第5話 強い女
時間は随分さかのぼる……
「一応聞きますけど……カリレスでしたっけ? 私も行って大丈夫なんですかね?」
クドイ筆頭大臣から、カリレスの仕事を押しつけられたその直後のこと。
仕事の内容を確認し、少ない情報も関長間で共有し、各隊から協力メンバーを探そうという話になった段階で、唐突に葉介の口からそんな言葉が漏れた。
「大丈夫かって……そりゃ行かなきゃでしょ?」
「第5の仕事だ。二人しかいない第5関隊の一人である、お前も行かんでどうする?」
「急にどうした? ヨースケ?」
誰も葉介がそんな疑問を発するとは思わなかったようで、黄、紫、白は順にそう語りかけた。
「ヨースケ……わたしと仕事しに行くの、イヤ?」
「……イヤじゃないし、ミラの行くところなら、どこでもついて行きたいと思ってるよ」
黒い裾をつまみ、無表情なまま不安げな声を上げたミラに、葉介は優しく語りかけた。
「ただ、一緒に行って、ミラの評判が落ちないかどうかが心配だ。そうなったら、第5の価値を証明どうこういう問題じゃないでしょうよ」
「……どうして、ヨースケさんが一緒に行くと、ミラの評判が落ちるんですか?」
ホッとした様子のミラをよそに、セルシィからそう問われると、葉介は遠い目になった。
「だって俺、魔法使えないし……足引っ張るくない?」
「……確かに、その一点だけ見れば、お前は他の一般騎士の誰よりも劣っていると言わざるを得ん。だが、それを補って余りある力をお前は、決闘会でも証明してみせた……他の任務でもな」
認めるのは癪だが……そう言いたげな表情で、シャルはそう諭した。
「そーそー。おっさん魔法無しでもメチャ強いし、ボクらん中じゃ一番頭も切れるしね。なんとかなる……と思うよ?」
「そ、そうですよ! ヨースケさんなら、大丈夫です……多分」
黄色も青も、激励しているようで、語尾は曖昧で態度は煮え切らない。
それもまあ、仕方がないと諦めて、葉介は更に続けた。
「……顔も汚いし」
「汚くない……ヨースケは、そのままがいい……」
「素直にカッコいいって言ってあげたら?」
「…………」
最後の赤と黄のやり取りを最後に、葉介は苦笑を浮かばせた。
「ミラがそう言うなら構わないけど……とは言え実際、せめてこの無精ヒゲくらいは何とかならないものか?」
アゴと、鼻の下に手をやりながら、この世界に来てからの悩みを漏らした。
伸びてきたと感じたら、小屋で見つけた鏡を見ながら、爪で引っこ抜くか、ナイフで大ざっぱに剃るしかなく、近ごろはほぼほぼ放っておいて、自分でもあまり良い状態とは思ってはいなかった。
「……脱毛の魔法、使ってやろうか?」
「あるんすか!?」
レイに向かって、驚愕の声を上げる葉介に、関長らは微笑ましい顔になる。
「ああ――まあ、厳密には【加工】の魔法だけど。身だしなみとしてみんなやってる。タマにオシャレで伸ばすヤツもいるが、基本、ヒゲを伸ばすメリットなんて無いからな……そのくらいは構わないだろ、ミラ?」
「……ん」
「脱毛がイヤならカットだけすることもできるし……オレなら、毛根も死滅できるぞ?」
「ぜひ! お願いします。お礼はしますゆえ」
魔法の革袋から、金の入った皮袋を取り出しつつ――それを、レイは制した。
「金はいらない。だが、そうだな……条件を一つ出そう」
「条件?」
「そうだ。オレのことも、今後はレイと呼び、敬語も使わなくていい。部下の前であろうと……それが条件だ」
「……マジですか?」
「マジだ。オレと、リリアにもそうしてやってくれ。条件であり、関長命令だ」
「……分かっ、た」
「イヤそうな顔するなよ……」
条件を呑んだところで外に出て、杖を取り出して、葉介の顔に当てる。
「【脱毛】ができるなら、せっかくだし、ヒゲ以外の無駄毛の処理もお願いでき、る?」
「ああ。構わないぞ。無駄毛の処理は得意なんだ。自分のはもちろん、シャルのもオレが整えてるからな。上の毛から下の毛まで全部」
「それはありがたい。自分だけでなく他人のも日ごろ整えているのなら、信頼でき、るわ」
メアとミラに押さえられながら、顔を真っ赤に暴れているシャルを尻目に、レイは呪文を呟き――
数分ののち、葉介のヒゲ、腕の毛、指の毛、足の毛、鼻の毛、その他無駄な毛、確かに全てが抜け落ちた。
「特に痛みもなく、すっきり……これでもう生えてこないんですよね?」
「ああ。死滅できてない場所もあるかもしれんが、もう今までのように生えてはこない」
「ありがとうございます!」
実家に残してきた未練の一つである、ヒゲを含むムダ毛の永久脱毛が叶ったことに、満悦した様子の、葉介である。
「ん……すべすべ……わたしも、この方が好き」
「でしょー」
ヒゲが全滅した葉介のアゴをさすりつつ、満悦した様子の、ミラである。
「……でも、ザラザラした感触が無くなるのも、寂しいかも……」
「分かる分かる」
「抜いた毛が惜しくなったらいつでも言え。死滅より難しいが、毛根の再生もオレはできる」
「本当、魔法って便利ね」
「今さらじゃん」
ミラが夢中で葉介のアゴをさする中、他愛もないやり取りをして、最後には笑い声が上がって――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(そんな、下らないやり取りをしていた時には……こんな事態になるなど、予想できなかったな)
