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第8話  カリレスにて

「正直言って……わたし、メルダと一緒にいるの、平気なわけじゃ、ないんですよ?」


 リムが、メルダに向かって発したのはそんな、哀し気で、申し訳なさげで、だが辛辣な言葉だ。


「そりゃあ、メルダが反省してくれてるのは分かってます。その気持ちは伝わったし、行動でも示してくれて、だから、わたしも、そんなメルダと一緒にいることができる。友達だって、思える……けど、正直、今でも思い出すんです。メルダに言われた悪口や、陰口とか、仕事を押しつけられた時のことや、ひどい嫌がらせも……」


 友達だと思っている――そう思えるよう、努力している。

 だから、言いたくなった。


「今のメルダは、二度とあんなことしない。そんなこと、分かってる。けど……本当言うと、いくら謝られたって、もう、一緒にいたくなかった。ただ、二人とも、ヨースケさんに助けられて、ヨースケさんが好きになって、ヨースケさんと一緒にいるのが自然になって……ヨースケさんが間にいる時だけは、昔のイヤなことも忘れられた。けど、今みたいに、ヨースケさんがいない時は、ガマンしてるんです。メルダと一緒にいて、イヤな気持ちになるの……」


 そんな気持ちになるのをどうにかしたい。克服したい。そう思って、ヨースケさんがそばにいない時でも、メルダのことを、表面だけじゃなくて、心から友人だと思えるように。メルダの反省と友情を受け止めて、本当の友達になれるように――


 がんばったけど、できなかった。だから、言わずにはいられなかった。だから……


「メルダが、昔のことを気にして、心から反省してるっていうなら、もう、わたしが言うこと、無いです。言いたくもないです。だから……これ以上、昔のこと、思い出させないでください。これ以上――」


 この先を言ったら、本当に、メルダとは友達になることができなくなる――


 分かってるけど、止められなかった。


「これ以上、反省したってところ見せようとして、わたしや、わたしの家族まで自己満足に利用するの、やめてもらっていいですか?」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「…………」


 直前の会話が夢だったことは、目を覚ましてすぐに気づくことができた。

 もっとも、本当は夢じゃなくて、実際にした会話だ。六日前の夜だ。


(メルダ……)


 悪いことを言ってしまった……そう思っていながらも、その実、リムの中には後悔も、罪悪感も、全くと言っていいほど湧いてこない。

 ずっと言うことができなかった本音を、ハッキリと伝えることができたのだから。


「……目が覚めましたか?」


 メルダのことを考えている途中、すぐそばから、そんな声が聞こえてきた。優しいようで、感情があまり感じられない、涼しさを感じる声だった。

 そして、その声の主を、リムはよく知っている。


「ファイさん……すみません、こんな時に、わたし――」

「構いません。昨日と今日、アナタは誰よりもがんばってくださった」


 相変わらずの涼しい声に、感謝の念を感じつつ。

 座っていた草地から立ち上がり、もたれていた木から離れて……

 魔法の灯に照らし出された、巨大な壁を見上げた。


「こんな壁で、どれだけもつか……」


 高さは、大よそ30メートルほど。それが、少なくとも二人の視界や視力から見ても、端が見えない長さが伸びている。

 表面はゴツゴツしているが、突起や凹凸も無くほぼほぼ平らで、人間がよじ登るにも無理がある。叩いた音と感触は固く、それなりの厚さも有していて、二人がいる向こう側は全く見えないが、同じようなことになっているのは間違いないだろう。


 ほんの、一日前には存在せず、三日前までは必要さえなかった巨大な壁が、今起きていることの異常性を物語っていた……



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「今日からココは俺たちのもんだ! オラッ、お前らは全員、出てけ!!」



 始まりは五日前の朝だ。

 消えた羊の捜索任務の顛末と、カリレス住民らの大量消失。

 城へこれらを報告し次第、すぐまたこのカリレスに戻ってきて、消えた住民たちの捜索を開始する。

 そう言われて、カリレスへの待機を命じられた双子とリムは、このカリレスに待機。三人とも、残った住民たちへのケアを行いつつ、葉介たちが帰ってくるのを待っていた。


 だが、遅くともお昼ごろには戻ってくると思っていたのに、日が暮れても彼らが戻ってくることはなく、代わりに第1の人たちから聞かされたのが、城下町がデスニマの大群に襲われている、ということ。

 三人とも、すぐに城へ戻るべきかとも思ったが、このまま第1たちとカリレスを護るよう命じられた。

 リユンも、カリレスも、デスニマが襲ってくるようなことはなく、かといって、消失事件が起きた以上、うかつにココを離れることもできない。なので十分に警戒しつつ、第1たちと一緒にカリレスを護っていたのだが……


 少なくとも、最初の二日間は、静かで、平和な日々だった。むしろ、人がいなくなった畑の手入れや、家畜の世話に、リムや、双子とその家族まで駆り出されたことの方が大変だったくらいだ。

 実家の野菜畑はもちろん、近所の手伝いもよくしていたメアにはそこまで苦ではなかったが、知識はあっても農作業の経験自体に乏しい双子や、あくまでカリレスという村の管理が仕事である双子の家族には大変だった。

 数は多く、土地も広く、全てがまる一日かかる肉体労働。それでも、リムともども、つたない作業をやり遂げてくれた双子たち家族へ、残された農民たちがご馳走を振舞った時は、立場や家系関係なく、同じ土地に生きる者としての幸せを感じたものだ。



 そして、そんな幸せを邪魔するヤツらは、三日目の夕方に突然現れた。

 人数は五十人くらい。その全員、どれだけ魔法で整っていても、一目で老いていると分かる見た目。おんぼろの服装。そして、周囲や他人を気にしない、厚顔不遜な態度に振る舞い。

 双子も、リムさえピンときた。仕事を追われて落ちぶれた浮浪者。それも、かなりタチの悪い部類の連中……北端族の連中だと。


「今日からココは俺たちのもんだ! オラッ、お前らは全員、出てけ今すぐ!!」


 彼らの言い分はこうだ。

 カリレスから人間がいなくなったんだ。だったら俺らが変わりに住んでやる。野菜も家畜も世話してやる。だから、残ったヤツら全員、今すぐ出ていけ。

 さもそれが当然の権利だという態度で、メチャクチャなことを平然と言ってきた。

 リムも、双子も、家族も、残った住民たちも、当然拒否した。

 確かに住民の大半がいなくなったが、まだ死んだと決まったわけじゃない。

 そもそも、残った自分たちは普通に生活しているし、そうでなくとも、ろくに農業なんかしたことのない人間を入れられるわけがない。


 ……と、言葉でどれだけ説明しようとしても、二言目には――


 今日からココは俺たちのもんだ、

 俺たちに住まわせろ。

 さっさと出ていかねーか。

 この村も土地も食い物も、全部俺たちが頂く。


 出ていかないなら、力づくで追い出すぞ!!



