第6話 怒りの炎と龍の舞
ルティアーナ城内の北側。
葉介がいつも、訓練や、薪や食料を探しに入っている人工の森の、更に奥。
傾斜は多少緩やかではあるが、切り立った崖になっていて、下を見下ろせば、この城を囲む広大な外森が、西側や東側以上に近く広がっているのが見える。
かつては、水源が湧き川の流れる小高い丘を中心に広がる巨大な樹海だった。そんな丘の上に、こんな小さな島国ですら争いが絶えなかった時代、簡単に敵に攻められない場所として城が建てられ、その城の周辺を伐採、切り開いて、南側に広がる土地は城下町として発展していった。
結果、かつては森の一部だった丘――城と、残った森――外森との間に、かなりの距離が広がった。
それだけの距離に加えて、外森を境に城と城下町全域に掛けられている【害獣除け】の魔法もあり、普段外森に生きている害虫・害獣、デスニマ等が、城はもちろん、城内に敢えて残された森や川、城下町へ侵入することは基本的にできない。
もちろん、人が使う魔法なので、故意でないにせよ穴ができる時はある。
毎朝新しくかけ直す際のわずかなスキマ時間に、たまたま魔法の壁近くにいた動物が入り込むこともある。
子どもが動物を拾ってくることもあれば、そうして入ってきた動物に、虫がくっついている時もある。
今回のデスニマのように、悪意ある人間がわざと入れることもある。
そういうことが無ければ、いくら城の内外に森があると言っても、王族や、城に生きる者たちの癒しの空間として残された森に、動物や昆虫が発生するという事態は起こりえない。
葉介がこの世界に来てからしばらく、そこそこ広い森が目の前にあるのに、川からの魚しか獲れず、野生動物や昆虫と言ったタンパク質に恵まれなかった理由がそこにある。
「草と魚ばっかりじゃ、骨になっちまう」――シマ・ヨースケ談
そして、丘の上とは言え、城を建てることができるだけの広い面積に残された森は、外森から見上げても一部とはいえ、余裕で視界に入ってくる。
そんな森を、外森から見上げる男が、約一名……
「ちくしょうッ、どうなってやがる……!」
悪態をつきながら、高くそびえた丘の上に広がる森と、その森の木々の上から一部が見える城の背を見上げる男の左手には、魔法の麻袋が握られている。そして右手には、羅針盤によく似た、小さな板が握られている。
この日のこの襲撃のために、男が用意した、仲間の位置を知らせるためのものだ。
魔力を判別することで、物を届ける【移送】や、目に見えるくらいまでの距離にいる相手と肉声を介さず会話できる【念話】といった魔法から着想を得て、男が作り上げた魔法の道具である。
事前に記憶させた相手の魔力の方向へ磁石の針が向き、表面の数字が大まかな距離を示してくれる。我ながら自信作であると、自身の新発明に満悦していた。
だが、範囲はせいぜい町一つ分くらいで、それ以上離れられれば動かないし、使い道としても、せいぜい迷子の子どもを見つけるのに使えるか、というくらいだ。そもそも、そんな道具を使わなくとも、実際に【移送】の魔法で何かしらを飛ばしてそれを追いかければ、迷子なんかすぐに見つかる。今のご時世、子どもの魔力を把握していない親などいないのだから。
それ以前にも、いくら人々に説明しても、便利な魔法があることで使い道は無いからと、欲しいと言ってくれる人間はいなかった。
この『魔法の羅針盤』に限らない。俺が発明した魔法の道具、全部だ。
自分の魔力はケチって、労働者の魔力は使い潰す。そんなクズな雇い主どもを見返すために物作りに励んで、魔力や魔法が無くても魔法が使える道具を作るために日々学んできた。
そうして作った品々の全て、誰も興味を示さなかった。
国内で名の知れた商人。町中の小売り屋。道行く人々。
どれだけプレゼンし説明しても、誰もかれもが俺の発明を、子どものおもちゃだ、ガラクタだ、ゴミだと吐き捨てて、チンピラに目の前で踏みつけにされたこともある。
いくら道具を発明しても売れないから、生活のため、新たな発明のために働いてきた。それで得た金は全部、生活費と発明に消えて、そんなことを繰り返すうちに30歳になっていた。
当たり前のようにクビになり、島の北奥で路頭に迷っていたところに、今回の誘いを受けた。