もっとも、シャルに限らず、関長らや葉介に限らず、予想できた人間などいるはずがない。
カリレスの事件自体は、葉介の言葉もあって深刻に考えてはいた。ハッキリ言って、被害者のことは例によってどうでも良いと感じはしたが、それが原因でミラが魔法騎士団での居場所を無くしてしまうことは本気で心配だった。
それでも、今までそうだったように、なんだかんだ上手いこと解決して、最終的には、また魔法騎士として多忙ながらも、平和でノンビリとした日常が戻って来ると、漠然とした希望的観測を持っていた。
それが、一晩明けた時には事件は解決してしまって、代わりに更に深刻な事態が発生。その上更に、五日間にも渡る事態により、城下町も、魔法騎士団もボロボロ。
「シャル様……」
そして今は、城の西の、森が見える場所で、愛する恋人が最も信頼する女と並んでいる。
「来ます」
そして、リリアの言った通り。森の中から姿を現した、ソイツと相対していた。
「二人……たった二人か?」
整った顔立ち。整った肢体。それ自体は例によって、この国ではよく見る姿形だ。
高い身長、長く伸びた手足に、対照的に髪の毛は、ミラやメアのように短く切りそろえている。
服装は露出こそ少なく感じるが、体の線にピタリ合った、動きやすさを重視した身軽な服装。そんな格好をしているものだから、シャルのように豊満とは言えないが、リリア以上に引き締まり、鍛え上げられ、それでいてしなやかな無駄の無い肉体がよく分かる。
「若いですね。私と変わらないくらいでしょうか……どう見ますか?」
「強いな……デスニマを出現させていないのは、ハッタリではないだろう」
普通の人間が見たら、ノッポだが、女性には珍しい細マッチョな美女だなぁ……程度の認識しかしないだろうが、ミラや、葉介という、この国でのレアケースな人物たちと日常的に触れ合ってきた二人には、その身体に秘められた力強さは理解できた。
「それほどまでに人手が足りないのか……これが、国と城を護る魔法騎士団だと? 笑えんな……」
鋭い視線。低い声。それらを隠しもしない殺気とともに飛ばしてくるノッポな女に、二人とも、杖を握る手に力をこめた。
「リリア……分かっているだろうが、油断はするな」
「は……」
私たち二人で、勝てるかどうか……
二人が同時に思い浮かべたそんな言葉だけは、二人とも敢えて飲み込んだ。
ただでさえ、魔力の残った魔法騎士は残り少ない。もちろん、魔法の狼煙で応援を呼ぶことが前提ではあるが、応援が来るまでの間、ここを護ると決めたのは、他ならぬシャルであり、共に来てくれたのがリリアだ。
それだけの自信はある。実力も自負している。その相手が、デスニマから、人間に変わった。ただそれだけだ……
「……まあいい。予定は随分早まったようだが――」
決意と警戒を新たに、二人が身構えたその瞬間。
あらかじめ【身体強化】を施していたのであろうノッポな体が走り、跳びあがった。二人が反応するよりも早く、二人の後ろの、十メートルは離れた場所へ着地した。
「魔法騎士の相手をする理由は無い……このまま仕事をさせてもらうぞ」
本人の言った通り、その口調にはすでに、二人の魔法騎士に対する興味関心は失せている。どうでもいい魔法騎士の女二人を置き去りに、【身体強化】の脚で一気に城へ――
「【閃鞭極】・閃樹森――」
走り出そうと、二人から後ろの方へ振り向いた直後だった。ノッポな女のすぐ目の前の地面から、夜空の下でも白く光るものが鋭く生え出てきた。
「これは……【閃鞭】? まるで木の枝のように……」
ノッポの言った通り。白く光り輝く細長い特徴は、魔法の【閃鞭】に間違いない。だが、突然地面から伸び、飛び出したその形。根本からいくつも枝分かれし、その白い枝の先端全てが鋭利に尖っている様は、鞭ではなく、木の枝そのものだ。
「……ケガをしたくなければ、それ以上進まないことだ。元より、デスニマの大群が来ることを前提に、ここいら一帯に仕掛けてある。私の意思一つでいくらでも生えてくるぞ」
地面に向かって【閃鞭】を伸ばした、杖を握りしめたシャルは宣言した。
もちろん、首を断つか、燃やすか、潰すか。そうしなければ殺せないデスニマ相手には、串刺しなど足止め以上の効果はない。だがそれも、生きた人間相手なら話は違う。
「至り、極めた【閃鞭】はこんなことができるのか……そうか……」
やや感心したような声を出しつつ、再び走り出す。数秒の後には、シャルの目の前まで接近し、拳を繰り出した――
「……チィッ」
殴った感触に舌打ちしつつ、再び後ろへ。シャルの前には、見えない壁がそびえ立っていた。
「そして、シャル様をお守りするのが、私の役目――!」
下がったノッポに向かって走り、伸ばした【閃鞭】を振るう。強くも鮮やかなリリアの攻撃を避けきって、二人から距離を取る。
「ふむ……」
距離の開いた、白と、紫の姿を見やった時――
「……!!」「……!?」
白も紫も、背筋が凍るのを感じた。
「腑抜けと腰抜けしか残っていないと思っていた魔法騎士団だが……少しは意味もあるか――」
殺気と共に呟くと、ノッポは再び走り出し、即座に反応したリリアが前に出た。
(【結界】、間に合わないッ、【硬化】で――)
すんでのところで魔法が間に合った瞬間、その顔面に拳が飛んだ。ふき飛ばされるも、シャルが地面から伸ばした閃きの樹に支えられ、止まることができた。
(喰らえ……!)
