第4話 白と赤と緑とたくさん
時間は少々さかのぼる……
「ちょっと、いいですか?」
場所は関長室。そこに集まった、四人の関長と彼女らの信頼が厚い部下たち。
集まったメンバーの中で、誰よりも働き、最も頼りにされている男が手を上げ、発言を求めた。
「なんだ? 言ってみろ」
当然、この場で、どころか城内の魔法騎士団で事実上のリーダー格であるシャルは発言を許可した。ほとんどの一般騎士たちは知らない事実ながら、わずか一ヵ月弱の間に示してみせた、この骸骨仮面の言葉の的中率と信頼性はかなり高い。
シャルも、他関長三人も、そのことを関長ほど知っているわけでもないリリアとリーシャも、葉介に注目した。
「五日も経ってから、こんなこと言うのもアレですけど……私にはどうにも、前に森でデスニマ討伐した時と同じニオイがしてならんのですが?」
言われて全員、その時のことを思い出し……すぐに、その言葉の意味を理解する。
「つまり、この城の襲撃さえ陽動だと?」
「デスニマの大群で城攻めしてる間に、どっか他の場所襲おうって?」
「その可能性もありますけど……この国に、この城以外で潰す意義のある場所ってありますかね?」
メアからの質問は肯定するが、そう聞き返してみると、集まった全員が首をひねった。
「色々と細かい理屈は抜きにして、真っ先に思いつくのは、一大貿易地帯のリユンに、一大農業地帯のカリレスでしょうけど……城と違って、仮にこの二つを潰したりしたら、それこそ国がマジメに回復不可能なダメージ受けますわな?」
リユンが無くなれば、海外との繋がりは完全に絶たれ、外からの財源を確保することは不可能になる。加えて、現地の金持ち連中以外に、貿易のすべや技能を持っている人間は、少なくとも城を攻めるようなヒマな人間の中にいるとは思えない。
カリレスを無くしたらば、国内の食糧の供給が完全に絶たれ、貿易うんぬん、財源うんぬん、そう言った複雑なことを言う以前に全員が飢え死にしてしまう。
潰すのであれば、その二つとは違って、今後も生きていくこの国にとっては、経済的にも食糧自給率的にもさほど重要性はなく、それでいて、憎っくきこの国の政治の根幹かつ象徴である、ルティアーナ城だろう。
「もちろん、相手がそんな冷静な判断もできないほど頭に血が上ってて、未来も人生も、全部を捨ててこの国をぶっ潰しにかかってる、ヤケクソの状態なら話は違ってきますけど……」
もしくは、国の外からの第三勢力による侵略目的の横槍か……
もっとも、大陸から離れた、平和と食糧だけが取り柄の小さな島国を侵略することに、大したうま味があるとも思えないため、国外の可能性はすぐに除外したが……
そう言ったもろもろの可能性も考慮して、リユンとカリレスは第1関隊に、周囲の村々にも警戒はしつつ、警備を行うようにと指示されている。今日までの五日間、五日前にたまたま居合わせたリリアとサリアの二人以外、第1関隊の応援が無いのは、こういった理由からだった。
「他の街や村を襲うわけじゃない……なら、なんのための陽動なわけ?」
「うーん……ミラ?」
リーシャの質問に答える代わりに、ミラに呼びかけ、語りかけた。
「ミラはどう思うよ?」
「わたし……?」
「うん……この五日間、デスニマの大群は、森の同じ場所から城下町を攻めてきたでな?」
「ん……」
「五日も攻めてるのに、城下町の魔法騎士団を突破できない。まあ、それ含めての陽動なのかも分からんが……ミラが敵の立場なら、どうやって城を攻める?」
そう問いかけられて……ミラは手を組んで、考えた。
「……デスニマの数を、もっと増やす?」
「それだって全部倒されるかもしれん。今以上の数は増やせないかもしれないし、どっち道、賢明とは言えんね」
「……時間をずらして、デスニマを放す? いつもより遅い時間に」
「それだけじゃ、俺らに休む時間を与えるだけさね。まあ、いつもより遅い分、今日は来ないかもって油断はするかも知らんが、それでも普通に倒されるろうよ。逆に早くても、警戒されてちゃ効果あるとは言えないし」
そんな赤黒のやり取りを、他の全員、黙って見守っていた。
ミラを頼って尋ねているようで、実際のところ、葉介の中ではすでに答えが出ているんだろう。だがそれを、自身の師匠であり上司である、ミラに問いかけ、考えさせている。そうして、今までたった一人でやってきたミラを、真の関長として成長させようという、そんな思いやりを全員が察した。
そして、その思いやりを一身に受けている、ミラは――
「……いつもと違う場所から、デスニマを放す?」
「なして?」
「なしてって……わたしたちは五日間、同じ場所から入ってくるデスニマを、同じ場所で迎え撃ってた。だから明日も明後日も、同じ場所から入ってくるって、騎士の大勢は思ってる。そんな子たちに向かって、見当違いの場所からデスニマが攻めてきたら、驚いてる間に倒される」
「確かに……それでさっき言ってたみたく、時間までずらされたら最悪やね。さすがミラ様」
「…………」
そのセリフが、お世辞だということはミラもさすがに気づいてはいる。
それでも葉介に褒められて、ミラは無表情のまま、だが間違いなく嬉し気にしていた。
なんだかんだ一緒に考えていた他のメンバーも、二人の答えを聞いて大いに納得した。
「つまり、明日も城下町の正面から来ると見せかけて、実は後ろから来るかもってこと?」