 その後は、まだ話しているのも無視して杖を向けてきて、魔法を撃ってきた。

 そこからはまさに泥沼だった。相手が撃ってくる魔法を防ぎ、こっちも魔法で応戦する。それで倒したとしても、城やリユンと違って、ココには閉じ込めたり捕まえておけるような場所もない。無理やり閉じ込めたところで、魔法の手枷も無い以上、魔法で簡単に脱出される。

 リユンへ連行しようにも、城よりは近いと言っても箒に乗って二十分はかかる距離を、一人か二人ならともかく数十人単位となると、リユンから巡回に来る第1たちだけではとても手が足りない。

 だから、倒した後は基本的に放置しておくしかなく、そうしている間に仲間たちに回復されたうえ、次から次に湧いてくる。


 幸い、集まったヤツらのほとんどはロクに魔法を鍛えておらず、進んでフルバーストを使ってくるようなヤツもいなかったから、泥沼の消耗戦をどうにか耐え抜いて、ほぼまる一日かかった物の、何とか撃退することができた。

 すぐにリユンや城へ応援を求めはしたが、リユンは、同じタイミングで来たという城下町からの避難民の対応で手一杯。城は言わずもがなで、とても助っ人は期待できない。

 それでも、最終的に二百人、もしかしたらそれ以上にまで増えかねない、またいつ来るとも知れない無法者たちを楽観はできない。応援が来ないなら、残った人たちでカリレスを護るしかなかった……



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そこで、撃退を成した日の翌朝、今日のこと。外の平原からこのカリレスへの主立った出入り口、全部にこさえたのが、この見上げるほどの土の壁というわけだ。

 幼いころから畑仕事で使い続けてきた【土操作(つちそうさ)】が『至って』いたことに加え、魔法騎士になった後も多用したことで図らずも『極めた』リムが、ほぼ半日かかったとは言え、これだけの壁を作り上げることは難しくなかったのだが……


「おかげで、魔力はほとんど使い切っちゃいました。普通の【土操作】や他の魔法なら、まだ何回か使えますけど、【土操至(ドソウシ)】なら二回、【土操極(ドソウゴク)】だと、あと一回使えるかどうか……」


 朝が来れば、魔力は全快にはなるが、今は夜。朝が来るまで、まだまだ長い。

 そうならないよう、この壁を作るために、リム一人で作ろうとせず、カリレスの残った住民たちの協力を仰ぐことも考えた。だが、魔力の消費はもちろんのこと、かなりの大仕事になる。そうなれば、ただでさえ人がいなくなった住民たちの、本来の仕事に支障をきたす。


 国の状態がどうあれ、国民たちに安定した食糧を供給することがカリレスの仕事であり、矜持であることを、リムもファイも知っている。だから協力は求めなかった。

 加えて、リム以外で、【土操作】をマトモに鍛えている魔法騎士もいないし、そのために魔法騎士の魔力を消費させるのもリスクが高い。

 そうしてたった一人、苦労して作り上げた、大きさ、硬さ、厚さ、範囲、どれを取っても申し分ない土の壁を前にしても――


「十人や二十人程度の、訓練も受けていない魔法なら、ビクともしないでしょうが……敵は、少なく見積もっても二百人近く。それだけ大勢から、休みなく攻撃されれば、ひとたまりもないでしょう。それに、作った方法が土操作な以上、相手にも土操作を使われれば、崩すことは難しくない。なにより、魔法の箒か絨毯を使われれば、壁など関係ありません」

「…………」


 無表情ながらに浮かない顔で、リムに対して遠慮なく言う。リムも、ファイの言葉が正しいことを、壁を作った張本人として重々承知している。

 この壁でできることはせいぜい、侵入等の奇襲を防ぐ、まとまった戦力が敵に集まるまでの時間稼ぎにしかならないと……



(こんな時――)


 魔力が空になるまでがんばっても、できたことは時間稼ぎ。そんな現実と現状から、リムが思い浮かべたのが、一人の男の――


「……ッ」

「こんな時、ヨースケ殿なら、より良い方法を思いついたのでしょうが……」


 思い出した途端身震いがして、即座に頭から払いのけた男の名前を、ファイは、平然と口にした。


「ワタシたちにできることは所詮、単純な戦いだけ。彼のような聡明さも無ければ、戦況を打破できるだけの妙案も思いつかない。おかげで、故郷も護れない……情けない」

「…………」

「アナタも、ヨースケ殿が恐ろしいですか?」


 葉介の名前を出した途端――厳密には、その前にリム自身が思い浮かべた瞬間から、体を震わせるばかりのリムに、ファイは問いかけた。


「……ファイさんは、ヨースケさんのこと、怖く、ないんですか?」

「無論……恐ろしいです。ワタシも、彼のことは」


 逆に返された質問に対して、ファイは無表情なまま、即答で返した。


「そう感じることが普通です。それこそが、彼の持つ強い力であると、彼は身をもって教えて下さった。やり方は確かに、醜くおぞましく、恐ろしかった。それでも、盲目的に彼の力に惹かれていたワタシたちが知るべきことを、彼は教えてくれた……加えて、それ以前に、彼はいくつもの功績を残している。後にも先にも、彼ほどの魔法騎士を、ワタシは知りません」


 仮に、()()葉介の姿を見たとしても、その信頼と憧憬の念は変わることが無い。それが分かるほど、今のファイの無表情には、憧れ、敬い、それらの感情から来る、輝きが浮かんでいた。

 恐怖、猜疑心、それらの感情から来るくすんだ表情の、今のリムとは真逆の顔だ。


「……どうしてそこまで、ヨースケさんのこと、信じられるんですか?」


 リム自身、葉介のことはずっと慕っていた。キックや色々な技、色々な知識を教わってきたし、一緒に食事して話もして、楽しかった。なにより、負け犬でしかなかった自分を変えてくれた大恩人だ。


 それだけ大恩ある人物が見せた、あまりに恐ろしすぎる一面。おぞましい姿。

 相手がデスニマだったなら、普通に受け入れられたと思う。けど、相手は実の両親を殺したクソ女とは言え、生身の人間だった。それを、泣こうが喚こうが、泣くことも喚くこともできなくなるまで痛めつけ、苦しめ、恐怖を体にきざみつけ。

