちに構うヒマなかったって言っちゃえば、それまでだけど――」
それでも、今にして思えば、やりようはいくらでもあったろうと感じる。
ミラっちがおっさんにさせたみたいに、第5だけじゃなくて、自分たちの仕事に参加してもらって、そこで実際に指揮を取らせてみたりすることもできた。
今くらい頻繁じゃなかったけど、たまにやるデスニマの討伐任務の時だってそうだ。いくら第5でも関長には違いない。部下たちを預けて、関長として陣頭指揮に立ってもらうことだってできた。なのに、それすらしなかった。
ボク自身、指揮とか指示は苦手じゃないし、いくら城でのリーダー格のシャルや、それ以上のカリスマだったレイがいたからって、状況だとか近況だとか、全部が全部を言い訳にして、若くてなにも知らないミラっちのことは放ったらかしにして……
「それでも、ボクらは隊は違っても、関長の先輩だからさ。関長会議や、デスニマの討伐の時に顔合わせるだけじゃなくて、ちゃんと教えないといけなかったんだ。それをしてこなかったのは、ボクらの落ち度だよ……」
どうしてこうなったんだろう……
普通に仲良くできてると思ってた。
ボクもミラっちのことは好きだし、ミラっちも、あまり口は聞かないなりに、ボクや、レイやシャルや、セルシィのことが好きだっていうのは伝わってた。お互い少ない関わり合いの中でも、お互いに気遣い合って、敬い合って、好き合っていたのが伝わってた。
そのくせ、本当に必要なことは見ようとしないで手を抜いて。そのせいで、いざ困った時になるまで気づかなくて――
「だからさ……もし、ミラっちがさ、ボクらのことがイヤになって、セルシィたち……真騎士団の方に、おっさん連れて行っちゃうっていうのなら、ボクらには止める権利ないし、ボクも止めない。あっちには、ミラっちの師匠もいることだし」
「…………」
「だから、せめて、ちゃんと決めてあげて。おっさんと、これからどうするか……今さら偉そうになんだって思うかもだけど、おっさんのこれからのことだけは、ミラっちが責任持って、決めてあげてほしいんだ――ミラっちの大切な弟子で、初めての部下のことをさ」
「――――」
言いたいことを言い終えて、顔を押さえていた両手を放して。
この後はどうするか……それを決められるのは、ミラしかいない。
辛そうな目元の視線を下に向けて、辛そうな口元をもごもご動かして。
必死に考えを整理しているのを、黙って見届けた――
「……もし、ヨースケに、城のために戦えっていったら……メアも女王様も、ヨースケに、たくさん戦ってもらおうとする、よね?」
「そうだね……もちろん、ボクだって戦うけど、最大戦力のジンは、手枷が外せなくて魔法使えないし。数は向こうのが多いから、おっさんに最前線、立ってもらうっきゃないよ」
「……もし、ヨースケ連れて、師匠の方に付いたとしたら……向こうでも、同じことになる、よね……?」
「……多分、そうなるだろうね」
敵の事情なんかメアに分かるわけもない。それでも少なくとも、国を自分たちのものにしようと攻撃してきて、物の見事に失敗した人たちが、二人を手厚くもてなして、デスニマの親なんか相手にならない戦力の男を、ケガを理由に優しく保護しようだなんてことはしないだろう。
「じゃあ……どっち選んだって、ヨースケに、今以上のケガさせて、今以上に、痛い思いしろってこと……ただでさえボロボロなのに、もっと、もっと……ボロボロになるまで、死ぬまで戦えって、命令しなきゃいけないの?」
「ミラっち……」
辛そうな目元口元で、一通り語った後は……その場に座りこんで、ひざを抱えた。
「やだ……やだ……怖い……わたしのせいで、ヨースケがケガするの……ヨースケが死ぬの……怖い……」
「…………」
怯えて、震えて、落ち込んで……
そんな年下の関長に、メアがこれ以上、言えることは無かった。だから、ミラの姿勢に合わせてその場に伏せて、震える肩を掴むだけ。
「……メアたちは、大勢部下持ちながら、ずっとこんな思いしてたの?」
「まあ、ね――ボクは第4だし、第2のシャルや、第1のレイほどじゃ、なかったけどさ」
