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第1話  城下町にて

 一日目――


 午前の未明、デスニマの大群が城下町を急襲。種類を問わず、総数五十匹以上と推定。

 初動は城下町の見回りに出ていた、第4関隊の一般騎士五名、うち四名にて対応。一名は城へ応援を求め戻ったものの、多くの魔法騎士が不在だったことで通達の遅延が発生。

 ロシーヌ・クラロッツォ筆頭大臣の号令を受け、城外に出ていた者を除いた、魔法騎士団全員が集められたことが原因の一つである。


 城内にいた魔法騎士全員、城下町へ向かい対応。

 火災の鎮火、住人および負傷した魔法騎士の救出および避難誘導を開始。

 デスニマの全滅にて戦闘を終了。


 被害は、住宅地帯の屋敷、家屋の二十棟以上が倒壊、または半壊、全壊。

 中央通りの被害は更に深刻を極める。露店および商店の建物、ほぼ全てが倒壊。【修復】魔法による施設の復興自体は可能ながら、商店としての機能回復は絶望的な状況。

 死者数、1名。行方不明者、7名。負傷者、多数。魔法騎士の被害、ゼロ。

 負傷者全員は城に招き入れ、第3関隊を中心に治療。負傷者らからの非難、魔法による攻撃を浴びつつ、全員の治療を完了。帰宅可能な者には、自宅への帰宅を許可する。




 二日目――


 昨日とほぼ同時刻にデスニマの大群が発生。総数は同じく五十匹以上。

 家屋の【修復】を目的に、住民らが集まっていたタイミングに発生。意図的に狙われたものかは不明。

 昨日発生したものは全滅させはしたが、念を入れ待機させていた一般騎士ら二十名によって即時対応。通達および、住民らの避難誘導を開始。

 避難完了後、合流した魔法騎士団総員にてデスニマに対応。第5関隊を中心とした戦闘により制圧を完了。


 この日の死傷者は、住民、魔法騎士、共にゼロ。

 ただし、二日連続、同じ時間による発生を考慮し、住民らの帰宅は許可を出さず、城内にて待機命令。住民および、筆頭大臣からの苦情に対応。魔法騎士団も交代で休息を取らせる。




 三日目――


 みたび、同じ時間に大群が発生。再度第5関隊を中心とした戦闘によってこれを鎮圧。

 これ以上の希望的観測は望めないものとし、城内敷地内に待機させた民間人全員の、城下町外――リユンへの避難を決定。

 住民らからの猛反発を受けつつ、最終的には全員が承諾。


 避難は、主に魔法騎士らによる絨毯、および箒による空からの送迎。それが困難な女性、子ども、老人、病人は、城内神官団による【瞬間移動】にてリユンへ転移。

 なお、空の移動の際、デスニマは城下町を囲む外森から発生しているものと推察。上から森を見渡した際、森の中に目視で数十匹以上のデスニマがいたという目撃情報が多発。その全てが城下町の側へ集まり、平原に続く外側には一匹も近づかなかったとのこと。


 なお、送迎を引き受けた一般騎士らの内、五名の騎士が未だ帰還せず。

 途中、デスニマに襲われた可能性、もしくは、送迎に乗じて、逃走した可能性大。

 なお、外森がデスニマの発生源である可能性を受け、筆頭大臣の命令のもと、森の前に寝ずの番を一人配置。




 四日目――


 昨日までと比べ、かなり早い時間にデスニマの大群が発生。デスニマの発生源は、森の中に相違なしと断定。

 まるで住民らの避難を待ちわびたかのように、昨日までとは比にならない大群が城下町を襲撃。数はもちろん、発生の間隔も狭まっている。

 カリレス、リユンと同じく、城下町およびルティアーナ城には【害獣除け】の魔法が施されているため、その境界に位置する森からの侵入は最低限に止められてはいるものの、それでも、一度に推定三十匹から成るデスニマの大群と交戦。


 城内の魔法騎士らを総動員し、交代で交戦。それでも、全員の体力、および魔力の消耗は著しい。特に、体力と戦闘技術に秀でた第5関隊、うち一名は、筆頭大臣の命令もあり、初日からマトモな休息なく戦い続けていることが懸念事項である。