二人の距離が離れたのを見て、再び樹の枝を出現させる。だが、串刺しになるより前に、全て跳び、避けてしまった。
(【感覚強化】か……地面から伸びる瞬間の音、もしくは地面の振動? いずれにせよ、見切っているのか……)
冷静に分析している間も、張り巡らせた樹々をノッポは全て避けてしまう。
「それで終わりか? 樹の枝を伸ばすしかウチを倒すすべはないか?」
「そんなわけ、ないでしょう――ッ!」
楽し気に、呆れ気味に、どちらとも取れる声色を出したノッポに向かって、再び【閃鞭】が、下からでなく、上から振り下ろされる。
「【閃鞭至】・嚮々蛇突――ッ!!」
杖から伸びた【閃鞭】が、蛇のような動きで何度も、何度もノッポへ向かっていった。
単純なデスニマや、下手なチンピラ相手ならハチの巣にしているところだが、やはり、全て避けられる。
「くッ」
すかさず、今度は上段蹴りが来るも、今度は【結界】が間に合い防ぐことができた。
(くぅッ……やはり、私たちだけでは不足か……!)
もはや、二人だけでどうこう言っている場合ではない。二人だけでは倒せないと分かって、ポケットの魔法の狼煙を取り出し、打ち上げた。
「たまらず仲間を呼んだか……それまでに、生き残れると思うか?」
「……生き残るし、アナタも倒して見せる。そして、この城も護ってみせる」
堂々と、悠然と、リリアは宣言して見せた。
「……なぜ護る?」
そんなリリアに向かって、ノッポは突然、問いかけた。
「なぜ?」
「なんのために護る? わざわざ護る必要がどこにある? 護る意味がどこにある?」
「護る、意味……?」
「仕事だからか? 魔法騎士のプライドか? まさか本当に、あの城を牛耳る能無しを護るためだとは言わんだろうな?」
城を牛耳る能無し……ハッキリそう言われて、リリアも、シャルも、同時にその能無しの、クドイ顔を思い浮かべてしまった。
「この国に生きる者は皆知っている。その能無しのせいで、この国がどうなったか。ウチらがどうなったか……魔法という力のおかげで、人智も人力も及ばぬ、あらゆる事象の解決が成った。だが代わりに、用済みとなった人間は排斥され、仕事も役目も奪われた。それをあの女は、そんな状況を打開しようと考えず、どころか率先し行ったことでますます多くの人間が行き場を失った。あげく、税金という形でナケナシの金まで奪っていく……」
それは二人ともが、今まで相手にしてきた国民たちからイヤというほどに聞かされてきた話だ。
「それで何もかもを失い路頭に迷うことを、自業自得と揶揄するか? 怠慢のせいと嗤うか? ……好きなだけ蔑み、あざ笑うといい。お前たちに理解することなど求めはしない。ウチらのナケナシの金から払った税金をエサに、のうのうと生きている城と無能の飼い犬どもには、ウチらの怒りや憎しみなど理解はできまい――」
「それだけか? 言いたいことは?」
ノッポが話しを終えた直後、すぐさまその場から跳びあがった。今までと同じ。ノッポが今まで立っていた地面から、閃きの枝が飛び出した。
「そんな屁理屈、もはや聞き飽きた。大義名分とさえ言えん戯れ言だ――」
伸びた樹の枝が、更に長く、鋭く、跳びあがったノッポ目掛け伸びていく。
「確かに私たちは飼い犬だ! だが、鎖に繋がれ、粋がり吠えるだけの能無しに成り下がったつもりも無い! 城だけではない! この国全てを護る番犬として、私たちは常に命を懸けている――」
シャルの叫びと志に答えるように、樹は大きく成長を続け、枝はひたすらに伸びていく。
「そんな番犬どもの目の前で、お前たちは町を襲い、人々を苦しめた! そんな蛮行に縋る者どもが私たちに戦いを挑んできたならば、私たちは全力で迎え撃つのみ!!」
――【閃鞭極】・閃樹加護ッ!!
やがて、ノッポのもとまで伸びた枝はノッポを捕らえ、形を成し、上へ上へ伸びていき……文字通り、樹からぶら下がった籠となり、外へ出ることを決して許さぬ加護と化した。
「うかつに動くな――籠も、この樹も、全ては私の【閃鞭】だ。形も自在に変えられる。どこにいようが拘束もできるし、串刺しは免れん」
高さだけでもザっと二十メートルはあるだろうか……そんな高さと大きさの樹にぶら下がった、シャルにとっての加護である、ノッポを閉じ込めた籠を見上げて呼びかけた。
(すごい……私の出る幕がない……!)