「右かもしれんし、左からかもしらん……なんなら、明日と言わず、今夜にでも攻めてくる」
「……!」
「かもしんない」
ただでさえ鋭い葉介の言葉を受けて、全員が緊張を感じて、直後すぐに緩和させられた。
「ぶっちゃけ確証なんかない。敵の考えなんか分かるわけないし……けど少なくとも、敵はわざわざ、城下町の住民全員追い出した後を狙って攻撃の手を強めてる。それは、狙いは城下町や住民でなく、この城と俺ら魔法騎士団だっちゅーこっちゃ」
「それは、そうだな……」
「それで、住民らがいなくなった後で、二日かけて俺らを消耗させた。脱走者だって出てる。もっと時間をかける可能性も無くはないけど……奇襲を仕掛けるなら、今夜くらいがちょうどいいんじゃね? 向こうも長期戦を望んでないかもだし」
「なぜそう思う?」
魔法騎士団を潰し、城を落とす。そのために城の戦力を消耗させるのなら、むしろ長期戦こそが望ましいだろうに。それを敢えてしない理由が、シャルや他の者たちには分からない。だが葉介には、分かっていた。
「俺らが今こうして、対策してるからだよ」
その短い返答で、全員がまたハッとさせられた。
「よっぽどのバカじゃなきゃ、外森の中にデスニマを発生させる何かがあるってことくらい、誰でも分かる。ましてや、俺らはカリレスでその手段を実際に見てる。五日も時間を与えて、デスニマを生み出すヤツがいるってバレてる以上、何かしら対抗手段を打ってくる。そう考えて、あんまり長期戦に持ち込むのは得策じゃない……俺なら、そう考える」
「――――」
「あと、他の根拠としては、一日時間が経つごとに、この国の自力復興は難しくなるっつーことや」
「自力復興?」
また、誰もが予想しなかった言葉が聞こえて、再び葉介の言葉に聞き入った。
「城下町の住民追い出して、ただ城を落としたい……やりたいことはただそれだけで、国を潰したいわけじゃないなら、少なくとも、この国の経済は変わらず回したいはず。でなきゃ、ただでさえ小さくて海に囲まれたこんな国、簡単に自滅する。混乱する時間が長ければ、それだけ立て直しは効かなくなってく。だったら、短期間で勝負を決めたいはず」
「……でもさ」
もっともらしい意見だとは思うし、説得力もある。だが、メアは一人、声を上げた。
「この国変わらず回したいってならさ、なんでカリレスの住民さらっちゃったわけ? この国の一番の特産でもある食糧作る人間いなくなったら、外国に売る物がなくなるから経済は回らない。それが何とかなったとしても、それ以前に食べる物なくなってみんな飢え死にしちゃうじゃん……難しく考えすぎかな?」
もちろん、そもそもカリレスで起きた事件と、今のこの事態が繋がっているという明確な根拠は現時点では無い。だが、全てを偶然で済ますには、タイミングがドンピシャすぎる。少なくともメアの中では、この二つの事態は繋がっているという結論が出ている。
とは言え、メアの言った通り考えすぎであり、ただそこまで頭が回らなかった、という可能性も大いにありはする。
しかしそれは、葉介も同じ考えらしく、お面の口に手を当てて、お面の下の眉間に皺を寄せた。
「それなぁ……正直、あんま考えたくない可能性なんやけど――」
あくまで可能性の一つでしかない――
そう念押しされた上で語られた、葉介の話には、その場の誰もが絶句させられた。
「いずれにせよ……今言ったことは全部、ただの俺の想像の域は出ない。カリレスで捕まえたバカ女みたく、ただ人生に絶望してヤケクソになって、気に入らない国潰したいってだけの輩かも分からん。カリレスの人間をさらったのも、ただのうっぷん晴らしなだけかも分からんし、長期戦になってるのも、俺らの動き関係なく、ただデスニマが足りないだけかも知らんし、単に税金泥棒をジワジワ苦しめたいだけかも知らんし……それでも、もし俺の想像の通り動くとしたら、多分、俺らの寝込みを襲おうとするはず。城下町の方は俺が変わらず見張りに立つけど、できれば他の場所にも見張り立ててほしい」
「その……具体的に、どこに見張りを立てれば……?」
「そうねぇ……とりあえず、俺が立ってるのが、城から見て南やろう? なら少なくとも、城から見て、北、西、東の四方に、交代で見張りを立てるのが定石じゃない?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ヨースケの言った通りになった……」
城門を出て、小高い丘を降り、城下町へは向かわず、東へ。比較的なにも無い、土地を囲む巨大な外森以外見えるものの無い。
そんな場所――東の端、外森の前に、ミラ、アラタ、サリアの三人は並んで立っている。
「なんでこうなる……話が違う、話が違うッ……!」
そんな三人の前には、男が一人。両手に魔法の麻袋を握りしめている。そんな両手や、ベルトにいくつも挟んである革袋やら、口やら目やらもせわしなく動かしている。
例によって、顔の整った見た目こそ若くは見えるものの、立ち居振る舞いがだいぶジジ臭い。見た目以上のおじさんであると、あまり人を視る目に秀でたわけでもない三人にも分かってしまう。
「なんでこいつらがいるんだ……なんで税金泥棒どもが並んで立ってる……なんだってあのゲスロリババァ、命令無視して、早すぎるだろう! もっと夜が更けてから城攻めするってッ、そうすりゃあ、全員寝静まってるから、絶対勝てるって……ひぃッ!!」
