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第9話  弟子と仲間の捜査開始

「せっかくだから、お昼どう?」


 牧場の調査をひとまず終えて、今度こそおいとましようとした葉介らに対して、ジークの母親がそう話しかけてきた。

 葉介としては、まだ何の成果も挙げていない段階で、そんなご厚意を受け取るわけには……そう言おうとする前に、何だかんだ付いてきていた、アラタが葉介の手を引いた。


「食ってけよ! かーちゃんのメシはマジうめーから!」

「……アナタは、ここの子ですか?」

「違う。二週間前に誘拐されてきた」


 と、割かし衝撃的な言葉を平然と語りつつ、手を引いてくる。葉介は、上司を見た。


「……どっち道、みんな移動もあって疲れてる……ご厚意に甘えよう」


 その言葉に、全員が即座に従った。

 ずっと偉そうにしていた黒いジジィじゃなくて、この中で一番小っちぇえ女の子が仕切っていることに、アラタは違和感を感じつつ……ジークと共に、家の中を案内した。



「……ご家族四人の絵ですか?」

「ええ。お恥ずかしながら、小さいころに書いたものを、まだ飾られていまして……」

「仲良し家族で、良いですね」


 様々な農器具や魔法の麻袋が目に付く家の中は、いかにも田舎らしい広い屋敷、と言った内装をしていた。

 まあ、ヨーロッパどころか日本の牧場すら行ったことのない葉介からしたら、この家の広さがどれほどのものかは判断に困るところだが、元の住人四人に加えて、調査するために集まったメンバー九人と、アラタにサリアを加えた11人が十分にくつろげる広さはかなりのものだろう。

 さすがに、普段から四つしか出されていない椅子に全員は座れないので、普段食事をするというテーブルではなく、家族の可愛らしい絵が飾られ、ソファが置いてあり、床にも直接座れる居間で食事を摂ることになったのは、仕方のないことである。


「おい! メシ食い終わったら、俺にさっきのキック教えろ」

「……はい?」


 言われた通り、かーちゃんが作ってくれたマジうめー食事に舌鼓を打っていた葉介に、アラタは近づくなりそんなことを頼んできた。


「あんなすげーキック、今まで見たことねー! 俺にも教えろ!」

「教えろって……」


 ココには遊びに来たのではなく、仕事をしに来た。そう思っていたのだが……

 なぜか、アラタだけでなく周りからも視線を感じた。そんな周りを見渡して……


「あー……教えてほしい人ー」


 目の前のアラタはもちろん……第2のファイ、第3のディック、第4のジンロン、三人が真っ先に手を上げた。その後で、フェイ、リム、メルダが順に手を上げていった。


「……仕事中なので、そんなに時間は取れませんが、それでもよろしいでしょうか?」

「おう! 教えてもらえりゃ、あとは勝手に練習する! だから今すぐ教えろー!」

「こら! 出された食事を残してはなりません!」



 というようなこともあって、食事はキチンと完食し、改めて牧場主家族に礼を言って、その後は外に出て、メンバー全員に向けて、葉介のキック教室を開いた。

 もっとも、短い時間の間に教えたことは、以前森でリムにも教えたことに少しばかり付け足した、その程度のものだ。それでも、すでに教えたリムやメルダも含め、全員が満足してくれた。




 そして現在――


「それでは、行きましょうか?」

「そうね……」

「分かりました」


 葉介の号令に、似たようなテンションを見せる、リリアとジンロンが順に返事をした。

 ジークら一家から聞き出した情報から、羊が消えた原因として挙げられる可能性は三通り。


① 羊が勝手に逃げ出した。

 だが、羊小屋内の柵の中に、大人しく入っていった羊にそんなことができるとは思えない。それは、鍵が開いていようと変わらない。

 そもそも、鍵が開いていたところで、羊がそんなことを考えるわけがない。


② 害獣、もしくはデスニマに襲われた。

 事前に渡された資料によると、カリレスには城下町やリユンと同じく、害虫に害獣、デスニマといった、人や家畜、作物に害をもたらすものを近づけない【害獣除け】という魔法が全域に掛かけられている。