正直なところ、リリアはシャルの力を疑っていた。陣頭指揮はともかく、単純な戦闘力は、私に比べていかがなものかと。
最近続くデスニマ大量発生が例外なだけで、そもそも第2の仕事の内容上、デスニマと戦う機会は、下手をすれば第4以上に少ない。件の森の時も、リリアとは違いシャルは城への待機組だったこともあって、シャルの実力の程をうかがう機会は今まで一度も来ることがなかった。
だから、シャルがココを守ると言い出した時は不安になって、自分も一緒になった時は、最悪、戦力として数えない方が良いとさえ思っていた。
それが、いざここに立ってみれば……
リリアが至っているだけの【閃鞭】を更に極めて、それを利用した罠を辺り一面に、デスニマの大群が来ても対応できるものを仕掛けたことにも驚いたが、更にはそれを利用し、敵を生け捕りにして見せた。
昼間の戦いで、残り魔力も少ないはずなのに……
(これが、第2関隊関長、シャルロッタ・ヒガンテ……レイ様の選んだ女――)
ハッキリ言って、シャルに対する疑念は、女としての醜い感情も多分にこもっている。強い方が偉い。そんな単純な話ではないし、あのレイ様が、そんなバカげた理由で彼女を選んだはずがないのに……
(こいつを、あの時も使えていれば、シマ・ヨースケを不要に悪者にすることもなかったのだがな……)
リリアがシャルを、関長の一人として見直す一方で、とうの本人は全く別のことを考えていた。
少量の魔力で自在に撃てるまでに至っていた【閃鞭】だが、そこから極めても、扱えていたのはせいぜい『森』まで。デスニマ相手にはそれだけで十分だったし、対空のことなんか考えたこともなかった。
そもそも魔法騎士に限らず、平和が続いているこの国において、わざわざ進んで一つの魔法を極めることも、更にその先を目指すことさえ、しようとする人間は少ない。それらをしたところで使い道などタカが知れているし、そんなことをしなくとも、必要な時に必要な魔法を、必要な魔力だけ使う。それだけで仕事にも生活にもなんの支障もきたさないのだから。
そんな、ミラの言う、平和にあぐらを掻いて、自身を高めようとしてこなかった結果が、失敗の尻ぬぐいの押しつけだ。その全てを、図らずも全て負ってくれたのが、あの男だ。
魔法が使える私は、覚悟も気持ちも、力まで半端なままで。魔法が使えないアイツは、いつだって全力を尽くして戦ってきた。
――もう、あんな悔しい思いは御免だ!
――関長として、私は今よりも強くなる……!
レイの腕の中で、気が済むまで泣いて弱音を吐いたあの時から決意して、人知れず魔法を更に鍛えた。そうして極め、新たに身に着いたものはと言えば……
こんな、戦いくらいでしか使い道の無い、何の自慢にもならない魔法。おかげでこうして、敵を捕まえることができはしたが……
(戦いが無ければ価値も無い。こんなもの、使わずに済む方が良いに決まっている……こういうことか。シマ・ヨースケが嘆く理由は……)
これだけの魔法を撃てるようになって初めて、あんなに強いシマ・ヨースケの自己評価の低さの理由を、少しだけ理解することができた気がした。
「……このまま串刺しにしておくべきだったな」
二人には聞こえない声を、ノッポが呟いた直後だった……
「……?」
樹とその加護を操っていたシャルも、そんなシャルの反応を見たリリアも、すぐにノッポの方を見た。すると……
「あれは……」
「まさか――!!」
シャルもリリアもすぐに気づいて、動けないシャルの代わりにリリアは走り出すも――
「ウチばかりに気をとられたな……ソイツらと遊んでいろ」
すでに、ノッポが燃やして落とした革袋から、更に巨大な麻袋が出てきて。革袋の火が麻袋に燃え移り、燃えた袋を突き破って、大量の子供と、巨体は姿を現した。
「デスホース……!」
「目を離したな……」
シャルがノッポから、リリアへ視線を外したのは、三秒にも満たないわずかな時間。それを見逃さなかったノッポは、一気に魔力をこめ――
「【体強至】――」
強化された脚力で籠を踏みしめ、正面に突撃。閃きによって服を引き裂き血を流しつつも、籠のわずかなスキマから脱出を果たした。
「まさか――ッ」
「これだけの大きさ……もう地面に樹は残っていまい?」
(【硬化】で……いいやッ、リリアのように突き飛ばされるだけだ! 残り魔力も少ない、ならば――)
「――【閃鞭至】・閃枝剣ッ!!」
目の前に杖を向け、【閃鞭】を伸ばす。ソレはいつだか葉介に見せたように、杖を中心にいくつも枝分かれして広がる。
さっきリリアが見せた連撃とは違い、正面限定ながら、より複数の敵への広範囲に向いた攻撃で、ノッポを迎え撃とうとした……
「使っていないとでも思ったか? 【硬化】を――」
そんな枝に向かって、裂けた服で迷いなく突っ込んだ結果、ノッポに突き刺さることはなく、どころか枝の全てを叩き折って――
「ぐぅ――ッ」
ノッポの頭突きを、モロに上半身に受けた。
(服、だけじゃない。体も、血も出ている――敢えて生身で脱出し、わざと傷ついた後で硬化を使ったのか? 私に、使っていないと思わせるために――)
「静止状態でなければ呪文も唱えられない、クソザコ体幹の魔法騎士どもにはできん芸当だろうよ」
「シャル様!! くっ――」
リリアはリリアで、デスニマが城へもシャルへも向かわないよう、一人デスニマを引きつけていた。目に見えるだけでも子供が40、そして、巨大な親のデスホース――
(それがどうした――このくらい、ヨースケにだって倒せたものを、私だって……!!)