 襲撃は陽が落ち、暗がりが広がるころに終息を見せる。が、陽の入りが襲撃終了の合図であるとの楽観は早計のこと。寝ずの番の配置も継続。


 なお、この夜のうちに、七人の一般騎士が城を去り、そのまま戻ってこない――




「そして、五日目……」


 関長室にて、今回の事件を報告書にまとめているシャルは頭を抱えながら、ため息を吐く。

 もっとも、こうなってしまっては、報告書などまとめたところで、提出するような相手もいない。ただ、ついさっきようやく手が空いて、関長室に来てみたら自分一人しかいなかったから、暇つぶしに何となくまとめているに過ぎない。

 誰に見せる物でもないからか、読み返してみると、書いている内に文章が雑に、普通になってきている。まあ、全てが終わった時、それまでまとめたことを、リユンにいるレイに見せてやるのもいいかもしれない。そんな日が来るまで、生きていればの話だが……


 と、ちょうど四日目を書き終え、ため息を吐いたタイミングで、関長室のドアが開いた。

 メア、セルシィ、リーシャ、リリアは、疲れ果てた様子で。そんな四人をよそに平然と歩いているのが、ミラと、もう一人……


「シマ・ヨースケ……そのお面は必要か?」

「素顔でいたら、みんな怖がるんだから、仕方ないでしょうよ?」


 シャルが納得しつつ複雑な表情を浮かべている間に、入ってきた赤と黒以外の全員、イスか、あるいは床、中心のテーブル……とにかく座り込んだ。


「まただよ……第4(うち)から四人、さっき逃げ出しちゃった」

「第3からもです……さっき確認しましたが、二人が荷物と一緒にいなくなっていました」

「第2はもっと深刻ね。三人いなくなってる。他にも、正直に逃げたいって言ってきた子もいたし、お金持ち出身の子たちの中には、実家から帰ってこいって手紙がきたって子もいたわ」


 メア、セルシィ、そしてリーシャの順に説明を聞いて、シャルはため息を吐いた。特にリーシャの話には、他でもない第2関隊をまとめる者として、頭を抱えずにはいられない。


「……第2って、第1の次に優秀な人たちだと思ってたけど、俺の勘違い?」

「まあ、お城やお金持ちたちを護るって言ったら聞こえは良いけど、ぶっちゃけて言えば、子どもを立派に育ててあげられなかった富裕層の親たちが、とりあえずの就職先として送りつけてきたのを迎え入れて、適当な仕事割り振るようになったのが第2関隊の走りなのよね。今でも割とそんな感じだし……」

「アハハ……それ言っちゃうと、そもそも魔法騎士団自体、今から二十年……十九年前か。周りの国が戦争してようが仕事休めない男たちの代わりに、ヒマしてる女、子ども集めて訓練させて、自衛に当たらせたのが始まりだしね」

「女がなるものって言われてた、本当の理由はそれですかい」


 リーシャとメアの説明を聞き、今さらながら魔法騎士団の歴史を知って、そしてまたリーシャが続きを語った。


「そんなわけで、今の第2も割とそんな感じだし。まあ、双子は優秀だし、レイちゃんやシャルちゃん、他の強い魔法騎士たちに感化されて強くなった子だって大勢いるけど、そうでもない他の子たちは、下手な若手よりも弱いし。何より、強い弱いに関係なく実家には逆らえない子は多いのよ」

「これだから金持ちってやつは……」


 もちろん、金持ちの子ども全員が弱い、ということは決してない。金持ちだろうと残って戦っている子だっている。すでに逃げ出した子たちも、全員が金持ちだったわけではないだろう。

 葉介は別に、金持ちを責めたいわけじゃない。


「子どもが心配なのは分かるけど、せめて命令じゃなくて、頼みまでにしとけっての。選択権やそこから来る責任は子ども自身のものなんだから」


 本人が逃げ出したいというのなら仕方がない。誰もが予想しなかった事態な以上、誰だって死にたくないと思うのは当然。逃げても誰も責めることはできない。

 今まで仕えてきた城や、一緒に戦ってきた仲間、仕事へのプライド、そういう諸々を秤に掛けて、自身の身の安全を選んだというなら言うことはない。


 だがそこに、『親からの命令』が加わったが最後、意味合いは全く変わってしまう。

 本当は残って戦いたい者の意思を否定するのはもちろん、逃げると決めていた子どもに、親からの命令だからと、不要な言い訳を与えてしまう。どちらにせよ、ただ甘やかしているだけだ。