 さすがに人間と、人間が招き入れた動物の侵入は防げはしないものの、毎日交代でその魔法を発動させていることで、害虫に害獣、デスニマが発生することはあり得ない。

 仮に発生したとしたら、カリレス内の他の家畜や、人間に全く被害が無いことの説明がつかない。そもそも、それらしい形跡は何も残っていない。


③ 羊泥棒による盗難。

 一応、これが可能性の中では一番の候補ではある。

 戸締りはキチンとしていたらしいし、鍵を壊すのならともかく、閉じた鍵を開ける……そんな都合の良い魔法は存在しない。しかも、鍵は玄関も羊小屋も、古くはあるが魔法でこさえた特殊なものらしく、ドアごと物理的に壊せはするが、ピッキング等はまず不可能。

 しかし、羊小屋の扉も鍵も、壊された形跡は無く、鍵と、扉だけが普通に開けられていて、鍵はいつもの場所にキチンと置いてあった。

 つまり、これが泥棒とするなら、玄関の鍵を開けて中に入り、一家が寝ている家の中から羊小屋の鍵を見つけ出して、羊小屋のカギを開けて羊を盗み出した後で、またわざわざ家に侵入して鍵を元の場所に戻した、ということになる……


「そんな泥棒、いるわけない……」


 なので、コレも実際は無いだろうと考えられる。



 それでも、どれだけ考えても、葉介にはこの三つが限界。他のメンバーも、葉介以上の考えを思いつく人間はいなかった。

 いずれにせよ、ただ考えているだけでは永遠に解決しない。どの道、調べなければ始まらない。だので、この三つを前提として、調査を行うメンバーを分けることになった。


 その内の三人。第1関隊のリリアを先頭に、葉介、ジンロンの三人は、カリレスという土地に全部で四つ存在する、外への出入り口の一つに向かって歩いていた。


「それにしても……出入り口なんて調べて、どうするわけ?」

「仮に羊泥棒が出たんだとしたら、地上の出入り口から、堂々と侵入した可能性が高い。空は昼夜問わず第1関隊の皆さんが見張ってるから、箒や絨毯で侵入なんてしたら間違いなく目立つし、かと言って、住民が寝静まった夜に侵入なんかしたら、それこそ自分が泥棒ですよと言ってるようなもんですから」

「……朝方や昼間なら、商人や買い物客たち、大勢の人間が行き来している。その人たちに紛れれば、怪しまれず侵入できる……というわけですか」


 そういうこと……と、葉介は頷いた。

 一度中に入ってしまえば、山林に牧場と、隠れる場所には不自由しないカリレスのどこかで、夜になるまで隠れていればいい。あとは、夜にやったこととは逆に、大勢の人に紛れて脱出すれば、それで終わりだ。


「……仮にアナタの言った通りだとしたら、もうとっくに泥棒は逃げてるってことじゃない」

「当たり前だ。ここに来た時点で、事件から二日経ってる。いつまでも現場に残ってる泥棒なんか、いるわけがない」


 ならそもそも調べる意味なんかない……そうリリアが言う前に、葉介は言う。


「だから、手掛かりを一個一個見つけていくしかない。いくら普段から大勢の人間が行き来してると言っても、怪しい人間や見慣れない人間も中にはいたはずです」

「……そのために、二日前に出入り口の見張り役だった魔法騎士を呼び出したわけ」


 事件当日および、発生時間の時点で、第1関隊のどの魔法騎士が、カリレスにおいてどんな仕事をしていたか。それも、渡された資料には書かれてあった。なので、事前にリリアには、その時に見張り役を行っていた一般騎士らに手紙を【移送】させていた。


「今日、ここにいない魔法騎士に話を聞けないのは、残念ですけど仕方がない」

「話を聞くだけなら、二日前の見張り役、全員集めればそれで済むじゃない」

「実際に現場を見ながら、思い出すこともある。それに、情報があろうとなかろうと、出入り口付近も捜査しなきゃなりませんから。その方が手間も省けます」

「怪しい人間……いたとしても、第1の皆さんは覚えているでしょうか?」

「そこは、精鋭部隊である第1関隊の記憶力に期待するしかありませんな」


 ジンロンの質問に対する、皮肉とも取れる葉介の言葉に、第1の副将は顔をしかめた。


「まあ、アナタがそう判断したのなら、従うわ……あそこ、登るわよ」


 と、歩いているちょうど先に、木が一本伸びていて、そのすぐ前に二メートルほどの崖がある。本来なら、右手のやや離れた場所に見える階段を上るところだろうが……

 リリアとジンロンは、平然とその崖まで走り、足の二歩ほどで登り切ってしまった。


「…………」


 葉介も、崖に向かって走る。その崖を足のみで登り、落ちそうになったら蹴り、逆方向に伸びる木へ、その木も蹴り上げる。途中落ちそうになったりしつつも、それを繰り返し繰り返し登っていって、二人に六秒ほど遅れて崖の上に着地した。


