第7話 弟子と師匠の初仕事
ロシーヌ・クラロッツォ筆頭大臣が持ってきた仕事を要約すると……
仕事に向かう場所の名は『カリレス』。
首都である『ルティアーナ城』とその城下町、外交貿易と工業が盛んな国内最大の都『リユン』と合わせた、王国三大重要地の最後の一つ、王国最大の農業地帯である。
野菜や果物はもちろんのこと、畜産および食肉加工、果ては林業に至るまで、大よそ農業と名のつく仕事は全てここで行われ、国内の食糧の99%以上がここで作られている。
そんなカリレスでは、一年以上前から、妙な事件が度々発生していたという。
始まりは、畜産農家の牧場で育てられていた馬が、朝になると突然一頭いなくなってしまった、という事件だ。
最初のころは、ただの数え間違えか、牧場主のミスで一頭逃げ出してしまったのではないか……そんなふうに、深刻に捉えられることはなかった。しかしそれが、二度目に牛、三度目に羊と、場所や動物は変われど頻発していき、六度ほど続いたところで、さすがに魔法騎士団へ調査依頼が出された。
その時は、カリレスに派遣されていた第1関隊が調査を行ったものの、特に手掛かりは無し。加えて、それ以降そういった事件はパッタリ無くなったことで、原因は突き止められなかったが、一応は解決、ということになり、それ以降調査は行われなかった。
それが、今から二日前に、再び発生。それも、今度は一頭ずつではなく、一晩のうちに、ある牧場で育てられていた羊が十頭、丸ごといなくなってしまったことで、再び調査を依頼することにしたらしい。
もちろん、城の外なら、これは第1関隊が中心となり行う仕事のはずだが……
「ゴミの第5とは言っても、関長だったら、このくらいの事件調査を取り仕切って、今日から三日以内に解決してみせるくらい、訳ないわよねぇ~?」
と、今まで部下を取り仕切る立場に立ったことのないミラに対して、三日という短い制限時間を示しつつ、筆頭大臣は意地悪く微笑んでいた。
「……まあ、とにかく、やれと言われた以上は仕方がない。ロシーヌ様も言っていたが、大した事件でもない」
「いや、そら俺らは良くても、牧場の人らからしたら一大事ですからね?」
「……そうだな」
葉介の言い分に、かつてこの事件を取り仕切って、解決したと判断したレイも、反省の色を見せた。
「それに、シロ何とか様は、ハッキリ『解決しろ』って言ってたじゃん。第1が調査しても、何も分からなかったっつーこの事件をさ」
名前を訂正することもせず、関長らもようやく、そのことに気づかされた。
葉介の言っていた通り、筆頭大臣の要求は調査だけでなく、解決すること。一年前の調査で、何をどれだけ調査しても何も出てこなかった事件の、解決。原因を突き止めて、それを含め見事に解決して見せろ。そういう要求だ。
「要するに、レイ様が言うから仕方なくチャンスを、あげたフリしただけで、最初から俺らを追い出す気しかないってことですわな」
「なにそれ、最悪じゃん……!」
メアが怒りの声を上げ、他の三人も、似たような反応を見せた。
「……解決、するしかない」
再び深刻な空気が流れる中で、ミラがボソリと漏らした。
「原因を突き止めて、解決してみせるしか、ない……そうして、納得させるしか、ない」
「まあ、そうなんだけどね……」
そう言うだろうと思っていた……そんな笑顔を葉介は浮かべて、ミラに聞き返した。
「そのためには……どうする?」
「……どうしよう?」
聞き返されたことで、関長たちも葉介も、テーブルに着いていたひじが倒れてしまう。
無表情ながら、本気でこれから何をどうするべきか、分かっていないと分かる。
関長と言っても、今までずっと城と森しか出入りせず、外へ行くにも、基本的に他の関長からの指示で動いていた身なら、仕事を任されどうにかしろと言われても、何をすればいいか分からず動けないというのも無理はない。
