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第5話  決闘会が終わって

(あるぇー? 俺、なんで勝っちまったんだろ……)


 もう何度そう思ったことか……


 勝てる気なんか全くしなかった。それでも、出ないことには面倒になりそうだし、何より、ミラが命令してくれたから、がんばることにした。そのために新技も開発して、当日にバトルロイヤルだと聞いた時、不意打ちとスピード勝負しかない。そう直感した。


 結果、ほとんど倒せはしたものの、一番面倒なリリアが残ってしまって、どうすれば倒せるか必死に考えた。

 そしたら、リリアよりよっぽど分かりやすい子がリリアを倒してくれて、そんな子がケンカを売ってきたから、年甲斐もなく買うことにした。


 杖だけ封じて、挑発すると、分かりやすく攻撃してきた。

 で、対応して、反撃して、トドメを刺して――



 と、夢中で戦っているうちに、気がついたら最後の一人になっていた。


(魔力無いのに……そら、やるからには勝ちに行ったけど、魔法使えんのに……)


 しばらく、観客席は静かだった。が、十秒後には、大いに沸いた。

 関長三人は唖然としていて、セルシィは暴れていて……ミラだけは、無表情ながら喜んでくれていた。


(まあ、それが見れたことだけは、戦った甲斐があったけども)


 で、二度の『新技』でガラガラになった喉は、顔を真っ赤にしたセルシィが治してくれて、飛び込んできたのはレイに託して……



「優勝おめでとう。優勝賞金の、給料二か月分だ」


 最後の一人になった前後のことを思い出している葉介の耳に、レイの声が聞こえてきた。

 こういったイベント事のお決まりとして、優勝者の葉介は訓練場の中心に立たされて、その前には関長たちが並んでいる。その周囲を、観客席にいた魔法騎士らが囲んでいた。


(いらん金がどんどん増えてく……)


 賞金を受け取って、ミラと目を合わせてみたが、普通にいらないと首を振っていたので、素直に葉介が受け取ることにした。


「シマ・ヨースケ」


 賞金を受け取り、ポッケにしまった葉介に、再びレイが声を掛けた。


「今日のお前の戦い、本当に素晴らしかった」

「……光栄でございます」


 そう返事を返しつつ、フードくらいは取るべきだったかしら?

 そう、今さらながら思ったその時――


「お前をぜひ、第1関隊に招き入れたい」

「……はい?」


 マヌケな声を上げてしまったものの、それも、周囲に立つ一般騎士らの騒めきにかき消された。


「ワタシの部下を含む、複数人の魔法騎士たちを一度に倒す妙手と手腕、魔法抜きで戦って見せる技量、度胸……お前の持つ力の全て、第1関隊にぜひ欲しい! オレと一緒に、戦ってくれる気はないか?」

「あー」


 真っすぐな目と真剣な声色に、ついつい本気になりかけたが……


(そう言えば、ここってそういう場でもあったんだっけ?)


 第1や第2に入りたい一般騎士たちが、自分たちの実力をアピールする場。そんな都合上、優秀な結果を残した一般騎士を誘うのは、芝居であれ自然な成り行きなんだろう。

 あんなセコイ戦い方が、第1関隊に相応しいのか葉介には分からないし、観ていた子たちがどう思っているのかも知れないものの……


「待て、レイ」


 と、興奮しながら葉介の手を握っているレイに、シャルが近づいた。


「それを言うなら……我々第2関隊も、シマ・ヨースケは欲しいところだ」


(そっち?)


 意図を理解せず止めに入ったのかな? そう思ったら同調してきて、おかげで余計に、一般騎士らは沸いた。


「ヘイヘイヘイ……だったら、第4もだよー。彼、第4の仕事も、かなり向いてるしねー」


 そこに、メアまで加わる。右手を取ったレイに対して、空いた左腕に抱き着いた。


(おのれ……レイ様がつかんでるせいで避けれなんだ)