この羅針盤の他にも、襲撃のために必要な道具として、【移動】に特化した人形を60体ばかり作らされた。人間ソックリに作る技術はさすがに無かったが、それは年齢不相応な見た目と服装をしたロリババアに【加工】させた。
この城を五日間攻撃して弱らせた後は、いよいよ最後の攻撃。東西南北に一人ずつ配置させた。新たに簡単な合図を送れる機能を付与し、針を三本に増やして、三人まで魔力を記憶させられるよう改良した羅針盤を四人全員に渡して、時間が来たら、この羅針盤を合図に、一斉攻撃を仕掛ける手筈だったのだが……
「早すぎる……夜が更けた深夜が攻撃の時だったはずなのに、なんでもうおっ始めてやがるんだ!?」
ゲスロリババア。人形遣いのチビ助。格闘ノッポ。
三人の魔力を記憶させた羅針盤、その針の三本ともが、色が変わり、激しく動いている。森から出て、【害獣除け】の魔法が及ばなくなった時に針の色が変わる。素早く移動したり、戦闘が開始されたなら、必然的に針の動きも激しくなる。一人でも森から内側へ侵入し、戦闘を開始した際には、全員が動く手筈にはなっていた。
誰がその手筈に従って、誰が最初に入ったかはいちいち分からないが、予定より数時間も早く攻撃が開始されてしまった。
「クソがッ……まあいい。税金泥棒どもも、まさか登る場所の無い真後ろから攻めてくるなんざ、思っちゃいないだろうからなぁ――」
早まろうとも、始まったものは仕方がない。すぐに割り切り頭を切り替え、ゴミを生む男は羅針盤を投げ捨てながら、森から出てきた。
「デスニマどもを放ってもいいんだがなぁ……もっとヤバいもん、用意してあるからなぁ」
誰に聞かせるわけでもなく独り言ちながら、ポケットから小瓶を取り出した。その小瓶の中身を見ると、カリレスでクズ女が取り出したものと同じ色をしている。
「使わせてもらうぜ……『召喚の香』をォォ!!」
「へぇ……これってそういう名前なんだ」
開けた麻袋を振り回しながら、小瓶を地面へ叩きつけようとした瞬間そんな、若い声が聞こえた。
「……は? な――ッ!」
同時に、空が白く光り、それが森も、男も照らし出す。
小瓶は確かに、右手に握っていた。なのにそれを、突然現れた、発射済みの魔法の狼煙を握った、背の低い褐色の少女が握って眺めていた。
「こんなちっぽけな瓶から、特別なデスニマがねぇ……で、材料はその子たちってわけ?」
地面に叩きつけようと、小瓶を振り上げた。叩きつけたと同時に、麻袋の中身と混ざり合うはずだった。そんな麻袋から散らかった、二十人ばかりの小さな子どもたちは、地面にグッタリと倒れ込んでいた。
「――【結界至】・膜ッ」
ゴミ生み男を突き飛ばしつつ、子どもたちにケガをさせないよう【結界】を張る。四角形の人間大の板ではなく、膜のように滑らかで大きな一枚の壁が、倒れている子どもたち全員を優しく包み込んだ。
「こんのチビ――何しやがるコラァアアアアアアアアア!!?」
「こっちのセリフだクソ野郎ォオオオオオオオオオオオ!!!」
ゴミ生み男が怒声を上げて、直後にメアも、負けないだけの怒声で返した。
「この子たちみんな、カリレスからさらってきた子たちでしょう? こんな小さな子たちを、魔法の麻袋なんかに詰め込んで、こんなにグッタリするまで放っておいて……これが良い歳した大人のすることかァアアアアアアアアアアア!!?」
「当たり前だろう!! 税金泥棒どもに尻尾振る犬野郎どものガキどもなんざ、こうなって当然だ!! むしろ、これでも優しくしてやってるくれぇだクソッタレがああアアアアアアアアア!!」
メアの更なる怒声。そしてまた、怒声で返した。
「大体こいつら、カリレス生まれのくせに食い物作れねーガキどもだろうが!! 役立たずのただのゴミじゃねーか!! だから俺らの役に立たせてやるために、ぶち殺してーのもガマンして連れてきてやったんだよ!! 俺らの役に立って死ねることに感謝しろやゴミどもオオオオオオオオオオオオ!!」
「この子たちは、お前らなんかの役に立つために生まれてきたんじゃないんだよバカやろオオオオオオオオオオオオ!!」
またメアが叫び、同時に杖を振り上げ、魔法を撃つ。飛んでいった【マヒ】の魔法を、ゴミ生み男は逃げてかわして、また別の魔法の麻袋を振り回した。