「遅いわよ……このくらいサッサと上ってきなさい。崖はもちろん、川や地割れを回り道するヒマなんてないんだから」

「…………」


 リリアやジンロン、この世界の人間からしたら、ごく当たり前の正論だろう。実際、高さだけなら、葉介がいつか上った、アヤルカの森の最初の崖よりはるかに低い。


 だが少なくとも、高さから角度から傾斜から……


 葉介ほど鍛えた人間が、そばに木が伸びていることで初めて、この世界の皆さんから見て不自然に見えない程度の速度で登ることができる、そんな崖である。

 そして、これは訓練ではない。キッチリと時間制限が決められている仕事だ。その仕事を手伝ってくれているメンバーの二人からすれば、使える魔法を使いもせず、わざわざ体力を無駄使いする方法で上る葉介の方がおかしいだろう。


(忘れてたけど……やっぱ、向いてないわな、俺。魔法騎士……)



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「よっしゃ! 山の中の案内なら、俺に任せろ!」

「……よろしく。フェイ」

「分かりました。ミラ様」


 一人、無駄に気合いが入っている緑色の言葉を無視して、赤色は紫色に言葉を送っていた。それに、普通にションボリしたアラタを置いて、フェイ、ミラは歩き出した。

 本来なら、部外者であるアラタを調査に加える理由は無い。しかし、羊の捜索をするなら俺にも手伝わせろと聞かなかったので、仕方なく参加を認めて、ミラ、フェイを加えた三人で、カリレス内の、ある山林の調査に同行させることになった。


「……フェイが、カリレスに詳しくて、助かった」

「……わたくしどもの生まれたリトラス家は、カリレスを治めてきた一族です。幼いころより、カリレスはわたしたちにとっては遊び場でした」

「なに? じゃあ、お前はココで一番エラいヤツなのか?」


 アラタの素朴な疑問に対して……フェイは、首を横に振った。


「リトラス家で最も偉い人間は、当主である父です。そこに、次期当主である長男がおり、次男、長女と、将来的にカリレスを治める任を担う人間はそろっている。三男と次女であるわたしとファイには、リトラス家において、役割や居場所はありません」

「……大変なんだね」


 アラタはもちろん、金持ちの事情なんか知る由もないミラにも、フェイ、ファイの事情を推し量ることは難しい。

 それでも、フェイにも事情があること。そして、それが複雑で大変だということだけは、二人とも理解はした。


「……にしても、驚いたぜ」


 それ以上のことは理解できない。それが分かったから、アラタは別の話題に逃げた。


「驚いた? なにに?」

「今日、牧場に集まった魔法騎士たち……一番エラいヤツ、あの黒いジジィじゃなくて、お前だったってことだ」

「……黒いジジィじゃない、ヨースケ。わたしの名前は、ミラ……」


 やや心外そうに……だが、同じだけの納得も込めて、アラタにそう返した。


「……しかもアイツ、一番の下っ端で、魔法騎士で一番弱いヤツ、なんだろう?」


 キック教室が終わった後で、アラタは葉介が魔法騎士の中で最も偉く、最も強い男だとばかり思っていた。そして、それを聞いた葉介は、ハッキリと否定し、アラタの言った通りの事実を伝えた。


「…………」


 もちろん、リリアも参加した決闘会で優勝した葉介が、少なくとも、魔法騎士団の中で最弱であるわけがない。実際、そんな否定を聞いたメンバーの全員、アラタの視界の外で大いに手を横に振っていた。

 とは言え、葉介が騎士団入りして一ヵ月弱の新米であることは間違いない。何より、葉介自身としても、魔法を使って戦うことができない以上、魔法騎士としては最弱であるという事実を変えることは、永遠にできはしない。