 魔法騎士にした理由が何であれ、これでは、わざわざ送り出した意味なんかないだろうに……


「関長の皆さんには、そういうご実家からの連絡は来とらんのですか?」


 さすがに今の状況で、指揮を執る立場の人間にまで抜けられてはマジメに死活問題である。そして、そう思う葉介に対して、心配は不要だと関長全員が顔を向けた。


「私の親は元魔法騎士だ。連絡は来ていないが、最後まで戦うことを望むだろうな」

「えっと……私の家からは、手紙をもらいました。実家のことは気にせず、魔法騎士として、大いに戦ってこい、とのことです」

「…………」

「……メアは?」

「――え? ああ、ボクん家からは連絡なんて来ないよ。娘の仕事にいちいち興味なんてないだろうし」

「……わたしの家は、第5関隊だから……」


 各々の事情はどうあれ、心配はいらないと分かり、葉介もそれ以上は聞かなかった。


「……まあ、いい。逃げたい者は逃げ出してもらって結構だ。残った者たちで、できることをするだけだ」


 逃げられたことで戦力の低下は免れない。が、それも今に始まったことじゃない。だからシャルも、今考えるべきことを新たに考える。


「リーシャさん、今残っている者たちで、戦闘続行が可能な者は?」

「あたしと、少なくとも今ここにいるメンバーは大丈夫として……他は正直、多いとは言えないわね。ほとんどの子は、慣れない戦闘で魔力を使い果たすか、残っていても少しだけ。今マトモに戦えるのはせいぜい、あたしたち以外に、十人もいないんじゃないかしら? サポートの第3の子たちに、本格的な戦闘は厳しいだろうし……第1(リユン)の方も、避難者への対応で手一杯で、増援は見込めないのよね?」

「うむ……リリア。外森の件はどうだったか、報告しろ」

「は……」


 リリアは立ち上がり、一度呼吸を整えて、シャルと目を合わせた。


「第5関隊の三人、および私を含めた前線メンバーで、デスニマの大群の突破と外森への侵入を目標に戦闘を行いました。始めこそ順調でしたが、城下町を抜け、森までの距離が目前に迫った瞬間、【害獣除け】の壁を通れずにいたデスニマたちが狂暴化しました。その結果、それまで増加はしていながら、数自体は安定していたデスニマが、強引に内側へ侵入。これまで以上の数を相手取る結果となりました」

「ん……明らかに、わたしたちを森に入れたくないみたいだった」

「強さと数からして、襲ってきてるのは全部子供だろうし、生んでる親か、もしくはそれ以外で、俺らを近づけたくない何かが、森の中にある。そう考えるんが妥当だろうね」

「ふむ……」


 リリア、ミラ、葉介の順に語られた言葉を受けて、また考える。

 デスニマが何かを守る……子供を含めても聞いたことが無い案件だ。

 親であれ子供であれ、デスニマは基本的に自分本位の行動を取る。子供の役目は親にエサを運ぶことではあるが、考えているのはそのために獲物、特に人間を好んで襲うという習性・本能のみで、親を守るという役目は担っていない。シャル自身、今まで散々デスニマと戦ってきたが、親を目の前に相対している間も、他の子供は自身の、より近くにいる部下たちに襲い掛かっていたのは見慣れた光景だった。

 だから、三人が語った話も、にわかには信じられないことだが……


「仮に、デスニマどもが森の中の何かを守っているとして……いずれにせよ、ただのデスニマではない、ということだな、ミラ?」

「ん……関係あるかは、分からない。けど、わたしたちがカリレスで戦った、人間が生み出したデスニマ、かもしれない……」


 カリレスで戦った……実際には、戦ったとさえ言えないほど一方的な状況ではあったものの、あの女が使った道具は、明らかにデスニマを作り出していた。

 そうして出来上がったデスニマがどんな習性、特徴を持つかは未だ第1の尋問の結果待ちではあるが、今までのデスニマとは様子が違う以上、それ以外に可能性は無い。


「何にせよ、このデスニマの大群をどうにかするには、やはり、外森に侵入するしかない、というわけか……メア?」

「無理無理……」


 シャルに呼ばれたメアは、要件を聞く前に手を左右に振っていた。


「前線部隊を空から援護しつつ、可能であれば空から森に侵入……何度も試してみたけど、箒じゃ突破できないギリギリの距離で、いっつもデスバードの群れが襲ってくんの。よく見たら、あの辺一帯の木の上全部、デスバードが占領してた。他の動物と違って【害獣除け】を突破するだけの力が無いんだとしても、ありゃあ完全に空を警戒しての配置だね。強引に突破したとして、一気に蜂の巣ならぬ、鳥の巣にされちゃうよ」

「そうか……今のところ、夜は比較的大人しいようだが、ただでさえデスニマに溢れた視界不良の場所へ、夜に突撃というのは自殺行為だし……地上からも、空からも無理。となると、残りは――」