目の前の現実からどうにか目を背けようと努力する目でも、飛んできた光は目に入った。
サリアが飛ばした【マヒ】にぶつかる前に、男は必死に走っていた。
「ふざけんな! ふざけんな、ふざけんなッ! こんなの違うッ、俺がこんな目に遭うわけねーッ! 俺はこんなことしたくなかったんだッ、俺じゃねー、俺は悪くねー、アイツらが俺をダマしたからだッ――」
「だったら、そいつらのこと、今すぐ話しな――」
「うわぁあああ!?」
走り出し、もう少しで森の中へ――そんな距離まで走った先には、すでにアラタが仁王立ちしていた。
「ダリッ!」
急ブレーキを掛けた男の顔に向かって、アラタが足を突き出した。
綺麗に伸びた右足は、足裏が男の顔面間近で止まり、男は後ろへ尻餅を着いた。
(今のキック……ヨースケの蹴りに、すごく似てる……)
「ひぃぃぃあああぁぁッ! やめろ! 乱暴すんな! 税金泥棒のくせに、税金払ってやってる国民イジメる気かぁあ!?」
「じゃあ大丈夫だ。俺はまだ魔法騎士になって五日だ。ついでに、この国に来たのだって半月前だ。テメーらの税金なんか、貰ったことねーからなー!」
(皮肉の効いたセリフまで……ヨースケそっくり)
アラタはヨースケに憧れて魔法騎士になった。それは分かっているが、たったの五日の間に、技も言動もここまで似てくるものかと、ミラは息を吐いていた。
「で? 仲間のこと話すのかよ? それかイジメてほしいか? どっちだ?」
「ひぃぃぃぇぇぇッ……話す、話すからぁ……話すから、これ以上俺のこと、イジメないでくれよぉぉぉぉ……」
涙目ながらのそんな返事を聞いて、アラタは男の手を引こうと、両手を隠して小さくなった男に手を伸ばし――
「……! アラタ! 離れて――」
「……!」
ミラの叫び声と、目の前でない真横からのニオイに、アラタはすぐさま反応。後ろへ飛びのき、直後、アラタの目の前を【光弾】が飛んでいった。
「……なんだよ。クソガキのくせに避けやがって」
「あーあっ、せっかく被りたくもねー猫被ってやってたのに。ヤる甲斐のねーガキだな」
「これは……」
「……双子?」
目の前の光景に、ミラもサリアも、混乱を見せていた。
地面に尻餅を着きながら、乾ききった涙目を立ち上がりつつ拭う男。そんな男と、体格も、髪型も、顔も、声も、服装さえも全く同じ男が、杖を向けながら歩いてきた。
「……違う、コイツら人間じゃねぇ。生きた人間のニオイがしねぇ!」
「なら、デスニマ……?」
「いいえ、デスニマなら、あそこまでハッキリした意思はないはず……」
アラタの言葉と、ニヤつき並び立つ同じ姿形の二人の男。それを見たサリアは、記憶をまさぐって、やがて、思い出した。
「加工人形……!」
「加工人形……ああ、そういうこと……」
サリアの呟き。そして、ミラも思い出し、気がつき、納得の声を上げた。
「人形を、生きた人間ソックリに【加工】を施すっていう……」
「それを、【移動】の魔法で動かしている……」
「……へへ。よく分かったな? 魔法騎士のクセに賢いじゃねーか――」
男が肯定した――次の瞬間、両手の麻袋を振り回した。そこからデスニマが出てくるのかと思った。だが、そこから出てきたのは、最初の二人と、全く同じ顔と体格、服装まで全てが同じ見た目の人物……否、人形たちが、少なく見積もっても20人強。
「うおぉ!? どいつがホンモノだ? それか全部ニセモノか? 俺らにコイツら相手させて本物がどっかに……!」
「落ち着いて! アラタ!」
慌てふためきながらも、目の前の男たち、周囲の森や空にも目を配り始めた緑色に向かって、サリアは毅然と声を上げた。
「【移動】で動かすことができるのは、ある程度近くにいるものだけ。まして、これだけの数、これだけ人間に近い動きをさせるには、そばで直接操作しないとできるわけないわ」
「ん……まして、人形が魔法で攻撃なんか、できるわけない。そいつらのすぐそばか、もしかしたら本物が混ざってるか。だから、さっさと内股になって――」
「内股?」
20人強の人形の誰かが、疑問の声を上げた。だが、その言葉の意味を知る緑と白は、すぐさま従った。
二人のつま先が内側を向き、ひざがやや曲がって――直後、ミラが地面を踏みしめる。
「うおぉ……!!」
ミラが最も得意とする魔法、【身体強化】。それで強化された脚で地面を踏みつけ、小規模ながら地震を起こす。ミラが多用してきたこの技に、男たち全員が傾き、転び、倒れた。
だが、あらかじめ、揺れている中でも体感を安定させる姿勢を取っていたことで、サリアは多少フラつくもすぐに持ち直し、アラタに至ってはフラつきさえ起こさない。
そんな二人を見すえつつ、ミラは走り抜け、20人全員に一撃を浴びせようと――
「遅っせーんだよ、バーカ!!」
だが、男の一人へ走り出した瞬間、ミラの目の前には、巨大な影があった。
構わず拳を突き出し、ぶっ飛ばすも、影は一つではない。
「一瞬、動きを止めるだけでジューブンなんだよ! デスニマ呼び出せるスキ見せてくれてありがとーな!!」
最初の影に続いて、他の男たちも魔法の麻袋を振り回す。今度出てきたのは人形ではない。男ですらない。巨大な一匹の親を含めた、大量の、デスニマだ。
「デスニマだけじゃねーぞ!!」