第2や第1と比べてしまえば、第4は命懸けの仕事をするような機会は圧倒的に少なかった。どの隊からも必ず助っ人を頼まれる第3と比べても、大して光る物を持ってない凡人や、怠け者の落ちこぼれが集まる第4に声がかかることなんて、滅多になかった。
それでも、部下たちが城下町の見回り中、住民から攻撃を受けるかもしれない。野外訓練で迷子になるかもしれないし、ケガをするかもしれない。心配はしても、せいぜいがそんなレベルだ。他の仕事と違って、基本、ヒマで平和で、死ぬ心配なんかほとんど無い。
だから、姉のことを隠して、安全に守るには、一番都合が良い場所だった。メアが、第4とは言え、嫌々関長なんて面倒な立場に立ったのは、ただそれだけの理由だ。
更に本音を言えば……
姉以外の部下たちのことは、普通に気にはかけるが、それ以上の興味は無くて、第4がどうなろうが部下たちがどうなろうが、どうでも良かった。
(そう考えたら……関長のこと分かってなかったの、ボクも一緒だね)
「…………」
メアが自責の念に駆られている間も、ミラは、ひざを抱え、目を固く閉じ、震えていた。
(リーシャの気持ち……今なら分かる――)
ミラ自身も自覚している。今、ミラ自身がツラツラ語った言葉の全て、昨夜、リーシャが言っていたことそのままだと。
ケガしてほしくない……
戦ってほしくない……
死んでほしくない……
(分かってなかった……ヨースケが死ぬって、分かってなかった――)
昨夜までの自分は、そのことを分かっていなかった。
ヨースケの意思を尊重したのは事実だし、それを否定されることには頭に来た。他の魔法騎士たちだって、立場は同じってことも分かってた。
なにより……わたしよりも、ヨースケのことを思ってるって態度が気に入らなかった。
けど――
ヨースケは強いから、デスニマなんかに負けない。ヨースケは頭が良いから、必ず生きて帰ってくる。ケガをしたって疲れたって、わたしのもとへ帰ってきてくれる。
そう、決めつけていた。だって、ずっとそうだったから。
痛い思いも辛い思いも、しないわけないのに。し続けてきたのに……
本当は誰よりも戦えない身で、誰よりも無理して戦ってくれてるの、わたしが一番、分かってたはずなのに……
本当は人間じゃないとか、ファントムだとかデスニマだとか、関係ない。ヨースケだって、死んじゃうのに――
「……どうしたらいい?」
情けなくて。不甲斐なくて。申しわけなくて。どうしようもなくて……
「ヨースケのために……わたし、どうするのがいい?」
考えても。悩んでも。悔やんでも。分からなくて……
たまらず顔を上げながら、同じようになにも分かるわけがない、メアに、尋ねてしまった。
――あっしが教えたろうか?
尋ねた直後、そんな声が聞こえた。
二人とも、伏せていた体を同時に持ち上げ、ミラは構え、メアは杖を握りしめる。
直後、七つある扉の一つから、カチャリと、鍵の開く音がして、ギギギ、と、動く音が響いて――
「師匠……」
聞こえた声の通りの人物――真騎士団の首領、メイラン・リーが現れた。
「なんでここにいるのさ!?」
「……師匠は第5の元関長。鍵なら持ってる」
慌てふためくメアに対し、ミラは冷静に、メイランを見据えていた。
「なに? ここで戦る気?」
メアが、両手に握りしめた杖を二本とも向けるが――そんなメアを、ミラが制した。
「大丈夫……師匠に戦う気、ない」
「なんでそんなこと分かるのさ?」
「……こっちには、ヨースケもいる。師匠一人で勝てるわけないって、師匠だって分かってる。他に、人がいる気配もない。師匠に、戦う気は無い。できるのはせいぜい、戦いになったり、捕まりそうになったら、逃げることだけ」
「へぇー……」
冷静なミラの分析に、メイランは関心の声を上げた。
敵の様子を探るために、メイランとミラの二人しか知らない秘密の通路を使ってやってきたのだが――
「師匠……」
直前まで泣きそうになっていたことは、ドア越しでも分かっていた。そんなミラが、メイランの目を真っすぐ見つめながら歩いていって――
「――――」
「おかえり……師匠……」
おおよそ50センチは差があるメイランの身に抱き着いて、顔をうずめた。
