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第3話  弟子、初日の夜

「確かに不味い。この魚……塩が無きゃ食べてられない」


 だいぶ前に陽が沈み、夜になり始めの時間。葉介が獲った魚の一匹を食しながらのミラの一言。


 葉介が頼んでおいた、塩やら、アレやコレやをミラが持ってきたのは、夕暮れからしばらく経った時。

 その時にはすでに、葉介は川で魚を捕まえていて、焚き火の準備も始めていた。

 そこへ、待ち焦がれた塩が届いたことで、ようやく夕飯の準備。

 しめて内臓を取り除いた魚に塩をまぶして、それを細長い木の枝にぶっ刺して直火焼き。

 昼間に採れた野草は、小屋で見つけたバケツの水にさらしておき、河原の石で作った即席のかまどで鍋に張った水を熱して、沸騰したところにぶち込んだわけだが……


「んん……苦い。それに、何だか口の中、ピリピリする……」

「灰汁が残ってたか。まあ、大ざっぱにあく抜きして適当に茹でただけだしね……けど、贅沢は言ってられん」


 葉介も、茹であがったフキノトウ(?)をかじり、顔をしかめていた。


「塩いる?」

「いる……」


 渡す。


(なんでだろ……今朝、ヨースケが食べてる時は、すごく美味しそうだったのに……)


 そんな不思議を考えつつ……それとは別の、不思議と思った質問を尋ねることにした。


「……そう言えば、塩と一緒に持ってきたあの壺、何に使ったの? 水と塩と、魚入れてたけど」

「あれ? 干物にする」

「ひ、も、の?」

「干物。内臓を取った魚を塩水にしばらく漬けた後、開いて風通しの良い場所に干して乾燥させたら、保存食になる。干し魚って言えば分かるかな?」

「……そんな調理の仕方あるの?」

「この国には無いんか? 俺のいた世界じゃ、ありふれた知恵なんだけどね。わざわざ実践するかは別にして……」


 小屋の前に置いてある、やや大振りな壺の説明を終えて、また魚を一口。塩味の効いた身の中から、小骨を取り出し、火にくべる。


「……塩、もっと持ってくる」

「……てか、ミラはなぜ夕飯ご一緒してる?」

「……迷惑だった? お前からしたら、貴重な食糧もらってるわけだし」

「別に迷惑じゃないさ。ただ、お城でもっと美味しい食事が食えるだろうに、どうしてわざわざこんな不味い食事に付き合ってるのかなと……」


 葉介の素朴な疑問に、ミラは口の中の野草を飲み込み答えた。


「深い理由はない。師匠として、弟子の食生活を知っておくのも重要」

「ただ原始的なだけの食事が、知ってて面白いか?」

「原始的なの、貴重」


 魚一匹を平らげて、骨も棒切れも焚き火に放り投げる。その焚き火をジッと眺めながら、続きを語り出した。


「今の若い連中で、こんなふうに、自分で食べ物を捕まえて、自分で料理して食べるってヤツ、中々いない」


(お前は若くないんかい……)


 メアから聞いた、ミラの年齢を思い出しつつそう思う。もっとも、今言った若い連中というのが、ミラ自身を含めたことなら、あながち違和感はないが……


「今時、金さえ払えば、食べ物は簡単に手に入る。調理とか処理とか全部された状態。一日三食、食堂に行けば用意されてる魔法騎士たちなら、なお更」


(俺のいた世界と、そう変わらんな……)


 この城に来る時に見かけた、城下町? のことを思い出した。

 馬車から眺めた程度ではあるが、確かに栄えていたし、家や人、店も豊かに見えた。


「けどそれは、それだけのことしてもらえるだけ、毎日働いてるってことじゃねーの?」

「そうでもない。この国は長い間、ずっと平和が続いてる。だから、わたしたちも仕事はほとんど無い。名前とか見た目は格好よく見えるけど、ハッキリ言って、今じゃ魔法騎士団の存在意義自体、疑問……」

