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第13話  弟子の戦い

 時間は少々さかのぼる……



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 暗く、硬く、狭く、冷たく、長く……


 音らしい音も無い。明かりが差し込むスキマもない。だから、足音以外は聞こえてこず、自前の光だけが目の前を照らしている。

 そんな空間を照らし、通ることが許されるのは本来、万が一ルティアーナ城が危険に晒された場合の、避難を要する国王以下要人たち。その警護。

 そして、神官らによる【転移】の魔法が確立されたことで、ほとんど用済みと化した今となっては、この道と同じくいらない部隊である、第5関隊が外森の見回りのために行き来するのみとなっていたはずだった。

 加えて、第5が直々に仕事を行った、カリレスの任務に加え、デスニマの襲撃を迎え撃った五日間、計六日間の間、誰もココを通る人間はいないはずだった。

 まして、城から外森へ向かうのではなく、外森から城へ向かう人間など、いるはずがなかったのだが……



「狭いし暗いし汚ねぇが、結構しっかり作られてやがるな」

「この道も、俺らから搾り取った税金で作ったんだろう?」

「だろうな。しかも、今じゃ魔法のおかげで別の逃げ道ができて、使い道が無ぇってんだからな……ざっけんな――ッ!!」


 魔法の灯を片手に歩いている人間は、約十名。そのうちの、会話していた男の誰かが杖を取り出し、感じる怒りとイラつきのままに魔法を撃った。


「あらまぁ……怒りはるのも無理おまへんけど、道を壊さんといてや? お城を襲う前に生き埋めになっても、足手まといは置いていきますえ?」


 魔法を撃った誰かをたしなめたのは、彼らの先頭を歩く、女の声。

 粗暴さが目立つ男たちとは対照的に過ぎる、淑やかで上品で、間延びしながらも響く声。

 こんな場所にいることはもちろん、こんな男たちと共にいること自体場違いに過ぎる、そんな女の声だ。


「なんだぁ? 偉そうに説教垂れてんじゃねーぞ! 元魔法騎士のクソ女が、ぶち殺すぞ!!」


 男が再び叫んだ時――先頭を整然と歩いていた女は、振り返り、顔を向けた。


「……宜しおま。お望みなら、全員お相手しますえ?」


 男たちの魔法の灯に、女の顔、女の姿が照らし出される。

 一言で表せば、かなり目立つ女だ。まず、振り返るという動きだけで、腰まで伸びた長い銀髪が、灯をキラキラと反射させている。

 そんな銀髪が後ろに流れたことで見えたのは、騎士服によく似た赤い服装。葉介の実家でいう、ノースリーブのチャイナドレスに似たデザインの上に、洋風の陽炎柄が刺繍されている。下にはいたズボンも同じ赤。靴下は無いが、靴も赤。全身に炎が象られた赤と、その上に揺れる長い銀髪は、さながら人型に燃え滾る炎と、キラキラ光る煙のよう。


 そんな炎と煙の間からは、銀髪に負けないだけの輝く顔が覗いていた。

 遠くを見つめているようにも見える切れ長の目。そんな目をより上品に見せている大きな瞳。スッとした鼻筋の下の唇は、不敵ながらも妖艶なほほ笑みを浮かべている。

 そんな美しい顔の下に伸びる、手足が長く伸びる高身長の身体は、線が細く見えるも、それはよく見れば、均整の取れた引き締まった身体であることが伺える。且つ、女性として主張すべき部位には、主張に足るだけの肉付きが見て取れる。

 男も女も美しいと見惚れる顔と、男も女も美しいと憧れる肉体美を備えた女が、暗がりの中の魔法の灯りに照らし出された。


「…………」「…………」「…………」


 時と場所が今でなく、女の正体を知らずにいたのなら、多分、男たちは喜び勇んで襲い掛かっているに違いない。彼女に対して、明確な怒りを感じているならなお更だろう。


「……クソッ」


 だが、絶叫した男も、その後ろに並ぶ男たちも、怒りを隠そうともしない顔を背けた。反論も、文句も無い。それを察した女は、再び進行方向へ、優雅に振り返った。


「ほな、行こか……あと、【身体強化】の魔法は控えめに。先はまだ長いどすからなぁ――」



 ひと悶着を終えた後は、全員特に話もせず、声も出さず、ただ黙って女に続いて歩いていた。もっとも、ただしゃべらないだけで、その表情には、ひと悶着の時から変わらない、実に分かりやすい怒りとイラつきが見えている。

 どれだけ憎んでも飽き足らない、この国のこの城をぶっ壊す。それができると聞いてココまでついてきた。だが、憎たらしいのは、辞めていようが魔法騎士であるお前も同じ。


 この城をぶっ壊したら、お前も絶対にぶち殺す……


 狭く暗い道を歩いていきながら、そんなうっ憤やら憤懣やらを込めた視線を女の背中に向け続けていた。

 そして、女自身、そんな視線をノンビリ感じ取っている間に……



「ここか?」

「ええ……ここどす」


 真っ暗な空間に浮かび上がった、一枚の扉の前で立ち止まる。

 目的地に着いたと知った男の中の一人が、杖を手に前に出た。


「やめときなはれ……魔法で壊すんは無理どす。鍵が無ければ開きませんえ?」


 男に呼びかけつつ、自身が前に出てポケットを探った。そこから、小さく、古い鍵を取り出して、鍵穴に刺し込む。ガチャリと、扉はアッサリと開いてしまった。



「うおおおおおおおおおおおおらあああああああああああああ!!」



 女が扉を開いて、さあどうぞと手を向けたのを合図に、今まで静かにしていた感情を爆発させた。全員が一斉に、我先にと扉を走り抜けていく。

 普通に歩けば一時間強の距離。魔法も使っていたとはいえ、明らかに疲労とストレスが蓄積しているはずだった。そして、今城に向かって走っていく様からは、そんな負の側面などおくびにも出さない、勢いと威勢が表れている。

 そんな、勢いと威勢で、男たちが一人残らず突っ込んでいった後は……



「ぎゃああああああああああああああ!!」



 そんな悲鳴が、扉の先からコダマした。

 悲鳴と一緒に聞こえてくるのは、床か壁にぶつかる音。何かが倒れる音。誰かが誰かを殴る音。それらが一分ほど続いた後で……


「なんなんだよ……話が違うぞ!!」

「あんなヤツが、こんなところにいるなんて聞いてねぇ!!」

「チクショオオオ!! やってられるかああああああああ!!?」


 最初に見せた威勢と勢いはどこへやら……威勢が消え去った代わりに、最初以上の勢いで、来た道を戻って走り去ってしまった。


「……無いわぁ。アレは無いわぁ。そらぁ、最初から期待しとらぁせんけど、ほんの少し痛い目ぇ見たくらいで、尻尾を巻いて逃げ出す。無いわぁ……」


 もっとも、しおらしい態度や口調をやめて、そう呟く女の顔にも声色にも、言葉と一緒にありそうな、嘆きやら呆れやらは見られない。あるのは、起きたことを単純に受け入れ、見つめている事実だけ。