「ん……確かに、ヨースケは、新米。で、弱い……けど、優秀」


 だが、そんな葉介を部下に持つことができた、上司である、ミラの評価は違う。


「誰も思いつかないようなこと思いつく……誰も気づかないようなことに気づく……わたしも知らないようなこと、いっぱい教えてくれる……本人は、歳を理由に普通のことだと思ってる。けど、歳取っただけで、できることじゃない」

「そりゃあ、そうだよな……」


 単純に歳を取っただけじゃない、その歳という年月の中で得た経験と知識。それら全てを活かすすべ。それを葉介は熟知している。それら全てを、魔法騎士団のために振い、結果を残して見せている。そんなことができる男が、優秀でないわけが無い。


「けど……そんなヨースケのすごさ、理解できない、しようともしない人間もいる……追い出そうとする人間もいる……だから、わたしが守らなきゃいけない」


 アラタもフェイも、黙ってミラの言葉を聞いた。


「ヨースケはこの先、魔法騎士団にとって、大事な存在になる……それだけの男が、今は、わたしの部下。わたしのために働いてくれる、優秀な部下……部下を守るのは、上司の役目。だから、わたしはヨースケのこと、守る」

「……その守るっていうのが、この事件を解決すりゃあできるのか?」


 アラタのそんな言葉に対して、ミラは、ん……と、力強く頷いた。


「おっしゃあ! だったらやってやろうぜ! つえー上にそれだけすげーヤツなら、俺が守ってやらぁ!」

「……アラタは魔法騎士じゃない」

「だからどーした? 俺だって、ヨースケのこと気に入ったんだよ! 俺の名前何度も間違えたことだけは気に入らねーけど……俺の名前ちゃんと覚えるまでは、俺が守ってやらぁー!!」


 そう叫ぶなり、先頭を歩いているフェイを追い抜き、走り出した。


(……明日の朝には、元居た国に送還すること、覚えているのかしら?)



 そうこう会話しつつ、歩いていって辿り着いた場所。


「ここが、カリレスで最も高い山の頂上です。主に山の斜面を段々畑や棚田として利用し、作物や果物を育てています」


 フェイの言った通り。海に面する位置にそびえるその山は、太陽が沈む海に向かって、様々な畑が広がっている。南寄りの東から昇り、西へ沈んでいく太陽の光と、それを反射する海からの光。全ての光を余すことなく利用することで、美味い作物に育ち収穫できる。

 しかし、逆を言えば、そんな光を得ることができない、畑の裏側は手付かず、ということでもある。


「一応、下からでもある程度、山の表面を見ることができます。なにか不自然なものや人がいれば、気づく人間は必ずおります……それでも、何かを隠したり、隠れたりする場所としては、ココが最も適当であるかと存じます」


 カリレス内では最も高い、とは言え、小さな島内から見ても、決して大きい山というわけでもない。ある程度の健脚であれば、頂上まで一時間と掛けず踏破することは簡単だろう。魔法を使えば、更に早く。

 たった今、三人が通ってきたような、ごく一部の、人の手で綺麗に舗装された道や場所を通ってきたのなら、の話ではあるが……


「……とりあえず、三人で一緒になって、怪しいと思う場所を探ってみよう」

「何も見つからなかったら?」

「あっちの山を探す……」


 ココとは別の場所に佇む、別の山を指さしながら、ミラはハッキリと言った。


「探すのは、羊の跡や、害獣やデスニマがいたかもしれない、そんな跡……ヨースケが言ったみたいに、実際に歩いてみて、見つかるものがあるかもしれない」


 もちろん、この山や他の山林、畑も、すでに第1関隊が調べてはいる。だがそれは、箒に乗って上空から見回しただけに過ぎない。そんな状況では、仮に羊の毛がどこかに落ちていたとしても気づきはしないだろう。