そこから新たに、大量のデスニマが出てきた。
「俺を捕まえてーならついてきな!? ガキどもがデスニマに喰われてもいーならなー!!?」
得意になり、また別の麻袋を取り出すと……
「うおぉ……!!」
そこから出てきて……否、飛び出してきたのは、かなりバカでかい、鱗。
パッと見は蛇だと思った。長くて、鱗で覆われて……
だがそれは、デカさもサイズも、メアの知る蛇なんかとはまるで違う。
まず、蛇なのに、背中には体毛が生えているのが見える。そして、顔の方に二本、尻尾の方にも二本、短いが、確かに手足が伸びている。顔はデカくてよく見えないが、角が生えて、ひげが伸びているのだけは遠目で見ても分かる。
なにより、翼や大した風も無しに空を飛ぶ蛇なんか、メアは聞いたことが無い。
「これが、ミラっちたちがカリレスで見たっていう、ファントムってやつか……!」
「今日でこの城ぶっ壊してやるよ!! この『水龍』を使ってよー!!」
終始、喉の調子が心配になるレベルの絶叫をしながら、呼び出したバカでかい蛇の背に得意げに乗り込む。そして、それを待っていたかのように、水龍は城へと昇っていった。
「アイツを襲わないのはともかく、近くにいたボクやこの子たちを狙わないなんて……ファントムって、ひょっとして、人間の言うこと聞かせられるの……?」
カリレスへ行っていたメンバーの口から聞かされていただけの情報に、新たに得た情報を整理しつつ……
「……とにかく、アイツ止めないと。そのためには――」
使用済みの魔法の狼煙をしまいつつ、未だに何かしらバカでかい声で叫んでいる男から目を背け、目の前に群がる、親も含めたデスニマの群れを見据えて……
「――【炎極】・爍熄煽灸ッ!!」
「いーよなぁ!! 将来の仕事も住む場所も安泰な場所に生まれたガキどもはなぁ!! クビになる心配も、仕事でイヤな思いする心配もねぇ! オマケに国にも、税金泥棒どもにも良い顔してるおかげでヌクヌク守られやがってよぉ!! 仕事無くして金も住む家も食うものも失くすこともねぇ、俺みてーな思いすることねーんだからなぁ!! 一生なァアアアアアアアア!!?」
水の龍の背に乗って、叫んでいると思い出した。
手に入るはずだった隣国からの奴隷のガキどもを取り返すと偉そうに息巻いて、『デスニマの香』に加えて、貴重な召喚の香まで持っていって、アッサリ魔法騎士に捕まりやがった、カリレス生まれの恵まれたクソ女。
普通に生きてりゃ将来安泰だったお嬢の分際で、下らない癇癪と我がままで実家を捨てておいて、大した努力をしなかったくせに上手くいかなかったことまで実家と親のせいにして。
カリレスの実家に帰ればそれで解決だったろうに、帰りたくないという下らない理由でこの国の北側へやってきて、俺たちに仲間入りして、散々我がままと癇癪で迷惑をかけ、事が上手くいかなければ、俺たちにまで八つ当たり。
仲間の一人ではあったが、間違いなく誰よりも同情の余地のないクズだった。
「ふざけんなクソ野郎ども!! 税金泥棒のクソ魔法騎士ども!! そんなクソどもに味方するクソ金持ちども!! 俺たちから魔力も金も、家も仕事も全部取り上げやがって!! したくもねぇこんなことさせておいて!! いっぱしの被害者ヅラしやがって!! 正義の味方ヅラしやがってェエエエエエエエエ!!」
実際、北側にはそんなクソ女に加えて、本当に努力をしてこなかっただけの、同情の余地もないヤツらは大勢いる。
若いうちから特に理由もなく引きこもっていた末に家を追い出され、盗みに走ったりして今に至ったようなクズ。
金持ちへの結婚だけを最初からアテにして、今時珍しくもない可愛い女の子になる以外の努力をしてこなかったゲスロリ女。
誰も興味が無い芸で身を立てようと意味の無い努力ばかり続けて、それが認められなかったら被害者ヅラしている人形遣いのチビ助。
だが、そんなクズどもに加えて、同情できる人間も大勢いる。
俺たちと違ってまだ若いのに、自分自身が働ける歳になる前に両親が職を失い、家を取られ、両親に先立たれた格闘ノッポ。
三十歳になっても使い続けると約束したから低い給料でも必死に働いてきたのに、実際に三十歳になった途端アッサリ首を切られ、他に行き場のなくなった元船乗り。