 口ではどれだけエラそうなことを語っていようが、せいぜい、小さなデスニマや野生動物を魔法でいたぶるくらいしか戦いの経験がない輩の覚悟など、そんなものだということを、女自身よく知っていた。


「……とは言え、念のために先に行かせておいて正解やわぁ。今の魔法騎士団にも、頭の切れる人がおったんやなぁ」


 兵隊兼、囮が一人残らず逃げ帰ったのを見届けてから、女も、開いた扉を潜っていった――



「――手荒な挨拶どすなぁ。恐ろしい怖ろしい」


 扉を抜けて、中に入るなり、飛んできたものを受け止める。それを握りしめつつ、たどり着いた部屋を見渡した。


「罠……古典的やけど、雑魚相手には十分どすなぁ」


 まず、足もとの床を見た。男たちが落としていったらしい、杖やら、魔法の灯やらが散らかっていた。そんな散らかった足もとで特に目につくのが、道を塞ぐようにピンと張られた、両端が壁に縛られた長いロープだ。


「足もとも見んとずかずか入ってくる阿保らは足を取られて床にドンッ、そこを兄さんがボッコボコ……単純やけど、魔法に依存して痛みに慣れてへん阿呆らには十分どすなぁ」


 言いながら、一通りロープを足でいじった後は、そのロープを踏みつけ超えてしまう。


「……他にも色々と仕掛けとるようやけど、あっしには効かへんえ? 隠れるのも無駄なことくらい、兄さんも気づいとりまっしゃろぉ?」


 ここに来た時から変わらない、余裕かつ、柔らかで妖艶な身振りと淑やかな所作。そこから発される声が、この部屋の、闇に隠れる人間に投げかけられる。


(それにしても……)


 闇に向かって呼びかけつつ、女は、別の疑問を同時に考えていた。


(魔法やなしに、飛び道具を使うにしても、なんで靴下やねん……)



(訛るにしても、なんで京都弁やねん……)


 闇に潜んで待ち伏せし、侵入してきた男たちを撃退した後。再び闇に潜んで様子を見ている葉介は、そう考えていた。


(まあ、今はどうでもいいか、そんなこと……)


 京都弁をしゃべる人間くらい、葉介の実家にも大勢いることだし。何よりこの世界では、言葉も文字も、空気中のマナの働きによって自動で母国語に変換される。

 多分、そういう言語なんだろう。


(中国語とか、直訳したら京都弁ぽくなるって言うしね)


 もっともらしいウソを書かすんじゃない。



「……ッ! なんや?」


 と、言葉も訛りも、葉介が気にするのをやめた瞬間のこと。

 後ろから、奥にいる女の耳にも届く轟音と、何かが崩れる音。

 女がそちらを見た時。この部屋から城へ向かうための唯一の出入り口が、周囲の壁と一緒に崩れていた。


「……ちっ」


 その光景を確かめたと同時に、右手を顔の前に、左手を顔の横に構える。直後、右手に靴下を受け止め、左手に、黒い靴をはいた右足を受け止めた。


「外にも魔法騎士がおったんか……侵入者が現れたら、アソコを壊すよう指示しとったわけや。魔法を使こぉたら出るのは簡単やけど、道を開くには時間も掛かるし魔力もかさむ……それになにより――」


 話しながら、目線を右足の主に移した。右足を引っ込めた男は、すぐさま後ろに下がって間合いを取り直していた。


「分かっとったんやろうけど、誰でも――あっしでも思わずビクッてなる音、前にしておいて、その音ぉ囮に攻撃してくる。ホンマ、恐ろしい御仁やわぁ」


 靴下を投げ捨てて、痺れの残る左手を握りしめて、数メートル前に立つ、黒い上着と黒いフード、黒いお面で素顔を隠している男を見据える。その顔と声には、入ってきた時に見せていた、余裕と妖艶と淑やかさは消え失せて、ただ、相対する男を威嚇している。


(……これは、ちょっとヤバいな)


 両手の手袋を外しつつ、葉介は内心、焦っていた。


(前もって、戦える魔法騎士を二人、無理言って外に置いといてもらったのは正解やけども――)




(うわぁ~、思ってた以上にミラのニオイしてる……)


 ミラの命令に従って、ミラに怒られないよう、ミラの布団を借りたはいいが……


(もろもろ解決したら一度干してやらにゃいかんなぁ……にしても、落ち着くカホリ――変態か俺は!!)


 眠るに眠れず悶々としているうち、やっと意識がうつらうつらし始めた時、気づいた。

 もし仮に、あの四人がカリレスを落とすためだけでなく、本当に城まで狙ったうえでの囮だとしたら。四人が本来の予定通り、もっと夜が更けたころに攻めてきていたとして、あの四人が暴れている間、この城を攻めるならどこから来るか……


 誰も――少なくとも、ミラや第5、神官の皆さんくらいしか知る人間のいない、外森から城の地下へ、安全にお邪魔することができる道。


 気づいた後は、急いで神官の皆さんに、牢屋の四人を別の場所に隠せやら、シャルや魔法騎士を集めろやら、安全な場所へ避難しろやら伝えてから、ありあわせで簡単な罠を仕掛けた。

 後は、この女の言った通り。

 もしも部屋の中で何か異変が起きたと感じたら、すぐに部屋の入り口と通路を破壊し、脱出不可能にすること。その際、なるだけ派手で大きな音を出すこと。そして、城の外に他に敵がいないようなら、戦える魔法騎士全員をこの部屋の前に集結させること。


 そう、神官の皆さんを通して、シャルや、外にいる魔法騎士にはお願いしておいた。今はおそらく、応援を呼んでくださっているころだろうが……




(俺もだけど、多分、残った魔法騎士らで、手に負える相手じゃねーゃな)


 今の消耗した魔法騎士たちで……否、仮に魔力が全快の魔法騎士たちが全員で掛かっても、この女一人を倒すことはできない。それだけ強いことが、入ってきた時の様子と、こちらの攻撃全てを受け止めた事実から、理解できてしまった。


(オマケに、俺とか、第5と同じ。殴る蹴るが強い人やな)


 そういう人と、普通の魔法騎士との相性の悪さを、葉介は身をもって知っている。魔法で体を強くできても、その力や技の使い方を分かっていない人間は、それらをよく知る人間相手にどれだけ弱くなるか。

