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第14話  決別

グロ注意回。

あと、嫁確回。

 農具を握りしめながら、地面に座らされている者たちがいた。カリレスに住み、長年この土地の農業を受け継ぎ、守ってきた農民たちだ。農業以外の取り柄は無く、それでも国にとって間違いなく必要とされている、そんな人たちだった。

 魔法の杖を握りしめ、マヒに痺れて動けずにいるボロ服の集団がいた。この国に生まれながらも、様々な理由や事情で敗北し、堕落し、落ちぶれて、犯罪に走った者さえいる、北端族と呼ばれるつまはじき者たちだった。

 同じく魔法の杖を片手に、だがなにもできず見ているカラフルな若者たちがいた。この国を護るために組織され、鍛えてきながら、その存在意義を否定され、やる気もやり甲斐も奪われて、あげく今日、信じてきた憧れにさえ見限られた。


 そんな若者たちと国を見限った、『最強』と呼ばれた青年がいるのは、元を正せば若者たちと同じながら、思想も目的も全く別の、言ってしまえば、テロリスト集団だ。

 立場も境遇も全く違う彼ら彼女らに対して、一つだけ言えるのは、彼ら全員、彼女らなりに確かに生きてきた、ということだ。

 必死に生きて安定した生活や家庭を勝ち取った者も。マジメに生きたのに努力が報われず落ちぶれた者も。尽くすべき力を出し惜しみ手を抜いた結果落ちこぼれた者も。

 全員、一人ひとりが個々人なりの人生を紡ぎ、生きてきた末が今日、この瞬間ということ。



 そして、今日、この瞬間――


 彼ら彼女らの目は、一つの光景に釘づけとなっていて――



「……ッ、――ッ、……ッ」


 北端族に紛れるために、ボロ服を着ている少女。腰まで伸びる長い金髪を揺らす、褐色肌の少女は、その長くしなやかな両手を、雨あられと打ち込んでいた。


「…………」


 一方、黒いフードに黒いズボン、黒い靴。内側の赤い騎士服以外全てを黒で統一した、黒い髑髏面の小男は、次々に繰り出される拳打を同じく両手でさばいていた。


「フッ――」


 何発目だかは誰にも分からない、少女の手を握り締め、捕まえて、背を向ける。

 同時に少女よりも低く体をかがめ、体重は前へ。

 綺麗な柔道の一本背負い。が、いつだかのミラと同じように【浮遊】の魔法で威力を殺された。すぐさま首に手を回し、締め上げようとするも――


「――――」


 首を極める前に両手を挟まれ、そのまま脱出。同時に繰り出された蹴りは避け、後退。


「――――」

「…………」


 エリが立ち上がった、直後、消えた。同時に葉介は、真後ろに向かってひじ鉄。

 下段に突き出したひじは、エリのちょうど胸元にぶつかり、後退させる。


「ダリ――」


 静かな掛け声のもと繰り出した後ろ蹴りが、エリの鼻をつぶした。

 そのまま顔をわし掴んで、後頭部を地面に叩きつけた。


「おっさんなめんな、ガキ」



「すげぇ……」


 座っていた体勢から立ち上がって、ジッと二人の戦いを見ていたアラタが言った。


「ヨースケが強ぇのは分かってたけどよ……あんなにすごかったのかよ。あの金髪のガキも、かなりやるのは俺だって分かるぞ」


 アラタにとって、自身や他者の稽古でも、デスニマの子供相手でもなく、葉介が最も得意とする人間相手の戦闘を見るのは初めてになる。

 ソレを目の当たりにした結果、拳を握り、額には冷や汗を光らせている。目を輝かせ、口元はひくつらせ、だが微笑んで。

 分かりやすく憧れを露わにするアラタに限らず、この場にいる全員、感情は様々ながら、エリを打ちのめす葉介の強さに圧倒され、見入っている。


「……まだ、分からない」


 ただ一人。他ならぬ、葉介の師匠を除いて。


「分からないって、なんだ?」

「あの娘……ほとんど魔法、使ってない。投げられた時と、後ろへ回った時にちょっと発動させただけ。それ以外はずっと、生身で戦ってた」

「なッ、じゃあ――」

「あの娘は全然、本気出してない」



「若い者が、いつまで手加減してくれる気? おっさん的には助かるけど、このままじゃあ悔いが残るんじゃないの?」


 見せつけるように、手に着いた鼻血を舐め取る葉介もまさに、ミラが言っていたことに気づいていた。だから、向き合ってみると、ちょうど同じくらいの背丈の少女を挑発してみた。

 挑発されたエリは、ボタボタ血が溢れる鼻を【治癒】しつつ、ゆらりと立ち上がり――


「――ッ」


 呪文、そして走り出す。同時に繰り出された拳が、葉介の組んだ両手にぶつかり――


「速やッ――」


 その防御ごと、後ろへ押し出し飛ばした。


(骨、とかは、大丈夫か――すっごい痛いけど!)


 かろうじて防御だけは取った……防御しか取れなかった速度のまま、ふっ飛んだ葉介の身に追いつき、更に拳。更に拳。

 葉介、避ける、さばく、避ける、さばく――


(さばききれんし、避けきれん――ミラより速いッ)


 そう思った瞬間――

 殴ってきた拳が後ろへ流れ、同時に頭、胴体が向こうを向いた。

 葉介はすぐさま頭を下げ、自身の上を通過したものをつかんだ。


(ここで飛び蹴りはよろしくないなぁ――)


 エリに背中を向けつつ、つかんだ右足に即座に組みつく。その状態で地面を蹴り、二人並んで地面に落ちながら、捕まえた右足に全体重を乗せ――


「きゃあッ――」


 誰かが――少なくとも、複数人の女性の悲鳴が、その鈍い音の直後に響き渡った。


「痛ったッ――」


 そして直後。捕まえた方とは逆の足で蹴り出され、地面を転がされる。

 葉介がすぐさま立ち上がると、エリも蹴った左足で立ち上がりつつ、ひざが本来とは逆に四十度ばかり曲がった右足を【治癒】した。



(これじゃあ、いくらやってもジリ貧だぁ……)


 幸いというか、お約束というか、ご都合主義というべきなのか……

 少なくとも、二人の戦いに邪魔や横やりが入ってきそうな様子は無い。だからこうしてにらみ合っている間にも、周りを最低限警戒しつつ、思考するだけの余裕はある。


(アリだっけマリだっけ? どっちゃでも良えけど、この娘が強いのは間違いない。基本もできてて、少なくとも、アラタよりは確実に強いし、他の子らじゃあ手も足も出んけど……ミラのが強いな。速さや手数がミラよりは上ってだけで)


 繰り出してくる打撃のキレと言い、美しさと言い、ミラとは違う形で鍛えてきたのは見て取れる。魔法も使っているとは言え、鍛えて身に着けた技術を更に鍛えたことで、今の戦闘力を身に着けたのなら、格闘者としては間違いなく理想的な成長と言える。

 少なくとも、葉介に出会うまで、訓練から戦闘まで全て独学でやるしかなかった結果、マトモな技や、力の使い方が分からないまま力強さばかり身に着いた……そんなミラに比べれば、どちらが良いかは誰に聞くまでも無いだろう。


(とは言え、ミラに比べて戦い方は分かっとらん感じやね。でなけりゃ、鼻の仕返しのつもりか知らんが、せっかく魔法まで使った拳打だけであんだけ優勢だった所に、前蹴りとか回し蹴りならともかく、スキのデッカイ飛び蹴りなんか使うわけがない)


 これがその辺にいる、普通の魔法を使う皆さんや、ちょっと肉弾戦をかじった程度な方々なら余裕で殺せていたに違いない。しかし、ミラなら間違いなく避けながら反撃しているし、ずば抜けた動体視力を持つアラタにも逃げられる。葉介には実際に、伸びきった足を捕まえられ、へし折られてしまった。