「蛮行に縋る……さっきお前はそう言ったな?」
南の空から、稲光の光が届き、雷の音が響く中……
強烈な一撃を受け、血反吐を吐きながら地面を転がったシャルの首をつかみ、持ち上げながら、ノッポは、シャルへ、鋭い視線と、鋭い声を投げかけた。
「その通りだ。ウチらの行いが、蛮行であることなど百も承知……お前たち飼い犬には理解できまいな? もはや、蛮行以外に、縋るものが無くなった者の孤独と無念――」
話しながら、横へ移動。直後、そこに樹の枝が伸びた。
「全てを失い、蛮行に救いを求める以外ない者らの屈辱など……」
すでにグッタリしていながら、それでも力のこもったシャルの手から、杖を取り上げ投げ捨てて。
「理解は求めん。同情も要らん。代わりに貴様らは断じて赦さん……飼い犬どもは皆殺し、この国を地獄に変えた無能は殺し、地獄の象徴たる巨城は、今夜を持って破壊する――」
決意を口にし、更にシャルを上へ持ち上げて。
左手は、すでに施されている【硬化】ごと首を締めあげ、空いた右手は、固く拳を握りしめ――
(クソッ、もう、魔力が……こんな……こんなところで――)
「うぁああッ!!」
一方で、親を含むデスニマを相手取っていたリリアも、【結界】越しながら強烈な一撃に突き飛ばされていた。
「くぅ……この……ッ」
魔力にはまだ余裕はある。すでに子供の八割方は倒すことができている。
しかし、巨大で足が長く、速さまで持ち合わせたデスホースの、子供の犠牲も厭わない巨大な攻撃に対抗する手段がなく、何度も地面を転がされていた。
「うぅ……きゃあッ!!」
どうにか立ち上がったリリアへ追い打ちを掛けるように、デスディアの頭突きが飛んでくる。角が折れていたおかげでただの打撃で済んだものの、またしても地面を転がった。
(くぅッ、こんな、デスニマの群れを相手に……これが、私一人の、限界……?)
今日までデスニマとは何度も戦ってきた。だがそれも、基本的には自分以外の仲間たちを伴っての連携を主としてきた。当然、個々の戦闘力の底上げも行ってきたとは言え、いざこうして一人で立ち向かってみれば、数が多いとは言え、デスニマ相手に良いようにされている。
(くぅ……いいえ、まだッ! 考えなさい……デスニマの群れに囲まれて、どう戦う? ヨースケなら――)
(シマ・ヨースケなら、こんな、肉弾戦が好きな相手など――)
図らずも、二人ともが同時に思い浮かべたのは、嫌いな男と、ライバルと定めた男だった。
(おのれ……なにもこんな時に、あの男の顔を思い出すこともあるまいに――)
背は低くて顔は冴えなくて、やる気があるのか無いのやら、よく分からない振舞いで。
(結局……あの男が現れてからというもの、考えるのはアイツのことばかり――)
そのくせ、他の誰にもできないことを平然とやってのけては、見た人間を引きつけ、導いてしまう不思議な年寄り。
会った日から今でも嫌いな。
敗けた日から今でも目標な。
そんな、気に食わないながらも認めるしかない、対抗心を抱く男だからこそ、どうにかしたいこの状況で、イヤでも頭に浮かんでしまう。
そして、そうまでして考えてさえ、手立てがないと理解した後で、また二人同時に、本当にココへ来てほしい男の姿を思い浮かべた――
(レイ――)
(レイ様――)
――たすけて!!
――【雷極】・稲火駆ッ!!
二人が同時に、意中の男へ声にならない助けを求めたその瞬間。
ひときわ巨大な落雷の音と、強烈な稲光が閃いて。
音を置き去りにした稲妻が、リリアの目の前を走り抜け。
リリアへ襲い掛かった親のデスホース、更には、生き残っていた子供のデスニマ全てを一瞬で灰にした。
「――【雷】ッ」
直後には、ノッポに向かって白い光が飛ばされるも、ぶつかる寸前、シャルを投げ捨てその場から跳びあがり……
「遅くなってゴメン……」
地面に落ちるよりも前に、箒に乗ってシャルの身を受け止めたその男は、バツが悪そうな声を上げながら、綺麗な顔に苦悶を浮かべていた。
「レイ……レイッ!」
「レイ様!!」
ずっと、リユンを護っていたはずの男が、こんなところに現れた。それ自体は疑問だが、それ以上に、自身の命の危機に颯爽と現れた、意中の男。
二人とも、涙を浮かべずにはいられなかった。
「リリア……がんばってくれたんだな。ありがとう」
「は、はい……もったいない、言葉です……!」
「シャル……生きていてくれて、すごく嬉しい……」
「バカ……お前を置いて、死ぬわけ、あるか……!」
二人の無事を確認し、確信して、浮いた箒を地上へ下ろし、抱きかかえていたシャルを地面に下ろしつつ。
「ここからは……オレが相手だ……!」
レイの魔法を避けて、二人から離れたノッポに向かって、レイは杖を向けた。
「…………」
「――――」
最初にシャルにやったように、一気に間合いを詰めて打撃を放つ。シャルの場合は、リリアの【結界】によって防いだ攻撃を、レイは、殴る動きに合わせて体を動かし、避けてみせた。
「――【雷】ッ」
即座に蹴りも放たれるが、それさえ避けて、同時に魔法を叫び、飛ばす。
「ちッ――」
そして同じように、ノッポは後ろへ飛んでそれをかわし、レイとの距離を取った。
「打撃相手に戦ったことがあるのか? それに、マヒの魔法……そうか、【マヒ】とは『雷』だったのか。そして、お前も極めた者か。ただ敵を痺れさせる、使いどころのよく分からん魔法が至り、極めればああなるのか」