加えて、麻袋からどんどんあふれ出てくるデスニマに混ざって、男の姿かたちの数も増えていく。親も含めた、大量のデスニマに混ざって現れた、大量の男の最終的な数は、おおよそ60人。
「デスニマなんとかしねーと、城がぶっ壊されるぜ!!」
「その間に俺たちは城へ行くがよ!」
「そこで大いに暴れさせてもらうぜ! デスニマはまだまだ持ってるしよー!!」
「サリア……」
人数と共に、高慢さまで60人分になった、そんな男の姿と声に思わず顔をしかめるサリアに向かって、赤色の関長は魔法の狼煙を打ち上げながら、指示を出した。
「デスニマは、わたしが相手する。サリアはアラタと一緒に、あの人形たち追いかけて」
「ミラ様が、一人でですか!?」
「ん……余裕。アラタ――」
「分かった! サリア走れー!!」
「ちょ、ちょっとおおおお!?」
有無を言わさず走り出したアラタを、ほとんど反射的に、だがミラへの心配も感じながら、それでも最優先に押さえるべき敵なことも理解して、走り出した。
「…………」
ミラはまず、目の前で群れているデスニマの数、種類を把握する。
数は人形よりも少ない、おおよそ30匹。子供の種類は例によって様々。サル、オオカミ、イノシシ、シカ、クマ。一番大きな親は、二股の尾と、爪と牙を鋭く光らせる、デスモンキー――
「ん……余裕」
デスニマは、種類がどうあれ自身の最も近くにいる人間や動物に襲い掛かる習性がある。つまり、裏を返せば、どれだけ数がいようとも、人間が一人そこに立っていれば、その人間が生きている限りはそれだけで足止めができてしまう。まだまだ持っているという、デスニマの全てを出してこないのはそういう理由からだろう。
そして、魔法を使えない葉介でさえ、26匹のデスニマを、相手が子供だったとはいえ、全滅させることができた。
そんな、他ならぬ葉介の師匠であり、魔法も余裕で使いこなすことができる、ミラならば……
「――【体強至】・俊脚ッ」
デスニマらの爪が届く直前に、大地を踏みしめる。直後、目で捉えるのが困難な速度で走り抜き、その過程ですれ違ったデスニマを殴りつけ、蹴りつけた。
片端のデスニマを散らした後は、次の片端。半ばにいるデスニマを屠った後には別の半ば。子供のほとんどは一撃、一撃で仕留め損ねたものは、二撃目で確実にトドメを刺す。
家や瓦礫、守るべき魔法騎士たち――言っては悪いが、走り回り、暴れまわるには邪魔な物がたくさんあった中じゃできなかった動きを繰り返し、中央に座する親、巨大なデスモンキー一匹を残して、子供が全滅するまで、13秒。
「【体強至】・剛脚――ッ」
14秒後、再び地面を蹴りだし、持ち上げた足の甲を、目の前で両手を着くサルのアゴへ突き刺した。顎を持ち上げられた巨大サルは、威力に耐え切れず頭が上がり、結果、四つん這いだった体は持ち上がり、尻餅を着き、背中から倒れた。
「ヨースケのおかげで、身に着いた技……」
葉介に出会う前なら、足ではなく、拳で殴っていたところだ。そして、拳では、今使った魔力の量では足りず、無駄に魔力を多く消費することになっていたに違いない。実際、拳さえ強ければ、蹴りなんていらない。そう、ずっと本気で思っていたくらいだ。
だが、葉介が得意で、丁寧に教えてくれた蹴りを選んだことで、同じ魔力の量でも拳では出せない威力を引き出すことができた。
「トドメ――うぅッ」
トドメを刺そうと、倒れたサルの上に着地しようとしたその身に、真横から衝撃が来る。
(尻尾――油断した!)
足の間から伸びている、二股の尻尾。うちどちらかが、空中にいたミラにぶつかり真横にぶっ飛ばした。
(けど、大して痛くない……!)
【硬化】は使っていないが、元より丈夫な体に加えて、体勢も狙いも中途半端だったため威力はこもり切っていない。他の魔法騎士なら危険だったが、ミラを倒すには至らない。
なんの問題もなく、ふっ飛んだ先で着地。立ち上がると、すでに四つ足に戻ったサルはミラに向かって走ってきている。
「【体強極】・大地……」
向かってくるサルを見すえ、ひざをやや下げ、両手を広げ、構える。
そんなミラを捕らえようと、サルは手を伸ばし――
(今ッ――)
そうして突き出されたサルの右腕の、体毛を、強化された左手の握力で引っ掴んだ。すぐに右手も加え、両手でサルの手を握りしめる。と同時に、体を左に半回転、ひざを曲げつつ引っ張った両手を、前から、真下へ振り下ろす。地面を揺らす巨大な音と共に、右腕の伸びきった背中が地面を叩いた。
スケールも迫力も、葉介のソレとは比べ物にならない。それでもこれは紛れもなく、葉介の実家で言うところの『一本背負い』である。
(できた……投げられた、ヨースケに習った技で、親のデスモンキー……!)
少し前の――半月ほど前までのミラなら、魔法で強化しただけの体で、【浮遊】が掛かったわけでもない、巨大化したデスニマの親を投げ飛ばすなど、フルバーストを使ったところで不可能だった。
それを、投げ飛ばすことができた。力の使い方、投げ技の仕掛け方、敵の力や体重を利用するすべ……葉介から習ったそれらを実践した。相手が人間の形に近いサルだったことも幸いの一つだが、いずれにせよ、今までできなかったはずのことを実行できた。
(汚くなんかない……下品な戦いなんかじゃない……ヨースケの戦いは、強くて格好いい、最高の戦い方――!)