 もちろん、逃げ出した羊、もしくは、羊を襲った害獣やデスニマが隠れている――そんな、1パーセントにも満たない可能性を前提とした調査ではあるのだが……


「……ここには、羊はいなかったと思うぞ」


 その1パーセントを、アラタがアッサリ否定した。


「……分かるの?」

「だって、羊のニオイ、ちっとも残ってねーもんよ。ジークん家の羊のニオイは覚えてっけど、ちょっとでも通った道だったら、毛なり糞なりニオイが残るもんだ……」

「……鼻、良いんだ。魔法も無しに……」


 まーな! と、誉れ高げに胸を張り、目に耳だって良いんだぜー! と、大いに自慢している。そんな緑の子どもに対して……


「……でも、もしかしたら、ニオイだけじゃ分からない、手がかりが残ってるかもしれない」

「それもそーか……うし! じゃあ調べっか!」


 元より、何も見つからない、見つかるわけが無いことが前提にある、99パーセント無駄な調査である。そんなものを課されながら、それでもアラタは納得し、気合いと呪文を声に出し、目の前に伸びる高い木の頂上へ一足飛びした。



「賛同……」


 そんなアラタを見つめるミラに、フェイが静かに話しかけた。


「ミラ様、今回の任務……アナタの言った通り、ヨースケさまをお守りしましょう。そのためならば、わたしはできる限り全てのことを行う所存です」

「ん……ありがと……」

「アナタの言った通り、ヨースケさまは素晴らしいお方。ファイもいつも言っておりました。魔法騎士団にとって、財産となられるお方だと……ファイも、そしてわたしも、ヨースケさま、そして、アナタの御ため、全力を尽くします」

「…………」


 自分たちのために、力を尽くしてくれる。その宣言は、素直に嬉しい。

 嬉しいのだが……ミラは一つ、気にかかった


「……ファイが、ヨースケのこと好きだから、ヨースケのこと、助けるの?」

「……え?」

「……そう聞こえた」

「…………」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お! リム! 久しぶりだな!」

「デンジさん、お久しぶり!」

「そっちのイケメンは、もしかしてファイか? デッカくなったなー」

「……どうも」


 農業地帯であるカリレスにも、住人らの住まい、家々が建ち並ぶ住宅地帯というものは存在する。たった今出てきた牧場のように、家畜の放し飼いや、作物を育てるための巨大な畑、それらと同敷地内に家を持つ農業主たちも多い。

 だが、それが無い者……たとえば、今ごろミラたちが登っているような、棚田や段々畑等、家を建てることができない山を利用している農家たちのための住まいもある。とある農家が従業員として雇っている人間たちの寝泊まりに使う住宅もある。加えて、その家に住む住民が収穫した作物を補完する倉庫や、畑で使う物置小屋なども並んでいる。

 生鮮作物や調理した作物をたたき売りしている露天商の姿も見られるし、それらを買い付けに来た業者、逆に外から最新の農具を売り込みに来た業者等々……とにかく、カリレス内外の人間の大半はココに集まってくる。


 そんな住宅地帯での聞き込み調査を任されたのが、カリレスで生まれ育った、リムと、ファイの二人組である。



「ジークんところの羊だろう……悪ぃけど、俺たちもグッスリ眠っちまってて、何も見てねーんだ」

「そうですか……」

「何か思い出したことがあれば、魔法騎士の誰でも構いません。ぜひ教えて下さい」


 二人の聞き込みも、決して順調とは言い難い。

 二日前、事件が起きたと思われる時刻は、どう見積もってもカリレス全体が寝静まっていたころだ。家畜や野菜によっぽどの異常でも起きなければ、夜通し起きているような農家はいない。農家の朝が早いのは、異世界だろうと同じことだ。


 害虫・害獣対策の魔法がある以上、専門の見張りや警備をわざわざ雇う農家もいない。第1関隊の見回りもあったとは言え、二人から三人が、定期的に決まったコースを足で、もしくは箒で行う程度の見回りでは、時間的な穴は必ず出てくる。

 そんな時間帯を狙われて、魔法という万能の道具を使われてしまえば、泥棒など簡単に実行できてしまえるのがこの国の現実である。



「早計……やはり、簡単に情報など、見つかりはしませんか」


 ファイもそう言ってはいるものの……ファイも、そしてリムも、その顔にも雰囲気にも、そういった意味での落胆や億劫さは無かった。


「手がかりなんて、見つからない方がむしろ普通だって、ヨースケさんも言ってました。地道に、一つずつ、たとえ小さいものでも探していって、解決を目指すしかないんだって……そのために、ここまで来たんです。だから、時間の限り探しましょう」