「また森焼き払っちゃう?」

「却下。規模が違い過ぎる。深くはないけど、範囲が広すぎて燃やしきれん。前と違って大勢が逃げてるから、城に残ってる魔法騎士だけじゃ人手が足らんやろうし、無理して燃やしたら一気に魔力が無くなる。そもそも、せっかくデスニマたちも、森中に広がるでもなく、城下町の目の前のアソコに集まってくれてんのに、それで内外バラバラに逃げられでもしたらどうすらい?」


 リーシャの不用意な発言を、葉介は容赦なく切り捨てた。


「そうでなくて、別の道ってことやろ……ね? ミラ」

「ん……お城の地下から」


 ミラの一言に、関長と葉介を除いた視線が集まった。


「お城の、昔の緊急脱出経路……わたしとヨースケの通勤路……そこを突っ切れば、森には何にも邪魔されなく進める」




 やるべきことも決定し、そのための細かな話し合いも済んで、関長室の扉を開く。外にはすでに、若い一般騎士たちが待ち構えていた。


「メア様! お疲れさまです!」

「セルシィ様……食事をお持ちしました」

「シャル様、リーシャさん!」

「リリアさまー!」


 誰もが、デスニマとの相次ぐ戦闘に疲労を感じているだろう中、それでも自分たちを束ね、苦労を背負ってくれている関長、尊敬すべき先輩のもとへ集まる。

 少し前までなら、そんな関長たちの中にも例外がいた。だが今は、違う。


「ミラァァー!! ヨースケェェー!! 話は終わったのかァァー!?」


 誰よりも大きく通り、だが誰よりも幼い声が空間に響いた。

 声だけでなく、見た目もある意味、ここでは一番目立っている。

 紫、青、黄、それらとは全く違う、緑。騎士服ではない、庶民の着る普段着。

 そんな貧相な格好でピョンピョンと跳ねつつ、両手を振り上げている少年の方へ、呼ばれた赤と黒は近づいていった。


「アラタ……声大きすぎ」

「相変わらず、元気やなぁ……」


 普段から無表情のミラもそうだが、顔は変わらないはずのお面の骨も、どこか困ったような顔を浮かべているように見える。

 そんな二人が近寄った後も、アラタの声量は変わらない。


「デカい声出して何が悪りぃんだ? そんなんで鼓膜破れるような軟弱なヤツ、ここにはいねーだろ?」

「それもそうだね」

「ん……なら大丈夫」

「いや、その理屈はおかしいから」


 赤と黒が上げた納得の声を、黄色の関長が否定して。

 そんな、赤、黒、緑、黄のやり取りを間近で見ていた若者たちの多くは、吹き出し、笑い声を上げていた。


「まあ、なんだっていい。メシ持ってきたから、食おうぜ? 一緒に」

「ん……ありがと」

「ごめんね、わざわざ……」


 アラタに限らず、ここに集まっている魔法騎士たちの全員、食糧片手に関長たちを待っていた。

 本来なら、全員が専用の食堂へ行って、そこで食事を摂っている。なのに、誰が言い出したわけでもないが、騎士寮が目の前にあり、関長とそれに近い立場にある者たちが集まる、関長室の目の前にあるこの場所に、気が付けば、ほとんどの魔法騎士が食糧片手に集まって、食事を摂るという光景は見慣れたものになっていた。


「んじゃ、食おうぜ?」

「ん……食べよ。一緒に」


 ついこの間までは、葉介以外と一緒に食事を摂ること、特に、大勢と一緒に食事することをあれだけ嫌っていたのに、今ではすっかり慣れたようで、アラタと並んで座っている。


(アラタのおかげかな……?)