 しかもそれが、葉介自身よりもはるかに強い相手となると、なお更。


(すまんミラ……命令の最優先事項、守れそうにない)


 もはや、アレコレ考えるのも無駄だろう。それにいつかは、こんな日が来ることは覚悟していたことだ。だから、ポケットから取り出したソレを、躊躇なく飲み干した。


「それ……魔法の活力剤? 一口飲んだら十分なものを、まるまる一本グビグビと……決死の覚悟っちゅーわけどすな?」


 言われている間に飲み干して、空になった瓶は投げ捨てる。瓶が割れる音が響いた中――


「まあ、あっしも、約束やからなぁ……兄さんを倒して、先に進ませていただくで――」


 この女は何者か。なにをしにここまで来たか。なぜ京都弁なのか。

 気になることは色々あるが、今はただ、この女は、自分が倒すしかないということだけ分かっていれば、それでいい。

 お互いに、お互いに対して同じことを思った後で――



「――ッ」


「……ッ」



 お互いに向かって、走り出した――



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ヨースケ!!」


 シャルら魔法騎士たちが倒れている中心。

 長身の女が右手に握る、斧槍に貫かれた葉介の姿に、ミラが叫んだ直後のこと。すぐ隣に立っていた緑色は、声を上げながら走り出していた。


「待っ――アラタ!」

「ヨースケになにしやがるテメェエエエエエエエエエエ!!!」


 両手に構え、振り上げた剣には、固定していた鞘が消えている。

 抜き身の冷たい刃を、目の前の女に向かって振るった――


「――【硬化】ッ」


 が、振り下ろしたはずの剣からは、折れた切っ先が飛んでいた。


「がッ――」


 そして、直後に突き出された左足が、アラタの身を元居たミラの隣へ押し戻した。


「アラタ……!」


 蹴り飛ばされ、地面を転がったアラタに、ミラが駆け寄った。

 蹴られただけな以上、大きなケガは見られない。


「なんだ、アイツ……使ってたの、【硬化】だけだったよな?」


 そう呟きつつ、ただ目を見開き女を凝視していた。



「無いわぁ、ありえへんわぁ……城には、魔力切れかその手前のザコ騎士しか残ってへん。そうでなくとも、今の魔法騎士は戦いなんかロクに知らんザコばかり。そもそも、城の周りならともかく、地下まで警戒するほど用心深い人間なんていぃひん。そのはずやのに、こんなヤバい兄さんが待ち伏せしとるとか……無いわぁ」


【硬化】された左手を振るって、振り下ろされた剣を叩き折った。

 アラタ自身、この国に来る以前の過酷な人生と、葉介から教わった、葉介が知る限りの訓練法、そして、今日までのデスニマと戦った五日間で、素人なりに剣の腕は磨いてきた。少なくとも、子供や小さなデスニマはもちろん、下手なチンピラやゴロツキ程度なら余裕で倒せてしまう力量はあった。


「力は大したことあらへん。やのに、技も、頭のキレも一級品。武器ぃ使うんはもちろん、噛みつき目つぶし穴攻め……普通ならビビッてよう使わん、えげつない技も、ちっとも抵抗ない。殺すんも、殺されるんも、ぜーんぶ覚悟の上での猛攻……恐ろしやす」


 そんなアラタの剣を、女は、左手の裏拳一発で叩き折ってしまった。

 しかも、【硬化】で腕を固めたのは分かる。だが、使った魔法はそれだけ。剣を捉えるために【感覚強化】を使ったわけでも、叩き折るために【身体強化】を使った様子もない。

 使われたのは【硬化】の魔法一つだけ。それを、アラタの魔法に頼らない目はハッキリ捉えてしまった。


「他は実際、ザコしかおらへん。せやから一人も殺す気ぃは無かったんやけど……この兄さんだけは、魔法使ってまで殺すハメになってしもた」


 女がぶつくさ言っている間に、リリアと、リーシャは走っていた。


「たとえアナタでも、敵であるなら容赦はしない――」

「よくもヨースケを――ゆるさない!!」


 リリアは【閃鞭】を発動、リーシャも【光弾】を撃とうとしたが――


「うぅッ――」

「きゃッ――」


 攻撃が届くよりも前に伸びてきた足裏が、二人とも元居た場所へ飛ばしていた。


「こんな風に、魔法を使われとったら、殺されとったんはあっしやわ……それに、なんでやろ? 威力も見た目も、あっしの蹴りの方がはるかに上なはずやのに、この兄さんの蹴りに勝てる気がせぇへん……なんでなんやろ? なんぼ蹴っても違いが分からへん」



 仲間たちは全員倒れ、うち、一人は殺されていて――ミラは呆然と、声を出すだけ。


「師匠――」


「――が、一人、別格にヤバい男がおるって、目ぇキラキラさして話してはったけど……この兄さんのことかいな。できれば仲間にしたい言うてはったけど、確かに、敵やとめちゃめちゃ恐ろしい。勝ったのに生きた心地がせぇへんとか、戦争ん時も感じたことないわ」


「師匠!!」


 そしてとうとう、殺された男の師匠が走り出した。


「ぐぅぅッ――」


 長身の女に向かって、褐色の拳を突き出した。が、それが届くよりも前に、白く輝く拳が褐色の腹を捉えていた。


「相変わらず、弱いなぁ、ミラ――」


 前の三人と同じように、ミラが後ろへ吹き飛んだ時――初めて女の視線が、葉介から、それ以外に向けられた。


「やっぱ、残っとるんは、ザコばっか。つまり、今夜するはずやったプラン潰したのん、ぜーんぶこの兄さんの差し金かいな。向こうは向こうで、完全に想定外な事態になっとるみたいやし……しゃあないなぁ。やることなーんもできとりゃせんけど、時間も時間やし、さっさと次に行かなしゃーない」


 ため息を吐きつつ、開いた左手を伸ばす。その左手の先には神官が一人、呆然と座りこんでいた。そんな神官の茶色のローブごと、女の左手まで【移動】させられた。


「今から魔法騎士と助けた人ら、カリレスに送るつもりやったんやろ? 早速送ってもらおぉか? あっしと、ここにおる魔法騎士、全員、今すぐに」


 胸倉を掴んで近寄せる、その顔には、城の地下へ来た時から変わらない、妖艶な笑みを貼りつけている。だが神官は、確かに感じ取っていた。そんな笑みの裏に隠された、逆らうことは許さないという威圧と、やらなければ殺すという、明確な殺意を。


「言うとくけど、あっし一人だけ変な場所へ送って殺してしまおうとか、考えん方が賢明やで? 戦うんが苦手な神官はんでも、そんなことであっしを殺せるわけないことくらい、分かるやろぉ?」