 光景はもちろん、それだけのことをなんの躊躇も迷いもなく、ただ実行する。そんな機械的な姿があまりに恐ろしくて……


 実を言うと、五日前。葉介らが城へ戻って、自分は、カリレスに残って。葉介から離れられることに……葉介が目の前からいなくなってくれたことに、すごく、ホッとした。


(最低だ。わたし……)


「…………」


 リムが、自身の黒い感情に嫌気を感じている間も、ファイは、リムからの問いかけに、どう答えたものかと思案していた。

 一人の男として、魅せられないわけが無い、葉介の強さ。姿。

 そして、それ以上に、葉介が残してみせた、仕事の実績。

 もっとも、それを知るのは葉介本人と、関長のシャル、ミラ、レイ、そして、ファイ自身だけ。

 実際、その真実は、妹のフェイにさえ話していない。仮にフェイが知ったところで、葉介への感情が今とは違っていたかどうかは分からない。だが、第2関隊の大きな成果として、未だ語り草になっている事件だ。彼の見方が、今より変わっていたのは間違いない。


 そのことを、リムに話してしまおうか……そんな考えが頭をよぎった。

 だが、すぐに思いとどまった。

 尊敬すべき関長である、シャルの名誉のため。なにより、葉介本人の強い希望だからだ。


「愚問……彼は、この国と、この国に生きる善良な人々のため、常に全力を尽くしている。あの夜の出来事も、その一つに違いありません。そんな彼を、信じない理由はありません」


 だから、当たり障りのない、それらしい言葉で答えた。

 そして、それを聞いたリムは、納得しつつも、受け入れがたい。そんな気持ちを隠しきれていない、哀しい笑みを浮かばせた。


「ファイさん、カッコイイです……わたしは……」


 それ以上は、声に出さなかったが……それでもファイには、その先の言葉が分かった。その気持ちも、痛いほど分かった。


 ――わたしはもう、今までみたいに、ヨースケさんと、関わるの、無理です……



「お二人さーん! 差し入れだよー!」



 重く、哀しくなった空気にそんな、大きくて優しい声が響いた。

 声の方を見ると、二人もよく知る人物が歩いてきた。


「リタおばあちゃん」


 二人を見ながら、ニコニコと快活な笑みを浮かべている、老年の女性。

 真っすぐ伸びた低い背丈から伸びる手足も顔も、年齢相応の皺が浮かぶ細い身体ながら、そのか細い両脚で力強く地面を踏みしめ、バスケットを提げた両手を掲げて歩く様は、老いてなお健在という言葉がよく似合う。

 老齢ながらも若々しく、か細いようで力強い、リタと呼ばれた女性。

 カリレスの住民の中でも、古い時代を知る人物の一人であり、リムやファイのことも、二人が生まれた時からよく知っている、カリレスでも顔の広い老婆だ。


「わざわざ、来てくださったのですか? ここは危険かもしれないのに……」

「なぁーに! 私だけじゃなくて、他の連中も差し入れ届けに行ってるよ。それに、どうせ生い先短い身なんだから、死ぬ前に若い子たちのために体力使っとかなきゃ」

「そんな……もっと長生きしてよ。わたしたちが守るから」

「あら! ありがとう。リムちゃんも本当、立派になったわねー。成長したのはおっぱいだけじゃなかったわけか」

「ちょッ、なんでそこでおっぱいの話になるの!?」

「だって、【加工】も無しにその大きさだろう?」

「それは……」

「【加工】無し……ほほぅ」

「ファイさんはなに反応してるんですか!?」


 そんな感じで、声を上げるほどの会話を繰り返すうち、リムもファイも、沈んでいた気持ちが癒されるのを感じた。



 壁の向こうや、周囲に危険が無いことを十分に確認した後で、三人ともその場に座り、リタが持ってきてくれた差し入れ――お茶と、カリレスの食材を使った手料理――を堪能した。


「それにしても……平和だけが取り柄だと思ってたこの国が、まさかこんなことになるだなんてねぇ」


 来てくれた時こそ、笑いながら二人のことを労わっていたリタも、その話題に対しては深刻な顔を見せた。


「女王さまがいてくれれば、こんなことにはならなかったろうにね……」


 お茶をすすりつつこぼした言葉を、ファイは見逃さなかった。


「発問……昔から、よく耳にしました。女王様は立派な人だった。あの人がいれば、この国はこうならなかった……どのような人物だったのですか? 女王様とは?」


 ファイもリムも、魔法騎士になるまで、このカリレスから出たことはなかった。カリレスを出て魔法騎士になった時には、すでに女王は引きこもって、筆頭大臣が全てを取り仕切っていた。


「確か……白くて派手な服を着て、金髪で、きれいな黒い肌の人、だったっけ?」


 二人とも姿だけなら、たまにカリレスを訪問していたのを、幼い時分に見た記憶がおぼろげにありはする。だが、女王としての資質はなにも知らない。

 今まで大して興味関心の無かったそのことを、今さらながら聞いてみたくなった。


「小さい時に見たきりだから、あんまり覚えてないけど……すごくきれいで、凛々しくて、格好よかった顔してた覚えがあるけど」

「そうだよ」


 リムの曖昧な言葉を肯定した後で、ため息交じりに質問の答えを語った。


「顔や見た目だけじゃない。心持ちもしっかりしてて、まだ王女さまだった時から、この国を豊かにするために手を尽くしてくださった……なにも無いド田舎だったこの国で、新しく貿易の事業を起こし始めたリユンと、国が上手いこと連携できてなかった時、速攻でリユンをまとめ上げて、雇用やら必要な仕組みを全部考えて、外国とも積極的に関わってくれて、この国には無かった魔法の道具やらを輸入してくれたり、この国の景気を良くしてくださった……戦争が起きた時は、貿易で関わった国から色々な圧力を掛けられても、この国は参戦しない姿勢を貫いた。で、その戦争で困った人たちを助けたりもした。今の魔法騎士団を作るよう、先代の国王に提案したのも、王女さまだったって話だよ」