「あー……まあ、まず、カリレスは広い。調査をするにも二人じゃ無理だ。まずは協力してくれる一般騎士を集めるところからだな」
「協力ねぇ……」
レイがそう意見を出して、第1や第2の仕事の時もそうするように、各隊の関長たちが協力できる一般騎士の呼びかけに向かってくれた。
そして、それを待つことになった第5の二人……
「ヨースケ……人が集まったら、何したらいいの?」
自分たちのために人材確保に動いてくれている。そんな四人に感謝をしつつ、心配しだしたのは、大勢を率いたことがないゆえの悩みである。
「まあ……普通に集まってくれたことにお礼言って、お仕事の内容説明して、後は簡単な挨拶かな」
「……ヨースケ、できる?」
「できるけど……俺も今言ったことくらいはしゃべるけど、ミラも何かしらしゃべった方が良かろうね。立場的には責任者なわけだし」
「なにを、しゃべったらいいの?」
「分からんなら、俺が全部考えてもいいけど……ミラ様はそれでよろしいのですか?」
師匠ではなく、上司としてのそんな問いかけに対して、ミラは答えることができなくなった。
「けどまあ、そうね……手伝ってくれることへの感謝の気持ちと、後は、自分の思ったこと、素直に言葉にしてみたら?」
具体性の無い曖昧なアドバイスを受けて、ミラは、無言で考え出した。
一方葉介は、終始渋い表情を浮かべていた。
(とは言え、ただでさえ敬遠されてる第5の仕事を、手伝ってくれる一般騎士が――)
「おるんかい」
約一時間後……魔法の絨毯が並ぶ城内の出発地点に立つ、ミラと葉介の前には、第1から第4までの一般騎士、計七人が並んで立っていた。
「ヨースケさーん!」
「手伝ってほしいって言われたから、来てあげたわよ」
「…………」
第4関隊から三人。リム。メルダ。ジンロン。
「第3は、僕一人か……まあ、この人数なら、何とかなるかな……」
第3関隊から一人。ディック。
「助力……微力ながら、参加させていただきます」
「尽力……ヨースケさまの……いいえ、第5関隊のお役に立てるよう、努めます」
第2関隊から二人。ファイとフェイの双子兄妹。
「ちなみに、リーシャさんも行きたいと言ったが、さすがに第2の仕事もあるからと諦めさせた」
そして、第1関隊から一人。
「…………」
「……まさか、リリア様も来て下さるとは」
「なによ? 私が来ては不満なの?」
「いいえ、むしろめちゃめちゃ心強いですけども……」
「フンッ……」
元々、第1関隊は昨日の決闘会が終了してから、参加者のうち三人はリユンまで戻っていった。だが、リリアは昨日の敗北でかなり参ってしまったらしく、レイに宿泊してノンビリするよう勧められた。
それにレイも付き添う形となり、朝になって帰ろうとしたところに、第5の仕事の募集を聞いて……そして今に至ったわけである。
「この次こそ、アナタを倒して見せる……そのために、アナタと第5関隊の仕事ぶりがどんなものか、この目で見させてもらうわ」
「さいですか……」
「……あの、自分は……?」
「アナタには興味が無いわ。敗けておいて何だけど、正直、アナタからはヨースケと違って、強さも魅力も感じないし」
「…………」
「あと……レイ様からの命令、聞いていないの?」
「はいはい……分かったよ。リリア。これでいい?」
それでいい……表情で、そう答えた。
真剣な表情もあれば、いかにもピクニック気分だという表情もある。よく分からない無表情も見える。この辺りは、個々人の年齢やら性格が出ていると言える。
そして、各隊から来て下さった方々全員に言えることが、彼ら彼女らの全員が、理由はどうあれ葉介を目当てに集まった、ということだ。
(ミラ一人では、集まらなかったろうな)
横から見ている関長四人、全員が共通して感じた事実である。