 大したことじゃないと言ってしまえばその通りの変化でも、ミラの確かな成長した姿が、葉介には嬉しかった。

 そう思っているうちに座った二人、周りの魔法騎士らにならい、葉介も、その場に座って、一時の穏やかな時間を過ごすことにした。



「なぁあああにサボってんだぁあああああ!!?」



 そして、そんな一時さえ、許そうとしない者も中にはいる。


「また、あの作り顔ババァ……!」


 アラタが思わず耳を塞ぐ絶叫が響いて、一般騎士全員がそちらを見れば、この五日間でイヤというほど見てきた、クドイ顔を更にクドく歪ませた年増が一人。


「国を護る魔法騎士が、がん首そろえてこんなところ集まって!! 今の状況分かってんの!? さっさとデスニマ倒しに行ってこの国なんとかしなさいよ!!?」


「うるさいねぇ……メシくらいゆっくり食わせろや。俺らは座ってるだけの誰かさんとは違って、体動かして、命懸けて戦ってんだよ。ずっと」


 そして、いくらクドイと言っても、仮にもこの国の最高責任者にそんな物言いができるのは、この中では一人だけ。

 その男が立ち上がって、お面を被った顔を向ける。すると、女は分かり易く固まった。


「そういうアンタこそ、俺らが必死に戦ってる間に座っておいて、少しは考えてくれたの?」

「考えるって、なにを……?」


「あぁああんッ!?」


 葉介が、声を上げる。女も、後ろの一般騎士らも、固まった。


「この国のことに決まっとろうが!? デスニマが襲撃してきたせいで城下町の住民は避難、おかげで首都の都市機能は停止。俺らは俺らでデスニマへの対応やら応戦やらテンヤワンヤでリユンとの連携も困難。リユンにカリレス、周辺の村々の状況も不明。どっちにせよ、この国が今、未曽有の危機やってこと、お前分かってる!? 筆頭大臣様ぁ!?」


 お面の顔を近づけて、大声で一気にまくし立て。それをされた女の方も、クドイ大声を上げた。


「だったらさっさとデスニマなんとかしなさいよ!? それがお前たちの仕事だろうが!? アンタらがそれさえしてくれりゃあ全部が解決するわよぉ!!?」

「確かに……デスニマ倒すのは俺らの仕事だ」


 女の物言いに対して、葉介が冷静に、肯定を返す。後ろの騎士たちは、意外そうな顔を見せた。


「もちろん、そのために全力は尽くすよ。すでに何人も逃げ出して、人数がだいぶ減っちまってるけど、残った人間で全力でこの国を護る。で、デスニマも倒す。それが俺らの仕事だ」

「分かってんだったらさっさと――」

「けどな……デスニマ倒せば、本当にそれで解決するって思ってる?」


 クドイ絶叫を途中で遮って、更にお面の顔を近づける。


「デスニマ倒した後、壊れた城下町の修繕は誰が段取りすらい? 生活が壊された国民たちへの補償は誰が取りつけらい? 混乱した国の立て直しは誰が指揮すらい? それも俺ら? 違うわな? お前だよ、政治責任者様?」

「そ、それは……ッ」

「散々っぱら俺らにエラそうなこと叫んどんや。当然、デスニマ倒した後の国の復興策は考えてくれとるんだわな? 国王不在で女王は政治不干渉。そんな国を、アンタがまとめてくれとるんやろう? この国のなんもかんもを決める権利と責任は、アンタにあるんやものなぁ?」


 後ろに座るメアが、ほくそ笑んで、シャルにセルシィも、小さく微笑む。他にも、ロシーヌに対して良い感情を抱いていない一般騎士……ハッキリ言って、残っている魔法騎士全員が、葉介に言い負かされているクドイ姿を、爽快に感じていた。


「俺らはついさっき、森にいるデスニマを倒す作戦、ようやくまとめたところだよ。聞きたいと言うなら話すこともできる。アンタからも聞きたいなぁ……その作戦が成功して、デスニマを倒すことができて、この国に平和を取り戻した後。アナタはこの国をどうやって立て直すか。その具体策を教えてくださいな? 今この場で――」


「――ぁぁぁああああああああああ!! うるせえぞ!! ブスのくせに!! このアタシに命令するなああああああああ!!!」


 クドく絶叫した途端、杖を振り回す。その前に、葉介が杖を握った腕を掴む。杖からメチャクチャに【光弾】を撃ちまくる。後ろの魔法騎士たちに当たらないよう、葉介が全て、自身の体で――腹筋で受け止めた。


「このアタシに汚い手で触るな!! 今すぐ森の見張りに行ってこい!! このアタシの前に立つな!! さっさとこの城から出ていけ!! 命令だ!! 筆頭大臣の命令に今すぐ従え!! でないと今すぐクビだああああああ!!!」


「……はいはい」


 撃つのをやめたのを見て、手を放す。こうなってしまっては、これ以上なにを話しても無駄だろう。屁理屈ばかりを語る人間に理屈で諭そうとしたところで、帰ってくるのは屁理屈だけだ。