 無駄やスキの一切を削ぎ、必要な技を最適なタイミングで繰り出す。単純なデスニマ相手ならもちろん、特に人間相手では、それができない方が殺される。

 それを、分かっているのかいないのか……


(まあ、んなこたぁこの際どうでもいい……問題なのは、このままいくら続けても、すぐに【治癒】されたんじゃあ意味が無いってことだぁなぁ……)


 今回はいつかの拷問とは違う。確実に相手を倒す必要がある。

 さすがに傷を治せるといっても、普通なら戦闘不能レベルの重症を与えていれば、ある程度ダメージは残るだろうが、それに期待して持久戦に持ち込んだところで【身体強化】が使える方が圧倒的に有利なのは変わらない。

 これだけ痛い目に遭わせたのだから、多少なりとも怯んだり動揺してくれても良さそうなものを、エリに限ってはどうやらそれも無い。


(本っ当ッ、魔法って便利ね――)


「やってみっか――」



 時間にして、十秒弱のにらみ合いの末――


 先に、葉介が動いた――


「――ッ」


 エリもすかさず呪文を発動。向かってきた葉介に向かって、拳を――


「――【身体強化】ッ」


 繰り出した時、葉介の口が動いていた。直後、葉介の体が浮き上がった。



「ウソ……!」

「おい、ミラ、今のって……!?」


 ミラとアラタは、すぐにその異変に気づいた。特にアラタは、その耳で葉介の声を拾っていた。


「魔法の呪文……【身体強化】って――!」



「いや、高すぎや!」


 目算で大よそ五、六メートル。生身の人間が幅跳びするにはあまりに無理な高さに飛び上がり、右手を振り上げまた降ってくる。ジッと見上げていた少女はすぐさま後ろへ下がり――


「威力ヤバ――」


 着地と同時に拳を振り下ろした瞬間。直前までエリが立っていた地面はえぐれ、土が高く舞い上がり……拳一個分では済まない、クレーターを刻んだ。



「ヨースケ!!」



 ミラの悲鳴が聞こえ、直後、接近するエリの姿が見えて、飛んできた蹴りを後退してかわした。


「……ん?」


 すぐに反撃に転じようと動いた時、感じた違和感に、右手を見てみる。


「えぇ~……」



「なんや、あの兄さん……生身にあんな大量の魔力こめた【身体強化】で、いきなり地面なんか殴ったら、拳なんかぶっ壊れるに決まっとるやん」


 首の出血を【治癒】してもらい、調子を取り戻し立ち上がったメイランの語った通り。

 拳から先、五本の指の付け根は漏れなく、あらぬ方向へ曲がり、指から手首にかけて、皮膚が裂け、骨が飛び出し、手の形そのものが見るも無残に歪んでいる。


「わたしのせい……」


 そんな有様の右手を眺めるお面の姿に、誰もが言葉を失う中。ミラが、独り言ちた。


「【身体強化】のこと……魔法のこと、ちゃんと教えてこなかった、わたしのせい――」



「あんにゃろ、大事なこと教えんかったな……【治癒】」


 すぐさま潰れた右手に【治癒】を発動。出血は止まり、飛び出した骨は内側に戻り、皮膚の亀裂は閉じていき、傷はすぐさま完治した……が、傷痕は大きく残ったままな上、手も指も、形はデコボコに歪んだまま。


「初めてじゃあ、こんなもんかい……まあ、使えりゃあいいけど――【身体強化】ッ」


 再度魔法を発動――走り、立っているエリに向かって走る。当然、エリは避け、葉介は追撃をしようと――


「――あぁ、あぁ、あぁ、あぁッ!!」


 止まって振り返ろうとしたものの、止まりきれず、方向転換もままならず、派手に転んでしまった。


「かっこわる……」


 自嘲しつつ、地面を蹴る。再び土が舞い上がり、体が前へ躍り出る。

 飛んでいきながら左手を振り上げ、再びエリへ。

 もちろん、そんな単調な攻撃が当たるわけもなく、また避けられる。

 エリの代わりに、後ろに転がっていた巨大な岩を砕いて、また地面を転がった。


「フィギュアか俺は……」



「全然使いこなせてねぇ……」


 両脚と、左手、三本ともがあらぬ方向に曲がりねじれた。そんな体の部位を、無理やり【治癒】して立ち上がる葉介の姿を、第5の二人も、他の魔法騎士らも、凝視していた。


「わたしのせい……わたしのせい……」



【身体強化】とは文字通り、身体能力を向上させる魔法のこと。それを使うことで、本来よりも速く走ることができ、強い力を発揮し、長時間行動できるスタミナが身に着く。

 使い道としては、それだけ。ただそれ一つだけが、正しい、絶対の使い道だ。

 速く走り、強い力が出せても、本人の筋力や丈夫さは同じ。それらを支えるスタミナを発揮できても、自前の体力や心肺機能は変わらない。乱暴に例えるなら、ほんの少し高機能に改造しただけの普通の自転車に、ロケットを無理やりくっつける、そんな魔法である。

 ただロケットがくっついているだけなら何事も無いし、いざロケットを使うにしても、必要な時、適切な出力なら、貧弱な自転車でも長く使い続けていくことができる。


 だから、誰もがこの魔法を使うのは、走る時、飛ぶ時、重いものを持ち上げ運ぶ時、動物から逃げる時、デスニマと戦うために武器を振るう場合等。使わなければ作業や動作が不可能な時、もしくは緊急時のみ、必要なだけの魔力を使って、体に無理な負担が掛からない程度の強化に抑えて、最低限の動作でのみ使用する。

 それをせず必要以上の魔力を込めて、無駄にロケットの出力を上げすぎれば、当然自転車は出力に耐えきれず故障、最悪、大破する。


 人間の場合、ミラやアラタ、メイランのように、鍛えていなければ肉体が悲鳴を上げる。たとえ鍛えていたとしても、極端に強化し過ぎて制御ができなければ、その身体能力に振り回される。

 そんな状態の、力が引き出されるだけの頑丈になったわけでもない手足をむやみやたら振り回したり、まして、地面などの硬いものを殴ったりすれば――



「あっしでも、人間や小さいデスニマならまだしも、デスニマの親とか殴る時はあらかじめ【硬化】も使う。てか、そんなことせんでも、並みのデスニマ程度やったら少しの魔力で十分やのに、ちょっと地面踏みしめて、地面とか殴った程度で手足ぶっ壊れるとか……どんだけ無茶な魔力込めとるんや……?」


 エリに勝つために、使ったこともない魔法を使い、拳を一振りする度に血が噴き出し、蹴り出し踏みしめる度にあらぬ方向へ折れ曲がり、地面を殴った拳は砕ける。それを無理やり治癒した結果、完治はするが形は歪む。

 今にも死んでしまいそうな――むしろ、とっくの昔に死んでいるはずの有様になりながら、それでもなお戦い、抗い続け、できあがった姿形は、まさに『死神』……


「あ……ぁッ」


 とうとう、最後に地面を踏みしだいたところで、ひざが砕けた。


「【治癒】……ッ」


 当然、今まで通り【治癒】を施すものの……立ち上がることは、なかった。


「…………」


 片ひざ立ちの状態で、地面に伏せる死神。


「…………」

「…………」


 死神と、エリ。約二メートルほどの間合いから、お互いに無言で見つめあっている。

 見つめ合いながら、エリは、右手に作った拳を振り上げ――



「ダメ!! ヨースケ!!」


 そこでようやく、落ち込んでいたミラが走り出した。それに続く形でアラタも走り出し――



「そこまでや――」


 直後、二人の前まで来ていた赤と緑は突き飛ばされ、エリは、黒から引き離された。


「…………」

「そう言いなや、エリ。あのまま殴りかかったら、殺されとったん、アンタや。見てみ?」


 優しく語り、指さした先……葉介の手元を見て、初めてエリは気づいた。


「さっき、あっしが投げ捨てた斧や。不用意に近づいてきたアンタを、突き刺すか斬りつけるか……どっち道、あのまま行っとったら魔法使うヒマも無しに殺されとったで」


 言われて、二人で髑髏面へ視線を戻すと――おぼつかないながらも、しっかりとした足取りで、立ち上がっていた。


「…………」

「かも知らんなぁ。全部が全部、あの場所あの瞬間を狙って、わざと両手足潰したんやとしたら……あの兄さん、あっしらが思っとる以上に狂っとる。オマケに、頭もキレる」

「…………」

「せやなぁ。結果だけ見たらエリの勝ちやけど、少なくとも今のエリじゃあ、智恵でも素手でもあの兄さんには勝てへんやろなぁ……まぁ、気にしなや。あっしも、素手じゃあ分が悪い思て、とっさにあの兄さんの武器奪って仕留めたわけやし」