 途中から、女王なのか王女なのかややこしさを感じたものの……

 その話が本当なら、今の魔法騎士団の発案者が、リタの言う女王さまだということになる。


「戦争中……戦争が終わった後も、非参戦国だったと言っても、色々なところで混乱してた国内の土地、一つ一つ周って、わたしたちを励まして安心させてくださった。先代の国王が引退して、女王さまになった後も、この国と、この国に住む国民一人一人のために、親身になって働いてくださった。元々いた魔法騎士に加えて、お城付きだった青い人たちを国中に派遣して、誰でも無料(タダ)で病気やケガを治せるようにしてくれたり、貿易を増やしてお金が回るようにしたり、そうして仕事の雇用も増やしたり、カリレスやリユン以外の、貧しい村や土地を周っては、そこの住人たちを気遣ったりしてね。当時は、北端族なんて言葉も無くて、国中が思ってたよ。この人が女王さまでいてくれる限り、この国はずっと平和だって……15年、いいや、14年前まではね」


 途中までは、本当に嬉しそうに話していた。だが、最後の単語を口にしたと同時に、その顔から笑顔が消えた。


「14年前に、突然姿を見せなくなったんだ。病気で倒れたって話だが、女王さまを知る人間は誰も信じちゃいない。あの筆頭大臣のクソ女の陰謀だって、もっぱらの噂だよ」

「得心……あのクズ女なら、やりかねませんね」

「はい。あのロクデナシのことです。間違いないと思います」


 リタに限らず、無表情のファイも、心優しいリムにとっても、筆頭大臣の人物像は一致している。

 そんな女が国の頂点に立ったせいで、この国がどうなったか。それはもう、今のこの国に生まれ育った人間には、世代関係なく分かっていることだ。


「城で一生懸命働いてきた、政治家から下働き全員、三十過ぎてるってだけの理由でクビにした。オマケに、同じくらいのタイミングで、三十歳が魔力の絶頂期だなんて、厄介な事実まで広まっちまった。それからだよ……カリレスじゃそんなことないけど、リユンとか、他の町や村の仕事の全部、能力とか腕の良さ、人柄、そういう人間の大事なものは全部無視して、若さと魔力しか見なくなっちまった。そうして三十過ぎた人間はみんな、よっぽどの結果残したヤツ以外は全員クビだ。仕事も金も、住む場所も失くして行き着いた先が、クソ女の代で見棄てられて、寂れて貧しくなる一方な、島の北側、その更に端……『北端族』のできあがりってわけだ」

「クズ女のくせに秀逸なのは、魔法騎士団をしっかり残し、仕事を与えたこと、でしょうね」


 話に納得しつつ、ファイも続ける。


「それだけのことをして、この国をこれだけの有様に変えたんだ。本当なら、責めも批判も、全部クズ女一人に集まるはずだった。けど、そんな貧困層を含めた、国民たちへの税金の徴収、その役割を、魔法騎士団に押しつけた」

「ええ……おかげで、見えないところで国をメチャクチャにしてきた筆頭大臣より、命令とは言え分かり易く人々からお金を取り上げている、魔法騎士団が、国民や北端族の怨みを買う役を負わされた。そういうことですね」


 ただこの国の頂点に立つために、狡くてセコくて、汚い卑怯なマネをし続けて、結果、苦しんだのは国民たち。怒りが爆発するのも当たり前だ。


「北端族や、仕事を失くした人たち、カリレスで雇ってあげられなかったのかな?」

「そりゃあ、雇おうとした人もいたさ。農業でも、人手がいる仕事はあるからね」


 リムの素朴で優しい疑問にも、リタは、浮かない表情で返した。


「けど、農業は他の仕事とは違う。なにせ、家畜や野菜、生き物を扱ってる。そりゃあ魔法を使うことも多いけど、魔法の効かない、人の目とか感覚でなきゃ通用しない作業や仕事はいくらでもある……そういうのを教えようとする度に、古臭いだとかチマチマしてるとか地味だとか。仕舞いには、家畜が臭いだの土で服や手が汚れるだの、店が無いだの買い物させろだのリユンへ連れてけだの……もちろん、全員が全員、そんな連中じゃあなかったよ。毎日野菜や家畜と向き合って、真摯に仕事を覚えようとするヤツもいたし、マジメに仕事を続けて一人前になったヤツだっていた。それで嫁入りした女や、リムの父さんみたいに、婿入りした男だっていた。けど、それ以外は――カリレスでの仕事や暮らしになにを期待してたんだか知らないけど、やたらと文句ばっか言っちゃあ、すぐに仕事を放りだす。そんな連中ばかりだったよ」


 国の三大重要地、その最重要地帯と言われるカリレスだが、その実態は、ただの大きな農業地帯でしかない。海が広がり山がそびえ、畑が広がり家畜が歩く。

 そんな場所なものだから、娯楽と呼べるものは皆無に等しく、買い物するにも、リユンの商人がたまに訪れるのを待つしかない。それもほとんどが農具や農業に関する商品ばかりで、子どもや若い子が喜ぶような品物はほとんど見かけない。本格的に買い物したいなら、それなりに距離の離れた、リユンか、城下町へ行くしかない。

 そんな、のどかで平和だが、刺激や遊び心に乏しい退屈な場所だから、ある羊農家の娘のように、実家を飛び出す若者も珍しくはない。飛び出した先で挫折して、恥を忍んで出戻ってくる若者たちも……


 そんな不便な場所で、それこそリムやファイが生まれるずっと前から変わらない、昔ながらの土地と農法を受け継ぎ、守ってきたことで続いた場所。それがカリレスだ。

 古かろうが地味だろうが、それで確かな結果を出してきたからこそ、昔から変わらない、外国にも通用する味と品質の食糧を生産、販売することを可能にしてきた歴史がある。


 そして、そんな農業の歴史も重みも、全く理解を示さない。どころか、見下し、バカにし、批判する。そんな人間はどこにでもいる。魔法という、便利な世の中にドップリはまった今時の世代ならなお更だ。


「なにを教えようとしても無駄だった……実際、昨日やおとといにアイツら見て、分かったろ? 仕事も金も、何もかも失くしておいて、なのにプライドだけは百人前な連中だ。助けてやろうとしても、それが当たり前のことだって勘違いして、助けられた先で楽ができるもんだってふんぞり返ってる。で、最後には何もしなくなって、クビだって言ったら暴れ出す。その時は、魔法騎士の子たちに助けられたけどね……襲ってきた連中の中にも、何人か見覚えのあるヤツらがいたよ。そんなことしてクビにして、どこかへ行っちまったヤツらがね」


 そんな連中でも少しはマトモに、マジメに働く程度の気骨があったなら、あるいはこんな事態になることもなかったかもしれない。だが、なまじ魔法という便利に過ぎる道具を生まれつき持っていて、使ってきた。社会に出た後も、仕事でそれらを駆使してきた。