「ただいま……で、良えんかな? ミラ、あっしの帰り、待っててくれたん?」
「ん……」
「好きにしてエエよーて、あっしが出ていった後も、ずっとココにいてくれとったん?」
「ん……」
「それでずっと、待っててくれたん? アンタ一人しか残ってない第5、ずっと残してくれとったん?」
「ん……」
なにか一言、気になったことを問いかける度、ミラは、小さく返事をしながら頷くだけ。
返事はどれも短くて小さいけれど……
(ミラっち……やっぱり、今でも、その女のこと――)
たった一人しか残っていない第5……
関長一人だけの第5……
そんな第5関隊に、いつまでもいて、ずっと仕事を続けている。部隊ごと存在を忘れられても、給料が新入りの一般騎士よりはるかに低くても。周りから仕事をしてないだとか陰口を叩かれ、嫌われても。
普通ならとっくにくじけるか逃げ出してる、そんなことを続けてきた。その理由は、関長の四人は何となくだけど、分かってた。
全部、この時のためだったって……
「そっか……ごめんな。随分待たせて。苦労かけたな……」
そしてそれは、メイランにも分かったらしい。
抱き着いたミラの小さな背中に左手を回して、右手で頭を優しく撫でて。
後ろから見ているメアの目から見ても――そうしてる顔には、敵対心とか、ダマしてやろうとか、そういうのは感じない。ミラのことを思いやって、心配して、感謝して、労ってる。まるで、長年の師匠と弟子が、感動の再会を果たしたみたいに――
(――て、そのまんまじゃんッ)
と――しばらく抱きしめ合った後で、銀髪の師匠は、白髪の弟子に合わせてひざを着いた。
「ミラ」
「ん……」
「あっしと一緒に来る?」
「ん……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「モグモグ……ゴクリ……まっずッ!」
冷たく広く、静かな空間の中。咀嚼音と、飲み込み音と、マズイという言葉が余計に響く。
そんな声と一緒に、お面の上からでも分かるほど……なんなら、お面さえも (´×ω×`) に変わっているように見えるほどのリアクションを見れば、せっかくシャルの魔法で炙ってもらった干物の、その不味さの本気がうかがえるというものだ。
「香りは悪くないと思えるのですが……そんなにマズイのですか?」
「マズイね……これは多分、人間デスニマ関係ないわ。ファントムでも美味しい料理は普通に美味しいんだから」
「魚がマズイなら、肉を干してはどうだ? 近ごろは肉も食っているのだろう?」
「作り方知らん」
「……干し魚は作れるのに、干し肉の作り方は知らんのか?」
「知らんもんは知らん」
獣肉食が一般化して、せいぜい二百年ほどしか経っていない日本民族の弊害である。
(マズイと言いつつ、なぜこんなにも美味そうに見えてしまうのか……それだけが謎だ)
「……というか、先ほど、デスニマの栄養源は魔法だと言っておりましたが、それでも普通の食事を摂るのですか?」
「まあね……城もそうだし、カリレスとかリユンとかは、『【害獣除け】の魔法』っていう食い物に包まれてる。おかげで、その中のどこかにいる限りは放っておいても飢え死にはしない。けど、普通の空腹も、やっぱ感じる。生きてたころの感覚そのまんまにね。だからメシは普通に食いたい。食べること自体、元々好きだしね」
「……城の外では、やたらと腹を空かせているように見えたのはそういうわけか」
第2での仕事を思い出したシャルの言葉に、葉介は頷いた。
「デスニマが、味を抜きにしても他の人間や動物を襲うのも、そういう理由からですか?」
「そ……ファントムとデスニマとの感覚の違いまでは分かんないけど、デスニマも、魔法で栄養補給してるってこと、自分じゃ分かんないから、ただ生きてたころの感覚の通りお腹すかせて、獲物を探す。で、そのうち魔法の摂りすぎでデカくなって、自分じゃ動きにくくなる。デカくなりきった後は、余った魔法で子供ができて、言うこと聞かせられるソイツらに獲物を狩りに行かせるってわけ。しかも、元々草食だった動物まで、肉食に変わるオマケつきでね」
「普通の食事は、お前たちにとって栄養にならないのではなかったか?」