 それを語る声色から、淑やかさは完全に消えていた。


(せやけど、どうなっとんねん……そら、刃物を人に向けること自体、初めてみたいなもんやったとは言え、普通、胸をあれだけ深く突き刺したら死んどるやろ。出血もしとったし、体温が無くなってくのも見て分かった。なのに、息吹き返したあげく、あっしにあんな、情熱的な――)


 疑問が浮かび、いぶかしみ、恥じらう感情が頭を包む。そして、胸に渦巻く思いと、彼を見つめる目だけは、終始変わらぬ気持ちだった。


「ホンマ、たまらんわぁ……殺してまうんが惜しすぎる御仁やわぁ」

「…………」



「ヨースケ、おい! 大丈夫かよ!?」

「セルシィ……セルシィ、どこ? 今すぐヨースケ治して! セルシィ!!」


 再び葉介のもとへ駆けつけた、第5の二人。アラタは葉介を必死に支え、ミラは、出し慣れない大声でセルシィを呼んでいた。


「せやった……いつまで隠れとるつもりなん?」


 そんなミラの声に続けて、メイランが、周囲に呼びかけた。


「早よぉ出てこんかいな――セリスィァン」


「セリ、シアン……?」


 聞き慣れない発音と名前を、唯一、メアが聞き返した。

 直後、メイランの隣に立っていたエリが飛び出して、魔法騎士、シャルやリリアの後ろ、木々のスキマへ飛び込む。


「きゃあ――」


 そのすぐ後に悲鳴が聞こえて、それまでずっと隠れていた、眼鏡を掛けた青色の銀髪は、エリに引きずられ現れた。


「やだ! 離して! いや! いやッ!!」

「あらまぁ……相変わらず、可愛らしい声出しよってからに――」


 ぼやきつつ、メイランも同じように飛び出して、セルシィの前に。暴れ出すセルシィの手をつかみ、握りしめた。


「我がまま言わんと、お姉ちゃんの言うこと聞きなさい――」


「セルシィ!!」


 言い聞かせつつ、腹に拳の一撃。こん倒したところで、メアの悲鳴を無視しつつ、エリともども元の位置へ戻った。


「まったく、もう……困った――」



「セルシィをどうする気だよ!?」



「――やなぁ……なんや、うるっさいのぉ」


 今すぐにでも飛び出したいのに、魔法の手枷のせいで叶わない。だから叫ぶしかないメアに対して、うんざりしたふうに応えた。


「お姉ちゃんが大事な肉親連れ戻そうとすんのに、理由がいるんかいな?」


「お姉ちゃん? 肉親って、じゃあ……」


「まぁ、さすがに今の若い子ぉらは知らんわなぁ? あんま人に言わんかったのもあるけど、あっしが現役のころも、知っとる人間のが少なかったし……その通り。あっし、メイラン・リーはこの、セリスィァン・リーの、実のお姉ちゃんやでぇ?」


 姉の姿を見るなり身を隠し、そのくせ責任からか逃げるに逃げられず、隠れたままカリレスに送られ、送られた後もずっと隠れてジッとしていた。そんな愚かしくも愛おしい肉親を捕まえながら、姉は宣言していた。


「お姉、ちゃん……妹さん、だったん、ですか? セルシィ様が、敵の……?」


 マヒに痺れながらも思わず漏れた、ディックのそんな一言に――メイランは突然、吹き出した。


「アハハハハ! アハハハハ! マジか、傑作やコレ……じゃあ、なにか? あっしが魔法騎士からおらんくなってからもこの子、隠し通すことができとったんかい! 傑作やわコレ……」

「いや、やめて……それだけはやめて……!」


 腹を抱えて、笑っている姉に対して……腹を押さえながらセルシィは、騎士服よりも青い顔になりながら、必死に静止の声を上げていた。


「お願い、やめて――」

「まあ、良え。この際やから、教えてあげるわ。これ以上は隠す意味もないしやなぁ」

「いや!! やめて!! お願いだから――」


 何かに脅え、遂には飛びかかろうとしたセルシィを、エリが押さえ込んだ。


「このセリスィァン・リーはなぁ――」



「言うな――――!!」



「男の子やでぇ?」



「でしょうな」

「分かってるよ」


 セルシィの悲鳴、メアの絶叫、メイランの告白、に対して、黒と緑は首をかしげて。

 メイランに集まっていた全ての視線は、一瞬にして第5に注がれた。


「あれ? 気づいてたの俺らだけ?」

「あ? なんだお前ら、なんでそんな驚いてんだ?」


 二人とも、あっけらかんとしている。アラタに至っては、全員なぜそんなに驚いているのか分かっていない様子でさえいる。


「二人とも、なんで……?」


 誰もが言葉を失っている中、かろうじて、メアが声を上げた。


「なんでって……匂いが完全に男じゃねーか。会った時から、やけに女っぽい見た目の男だなって思ってたけど、お前らはなんだと思ってたんだよ?」

「まあ、匂いは俺には分からんが、前におんぶした時、腰にあれだけ硬いもの押し当てられたらねぇ……気のせいかとも思ったけど、女の子に喉仏は出ないって、知らなかった?」


 淡々と語られた豆知識に、見ている者たちの何人かは、自身の、またはお互いの喉仏を確かめあった。セルシィも……セリスィァンも、自身の喉仏に手をやった――


(知らないんだ。こっちじゃ常識でもないんやな……)


「ミラも知ってたよなぁ?」

「ん? ……んん、も、もちろん。二人が気づいてたこと、わたしが気づかないわけない」

「だよなぁ!」


 ミラは何度も頷き、アラタは素直に笑っている。実家での常識に思いを馳せていた葉介はそんな二人のやり取りを、お面の下から微笑ましく見つめている。

 緊張感漂う空間で、そんな弛緩した空気を第5が作ってしまったさ中――



「う……うぅぅ、うぅううううぅうう――――うああああああああああああ!!!」



 一気に元の空気感に戻してしまえる、絶叫が轟いた。


「あぁあぁ、男の子のくせに、情けない……エリ、悪いけど、しばらく弟のお世話頼むわ」


 叫び、泣き出して、エリに抱き着いた弟の姿を見やって。


「さーて……話を戻して、魔法騎士の若人らに提案や。レイちゃん」


 声を掛けられたレイが、魔法騎士たちの【(マヒ)】を解除したのを見て、メイランはようやく、本題に移った。


「あっしら真正魔法騎士団……長いな、真騎士団で良えかな? とにかくや、あっしらに付く子ぉらはおる?」


 そんな提案を投げかけられて、魔法騎士の全員、顔を見合わせた。


「さっきも言うたけど、あっしらの目的は、この国をトレントラにも負けんくらい、強くて戦える国にすることや。そのために、戦える人間は多いに越したことはない。けどさっきも言った通り、今さら鍛えても役に立ちそうにない、北端族の面々に用は無い。この場で、王女姉妹二人と一緒に葬らせてもらう」


「そんなことをして、誰がこの国を治める気か!?」


 さっきまでと同じ調子で、一方的に語っていくメイランに向かって、シンリー女王がたまらず叫んだ。


「まさか、アナタが女王を兼任するとでも?」

「堪忍してぇーな……あっしに政治のことなんか、分かるわけないやん。政治のことは、政治が得意な人らに任せるんが一番良えに決まっとる。一応、今回集まった中には、元政治家の人らもおるんえ?」