「で、でしたら第3も……!」

「セルシィは私情が入ってるからダメっしょ」

「第一、この男の力は第3向きではなかろう」

「却下だ」


 関長仲間に口々に否定され、沸いていた一般騎士からも苦笑が漏れる。セルシィが葉介を、そういう意味で欲しがっていることは、今や魔法騎士団では周知となっている。


「…………」


 そして、こうして関長全員で売ってくれた猿芝居に対する、葉介の振る舞いも決まっている。


「お断りします」


 そう短く答えて、右手も左腕も優しく振り払って、四人のもとを去り。

 一人、隅でジッとしている、ミラの前にひざまずいて、フードを取った。


「ミラ。俺は見ての通り、第5……てか、ミラの部下、辞める気ないから」


 実際には、第5以外でやっていけない身なのだが……


「……顔、上げて」


 ひざを着いて、顔を伏せている葉介に、指示を出して……


「――おぉ……!」

「……約束の、ご褒美……」

「するんかい――」


 直前とは違う意味で、一般騎士らが沸いている。それだけ大勢の面前にいながら、それでもミラは、ひざを着いた葉介の身を優しく抱きしめて。


「お前はわたしの、最高の弟子……」

「……ありがとう」


 葉介も、特に恥じることなく礼を言って、抱きしめ返した。


「この後は、どうする?」

「……この後?」

「まだ午前中やろう……修行でもする? それか、今からでも仕事に行く?」

「……じゃあ、仕事しに行こう」


 短いやり取りをした後で、二人同時に体を離して立ち上がった。


「……じゃあ、わたしたち、仕事しに行くから」

「……いいのか? 今日は半年に一度、関長と、決闘会の参加者と、第2、第3、第4、それに第5も、全員が仕事を休んでいい日だぞ?」


 言いながら、どうして第1は全員休めないのかと、密かにイラ立つレイに向かって、


「ん……ヨースケと、第5の仕事、してくる」


 そう、いつも見せる無表情から、いつもより浮かれた声を上げて。互いの手を握った後は、他の参加者や四人の関長、観客席の一般騎士、全員を残して……


「そんじゃ、今日もがんばるかね」

「ん……」


 葉介の小さな手を、更に小さな手で握り返す。

 そうして浮かべたニヤつきを、隣を歩く葉介が茶化すことはしなかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……くぅ、ぅ………」


 勝って笑う者がいるなら、当然、敗けて泣く者もいる。

 決闘会の優勝者が決まった時、葉介に敗けた者たちは全員、第3からの治療を受けてからは、早々に訓練場を後にしてしまった。

 関長他、誰に咎められることもなく、騎士寮の自身の部屋、食堂、その他一人になれる場所――第1ならリユンに戻ったり、この騎士寮の、レイの一人部屋を借りて閉じこもった者もいる。


 そうして落ち着いた後で、各々が取る行動も様々。

 結果にただただ呆然とする者。

 決闘の内容を思い返す者。

 忘れてしまおうと努める者。

 塞ぎこむ者。

 寝込む者。

 食堂でお魚をヤケ食いする者。



 そして……



「うぅ……ぐぅ、ぅ……っ」


 騎士寮では基本的に、関長以外は二人から三人部屋となっている。だから、たとえ泣きたくなったとしても、そんな部屋に帰ったのでは、見られたくもない泣き顔をいつ帰ってくるとも知れないルームメイトに見られるハメになりかねない。

 それを嫌ったメルダは、多分誰も来ないとアタリをつけた、第4の仕事場の、自身の席に突っ伏していた。

 ここにも誰かが来るかも知れないが、メルダ自身も含め、せっかくの休みの日に、やりたくもない仕事の場へやってこようと考える人間はほとんどない。落ちこぼれの第4ならなお更だ。

 それでも極力、たまたま近くを通った誰かに声を聞かれないよう、必死で声を抑えて、突っ伏した両手に顔を埋めて、嗚咽だけは漏らしながら、大粒の涙を垂れ流していた。


「うぅぅ……くっ、ぐす――ぅ……」


 悔しかった。必死に努力してきたのに、ちっとも通じなかったこと。

 哀しかった。懸命に鍛えてきた力を、披露する間もなく敗けたこと。

 だが同時に……こんなふうに悔しがり、哀しんで、泣いていることに、驚いている自分もいる。


 魔法騎士たち、第4は特にそうだろうが、好きで魔法騎士をしてるんじゃない。

 ただ、他にできそうな仕事が無かったから、何となく魔法騎士になって働いた。


 やり甲斐はいらない。目標は知らない。やりたいことも無い。ただ選んだだけ。

 選んでいざ働いてみたら、見た目の割にやることは地味で、地味なくせに量は多くて、辛い時はすごく辛いし、苦しい時はかなり苦しい。あげく、ちっとも楽しくない。最初から出す気も無かったやる気は、半年ともたず底をついた。

 努力なんかしたくない。全力なんか出してられない。身を捧げるとか、命を懸けるとか、魔法騎士であれ冗談じゃない。

 働く価値の感じられない、どうでもいい仕事のために、気力体力を、一分一秒を、自分の全部を使わなきゃならない日々が、イヤで苦痛で億劫で。


 ……じゃあ、イヤなら辞める? 他になにかできる? 大嫌いな実家に帰る?


 なにも無い。他になにもできない。けど、実家にだけは帰りたくない。

 分かっているからせめて、これ以上自分を無駄使いせずに済むよう、毎日テキトーに漫然と、時には他人に仕事を押しつけたりして、一日一日を無難に乗り越えてきた。

 そんな魔法騎士団のお祭なんか興味も無くて、出世も決闘もダルイだけだったから、決闘会の日は全部、部屋で寝るか、外へ遊びに行くかだった。


 そんな決闘会にまさか、このわたくしが参加するなんて。半ば分かってたことと言っても、アッサリ敗けて、結果、子どもみたいに泣きじゃくるだなんて……


「くぅ……ぐすっ、う、う、うぅぅぅ――」


 知らなかった。

 たとえ、リリア様や、ヨースケに比べたら、はるかに遅く、短く、足りない努力だったとしても。自分なりに、必死に、懸命に、全力で鍛えた力が通用しないことが、こんなに悔しくて、哀しいことだったなんて。


(ヨースケの大声に怯んだから……? 不意打ちで杖を落として捕まったから……?)