「けどな……これだけは言うとくけど――」


 言いたいこと全てを叫んで、ぜぇーはぁー言っている女の前で……葉介はお面を剥いで、その顔を見せつけた。


「この国が、俺の顔みたいになっちまった後じゃあ遅いんだよ。傷はとっくに塞がってるのに、今でも四六時中かゆくてかゆくて仕様がない。時々痛みもするし、痛みとかゆみで眠れなくなるし、熱が出る時もある。魔法を使えば治せはするが、少なくとも、二度と元の顔には戻りゃせん……そんな国にはしたくなかろう? 仮にも政治家ならぁ……」


 そんな顔を目の前に、目を見開いて、固まるばかりの女に聞こえているかは疑問だが……


「まあ、誰かの顔みたく、キレイなものかき集めてまとめとけば、元がどれだけ汚くても、見た目は良くなるだろうけどな。たとえ、キレイと思ってるのが自分一人で、100人の人様が汚いとしか思えん有様になったとしてもなぁ」


 言いたいことを言い終えて、複数人の魔法騎士たちの吹き出す声が上がる中、お面を被りなおして、フードを被った。


「では、私はいつも通り、森の方を見張って参りますゆえ……アラタ、いつも通り、修行はミラ様がつけて下さるから。ミラ様、後のことをよろしくお願いします」


 アラタとミラの返事を聞いて。全員に背を向けて、葉介は歩きだした。

 ロシーヌも、葉介が確かに立ち去ったのを見るや、そそくさと帰っていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(ヨースケさん……)


 夕食を終えて時間が経って、すっかり夜になった時間。

 昨日までと同じく、今この時間、夜にデスニマが襲ってくる様子は見られない。ただでさえ朝から夕方まで戦闘が続いてきた中で、せめて、夜眠る時間だけは部下たちに与えたい。そんな願いが通じたようで、セルシィも一応の安堵を感じながら、騎士寮の廊下を歩いていた。


「……ん?」


 魔法の灯の淡い光に照らしだされた廊下の向こうには、当たり前だが、一般騎士の誰かが使っている部屋がある。そのうちの一つ、ドアが、わずかに開いていて、覗いてみれば、中の様子がうかがえる。



「んん…んぅ……あっ……」

「ん……あん……あぁん……」

「はぁ……はぁ……」



 本来、寮というものは性別によって部屋を完全に分けている。現代なら、建物自体を別にする場合も多い。この城には騎士寮と呼べる建物は一つしかないが、それでも性別の壁だけは、隊の色とは別に、ある意味それよりはるかに強い物として設けている。

 なのに、今覗いた部屋の中では、男一人、女二人――セルシィは知らないが、ついさっき葉介が助けた、第3の男と、第2第4の女二人――の三人がいた。三人とも、床に騎士服を脱ぎ散らかして、生まれたままの姿で、ベッドの上で絡み合っているのが見える。


「…………」


 こんな光景も、今となっては見慣れたものとなっている。この部屋に限らず、ちょっと適当な部屋のドアに聞き耳を立てれば、聞こえてくるのは、一組の男女、一人の男と複数の女、その逆、男同士、女同士……とにかく、そういう行為に励んでいる者たちの声だ。

 なぜこんな事態になってしまったかは分からない。それでもどうにか戦って、今日まで対処してきて、今のところ魔法騎士の犠牲者はゼロ。それでも、今や大勢が逃げ出して、毎日これだけのデスニマを相手に、魔力が切れるまで戦って、いつ死ぬとも分からない。


 明日をも知れぬ身なら、せめて、やり残したことはしておきたい……


 こんな国でも、性教育というものは当然、ある。その過程で、避妊や感染症予防をもたらす魔法も、年ごろまでには誰もが教わる。

 魔法騎士たちは、下は十代半ばから、上は二十台後半。経験の無い人間も多い。更には魔法の発達で、誰もが理想とする顔や身体を手に入れている。そんな、整った外見に加えて、年齢的にもサカリのついた男女が一つの建物に集まっている。今までモラルや道徳観で抑えてきたものも、命が懸かったこんな状況にもなれば、ある意味、あふれ出るのも必然だろう。


「……っ」


 そんな空間を歩いている、セルシィも、関長とは言え一人の人間である。年齢もまだ若い。極力意識しないようにはしてきた。だが、全くするなというのも、不可能な話で……


(私だって……死ぬ前に、一回くらいは、好きな人と……)



「大丈夫ですか?」



 両手を組んで、立ちすくんでいたセルシィの耳に、声が聞こえた。低めのかすれた声が、自分の耳よりも上の方から。

 後ろを見ると、背が高い、というより、細長い、黄色の騎士服を着た、くたびれた顔。


「第4関隊の……ウー・ジンロン、さん……」


 決闘会で、優勝したシマ・ヨースケと最後に戦った男として、今やちょっとした有名人となっている。なのに、誰とも話さず姿もあまり見かけないせいか、あまり注目もされていない。