本音を言えば、関長である四人も、参加できるものならしてやりたかった。だが当然、自分たちの関長としての仕事もある。デスニマ討伐や、以前の第2の護衛任務中での襲撃対応等の緊急性の高い仕事でもなければ、関長自らが率先して他の隊の仕事を手伝うということは、基本的にはできない。第一、そんなことはおそらく、あのババァが許さないだろう。
なにより……
(ここでボクらが手を貸しちゃったら、ミラっちのためになんないよなぁ……)
(関長の立場にある以上、この先も似たようなことは、必ずあります)
(その度に、私たちが助けていたのでは、関長としての成長は望めない)
(だからこそ、そばで教えてやりたいとも思うけど……まずは、実際に仕事することからだ)
関長としての立場。上司の横暴。そして、ミラを思いやるからこそ、心を鬼にして、自分の隊からの協力者を募集するに留めた。
幸い、集まった中には、リリアや双子のように、陣頭指揮の経験のある人材もいる。広いカリレスを調査する人数としては少ないが、現地にはリユンと同じように、重要地として常駐する第1関隊もいるから、調査自体は何とかなるだろう……
それが、四人の関長たちの共通する意見だ。
「……それじゃあ、これで全員なら、とりあえず、挨拶から」
七人の前に立っていた二人……第5関隊の、葉介が、最初に前に出て話し出した。
「今回の仕事の内容は、すでに各関長から聞いておられると思いますが……カリレスの調査です。私を始め、カリレスには行ったこともないという人もいるとは思います。ですが、カリレスのことをよく知る方々もおられると、関長の皆さまからは聞いております」
そんな問いかけに、七人中の過半数が表情を変えるか、頷くか。葉介の言った通り、カリレスのことをよく知る人間がいることは、連れてきた関長の口から聞いていた。
「その方々を始め、皆さまの力を大いに頼らせていただくことになるかと存じます……予定されている調査日数は三日間です。三日間、皆さまどうか、よろしくお願いいたします」
最後に頭を下げる。葉介の丁寧な挨拶に、何名かは改めてやる気を出したようだった。
「それでは、第5関隊関長、ミラ様、一言お願いします」
そう言うと、ミラの隣に移動する。
すでに、伝えるべき言葉は葉介が伝えきった感がある。だから、今さら関長の言葉というのも……そんな空気が、葉介目当てに集まった七人には流れている。
「…………」
そんな空気を前にしながら……そんな七人の顔を、一人一人見やりながら……
「……知ってると思うけど、第5関隊関長、ミリアーナ・ヴェイル……」
無難な自己紹介……そこから、言葉を紡いでいった。
「みんな知らないと思うけど……第5関隊の仕事は、外森の見回り」
今まで、メアやセルシィにも語ってこなかった、第5関隊の仕事内容を、突然告白。誰にも秘密にしてきたものと思われていただけに、知らなかった者はもちろん、知っていたレイにシャルも目を見開いた。
「外森の中見回って、デスニマが現れたら倒す……ゴロツキが集まってたら、必要なら倒す……何もなければ、ただ、歩くだけ。ただ歩いて、動物の死骸があれば、デスニマにならないよう燃やす……それを、朝から日が暮れるまで。それが第5の仕事」
淡々と。黙々と。普段のミラらしい口調と表情で、自分が責任を持つ仕事について、語っていった。
「聞いた通り……すごく、つまらないし、退屈。箒も無いから、足で歩く。体力はすごく使うけど、一日二日、サボったって、文句も言われない。だから、給料は多分、第4の一般騎士よりも少ない……ハッキリ言って、明日無くなったって、誰も気づかないし、文句も言われない。そんな仕事を毎日してる。他の一般騎士から、嫌われても仕方ない……」
ミラの雰囲気は変わらない。だが、聞いている者たちは、思い思いの心境に駆られていた。驚く者もいるし、動揺する者もいる。ただ聞き入る者もいれば、納得する者もいる。