 実力の差は歴然としていたろうに、考えずにはいられなかった。

 大量の涙を流しながら、何度も、何度もやられた時のことを思い返して。どうして敗けたか。どうして勝てなかったか。どうしてヨースケはあんなに強いのか。

 どうして……

 どうして……


(魔法が使えない、ヨースケが強い理由……そんなの、分かり切ってるじゃない)


 何度も直前を思い出した末に、やがて、思考は更に過去へさかのぼる――



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ヨースケと、決闘会のことを話した、あの日の夜――


「…………」

「…………」

「…………」


 夕飯を食べ終わった後の、葉介が住まいとしている物置小屋の中。

 夜と室内の暗闇の中、小さな魔法の灯の光に照らされた狭い空間には布団が三つ。川の字ならぬ三索(さんそー)の字に並べられている。各布団の上には、リム、メルダ、ミラの三人が、各々パジャマ姿の、体育座りで向かい合っていた。


「…………」

「…………」

「…………」


 リムとメルダの二人が、ミラと向かい合い、ただ座る。

 特に言葉や声を発することも、表情を変えることもしない……できない。

 二人とも、元々この日は、この小屋にお泊りさせてもらおうと考えてはいた。そのために布団と枕、愛用のパジャマも、魔法の革袋に入れて持参してきた。もちろん、葉介が無理と言えば夕飯を終えたところで帰るつもりだったが……話してみれば、アッサリというか、テキトーというか、了承をもらえた。


 ミラがやってきたのはその直後。川辺の焚火の前に座っていた黄色二人と目を合わせて、きびすを返していた。二人が思わずホッとした瞬間、葉介がミラの手をつかんだ。

 躊躇し、嫌がっている様子のミラを、葉介は無理やり手を引いて、二人の前に座らせた。

 その後は、葉介の準備が済むまで話すことができなくなり……

 準備ができて、食事が始まった後は、どうにかいつも通り会話を楽しむことができた。

 ミラの存在を気にはしつつ……ミラの存在から、目を逸らすことで、なんとか……



「…………」

「…………」

「…………」


 夕飯を終えて、また三人残されて、また三人が三人とも、何も言えなくなった。

 あまりの気まずさに、二人はやはり帰ろうかと考えていた。ミラもそうだったに違いない。


 だが、そんな三人に、また葉介の声が届いた。

 リムとメルダは、今日、小屋に泊まる。だからミラ、小屋の中を案内してあげなさい。先にお布団敷いて、寝間着に着替えておきなさい。歯の掃除もキチンとしておきなさい。

 そんな内容を一通り言われて……


 立ち上がったミラが、初めて二人に話しかけた。

 葉介に言われた通り、小屋の中へ案内して――案内が必要な空間でもなかったのだが――布団をどこに敷いて、触っていいもの、悪いもの、そんな簡単な説明だけして。


 三人で布団を敷いて、パジャマに着替えて……

 そうして、体育座りに至ったわけである。



「…………」

「…………」

「…………」


 誰も、声も出さず、表情も全く変化しない。それでも、少なくともメルダが感じていたのが、『気まずさ』だった。きっとリムも、同じように感じていたに違いない。

 せめて、ここにヨースケがいてくれたら気軽に会話もできたろうけど、そのヨースケは、今ごろ後片づけの真っ最中。

 それでも、せめて、リムと二人だけだったならまだ良かったろうに、もう一人……


 三人とも、歳は近い。リムが16歳。ミラが17歳。メルダが18歳。

 それでも、黄色の下っ端二人と違って、赤色のミラは仮にも関長。加えて、この二人に限らないが、マトモに言葉を交わしたことは一度も無い。

 お互いの立場。本人の無口と無表情と雰囲気。もろもろの空気が、メルダとリムから、言葉と声と気安さを奪い、布団の上に拘束させる。


「……ねぇ」


 だから、そんな『気まずさ』を作りだした張本人が突然声を上げた結果、メルダもリムも、思わず飛び上がった。


「はい!?」

「なんでしょうか!? ミラ様!!」


 二人とも、自分でも驚くくらいの大声を上げ、大げさに飛び上がることになった。


「……ありがと。ヨースケのこと、鍛えてくれて」


 そして、そんな二人のリアクションも構わず、ミラは、語りだした。


「ヨースケはわたしの弟子……でも、ヨースケが強くなったの、二人のおかげ……ずっとお礼、言いたかった」


 未だ衝撃から戻り切っていない二人に対して語りだしたのは、葉介にも話したことがないだろう、ミラの本音だった。


「わたしは……わたしの師匠は、なにも教えてくれなかった。だから、なにもしないのが師匠なんだって、思ってた。なにもしないで、弟子が、強くなるのを待つのが、師匠だって……それで、師匠っぽいと思ったことだけ話して、待ってた。そしたら本当に、ヨースケは、強くなった……わたしより、よっぽど早く……わたしじゃなくて、二人のおかげ」


 話を続けるミラの顔は、終始無表情。


「強くなった後にしたのは、魔法騎士の仕事、教えること……でも、それも謹慎してたせいで、できなかった。だから、他の隊に頼んだ……で、第2でも第3でも第4でも、上手くやってたって、聞いた……」