誰が見ているわけでもないが、それをたった今、自分が証明してみせた。もう誰にも、ヨースケが汚いだなんて言わせない。
その決意のもと、上に向かって飛び、目の前で仰向けになったサルの首元へ着地。
「【体強極】・大地――ッ」
最初に地面へ振り下ろした脚を、今度は、サルに向かって振り下ろす。
数秒と掛からない間に、一度――二度――三度……
繰り返した結果、再びサルが暴れ出すよりも前に、サルの首の骨は傷つき、ヒビ割れ、砕けた。肉や皮が繋がっていても、首が落ちたのと同じ状態となった結果、巨大なサルは、動かなくなった。
「よし……次――」
「【移動極】・大人形劇!!」
【移動】の魔法とは読んで字のごとく、物を動かし運ぶための魔法――言い換えるなら、念動力の魔法である。動かせる物の重さには限界があるし、限界以上に重い物や、デリケートな物を動かすには、【浮遊】で重さを無くすなり工夫も必要だが、いずれにせよ、よく使われる魔法と言っていい。
だが、物を動かすということは、場所から場所へ移すだけでなく、物によっては、転じて自由自在に動作させることができる、ということ。
それに至り、極め、人形を自在に動かせるようになって、その数を段々と増やしていって、その結果生まれたものこそ、サリアとアラタが必死に追いかけている60体である。
「おら!」「そら!」「ほら!」
「おら!」「そら!」「ほら!」
しかも、ただ逃げているだけならいざ知らず、全員がジグザグに走りグルグルと回りながら、後ろを追いかけるアラタとサリアに向かって、魔法を撃ち、デスニマを放っている。
「――【体強至】・俊脚ッ!」
放たれたデスニマは、アラタが向かっていった。葉介からは技を、ミラからは魔法を鍛えられ、加えて、五日間で数えきれないだけのデスニマを討ってきたことで、手際も、動きのキレも、ミラほどではないにせよ身に着いている。子供や小さなデスニマなら、もはやアラタの敵ではない。
「【体強至】・剛腕ッ!」
実際、得物の剣も併用し、放たれたデスニマ全てを確実に倒していっている。
なので、必然的に、残った人形たちはサリアが相手をすることになるのだが……
「おら!」「そら!」「ほら!」
「おら!」「そら!」「ほら!」
先ほどミラが言った通り、いくら精巧に【加工】したところで所詮は人形。呪文も知らなければ魔力も無いため、魔法は本人が撃つしかない。彼女らの見立て通り、60体の内の誰かが持つ革袋に隠れて魔法を撃ってるんだろう。
それは分かっている。分かっていても、60体分のジグザグな動きを一人一人目で追うので精一杯なうえ、どこから撃って、その後60体のどこへ移動したか。そんなこと、サリア程度の【感覚強化】では見分けがつかない。
加えて……
「はぁ……はぁ……」
朝から夕方までの戦いで、ただでさえ魔力も体力も消耗している。
【身体強化】で運動能力や瞬間的な体力を底上げすることはできても、根本にある自の体力は普通に削られる。それらに恵まれている第5とは違って、サリアはせいぜい、一般の人間に比べればマシ、というレベルでしかない。多くの魔法騎士がそうであるように、元の体はバネも柔軟性もなく、少し長距離を走った程度でバテてしまうのが現実だ。
息を切らしながら、それでもどうにか本体である人形遣いを見つけ出そうと目を凝らしても、すぐに攻撃されて集中を途切らされ、分からなくなる。
魔力と体力、両方を削られるサリアに対して、相手が使うのは人形を動かすための魔力だけ。魔力も体力も余裕のある第5の二人は、デスニマに手一杯。
私一人では、人形遣いの男を対処できない――
「――なんて、言うわけないでしょう!!」
客観的に考えて、私には無理だと本気で結論付けた。それで、諦めていた。
少し前の……シマ・ヨースケに出会う前の、自分なら――
「精鋭部隊の第1関隊、嘗めんじゃないわよ!!」
今日まで、したくもない、する意味も感じられない苦労の連続だった。辞めたい、逃げたいと思ったことも一度や二度じゃない。それでも私は残った。だからこうして戦える。そして、そうまでして戦うことの意義を、彼から教わった。
そんな彼の身近にいる、二人の前で……そうでなくとも、新入りを含む年下二人の前で、格好悪いところを見せるなんてできない。
「――【身体強化】ッ!」
二人と違って、極めてもいなければ至ってすらいない。それでも、ただ極めて動かしているだけの人形を追い抜くには、十分すぎる速度を出せた。急激な強化で息は詰まり、腹や足は痛くなる。それでも、人形たちの前に出ることはできた。
「――【閃鞭】ッ!」
どれが本物か分からないなら、本物も含めて全部倒せばいい……
そんな結論のもと、杖を振るい、そこから長く伸びた鞭を横薙ぎに振う。
何人……否、何体かの人形は、しゃがむか跳ぶかして閃きから逃れるも、半分以上の人形は、鞭に押され、離された。
(全部動かなくなった……なら、あの中ね!)
閃きに押され、五メートルほど離れた人形たちは倒れたまま停止した。それを確認し、残った者たちへ向かう。
(人形に【マヒ】は効かない……【閃鞭】で全部叩く!)