初めて見た光景と、新たに知った事実から、低い声のまま感心の声を上げている。
そんなノッポと向き合いながら……レイは、問いかけた。
「君、どうしてこんなことをしている?」
その声色に、敵意は無い。感情にも、視線にも、恋人と一番の部下を死ぬ寸前まで追い詰めた敵を前にしても、感情の揺れは見られない。聞かれたノッポも、驚いた。
「今まで色々なヤツを捕まえてきた。だから分かる。君は本来、こんな卑怯で卑劣なことをするような人間じゃない。仕事を追われるような歳でもないだろう。それを、なぜわざわざこんな悪事を働く?」
「…………」
レイが会話を始めたことに、シャルもリリアも疑問に感じながらも……
直前まで相手をしていたからこそ、同じ疑問を感じていた。
顔を合わせた瞬間には分かっていた。そして、実際に戦ったことで確信した。
この女は、自分たちのよく知る愚か者たちとは違う。少なくとも、ミラ一行がカリレスで捕まえた女とは全く違う。
行為自体は悪だが、そこには確かなプライドと、堂々とした強さを感じた。
本来ならこんな、醜い悪意に満ちた蛮行に手を染めることなど無い。
そう、現実では戦いながらも、心の内では確信してしまっていた。
なにか、よほどの事情でもない限り、悪事に手を染める人間ではないと……
「理由か……今この城を攻めている人間の全員、この島国の北端から来た者たちだと言えば、理由は十分か?」
「……!」
短いその言葉に、レイも、シャルにリリアも、反応し、動揺を見せた。
そして、その瞬間、ノッポは走り、レイに接近――
「争いなど望んでいない……好きでこんなことをしているんじゃない……こんなことをせざるを得ん状態にまでウチらを追い詰めた、貴様らだけは、断じてゆるさん――!!」
そんな独白の叫びのもと、放たれた拳。
「【雷】!!」
レイも、急いで杖を向けた。魔法騎士として、シャルのそばにいるために、図らずも他の魔法以上に鍛えることになり、結果、至り、極めることとなった。
そんな、魔法騎士にとっての基礎中の基礎魔法である、レイの右手の杖から撃たれたそれを、向かってきたノッポは避けて、その拳をレイへと放ち――
「ぐぅ……ッ!!」
レイが拳を顔に受けたと同時に、レイが左手に握っていた、短い杖から飛んだマヒを、その身に受けた。
「美しい動きだ。魔法で強化された分、すごい拳だったよ……なのに、どうしてかな? 強さも技の美しさも、彼の方が上だった」
いつだかの時とは違って、【硬化】を施した顔に攻撃を受けても後ろへ下がっただけで、倒れず耐えてみせた。
対照的に、体が痺れ痙攣している、ノッポに対して、届きはしない言葉を吐いた。
「……そう……これで……いい……ここで全員……死ぬ……」
勝利したレイのもとへ、リリアと、リリアから【治癒】を施されたシャルが駆け寄っている中、ノッポもまた、届きはしない言葉を吐いていた。
三人が異変に気づいたのは、ソレが紛れもない変化を起こした時。
「麻袋……まだ持っていたのか!?」
シャルが気づきの声を上げるも、その時にはすでに、ノッポの周囲には新たなデスニマの群れが発生していた。
(あーあ……結局、父さんが教えてくれたこと、大して活かせなかったなぁ……)
自分はデスニマに襲われない。そんな細工が施されていると分かってはいるが、襲われなくともこんなところに倒れている以上、踏まれもするし、三人の魔法も受けるだろう。
それで命を落とすに違いない。そう考えると――
(けどこれで……ようやく会いに行ける。父さん、母さん……)
魔法の狼煙の白い光と、デスニマどもの足と腐臭と……
そんなものさえ見えなくなって、代わりに浮かび上がったものは、懐かしい二人の顔だ――
もう名前も覚えていないが、古くから代々伝わる由緒正しい……らしい武術があって、それを父親が教える、道場、とやらが、彼女の生家だった。
生まれる前にはすで死んでいた、父親の父親、つまり祖父から受け継いだらしい道場を、父は大切にしていた。
もっとも、【身体強化】をはじめとした魔法の発展によって、肉体を鍛える意味が無くなったことに加え、犯罪はあっても争いの少ないこの国で、そんな古臭い戦闘術を学びたいと思う人間はほとんどいない。
実際、彼女の記憶の限り、門下生は娘を含めても、片手で数える程度。それも、全員が冷やかしかヒマつぶし程度にやってくるだけ。父親いわく、祖父の父……曾祖父の代には百人を超える門下生たちが毎日稽古に汗を流していたというが、そんな話も事実かどうだか……
そんな申し訳程度の門下生しかいない道場では、当然、収入は雀の涙。父は門下生たちへの指導の他に、別の仕事で日々の生計を立てていたし、母も、働きながら家事もこなし、家族と道場を支えてくれていた。
そんな、決して豊かとは言えない家に生まれながら、それでも娘は、幸せを感じていた。
とても才能があるとは言えず、教えられたことも身につかない、出来の悪い娘を見捨てることもせず、優しく丁寧に教えて、それでいて父親として厳しくしつけてくれた父。
そんな父と一緒に温かく見守りながらも、母親としての役目も忘れず育ててくれた母。