「…………」

「敵が来る心配しとるんなら、無用やで? あっしが正真正銘、最後の敵襲や。せやけど、神官はんらが言うこと聞いてくれへんのんなら、最後でなくなるだけどす?」

「…………」


 女の言葉に、神官の心は完全に恐怖に負けた様子だった。

 胸倉から手が離れた後は、倒れている神官たちに視線を向ける。こんな場面ですら律儀に声を上げるなという命令を貫きながら、視線だけで、彼ら彼女らに、魔法を使う時と同じ動きを――『瞬間移動』を発動させるための行動を取るのだった。


「返して――」


 そんな神官たちの動きも気にせず、叫んだのはミラ。


「ヨースケを返して……師匠!! 今すぐヨースケを返して!!」

「師匠って……お前が、第5残して、ずっと帰り待ってたって女か?」


 叫ぶミラを、尋ねるアラタを見て、師匠と呼ばれた女は笑った。


「なんやぁ……第5はまだ残っとったんかいな。とっくに無ぉなっとるもんやと思っとったんに。ミラも物好きやねぇ。それとも、ただ阿呆なだけかいな?」


「おい!! ミラのことバカにしてんじゃねー!!」


 剣を叩き折られた衝撃も忘れて、アラタは立ち上がりながら叫んでいた。


「なんやぁ? さっきから元気な子ぉやなぁ? 二人してエライくっついて……ミラの彼氏か?」


「……カレシってなんだ?」

「カレシ……カレシ?」


「ピュアや!!」


「言ってる場合かー!!?」


 今の状況を忘れているかのごとき、第5らの織り成すやり取りに、倒れていたシャルが思わず声を上げた時――


 立ち上がり、移動していた神官たちの全員、彼女を含む、魔法騎士全員を囲んでいた。

 そして、神官の全員が、杖を構え、魔力を集中させて――



 ――【転移】ッ! ――【転移】ッ!

 ――【転移】ッ! ――【転移】ッ!



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「くぅ……うぅ……」

「こんな……どうして――」


 どれだけ苦悶を声に出そうが、起きてしまったことは変わらない。むしろ、余計に声を出した分だけ、ただでさえダメージを負った体には余計に負担が掛かるだけ。

 それでも、起きてしまったことを前にしていると、苦悶であれ艱難であれ辛苦であれ、声を出していなければ、直視するには耐えられず――


「……え、なに? ウソ?」

「なにこれ……どういうこと!?」


 そしてそれは、すでにこの場所にいた人間に限らず。たった今、この場所に無理やり飛ばされた者たちにとっても同じこと。


「どういうこと……?」

「なんだよコレ……なんだってんだよ!?」


 ミラが疑問に声を出し、アラタが疑問に絶叫し――



「おつかれやす……レイちゃん」


「遅かったですね――ランさん」



 自分たちを倒した元魔法騎士と、最強の魔法騎士が向き合い、親しげに会話している様を凝視した。


「混、乱……第1、の、皆、さん、が――」

「疑、問……カリレ、スを、護って、くださって、いた、のに、なぜ……?」


 同じように、並んで【マヒ】に倒れている双子と、そのすぐ隣でひざまづいているリムは、そんな二人の後で、周囲の光景にも目を向けた。


(シンリー女王が説得して、争いが終わったと思ったら……いきなり、集まった人たちの中から飛び出した人たちと、上にいた、第1たちに攻撃されて……こんな――)


 レイによってマヒさせられた、第1を除く魔法騎士、北端族、および、マヒこそさせられていないものの、その場に座らされているサリア、カリレスの住民らに杖を向けている、第1の若者たちと、壮年以上の大人連中数十人。


「……アナタ方は、元魔法騎士の皆さんですね?」

「ボクも覚えてる……元関長たちもいるじゃん」


【マヒ】の代わりに、『魔法の手枷』で拘束されている、シンリーとメアの王女姉妹……否、女王と第二王女の姉妹は、第1らと共に杖を向けてくる大人たちに目を向けていた。

 服装は、彼女らと同じようにマヒさせられた北端族たちと同じ、ボロを着ている。だが、ボロの下にある立ち姿、立ち居振る舞いは、落ちぶれ、見捨てられ、腐りきっているだけの脱落者たちとは違った、強さと意志を漂わせている。

 そんな大人たちが、少なくとも60人以上は集まっていた。



「ところで……それ――」


 女と向き合っているレイが、彼女の後ろに視線をやる。

 未だ、彼女が逆手に握りしめている斧槍に刺し貫かれた、黒服に髑髏面の男を。


「計画通り、お城に侵入したまではよかったんやけど、この兄さんに邪魔されてなぁ……兵隊は全員逃げ出して。最初の四人も見つけ出せんで。たっぷり足止め喰らわされて、お城壊す時間も無ぉなって。オマケに、自慢のロン毛はこのザマや」


 腰まで伸びていたのが、首元までの長さになった銀髪をいじりつつ、失った髪に惜しみの感情を。後ろの男にも、似た感情を。


「ヨースケがですか……彼も、この五日間で疲労困憊だと聞いていたので、手出しはしないと思ってたんですけど。まさか、地下道を使うことまで読んでいたなんて」

「ヨースケ……それが名前か? へぇ――」


 名前を聞いてから、ヨースケを引き寄せる。妖艶ながらも冷静に話していたその顔に、わずかに赤みが差していた。


「気に入ったわ! 殺さな死ぬぅ思わされた男なんて、生まれて初めてやわぁ……殺してもぉたんは惜しいけど、このまま持って帰って、はく製に【加工】して、魔法の革袋に入れて、一生手元に置いとったろぉ」


 斧槍を引き抜いて、投げ捨てて、自身よりだいぶ背の低い男を抱きしめて、そんなことを口走る顔と声には、誰が見ても分かるくらい興奮に満ちている。息遣いは荒く、視線はヨースケから外さない。顔だけ見れば、恋する乙女と誰もが思う姿をしていた。