どこに本物が潜んでいるかは知れない。だから、反撃のスキは与えない。
直前にしたのと同じ。だが、直前よりも低く、【閃鞭】を横薙ぎに――
「――えッ」
閃きを振るおうとしたその時、衝撃は正面でなく、真横から来た。
横にいるのは、鞭に離され停止したはずの、人形たちしかいないはず……
(え? うそ、なんで……?)
地面に転がった痛みも、全身の痺れのせいでマトモに感じられない中、どうにか首を、横方向へ向けてみた。
確かに、さっき見た時は停止していた。そうでなくとも、これだけ距離が離れていれば、人形たちを動かすことなんて――
「五メートルまでなら、ギリギリ【移動】が届くんだよ」
声は、正面でなく、飛ばされた人形の方から届いた。確かに停止していたはずの、半数を超す人形たち。いくつか壊れてしまった物もあるが、無事な物は、順番に、ゆっくりと、立ち上がっていった。
「動かねぇ方に人間はいねぇって、思い込んでたんだろう? バーカ!」
高慢で傲慢。厚顔に不遜に、相手を見下している。そんな態度ながらどこか芝居掛かった、大げさな声色。
「動かねぇフリも弱っちいフリもなぁ、演じるなんざ楽勝なんだよ!」
「こちとら人形を動かす以前に、ずーっと芝居してきたんだからなぁ!!」
「役者嘗めんじゃねーぞ! 税金泥棒どもー!!」
人形たちの口に合わせて、発せられたそれは、目の前に倒れたサリアだけじゃない。
役者として大成する夢は叶わず、志を同じにしていたはずの仲間たちには見限られ、一人残された後は、人形を動かして一発当てようとがんばった。
なのに、興味が無い、仕様も無い、つまらないと、誰からも見向きせず、このために極めた【移動】の魔法も、意味が無いと否定して、社会も、国も、誰もかれも見捨てて。
自分を貶めたそれら理不尽のもろもろに対する、人形遣いの叫びだった。
「人気もいらねぇ! 努力もいらねぇ! 苦労もしねぇ飢え死にもしねぇ貧しくならねぇ腹も減らねぇ!! 俺たちの税金で食ってやがるテメェらなんざ、この城と一緒に死んどけッ、バーカ!!」
叫んでいる間に、離れていた60体は合流を果たし、再びひと塊で走り出した。
走り出しながら、再びデスニマ数十匹を放っていった。
「しィィィぬわけなァァいでしょオオオオオ!」
【マヒ】を喰らって、痺れる体に鞭打って、立ち上がった。
(シマ・ヨースケだって、レイ様の【マヒ】を喰らっても立ち上がって、最後まで戦った……私だって――)
私なんかが、あの人に勝てるだなんて思わない。けれど、勝てなくともせめて、近づきたい。そのために、敢えて第5関隊の二人と一緒にここへ来た。
「……うぅッ」
ひとたび【マヒ】を喰らってしまえば、全身、呪文を唱えるための口の中さえ痺れていることもあり、自力で回復することはほぼ不可能。時間経過で効果が消えるか、誰かに【治癒】を施してもらう以外にない。
そんな、魔法を撃つことなど不可能な状態にあろうとも、襲ってくるデスニマたちは待ってはくれない。そんなデスニマに向けて、痺れる腕を上げ、杖を構え――
「お待たせ……」
そんなサリアの後ろから、若い、静かな声が響いた。
小さな赤色の影。揺れる白髪。褐色の拳。
一瞬、肩に手を触れたと思った瞬間、あれだけ震え痺れていた体は一瞬で完治した。
「アレは、わたしが片づける……」
「俺もいくぜー!」
更に後ろから、ミラとは対照的な元気な声が、空を割く剣の音と一緒に響いてきた。
「アラタ……デスニマの子供に時間かけ過ぎ」
「ごめんなさい! じゃあ、急いでサリアの道作るぜー!!」
「【体強至】・俊脚――ッ」
「【体強至】・俊脚――ッ!」
向かってくるデスニマ、大よそ50匹弱。それに向かって、迷わず突っ込んでいく赤と緑。それがぶつかった瞬間、デスニマによる壁に、ポッカリと、穴が開いた。
「サリア、今――!」
「やっちまえー!!」
十秒にも満たない、あっという間の出来事に、思考と判断が追いつかずに立ちすくんでいた。そんなサリアの耳に、二人の幼い声が届いてやっと、強化された脚で走り出した。
「敵を倒すのは第1の役目――」
「邪魔させねーのが第5の仕事だー!!」
すでに、二人の声が届かない距離まで走っていた。二人としても、サリアに聞かせるつもりで叫んだわけじゃない。そして、そんな言葉を確かに実行して見せた、そんな二人の姿は、サリアの目に焼き付いた。
「これが、ミラ様とアラタ……シマ・ヨースケのいる、第5関隊の力……!」
圧倒され、感動に打ち震えた。できればもっと、魅入られた男の上司と後輩、二人の力を見てみたいと思った。それでも、今の自分の最優先事項はよく分かっている。
「追いついたわよ!!」
もう城が目の前という距離で追いついた人形たちに、再び【閃鞭】が振るわれた。まさか追いつかれると思っていなかったのか、今度は一人も避けることをせず、横薙ぎの閃きをモロに喰らい、真横に吹っ飛び、地面を転がった。
「……なにしやがんだ税金泥棒の■■■■■――!!!」
この世界でも、葉介の実家から見ても、間違いなく下品でサイテーな言葉が、男の声で発せられた。
すぐさま立ち上がり、メチャクチャに動き回り、同時に魔法を撃ちながら、誰もが不快に感じる言葉を口々に放つ中――そんな魔法を防ぎつつ、そんな言葉など意に介さず、男を、人形たちを見据える。