はした金以下の給料しか払わない雇い主から毎日魔力が空っぽになるまでこき使われて、足りないなら親兄弟を連れてこいと脅され抵抗した結果、一方的に犯罪者にされて逃げるしかなくなった元大工。
そして他でもない、この、俺……
「悪いのは全部お前らだ!! お前らがこの国をコンナにしたんじゃねーか!! 仕事してーだけなのに!! 生活してーだけなのに!! 三十歳だぞ!! たかが三十歳!! この国の平均寿命いくつだと思ってやがる!? 俺はな!! 普通に生きてーんだよ!! 普通に働いて普通に生活して!! それをジジィが望んだら悪行か!? 歳を取ることは犯罪か!? その犯罪者が!! この国の北側にどんだけいると思ってんだ!? テメーらが仕事させねーせいで、やりたいことどころか生活もできねー、犯罪者になるしかねーヤツらがよぉー!!?」
男自身、道具を作り続けてきたこと自体に後悔は無い。
発明が認められないのは仕方がない。今の失敗を次の発明に活かせばいい。若いころはそう思っていたし、始めたキッカケや動機はどうあれ、働き、生活していきながら、物を作ること自体が楽しみに変わり、それができる日々は楽しかった。
さっき使っていた羅針盤以外にも、作りたい道具のアイディアはまだまだある。それを作りながら、生活していくことが男にとっては幸せだった。
誰の邪魔をする気も無いし、迷惑をかける気もない。ただ、いつか誰かが認めてくれて、欲しいと言ってくれる、そんな道具を生み出せたら……そんな、淡い夢を持っていた。そのためなら、したくもない辛い仕事や、クズな雇い主どもだってガマンすることができた。
それが、三十歳を迎えた途端、そんな夢を持つことさえ否定され、棄てられた。
作りたい道具はまだまだあるのに、それを作るために働くことを、よりによって、国によって拒否された。
やりたいことを思い切りやるために、普通に働く。やりたいことはそれだけなのに、その権利さえ歳を理由に奪われて。奪われた後は、歳を取ったお前が悪い、自業自得だ、自己責任だと放置され……
「こんな腐った国も!! 腐ったクソどもも!! 全部が全部死んじまえばいいんだ!! したいことも満足にさせねぇこんな国!! ぶっ潰してやる!!! ぶっ壊してやる!!! ぶっ殺してやる!!!」
崖を超え、森さえ超えて、とうとう、ルティアーナ城の上空に、その身をうねらせ舞い降りた。
「魔法騎士どもは全員死ね!! 頭のイカれたクソババァは今すぐ死ね!! 引きこもりのオカザリ女王は今すぐ死ねェェエエエエエエエエエエエエエ――!!!」
――【閃鞭天】・光白龍舞ッ
ドラゴンがその巨体をうねらせ、長い尾を城に叩きつけようとしたその瞬間。
その城の天井から飛んできた、白く光る長大な何かが尾にぶつかり、弾き飛ばされた。
「なんだぁ!? 誰だぁ!!? この俺の邪魔するクソ野郎は誰だアアアアア!!!」
当然、ゴミ生み男は余計に怒って、絶叫した。本当に喉の調子が心配になるほどの声をまき散らしつつ、白いものが飛んできた方向を見てみると――
「邪魔すんじゃねーよ!! 税金泥棒のクソ野郎がぁ!! 散々人様の人生邪魔してきたくせに!! これ以上俺の邪魔するなアアアアアアアアアアアア!!!」
「……ええ。アナタ方には、どれだけ謝っても足りません。こうなってしまった原因は全て、自分の至らなさゆえです……」
ゴミ生み男には届かない声量ながら、その声色には、心からの謝罪と申し訳なさが全面に出ている。
「けど――」
しゃべっていてもお構いなしに振われるドラゴンの尾に向かって、負けじと杖を……巨大な【閃鞭】を振るった。細長い手足からも、くたびれた印象からも想像できない力を引き出して、自身が立つ城を死守している。
「この城を、壊させるわけにはいきません……国民を護り、救うために、この城は、どうしても必要なので――」
最後に振われた尾を弾きながら、ウー・ジンロンは、足もとの箒を手に取り、腰を下ろし、浮かび上がった。
「邪魔すんな!! 邪魔すんな邪魔すんな!! 死ね!! 今すぐ死ね死ね死ね死ね死ね死ね――ッ!!!」
叫び、それに応えるように、ドラゴンは口から水弾を連射した。ジンロンは、それを箒の操作で全てかわしていった。