 そんな言葉に、真騎士団を名乗る中年らのうちの、何人かはほほ笑むが……全員、雰囲気も立ち居振る舞いも、北端族と変わりない。そもそも、元政治家だというのなら、今さらこんな誘いに乗ることなどなくとも、遊んで暮らせるだけの金はあったはず。

 よほどこの国の未来を憂いて、私財を投げうってメイランについてきたか。

 そうでないなら、元政治家でありながら外国で落ちぶれたところを、メイランに拾われたか。

 少なくとも前者だとは思えない。そもそも、そんな態度だけで、とてもじゃないが、この国の政治を任せるに値しないであろうことを、シンリーは一目で見抜いた。


「そんなわけやから、最悪、王様無しでも何とかなるやろうけど、やっぱ、王国ならお飾りでも王様はおった方が良え。国の象徴言うんはそういうもんや――せやから、アンタらの代わりなら、見つけてあるんえ?」

「代わり?」

「せや。むしろ、適任言うても良え……アンタら、今でこそ二人姉妹やけど、元々、女王はんの娘は三人姉妹やったこと、忘れたわけやないやろ?」

「……え?」


 そこで、セルシィの姿に、ずっと顔を伏せていたメアが、顔を上げた。


「さすがにあっしも、アンタら二人はともかく、まだ小っさかった末の娘ぉはチラッとしか見たことないけど……それでもアンタらや、女王はんそっくりな、金髪で、肌の黒い娘ぉやったってことは覚えとるんよ?」

「では、エリとは、まさか――」

「せや――」


 大げさに、大仰に、手を振り上げて、未だ泣いているセリスィァンを抱きしめ続けるエリを指して、宣言した。



「このエリこそが、真騎士団の最年少幹部……あっしの可愛い一番弟子にして、このルティアーナ王国第三王女、エリエル・バァム・ルティアーナ()()や!!」



殿()()な!!」

殿()()や!!」

「ウソだ!!」


 葉介の訂正を受けて、すぐさま言い直したメイランに向かって、再びメアが叫んだ。


「その娘が、エリエルなわけない!! エリエルは――」

「あのクズ女に殺された言うんやろう?」


 絶叫するメアに向かって、変わらぬ様子で説明を続ける。


「まあ確かに、詳しい経緯はあっしも分からんけど……あっしらがあのクズ女そそのかして、王様殺させて、女王はんもダメになったところで、アンタら三人は逃げたんやろ? ほんで、まだ小っさかったエリエルは、信頼できる里親に預けたと」


 サラッととんでもない事実を口に出して、再びシンリーが叫ぶより前に、話を続ける。


「ほんで、ダメになった女王はんだけや飽き足らず、そうして預けた妹まで、トチ狂ったあのクズ女が里親ごと殺してしもたと……で、誰かその瞬間を見たんか? 殺された妹の遺体を誰かが見つけ出したんか?」


 そんな問いかけに対して答えられる人間は、王女姉妹はもちろん、誰もいない。


「……で、でも! だからって、その娘がボクらの妹だって証拠にはならない! そりゃあ、金髪はともかく、シャルみたいな日焼けでもないのに地肌が黒い人なんて、この国じゃ珍しいだろうけど、どっちも魔法で加工しようと思えばできる!」


「できねーぞ」


 叫び声に対して、応えたのは男の声だった。カリレスの側に座らされた、男。腕前自体は普通だが、カリレスでは誰もが知り、信頼している癒者であり、加工士である。


「髪の色は確かに、染料があれば染めてやれる。だが、肌の色を白から黒に変えることなんざ、少なくとも今の【加工】の技術じゃ無理だ。シミとかそばかすを取り除いたりシワを伸ばしたり、そういう『取り除く』だけの作業とはわけが違う。髪みたいに染料を使って無理やり【加工】できなくもないが、そんなことしたら確実に肌がボロボロになる。死ぬほど痛いに決まってるし、【加工】どころじゃ済まなくなる。元々決まってる肌の色を変えるなんざ、普通に上から塗りたくる以外、できやしねぇよ」


(……つまり、石像の汚れ拭き取ったり傷を削り取ったりはできるけど、石像の色そのものを変えたいなら、色を塗るしかない、みたいな?)



「……わたくしの金髪も、実は染めてる」

「そうなんですか? メルダさん……!」



「エリのは、どっちも自前やけど?」

「……だ、だからって、その娘がエリエルなんてこと――」

「せや。誰も、そんなこと分からん……逆に、この娘ぉが、アンタらの妹と違うってことも、分からんやろぉ?」

「そ、それは……!」

「まあ、そういうことや。正直、この娘ぉが本当に女王はんの娘で、アンタらの可愛い妹か。そんなこと、大した問題やない。女王の娘や言われても納得できる娘がおって、飾りであれ王様演じる。で、周りには、国をキチンと納めて管理できる政治家が揃っとったら、少なくともあのクズ女がおったころよりマシにはなるやろ? 女王はんが消えた後の、クズ女の暴走はあっしらも想定外やったことやしな?」

「白々しいことを……!」


 そんな国、下手をすれば、あのクソ女が治めていた時以上に最悪になりかねない。ただ戦うために若者たちが駆り出され、それが適わない人間は、彼女らに都合の良いよう働かせ、そのどれもができないなら、北端族と同じ、切り棄てる腹づもりだろう。

 そうなってしまうと分かっていながら、それでも戦う力を奪われた者や、そもそも持っていない者たちには、逆らうことは許されなかった。



「さあ、説明はここまでや。それで、あっしらについてくる、魔法騎士の子ぉらはおらんか?」


 無理やり話を戻されて、全員に再び問いかける。


「…………」


 十秒ほどの沈黙が流れた後で、一人、前に出た。


「リリア、貴様……!」

「どんな形のどんな目的であれ……私は、レイ様についていきます」


 咎めるシャルに、堂々と言い放つと、リリアは【身体強化】で跳び、レイの前に降り立った。


「レイ様……」

「ありがとう……よく来てくれた」


 最強の魔法騎士と、彼に最も信頼された副将……

 手を取り合う二人の姿をキッカケに、一人、また一人と、魔法騎士らが立ち上がり、前に出ていった。

 リリアと同じ理由もあったかもしれない。恐怖や、雰囲気に呑まれたのかもしれない。何かしらの打算があったかもしれない。

 理由は、彼らに付いた、各々にしか推し量れないことながら……


「これで全員か?」


 北端族の側に残ったのは、第5の三人。

 第4の、リムとメルダ、少女一人。第3は、ディックと、女が二人、少年が一人。

 第1は、サリアが一人だけ。そして、第2は、ファイとフェイと、少女一人と――


「シャル」


 残った中の一人に対して、レイが、手を伸ばしながら呼びかけた。


「君もだ」


 声からも、視線からも、真剣さと、誠実さ、それらに全く濁りが無いのを感じさせる。

 実にレイらしい……シャルは、そう感じた。子どものころから変わらない、喜んで答えたくなるくらい、愛おしく思い続けた顔と声だった。


「…………」


 そんなレイに対する、シャルの答えは――


「断る!」


 その声も顔も、拒むこと。


「お前は間違っている。だから――断る!」


「そんな……」

「シャルちゃん、やっけ? そっちに残る言うんなら、北端族と一緒に、死んでもらうことになるけど?」


「好きにしろ……いかに愛しい男の声でも、虚実の区別がつかん愚か者についていく気など無い!」


「シャル……!」

「アカンわ、レイちゃん。あれは、どれだけ説得しても意味無いで」

「イヤだ……!」

「最初に約束したやろ? こっちに付かん人間は、邪魔やから切り捨てるて……あっしかて、ヨースケのこと諦めるんや。アンタも、諦めなさい」


 今にも泣きそうになっている、レイを説き伏せながら、メイランは、前に出た。



「ほな、リユンの人らは下がらせて――そっちに残った魔法騎士の子ぉら、それに、新しい女王はんと妹はん、あと、北端族の人らには、最後に役に立ってもらうで」


 メイランの命令に従って、座らされて動きを封じられていたリユンの住民らは移動。残った魔法騎士たちは力づくで押さえられ、未だマヒに倒れたままの北端族と一緒に並ばされた。