「ならないね。今言った通り、普通に感じる空腹満たすだけだよ。だから、食ってりゃ満腹にはなるけど、代わりに太りも痩せもしない……ウンコやおしっこも普通にするけど」
「そうですか……」
「ちなみに、自分で使って出てきた魔法は、栄養にならないみたい。ま、理屈で言えば、それこそ自分が出したウンコやおしっこ食べろって言ってるようなもんだけど」
「……つまりアナタは、他人の出したウンコやおしっこを食事にしていると?」
「そ。君らが空気中に垂れ流した、無味無臭のウンコやおしっこ」
「…………」「…………」
おどけた声を上げながら、マズイ食事を続けている。
そんな葉介と、そんな葉介の表現に眉をしかめつつ見つめる二人。
そんな三人の間に流れる雰囲気は、少なくとも、ミラが走り去る以前の空気に比べれば、まるで変わっている。
軽く、柔らかく、和やかな……なのに、干物の不味さに顔もお面もしかめている葉介はともかくとしても、それを見つめて、小腹を空かせた二人の顔は、真剣そのもの。
(ヨースケさん……アナタの覚悟のほどは、よく分かりました)
(私も、応えねばなるまい……敵はレイ。だが、もはやそれも瑣末なことだ)
二人にこんな顔をさせる、どんな会話をしたのやら……
それはまた、別の話として。葉介の覚悟と決意を叶えるためには、あと一人、必要な人物がいる。
「ジン……シャル……」
それを待っていると、声と足音が響いてきた。
地下の暗闇から浮き出てきた黄色は、二人を呼んだ後で、視線を前から後ろへ向けた。
「…………」
黄色に続いて、赤色が浮かび上がってきた。黄色に比べれば暗い色ながら、暗闇の中では金髪以上に、白髪は短いながら映えて見えた。
「…………」
メアのやや後ろに立っていたミラは――
シャルと女王には目もくれず、真っすぐ、牢屋の前に立ち、葉介と面と向かった。
「……決めてきた」
「聞きましょう」
ちょうど干物を食べ終えた葉介は特に姿勢を変えることはしない。残った骨は足もとに置いて、壁にもたれた姿勢のまま、お面の下から、ミラを見上げるだけ。
「――――」
しばし、言い辛そうに口を小さく動かして――
ジッと待っている葉介に向かって、声を発した。
「わたしは……この城、護りたい」
声量は変わらず、だが、彼女なりの力をこめて、話を切り出した。
「正直、この国のことは、好きじゃない……むしろ、キライ。今さら戦争が起きて、めちゃくちゃになっても、どうでもいいし、関係ないし、それで悲しくなるほど、この国に対して、思い入れなんかない……この国の人間たち、みんなして、メアとか、シャルとか、セルシィとか、レイとか……わたしの大事な人たちのこと、イジメるから」
自分の大事な人たちに対して、ひどいことをする人間だらけなこんな国、好きになるわけがない。
当たり前のことながら……ミラの率直な言葉に、メアもシャルも、高揚させられた。
「いっそ、こんな国、無くなっちゃえばいい……そんなことも思った。今のヨースケのこと見てて、特に思った……そしたら、ヨースケがもう、戦って、ケガしなくて済むから」
そしてそれは、目の前の弟子のことも例外じゃない。どころか、一番大切に思っている弟子だから、そう強く思っている。ヨースケをこれ以上ケガさせる国なら、無くなっちゃえばいいのにって……
「それに……ケガさせたのは、わたしのせい……わたしが、魔法のこと、全然教えてこなかったせい……ヨースケが、魔法使えないからって、なにもしなかった、わたしのせい……」
もちろん、今日まで一切の魔法を使わず、どころか、魔法を使うための魔力自体が全く無いと言われてきた男が突然、魔法を使うだなんて、予想する方が無理がある。そのことは、ミラ自身も、この場にいる全員が分かっていることだ。
それでも、あらゆる可能性を考慮しておくべきだった。
だってわたしは――わたしが、ヨースケの師匠なんだから。
「そんなわたしが……ヨースケに戦ってほしいなんて、言いたくない。ヨースケにはこのまま、休んでてほしい。後はわたしがやるから……わたしが一人で、この城も、メアもシャルも、全部、護るって……だから、もうヨースケは戦わなくていいって、言いたい」