(これは、【水操作】か……城を狙われたら、護る必要があるけれど、狙ってくるのは自分だけ。自分しか見えなくなるくらい、怒っているのか――)
巨大な生物兵器を連れてきておいて、活かしきれていない単調な攻撃。
このまま続けてもいいが、そのことに気づかれないとも限らないし、あの攻撃に弾切れがあるかも分からない。
「――【閃鞭天】ッ」
だから、こちらからも攻めることにした。杖から放たれた、電車サイズの閃きの鞭。だが、ドラゴンの方もそれを黙って受けてくれることはないようで、どれだけ振ってもかすりはすれど、マトモに喰らってはくれない。
(かすった箇所の傷も即座に治っている――)
感情のうかがえない表情のまま考察するも、すぐにまた水弾の攻撃。
(傷の治り方……水による攻撃……カリレスに現れたヒノトリ……なるほど――)
攻撃を受け、攻撃を仕掛け、そうしてようやく、答えにたどり着く。
(水から成るデスニマ……しかし、あのサイズ――)
間髪入れず飛んでくる水弾。それに向かって、【結界】を張る。
《……何人ですか?》
【結界】にぶつかり弾けた水の中から、透明な板と共に現れた無表情。今度は、ゴミ生み男にも聞こえるよう、【拡声】を使って言葉を発した。
「その大きなドラゴンを作り出すために、何人の人を材料にしたのですか?」
カリレスでのヒノトリは、老人二人と火事の炎を材料に生まれた。普通の鳥に比べればだいぶ大きくはあったものの、それでも、翼を広げたイヌワシの、せいぜい二倍かそのあたりだった。
だが、男がまたがったこのドラゴンは、どれだけ短く見積もっても、全長10メートルは超えている……
「ああん!? たかが20人くれぇだよ!! 全員、もう仕事もロクにできねーくせにカリレスに居座ってやがったジジババどもだ!! 働けもしねーガキどもと同じでよ!! 文句無ぇーよなぁ? 年寄りはいらねーって言ったのは国だもんなぁ!? まだ働ける俺らさえこうなら、働けもしねぇジジババどもは殺すのが当然だよなぁああああ!!?」
質問の答えに、ゴミ生みが絶叫で返した時――
「…………」
終始、姿を現した時から無表情でいたジンロンの顔に――
「……ッ!?」
ゴミ生み男が身震いするほどの怒りが、その顔には表れていた。
「……自分は、国民の皆さんのこと、全員を愛おしいと思っています。一人残らず、護ってあげたいと思っています。本当です――」
淡々とした涼しい口調のはずなのに、【拡声】を使っていることを差し引いても、震えるほどの暗い声。
「けど……カリレスで出会った女性や、アナタのような、とても赦しがたい人もいる……国とは、そういう人たちもまた、生きているということを、自分も分かっています。受け入れています。本当です――」
体が震える。歯がガチガチと鳴る。さっきから冷や汗が止まらないのに、肌寒くて仕方がない。
「国民の皆さんのこと、全員を愛しています……幸せを願っています……だから、その幸せを、簡単に奪う人は、国民と言えども、赦してはおけません」
その時――目の前の黄色の声とは別の、音がゴミ生み男の耳に届いた。
カチコチカチと、何かが割れているような……
いや、何かが固まって……
凍っているような――
「……なッ、なんだ? こりゃああああああああああああ!!?」
そこでやっと、ゴミ生み男は気づいた。自身がずっと乗っていた、水から成るドラゴン。その体が、頭から尻尾の先まで、凍り固まっていることに。
「……【氷結天】・霊界」
月が見える、雲一つ無い空なのに、辺りには雪が舞い、氷の粒がチラついている。
それを認識した直後、空に浮かび上がっていたドラゴンの身が、徐々に徐々に、下へと落ちていく――
「ああ……ああッ、アアアアアアアアアッッ!?」
「――【浮遊】、【移動】ッ」
そんなドラゴンと男に向かって、ジンロンは再び魔法を振るう。結果、地上へ真っ逆さまに落ちるはずの凍ったドラゴンから重さが消え、ゴミ生みもドラゴンも、ジンロンの杖に従って浮かび上がった。
「ジーーーーーーン!!」
そのタイミングで、城の北側から声が聞こえた。
デスニマを一掃し、守り抜いた子どもたちは、新たに駆けつけてくれたメルダら魔法騎士に託して。
箒に乗って、猛スピードで飛んできたメアと、ジンロンの目が合う。
「メア……」