「…………」

「エリ、なに? ……女王と妹も、助けたい? 使い道ある? うーん……その意見も分からんでもないけど、生かしとったら厄介な二人や。消しといた方が無難やで」


 エリのことも説き伏せて、彼らの前で、メイランが懐から取り出したものは――


「それは!」

「第2王女はんがゴミ男から奪っとった、召喚の香。の、最後の一個や。城を落とすんに使うはずやったけど、この場で使えるんはある意味嬉しい誤算かもしれんな」


 それだけ言うと、取り出した箒にまたがった。


「ざっと見積もって200人、ずば抜けた魔力の王女姉妹もおる――どんなファントムが生まれるんか楽しみやわぁ!」


 浮かび上がりながら大声を上げ、止まって、見下ろした。


「お別れの挨拶は――できるわけないか! ほなせいぜい、あっしらの武器になって、今後とも役に立ってもらうで? そしたら、アンタらも本望やろう? なぁ!?」


 絶叫とともに、香の入った小瓶を地面に向かって投げ捨てた。

 見ている者たちの大半は、その小瓶が何かは分からない。だから、それが何かを知っていて、なにが起こるか分かる者のほとんどは、絶望に表情を強張らせた。

 知る者も。知らない者も。共通して分かるのは、かなり小さな瓶ながら、それが真っすぐ、北端族たちの倒れる位置に降ってくること。


 メイランの仲間の真騎士団たちは、歓喜と興奮に絶叫していた。

 彼らに付いた魔法騎士団は、レイと、リリアの二人以外、ほとんどが目を逸らしていた。

 彼らに付かなかった魔法騎士団らは、ここまでかと目を閉じて。

 北端族もカリレスの住民らも、降ってくる小瓶が何なのか分からないまま。

 そんな者たちを見下ろすメイランは、望みが叶う瞬間に胸躍らせて――



「――【鏡極(キョウゴク)】・迷鏡姿酔(めいきょうしすい)ッ」



 女の声が、瓶が割れる音よりも、真騎士団らの雑宴よりも空間に響いた。

 かと思った時、突然、巨大なガラスが割れたような音が響き――


「――は?」


 上から見ても下から見ても、間違いなく北端族らの真上に降ってきていたはずの小瓶は、次の瞬間、真騎士団らの真上にあった。


「全員散れ!!」

「逃げなさい早く!!」


 すぐさまレイが反応。リリアと共に声を上げ、その声を聞いた魔法騎士団はすぐさまその場から散開。

 真騎士団たちは、何が何やらと言った様子ながら、それでも逃げようと動き出し――


「痛い!」

「ちょッ、なにしてんのよ!!」

「どけ!! 逃げらんねえだろう!!」


 真騎士団の全員が、間違いなく逃げようとしている。なのに、全員が左右と言わず、上下と言わず、統一性はもちろんのこと、方向性すら定まっていない様子で、その場でもみくちゃになっている。

 今すぐ逃げたいのに、周りの人間が――どころか、目の前が全く見えていないように――



「……え、リーシャ様!?」


 混乱に乗じて避難が可能になり、急いで北端族のマヒを解きつつ逃げ始めている魔法騎士団。

 その中で、連中の様子をうかがっていた葉介は、一瞬だが、見逃さなかった。


「おい! なんでリーシャのねーちゃんがアイツらの中にいるんだ!?」


 アラタはそのずば抜けた視力で、ハッキリと捉えていた。

 真騎士団らと一緒にもみくちゃになり、もみくちゃにされている、オレンジ髪の紫色を……



 服装も性格も。心根も性根も何もかも。【加工】が成された顔以外の全てが汚い連中に揉まれ、身動きが取れない中で。それでもリーシャは、まるで、あらゆるものから解放されたような、スカッとした心持ちだった。


(【鏡極(キョウゴク)】・迷鏡姿酔(めいきょうしすい)……アンタたち全員、あたしが魔法を解除しない限り、一生前は見えないわよ)


 最初、魔法で姿を消してコイツらに混ざった時は、このまま不意打ちでコイツらを倒せるんじゃないかとも思った。

 けど、メアちゃんやレイちゃんみたいに、大勢の人間を一度に倒せるような魔法は身に着けていない。一人ずつ倒していくにしても、もう魔力は残り少ないし、そんなことしてる間に数でやられる。

 コイツらを全員やっつけて、味方を全員助けるにはどうするか。ずっとそればかり考えていた。メイランの問いかけなんか聞くまでもなく、コイツらに付く気なんかさらさら無い。メイランや、レイの話を聞いた後も変わらない。


 この国に愛想が尽きてるのは同じだし、北端族だって好きじゃない。けどそれ以上に、メイランと、真騎士団のやり方は気に入らない。

 何より、ココには、大切だと思える子たちや、護る価値のある人たち、そして、愛する人が揃ってるから……

 そうやって、今すぐヨースケのもとへ走りたいのも必死にガマンして、ずっと考えている間に、メイランが懐から取り出したもの。


(あれって……デスニマを呼びだす――!?)


 忘れていた正式名称を、シンリー女王が叫んだ直後、メイランは箒に乗った。


(上から落とす気……だったら――)


 すぐさま空に向かって呪文を唱えた。地上の人間、空の人間、両方が見る景色を歪ませる。今まで作ったことのないような、大きな大きな魔法の【鏡】。

 上手くいくか不安はあった。それでも、隠すことだけは誰にも負けない。そんな自負の通り、リーシャにだけ見える真実の景色は、メイランが、自分が立つ真騎士団の方に向かって瓶を投げ落とす様を見せてくれた。


「――【鏡極(キョウゴク)】・迷鏡姿酔(めいきょうしすい)ッ」


 それが分かったところで、新たに魔法を発動。

 それに伴い、上空の【鏡】は消失。代わりに、周囲にいる真騎士団全員の顔に、【鏡】を貼りつけることに成功した。


「まあ、おかげであたしも、魔力がスッカラカンなんだけど……」


 厳密には、【鏡極】を維持するだけの魔力は残っている。そして、本当にそれだけ。

 そんなリーシャの周りは、顔の鏡で視界が効かず、ぶつかり転んで叫んでケガして。

 中には視界が効かない中、【身体強化】を使ったせいで余計に周りを巻き込んだり、混乱からか怒りからか、無意味に【光弾】やら魔法を撃ち乱すヤツまでいる始末。

 そんな連中にもみくちゃにされているリーシャ自身も、もはや逃げるための力も魔力も残っていない。


(まあ、どっち道、コイツら逃がさないために、最後までそばで魔法を維持しなきゃなんだけど――)


 これがあたしの最後の仕事――

 それを理解し、そして、無事成功させたことを確信しながら、仲間たちの方へ目を向けた時――


「あ――」


 だいぶ離れた距離ながら、それでも、ハッキリ見えた。



 時々考える時があった。もし、彼があの時、あたしを見つけてくれなかったら。

 あのまま火事の炎に巻かれていたか。逃げてきたデスニマに襲われていたか。

 どちらにせよ、その全部から彼が守ってくれたから、あの日あたしは生き延びて、今日までこうして生きてこられた。


 その時に見た優しい顔は、見る影も無いくらい醜く歪んでしまって、今はその顔をお面の下に隠してる。それでも、そんな顔以上の素顔は、誰よりも強くて優しくて、頼りがいがある人なことを知ってる。


 最初、助けてくれた時から分かってた。分かって、彼のことを理解する度に、あたしの中の、彼の存在は大きくなっていった。

 そんな彼が、あたしの方を見てる。お面に顔を隠していても、驚いて、声を上げてるのが見て分かる。それに吊られてか、隣に立つ緑の子も、叫んでくれているのが見える。


(最後まで、アナタはあたしのこと、見ててくれたわね――)