 終始無表情……なのに、二人はそんな無表情から、感じ取った。


「わたしにはできない、第5以外でも、上手くやって、頭が良くて、強くて……ここに来る前、シャルに呼ばれて、ヨースケにはお世話になったって感謝されて、わたし……嬉しかった。けど、なにも、言えなくなった」


 悩み……困惑……葉介に対して懐いてしまった、葉介の上司、葉介の師匠としての本音。


「ヨースケはわたしの弟子……師匠のわたしより、なんでもできて、なんでも知ってて、褒められて、感謝されて……自慢の弟子。そんなヨースケが、二人と仲良くしてるの見て、思った。ヨースケは、第5にいるより、他に行った方が、幸せじゃないかって――」


 弟子、部下、後輩……そんな立場にいる人間に、早々に追い抜かれる。そんなままある事実を目の当たりにし、そのことを自慢と思うからこそ感じてしまった、上司として、師匠としての、ミラの自虐の交ざった本音だった。


「……でも、ヨースケさんは、第5以外じゃ、やっていけないって……」


 ミラの語った本音に対して、リムは、とっさに現実の話を返してしまった。


「ん、分かってる……魔力が無い。魔法が使えない。だから、ヨースケは第5にいる……ただ、それだけ」


 そして、そんな現実が、余計にミラを苦しめていた。


「第5の仕事……すごくつまらなくて、退屈で、無くなったって、多分、困らない……第1みたいに、かっこよくない……第2みたいに、偉くもなれない……第4みたいに、楽しくない……わたしは、セルシィみたく、ナイスバディじゃない」


(第3の価値って、それ……?)


 どの隊だろうが、その隊なりの辛さ苦しさはある。

 それでも共通して言えるのは、あっても無くても変わらない第5に比べれば、間違いなくやり甲斐はあるだろうということ。

 わたしとは違う。ちゃんと部下のことを見て、思いやって、評価もしてくれる。育て方をしっかり身につけた関長たちのもと、働くことができるということ。


「わたしは、ヨースケの師匠……なのに、ヨースケが強くなるためのこと、なにもしてない……ヨースケは、なんでも知ってる。わたしの知らない技も。強くなる方法も、わたしより、たくさん知ってる。だから、二人がしてたみたいに、わたしも、ヨースケから、色んな技、教えてもらった」


 そんな事実には、二人とも普通に驚いた。葉介は教え上手ではあるけど、まさか、師匠なはずのミラにも教えていただなんて……


「おかげで、わたしは前より、強くなれた……ヨースケはわたしを、強くしてくれた……それで、分かった。師匠って、本当は、こういうことなんだって……なにもせずに待つだけじゃなくて、強くなるために、手伝ってあげることだって……わたしの師匠も、教えてはくれなかったけど、ずっと手伝ってくれてたこと、その時まで、忘れてた」


 技だけじゃなかった。葉介から教わったこと――そして同時に、気づかされた。


「わたしは、二人みたいに、ヨースケに、なにも教えてない。なにも手伝ってない。なにもしてあげてない……なにしてあげたらいいか、分からない」


 葉介は全部知っていた。だから、わたしの教えも手伝いも、何も必要なく強くなった。そして、そんな強さを、ヨースケは第5に――わたしに捧げてくれてる。

 魔法が使えないから……ただそれだけを理由に、なにもしてあげられない、わたしなんかのために。


「わたしが……ヨースケの上司でいて、いいと思う? わたしなんかが、ヨースケの師匠で、いいと思う?」


 そんな質問をされて……



 メルダは、何も言えなくなった。

 きっとミラ様も、そんな質問をする気なんてなかったことが、今なら何となく分かる。それでも、師匠であり、上司である自分以上に、葉介と長く一緒にいるのがわたくしたちだったから、聞いてきたんだ。

 ヨースケにとって、自分が上司でいいか。自分が師匠で、本当にいいのか――


「……その……上手く、言えませんけど、えっと……」


 何も言えなくなったメルダの横で、リムが控えめな声を出した。


「ミラ様は、その……ミラ様が……ミラ様だから、ヨースケさんの師匠になれたんだと、思います……」


 メルダも、ミラも、リムの話に聞き入った。


「確かに、ヨースケさん、すごく強くて、体力もあって、頭も良いし、もう誰も知らないような、技とか、たくさん知ってて……なんにもできなかった、わたしたちのことまで強くしてくれて。魔法騎士としては後輩だけど、ヨースケさんのこと、すごく、尊敬して、憧れてます……でも――」


 困惑し、言葉を選んで……自分が感じてきたことを、ミラへ伝えた。


「ヨースケさん、言ってました。自分はちっとも、すごくないって……私がすごいなら、それは、ミラ、様のおかげですって」

「え……?」


 そんな言葉を聞いて……メルダも、口を挟むことにした。


「ええ。ヨースケはいつも、言っておりました……ヨースケが知っていて、わたくしやリムに教えてくれたこと全て、故郷では何の役にも立たなかったと。だから、誰も自分を認めなかったし、誰からも必要とされなかったと……そんな自分のことを、ミラ様は、理由はどうあれ弟子だと言って、拾ってくれた。だから、少なくとも自分にはその、弟子である責任を果たす義務がある。そう、言っておりました」