(メア。たった今、デスニマを凍らせました。アナタの炎でトドメを刺しなさい)
(あ……はい、今すぐ――)
【念話】によって、直接頭に響く声。それに従ったメアは、凍ったドラゴンに向けて、杖を向けた。
(とは言っても、あの大きさな上にカチコチに凍ってるからなぁ。普通の【発火】はもちろん、【炎至】に、【炎極】でも火力足りないか。となると……まあ、ここはどうせ空の上だし、お城は巻き込まない。なら、【炎極】の更に上、てか、【発火】の一番上――)
「――【炎天】・火煉烱煇燿ッ!!」
直後、ジンロンも杖を振り、ゴミ男をドラゴンから引き離した。
ドラゴンは降り出した雪と共に、巨大な炎に包まれ、一瞬で蒸発、消滅した。
「アナタ方のこと、知っていること、全て話していただきます。拒否は一切、許しません」
引っ張り出し、目の前まで【移動】させたゴミの胸ぐらを掴み、顔を近づけて。
「ジン……」
そんなジンロンの顔はメアから見て……
ものすごく怒っている。けど、まるで親が、子どもに対する気持ちだけは失わないように……
そんな、ガマンと愛情と、優しさが一緒くたになっている。そんな、無表情に見えた。
(久しぶりに見たな。ジンのあんな顔――)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜の城下町。町の外れ。果ては城の上空……
どこで行うにせよ、夜の城を舞台の中心として、東西南北でそれぞれ戦闘が行われて、それらが佳境を迎えたころ。
城の外だけでなく、城の中でもまた、戦う者たちはいた。
もっとも、それは百人の人間が見れば、百人全員、戦いなどとはとても呼べない、茶番としか言いようのない光景なのだが……
「いい加減にしてよ!! マトモな方策の一つも考えられないの!? アンタら政治家でしょう!?」
城内にいくつかある執務室。政治的な政策に法案、様々な作業を行う場所。
夜になっても灯りの点いたその部屋で、今夜、何度目になるか分からない絶叫が轟いた。
「やる気出しなさいよ!? この国の一大事なのよ!! この五日間で出た被害や損失、全部を何とかしなきゃならないのよ!! そのための案がどうして考えられないのよ!? やる気出しなさいよ!!」
ロシーヌのクドイ顔が、目玉と一緒に真っ赤になっている理由は一つ。
数時間前の夕方、葉介が言ったことを今さらになって考えているせいだ。
「壊れた城下町の修繕、生活が壊された住民への補償、国の立て直し、そのために必要な具体案、きっちり考えなさい!! 今すぐに!!」
そのものずばり、言っていることは葉介に言われた内容そのまま。そして、それらを行うために、なにをどうしたものか。考えて……否、考えさせている。
「ほらボーっとするんじゃないわよ!! 考えろって言ってんのよ早く!!」
下がらせた若い政治家一人の後には、目の前に座る他の政治家たちを一喝する。
もっとも、若いのは今怒鳴られた女性に限らない。執務室の入り口から、奥に向かって置かれた長いテーブル。その一番奥に座るロシーヌ・クラロッツォ筆頭大臣を中心に、左右に座った男女、計13人。その誰もが、【加工】を顔や身体に施していることを差し引いても、上は20代半ば。下は20代にも達していない若者たちだ。
若くして政治家に選ばれた彼ら彼女ら全員、テーブルに置かれた書類や、部屋に設置された様々な資料と睨めっこしては、クドイ筆頭大臣の命令を実行しようと必死に考えている。
そして、そんな若者たちの苦労など意に返さず理解もせず、偉そうにただ叫んで待っているだけなのが、政治家たちの中心であるはずの、筆頭大臣様だ。
「……ちょっと?」
立ち上がって、隅にある資料に目を通していた男を指さして、ロシーヌは声を上げた。
「アンタよアンタ……あくびしたわね? 今」
「あ、いえ、その……」
「したわよね? あくび……」
「あの……はい……」
かなりの威圧感に、男はつい正直に答えると……ロシーヌはその顔に、クドイ笑顔を浮かべてみせた。
「あらあらあらぁ……眠くなっちゃった? 疲れちゃったかしら? 夕方から夜までずーっとここで考えてて、ベッドが恋しくなっちゃったかしらぁ……?」
クドイ笑顔に加え、その優しいクドイ声からは直前まであった怒りは消えている……ように聞こえる。