 影が薄い……存在感が無い……子どものころから言われてきた。

【鏡】を使って隠れるのが上手くなってからは、余計に誰も気にしなくなった。

 そんなあたしのことを、最初から最後まで、見つけ出して、見ててくれた人――


「ヨースケ……バイバイ――」



「…………」


 走りだそうとしていた葉介とアラタ、それを必死で止めていたミラが、笑ったリーシャの口が動くのを見た直後。

 ほんの五日前にカリレスで起こった、小さなブラックホールが発生。



「きゃああああああああ!!」「いやああああああああああ!!」

「うわああああああああ!!」「ひいいいいいいいいいいい!!」



 集まった真騎士団、そして、彼女たちにもみくちゃにさ1れた、ただ一人の魔法騎士、計70名余り。

 全員、集まったカリレスの住民たちが落としていった大量の農具を巻き込んで、ブラックホールに吸い込まれた。


「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」


 時間にして、十秒たらず。そんな短い時間の間に、70人以上の人間を一人残らず消し去った光景は、ソレを知る者、知らない者、全員の顔から、言葉を奪うには十分すぎた。


「……あれ?」


 やがて、ブラックホールが消失。後は、彼らの魔力と、共に吸い込んだ材料から生み出された幻獣(ファントム)が生まれるはず。

 そして今回、材料として吸い込まれた人間の数は70人以上。シンリー女王から話を聞いた者たちの知る限り、20名の材料から生まれた、ドラゴン以上に巨大なものが生まれるはず。

 その現象を知る、誰もがそう思っていたのに……そんな巨大は、影も形も見えない。

 誰もが、あちこちに目を向ける中で……



「まさか、こうなるとは……」



 いつの間にやら、葉介は、元いた場所から移動していた。

 立っているのは、ブラックホールが発生し、消えた場所。そこに、ファントムは――少なくとも、彼女らが想像したような、ファントムの姿は、無い。


「材料が大量の金属、それも、農具(刃物)だったから……それとも、アナタがこうなるように望んでくれたんですか? リーシャ様」


 消えていった、魔法騎士団最年長。誰よりも強かった女性の名を口にして――

 葉介は、ソレを、地面から引き抜いた。



「妖刀・村正……魔剣・エクスカリバー……どれもふさわしかないね。宝刀、違う……アナタは聖剣――『聖剣・利衣叉(リーシャ)』やね」



「渡せ!!」


 葉介の行動に、即座に反応したのはレイ。


「――うわ!」


 そして、そんなレイの声に対して、葉介は、手に取ったソレを投げ渡して返した。


「ダリ――」

「ぐうぅぅッ――」


 レイが思わず立ち止まって、ソレを受け取ろうとした瞬間。同時に走り出していた葉介のひざ蹴りが、みぞおちに綺麗に入った。


「フッ――」


 同時に、ソレを再び握った左手と逆、右手で胸倉を掴まれ、引っ張られ、背負い投げで地面に叩きつけられた。


「がッあぁ――」


「レイ!」

「レイ様!」


 直後、リリアが飛び出した。


「――【閃鞭至】・閃刀ッ!!」


 呪文を叫び、レイの騎士服をまさぐっている葉介に杖を振るう。

 簡単に避けた葉介と、レイとの間に立った。


「それって、ライトセ」


「――【(マヒ)】ッ!」


 葉介が何かを言い切る前に、リリアの後ろから光球――雷球が飛んでくる。

 倒れた状態で、呼吸もままならない状態ながら、それでもレイは、葉介に向かって雷球を放っていた。


「――【雷至(ライシ)】・開電流(かいでんりゅう)ッ!」


 腹を押さえつつ立ち上がり、リリアをかばいつつ、更に強い魔法を――


「――【雷極(ライゴク)】・稲火駆(いなびかり)ッ」


 それさえ避けて、後ろに下がった葉介を追うように、更に強い魔法。


「……え?」


 が、葉介に向かって放たれた稲妻は、下がった葉介へは向かわず、その前に突き立った斧槍に落ちた。


「雷なら、そら先の尖ったもんに落ちるわなぁ……」


「きゃッ……!」

「ぐぅ……ッ!」


 落ちた直後に地面からジャンプし、レイとリリアへ接近。手に握ったソレで、二人を殴り飛ばした。


「……痛て」


 例によって、ジャンプしたせいで壊れた足をさっさと【治癒】する。


「この、感じ……あの刀、生きてる……?」

「やはり、それが……その、刀が、ファントム――」


「悪いけど、リーシャ様は渡せんで……リーシャ様も、俺がいいみたいだし」


 宣言し、言い切って、あらためて、左手に握りしめる、ファントム――刀を見た。

 鞘の色は、リーシャが着ていた騎士服と同じ、紫色。リーシャの肌色と同色の鍔が付いていて、柄には、彼女の髪の毛と同じ色の柄巻きが巻かれている。

 鞘の先端には(こじり)が、柄には目貫(めぬき)(かしら)が普通にある物の、鞘には下緒(さげお)栗型(くりがた)小柄(こづか)返角(かえりつの)さえ付いていない、一部の脇差や短刀のような、シンプルな(こしらえ)となっている。


 刀剣マニアや、多少なりとも刀の知識がある者が見れば、あまりに貧相で物足りない見た目と思うかもしれない。

 だが、目の前で見れば、見た目など問題じゃないことは、誰もが感じるに違いない。

 ただの金属の塊であり、刃物であるはずのソレが、無機物としてはあり得ない、躍動感と、生命感に満ち満ちていることを。


(しかも、少なくともこの国に、日本刀なんて無かった。間違いなく幻獣(ファントム)やろうね)


 ルティアーナ城の地下へ、武器を求めて何度も訪れている葉介は、当然、そこに保管されている武器も見ている。

 斧や槍、両刃の剣、片刃の刀。形や用途は様々でも、それらに共通しているのが、どれもファンタジーなどでよく見かける、西洋的な形や意匠だということ。

 もちろん、葉介がこの国しか知らないだけで、この世界にも、探せばそういう形をした刀剣はあるのかもしれない。だが少なくとも、この国の、まだ魔法が無かったころに使われていたという武器の中には、こんなアジアンチックな刀剣類は見かけなかった。

 この国では場違いも甚だしい、だが、葉介には実になじみ深い、東洋的、それも、純日本的な意匠と形。間違いなく、葉介のよく知る刀――日本刀の形。

 七十余人の人間の魔力と命と、大量の金属を材料に、動物ではなく、武器の形に生まれた幻獣(ファントム)。リーシャの献身と犠牲のもと生まれた、生きた武器。



 妖刀であり魔剣にて。


 宝刀よりも(きよ)存在(もの)


『聖剣・利衣叉(リーシャ)



「……アンタら、自分がなにしでかしたか分かっとるん?」


「……ッ!」

「……アンタらにだけは言われとうないわな? 少なくとも」


 葉介とレイがにらみ合っているところに、再び声が響いた。

 重々しく、重苦しく、聞いた者の身にイヤでも重圧を与えてしまう。

 実際、その声を直に受けたレイは、その身を震わせ、硬直し、目を見開いた。お面の下から平気な声で、平然と返事を返す、葉介とはまるで真逆な姿を見せていた。


「アンタらがいつから計画してて、どっからどこまでがアンタらのせいなのか。それは、俺には分からんけれど……少なくとも、アンタらのおかげで大勢の人間に迷惑が掛かったし、魔法騎士団にも犠牲者が出た。それを踏まえての作戦だったわけだよねぇ? レイ様?」

「…………」


 呼びかけられたレイは、応えることができず、ジッと葉介をにらむだけ。


「アンタらがどれほどの気持ちだったり決意だったりで持って、これだけのことしでかしたか。んなこたぁは俺らの知ったこっちゃない。アンタらこそ、女王様や魔法騎士の皆さんが、今日までどんな気持ちでがんばってきたかなんか、知ったこっちゃあるまいよ? だったら、自分らがまさに俺らにしようとしたことが、そのまんま自分らに返ってきたってだけのことで、文句言わないでいただけません? みっともない」