 そんな連中が、慣れない農業をするしかなくなったあげく、今まで培ってきた魔法さえ使うなと言われれば、反感を買うのも無理ないことかもしれない。ストレスを解消したくても、娯楽も無く買い物さえ満足にできない場所に押し込められていたのでは、解消どころかますます溜まるばかりだろう。

 まあ、いずれにせよ、華やかな場所で、魔力が空になるまで、限界以上に酷使させられ、あげく三十歳を境に棄てられることと、地味な農業地で、魔法抜きの作業を、無理のない範囲で丁寧に教わりながら、働きによってはずっと使われるの。

 果たしてどちらがマシなのかは、人によるだろうが……



「…………」

「……女王さまって、子どもはいなかったの?」


 襲ってきた北端族の姿を思い出して、重くなり、沈んでしまった空気を変えようと、リムが話題を女王の話に戻した。


「ああ、いたよ。三人いたはずだ。末の子どもは見たことないけど、長女と次女の二人は、たまに女王さまたちと一緒にココに来てた。上の娘は落ち着いてて、二番目の娘はいつも楽しそうに笑っててね。二人とも、女王さまソックリな、褐色の肌に金髪の、可愛らしい娘たちだったよ」

「へぇ……」

「……国王様は、どのような人物だったのですか?」


 女王がどんな人物だったかは、今までの話でよく分かった。だから次に、国王のことを聞いてみたのだが……

 筆頭大臣に比べればマシ。そんな程度の、不機嫌な顔に変わった。


「いたけどね……バカ殿だったよ、アレは」

「バカ、殿……?」

「バカ殿」


 正確には、不機嫌というより、呆れ果てた、諦観のような、そんな顔だ。


「そのバカ殿も、女王さまに二人のご息女と一緒にココに来てたけどね。ただ女王さまにくっついてただけ。話をするのも、色々見て回るのも、全部女王さま任せ。やってたことと言えば、娘二人をなだめてただけ。とてもお国の上に立てるような男じゃなかったさ」

「疑問……それ自体は、よくある話なのでは? 要するに、お飾りの王だったのでしょう?」


 ファイの言った通り。国王や女王、国の頂点と言えど、実質的には無能の飾り。そう言った例自体は、その無能の名が歴史に残らず人々の耳に入らないというだけで、探せばいくらでも前例があるに違いない。

 むしろ、それこそ歴史に名を残すレベルのクズが頂点に立っている、今のこの国から見れば間違いなくマシな人物だったはずだ。

 なのだが、リタは神妙な表情のまま、首を横に振った。


「そうだね。アンタの言う通り、役立たずでも、ただのお飾りなら良かったんだ。所詮は、市井に生きてる人間の中から、たまたま王女さまと仲が良かったから結婚できただけのガキだったからね。実際、女王さまがいた以上、王にまで立派なことを望んでたヤツはいなかった」


 つまり、飾りでは済まないなにか……リタがこんな顔になるなにかをしでかした。それを理解した二人とも、黙って聞き入った。


「けど、本人はお飾りがイヤだったのか、王サマとして役に立ちたかったか知れないけど、女王さまの行く先々、全部についていっちゃあ、できもしない仕事に関わろうとした。政治でもそうだ。色々と政策を打ち出しちゃあ失敗して、それを女王さまが尻ぬぐいしてた。それも一回や二回じゃない。新しく開拓したっていう貿易先がとんでもない詐欺集団だったり、国のためにって輸入した魔法の道具がとんでもないゴミの山だったりねぇ……何度もダマされてるくせに、そこから学びもせず、やめようともしない、大バカ殿だったよ」


 そこまで話している時点でも、顔は不機嫌を維持している。そして、続きを話し出したところで、その不機嫌も頂点に達したらしい。


「で、一番やらかしたのがだ。あの女を筆頭大臣に選んだのは他でもない、国王だったんだよ」

「王さまが!?」


 リムも、そしてファイも、驚きに目を見開いた。


「いくら能無しのバカ殿でも、まさかここまでバカだったとは……女は女で、上手いこと国王に取り入ったのかもしれない。あのころは今よりマシな顔してたから、国王に色仕掛けを使ったんじゃないかって噂もあったけど……理由は今さらどうでもいい。つまり、この国をこんなに変えちまったのはクソ女だが、そのクソ女を一番偉くしたのが他でもない、国王だったってわけだ。で、クソ女が筆頭大臣になった後は、女王は病に倒れて姿を現さず、国王は失踪したってんだから。まったく、笑えないよ」

「失踪? 病没ではないのですか?」

「失踪だよ。年寄りはみんな知ってる。多分、対面的な理由で、病気で死んだってことにしたんじゃないかい?」


「…………」「…………」


 この国がこうなってしまった理由と原因を聞いて、リムもファイも、情けないやら悲しくなるやら呆れるやら。


「……全然知らなかった」

「ワタシもです……なぜ、今まで学んでこなかったのでしょう?」

「気にするこたぁない。学ぶ価値ないさ。こんな仕様もないこと」


 自分が生きている国の歴史と現実。それに対する無知と無関心。そのことに苦い思いを馳せる二人の若者に、リタは優しい声を送った。


「国の事情や実情なんて、普通、若い子たちや、まして子どもが気にすることじゃあない。二人はたまたま、そんな時代に生まれちまったってだけだ」


 ……いや、優しいというよりも、諦めや、投げやり、と言った方がふさわしいかもしれない。


「国のことを分かってなきゃいけなかったのは、私ら大人の義務さ……いや、分かってたんだ。女がおかしいことも、そのせいでこの国がおかしくなっていってることだって、アタシら全員、分かってた。それを、ただ見てるだけだった。今まで平和に慣れ切ってたから、その平和はずっと続く。今はおかしくても、またすぐ元に戻る。そう、根拠も無しに考えてた。そうやって止めもせず何もせず、ナァナァで生きてきた結果が、今のこの国さ。こうなってから苦労するのは、私らじゃない。その国で生きてく、アンタたち、子どもや若い子たちだってのに――」


 国を地獄に変えたのは、筆頭大臣のクソ女。そして、それを止めようともせず傍観しかしてこなかった、自分たち年寄り世代。

 その結果、意味のない苦労を押しつけられたのが、自分たち以外の、見捨てられたその他大勢。そして、その怒りを一身に受けているのが他でもない、リムやファイたち若い世代。


「…………」


 今や、国内のほとんどの年寄りが見捨てられている現状の中でも、たまたま生まれや家族、仕事にも恵まれたことで、この歳までヌクヌク育ってきた。そんな目先の幸福にばかり目を向けて、国家規模のことなんか、自分に関わりはないと目を背け……