(声と見た目にダマされちゃダメ……魔法を動かしてるのは【移動】だろうけど、人形にしゃべらせるような魔法は無い。ただメチャクチャに人形を動かしながら、たまたまそばにいる人形か、自分が隠れてる人形の口を適当に動かして、それに合わせてしゃべってる……声を出してるのは一人だけ……)
60人強の同じ見た目をした男たちという、誰も目にしたことのない異様な光景を前にしながら、それでもこれだけ冷静に分析できるのは、この男たちに相対した魔法騎士が、サリアだからに他ならない。
精鋭部隊の第1関隊。憧れのレイ様がいる第1関隊。そこへ上りつめるため、そして、上りつめた後も、魔法を学び、知識を吸収し、魔法騎士団・第1関隊の名に恥ずかしくないようにと、力をつけてきた。
周りを見ても、倒れそうな激務とくじけそうな罵声罵倒の中、そこまでのことを好き好んでやる人は少ない。実際、そうして得た知識は今まで使い道も、活かす機会もなく、やる意味があったのか、時間の無駄じゃないのか、そんなことを考えない日はなかった。
そんなふうに悩み、疑問に感じながらも知識を蓄えてきたサリアだからこそ、目の前の異様を冷静に分析、解明することができた。
アラタの嗅覚の良さもあったとは言え、アラタやミラだけならもとより、他の魔法騎士でも、ここまでの分析ができるかは怪しい。魔法やこの世界の常識に乏しい葉介にはできない、サリアの武器だ。
そして、そんな武器を持っていながら……むしろ、持っているからこそ、理解してしまうことがある。
(……ダメ、私には、本物を見つけられないッ)
いくら【感覚強化】で視て、聴こうとしても、メチャクチャに動く60人の中からたった一人を見つけ出すことは、サリアにはできない。
声を追おうとしても、撃ってくる魔法とランダムに過ぎる動きのせいですぐに分からなくなるし、人形の動きを観察しても、誰もがまるで人間と変わらない動きをしている。
分かるのは、人形にこれだけ精工な動きをさせるのに、男も相当な努力と苦労をしてきたに違いない、ということ。それが認められなかったのだから、そりゃあヤケにもなるか、という、一種の共感と憐れみくらい……
《アラタ!!》
そんな、懐いてしまった感情をすぐ捨て去って、【拡声】の声を上げた。
《アナタの力が必要よ!! すぐに来て!!》
「……アラタ、行ってきて」
「で、でもよ――」
「わたしは平気……親もいないし、すぐに片づく」
「だったら、俺より、ミラの方が――」
「アラタ一人で、こいつら全部はまだ無理……それに、サリアがしたいのは本物探し。だから、わたしは残って足止め、アラタが行くのが適任」
「――――」
「行ってきて――関長命令」
「……ぁああ! 分かったよミラ! サリアぁあああああ!!」
まだ、デスニマは相当数残っている。
それでもミラなら、確かに大丈夫だということをアラタも分かっているから、ミラを置いて、自分の力を求める、サリアのもとへ走った。
「アラタ! 私が戦ってる間に、本物見つけ出して! アナタの目と耳と鼻が頼りよ!!」
合流したアラタへ、最低限の指示を送った。その後は戦闘を再開。アラタに向けられた攻撃も防御しつつ、アラタに60人を視せ、聴かせ、嗅がせた。
(……つったって、この数は――いいや、弱音吐いてんじゃねー!!)
相変わらず、サリアにもアラタにもメチャクチャに魔法を撃ちつつ、人形たちもメチャクチャに動き回っている。少なくとも、見た目だけで本物を見分けることはできない。それだけ、見た目も動きも表情も、人間にしか見えない。
(目を皿にして見張りまくれ……耳おっ立てて鼻開け……ミラが言ってた。魔法を撃てるのは人間だけだ。どいつかが魔法を撃った瞬間を見極めやがれ……!)
60人の、同じ顔の人形。全員が同じ服を着て、全員が同じ杖を持ち。
そいつらがメチャクチャに動いては、メチャクチャなタイミングで魔法を撃って、汚い言葉をギャーギャーギャーギャー……
(魔法、撃った――また、別のヤツ――今度はアイツ、しゃべった――足音、動いて――口、全部同じ――魔法、撃たれた――しゃべった――走った――動いた――)
動きに集中する。声に集中する。魔法に集中する。視つめ、聴いて――
「――そこだッ!!」
魔法が撃たれる、その直前を見極め、強化した脚で跳び上がった。
直後、今まさに、杖を上げていた一人の上に着地、踏みつぶし、地面へ押し倒した。
「やっ――ちがッ――」
だが、すぐに違うとニオイで即断。再び跳び、距離を取る。直後、アラタのいた場所に魔法が飛んできて、倒れていた人形を吹き飛ばした。
(クソッ――どうなってる? 人間のニオイはハッキリ感じた。だったらこん中にいるはずだ……!)
仮に魔法の革袋に隠れているとしたら、穴でも開いていない限りニオイは漂ってこない。
それを知っているからこそ、人間のニオイを感じた時点でこの中に人形遣いが混ざっていることは分かっている。
けど、肝心のソイツがどこか、分からない。
「オラ死ねよ■■■■■のクソガキがぁ!!」
「テメェは■■■■■を■■■■■してろよ■■■■■!!」
「アラター!! がんばって!! アナタだけが頼りよ!!」
「……アァアアッ!! お前らも声も音も邪魔だー!!」
ただでさえ神経を尖らせ、慣れない集中を強いられて。それでも結果を出すことができないイラつきから、目を閉じ、耳も塞ぎ――
(……ん?)