「平和なら良いことじゃない。それで魔法騎士団がいらなくなって失業するのなら、それこそ夢が叶ったってことだろうに」

「それは……まあ、そうだけど。わたしが生まれる前は、戦争とかで大変だったっていうし……」

「…………」


 この世界の歴史なんか、最初から興味はない。だから、それ以上追及はせず、二匹目の魚にありつく。


「ただ、料理に限らず、魔力と魔法が見つかって、誰でも扱えるようになった今じゃ、火も水も簡単に手に入る。こうやって焚き火したり、川の水汲んできたりするヤツ、今は少ない」


(焚き火はマッチ棒だし、小屋の目の前が川だから、汲んでくるも何も……)


「平和なことや、豊かなことは、悪いことじゃない。むしろ、良いこと。けど、魔法が栄えたせいで、人間が段々弱くなっていってるのも事実……」

「平和と豊かさがあるなら、そうなるのも必然だろうね」

「けど、それだって、永遠に続くものとは限らない」

「それはまあ、確かに。壊そうと思えば簡単に壊せそうだけどね。魔法があるんだし」

「壊されたとしても、魔法がある内は、まだ良い。でも、その魔法も無くなった時、最後に頼ることができるのは、自分の体、一つ。師匠もそう言ってた」

「ほー……師匠がね」


 ミラの師匠……何となく気にはなったが、今の話にはそれ以上に、気になる部分がある。


「魔法って、いつか消えたり、使えなくなるもんなのか?」

「一日に使える魔力には限りがある。魔力が切れたら、それまで……それに、見たことはないけど、歳を取ると、魔力は減っていって、いつかは使えなくなる、らしい」


(あらま……)


「師匠も言ってた。魔法に頼り切りになって、肝心の自分自身を鍛えてなきゃ、いつか痛い目に遭う。体を鍛えるのは、魔法を鍛えるのと同じか、それ以上に大事……」


(そりゃあ、当然だ……)


「けど、そう思ってたの、師匠だけ。他の連中は、魔法だけ鍛えて、それだけで強くなったつもりでいるヤツらばっか。体を鍛えるなんて疲れること、絶対しない。魔力が切れた時のことなんか、考えたことない顔してる」

「確かに、そりゃあ問題だ……」

「師匠の後を継いだ、わたしの部下になりたいって言ってきたヤツらも、そんな連中ばかり。部下にさえなれば、わたしみたいになれるって、そんな甘い考え持ってるヤツばっか」

「なれないのか? 部下になっただけじゃ?」

「絶対なれない。見たら分かる。全員、マトモに汗流したことも無さそうなヤツらばっか。長続きしないの、目に見えてる」

「ただ育てる気が無い言い訳じゃなくてか?」

「…………」


 最後の葉介からの指摘に対しては、黙ってしまった。


「とは言え、基礎ができ上がってもないくせに、技術だけ学ぼうとしたって、物になるわけもないってのは、確かに同意できるけどね」


 体を鍛えるうんぬんに限らず、大抵のことに言える常識だ。


「だから探してた。わたしの弟子……部下になりたいなら、毎日大汗掻いて、毎日痛い目に遭うだけの覚悟してでも、わたしのこと目指して鍛えられるヤツ……そんな時出会ったのが、お前」

「若い連中がその体たらくなら、魔法も使えない、こんなチビの小汚いおっさんでも、いないよりはマシってわけか」

「…………」


 ミラとしては、弟子としてふさわしいと評価しての言葉のつもりだったのだが、茹でた野草にありつきながら返された葉介の皮肉に、何も言えなくなってしまう。


「とは言え……お前さんのスタンスは、よぉ分かった」

「すた……?」

「どの道、魔力の無い不審者として捕まってる俺には、選択肢は無い。でしょ?」

「それは、まあ……」

「どうせ、他に行く所も無い。なら、俺はミラの弟子って役割を果たすだけさね。それしかすることも無いことだし、帰り方だって分からんし。別に帰りたくもないけど」

「…………」


 結局、皮肉で返されてしまう。もっとも、昨日出会ったばかりで、更に言えば、昨日この世界にやってきた、らしい男からすれば、自分の思いや志、考え方、信念、こだわり……そんなものは実際のところ、関係のないことだろう。