 もちろん、それだけのものを手に入れるために、楽をしてきたつもりはない。

 国内はもちろん、国外にも通用する食料を作ること。その責任と、覚悟と、努力。若いころはそれらの価値も分からず、背負うことが煩わしくて、逃げ出したいと思ったことは何度もあった。

 仕事中での失敗の数々。戦争の前後による混乱。今ほど魔法騎士たちが護っていなかったころ、せっかく育てた農作物が、収穫を前に一つ残らず泥棒に盗まれたことだってある。

 そんな数々の苦労をしていきながら、それでも逃げ出さず、手に入れることができたのが今の幸せだ。


 苦労も、挫折も、失敗も、人一倍してきた。だから、多少の楽は許される、人より幸せになる権利がある……

 そんなふうに、知らぬ間に勘違いしていたらしい。

 苦労をすることが偉いんじゃない。今のこの国には、そんな苦労を知る機会さえ得られない、そんな人間たちが大勢いるっていうのに……



「そんな顔をなさらないでください」


 自分と目先のことしか考えず、この国をこんな有様に変えた。そんな責任を感じて落ち込んでいる。そんなリタに、毅然と声を掛けたのは、ファイ。


「リタさんの責任ではありません。アナタも……誰も、悪くありません」


 顔は、いつもと同じく無表情でいる。だが声には、いつもの涼しさとは別。重さと、哀愁を含ませて。


「同類……みんな同じです。今がどうあれ、生きていくしかない。誰もが力を尽くしたいと思っている。しかし、気がつけば、楽な方を選んでいる。それが間違っているとは限りませんが……間違っていると気づくのは、いつだって、事が起こった後です」


 そんな哀愁の中には、リタと同じ、責任を芽生えさせていた。


「同意……ワタシもそうでした。魔法騎士になった後は、ただなんとなく、生きてきただけでした。護るべき国民の皆さんに蔑まれても、そういうものだと受け入れて、その理由を、深く知ろうともせず、学ぼうともせず……国民たちの怒りの理由も、この国のことも、ただなんとなく聞こえてくる情報だけに耳を傾けて。それで知った気になった後も、なんの行動も起こそうとしなかった。したところで意味などない……違う、それをするだけの気概さえ、懐こうとすらしなかった」


 今や誰もがなることができ、なった後も、適当にやっていれば三十歳までの人生は保証されている。その先のことなんか考えるだけ億劫だから、与えられた仕事だけをこなした後は、ただ適当にやり過ごしていた。

 そんな自分が、今さら国を嘆くことも、国民たちを憐れむことも、資格があるとは思わない。


「それでも――」


 それでも、たとえ今さらだとしても、国を護るのが、魔法騎士の仕事だから。


「たった今、カリレスと、カリレスで生きているアナタ方を護ること。それが、ワタシたちの仕事です――」



 ピカァッ――



 と、ファイの言葉の直後、三人と、カリレスを、巨大な白い光が照らしだした。


「魔法の灯……!」

「とうとう来たか――」


 城下町と同じ。敵の襲撃を報せる合図として、魔法の灯は選ばれ、使われていた。


「リタおばあちゃんは、早く家に帰って」


 リムがリタに語り掛け、リタも即座に従う。戸締りと家から出ないこと。背中に向かって呼びかけた後は、すぐさまファイと向かい合った。


「ココはわたしが残りますから、ファイさんは行ってください」

「リムさん……けど、アナタの魔力は――」

「はい。そんなわたしが言っても、足手まといになります。けど、今はカリレスを護るために、戦力は多い方が良いでしょうから。だから、戦えるファイさんは、敵が来るかも分からないこんな所にいるより、みんなが困ってる場所へ行かなきゃダメです!」


 確かな使命感、そして覚悟。


「同意……」


 それらを感じたリムの顔を見て、ファイは、その両手を握りしめた。


「約束……必ず戻ります。それまでどうか、ご無事で」

「は、はい。ありがとう、ございます……」


 ファイの行動と、残した言葉にややとまどいを感じつつ――

 そんなリムの返事を聞いて、ファイは懐の革袋から愛用の箒を取り出し、飛んだ。



(誰が悪いとかではない。ただ、誰もが同じように生きている。それだけだ)


 リタの話を聞いて。そして、自分の今日までの生き方を振り返って。理解する。


(苦労を選び、力を尽くすことも生き方。楽を選び、適当に過ごすことも生き方。それ自体に、正しいも誤りもない。あるのは、そうして選んだ生き方の果ての結果のみ。そこに国や、国民の在り方など関係ない――)


 もちろん、国の時世とか、情勢とか、自分自身の力ではどうにもならない理由で、それらを選ぶことさえできない場合も大いにありうる。そうして苦しんできた大勢の人間が、こうしてカリレスに攻め込んできているのだから。

 そんな理不尽を怒りに変えることも、そこに至るまでの生き方の結果。今カリレスに攻め込んできた、北端族や浮浪者たちの生き方の果ての結果だ。

 そして、そんなカリレスを護ることを選んだ自分も、今、今までの生き方の果ての結果を得ようとしている。


(ただなにもせず、なんとなく生きてきた……そんなワタシでも、生まれ故郷や家族、それに、こんなワタシをいつだって信じてくれた、愛する妹を護りたい。その程度の感情はある)


 六日前、葉介の凶行を目の当たりにし、それをキッカケに、感情の在り方がすっかり別になってしまった双子の妹。

 実は、あの時少しだけ、嬉しさを感じた。いつだって、自分のマネをして、自分についてくるばかりだった妹が、初めて自分とは全く違う感情を懐き、兄に向かって意見した。

 大げさかもしれないが、キッカケがどうあれ、兄離れの傾向を見せた妹の成長は、兄として嬉しかった。

 そうしてやっと成長した妹と、そして……


(そして……いつだって自信が無いようで、故郷とそこに生きる人々のことを、人一倍案じ、そのために全力を尽くそうとしている。そんな女性を、放っておくわけにはいかない)


 なぜ、妹や関長以外の女性を、こんなにも意識しているのかは未だに分からない。

 それでも、放ってはおけない。守りたい。

 たった今、置いていかざるを得なかった、若い後輩の顔を浮かべつつ……


(勝ち、そして、護ってみせる。カリレスを……リムさんを、()が――)