「そんな仕事しかしてきてない。だから、わたしは関長だけど、関長らしいこと、何もしたことない……今回の仕事でも、みんなの役に立てるなんて、思ってない……むしろ、足を引っ張ることになると思う……」
仕舞いには、関長が語るべきでない後ろ向きな発言まで飛びだして。七人とも、とうとう心境が表情に表れ始めた。
「そんなわたしなんかのこと、信じろなんて言えない……助けてほしいなんて言えない……わたしのことは、気にしなくていい。だから代わりに……ヨースケのこと、信じてほしい。助けてほしい」
変わらない口調と雰囲気……だが、その言葉には全員が反応した。
理由はどうあれ、全員が葉介を目当てに集まっている。それが分かっているからこその、その言葉に対して。
「ヨースケはわたしの弟子……つまらない退屈な第5の仕事に、ヨースケは真剣に取り組んでくれる……わたしのために、尽くしてくれる……わたしのこと、支えてくれる……ヨースケはわたしにとって、すごく、すごく大事な人……だから、そんなヨースケのために集まってくれた、みんなのことも、わたしは大事」
思わず、七人のうちの何人かは、互いの顔を見合わせた。照れ臭そうに、だが、嬉しそうに、破顔しながら――
「みんな、わたしの大事な人……だから全員、わたしが守る。わたしが全員、命懸けで守る……だから――」
一度言葉を切って……最後に最も伝えたいことを伝えた。
「だから、また全員で、城に帰ろ? 全員で帰って、今度はみんな一緒に、ヨースケのごはん、食べよう」
そこまで言って……ミラはホッと息を吐きながら、葉介の隣まで下がった。
葉介の最初の挨拶に比べれば、しゃべり慣れていない口調での、いかにも年齢相応な、幼稚な言葉の羅列でしかない。おまけに、わたしはアテにならないから、代わりに葉介をアテにしろと、そうハッキリと言っている。
それでも、葉介が最初に行った、決まりきった、形式ばった無難な挨拶と比べて、明らかに、全員の顔が代わっていた。
年齢相応であれ。幼稚であれ。ミラの思いがハッキリ伝わった、その話に対して――
「……え、俺がみんなのごはん作るの?」
「ん……ヨースケは料理上手。実は」
「実はて……そらミラのおかげで食材は豪華になったし、毎日ミラと俺の二人分作っちゃいるけども」
「ん……最近は、マズい魚も美味しく食べられるようになったし」
「いや、褒めてくれて嬉しいけど、俺、こんなにたくさんの人数分作ったことねーべ?」
「ヨースケなら、できる……」
「無茶言うな! 焚火にフライパン一枚と鍋一つでこんな人数分作れるかい!」
「いいから作る……関長命令」
「んな下らんことで関長命令発動すんなし……」
――身が引き締まったと思ったら、そんな気の抜ける会話が始まって。
二人は本当に仲が良いんだなぁ……
ヨースケさんの料理、食べてみたいなぁ……
集まった全員、様々な思いや感情に癒されながら、共通して、この二人のために働くことを心に決めた。
「……では、早速現地に向かいましょう!」
赤と黒が会話を終えたところで、葉介が再び前に出て、取り仕切る。全員が真剣な表情で従って、絨毯へと歩いていった。
「……ヨースケの言った通りにした……ちゃんと、できてた?」
「さてね……まあ、みんなの顔見た限り、できてたんじゃないかな?」
「ミラ」
七人が離れて、師弟が小声で会話しているところに、横から見ていた関長たちが話しかけてきた。
「うちの大切な副将、どうかよろしく頼むぞ」
「あの二人は優秀だ。存分にこき使ってやれ」
「ディックも、ああ見えてできる子ですから」
「三人が迷惑かけるかもだけど……よろしく」
四人とも、その顔にはもはや、陰りや心配の感情は見られない。ミラのことを心から信頼し、だから部下を託す。そんな心持ちが伝わった。
「…………」
彼女らが集まる前は、ただ彼女らの前に立つというだけで悩んでいた様子なのに、いざ任せてみた結果、全員がミラを見直し、真剣に取り組んでくれると顔で語っている。