 メルダもリムも、技を教わり、修行の手伝いをしながら、ミラのことを聞いたことはある。中には当たり障りのない、上司を立てた、無難な答えを返す時もあった。

 けどそれ以上に、心から師匠のことを尊び、敬っていたのが、彼女のことを語る口調や態度、声色から、よく分かった。


「その話を聞いた時は、ヨースケさんが、異世界? から来て、しかも魔法が使えないだなんて、知りませんでした。正直、まだ信じられない気持ちもありますけど……ヨースケさんが知ってること、役に立たないことだと思われてるの、この世界でも一緒だから……」

「だから、わたくしたちには、ヨースケの気持ちが分かりました。誰からも認められなかった辛さは、わたくしたちも、よく知っているから」

「…………」


 メルダもリムも、第4関隊の中では、誰からも相手にされてこなかった。

 相手にしてきたのは、金目当て。仕事の押しつけ目当て。二人が二人とも、そんな日々に甘んじて。そうある存在だと他ならぬ自分に言い聞かせ、決めつけて。

 そうして、色々なことに諦めながら、漫然と魔法騎士として過ごすだけの毎日だった。

 そして、そんな二人を叱りつけ、変えてくれたのが、葉介という男だ。


「ただ金持ちというだけで思い上がって、親からも見放されていたわたくしのことを、本気で叱って、正してくれたのは、ヨースケだけでした。そしてヨースケは、自分が持つ力でもって、その言葉を示してくれた。嫌悪ばかりしていたわたくし自身の力は、わたくしだけのものだと諭してくれた」

「わたしも……諦めた後は何もしてこなくて、誰にも信頼なんてされなかった、そんなわたしの力を信じてくれたから、戦う勇気が持てました……嬉しかったんです。偶然だったけど、それでもあの時、わたしのこと信じてくれたこと。命を預けてもらったこと。そうやって、必要なんだって、認めてもらったことが」


「そして……それがヨースケにとっては、ミラ様、アナタだったのでしょう?」

「わたしは……」


 語り掛けられたミラ様は、何かを言い返そうとして……

 言葉を止めて、考え出した。

 ヨースケのことを考えてる。ヨースケとのことを思ってる。そのことは、メルダもリムも分かって、黙って、手元を見て考えている、彼女のことを見つめていた。


 やがてまた、顔を上げて、視線を二人に合わせて。


「ありがと……」


 一言だけ、そう言った。最初に言われたお礼とは、声色も、雰囲気も、全く違ったお礼。

 二人とも、また何も言えなくなってしまった――



「入ってもよろしい?」



 その時ちょうど、ゴンゴンと、古い木のドアを叩く音と、葉介の声が聞こえた。

 ん……ミラがそう返事をすると、ドアが開いて、葉介がそこに立っていた。


「わ……!」


 そうして立っていた葉介に――


(ヨースケさんが、抱き着かれた……ッッッ!!!)

(ヨースケに、抱き着いた……ッッッ!!!)


「どしたの?」

「別に……こうしたくなっただけ……」

「……二人にご迷惑かけてない?」

「……話は、聞いてもらった」


 ミラからの返事を聞いた後で、黄色二人の目を見てくる。リムもメルダも、苦笑しつつ、大丈夫だと語った。

 そんな二人から見て……

 直前まで、声色は同じ、いつも通り静かなようで、それでも黄色の二人が感じた限り、哀しそうな声だった。

 それが今は、心から安心して癒されて、安らいでる……そんな声だった。



 ――たくさん悩んで考えて、焦ったり、迷ったりしながら、それでも、弟子のことを思いやって、どこまでも信じる、けな気な師匠。


 ――そんな師匠を慕い敬い、期待と信頼に応えるために、ハンデも、逆境も受け入れて、どこまでも努力を続けることができる弟子。


 ――そんな二人がそろっているんだ。強いに決まってるじゃないか。決闘会に勝つために、がんばるに決まってるじゃないか。



 ――そんな二人に比べたら、わたくしが勝ちたかった理由なんて……




「…………」


 葉介とミラが抱き合った後は、適当な会話だけして、明日に備えて早く寝ようと、魔法の灯を消して、布団にもぐることになった。

 メルダとリムが見ているのも構わず、ミラは当たり前のように、嬉々として葉介と同じ布団にもぐって、腕枕をされていた。


「…………」


 夜中に目が覚めて、緊急の用件を済ませて戻ってきた時に見た、杖の光に照らし出された二人の姿。


「くぅ……ヨースケ……」

「すぅ……ミラ……」


 お互い向かい合い、抱きしめ合いながら、お互いの夢を見ているのか、お互いの名前を呟いて。

 葉介は、メルダのよく知るいつも見てきた優しい寝顔だった。

 けどミラは、いつものどこか怖い無表情じゃない、年相応の穏やかな顔。いくら寝顔と言っても、きっと、葉介の前以外じゃ見せない顔をしていた。


 寝る直前の出来事もあって、そんなミラの寝顔も気にはなったものの……


「ヨースケ……」


 葉介がミラと――他の女と仲良くしているのを見ていると、胸が苦しくなるようになったのは、いつからだったか……多分、最初からだろう。


 森での野外訓練の日。

 あの日、彼はわたくしの心を変えて、生まれ変わらせてくれた。

 金目当ての取り巻き。なんでも言うことを聞く下僕(リム)。それらを一度に失って、残った魔力も少なくて、やむを得ず、たまたま頼ることになった、冴えない男。

 命令しても無視をして、エラそうに説教までしてくる、冴えないくせにムカつくジジィ。野外訓練が終わったら……そんなことを考えていた時、現れたデスバード。

 ジジィは、わたくしたち人間にとって最大の武器であるはずの、魔法を使わず……使えず、それでも全力で命を懸けて、デスニマに立ち向かっていた。わたくしはとっくに諦めていたのに、力も、智恵も、武器も、自分の全部を振り絞って……