 そんなノッポな長身に動揺しているセルシィに、ジンロンは再び語りかける。


「ここに、シマ・ヨースケさんはいませんよ?」

「し、知っています……ヨースケさんは、森の、見張りでしょう……」


 ここ三日間ほど、あのクドイ女の命令で、森の見張りは葉介に一任させられている。葉介自身もそれを受け入れていて、おかげで夜には、葉介は城には戻ってこない日が続いていた。


「…………」


 それ以外は何も言わず……ただ、直前まで考えていたことを見透かすように、セルシィをジッと見つめて。


「…………」


 返事を返すことはしなかった。その代わり、ジンロンに背を向けて、廊下を歩いていった。




「ヨースケさん……ヨースケさん……」


 騎士寮を歩いていたせいで、うずいてしまった身を走らせて。逸る鼓動を抑え込んで。とにかく今は、愛しいと思う男のもとへ。

 今までと同じ、相手にされないかもしれない。逃げていくかもしれない。

 それでも、会いたい。触れたい。

 だって、好きだから――


「ヨースケさん……ッ」


 騎士寮を出て、城の門を抜け、壊れた城下町も通り過ぎ。そして、外森が見える、その場所へ――


「え……」


 そこに葉介は、いた。

 持参していたらしい魔法の灯に照らされて、地面の上にあぐらを掻いた、黒い背中がよく見える。

 そして、その隣に、黒に寄り添うように座っている、紫色の背中も、見えた。


「あれは……第2関隊の、リーシャさん……」


 座っている二人とも、肩や足がくっつくくらいに近寄って。葉介はお面のせいで顔は見えないが、リーシャは、笑っている。

 楽し気に。嬉し気に。幸せそうに……


「ズルい……」


 そう思った。声に出てしまうほど。

 なのに――

 そこへ割って入る勇気は持つことができず、気がついたら、きびすを返していた。



「やっほー! セルシィー!」


 きびすを返して、外森から離れて、葉介も、リーシャも、振り返っても見えなくなった距離まで歩いて。壊れて散らかった町が目の前に見えてきたところに、小さな黄色が見えた。


「メア……どうしてここに?」

「ちょっと部下残して休憩。少し歩いたらすぐ戻るよ。そういうセルシィこそ、城内で待機だったはずだけど――」


 小さな褐色の親友は、いつだって変わらない。いつだってニコやかに、穏やかに、親しみやすい顔と態度を向けて。気さくに手を振りながら、近寄ってきた。


「おっさんにアタックしに行ってた?」


 態度も相変わらずなら、調子も相変わらずで、平気でそんな質問をしてきた。


「はい……けど、先客がいました」


 それでもつい、答えたくなってしまうのは、それだけセルシィの気持ちが沈んでいること以上に、ひとえにメアの気安さに対する安心感からだ。それを聞いたメアは、特に何を言うでもなく、横に並んで、手を握ってきた。


「帰る?」

「はい……」



 城への帰路の道中、初めこそ、普通に歩いていた。それが、どちらからともなく話しかけて、それをキッカケに言葉を交わして、それがやがて会話になって……


「あーっ、もう! 仕方ないことなのは分かってるんです! でも、やっぱり悔しいです! ヨースケさんと二人きり、それもあんなにくっついて――私だって、ヨースケさんと一緒にいたいのに!」


 気がつけば、あれだけ沈んでいたセルシィが一方的に声を上げ、メアに向かって話していた。


「前に話しましたけど、ずっと前から分かってたんです。ヨースケさんがモテるってことは。彼のことを好きになる人も、もっと増えるとは思ってました。まあ、それは彼があんな顔になったせいで、無くなったようですが……それでも、彼のことが好きな人は少なからずいます。そんな人たちにヨースケさんを盗られるの、くやしいですー!」

「……セルシィは、おっさんがあんな顔になっても、好きなままなの?」

「顔なんて関係ないです! 見た目がどう変わっても、今まで彼がしてきた偉業や行動は変わりません。私は、それだけのことをしてきたヨースケさんのカッコよさに惚れたんです。顔がどれだけ醜く変わっても、この気持ちは変わりません! むしろ顔が気になるなら、私が綺麗に治してみせます!」