「テメェ!! いーかげんヨースケを放しやがれぇえええ!!」


 死体を抱きしめ恍惚とした、異常な女に向かって、再びアラタが走り出した。


「ごっ――」


 そんなアラタの顔に、衝撃が走る。アラタの目でも捉えられなかった、完全な死角からの一撃に、アラタは元の場所まで押し戻された。


「…………」


 第5である自分を殴り飛ばした人間を、見てみる。

 やはり、北端族と同じ、ボロを着飾っている、少女だった。

 ミラやメア、シンリーと同じ褐色肌。輝く金髪を背中まで伸ばしている。そんな、無表情の少女が拳を握り、アラタを、ミラを、第5の二人をにらみつけた。


「よぉやったで、エリ。さすがあっしの可愛い弟子やわぁ」

「…………」


 エリと呼ばれた少女の表情は変わらない。表情が変わったのは、ミラの方。


「弟子……?」



「どういうことですか!? レイ様!!」


 ただでさえ混乱に満ちていた。いくつも言いたいことはあった。そんな中にあって、ようやく我に返ったリリアが叫んだ。


「……説明してもらうぞ。これは一体、どういう了見だ?」


 同じく、城でのダメージから回復したらしい、シャルが立ち上がりながら問いかけた。


「見ての通りだ。オレは彼女たちと手を組んだ。元第5関隊関長……『天女』メイラン・リーさんと、彼女に賛同した元魔法騎士たちと一緒に――この国を、救うためにな」


 二人を見つめる姿には、動揺も、戸惑いもない。語りかける声色には、ウソも迷いも感じない。

 誰よりも長く。誰よりもそばで。レイを見てきた。そんな二人でなくとも分かるくらい、ソレを語ったレイの姿は、冷静だとか平然だとか以上に、堂々としたものだった。


「……救うだと? 城下町をデスニマに襲わせ、城には刺客を放ち、カリレスを北端族に乗っ取らせようとした。何人もの国民や、魔法騎士の仲間たちを苦しめ、犠牲にさえした蛮行が、この国を救うことだというのか?」


「そうだ」


 未だ動揺が冷めないながら、それでもどうにか言葉を絞り出したシャルに対して、レイは堂々と、言葉を返した。


「なぜ? とか、どうして? とか、今さら語る必要もないだろう……シャルも、他の魔法騎士たちだって、とっくの昔から分かってたろう? この国はもう、滅ぼすしかないくらい腐りきっているって」


 それを言われると……

 レイの言った通り、今さら説明を語られるまでもなく、聞いている人間の全員の頭に、思い当たるどころじゃない、節の山が浮かぶ。


「最低最悪のトップ。やる気をなくした政治。仕事と金を奪われる国民。それで性根まで腐りきった犯罪者の山。いる意味のなくなった魔法騎士団……まだまだあるが、ザっと思いつく限り、こんなところだろう?」


 語られるまでもない……それでも敢えて言葉にされて、全員が即座に、納得させられる。


「もちろん、昔からこうだったわけじゃないことくらい、オレだって知ってる。実際、オレやシャルが子どものころは、貧しさはあったがもっとマシな国だった。それが、国のトップが女王様からあのクソ女に変わって、おかしくなった……それでもオレの生まれた国だ。きっと良くなっていく。そう信じてた。信じながら、魔法騎士としてやってきた――」


 淡々と。黙々と。ただ事実を話していった。


「魔法騎士として、大勢の人を護って、助けてきたよ。どれだけ助けた人たちから、感謝じゃなくて罵声を浴びても。捕まえた犯罪者から、自分がこうなったのは魔法騎士(オレたち)のせいだと怨まれても――オレたちもこの人たちも、苦しいのは今だけだ。しばらくしたら、また昔みたいに、貧富の差はあれ、みんなが笑い合える国になる……オレが魔法騎士として、この国を護ってさえいれば、いつかそうなってくれる。そう思って、税金の徴収とか、クソ女の相手とか、イヤな仕事も全部引き受けて、全部こなしてきた」


 堂々と、冷静な声で話していた。それが話しているごとに、声は震え、拳を握って。足は、貧乏ゆすりを始めて。


「オレ以外に、魔法騎士の仲間たちが、他でもない国民たちからひどい目に遭わされても。デスニマや犯罪者たちと戦って、傷ついて、最悪命を落として、あげく、それさえ侮辱されても。人も、国も、いつかきっと、昔みたいに良くなってくれるって信じて。ガマンして。ガマンして。ガマンして。ガマンして。ガマンして……」


 やがて貧乏ゆすりでは済まなくなって、足も、体も、あちこち動かし行ったり来たり。


「ずっとガマンして、ずっとがんばって、ずっとこの国を見てきて……確信した。これ以上どれだけガマンしても、オレがどれだけこの国を護ろうとしたって、良くなる日なんか永遠に来ない。政治も、人も、堕ちるところまで堕ちて、腐りきってた。そのくせ誰も、なにも変えようと……変わろうとしない。自分のことは棚に上げて、人のせい、政治のせい、国のせい、魔法騎士(オレたち)のせい、バカの一つ覚えみたいにそう叫ぶことしかしない」


 あっちの端まで歩いたと思ったら、こっちの端へ歩き出し……その繰り返し。


「もちろん、そうなってしまった全部が全部、自業自得だとは言わない。国や政治が腐っている以上、自分の力だけじゃどうしようもないことだってある。オレだって、魔法騎士で精いっぱいだった。ずっと昔からそうだ。政治だって分からない。国を変えるような力なんて無い。できるのは、護ることだけだ……だからせめて、みんなのことだけは護ろうとがんばってきた。いつでもこの国が、昔みたいに平和になれるよう……いつでも元に戻れるよう、がんばって、護ってきたのに!!」


 立ち止まり、彼ら彼女らに向き直って、叫んだ。


「なのに! どうして誰も! この国をなんとかしようとしてくれなかったんだ!?」


 魔法騎士として、間違いなく誰よりも長く、がんばってきた。下手な魔法騎士たちや、今の関長たちでさえ及びもつかない、苦労や苦難を乗り越えて、『最強の魔法騎士』と呼ばれた。

 そんな青年の悲痛な叫びに……誰も、答えられる人間はいなかった。



「あっしが答えたるわ」


 そこに、未だ葉介を抱きしめるメイランが、葉介の身を抱え上げながら前に出た。


「みーんな、ただ面倒くさいだけや。たった今、目の前で起きとること、自分自身のこと、仕事に生活に、理由はどうあれしたいこと、そればっかり見て、周りとか、先のことまで考えへん……まあ、それが悪いことなんて言わへんよ? 人間として普通のことやし、その方が楽やもんなぁ……ただ、深く考えるんが面倒くさいから、楽で簡単な方へ走って、その結果だけ見とる。で、自分は正しい、自分は悪ぅない、あん人が悪い、魔法騎士が悪い、国が悪い。そんな文句だけ言って、じゃあどうするかは考えへん。だって、面倒くさいんやもん」


 今この国に生きている人間、全員の心根に宿ってしまった感情を、実に分かりやすく言葉にしたメイランの話を聞いて、全員の胸に痛みが走る。


「無いわぁ……自分らで何とかしようと考えんくせに、文句は散々言うといて、一生懸命に生きてますー、自分らは正義ですー……そんな顔しといて、肝心なことには手ェ抜いとんやもん。そのくせ、自分らと違って、自分らのために全力出してくれとる人らには、感謝もせんと文句ばっか……無いわぁ。もう、人間として無いわぁ。自分ら、終わっとるわぁー」