一般騎士も、関長たちも、心をつかんでみせたミラの姿を見て、葉介も、あまり気乗りしなかったこの仕事に、全力で取り組む決心がついた。
「じゃあ、ミラ、号令」
「ん……全員、出発……!」
拙く、小さなミラの声量。しかし、それを合図に、カリレス調査隊として集まった、計九人を乗せた三つの魔法の絨毯は、空へ浮かび上がった。
「シャル、レイ――」
空へ浮かんだ、絨毯に乗った部下たちの背中が見えなくなった後。
黄色が、並んでいる紫と白へ声を掛けた。
「二人の様子見て思ったんだけど……もしかして、知ってた? ミラっちの……第5関隊の仕事」
「…………」
二人とも、答えはしない。しかし、視線をメアから反らしつつ、気まずそうにしているのは、肯定しているのと同じ。
「……私たちとしては、メアこそ知っているものと思っていたのだがな?」
「ボクが?」
「書類作成と整理が第4の仕事だろう? だったら当然、第5の仕事の報告書もあったはずだ。前の関長はどうだったか知らないが、ミラは見回りを終えた後、報告書は必ず【移送】して、忘れたことは一度も無いって言ってたぞ」
「……確かに、いつも外森で異常が無かったっていうだけの報告書に、たまにデスニマが一匹出たとかゴロツキが出たとか書いてたけど……いつも書かれてるのはそれだけだし、そこから仕事の内容なんて分かりっこないよ」
書類整理や作成の仕事が主な第4は、他の三つに比べれば、退屈でヒマなのは違いない。だが、退屈と言っても毎日目を通すべき書類は大量にあるし、午前午後で交代する見回りもあって、多忙な時は本当に多忙を極める部署でもある。
そんな場所を総括し、自身でも書類に目を通して、部下のフォローまでしなきゃならない立場のメアとしては、一日一枚、似たようなことが書かれているだけで、特に不備も問題も無い報告書を気にして考えを巡らせる余裕は無かったし、考えるだけ面倒だった。
もっとも……普段愛想よくお姉ちゃんヅラしておいて、仕事に関しては深く踏み込もうとせず、考えもしなかったメアにも、決して落ち度が無かったわけではないが。
「そりゃあ、ミラっちが元気そうにしてるからって、放っておいたボクも悪かったけどさ……ボクにも、ずっと話してくれなかったこと、二人にだけは、話してたってこと?」
「……違う。ミラが話したわけではない」
四人の中でも、特にミラに目を掛け、可愛がっている節があったメアが、見るからに機嫌を損ねているのを察して、シャルは即座に否定した。
「私もレイも、第5の仕事を知ったのは偶然だった。先代の第5関長が全く姿を現さなくなったころのことは覚えているだろう?」
「うん……まあ、月一の関長会議でも出席する方が珍しかったけど、それ抜きにしても、割と目立つ人だったのが、誰も姿を見なくなったのはさすがにおかしいって、二人が疑問持ってた時だよね?」
メアとしては、いざ顔を合わせても何となく話し辛い印象の人だったし、たまに会議に出席しても、今のミラと同じで第5が話す内容はほとんど無い。
第4としては、姿を見なくなった後も、必要な書類さえキチンと提出されていれば文句は何も無かった。むしろ、突然提出されなくなっても、気づく人間はいなかったろう。
だから、レイとシャルがそれを言いだした時も、たまたまタイミングが悪かっただけ。そんな軽い気持ちだった。
だが、シャルとレイの二人は、そんな疑問を解消するために行動した。
「彼女が、誰も下りたがらない城の地下で仕事をしているということだけは分かっていた。だからきっと、地下のどこかにいる。そう思って、確実に仕事を開始するであろう、朝方に、二人で地下へ下りてみた……結論だけ言えば、仕事場は見つけたが、彼女の姿は無かった。代わりに見つけたのが――」
「ミラっち……」