「――【光弾至(コウダンシ)】ッ」




「全員、持ちこたえて! 魔力が残り少ない人は下がって【結界】を張って!」

「数を相手にしちゃダメ! 一人ずつ確実に仕留めて!!」

「一人もカリレスに入れるな! カリレスを護るんだ!!」


 打ち上げられた魔法の灯に照らし出された、カリレスの上空。

 出入口の全てが巨大な土の壁に遮られたことで、敵は空から来るという予想は誰もが立てていた。なので、箒に乗った第1関隊が中心となり、空中を見回っていると、予想した通り。敵はどこからかかき集めてきたらしい、魔法の箒や絨毯に乗ってやってきた。

 さすがに、決して安いわけじゃない箒や絨毯の数の都合上、飛んできているのは集まったうちの、ほんの一部だけ。それでも、今このカリレスを護っている魔法騎士たちの、軽く見ても三倍から四倍の数の人間が押し寄せていた。


「あぁああああ!! 【光弾】! 【光弾】【マヒ】【マヒ】【光弾】!!」

「落ち着け! ヤケになるな! ヤミクモに撃って当たるわけがない!」


 だが、ヤケになるのも無理はない。どうやら、乗り物の箒や絨毯には、あらかじめ特殊な【移送】の魔法が施されているらしい。そのせいで、いくら【光弾】で落とし、【マヒ】させて人間を倒しても、直後には瞬時に地上の人間たちの方へ戻っていく。戻ってきたそれに乗って、また別の人間が襲ってくる。そのせいで、全く空の人数が減らない。


「地上にも目を向けて! 壁を壊されたら一気に流れ込んでくるわ!!」


 彼女らの言う通り。箒や絨毯に乗ってくる連中も当然脅威であるものの、ちょっと下に目を向ければ、空中なんか目じゃない、大群が壁に押し寄せて、その壁に向かって攻撃を仕掛けていた。しかも――


(最前にいるヤツは、壁に杖を着けてなにかしてる。【土操作】で壁を崩してやがる……!)


 気づいた者もあえて声には出さず、思考にとどめていた。

 さすがに【土操極】で作られた壁の対処には時間がかかるだろうが、それも時間稼ぎでしかない。わざわざ全部壊さなくても、人が複数人通れる穴を通してしまえば済む。

 最前列にいる、おおよそ二十人近く。それだけの人数が集まって、硬くて厚く巨大な壁でも、そんな穴を通すだけなら、一時間か、三十分か、あるいは十分――


(なんとかして、アソコへ行って対処しねーと……ムリだ! 箒に乗ってくるコイツらの相手もそうだが、あんな人数を、一度に相手にできるわけが――)


 いくら戦うための魔法があっても、それは基本的に一対一。多対一の場合でも、せいぜい十人もいないくらい。その程度の人数なら、少なくとも第一で負ける人間はいない。

 だが、それが三桁を超えるとなると、こっちも人数をそろえないと勝ち目はない。

 二日前は、この人数で団結できたのはもちろん、多いと言っても十数人単位が途切れ途切れにやってきたから対処することができた。

 だがそれも、今みたいに、一度に三桁越えの人数が一度に押し寄せられては、すぐに押し返され、倒される。

 なにより、そんなことをしている間に、箒で侵入される。


(ココ)を守らないと、箒で侵入される……だが、地上を放っておいたら、壁を突破される――)


 目の前の箒か絨毯を対処した者は、地上に向かって攻撃もしている。だがそれもすぐ、新たに襲ってきた箒や絨毯の相手をさせられる。


(ダメだ! 今いる人数じゃ、(ココ)を守るのに精いっぱいだ――)


 どれだけ考えても、今の事態を好転させるような方法は浮かばない。


(――覚悟を決める時か?)


 今、(ココ)にいる者たちにも、限界が近い。第一、いくら空を守ったとしても、地上の道が開けた瞬間、自分たちなんか無視してカリレスに入り込む。

 残った住民たちも皆殺しにされて、大切な畑も牧場も、好き勝手に蹂躙されるだろう。


 それを、防ぐ方法なんて――


(だが! それでも最後まで、カリレスのために!!)


 勝ち目はない。作戦もない。なのに戦っている理由は、彼自身も、彼女ら自身も、ハッキリ言って分からない。城でもそうしているように、逃げ出しても多分、文句を言われる筋合いはない。

 なのに……このままカリレスを見捨てて逃げることだけは、どうしても、したくはなかった。


「おおおおおおおおおおお!!」


 もう何十人目になるかも知れない、向かってくる箒に向かって杖を上げ――



 ――【光弾至(コウダンシ)】・(アラレ)



 呪文を叫ぼうとした瞬間だった。

 彼の前、どころか、(ココ)にいる魔法騎士らの前を飛んでいた連中、全員が、なにかにぶつかったかのように下へと落ちていった。


「これは……」



「地上は俺が――」



 聞こえてきた声と同時に、一瞬で通り過ぎてしまった。そんな紫色の姿をとらえた直後……すぐさま白色たちの前に、新たに敵が飛んできた。




 ファイが常に思い浮かべてきたのは、双子の妹の顔だった。

 生まれた時から一緒にいて、なにをするにも一緒だった。だが、自分から考えて行動できる兄に対して、大人しい妹は、家族や周りの人間の顔色をいつもうかがっていた。そんな妹が行動するのは、いつだって、兄が行動して、それが正しいと分かった時だった。

 それを理解した兄は、妹が間違えないようにと、自分が妹の手本になることを決め、心掛けてきた。


 そしてそれは、今も同じ。

 ある程度は自分でも考えているようで、行動する時はいつだって、兄を基準に考えていた。


 だから俺は――ワタシは常に、正しい人間であろうとしてきた。

 言葉遣い。礼儀作法。姿勢。身だしなみ。そして、魔法も。

 だから、独自に鍛えて身に着けた魔法も、人前では使わず、妹にさえ話したことはない。


 なぜか――危険だからだ。



「ぐおッ!」

「がぁッ!!」


 集まった北端族やチンピラと、土の壁との間に突然降ってきた紫色。

 晴天の空を思わせる水色の髪の毛をしたそんなガキが、たった一人で降りてきたのを見た時は、全員が笑った。だが、笑った次の瞬間には、笑っていた人間、十数人が一度に後ろへふっ飛んでいった。

 杖を向け、呪文を呟く。彼らにとってもお馴染み以前の動作だ。だから今までと同じく、飛んでくるであろう魔法の攻撃を、【結界】だったり魔法で防ごうとした。

 が、どれだけ防ごうとしても、気がついてみれば、壁に対して【土操作】を行っていた全員。それ以外の、前にいた人間全員。ふっ飛ばされて。降ってきたガキの、半径五メートルばかりの範囲に、人は一人もいなくなった。