 実際、国がこんな有様になるより前に、変えることもできたろう。

 ここに来る前に、シンリーが言っていた通り。

 ロクデナシがトップだったとは言え、ロクデナシなだけに能力も無ければ人望も無い、全てを他人任せにするポンコツ。金持ちらとのつながりは多少あったろうが、だからと言っていざという時、助けてもらえるだけの関係性も築いてはいまい。

 彼女を護る立場にある魔法騎士にしても、いざ彼女が本当にピンチになった時、身を挺して護ろうとするような人間など、一人もいないことは彼女ら自身がよく知っている。


 金持ちも、魔法騎士も、国民たちも、誰も、彼女が消えて困るような人間は、間違いなく一人もいない。

 だから、ほんの少しのやる気と勇気を出していれば、クズ一人を失脚させること自体、簡単に違いなかった。それをキッカケに国を変えていくことも、できたかもしれない。


 そして、それを誰もしようとしなかった。

 なぜか……面倒だから。

 自分は忙しい。今に満足している。そんな面倒なことは、他の誰かがやればいい……

 否。どうせ、他の誰かがいつかはやるだろうから……


「トップが腐って。政治が腐って。人間も腐って。あげく、オレの大切な仲間や部下たちのことを平気で傷つけようとする。オレたちがどれだけ国を護ろうとがんばっても、国は、オレたちのことを守ってくれない。助けてくれない……よく分かった。ココはもう、オレの国じゃない。故郷でも何でもない」


 そして、そのいつかが、今日になった。シンリーではなく、メイランと、レイがやった。


「助ける意味も、護る価値も無くなった国ならもう――全部、壊すしかないだろう」


 堂々としていた態度からも、声からも姿からも力が抜けて。語っていく様には、見ている誰もが感じ取った。この国に対する、失望を。絶望を。悲嘆を。諦観を。


「そいで、あっしとレイちゃんの利害が一致した言うわけや」


「利害……?」


 師匠であるメイランの発言に、ミラが聞き返した。


「レイちゃんは、こんな国ぶっ壊してしまいたい。あっしは――あっしらは、この国を強い国に変えたいのんよ」

「強い、国……?」


 絶望しきった様子のレイとは対照的に、前に出てきたメイランは、優雅に、淑やかに、だが弾んだ声を上げていた。


「魔法騎士が魔法騎士辞めて、城から出ていった後はどうするか……知っとるか、ミラ?」

「それは……」


 唐突な問いかけに対して、ミラは数秒考えた後で、答えを返した。


「帰れる家がある人は、家に帰る。けど、それが無いような人のほとんどは、国を出ていくって、聞いたことある……」

「それはどうして?」

「今のこの国に、三十歳を超えた人……そうでなくとも、魔法騎士だった人を迎えてくれるような場所、どこにも無いから」

「うん……半分正解や」


 半分? ミラに限らず、ほとんどの人間は疑問を顔に浮かべた。ミラの答えを、すでに知っていた人間はもとより、初めて聞いた人間も、納得できる話だったのに。


「確かにな。神官はんらとか、昔のあっしみたいに、変えの効かんような人以外は、城から出ていくしかない。その後で行くところがどこにも無し、魔法騎士は嫌われとる、せやかて野垂れ死ぬんはイヤ……ほしたら、外へ行くしかあらへん。安月給の魔法騎士言うても、片道の船代くらいは余裕で稼げるし、最悪、この島国は大陸からは離れとるけど、箒や絨毯使こて渡れん距離でも無いしやなぁ……けどそれは、あくまでこの国が、今みたいな有様になった後の人らの話やなぁ」


 今とは違ったこの国……レイやシャルの幼少時代。魔法騎士が今ほど蔑まれていなかった時代。戦争が終わり、世界に平和が訪れた時代。


「昔は、世の中が平和になったって分かって、元々平和やったこの国にいる意味が無くなったから、外へ出ていくいう人もヨウさんおったんよ。自分は戦争の中でしか生きられん、外国ならきっと戦争がある。そう思って、自分の意思でこの国飛び出した人らがなぁ」

「……師匠も、そうだったの?」

「いんや……当時のあっしは、今ほど強ぉなかったし、すぐに戦争に行っても早死にするんが目に見えとった。だから、この国に残って鍛えなおして、十分に強ぉなったって思った後に出ていく。そう決めとった。で気づいたら、第5関隊最後の一人になってしもとったっちゅう話や」

「じゃあ、わたしを拾ってくれるよりとっくの昔から、出ていくこと、決めてたんだ……」


 呟くミラの、表情は無のまま変わらない。それでも体全身から力が抜け、落胆しきっていることが、アラタにも、関長たちにも、魔法騎士の全員に伝わった。

 そして、そんなかつての弟子の様子など歯牙にもかけていないかつての師匠は、平然と言葉を続けた。


「ほんで、強ぉなったって思ったタイミングで国を出た。当時はもう、一人しかおらん第5やあっしのことを気にする人間はおらんかったから、脱けるんは楽やったわ。後でコッソリ戻ってくるんもな……その足で外国に行って、戦場を求めてみたんやけど――戦争なんか、どこにも無かった」


「……それは、外国も平和な状態であった、ということですか?」


 シンリーが横から尋ねてみたが、メイランは、ほほ笑み首を横に振った。


「平和って言うなら、平和て言えんこともないかも知らん。せやけど、この自由な島国とは違う。自分ら、外国同士がしとった戦争がどういうふうに終わったか知らんやろう?」


 シンリーに、メアに、そして、この場の全員に対して問いかけて……知っているという人間は、一人もいない。 

 だがそれも無理はない。国家間の情勢において重大事項であることは事実だが、できることなら、誰も関わりたくない、触れたくないと考えるのが戦争だ。

 まして、この国はかつての葉介の実家のように、何もしなくとも情報が入ってくるような情報技術の発達も無い。

 そんな状況の中で、大陸から離れた小さな島国に引きこもって、防衛に徹して終戦をひたすら待っていた者たちからすれば、周りが勝手に始めて、勝手に終わった戦争がどうであったかなど、知ったことではないし知りたくも無かったろう。


 そんな知りたくもなかった情報を、初めて彼女らは耳にする……


「結論から先に言わせてもろたら……戦争に勝ったんは、魔法大国『トレントラ』や」


 その答えに……然して驚きの声はない。興味が無かったこともあるが、半ば予想していた人間もいたからだろう。


「同盟も無し。取引も無し。作戦も無し。面倒くさい国家間の駆け引きはなんも無しに、小さな一国の力だけで、残った世界中の国潰して黙らせてしもぉた。それが終戦の詳細や」