ある日、レイとシャルが、メアとセルシィを関長室に呼び出して、突然ミラを連れてきた時は、心底驚かされた。第5に新入りが入っただなんて聞いたことが無かったし、関長を交代させられたことも知らされていなかった。
顔を合わせるのが少ないながら、決して関わりが無かったわけじゃない先代関長とは違う。正真正銘、この日までどの魔法騎士とも関わりが無かった魔法騎士。
それが、ミリアーナ・ヴェイルという少女だった。
「ミラを見つけた時、とっさに声を掛けようと思った。だが、ちょうど仕事へ出かける所だったから、実際にこの目で、第5の仕事を確認することにした。城の地下には、城の外――外森へ通じる秘密の抜け道が通っていた。そこから外に出た後も、ずっとミラのことを追ってみたが……やっていたことは、本人がさっき言った通りだ」
最初にその光景を見た時は、ミラが自嘲していた通り、無くても良い仕事だと感じた。森の中を歩く……ただそれだけの仕事に、何の意味があるのかと。
だが、丸一日、バレないよう気を遣いながらとは言え、後をひたすら尾けたことで、分かったこともある。
「外森は城からだって見えるくらい、バカデカいんだよ? それも、城の中に残された、切り離された安全な森とは違う。動物だって普通にたくさんいる。デスニマが出るのも、この辺りじゃあの森が一番多い……そんな森を、ミラっちが、たった一人で、毎日?」
「そうだ――」
メアが語った通りの事実を、シャルもレイも、頷き肯定した。
「実際に歩いたから分かる。足場が良いとは言えない。安全である保障もない。そして、いつ、どこから何が飛び出すかも分からない……そんな、巨大な森の中を、誰の助けも手伝いもなく、たった一人、一日中だ」
「ただ歩くだけでも辛いのに、第4や他の見回りとは違って、交代するようなこともしない。昼食も休憩も、ミラは最低限しか取っていなかった。オレたちもひたすら尾けていたが……途中で【身体強化】に頼らざるを得なくなった。ミラは、途中で動物の死骸を燃やしながら、平然と生身で歩いてたのにな」
幸いと言うべきなのか。その日は死骸を燃やす以外で、デスニマが出たり、ゴロツキが現れたり、そんなことはなかった。本当に、ただ日が暮れるまで歩き通す。それだけだった。
「日が暮れて、城に戻ろうとした時、当然二人して問い詰めたさ。まあ、お互い初対面だったし、ミラもかなり混乱してたけど……なぜこんなに辛い仕事を、たった一人でしているのか。その質問に対しては、何が辛いのか分からないって反応だった。まあ当然だ。毎日の仕事で、慣れ切ってたろうし。歩き回ることにも。神経を尖らせることにも。いざという時、戦うことにも」
「ミラが気にしていたのは……仕事の内容を知られて、第5など必要ない。そう判断され、第5関隊が無くなるのではないか。そんな心配だけだ」
「なにさそれ……するわけないじゃん! そんなこと!」
メアが二人に向かって、叫ぶように訴えた。
「城下町の人たちはもちろん、デスニマが出なきゃボクらだって入りたがらないデッカい森をさ、たった一人で見回って、管理してたんでしょう? デスニマが出ないよう、目を光らせてくれてたんでしょう? すごいことじゃん。立派な仕事じゃん。なにも恥ずかしいことないじゃん。ミラっちにしかできない仕事じゃん!」
一日二日、サボっても文句は言われない。ミラはそう言っていたものの、メアの知る限り、関長になったミラが第5の仕事を行わなかったであろう日は、デスニマ討伐のために遠出をした時か、葉介の野外訓練に付き添った時、そして、二週間前の謹慎の三日間。それだけしかない。
何より、いくら誰にも見られていないからと、仕事をサボるような性格じゃないことはメアもよく知っている。つまりミラは、他の仕事が重なった日以外は、一日も休むことなく森を歩いていたということになる。
おそらくは関長になるより前、先代の関長の弟子になったその日から、ずっと……