男は、そして今この部屋にいる政治家の全員が、この笑顔の意味するところを理解していた。
「まあまあまあぁ……そうなの。そんなふうに疲れて――眠くなるほどのことなにもしてないくせに、一丁前にあくびなんか掻いてんじゃねーよ!!」
また、最初の怒声に戻りながら杖を取り出し、【光弾】を飛ばす。何発撃たれても平気な葉介とは違って、いくら鍛えていないロシーヌの魔法とはいえ、同じく全く鍛えていない政治家にとっては、壁までふっ飛ぶには十分な威力だ。
「さっさと片付けろー!!」
倒れて痛がる男に向かって、たった今自分で撃った魔法のせいで散らかった資料や書類を示して怒鳴った。
怒鳴った後は、そのままドアから廊下に出て、部屋の中へ向かって叫んだ。
「明日までに具体案をまとめとけ!! できるまでこの部屋から出てくんな!! アタシの命令をさっさと実行しろおおおおおおおおおお!!!」
ギャーギャークドイ声で叫び散らした後は、バタンッ、と、壊れそうなほどの勢いでドアを閉じて、城内の廊下を歩いていった。
バタッ、バタッ、バタッ、と、大股で一歩踏み出す度に、薄暗い廊下に足音が響いていく。他でもない、城の主がお通りだと、誰も見ていない中でも示そうとするように、バタッ、バタッ、バタッ、と、歩いていった。
「なんでこうなるのよ……なんで、なんで……!」
アタシの物だと自負する城を歩いていきながら、今出ていった部屋の中を思い出しては、クドイ声で呟き続けていた。
「どいつもこいつも役立たず……どいつもこいつも使えない……どいつもこいつも、政治家なんだから仕事しろよぉぉぉ――」
なにも考えようとはしない自分自身は棚上げし、今も執務室で必死に考えている若者たちのことを一方的に見下げ果て、見限っていた。
だが、彼らが力を発揮できないのも仕方がないことだ。
「なにが政治家だ、肩書だけエラそうにしてやがって……全員、無能の役立たずじゃねーか! 若くて綺麗な顔持ってるなら、それに見合った仕事しなさいよぉおおおお……!」
さっきも言ったように、執務室に集まった政治家の13人。前日までに逃げ出した十余人も含めて全員、上は20代半ばから、下は20代にも達していない若齢ばかり。
全員、政治家を志望して城の門を叩いた、才人の集まりには違いない。だが、いくら才覚と若さにあふれていると言っても、一政治家として見れば、知識も経験も、なにもかもが不足にすぎる。
この国が平和だったころならそれでも通用した。彼らの力でも、この国をある程度回すことはできていた。
それでも、突発的な、かつ、あまりに深刻な事態に見舞われれば、未熟と不足が露骨に表れ、この有様というわけだ。
そしてそんな、国の根幹を支える立場であるはずの政治家が、なにもかもが未熟な若者しかいない理由は、一つしかない。
「どいつもこいつも、アタシが選んでやったんだぞ! 若くて綺麗だから政治家にしてやったのに、若くてキレイだからアタシのそばで仕事すること許してやったのに……なのに、一人残らず無能じゃねぇぇぇかぁぁぁぁぁ……!!」
政治家としての能力。才覚。心持ち。心意気。そういったもろもろの全てを無視して、基準としているのはただ一つ。性別問わず、ロシーヌ自身の好みに合った、キレイな顔をした、若い子かどうか。ただそれだけ。
能力や才覚が伴っていなくとも、好みにさえ合えば自身のそばに置き、逆にそれらがどれだけ優れていても、好みに合わなければ断り追い返す。
もちろん、選び方はどうあれ政治家を目指して城に来た以上、それなりに優秀な人材ではあるし、どんなに未熟だとしても政治家として長く働いていれば、知識と経験を有して一人前に育っていく。
そうして時間をかけて、頼れる政治家に成長すれば、今度は年齢を重ねたことを理由に、有能だろうがアッサリ城から追い出してしまう。
そんなことを、筆頭大臣に成り上がった時からずっと続けてきて、自分の仕事さえ若手に丸投げ。あげく、国の最高責任者としての権力を振りかざし、それによって起きた結果には知らんぷり。そのことに関して若い政治家たちが反論しようものなら、当然その時点でクビ。