 だからそれに共感するでもなく、ただ、与えられた役目を果たすだけ。

 葉介と同じく、ミラも、目の前で食事する弟子のスタンスを、よく理解した。



「ごちそうさまでした」

「ご、ち……?」

「それで、明日もやることは今日と同じかい?」

「そう。しばらくは、わたしが相手して修行を……」



「いたいた! ミラっちー!」



 夕飯を平らげ、会話を始めようとした二人の耳に、陽気な声が響いてくる。

 若く幼い、このキーキー声は……


「メア……」

「メアや……」


 二人が同時に呟いて、同じ方向を向くと、思った通り。黄色の騎士服が歩いてきた。


「なにごと? 関長の招集?」

「ううん? ボク個人の用だよー」


 無表情なミラの問いに対して、表情豊かで陽気に返す。そんなメアは、視線をミラから、葉介に移しつつ、話した。


「ちょっと貸してくんない? このおっさん」

「貸す? どういう意味?」

「明日、ウチの連中連れて野外訓練に行くんだけど。おっさんも連れてっていい?」

「野外訓練……」


 大して鍛えないという割に、そういうことはするんだ……

 そう感じている葉介の前で、二人の会話は続いた。


「……コイツ、まだここ来て一日目。魔法も使えないし、修行も全然つけてない……」

「大丈夫。今朝森で会って一緒に歩いてみたけど、このおっさんの体力なら十分ついてこられるっしょ」

「……そう思うなら、まあ、いいけど」


(いいんかい……)


「ただし、わたしも行く」

「オッケー」



 それから、二言三言簡単に会話した後で、メアはそのまま去っていった。


「……いいの? お前さんも言ってたけど、俺、修行と言えるほどのこと何もしてねーし、そもそも魔法だって使えんのぜ?」

「ん……どうせ、修行っていってもすることは一緒。ただ、体鍛えるだけ」


(それ言ったら、もう終わりやろ。この話……)


「それに、よく考えたら、良い機会……」

「なにが?」

「魔法騎士っていう連中が、どんなのか知れる、良い機会……」


 その一言を最後に、立ち上がった。


「わたしはもう、帰る。後は好きにしていいけど、しっかり寝る。明日、起こしにいく」

「はいな。よく分からんが、明日もよろしく」


 そうしてミラも、そのまま去っていった。



「さて……とりあえず、干物の魚、風通しの良い場所に干して、その後は筋トレかな。明日もあるから控え目にしとくとして……」


 焚き火を消しつつ、明日やるらしい野外訓練とやらに対して感じる、戸惑いやら、多少の不安やらを、今やることを声に出しながら、葉介は明日に備えた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……ふあっ、あ~ぁ……」


 元いた住まいのフローリングとはまるで違う、床板の感触を布団越しに感じつつ、目を覚ます。

 昨日ずっと感じていた筋肉痛は、だいぶマシにはなっているが、目覚める度に感じる硬い床板の感触は、もうしばらく慣れが必要らしい。

 腰を上げて、立ち上がる。軽く体をひねって、手足を伸ばす。


「朝飯の準備や……」




「おはよう……」

「おはよう、ミラ……」


 ちょうど、魚を食べ終えたタイミングで、ミラが川の前までやってきた。


「昨日より遅くない? 起こしに来てくれるんじゃなかったん?」

「起こしには行った。けど、起きてるのは見えてた。だから、食べ終わるの待ってた」

「そっか。それは待たせてしまって悪いことした……」


 会話をしつつ、焚き火を消す。


「それで、野外訓練とやらは、いつ出発する?」

「……まだ時間はある」

「そう。じゃあ、一回くらいは修行できるわな」


 腹も膨れ、ある程度することは昨日のうちに終わらせておいた葉介は、余裕な様子でそう切り出した。


「修行する気? 今から?」

「修行せん気? 今さら?」


 質問を、質問で返してみると、ミラは頷いた。


「じゃあ、ついてきて」

「はいな……」




「おっはよーみんなー!」


 ミラとの修行(約22分ほど)を終えた後で、ちょうど時間になったこともあり、すぐに着替えて集合場所へと合流する。そこにはすでに、メアの部下らしい、黄色の騎士服を着た、若い男女が40人以上、集まっている。