「そうだな……私たちもそう思う。実際、私たちが知った後は、ミラが森に行けない時に代わってやることもあった。ミラは平気そうにしていたが……かなりキツかったぞ。ミラや、シマ・ヨースケに比べて体力は貧弱。加えて、景色も変わらない、何が出るか分からない森の中を、たった一人歩き続けるのは、辛かった。死骸があれば燃やし、それ以外に何が起こるかも知れない以上、みだりに魔力も無駄使いできんしな」
「オレは交代したことが無いから、シャルの話を聞いて想像するしかない。それでも、体力面でも精神面でも、キツイ仕事なのはよく分かる。そんなキツイことをし続けて、少なくとも、その森で生まれるはずだったかも知れない、デスニマからこの国を護ってくれていたことも……そして、それを理解できるヤツが、オレたち以外に、どれだけいると思う?」
「それは……」
集まってくれた、七人の反応を思い出す。ミラの語った仕事、その辛さと必要性を理解できたのは、せいぜい半分。第1の副将リリア、第2の双子の兄ファイ、あとは、第4のジンロンくらい。三人とも、それなりに長く魔法騎士としてやってきた面々だ。
他は明らかに、何の意味があるか分からない。そんな反応を示していた。
当たり前だ。一日中森の中を歩いて、死骸があれば燃やす。それを毎日するなど、実際に森の中を歩くことの辛さを想像できなければ……
やる意味のない。やる価値のない。退屈でつまらない。無くなっても困らない。
そんな仕事にしか聞こえない。
デスニマが出ること自体、増えてはいるが少ない現状では、必要性は余計に疑問に違いない。実際、たった一人なせいで管理しきれずに、デスニマの親の発生を度々許してしまっている。
そして、そう感じてしまう魔法騎士は、間違いなく、理解してくれる魔法騎士よりも多数派だ。ただでさえ、仕事をしているのかと疑念が抱かれているミラに向かって、彼女たちは口をそろえて言うだろう。
第5なんか必要ない。残っている意味はない。
ミラ様なんか、魔法騎士団から追い出してしまえ……
「でも……少なくとも、ボクはミラっちの味方するよ」
改めて、ミラを取り巻く現実のむごさを理解して。それでもメアは、言い切った。
「さっき、おっさんに聞かれた時は言えなかったけど……第5関隊が無くなることになってもさ、ボクが責任持ってミラっちを第4に迎える。追い出せって言うなら、あのおばさんに土下座してでも、ミラっちのこと守る……仲間なんだからさ」
「……そうだな」
「当然だ」
ミラは言っていた。葉介は大事な人。みんなのことも大事……あんなこと、同じ関長の自分たちさえ、言われたことはなかった。だが少なくとも、ここにいる四人ともが、ミラのことは大切に思っている。仲間だと確信している。そしてミラも、そう思ってくれているのを知っている。
見捨てるわけがない。大切な仲間を。葉介からの愚問を聞くまでも無い。全員に共通する思いだった。
「…………」
ずっと黙って聞いていた、セルシィは一人、密かに唇を噛んでいた。
(二人は分かってた……メアは、あの短い説明で理解してた……なのに、私は、ミラの大変さを、三人の言葉を聞くまで、理解してあげることができなかった)
ミラのことを思う気持ちは、メアら三人と変わらない。歳の離れた最年少ながら、大切な仲間だと思っているし、常々心配もしてきた。
けど、第5の仕事を初めて聞いた時は、思った。
何のためにあるのかな……残ってる意味、あるのかな……
元々、三人とは違って、人を束ねたり、人の上に立てるような人間じゃない。マジメで誠実な部下たちに恵まれたおかげで、なんとかやってこられた。
自分は今でも慣れないのに、そんな様子をおくびにも出さない三人に対しては、ずっと劣等感を懐いてきた。
そして、ミラに対しては、羨ましさを感じていた。
同じ関長なのに、部下はいない、人の上に立つ必要もほぼ無い、なのに、いざという時はみんなから頼られて……