「リムさんが作った土の壁を……お前たちが穢すな――」


「ざっけんなクソガキがぁあああ!!」


 離れていた誰かが、【身体強化】で強まった脚力で飛び出した。それに吊られた複数人と、ファイを袋叩きにするつもりだったようだが――


「――ッ」


 ファイが呪文を呟いた。その瞬間、飛び出した複数人、全員が後ろへふっ飛んだ。


「なんなのよコレ! なんの魔法なわけ!」

「落ち着け! さっきからふっ飛んでるだけだ! ケガするほどじゃねえ!」

「じゃあお前行けよ! 行ってぶっ倒してこいよ!!」

「なんだとコラァ!?」


 ファイの放つ見えない攻撃に、怖気づき、仕舞いにはケンカを始めてしまう。


愚騃(ぐがい)……だが確かに、多人数相手には使えるが、威力が弱いのも事実)


「どいて……オラ、どきなバカども」


 と、言い争っている輩の間を縫うように、女が一人、出てきた。


(デカいな……)


 遠くから見れば、スタイルの良い美女に見える。だが、目の前に立った身長は、周囲の男や、ファイと比べても、頭一つ、二つ、三つ……間違いなく、二メートルは余裕で超えている。

 そんなデカ女は前に出てくるなり、何を言うでもなく、魔法を使う様子もない。ただ歩いているだけの、スキだらけ……


「――ッ!」


 だから当然、今まで通り魔法でふっ飛ばそうとした。


「ぐぅ……ッ」


 だが、女は両手で顔を覆って、全身に力を込めて……多少後ろに下がった程度で、その場に踏みとどまった。


「やっぱりね……」


 理解した。そんな不敵な笑みを見て、ファイは怖気を覚える。


「アンタたち! こりゃあただの【光弾】だよ! 小さくてよく見えないだけ!」

「【光弾】!? マジかよ!?」

「マジだよ! 【硬化】しながら【感覚強化】で確かめたから、間違いねぇ! 【光弾】をめちゃくちゃ小さくして撃ってる。それだけだ。【硬化】で固めりゃ痛くないよ――」


 それ以上余計なことを言われる前に、【光弾】をぶつけてふっ飛ばす。だが、すぐ立ち上がった。


「人がしゃべってる邪魔しちゃならねーって、親から教わらなかったのかい? えぇ!? 税金泥棒ぉぉおおおおおおおおお!!?」


 叫ぶと同時に、ズンッ、ズンッ、と、【硬化】した身で近づいてくる。


「黙れ……お前に教育を説かれたくはない――ッ」


 だがファイも、そんな女の身に【閃鞭】を巻きつけ、遠くまで投げ飛ばした。


「おい聞いたか? 【硬化】だ【硬化】!!」

「【硬化】してぶっ殺せぇええええ!!」


 もちろん、そんなことくらいで集まった連中が止まるわけもなし。


(窮地……)


 デカ女が看破した通り。ファイが使ったのは、本来ならバレーボール大ほどの【光弾】を、限界まで小さくしたものだ。思いつきでやってみたら本当に小さくできたから、その魔法を(アラレ)と名づけた(実際は、さすがに霰ほど小さくはなく、ビー玉大くらいだが)。

 やや繊細な魔力の操作が必要ではあるものの、当然、一つ作る際の魔力は極少量になる。だから【光弾】一つ作る魔力で、数十個の霰を作り出すことができる。

【光弾】の名前の通り、光ってはいるものの、元々大した光度でもなく、小さい分、光度は更に弱い。真夜中の真っ暗闇ならともかく、昼日中や、夜でも今のような、魔法の狼煙の残滓や、無数の魔法の灯に照らされている場なら、普通はまず見つけられない。

 これを飛ばしてぶつければ、一つにつき、人間一人をふっ飛ばすことはわけない。

 だが、確かに露払いには最適なものの、女が言ったように、普通の【光弾】に比べれば威力は当然落ちる。相手をふっ飛ばす程度の威力はあるが、それ以上の効果は望めない。


(理解……そうか。あんなに強いヨースケ殿が嘆いていた理由は、こういうことか)


 デスニマ相手にはとても使い物にならず、かと言って、人間を相手にしても、不意打ちや初見の相手にこそ有効だが、正体を知られ、対策を立てられれば、それまで。

 こんな状況になって初めて、葉介が自身の知る技に嘆く理由を、本当の意味で理解することになったのだが……


 新たに得た気づきはさておいて。本音を言えば、あと一人か二人、地上で一緒に戦ってくれる人間が欲しかった。

 だが、空の敵も人数が途切れることがなく、一人減れば、それだけで侵入を許してしまいかねないほど切迫している。だから一人でやると言った。

 集まった連中全員が、霰の正体にも気づかないバカどもである。そんな、ありもしない望みに期待して――


「覚悟……やってやる!」


 控えめに言って、大ピンチだが……


「俺のやることは変わらない。この程度の窮地、ヨースケ殿なら、余裕で打破できる――」


 葉介本人が聞けば、間違いなく「できるか!?」と叫び出す、そんなことを独り言ち。


「俺だって、ヨースケ殿みたいに……そして――」


 カリレスを、妹を、そしてリムを、護るために――



「オォォラアアアアア!!」「ァァアアアアアアア!?」

「ウオオオオオオオオ!!」「ガアアアアアアアア!?」



 向かってくる、硬くなった連中に向かって杖を向けた――



 ――【光弾至(コウダンシ)】・(いわお)



 ファイが魔法を撃とうとした瞬間。向かってきた連中の頭上から、巨大な白い光が降ってきた。それが、前にいた連中全てを押しつぶし、倒してしまった。


「一人で戦うなど、水臭いです」


 そんな声と一緒に、箒から地上に降りた少女は、呆然としている兄に向って笑いかけた。


「共演……わたしたちは、常に一緒です」


 ほほ笑みと共に、掛けられたフェイの声に……ファイもまた、小さく笑みを浮かべた。


「俺の背中を任せてもいいか?」

「俺?」


 聞き返してきた声に、ファイは慌てて口を手で覆うも……フェイはすぐさま、ファイの背後に立った。


「任せてください……ファイこそ、わたしの背中を護ってください」


 お互いの言葉を聞いた双子とも、お互いの背中を合わせ、杖を構えた。



「参戦……ここは、わたしたちの故郷です」

「臨戦……俺とフェイが、全員倒す!」





国王と女王って共存できたっけ?

知ってる人は感想おねがいします。

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