 そんな姿に、気づかされた。本当の無駄使いっていうのは……


 出すべき時に、全力どころか、力の一つも出し惜しんで、何もしないで。そうやって自分を鍛えることも、磨くこともしないまま、腐らせて、そんな日々を(くさ)らせて、ダメなヤツのまま、死憎去(しにくさ)ること。

 デスニマと戦っていつ死ぬとも分からない身のくせに、後悔と、嫉妬と、逆恨みしか残さない人生を送ることだ。


 そのことに気づいて、奮い立った、あの瞬間……


 あの瞬間からきっと、わたくしはこの男に、惹かれていた。

 野外訓練を終えた後は、自分たちのことを頼って、結果、野外訓練の時以上に強くなって、どんどん、どんどん――決闘会で優勝してしまうくらい――強くなって。気がついた時には、思っていた。見た目冴えない、魔法も使えないジジィのことを、わたくしは……



「…………」


 グッスリ眠っているのは分かる。近づいて、少し触った程度で……ほんの少し触れた程度で、起きるわけがないくらい、深く眠っているのが、分かる……


「…………」


 そんな寝顔に、自分の顔を寄せようとして――やめた。隣に眠っている、リムの顔を見ていると、そんな気が失せてしまった。


(ダメよね、こんなこと……リムだって、そうなんだから――)


 リムも同じように、葉介になついて、惹かれていることは、見れば分かる。それが恋なのかどうかまでは分からないけど、多分、それに近い気持ちのはずだ。

 それを、よりによってわたくしが、邪魔するわけにはいかないじゃない……


「…………」


 ヨースケに対して、惹かれていた。

 けどそれ以上に、リムに対する、罪悪感がメルダの心を占めていた。

 野外訓練の時に謝って以降、のけ者同士、一緒にいて、話すことが増えた。

 最初こそ、お互い、ぎこちなさが抜けなくて、葉介と一緒の時以外、せいぜい仕事上必要な最低限の会話だけだった。

 それが今は、冗談を言い合って、笑い合うくらいには話せる関係になった。それも、葉介を間に挟みながらも、リムの方から積極的に話しかけてくれたからだ。


 さっき、ミラに対して、葉介のことを話していた姿からも分かる。

 話しやすくて、親しみやすくて、気持ちがよくて、誰とでも仲よくなれる。話していて、そんな娘だってことがよく分かった。


 そんなリムのことを……わたくしが変えた。

 いつも何かしら怖がって、周りに対してビクビクして、何もかもに諦め逃げて……

 本当はとても前向きで、楽しくて人懐っこいメルダの性格を、そんなふうに歪めてしまったのは他でもない、わたくしだ。


 他の誰よりも弱そうで、扱いやすそうだったから、仕事を押しつけて、そしたら全部してくれたから、それからもずっと、便利な使いパシリに使ってきた。他のみんなもそうしていたけれど、一番彼女を傷つけていたのは、間違いなく、わたくし。

 そして、そんなわたくしのことを……他の誰もが見捨てて、離れていったわたくしのことを、赦して、友達になってくれた娘。


 憎んでも良いはずなのに……

 下手っぴなキック一発じゃ足りないくらい、恨みつらみがあるはずな、わたくしを……

 それだけのことをしてくれた友達から、これ以上、何かを取り上げることなんて、したくない。まして、大好きと思ってる人を、だなんて……



 ――だからせめて、ヨースケにもっと、見てほしかった。


 ――ミラ様のついででいい。リムのついでに、ほんの少しの間でいい。


 ――わたくしのことを見て、覚えていてくれる。それだけでよかった。



 ――決闘会に出て、強くなって、ヨースケと戦ったら、その願いが叶うかな?


 ――わたくしが勝ちたかった理由なんて、ただの、それだけ……



「ヨ~スケ~……逃げちゃダメぇ……」

「ミラ、やめれ……俺の髪は、食いもんちゃう……」


「……いや、どんな夢見ているのよ、この赤黒師弟」


「おにゃか、いっぱいですぅ~……リムゃリムゃ」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「フ……」