そんな、有利な点ばかり見てきたから、第5の仕事を聞いた時は、必要ない、そう感じて、残す意味を疑ってしまった。
そのすぐ後で、ミラの言い分を聞いて、ミラも自分と違って、人の上に立てる器であることが分かった。
今までも、そして今も、ミラのことが、ひたすらに羨ましい。
人の上に立ち、束ねられる才能を持っていることが……
立場や有りようを全て理解し、心配してくれる仲間たちに恵まれていることが……
他でもない、ヨースケさんが部下にいて、慕われて、尽くされていることが……
「…………」
黄、白、紫とは違う。赤色に対して、懺悔と罪悪と、嫉妬ばかりが湧いて、苦しくなる。
そんな青色の様子にこの場で気づいたのは、青色の無二の親友の、黄色一人だけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「到着よ」
城を出てからおおよそ60分。
地上まで降りた二枚の絨毯から、五人と四人が一斉に地面に降り立った。
「ここがカリレス……リユンよりも近いのか?」
「どちらも似たようなものよ。城はこの島のほぼ中心だけど、リユンは島の南西の端で、ココは南東の端だから……何なら、こっちの方が、少しだけ遠いくらいかしらね。両者の距離は、城よりかなり近いけど」
「そっか……馬車とはエラい違いだね」
それはそうよ、というリリアの声を聞きながら、十日前に、馬車で半日かけて行ってきたリユンでの仕事を思い出した。
(まあ、絨毯の方が良いかって言われたら、どっちもどっちだけど……)
走っている地面から来る振動と揺れ、遅さ、そして、景色。
飛んでいる空から来る風と直射日光、落下死の危険、そして、景色。
どっちがマシか? と言う話になるが……
絨毯に乗ったのはこれで二度目だが、つくづく、高所恐怖症でなくてよかった。そう感じた葉介である。
「お待ちしておりました」
地上へ降りた、九人の調査メンバーの耳に、少女の声が届く。カリレスの入り口となる小道に一人、第1関隊が立っている。
「第1関隊、サリア・ノルンです……リリア様、ミラ様。レイ様より連絡をいただき、道中の案内を賜っております……」
「では、お願いするわ」
「ん……よろしく」
第1の少女の言葉に、目上であるリリアと、今回の責任者であるミラが応える。
少女は調査メンバーを一瞥し……葉介を見た一瞬、表情をしかめてしまった。
「……?」
「で、では、ご案内いたします――」
「待った」
少女が歩き出すよりも前に、首を傾げていた葉介が、前に出る。
他のメンバーが気にする中、葉介は前へ歩いていく。少女は、葉介を凝視しながら、身を固くし、震え、目の前に来たと同時に、目と口を固く閉じて……
その後には、葉介は少女すら通り過ぎた。
「なんか来る――」
「怪しい野郎!! テメェが羊泥棒かー!!」
葉介の立つ場所から、向かって右側。そこの木や草むらが揺れたと思った瞬間、そこから、緑色の何かが飛び出した。
(子ども……?)
正体に気づき、その子どもが飛び出した方を向いて、足を一歩、二歩、三歩――
「ぐお……!」
直後、飛び出した子どもが両手に振り下ろした棒切れが、勢いよく地面に飛んでいった。
「え……なに、が――?」
「棒が振り下ろされた瞬間、前に出て、右肩で棒じゃなくて両手を受けた。その勢いと、変なぶつけ方したせいで、握ってた棒切れを落とした……落とした方も、凄く痛かったはず」
疑問を声に出すリムと、それを説明してやるミラと。
ミラの説明の通り、棒を握った両手の前腕下部を、葉介の右肩――僧帽筋に振り下ろし、ぶつけた結果、棒を取り落としたうえに痛がっている……
が、痩せガマンか、もう痛みが引いたのか、すぐにまた、葉介と向き合った。
「怪しい上に強ぇ……やっぱ、テメーが羊泥棒だな?」
「…………」
「だったら、この俺がぶっ倒してやらぁー!!」