「……は?」


 あまりにマヌケな話が聞こえて、メアはつい、マヌケな声を上げてしまった。


「……からかってる?」

「からかってへんでぇ? まぁ、あっしらも、初めてその話聞いた時は、そういう顔になったけどなぁ……けど、実際に目の前で見てもうたら、信じるしかあらへんやないの」


 終始上品で、余裕な調子で話していたメイランの顔が――この時初めて、曇りを見せた。


「あっしがこの国出て外国に渡った時には、もう世界中のほとんどはトレントラの属国になり下がっとったけど、それでもまだ逆らおう言う気概持った人らもおったわ。そんで、人集めて、魔法鍛えて、トレントラに挑んでいったけど……勝負にならん。話にもならん。最初から最後まで目の前で見とったけど、魔法も、武器も、技術も……人間の頭数以外のなんもかんもが、トレントラの足もとにも届いとらんのに、勝てるわけがない。結局、逆らった人間、大勢死んだわ。生き残った人はさらわれて、そんで、見せしめに逆らった国の、半分近くが更地にされてもうた」


 あまりに現実味のない話に、ほとんどの人間はピンと来ていない様子ではあるものの……

 共に話を聞いている、彼女と同じ元魔法騎士らも、同じように顔を青くしている。全員がトレントラという国に恐れおののき、勝てないことを悟っているのが見て取れた。


「そうやって、敗けた国はぜーんぶ、トレントラの下につくしか無くなったいうわけや……もっとも、下についた国は特に、それ以上ひどいこともされんと普通に生活はしとる。トレントラにしとることはせいぜい、定期的にお金とか食料とか、老若男女問わずに、国にとっていらん人間らを引き渡しとるくらいやな。お金も食料も無理のない範囲みたいやし、人は何に使うんか分からんけど……多分、トレントラで武器作らせとんやろなぁ。デスニマの香とか、召喚の香とか」

「え? それじゃあ、今回アンタたちが使った、デスニマを作った道具って……!」

「トレントラ製やでぇ?」


 悪びれもせず、メアに説明して聞かせる。そんな態度にメアが憤慨する前に、続ける。


「そんなこんなでや。こうしとる間にも、トレントラはどんどん力をつけていっとるっちゅうわけや。世界中の主だった国は、ぜーんぶトレントラに下っとる。無事でおるんは、戦争に、あと、トレントラに関わったことのないような、この国みたいな小国がいくつかだけっちゅーわけや。まぁ、こんな島国、トレントラでなくとも眼中に無いやろうけど」


 ため息を吐いて、自嘲するものの……またすぐ、表情を引き締めた。


「それでも、トレントラがいつ、残った国の支配に乗り出すとも限らへん。せやから、そうなる前に、この国を強い国にせないかん。そう考えたっちゅうわけや」

「強い、国に?」

「せや。いくら平和と食料だけが取り柄の島国や言うても、属国になり下がるなんて、イヤやろう? それに、敵はトレントラだけとも限らへん。もしかしたら、トレントラから逃げてきた外の国の連中が、この国を代わりに侵略しにくる言う展開もあり得るでぇ? トレントラであれ他の国であれ、また戦争になったら、この国に戦う力なんて、あるんかいな?」


 みたび、この場の全員に問いかける物の……やはり誰も、頷く人間はいない。

 当然だ。普通の人間はもとより、国内の自衛と治安維持のみ想定して作られた魔法騎士でさえ、本格的な戦争が始まったとして、勝てるような力を持つはずがない。


「分かったやろう? もう、三十歳がどうとか、国が悪いとか魔法騎士が悪いとか北端族が悪いとか、身内同士でいがみ合っとる場合やない……まあ、腐った政治潰すために、いがみ合いをあおったあっしらが言うのもなんやけど。この国をこの先も、確実に護っていくためには、あっしら元魔法騎士が、強い国にするしか――」



「もうたくさんです――」



 話し続けていたメイランの口を制したのは、立ち上がり、目を見合わせた、シンリーの声である。


「これ以上のウソは、聞くに堪えません」

「ウソ? ウソなんか言うてへんよ? トレントラはホンマにヤバい国なんやで? このままなんもせんかったら――」

「そこではありません……この国より更に狭小の小国でありながら、発見されたばかりの魔法の力にいち早く注目し、研究、開発を推し進めたことで、たちまち他の国をしのぐ一大国家に成り上がった。そんなトレントラの強大さは、自分――ワタクシも、知識程度ですが知っています。殺戮を目の当たりにして、その力に圧倒されたというアナタの話にも、ウソは感じられなかった……」


 そこまで話して、一つ息を吐き、そして、続ける。


「そしてアナタが、この国をトレントラと渡り合う国にしたいというのも本当でしょう……ウソなのは、この国を護りたいという言葉だ」

「…………」

「アナタは、この国の未来など考えていない。ただ戦いたいだけだ。この国を自分たちの物とし、トレントラには及ばずとも軍事国家に作り変え、戦いに生きたいという自身たちの欲求を満たしたいと思っているだけだ。本当にこの国のことを思っているなら、こんな、誰が死ぬとも分からない強引な手段に走らずとも、ソレを伝える方法はいくらでもあったでしょう!」

「……バレるの早や――」


 調子は変わらずとも、真剣に話していた雰囲気が一変。態度は杜撰に代わり、その顔と視線から、女王に対する敬意は完全に消え失せた。


「せやでぇ? 用済みになった途端、アッサリあっしらのこと見放して、つまらん仕事だけ押しつけたお城も、そのお城の言うこと聞いて、平和に惰眠ばっか貪っとるこの国も、どうなっても興味なんかないわぁ――」


 メイランの言葉に、周囲にいる他の元魔法騎士らも頷いている。

 元より自衛が主な目的とは言え、戦うために集められ、鍛えてきた。そのために戦いもした。ケガ人も出たし、一人だけとは言え死者も出た。

 それだけ戦ったのに、いくら戦争が終わったからと言って、平和になったから用済みですと冷遇されたなら、100年の忠誠も尽きるに違いない。


「もっと言うたら、トレントラにくみしとらん国なら、別にこの国でなくとも良かったんやけどねぇ……けど、他のどの国がトレントラの敵かどうか分からんし、せやったら、知っとる国の方が手っ取り早いやん」

「そんな理由でこの国を――」

「ほな、どこの国ならエエの? なぁ? この国以外やったらどこでもエエの? そのどっかの国で、この国と同じことしたら良かったん? 犠牲が何人出ても良かったん? なぁ? 国民見捨てて逃げてはったお姫さん?」