「…………」
「でも、無理だから……わたし一人じゃ、無理だから……メアとか、シャルとか、女王様とか、他の魔法騎士たちの力、借りないと、無理だから……ヨースケの、力も」
ミラでさえ……ミラだからこそ、分かっていた。
この戦いには、葉介の力がどうしても必要だということを。
「だから……だから、ヨースケ……力、貸して……わたしたちと一緒に、戦って……この城護るために、師匠やレイたちと戦って……おねがい」
ミラなりの力をこめて、精いっぱいに小さな声を絞り出して、頭を下げる。
率直に。素直に。真っすぐに。自身が大切に思う人たちのために、力を尽くしたい。
そんなミラの懇願に、その場の誰もが心打たれていた。
「……おねがい?」
ただ、一人を除いて。
「ヨ……ヨースケ?」
聞くからに怪訝かつ、不機嫌な声を上げながら、牢屋の中で立ち上がり。
ミラを見下ろす葉介は――
「アンタ、私のなんなのさ?」
そう、威圧的に、問いかけた。
「…………」
聞いていた三人とも、わけが分からないという様子で固まっていた。
こんなにも切実な思いのこもった懇願を聞いて、断るどころか怒り出す。その意味がまるで分からなくて――
「…………」
――ただ、一人を除いて。
「わたしたちと一緒に、この城のために戦って。命令」
ミラは、葉介の目を真っすぐ見つめて、背筋を伸ばし、堂々と胸を張って、そう言った。
「……それでいい」
その途端……直前までの怪訝さも不機嫌さも、葉介の態度から消えてなくなった。
「覚えときな……たのむとか、してくださいとか、おねがいしますとか、そういう言葉は、相手に要求を呑むかの判断を任せる誠実さのようで、いざその要求が通ったら、後のことは勝手にしろって、丸投げするのと同じことだから。要求に対してどうするかも知ったことじゃないし、仮にその要求が失敗したとしたら、その責任は全部、要求を呑んだアナタにありますっていう、責任逃れを含んだ言葉なんだよ。極論だけど、さすがに」
代わりに、ミラがしたことがどういうことなのかを、毅然と、だが、優しく語りだした。
「けど、命令は違う……命令って聞くと、下の人間が、上から偉そうに指図とか理不尽な要求を突きつけられるってイメージが強いから、そりゃあ頼みやお願いって言葉以上に、イヤな顔する人間は多いよ。実際、命令する立場のクセに、命令をするだけした後は、都合の良いこと以外全部知らんぷりするような、どっかのクズババァみたいなカスは大勢いる……そんな連中から命令なんてされたって、やる方はやる気も出ないし惰性にしかなり得ない。命令するってことの本当の意味を勘違いした、カスどものせいでね」
「本当の意味?」
「必ずやり遂げろ。逆らうことは許さない。責任を持って事に当たれ。たとえ果たせなかったとしても、その責任は、自分も一緒に背負うから……そういう覚悟を持って、自分にはできない事柄を、信頼できる部下に託す――命令するってことは、そういうことだよ。一方的な要求の押しつけでも、責任の丸投げでもない。命令するからには、信頼して託した部下の犯した、失敗はもちろん、命令を遂行するために発生した、あらゆる責任を一緒に背負う。それだけの覚悟ができる人間がしていいのが、命令なんだよ。命令された人間も、それだけの覚悟に応えたいって思えて初めて、命令を果たすために全力を尽くそうとするんだよ」
「…………」
「あのクズババァは、勘違いしたカスだった……俺は、そんな覚悟とても持てないから、実家でもこの世界でもずっと、下からお願いするしかできないアホだった……ミラはどう?」
「…………」
「ミラは、命令の意味を勘違いしたカスか? それとも、下から頼むだけのアホか?」
「…………」
頼みとは、丸投げであり責任の放棄。
命令とは、強制であり、責任の共有。
葉介のそんな言い分の、全てが正しいというわけでは決してあるまい。自分でも言っていた通り、極論と言ってしまえばその通りだ。
そして、そんな葉介の言い分を聞いたミラは――
「どっちも違う……わたしは――ヨースケの上司。ヨースケの師匠」