 セルシィは声を上げて。メアは適当に相槌を打ちつつ返事を返して。


「はぁ……メアと話していて、スッキリしました」


 いつものスタイルで話しているうち、あれだけ沈んでいたセルシィの顔が、晴れやかに元気を取り戻し、笑顔を浮かべるまでになっていた。


「メアには、そういう相手はいないんですか?」


 晴れやかな様子で、今度はメアに尋ねてみた。メアは、同じ笑顔で答えた。


「そんな相手、ボクにいると思う?」

「そりゃあ、メアだって女の子ですし、いてもおかしくはない、とは思いますけど……」


 聞き返してみたが、メアは笑い声を上げた。


「そんな相手がいるんだったら、とっくに会いにいってるって。それにボク自身、あんまり自分が女の子だって意識もしてないしね」

「それは……」


 その発言は女の子としてどうなのか……そう感じたものの、セルシィも納得した様子で声を上げた。


「まあ、確かに、一人称とか、喋り口調も男の子っぽいですし……何年も前に、メアが突然、長く伸ばしていた綺麗な髪をバッサリ切ってきた上に、私はもちろん、シャルや、第4のあの娘すら可愛く見えるくらいの超乳をすっかり無くしてきたのを見た時は、みんなして驚きましたが……」

「だって、どっちも重いし暑いし鬱陶しいし、邪魔くさかったもん。チビなせいで体格にも合ってなかったし。身長は伸ばせませんって、加工士のおっちゃんにもハッキリ言われちゃったしさ」


『加工士』とはその名の通り、魔法の【加工】を修め、職業とした者たちの総称である。

 一口に【加工】と言っても、建物であったり道具であったり、ジャンルは分かれるが、ここで話しているのは、彼女らにとってある意味最も身近な、人の容姿を【加工】してくれる人間である。


「ああ……たまに、個人の骨格だったり体の作りだったり、そういうのによっては、表面の【加工】はともかく、身長を伸ばしたり縮めたりすることができない人もいるのでしたっけ?」


 そゆこと、と、メアは頷いて。けどあまり見ない例らしいから、身長が全部胸に持ってかれたんだーと自嘲して。笑いあってから更に話を広げ、会話して。

 他愛ない話もするし、今のこの事態の深刻さや、それでも戦わなければならない、そんな使命感の話――



(あのさ、セルシィ……)


 そんな会話を笑ってやり取りしながら、メアは終始、思っていた。


(もし、わたしが、自慢だったロングヘアーや、せっかくの天然超乳、全部無くしちゃった本当の理由が……好きな子に、わたしのこと、もっと見てほしかったから、なんて言ったら、笑うかな?)


 手を繋ぎ、歩を進め、顔は笑って、口では会話の言葉だけ吐いて……


(胸をぺったんこにして、髪の毛も伸ばしたいのガマンして、わたしじゃなくて、ボクって言って、本当なら身長だって伸ばして……その理由が、男の子になりたかったからだって言ったら、笑えるかな?)


 いつからか、歩くために前を見ていた視線を、笑って話すセルシィに固定して……


(わたしが、最後まで一緒にいたいって想う相手は……セルシィだよって言ったら、笑ってくれるかな――)



「すき……」


 話しているセルシィに向かって、気づけば呟いてしまっていた。


「え? なにか言いました?」

「……すき」

「……?」


「スキありー!!」


 と、突然話していたセルシィに向かって、叫ぶと同時に飛び込んだ。


「きゃあああああああああああ!!」


 そして、飛び込んだ先にあるものに、その小さな頭を埋めていた。


「あー……柔らか―」

「ちょっと、セルシィ! 不意打ちでセクハラしてくるのやめてって、何度も言ってるじゃ……ひゃん!」


 セルシィが注意するのも無視して、メアは埋めた双丘に顔を擦りつけては満足げな声と顔を上げる。そんなことをされているセルシィ自身、声を上げつつ本気で嫌がる素振りは見せない辺り、メアのこんな言動には慣れてしまっているらしい。

 セクハラしてて聞こえてくる、可愛らしい拒絶の声やら、喘ぎ声を聞きながら――


(わたしは、これだけで十分――)


 メアは一人、思っていた。


(セルシィは、可愛い女の子だから……いつか、セルシィのこと好きになってくれる男の人と、幸せになってくれたらいいよ。女の子の、わたしじゃない、男の誰かとさ――)


 今はただ、好きな人と一緒にいられる時間を楽しんで……

 やがて、一通りセクハラを終えた後、城の前で分かれた二人は、各々の持ち場へと戻っていった。





ちっ、ポリコレかよ!

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