 威圧に屈しない。怒りにも恐れない。ただ、正論を涼しく返すだけ。


「……ホンマ、たまらんお人やわぁ……」


 そんな葉介の言葉と姿を受けて……

 メイランの額には、夜の下にいても分かるくらいに、太い血管が浮かび上がった。


「どっち道、アンタらのおかげで、一緒にやるはずやった元魔法騎士の仲間、みーんなおらんようになってしもた。おかげで、力も戦力も半減や。立て直すにも時間が掛かる。切り札にするつもりやった、ファントムは盗られてしもて――」


 普通なようで怒り狂って、言葉を吐き漏らしたその直後、ポケットから、革袋を取り出した。


「まあ、ええわ。幸い、あっしがおってエリがおって、魔法騎士の子ぉらも全員無事や――」


 その革袋に手を突っ込むと、そこから大きな魔法の麻袋を引っ張り出して――


「真騎士団は、残った者らで立て直したらええ。けどどうせ、邪魔するんやろう――」


 引っ張り出した麻袋を、両手にかざして――


「邪魔されるんはムカつくし……邪魔される前に、アンタら、死んでもらうで――」


 力のかぎり引き裂いた瞬間――


「ヤバイ! デスベアの親だ!!」


 大きな地響きが発生したのは、巨大な四つ足が降り立ったから。

 地面を踏みしだく音の主は、舞いあがった土ぼこりに姿を隠し。

 姿を現した黒いその身は、天を突くような巨体でありながら。

 重量感がありながら、今にも飛び出しそうな疾走感が腐った身体中からあふれ出ている。

 メアが叫んだ通り、おそらくは、最も狂暴且つ凶悪で、危険なデスニマの親。

 デスベアが、同じデスベアを含む、何十という子供を伴って現れた。


「魔法騎士の子ぉらは空へ逃げぇ! デスニマが襲わんのは、あっしとエリだけやで!」


 その声を受けて、メイランとレイに付いた魔法騎士、全員が箒を取り出した。

 レイも、シャルを一瞥しながら、葉介の前から離れて、持参していた箒に飛び乗った。


「…………」


 北端族やカリレスの住民たちは、解放されたことでとっくに遠くまで逃げている。

 地上に残っているのは、真騎士団に付かなかった魔法騎士たち。そのほとんどは、城での戦いで魔力切れか、その寸前まで消耗していて、とても戦える状態にない。

 残った者たちの最大戦力であるシンリーとメアの二人は、魔法の手枷を掛けられ魔法の使用が不可能。


「……ちょうどいいかな」


 そんな、絶望的と言っていい状況にありながら……最もデスベアの近くにいて、真っ先に狙われるであろう、葉介は、お面の下で――むしろお面ごと、笑っていた。


「リーシャ様……お願いします」


 今なお左手に握りしめている、紫色の輝きに対して、語り掛けた。


「……リーシャ、力貸して」


 そしてもう一度、同じ内容の言葉を投げかける。


「……タメ口がいいの? 敬語イヤ? 様もダメ? 分かった、気をつける」



 話している間にも、子供のデスニマたちは最も近くにいた葉介に向かって走り出した。

 ミラとアラタが、すぐさま走り出そうとしたものの――


「――え?」


 葉介一人に、一斉に襲い掛かったデスウルフが六匹、一瞬のうちに跳ね返され、ふき飛ばされた。しかも、それを行ったのは――


「あれって、えっと……【閃鞭】か!?」


 アラタの言った通り――

 これまではもちろん、直前まで一度も使ってこなかった、魔法騎士たちにとっては基本の一つである攻撃用の魔法、【閃鞭】。

 それが、刀の柄頭から伸び、葉介はそれを左手の一本、時に右手も添えつつ鮮やかに操っている。


「拵はそのまま、魔法の杖として使えるってわけね――」


 もちろん、そんなことで怯んだり動揺できる知能はデスニマには無い。

 またすぐに別のデスニマが襲い掛かる。が、地上で襲いかかってくるデスニマの全ては、葉介の振るう【閃鞭】の前に、傷つき、切り裂かれ、停止していく。



「うそ……ヨースケ、【閃鞭】を使うの、初めてのはずじゃ?」


 リリアが言うまでも無く、そんなこと、レイはもちろん、五人の関長たちと、葉介の真実を知らされた者たちは分かっている。

 初めて以前に、そもそも魔力が無い葉介には、魔法の発動自体が不可能だったのだから。

 それが突然、エリとの戦いで使えるようになったこともおかしいが、その時に使っていたのは、【身体強化】と【治癒】の二つだけ、それも、まるで使いこなせていなかった。

 それが今は、刀を使って、使ってこなかったはずの【閃鞭】を使い出したと思ったら、まるで、普段使っている斧のように簡単に使いこなせてみせて。


「元々、魔法が使えないから武器を使ってた……武器を使うしかなかった。だから、武器の扱いはお手の物ってことだろう」


 だが、レイには分かる。【閃鞭】を突然発動したことはともかく、デスニマと戦うために様々な武器を使い、あるいは手作りしてきた葉介にとって、武器を使いこなすこと自体はむしろ、当然のことだと。

 たとえ、鞭というクセのある武器で、且つ、現役の魔法騎士の中にも上手く使いこなせない人間も多い、そんな武器である魔法だったとしてもだ――


「よく見ておけ。あの男と、あの刀……ヨースケと、リーシャさんが、オレたちにとっての最大の障害になる」

「…………」



 そんな言葉が示す通り。魔法どころか鞭自体、使ったのが初めての葉介だが、使いこなすのに時間は必要としなかった。

 決闘会では、靴下を似たような武器として使っていたし、今日までの五日間の戦いでも、デスニマ相手に靴下やデスニマを握りしめて応戦したことはある。

 初使用が襲われた瞬間でも応戦でき、その一振りでコツをつかんだことで、もはや斧と同じくらいのレベルで使いこなすことができていた。


「鞭っていうのも中々良いね……じゃ、今度は刀自体――」


 デスボアをふっ飛ばしたところで、【閃鞭】を解除。直後に走ってきたデスモンキーに対して、【閃鞭】ではなく、刀の鞘を、その頭に振り下ろした。


「さすがに強いな、リーシャさ……リーシャ」


 一撃で頭が潰れ、停止したサルの後ろからは、他の小さなデスニマを押しのけるようにイノシシが走ってきている。


「さすがにアレは、厳しいんじゃない?」


 と、言葉とは裏腹に楽しそうに、葉介も走り出す。鞘の中心を握りしめた、左手を低く大きく下げて――


(が――が、がとッ……あぁッ! なんつったっけ?)


 ガァァァン――という、硬いものと、金属が衝突する音が響いた。

 デスボアの突き出した額と、葉介の突き出した柄頭がぶつかり合い、静止し――

 何かがひび割れた音の後、デスボアが、倒れ、消滅した。


「俺自身も【身体強化】は使ってるとは言え、打撃武器としても優秀やな――」


 そう言っているうちに、目の前に立ち上がっているクマ三匹を鞘で叩く。叩いているだけでクマたちはよろけ、一撃ごとに弱っていった。

 いくら葉介自身の膂力も強化させているとは言え、ただの刀ではこうはならない。ただ殴っているだけなのに、この威力と言い、感触と言い……


「俺の力プラス、ぶつかった力をそのまま反射してぶつけてるってわけか」


『反射』という魔法が存在するのか葉介は知らないが、【鏡】が得意なリーシャにはピッタリな特性に違いない。

 拵による打撃だけで大いに弱った全てのクマの頭を最後に叩き、潰し、倒したところで、上を見上げた。


「分かるよ、リーシャ……どうしたいか、なにができるか――」


 そう呟くと、刀を放り投げた。直後、宙に浮いた刀に向かって飛び出し――



「――え、飛んだ!?」

「あの刀、箒としても使えるのか!?」


 葉介がスケボーのように飛び乗り、上空へと浮かび上がっていく。

 そこには、メイランが新たに解放したらしいデスバードたちが群れを成していた。


「カ――キャプ――スタイルッ」


 と、風を切っているせいで言葉にならないなにかを呟いたところで、群れの高度まで上昇し――


「――【閃鞭】ッ」


 刀から降りつつ、手に握って【閃鞭】を発動。それを振るって、十数羽はいたデスバード全てを細切れにした。


「何を食ったらそんなになったん? 大きくなりすぎ困ったクマたん♪」


 鳥全てを落としたところで、刀の向きを変え、真下へ急降下。

 刀を使って位置を微調整しつつ、ココまであまり使わなかった、右手を刀の柄に添え。

 地上で空を見上げながら、大口を開け、両腕を持ち上げ咆哮を上げる、親のデスベア目がけて、鯉口(こいくち)を切り――



 おそらく、この場にいたほとんどが、その瞬間が見えてはいない。

 着地する直前の、刀を抜き、振るい、斬る――

 この国にはない、『居合い抜き』の動作を捉えたのは、ずば抜けた視力を持つアラタと、葉介の姿を見逃すまいと終始【感覚強化】を使っていたレイ、リリア、エリ、それに、メイラン、そして、ミラ。