耳の穴が擦れる音と、鼻息しか聞こえてこない真っ黒な世界で、アラタは感じた。
(なんだよ……最初っから、こうすりゃよかったんじゃねーか!!)
気づき、理解したアラタは、目も耳も閉じたまま、走り出した。
そんな少年の所業を、人形遣いが見逃すはずもない。ただ単純に突っ込んでくるクソガキを殺そうと、魔法を撃った――
「■■■■■ッ、邪魔すんじゃねーよ!! ■■■■■ッ!!」
「行って!! アラタ!!」
だがそれを、サリアが魔法で防御、けん制。相変わらずの汚い言葉とののしり。それと魔法を一身に受けながら、走るアラタへ、聞こえはしない声を送った。
(……そう言やぁ、ヨースケも言ってたっけなぁ……?)
何も見えず、何も聞こえない。そんな世界を走りながら、思い出すのは、あの黒いおっさんの言葉。
(目、耳、鼻、全部良いなら、場合に合わせてどれか一つに絞ったら、その一つはもっと良くなる、だったか? 意味はよく分からなかったけど、こーいうことかよ……!)
特に自慢に思ったこともない。実際、魔法を使えば誰でも同じことができるんだから自慢にもならない。ただ、生まれた時から魔法も無しに、目も耳も鼻もやたらに効いた。
が、親も家族もなく、【身体強化】以外の魔法を知らない身で、この国よりも貧しいくせに、広くてバカデカい国で生き延びてきたのは、この目と耳と鼻があったからだ。
そして、使う時は、基本的にいつも同時一辺に。それで困ることもなかったし、それが普通だった。
けれど、正しい使い方がやっと分かった。
(ムカつく筆頭大臣のせいで、あんま一緒にいられなかったがよぉ……やっぱ、サイコーだぜヨースケ!!)
「ダリダリダリダリダリダリィイイイイイ!!」
目を閉じ、耳を塞いで、唯一感じるニオイに向けて、頭のみ前に突き出して……
「……え? ちょ、アラタ?」
急に叫んだかと思ったら、飛び込んだはずの人形たちの中から、頭を突き出し飛び出して。そんなアラタを見て、サリアは困惑した。
「アラタが、二人……?」
当たり前だが、アラタはこの世に一人しかいない。なのに人形たちの中から飛び出したアラタの突き出した頭には、同じ姿勢で向かい合う、アラタの姿が見える。
「そういうこと――!」
そこでサリアも気づいて、杖から【閃鞭】を伸ばし、走っているアラタと、同じ速度で下がっていくアラタへぶつけた。【閃鞭】に押し出されたアラタはそのまま後ろへ押し出され、それを感じた本物のアラタも、その場で立ち止まった。
「……あぁ? なんだ? このチビ?」
ソイツを見て、そんな声を漏らしてしまうのも無理はない。
人形たちは全員、この国の成人男性らしい、背が高い美形の男たちだったのに。
目の前で尻餅を着き、アラタを見上げているのは、そんな人形たちとは似ても似つかない。顔は綺麗に整えてはいるが、アラタやミラより、どころかメアより、魔法騎士の誰よりも背が低い、小男だ。
「その男が、人形を操っていたということよ」
そこへ、サリアも合流した。
「こいつが隠れていたのは、魔法の革袋じゃなくて、人形たちの中。その中で、自分自身の四方に【鏡】の魔法を出現させて、周りの景色や人形たちに溶け込んでいたというわけ……そういえば、何年か前に、演劇で【鏡】を使ってた人がいたって聞いたことあるわ。【鏡】の表は普通に鏡だけど、裏側からは向こうの景色が問題なく見えるしね」
第2関隊のリーシャも似たような使い方をしていたが、演劇で使われる以前から独自に使ってきたことで、至っているリーシャと比べれば、技術の差は歴然としている。
更に言えば、鏡を出現させると言っても、出現させた【鏡】は【結界】と違って実像の無い、蜃気楼のようなもので、物は映るが触れはしないし通り抜けられる。だから、強度や形によって重量も変わる【結界】と違って簡単に動かせる代わりに、普通に攻撃を受ければひとたまりもない。あんなに大勢の人形たちは、それから身を守るための盾でもあったわけだ。
「……終わった?」
そこへ、ちょうどデスニマを全滅させてきたミラも合流。
「とりあえず……大ケガしてもいいなら、抵抗してもいい。大ケガしてもいいなら……」
「――うぅッ」
緑の小僧に見つけ出されて。白い女に全部見破られて。赤いチビには脅されて。
杖は握っているし、革袋にはまだ麻袋も入ってる。
だが、自慢の人形たちは、一体も手元に無くなった。
そんな状態で、自分が人生を捧げて身に着けてきた全部を潰した、三人に囲まれて。
三人の向こうを見たら、城から来たらしい、新手の魔法騎士どもが走ってきていて。
「ちくしょう……チクショウ!! ちくしょうチクショウちくしょうチクショオオオオオオオオオオオオオ――!!!」
ディックを含む、新たに走ってくる魔法騎士らの目の前で。
演技と人形を動かすだけが取り柄の、小さな人形遣いによる、演技ではない絶叫が、白い夜空にコダマした。