生活は楽ではなかったが、そんな愛する二人と共に過ごす時間は、娘にとっては掛け替えのない毎日だった。
多分、わたしが働ける歳になったら、門下生は一人もいなくなる。だから、わたしも一緒に働いて、二人に楽をさせるんだ。道場が無くなったとしても、二人がいれば寂しくない。それが、幼くも聡い意識を持って育った少女が懐いた夢だった。
明日もこれからも、ずっとずっと、家族一緒にいられる。そう思っていた。
十数年前。国王が死んで、やたらにクドイ顔と声をした中年が、この国を取り仕切るようになる、その時までは……
ある日、父も母も、それまで雇ってくれていたはずの仕事を、突然クビになって帰ってきた。クビにされた理由は、二人とも同じ――三十歳を過ぎた人間はいらない。
それ以前にも、魔法の発展のおかげで人手が必要無くなって、働き口が少なくはなっていたが、それでも、普通に働いている人間が突然クビになるような話は無かった。
それが、ある日突然、そうなった。筆頭大臣が、魔力の絶頂期とやらを理由に、城で働く三十歳を超えた人間、ほぼ全員をクビにしてしまい、それを世間の人間までマネしだしたのが理由らしい。
すでに門下生は一人も残っておらず。安定した収入を確保することもできなくなり。ただでさえ貧しかった家族の生活は、たちまち困窮した。
娘もまだ働ける歳には届いておらず、父も母もどうにか雇ってくれる仕事を探そうとしたが、リユンからもカリレスからも、誰からも相手にされない。
そうして収入が断たれているのに、今まで欠かさず払ってきた税金だけはしっかり取り立てられる。払う金が無くなれば、当然、家も、土地も、取り立てられる……
そうして、思い出の詰まった道場を取り上げられて、流れ着いた先が、この小さな島国の、北側半分の地域だ。
三大重要地帯なんて呼ばれる、城と城下町は島のほぼ中央に座し、リユンは南西の端、カリレスは南東の端に位置する。だから必然的に、この島国で豊かなのは、その全部を有する南側半分だけ。
手つかずの山や自然が残されているだけな北側には、いつしか、そんな豊かさの恩恵を受けられなかった人間が集まるようになっていた。
もちろん、人々が暮らす村はいくつもあるものの、暮らしているのは貧しい人間ばかり。誰もが使える魔法と、かろうじて育てられる野菜でどうにか食っていくことができる。
当然、仕事は南側に比べて圧倒的に少なく、そんな貧しい人間たちからも、税金だけは容赦なく取り立てる。中には犯罪に走るヤツらもいる。けど全員、見回りに来てくれた魔法騎士に捕まって、上手くいったヤツを見たことはない。
そんな国と魔法騎士どもの姿を、家も仕事も失った両親と一緒にずっと見てきた。
今まで以上に食べるものもなく、住む家もなく、日々デスニマの脅威に怯えながら、魔法だけを糧にどうにか生きながらえて……
両親がそろって首をくくったのは、道場を取られて北側に来て、一年が経とうというころ。娘がようやく働ける歳になった時だ。
まだ若い娘一人なら、少なくとも、三十歳になるまでは普通に生きていける。そんな娘の足を引っ張りたくない。遺された手紙には、そう書かれてあった。
実際、三十歳越えの人間を一度にクビにした結果、人手不足になった仕事が増え、そのくせ三十歳を超えた人間に用はない。そんな愚かな人間の声が北側にも届いていたころのことだ。
だからって……
少なくともわたしは、両親と一緒がよかった。
住む家が無くてもいい。金が無くてもいい。仕事が無くてもいい。毎日腹ペコでもいい。
両親にとっては、娘が普通に生きられないことは苦痛だったかもしれない。
それでも娘にとっては、二人がいなくなることこそが苦痛だったのに……
二人の墓を作って、南側に行ってみると、仕事はアッサリ見つかった。給料は安くて、上司はクズで、キツくて、大勢の若者が逃げ出す仕事だ。そんな仕事でも逃げ出すことなく続けてこられたのは、母が生み、父が鍛えてくれた、強い体があったおかげだ。
それでも、そんな仕事を続けて、そうして稼いだ金の多くは税金として持っていかれ、三十歳を過ぎれば間違いなくクビになり、やがて、行きつく先は、またあの、島の北側だろう。そこで、両親の死んだ場所で死ぬこと。それだけが、もはや彼女にとっては生き甲斐になっていた。
そんな彼女に、本当の意味での生き甲斐を与えてくれた人がいた。
両親から、自分から、何もかもを取り上げたあげく、両親を自殺に追い込んだ。そんな国を作ったクソ野郎と、そんなクソ野郎の下にいる飼い犬ども。ソイツら全員に復讐すること。
もはや失うものは無い。
両親を殺したこの国がどうなろうが知ったこっちゃない。
ただ、わたしのような人間を、これ以上増やしたくはない……
そんな風に考えて、同じように、色々な理由で全てを失った人間たちが集まって、城攻めを行うために、デスニマの大群を作り出した。
そうして城を落とすことこそ、両親にとっては一番の供養だと思っていたが……
死ぬ寸前になって、気づかされた。彼女が本当にしたかったことは、国に対する復讐じゃない。一刻も早く、両親のもとへ行くことだった。
両親が自殺しているのを見た時も、すぐにでも後を追いかけたかった。それでも両親の願いを理解したから、今日まで生きてきた。
それでも、毎日、両親のことが恋しくて、寂しくて……
だから探していたんだ。両親のもとへ行くための、死に場所を。