(この着地、ひざ痛ぇ……)


 ひざどころか、全部傷めた足をさっさと【治癒】して……

 確かな手ごたえを感じつつ、斬った後の刀を振って汚れを払い、刃を鯉口に滑らせて。先端が離れたタイミングで、逆方向へ刃を押し出す。刃がちゃんと納まったらば、あとは差し入れるだけ。


(だいぶ昔、模造刀でちょこっと練習しただけの動きだけど、意外と上手く入るもんだ)


 練習しといてよかった……

 しみじみ感じつつ、最後数センチの所で、敢えて力を込めて、シャキン、と、ワザとらしい音を響かせる。


 その瞬間――


 仁王立ちしていたデスベアの巨体が、袈裟懸けの真っ二つに別れ、地面へずり落ちた。


(地面に刀が当たった感触があったけど、斬れてるのはデスベアだけ。地面には、斬り跡どころか凹みの一つも無い――)


 再び鯉口を切って、見えた刃に、親指を押し当ててみた。普通に指先の皮膚が凹みこそすれ、押しても引いても、切れる様子はない。服や髪の毛、更には服にひっついていた草きれでも試してみたが、葉介が『斬りたい』と望まない限り、切れることはなかった。


「斬りたいと思ったものだけ斬る刀ってわけか。リーシャ、すごーい」



「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」



 死神(ヨースケ)一人がデスニマ相手に無双する。多くの魔法騎士にとっては、見慣れた光景と言ってもいい。

 だが、子供だけならともかく、親、しかも、デスベアを含む大群に対して。

 しかも、今回は第5の二人や、他の魔法騎士の仲間たちを伴っていたわけでもない。

 たった一人。子供も、親も、大よそ50匹はいたはずの大群を、ほんの数分のうちに。

 使えなかった魔法を使ったことを差し引いても。ファントムである特別な武器を使っていることを差し引いても。

 この男と同じことができる人間が、全てを見ていた魔法騎士たちの中に、果たして、どれだけいるだろうか――



「ないわぁ……ホンマにないわぁ」


 左手に掲げた刀に向かって、賛辞を贈っている葉介の耳に、メイランの声が届いた。


「…………」


 そっちを警戒しつつ、すぐさまシンリーら、『こちら側』の魔法騎士の前に立つ。


「そう警戒せんでもよろし……どっち道、今日はもう、ここまでやさかい」


 そんなメイランに続いて、空に浮かんでいたレイとリリアを始め、『向こう側』の魔法騎士たちも地上へ降り立った。


「兄さんがただの魔法騎士と違ういうことは、よぉー分かりましたわ……死神の力、見せていただきましたわ」


死神(それ)恥ずかしいからやめて!」


 葉介が声を上げるも――メイランの表情は変わらない。

 最初に声を掛けた時と同じ。葉介をジッと見ているその目には、何なら、葉介が生き返る以前以上に、熱っぽさと、艶っぽさが増していて。葉介を見つめるその顔は、夜空の下でも分かるくらいに高揚していて。


「ホンマ、たまらんお人やわぁ……そんな兄さんが、あっしら真騎士団にとっての最大の敵言うことも分かったわぁ……」


 敵対しているのか褒めているのか。よく分からない言動を行った後で、姿勢を正した。


「どっち道、あっしらは、最初に言った通りのことするだけや……この国は、あっしらがもらう。リユンも味方に付いとるし、やりようはいくらでもあるさかい、またすぐ、お城とカリレス、もらいに行きますえ……」


「なら――」


 と、葉介ではなく、葉介の隣に立った、シンリー女王が返した。


「自分たちは、全力で迎え撃ちます。この国の女王は、自分です。この国は、自分たちが護ります」


 手枷で魔法を封じられても、魔法騎士団の多くが敵に回っても――おそらく、たった一人になろうとも、決して揺らがず、譲らず、引かず。そんな決意が、くたびれた表情と声には、確かに宿っていた。



「……ほしたら、行こか。また会いまひょ、ヨースケ。またすぐ会いたいわぁ」


 シンリーには目もくれず、愛しのヨースケにのみ言葉を贈る。

 大抵の男が堕ちてしまいそうなそんな仕草に対して、葉介は、お面の下の顔を掻きむしるだけだった。


「…………」


 エリも、きびすを返しつつ葉介を一瞥する。


「……次は必ず殺してやるから」

「……え?」


 唐突な葉介の発言に、隣に立つシンリーは目を丸めた。


「今、耳の奥っていうか、頭の内側から声が響いた……これ、【念話】?」

「その感覚は、おそらくそうでしょう……誰からか分かりましたか?」

「多分、エルエリって娘やろうね。あの娘と目が合った時に聞こえたから」

「エリエルです」



「…………」


 レイは、無言で一方向のみを見つめていた。そして、その先にいる彼女もまた、無言でレイを見つめるだけ。


「…………」


 なにも、言葉を交わさないままシャルに背を向けて、リリアと、魔法騎士たちを伴って、レイは歩き出した。



「セルシィ!!」


 一方で、メアは去っていく集団に向かって、大声を上げていた。


「行かないでよ、セルシィ! 戻ってきてよ!!」


「…………」

「行くで、セリス」


 立ち止まり、複雑な表情を浮かべるセリスィァンだったが――

 それ以上は、メアがどれだけ叫んでも呼びかけても、立ち止まることはしなかった。



「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」



 残された者たちの全員、言葉に尽くせないくらいに思うところはある。

 理由はどうあれ、護るもののために今日まで戦ってきて。

 その結果が、ほとんどの仲間を失い、複数人しか残っていないこの状況。

 誰も、なにも言えず、悲しむべきか、怒るべきか、悔しむべきか、狂うべきか……

 在り方すら分からない、やり場のない感情を抱える中。


「皆さん、おケガはありません?」


 おそらく、残ったメンバー全員にとっての、最後の心のより所である、優しい男の声が聞こえた。


「…………」


 それでも、答える者はいない。目を逸らすか、地面を眺めるか、ただジッと葉介を見つめるか。少なくとも、返事を返す人間は、いない。


「…………」


 葉介も、それ以上なにかを語り掛けることはしなかった。

 ここにいる全員、どんな思いでいるか。葉介には分からないが、理解はできる。


 落ち込んでいるヒマなど無い状況とは言え――

 何も言わず、立ち上がるのを待つことにした。


「……ヨースケさんは、どうして、無事だったのですか?」


 それ以上、何も言わない葉介に対して、すぐに立ち直っていたシンリーが、おそらく今夜で最大の疑問を投げかけた。


「どうもこうも……心臓刺されたくらいじゃあ死なないよ。すっげー痛いけど」

「……それは、一体なぜ?」


 平然と、当たり前のように、あり得ない返事を返す葉介に、重ねて問いかける。

 そして葉介は、同じように平然と、当たり前に答えるのである。



「だって俺、デスニマだもん」




 第Ⅴ章    完





ちっ、ポリコレかよ!

と思った人は、感想おねがいします。











次、最終章。

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