(部下って、こんなにいたの……)


 実際、大きな組織の中の、舞台の一つと考えれば、それも当然だろう。

 ここに来て、部下が一人もいないという、ミラの現状がどれだけ異常なことなのか。今さらながら、葉介も理解できた。

 そして、理解した後で、どうやら全員が揃ったらしく、メアが前に立ち、部下たちに声を掛けていた。


「んじゃ、昨日言ってあった通り、今日は、みんな大好き野外訓練に、行っくよー!」


「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」

「…………」「…………」「…………」「…………」


 笑っている人間は、一人もいない。特に笑う場面でもないだろうが、少なくとも、その野外訓練とやらが、部下の皆さんにとってはあまり好まれていないことが、顔を見れば葉介にも分かる。


(何させられるのやら……)


「それでね、今日はボクの第4関隊のみんなと一緒に、第3関長のセルシィと、第5関長のミラっちと、昨日ミラっちの部下になった、このおっさんもご一緒してもらうからねー」


(あーあー、部下への紹介までおっさん呼びかいな。まあ、名前覚えてくれてんのかも怪しいけど……なんて、俺が言っちゃアカンわな)


「お、お願いします」

「ん……よろしく」

「…………(ペコリ)」


 部下たちの前に立つ、メアの隣に無理やり並ばされた三人が、順に声を上げ、葉介だけは、声を出さずお辞儀だけした。

 特に言うべき言葉も思いつかないし、ミラもメアも何も言わない以上、何かを言う理由もない。


 それに、何かを言うまでもなく、目の前の連中の視線が、目付きが、言いたいことを訴えている。



(あれが、ミラ様が、唯一部下にしたって男か……)

(ただのチビのおっさんだろう?)

(そこまでデキる男にも見えないが……)


(よほどの魔法の才能でもあったのか? 杖は持ってないようだけど)

(背は低いけど、どう見たってメア様やセルシィ様より年上じゃない……)

(ていうか、何あの格好? 仮にも私たちと同じ、魔法騎士でしょう?)



 そして、そんな視線を受けている葉介もまた、そんな心の声を無視しつつ、目の前に並ぶ若い連中を、昨日のミラや、メアの言葉を思い出しつつ眺めてみた。


(なるほどなー……確かに見た感じ、ミラやメアが言ってたことも、あながち大げさとは言えんかもな)


 昨日見たのは、たった五人だけ。五人とも、ワザとらしいほどイケメンな美男美女だった。男は五人中二人だけだったが、二人とも、葉介よりはるかに背が高かった。

 そんな二人に加えて、目の前に並んでいる連中。女よりはるかに少ない男の全員、服の上からでも分かるくらいに、手足は細く見える。

 胸や腹には、相応の凹凸がうかがえるが、よっぽど鍛えてボクサーやマラソン選手並みに引き締まっているわけでないなら、普通に痩せているんだろう。


 横目にチラリと、関長たちも見てみた。ミラは、一見華奢にも見える小さな身体にも、必要なだけの筋肉が身に着いているのが分かる。ミラほどではないが、メアにも。

 だがセルシィは、露出の少ない服の上からでも分かるほど、バストやヒップが突き出ていて、ウエストは程よい肉付きでくびれている。ただそれだけ。

 格闘TVゲームでもあるまいに、女性としてセクシーなだけで、明らかに戦うための、騎士と呼べる人間の身体とは違う。

 男よりはるかに多数派な、女騎士の皆さんの身体もそんな感じだし、今思い出すと、シャルもそんなふうだった。


 何年も鍛えているのに、腹にも内ももにも贅肉が揺れている葉介には、むしろ羨ましいかぎりなのだが……


 そこまで思考した後で、これ以上は考えても仕方がないと結論づけた葉介は、早々に別のことを思考した。


(しかし、他の連中の全員が全員、ちゃんとした騎士服な中、俺だけ黒づくめの普段着にパーカーってのは、さすがにいかがなものか……)





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