「そ、それは――」

「屁理屈言うな!! ジンのことバカにするなー!!」


 シンリーの問いかけに、怯み、小さくなったシンリーの隣で、メアが立ち上がった。


「ジンは女王だ! この国の平和を願うなんて、当たり前だろう! そりゃあ、あのクソババァにこの国乗っ取られた後は逃げるしかなかったし、女王にふさわしい能力身に着けるまでに十年以上掛かったけど、少なくとも、お前らと違って本気でこの国護って、良くすること目指してずっとがんばってきたんだ!! お前らみたいに、身勝手な我がままでこの国好きにしようだなんて考えてない!! お前らなんかいなくたって、この国は、ジンが良い国に変えてくれる!!」


「遅すぎる」


 途中涙目になりながらのメアの叫びを、静やかな声色で遮ったのは、レイ……


「城では言えなかったけど……シンリー女王。アナタは、遅すぎた」


 さっき叫んでいた時と同じ。失望し、絶望し、精も根も尽き果てた。

 そんな疲れ切った姿で、レイは、吐き捨てた。


「遅すぎたんだ。シンリー女王も……ヨースケも――」



「……まあ、分かっとったけど、話し合いで説得は無理そうやなぁ」


 結論を出したメイランは、葉介を抱きしめたまま、杖を取り出した。その杖の先を、自身の喉に当てて、呪文を呟いて――



《今からこのルティアーナ王国は、レイノワール・アレイスターの第1関隊および、あっしら元魔法騎士団の連合団体――せやなぁ、『真正魔法騎士団』としとこか? による、実効支配を宣言する!》



 その言葉で、各所に散らばっていた元魔法騎士の面々と、レイ以下第一関隊、そして、エリと呼ばれた少女は、メイランの元へ集まった。


《今日を以って、この国に徴兵制を導入。希望者はもちろん、一定の歳に成長した子どもは強制的に魔法騎士への入隊を義務付けし、訓練を受けてもらう。ゆくゆくは、ルティアーナ王国の周辺国へ攻撃を仕掛けて、領土拡大を目指す戦いに参加させる》


「そんなこと! 許されるわけがないぃぃぃッッぃぃぃぃぃッッ!!」


 声を上げたシンリーは、レイが【(マヒ)】で黙らせた。


《口答えは許さへんよぉ……それになぁ、このことはもう、リユンの人らは承諾済みやしなぁ》


「……しょ、承諾、済み?」


 痺れ、倒れたシンリーだったが、その痺れも止んで、顔を上げた。


(ああ、せやった……そら魔法の手枷つけとんやったら、効果はすぐ無くなるわなぁ? まあエエ――)


《なんや自分ら? 北端族やらデスニマらのせいで散々被害が出とるっちゅうのに、ずっとリユンだけ無傷なこと、おかしいて思わんかったん?》


 そう問いかけられた、メア、シャル、ミラ、他、今日の関長会議に参加していた全員、愕然とさせられた。


《レイちゃんらが護ってはったけど、それ以上に、アッシらが裏から手ぇ回して、リユンだけは被害が出んよう気ぃつこぉたに決まっとるやん? 劣悪労働や何やで恨みの集まった土地やけど、アソコ潰してもぉたら、この国に金が入らんようになって、作り変えるどころの話やなくなるしやなぁ》


 メイランの語った全て、一言一句違えることなく、葉介の言った言葉の通りだったから。


《そんなリユンと、『上流区』に住むお金持ちの有力者の人ら全員、正直に話したら賛成してくれはったで? 自分らが今より大儲けできるんなら、この国がどうなっても構わんて》


 そんな葉介も、リユンが敵に回っていることまでは読めていなかった。

 予想は正しかったのに、この女は、葉介の予想以上の動きをしていた。


《あとは、この国の一番の食い扶持の、カリレスも押さえときたかったんやけどなぁ……今の魔法騎士だけで護り切れへんところにあっしらが加勢して、カリレス護って、信頼を得る。そんで、こっちの援軍で手薄になったお城は、あの四人とあっしでぶっ潰して、筆頭大臣も女王も殺って、完全に無政府国家になったタイミングで、今した宣言する。そういう絵図描いとったんやけど……四人の暴走と、現役の子ぉらの活躍で、完全に無駄になってしもた。今の魔法騎士団も、捨てたもんやなかったっちゅうわけやなぁ。な? レイちゃん?》


 楽し気に、レイに話を振るものの……レイは無言で、葉介を見た。

 他の関長らに魔法騎士たちも、葉介を見た。


 今日カリレスを護ることができたのは、リムにファイ、フェイ、そして、シンリーのおかげ。

 だが、城を護り切ることができたのは、葉介の助言のおかげ。後から来たメイランを、足止めし、押さえることができたのも、葉介。

 それ以前の襲撃もそう。葉介の言葉と行動がずっと、城を護ってきた。


 そんな葉介の読みよりも、メイランは、更に上を行っていた。

 レイも、メアも、シャルも、ミラも、シンリーも、悟った。悟ってしまった。

 ヨースケでも勝てないこの女に、自分たちが勝てるわけがない……



《そういうことやから、とりあえず、カリレスには力づくで言うこと聞いてもらうわ。まぁ、ひどいことする気はあらせんけど、基本、こっちの要求は聞いてもらう。んで――》


 カリレスの住民らに語り掛けた後は――シンリーと、メアと、北端族の面々を見た。


《とりあえず、見せしめってことで、女王ちゃんとその妹ちゃんには死んでもらうわ。用済みやし、今さら鍛えても役に立ちそうにない、北端族の面々と一緒になぁ》



 指が、震えた……


 手が、開いた……



「死? ボクらを公開処刑にでもするっての?」



 目が開き……


 鼻が効き……



《まぁ、その通りなんやけど、ただ殺すんは芸が無い。ちゃーんとこの国の役に立ってもらうわ》



 手を上げ――


 面を上げ――


 口を開け――



《それはやなぁ――痛たぁああああああああああああぁあああああああッッ!!?》



【拡声】による絶叫が、この空間にコダマした。

 全員がまた、目を見開き、言葉を失った。

 手を上げて、面を上げて、開けた口で、シンリーの首元に嚙みついた、黒い髑髏面の男を、凝視した。



《あッ……アカン……そんなッ、アカンてッ、あん……だめぇぇぇぇ……♡♡♡♡》



 直前に痛いと叫んでいたのに、なぜか艶っぽい喘ぎ声に変わった【拡声】の中――



「――!」


 横から飛んできた、エリと呼ばれた金髪の少女の拳を避けたソイツは、口を拭った。



「ダリダリ……」





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