「無論……ヨースケ殿も、本気でワタシたちを信用して下さっている。ならば、その信用に答えるまでです」

「はい……!」


 ここまで来る直前の、葉介の顔と態度を思い出しながら、二人ともが決意した。



 聞き込み調査を行う者が決まった時、葉介は本気で彼らのことを心配していた。聞き込みが全て無駄になる可能性もそうだが、葉介が懸念していたのは、国民たちの魔法騎士団への風当たりの強さだ。

 そこで初めて、カリレスの人間はリユンと同じ、魔法騎士団に対して理解を持っていることを知らせた。風当たりが強いどころか、ここで農業を営む人間の多くは、魔法騎士団を温かく受け入れている。何なら、仕事中の魔法騎士を食事やオヤツに誘ったり、それで仲のいい魔法騎士がいる農家もいる。

 そんな環境だからこそ、ココで生まれ育ったリムは、外から来る脅威から自分たちを守ってくれる魔法騎士たちに憧れた。わたしも、あんなふうに人々を護る、格好いい仕事をしたい。そう思うようになったんだ。

 ココ以外での魔法騎士たちに対する敵意や憎悪を知ったのは、魔法騎士になった後のことだった。


 そしてそれは、昔も今も変わらない。今の若い世代には、多少はそう考える人間はいるかも知れないが、リユンと同じ、税金をキチンと治めてなお暮らしと心に余裕がある人間に、自分たちを護ってくれる魔法騎士を嫌う人間はいない。

 だから、心配は全く無いと葉介に伝えると、知らなかったことにやや恥じらいつつ、心底ホッとしてくれていた。


 それを見て分かった。葉介は、第5関隊、ミラのためにココへ来たのはもちろんだが、それに同行した、自分たちのことを本気で思いやってくれていると。

 もちろん、自分たちの元々いる隊での仕事で、関長たちも同じように思いやってくれていたことは分かっている。とは言え、基本的な人数が多い以上、それを知ることは表面的であれ難しい。だから、目の前で自分たちへの心配――思いやりを言葉で示してくれたことが嬉しかった。



「この辺りは、あらかた聞き込みましたか……次へ行きましょう」

「はい! がんばります……だりだりだりだり――」

「……その掛け声って、そういう使い方なのですか?」


「あら――リムちゃん! 果物食べる?」


「食べるー!!」


「…………」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リムやファイに限らず、葉介が仲間たちのことを何よりも心配していることは、その場にいる全員に伝わった。それでやる気を出した人間は、二人に限らない。

 だからこそ、実際に葉介の懸念が起きてしまっても、くじけず調査する気概があった。



「オラ出ていけ金食い虫どもーッ!!!」



 訪れた家の中から、様々な道具やバケツやらを投げつけられ、追い出され、追い立てられ。それで思わず下がってしまって、何の話も聞けないまま、ドアをピシャリと閉められて。


「よくこの村に顔出せたもんだよ……」

「それも三人も……税金取り立てにきたのかしら?」

「毎回決まった額、キッチリ払ってやってんだろうが……まだ俺らから奪う気かよ?」

「税金泥棒の分際で、ノウノウとしやがって、クソッタレども……!」


 たった今、追い出された家に限らない。カリレス周辺の村々の調査を任された、メルダ、ディック、サリアの行く先々で、必ずと言っていいほどこんな反応が返ってきていた。



「分かってはいたつもりだけれど……やはり、キツイわよね」

「これ見てると、第1関隊の皆さんの大変さが、イヤでも伝わります」


 カリレスを出て通算三つ目となるこの村でも、目ぼしい情報を得ることはできなかった。仮に何かあったとしても、住民たちはそれすら渡す気はないだろう。


「ええ……大変なんです。毎日……」


 カリレスやリユンの見回りに選ばれた者たちは幸せだ。重要地帯な以上、朝から晩まで、一日中見回りをさせられはするが、キチンと交代もするし、何より、平和的に受け入れられている。

 カリレスでは友好的に知人として。リユンでは事務的に仕事として。そういった違いはあるものの、どちらも魔法騎士を敵視する人間、まして、攻撃してくるような人間がいないという意味では同じだ。