両親から授かった、強い体を殺してくれる、そんなヤツを。
そのために、城を攻めて、憎っくき魔法騎士と戦って、大勢殺して、最後には、生き残った魔法騎士か、デスニマに殺される……
そうやって、未練も心残りも全部無くしてから、両親の後を追いかけたかったんだ。
それでいざ戦ってみたら、魔法騎士を一人殺すことさえ能わず、殺されもせず、動きを封じられただけ。
このまま捕まるくらいなら、デスニマの群れに踏みつぶされた方がずっとマシだ。
父さんは怒るかな……母さんは悲しむだろうな……
それでもいい。もう、疲れた……
これからは、家族三人、ずっと一緒に――
――【雷天】・霹靂廣々ッ
覚悟を決めて、目を閉じたノッポの耳に聞こえたのは、デスホースの親が殺された時と同じ……いや、それ以上に大きな、稲妻が走る音。
目を開けると、30匹以上はいたはずのデスニマが、一匹残らず黒焦げになり、塵と化していた。
「オレも、それにシャルも、この国の北側出身だ」
体の痺れが突然消えたと思ったら、耳にそんな、男の声が届いた。
「とっくに魔法騎士を引退したくせに、いつまでも魔法騎士だったことを自慢して、魔法騎士は偉大だって信じて、娘にもそれを押しつけた。そんな母親のもとに生まれ育ったのがシャルだ――オレは、貧しい農家に生まれた。貧しさへの怒りを暴力に変えて、その全部を息子に向けて嗤っていたのがオレの両親だ」
誰も聞いていないのに、唐突に語りだした身の上話は、少なくとも、両親に恵まれたノッポに比べれば気の毒だ。
「そんなヤツらに育てられたあげく、なりたくもなかった魔法騎士になった。シャルも、オレも……そうして今、こうして生きてる。失ったものはいくつもある。君のような、大勢の人間から恨まれてもいる。未来がどうなるかも分からない」
声が徐々に、近づいてきた。そして、すぐそばまで近づいてきて、ひざを着いて、目線を合わせて。
「それでもオレたちは今、生きてる。失っても苦しくても、今日っていう日を今、生きていくしかないんだ。正直、とっくの昔に疲れてるし、ガマンだって限界だ。それでも、今しかない今を懸命に生きてきたから、こうして大切な人たちに出会って、生きていくことができた」
倒れている身の手を引いて。その手を強く握りしめて。
「生きてくってのは、そういうことだ。辛いし、苦しいし、ガマンばかりで……それでも、良いことだってあるし、大切なものだってできる。それが掛け替えのないものだから、今日もがんばろう、明日も明後日もがんばろうって気になれる。オレはそんな人たちに出会うことができた……君にも、あったんじゃないのか? そういう掛け替えのないものが、あったんじゃないのか?」
「…………」
確かにあった。確かにあったのに、それを奪われ、失い、だから今、こうしている……
そのことを、分かっているのかいないのか。分からないが、男は、そんな女の手を握ったまま、その身を抱きしめた。
「死ぬな! 絶対死ぬな! 失っても、絶望しても、死のうだなんて思うな!」
抱きしめたかと思ったら、今度は指図をしてきた。
「過去でも、短い時間でも、もう取り戻せないものだとしても……君にとって、掛け替えのない幸せな瞬間があったなら、死にたいだなんて思うな! もし今死んだりしたら……その人たちのことを覚えてる人間は、世界に一人もいなくなる……!」
「……!」
バカ正直に、抱きしめている体は【硬化】さえ使っておらず、魔法騎士なら持っているであろう、魔法の手枷も使ってこない。このまま【身体強化】を使って抱きしめ返せば、簡単に殺すことができてしまう。
「君が思っていたのと同じように、その人たちは、君のことを大切に思っていたはずだ。そして、生きてほしいと願ってるはずだ。苦しくてもみっともなくても、生きてほしい……生きて、別の幸せに出会ってほしい。そう思ってくれてるはずだ……君は、そんな願いまで否定したいのか? こんなバカげた国と、僕たち、税金泥棒なんかのために……!!」
「――――」
至っていようが極めていようが、天に届こうとも、簡単に、殺すことができる。
だと、いうのに……
(……そう言えば、お父さんもお母さんも、言っていたな……)
こんな時になって……男の言葉を受けて、思い出してしまった。
(元気な子に育つのよ……それが私と、お父さんの願い――)
(大きく強くなれよ……強く生きてくれたら、父さんも母さんもそれで幸せだからな)
小さな子どもに言い聞かせる言葉としては、有り体なセリフだろう。
それでも両親は、確かに願ってくれていた。
わたしが、強く育つこと。強く、幸せに生きることを。自分たちが死ぬ瞬間まで……
「――――」
男の背中を、抱きしめ返した。
だが、呪文を唱えることはしなかった。
体が、声が、舌が……
もうとっくにマヒも解かれているのに、とにかく震えてしまって、魔法が使えない。
そんな状態で……
全てを失い、孤独となり、それでも今日、この瞬間まで、必死に懸命に生きてきた。
そして今、レイに抱きしめられている。
白く照らされた夜の下。リーシャら複数人の魔法騎士が駆けつけた先で、ノッポで強い女のすすり泣く声は、静かに、響いていた。
【マヒ】=『雷』って無理ない?
と思った人は感想おねがいします。