そんなトップのもとで、マトモな政治家たちが育つわけもない。実のところ、過去に辞めていった政治家たちの多くは、年齢やロシーヌへの反論以上に、あまりに愚かなトップの姿に失望し、政治家でいる意味を見失ったことに対する絶望によるもの。
今残っているのは、単純に生活のために働いている者、周りが辞めていく中で気づけば何となく残っていた者、上手いこと筆頭大臣様に取り入って、時にはババァ相手に体を張ることで一生分の金を稼いで、クビになった後は、30歳からの老後にノンビリとした隠居を望む早期リタイア志願者……
いずれにせよ、全員に共通しているのは、この国をより良くしたい、人々の役に立ちたいという、この城の門を叩いた時には確かに懐いていたはずの気概や理想は、もはや欠片も残っていないということだ。
本来なら、今とは言わず、あと数年早くこの国が滅んでいたとしても全くおかしくなかった。それが今年に入るまで、大した事件に見舞われることも無く、それなりに平和にやって来られたのは、やる気が無いなりに最低限の仕事は果たしてきた政治家たちの働きと、ロシーヌがトップになる以前から続いてきた平和とその国民性、そして、誰から憎まれようとも、むしろ憎まれ役を買って出て、そんな平和を確実に、満身創痍な状態になるまで護ってきた、魔法騎士団の献身によるものである。
「誰のおかげで政治家になれたと思ってんだあぁぁ……誰のおかげで今日までやって来られたと思ってんだあぁぁ……誰のおかげでこの国があると思ってんだぁあああ……!?」
そして、それらの事実に気づくことなく、全ては美しい自分がいたから。そんなふうに勘違いし、思い込んで、今この城に残っている政治家たちの至らなさを、自身の所業によるものでなく、ただただ自分以外の連中が無能なせいだと考えて、それ以上の思考は放棄する。
「もう少しなのよぉ……もう少しで、アタシの夢が叶うところまで来てるのよぉ……もう少しで、理想の国――キレイで若くて可愛い人間だけの、醜くて汚いヤツが一人もいない国ができ上がるところなのに!」
廊下を歩き、たどり着いたドアを乱暴に開ける。
中に入り、筆頭大臣になる以前から収集してきたコレクションを愛でる。
キレイな服。可愛いアクセサリー。美しい絵画。おしゃれなインテリア。愛くるしい小物。
キレイ。可愛い。美しい。おしゃれ。愛くるしい……
この中にはそれ以外、なにもない。醜いもの、汚いもの、怖いもの、目の毒になるもの、ウザいもの、煩わしいもの、面倒くさいもの、目障りなもの、全部無い。
あるのは、見ていて癒され、心ときめき、洗われ、爽快な気持ちにしてくれる。それができなくなった物、飽きたもの、古くなったものは、窓から簡単に棄てられる……
そうして、金と時間を惜しみなくつぎ込んで作り上げた、ロシーヌの理想の部屋。夢の国。
筆頭大臣に……いいや多分、政治家になる以前から懐き続けてきた夢。
ずっと欲しいと、そうなってほしいと願い続けた、この部屋と同じ――キレイナクニ。
「これが国よ……キレイな人間だけが生きて、キレイじゃなくなったヤツは死ぬ、それが国なのよ、理想の国なのよ! 理想の国を創るのよ!! それがもう少しのところまで来てるのよ!! それなのに!! なんで!! 今になって邪魔されるんだぁああ!? アタシの邪魔するゴミクズは誰だぁああああああ!!?」
あともう少しで手に入る。夢が叶う。そう信じて今日までやってきた。
だがそれを、誰かが邪魔してきた。誰か――少なくともロシーヌにとっては、醜くて汚い、相容れたいとも思わないゴミクズのせいで……
「だったら……ゴミクズの後始末は、ゴミクズにさせるのが筋よねぇ……」
中でも一番のお気に入り。だが下らないムカつく事情のせいで人前では着られない。そんな白のドレスを抱きしめ、可愛らしいベッドに横たわりながら……
マトモな思考ができなくとも、かつては政治家の一人として働いてきた頭は、すでに、今執務室にいる政治家たちには期待できないと結論づけている。
ならばどうやって、この状況を打開したものか……
その答えとして浮かんだものが、今、政治家たちがやる気のない頭で必死になって考えている、その問題を提起した張本人。
五日間の疲労が積み重なった体で、一つの戦いを終わらせたばかりの、醜く汚い、ジジィのゴミクズの姿だった。