 ずっと泣いていた。現に涙は乾いていない。

 なのに、思い出すと、笑えてしまった。

 寝言で会話していた赤黒師弟に。リムの変な寝言に。

 悔しさ哀しさに比べたら些細な出来事だったけど、それが間違いなく、傷ついたメルダの心を癒し、落ち着きを取り戻させていた。



「あ……」



 と、突っ伏していた状態から顔を上げて、まだ濡れている顔を拭った時だった。

 出入り口から声が聞こえて、そっちを見ると……


「リム……」


「…………」


 直前まで思い出していた、友人がそこに立っていた。

 その目や顔は真っ赤に腫れていて、顔も目も、乾ききっていない涙に濡れて。

 きっと、今のわたくしと同じ顔で、わたくしのこと、見てる。


「……ぷっ」

「……ぷっ」


 涙と腫れでグシャグシャになった顔がツボにはまったのか。傷ついていた時にお互いの姿を見つけて安心したせいか。

 理由はどうあれ、二人が吹き出したのは同時だった。

 その後、直前までの号泣よりは短い間、二人の笑い声が、第4の仕事場にコダマした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 勝って笑う者がいるなら、当然、敗けて泣く者もいる。

 だが同時に、そのどちらでもない者もいる。

 未だ、レイからの言葉を受けて、戦おうともせず逃げ出したことを恥じる者。

 葉介やリリアらの戦いを見て、出なくてよかったと安堵した者。

 自分もああなりたいと奮起する者。ああはなれんと自信を喪失する者。


 そして……勝った者、敗けた者、共に公平に見定める立場にあった者たち。



「レイ……聞きたいのだが――」


 決闘会から時間も経って、夜も更けてきた時刻。

 城へ来ている第1の中には、箒に乗ってリユンへ戻る者もいた。だが同時に、城内の騎士寮へ泊まる者もいる。

 その一人であるレイを、シャルはいつも通り、自身の部屋へ招いている。

 当然、泊めたら寝る、というだけでなく、仕事の話をする時もある。レイの泣き言を受け止めて励ますこともあるし、二人きりで、お互いにしか打ち明けられないような、積もる話をする時もある。

 今回の話題は、そこまで積もるようなものでもないのだが……


「さっきの、決闘会の最後。お前、本気でシマ・ヨースケのことを誘っていたろう?」

「……どうしてそう思う?」

「お前の顔を見れば分かる。私を何だと思っている?」

「そうだね……うん。そう」


 シャルに隠し事はできない。それは誰よりも分かっているから、素直に打ち明けた。


「正直、リリアとの決闘の時から、あの男は第1に欲しいって思っちゃってたんだ……魔法は確かに使えない。けど、度胸もあるし、頭の回転も早い。第1に来ても活躍してくれるって、一目見て確信した」

「森へ行く前の、あの段階でか?」

「うん……決闘が終わった後は、僕たち、関長全員でも何も思いつかなかった作戦を、アッサリ思いついて、成功させた。第2の仕事では、シャルを助けたうえに、第2にすごい功績を立てさせた。で、今日の決闘会だ……これだけのことを見せられて、第1関隊として、ヨースケのことを欲しがらない理由なんか無いよ」


 第2の話題が出て、作りたくもなかった借りのことを思い出すと顔が歪むが……


 話している間、葉介の勇姿を思い出しつつ、確信を込めた声を出している。

 葉介のことを、一人の魔法騎士として認め、心から敬服していることがシャルには分かった。


「それが分かったから、とっさに私も、ヤツを第2に誘った。メアにセルシィも、芝居だと思ってノッてきていた……セルシィは、素だったようにも思えるがな」

「ヨースケも、芝居だと思ってたろうしね……まあ、芝居であれ本気であれ、彼がミラを選ぶことも、分かってたし」

「……そうだな」


 シマ・ヨースケは、第5以外ではやっていけない。

 だが、そんな現実以上に、決闘会の最後の二人の姿が、かつてのレイの言葉を裏付けていた。

 シマ・ヨースケは、ミラのことが好き。

 そして、ミラも……


「いずれにせよ、あの男が、レイの本気の誘いを断ってくれてよかった……これでレイが、あの男に盗られる心配をせずにすむ」


 そんなシャルの言葉には、レイもさすがに顔をしかめた。


「……それって普通、僕がシャルに対して心配することじゃない?」

「私がレイ以外の男を選ぶわけがなかろう……何年の付き合いだと思っている?」

「……そうだね」


 お互いに触れあって、笑いあって、口づけして、明かりを消して、ベッドに倒れて……



(それに……気づいているか?)


 お互いの衣服を脱がしていきながら、シャルは、口には出さなかった言葉を、レイに向かって念じた。


(シマ・ヨースケが現れてから……お前、泣かなくなったことに)


 あの男を招いて行った、第2の仕事。そこで散々思い知らされた、弱さと脆さ。犯すこころだった初めての失態。その悔しさから、いつもとは逆に、シャルの方がレイに向かって泣き言を漏らしてしまった。そんなシャルを、レイは優しく受け入れてくれた。

 あの後も、レイが城へ来て、一緒の部屋に泊まることは何度かあったのに、レイはそれから、一度も涙を見せることがなくなった。


 レイからすれば、いつも泣き言を聞いてくれるシャルの、今まで見ることがなかった泣き顔を見たことで、自分もしっかりしなきゃと思っただけのことだ。

 だがそれも、元を正せば、葉介の活躍のおかげだ。そして、シャルは気づいていた。その葉介の話をしている時のレイは、いつも楽しそうにしていたことを。

 その顔はよく知っている。シャルがいつも見ている、ファイ、フェイ、リーシャの、葉介が話題に出た時の顔と同じ。


 実際に戦ったレイもまた……シマ・ヨースケに、憧れている。


(年寄りで、ブサイクで……なのに、私にも向けてくれたことのない、そんなレイの感情や、期待さえ、一身にその身に受けている。それを妬ましいと思う私は、間違っているか……?)