 だが、この二つ以外の村々では、そうはいかない。


「今のように、話しかけたらもちろん、姿を見られただけで攻撃されてしまう。それが分かっていながら、それでもキチンと見張っていなければいけない。なにか事件が起きて何もしなければ、結局非難されてしまいますから……人々に見つからないよう隠れながら、たった一人で村全体に目を光らせて、事件が起きないかどうかを見張る。事件を解決しても、ケガ人を助けても、税金を払ってる、魔法騎士なんだ、当たり前だろう、と、感謝の言葉一つ無い……辛いですよ。毎日が」

「……城下町でも、大抵の人たちはそんな感じですけど」

「けど、城下町は規模も人の数も桁違いな代わりに、人数が割かれて交代もできるわ。第1の場合、三つの重要地帯以外は、リユンから遠く離れたここまで飛んできて、一日中見回らなければいけないのでしょう?」

「それも、持ち回りとは言え、交代や休憩も無しに、朝から夜までまる一日、たった一人で、ですから……」


 もちろん、そんな大変さがあるからこそ、魔法騎士団の中では給料は最も高い。だがそれも、他の四つに比べて、際立って、というほどでもない。

 せっかく念願叶って第1関隊まで上りつめたというのに、そういった仕打ちに耐えかねて逃げ出す者は後を絶たない。今残っているのは、デスニマではなく、そんな人間による脅威と悪意に耐え抜いてきた物好きだけだ。



「……まあ、第1の大変さは、この際置いておきましょう。それよりどうする? こんな調子では、調査どころではないわ?」


 普通に質問したところで、魔法騎士と見るや罵声と暴力が返ってくる。

 こうなると分かっていたから、葉介も最初、自ら率先してこちらの調査を行おうとしていた。しかし、葉介の観察眼は現地調査でこそ光る。そんなメンバー全員の総意で、周囲の村々の地理に詳しいサリアを筆頭とした、この三人が出向いたのである。


「そうですよね……せめて、騎士服は着替えておくべきでした」

「……シマ・ヨースケさんなら、もっと上手く調査ができたのでしょうか……?」


 二週間前の、森への増援任務。そこで、葉介の姿をイヤと言うほど目に焼きつけたサリアも、ついそんな弱音を吐いてしまう。


「わたくしたちは、ヨースケにはなれないわよ。あの人は、わたくしたちとは全く違うのだから」


 サリアの弱音に対して、メルダはそんな確信と、悟りが交ざった冷めた声を発してしまう。

 頭の出来が違う。経験が違う。知識が違う。生まれ育った世界が違うのだから、違って当たり前のことだが……サリアの言った通り、葉介なら、きっと同じ状況に陥っても、美味い具合に調査をして見せるだろう。