葉介の言い分を理解し、胸に刻んでいる。葉介の言った覚悟を、心に刻んでいる。
「アナタの命令に従います。ミラ様」
それが分かったから、葉介はミラの部下として、その場にひざまずいて、頭を下げた。
「……手枷を外します。メア、牢屋を開けなさい」
自分から進んで入ったとは言え、最初から、葉介を閉じ込める必要などなかった。そして、今の赤と黒のやり取りで、確信した。この二人が……葉介が自分たちに仇なす危険は、全く無いと。
「……どう? ボクらのこと、食べたい?」
牢屋の鍵を開け、手枷に鍵を刺しながら、尋ねたメアに……葉介は、首を横に振った。
「……一つ、聞いていい?」
手枷を外して、それをしまいながら、もう一つ、尋ねた。
「おっさんはさ……どうして、そんな強いの?」
「強い? 俺が?」
牢屋の外に出て、ミラの隣に立ちながら、さも滑稽だという声を上げていた。
「冗談止して。むしろ、俺より弱い人間、他にいないでしょうよ? 魔力は無いし、魔法も使えん、使えたら使えたで四肢はグチャグチャ、顔もグチャグチャ、ついでに背も小っちゃいし、デブだし」
「…………」
そんなことを言ってるんじゃない――
尋ねたメア自身も、ハタから聞いているシャルにシンリー、ミラもそう思っている――
「この世界に来る前から鍛えてた、体力と口笛以外に、良い所なんか一つもない。実際、元いた世界でも、誰からも嫌われた、いらない人間だった……そんな、世界一役立たずなザコのジジィにさぁ、弟子だって言ってくれたのは、ミラだよ」
と、ひとしきり自嘲した後で、急にミラの名前が出たことに、ミラはもちろん、全員が反応した。
「強いし、才能あるし、がんばり屋だし、ついでによく見たら絶世の美女だし……そんな女の子に、いらないとか役立たずとか頭おかしいとか入院しろとか死んでくれとか、そういうことしか言われてこなかった男が、弟子だって言われて期待されたら、そらがんばるでしょ。ミラの期待に応えようって。ミラの恥にならないようにって。ミラの役に立とうって……ミラに喜んでもらおうってさ。そのためには、いくら弱くてもジジィでも、強くなるよう、がんばるしかあるまいに?」
「ヨースケ……」
「そんな、がんばる以外にできることがないジジィが、強いヤツに見えたんならさ、それは間違いなく――ミラが弟子にしてくれたから、だろうね」
「…………」
「わ――」
言い切ったところで、感極まった様子のミラが、弟子に抱き着いた。
「ありがとう……ヨースケ、ありがとう……弟子になってくれて、ありがとう……」
「……こちらこそ、ありがとう。弟子にしてくれて、ありがとう」
葉介も、そんな小さな師匠の体を抱きしめ返した。
「ヨースケはわたしの弟子……ずっとずっと、わたしの弟子」
この二人を引き裂くことは、誰にもできない。それだけの絆の強さと深さを、全員が感じ取った。
それを示す師匠の言葉に対して……弟子が見せたのは、お面の上からでも分かるくらいの、苦笑だった。
「ずっとずっとはダメでしょう。弟子なんだから……いつかは師匠を超えて、免許皆伝もらって一人立ちするもんやで?」
「……じゃあ、わたしももっと、強くなる。ヨースケが超えられないように、強くなる……そしたら、ヨースケはずっと、わたしの弟子だよね?」
「あっまえん坊な師匠やなぁ」
「師匠は弟子のことが好き……おかしい?」
「まあ、弟子も師匠のこと好きだから、おかしくはないけど……やれやれ」
微笑ましくも優しいやり取りをしている師弟の姿に、メアも、シャルも、シンリーも、癒されていた。
これから始まる戦いの過酷さや愚かさなど忘れてしまえるくらいの、癒しと和やかさを、二人の姿から感じていた。
そして――
(すみません、ヨースケさん……)
(すまない……本当に、すまない。ミラ――)
そんな二人のことを、引き裂かねばならない運命に、シンリーも、シャルも、心の底から嘆いていた。
(おっさん……強いね。本当に――)
葉介から答えを聞いたメアは、シンリーやシャルとは別の理由で、嘆くばかりだった。
「だめだ! こればかりは『命令』できない」キリ
と言った人は正直に感想おねがいします。