 最愛の男の体温を生身に感じて。愛情の全てを受け入れて。独占していることに安堵しながら……

 なのに、この瞬間とは違う時、彼の心は、別の人間に向いている。私よりも、よっぽど頼りがいのある人間に……


 今までに無かったことだけに、そんなレイの心の変化に、シャルはどうしても、切なさを感じずにいられなかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 勝って笑う者が以下略。


「ねえねえ、見ました? 見ましたよね! ギャーからのクルクルダッシュからのキックがドーンて!!」

「アハハ……分かったって。その話はもう11回目だよ?」


 同じ時刻、同じ騎士寮内の、同じく関長の一人部屋。

 前回は黄色の部屋だったので、今回は青色の部屋で、関長同士で親友同士であるセルシィとメアは、一つのテーブルに向かい合い、酒を飲みつつ語り合っていた。

 ……まあ、語り合うと言いつつ実際は、酒を片手にセルシィが一方的に話して、メアが酒を片手に相槌を打つという、前回と同じ、というか、毎回同じ光景ではあるのだが。


「それでそれで! リリアさんとのリベンジマッチが始まると思ったところにまさかの第4からの乱入……メア、あんな強い人が第4にいたなんて、聞いたことありませんよ?」

「あー、まあ……ハッキリ言って地味な人だし、正直、普段いても気づかないくらい目立たないから、ボクも実力まで知らなかったよ」

「まあ、そんな人も、結局ヨースケさんには敵わないわけですけどね」

「そーだね……」


 バツが悪そうに答えたメアだが、話題は結局、第4の隠れた実力者でなく、優勝したヨースケに戻される。

 勝者と敗者の差――まして、優勝したのが意中の想い人となれば、こんなふうになるのも必然だろう。


「しかもしかも! あれだけすごい戦い見せて、みんなからも注目されてる中で、しっかりとミラを立てることも忘れないなんて――あーん! もう! 側近に欲しい~~!!」

「セルシィの場合、欲しいのは側近じゃなくて、恋人でしょ?」

「はい!!」

「いや、はいって……けど実際、あのおっさんの、ミラっちに対する忠誠心は本物みたいだけどね」


 決闘会で、魔法を一切使わず優勝してしまえる実力。加えて、関長に対する明確な忠誠。確かに、トップを支える側近として見れば、彼ほど魅力的な人はいないに違いない。

 そういう人が部下の中にはいないメアだからこそ、その気持ちには共感できた。

 加えて、顔を真っ赤に、眼鏡光らせるセルシィが彼を欲しがるのは側近としてじゃないことは、メアでなくとも明白である。


「もう、本当に! ギャーからのクルクルダッシュからのキックがドドーンて!!」

「はいはい……その話はもう12回目だよ?」


 酒が入ったことも手伝って、繰り返し話すうちにセルシィのテンションも上がっていく。

 それに頷くメアはと言えば、顔には笑顔を貼りつけて……




「よいしょ……」


 夢中で話して、酒も進んで、酔いつぶれて寝息を立て始めた親友を、ベッドに運んでやる。

 大人しく見えて酒好きな親友を介抱することには慣れたもので、場所がセルシィの部屋ならベッドまで運ぶし、メアの部屋で晩酌をした時は、酔いつぶれる前の適当なタイミングで部屋に帰すのがお決まりになっていた。

 一度、メアの部屋で酔いつぶれたのをそのまま泊めてあげて以降は反省して、メアの部屋ではなるだけ控えるようにしているようだが、自室では遠慮なしにグビグビ飲んでこれである。


「世話が焼けるなぁ……それにしても――」


 外したメガネはテーブルに置き、布団を掛けてやって、その寝顔を見つめつつ、考える。


(ゾッコンだなぁ……おっさんのこと)


 明確な恋人同士なシャルとレイとは違って、セルシィの浮いた話は魔法騎士になってから聞いたことがなかった。昔からよく晩酌する仲ではあったけど、そこで話すことも、せいぜい仕事の不満や部下への悩み、そんなよくある愚痴を打ち明ける程度だった。

 なのに最近は、どちらかの部屋で顔を合わす度におっさんの名前が出てくる。仕事での失敗やらを話してくることもタマにあったけど、その次には必ずおっさんのことを、大喜びで語ってくる。

 今日はこんなことをしていただとか、ミラは一緒に寝てずるいとか、私も彼とお仕事したい~とか……


(初めてだよね……セルシィがこんなに夢中になる人なんてさ)



 セルシィの寝顔を見つめつつ……


 おっさんの顔を思い浮かべて……



「わたしだって……」


 幸せそうな寝顔を浮かべる親友から、逃げるように立ち上がって。

 静かにドアを閉めた後は、拳を握って唇をとがらせて、大股で自室へ帰っていくのだった。





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