 だから考えずにはいられない。ここに、ヨースケがいてくれたら……


「その……ヨースケさんにはなれないけど、ヨースケさんのマネなら、できません、か?」


 思い悩む二人の少女に向かって、最年少であるディックが、おずおずと意見を述べた。


「ヨースケの、マネ?」

「はい……ヨースケさんなら、こんなふうに調べるんじゃないかって……それで、なにか方法、思いつかないでしょうか……?」

「ヨースケのマネと、言われても……」


 ミラや、リムの次くらいには葉介のことを知っているつもりのメルダとしても、その答えは難しい。何せ、思考回路が全く違って、言動はいつだって予測がつかないんだから。


 もちろん、葉介とは一度の因縁しかない、サリアにとってもそう。

 集団に囲まれて脅されれば、普通は怯えの一つも見せそうなところを、逆に平然と反撃してきて、乙女の濡れ穴に指を突っ込んでかき回し、多量の液を噴き出させた……

 そんな男のしそうなことなんて――


「少なくとも、意味や理由もなく、黙って好きなようにされるような男ではない、ということは、間違いないでしょうけど……」


 身をもってそれを知っているサリアが、そんなことを呟いて……それに、メルダは目を見張った。


「え……なに?」

「確かに……そうね。何も、黙って追い返されることもなかったわね。ここは城下町ではないことだし」

「どうするんですか?」


 疑問を浮かべるディックとサリアに、メルダは耳打ち伝える。


「えぇ!? 大丈夫でしょうか……?」

下手(したて)に出てなにもしなくたって、どうせ相手にもしてくれないのだから。こうなったら、ヤケクソよ」


 そう言って、村へ戻っていくメルダの背中を、未だアタフタしているディックと、驚愕しているサリアは急ぎ追いかけた。



「何しに戻ってきやがった――!!」

「お前らにやるもんなんざ――!!」


 相変わらず、魔法騎士の姿を一目見たと同時に攻撃的になる。そんな村人たちの、言葉を遮ったのは、ディックが村に入ったと同時に【水操作】で作り出した、巨大な水泡だ。


「何のマネだテメェ――!!」

「ナメたことしてっとぶっ殺――!!」


 再び言葉になる前に、その口がふさがれる。巨大な水泡を、メルダが【氷結】させて、粉々に砕けた音と破片が村人たちを黙らせた。


《わたくしたちは、ただ話が聞きたいだけ。こちらの質問に正直に、正確に答えてくれれば、すぐにでも出ていくわ》



「ふざけるなぁああああ!!」

「ナメたマネしやがって!!」

「税金泥棒のくせにコラ――!!」



《その税金に見合った仕事をするために、守りたくもないアンタたちの目の前にこうして立っているのよ!! 下らないケンカで魔力を使う余裕があるなら、質問の一つに答える余裕くらい見せなさいッ!!!》



 ただでさえ、【拡声】によって巨大化していた声をなお張り上げて、絶叫し、威圧する。これだけは、魔法が使えない葉介にはできない芸当だ。

 村人の大半は、怯んでくれた。だが、そうならない者も中にはいる。


「ぶっ殺してやる!!」


 メルダの絶叫に、とうとう堪忍袋が弾けたらしい。農具を握った中年のその女は、奇声を上げながら、三人に向かって言って――


《だりッ!!》


 農具が届くよりも前に、メルダの長い脚の一撃が飛び、倒した。


《魔法騎士相手に、魔法も使わずに向かってくる度胸は褒めてあげるわ。まぁ、魔法無しでもこの通りだし、魔法を使わせたなら、それこそアナタたちなど相手にならないけれど》


 言いながら、ディックに目を向ける。ディックは再び、杖の先に、先ほどよりは小さめだが、【水操作】で水泡を作り出した。


《さあ、どうするの? 正直に質問に答えてくれるか。それとも、この村と人間全部、水浸しになるか……好きな方を選びなさい?》




「……やっぱり、良い情報は得られませんでしたね」


 あの後、どうにか村人たちは、怒りやイラ立ちを全面に出しつつ質問を聞き、答えてくれたものの。羊泥棒だと思われる、怪しい人間を見た者は一人もいなかった。それがウソでないことも、村人たちの様子を見て信じることができた。


「やれやれ……今日の第1の子、何もされなきゃいいけど……」


 たった今起きたことを思い出して、サリアはため息を吐いてしまう。


「第1たちには悪いけれど……わたくしたちも必死なの」

「ええ、分かっています……構いませんよ。正直、見ていてスッキリしましたし」


 今まで、担当となった村で、村人たちに見つからないよう、ビクビク隠れながら、何とか見張りの仕事をまっとうするだけの日々だった。見つかって追い回されて、何かされても、他の第1たちに迷惑がかからないよう、ガマンばかりしてきた。

 けど、彼女たちを見ていて分かった。ただガマンしているだけでは、何も変わらないんだって。


(第1の在り方も、変わっていかなければいけないのかも……)


 メルダが、第1への新たな思いを浮かべている目の前で……


「メルダさん、さっきのキック、格好よかったです!」

「ありがとう……次はディック、アナタがしてみたら?」

「え? いや、僕は……僕は、【水操作】しか、得意なこと、ないし……」

「魔法は関係ないわよ。ただのキックなんだから」

「それは、そうですけど……」

「それに、その【水操作】が得意なおかげで、わたくしの【氷結】が力を発揮できる。相性が良いのね」


 図らずも、互いの得意魔法の相性が良かった二人は、そう楽し気に会話を交わして。

 そうして三人は、同じように追い立てられた、二つ目、一つ目の村を目指した。




 各々が、各々に託された仕事を、各々のやり方でこなしていく。

 彼ら彼女らの望みは一つ。

 今回の仕事を解決して見せる。


 尊敬できる大切な人のために……

 信頼できるリーダーのために……

 第5関隊を残す、そのために……




 解決まで、あと――


 6時間……





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