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第4話  12人の決闘

「アアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――」



 金切り声――


 開始の合図の直後、それを聞いた誰もが、一瞬でそれと認識した。

 無駄にかん高く、無駄に大きく、けたたましく、耳障りで、不快になり、なのに、人間の声だと分かる音。

 そうだと認識したと同時に、誰もがその発生源へ振り向いた。


「――アアアアッ」


 発生源は、音を止めたと同時に走りだした。

 その手には、黄色の靴下が握られ、クルクル回しながら走り出し――


「痛っ!」

「あぐ――ッ」

「きゃあっ!」


 ちょうど、構えていた杖の高さに靴下がぶつかって、円状に並んでいた代表らは順に杖を叩き落とされていく。前半の者たちは反応できず、後半の者たちは後ろへ逃げようとしたものの、その健脚からは逃げられず、結局は杖を落とされた。


「痛ぃ――なっ、ちょっ――」


 最後の一人、メルダは杖を叩き落とされた直後、襟首を捕まれ腰を落とされた。

 そうしてできた足場――メルダの背中を踏みつけ、跳んで、持っていた靴下を投げ飛ばし……魔法で姿を消し、離れていたリーシャの頭にぶつかり、姿を出現させた。


「がぁ――!」

「うぐ……!」

「うぅ――」

「……?」

「ぎゃっ!」


 地上に降りた直後には、メルダから始まり、さっきとは逆順に並ぶメルダら魔法騎士へ、拳を、蹴りを、声も無くぶつけていく。

 やがて、並んでいたほぼ全員を倒すまで――


 開始の合図から、16秒。



「うう……ぅ」

「あぁ……うぅ……」


 殴られた箇所。蹴られた部位。靴下のぶつかった頭。各々、攻撃を喰らった部分を押さえながら、もはや立ち上がれそうにない。そんな代表らを見下ろして――

 葉介は、視線を別に向けた。


「四人か……ンッ」



「――ッ、――ッ」

「――ッ、――ッ」


 同じ色の騎士服。同じ髪色。同じ体格。

 同じ顔をした双子が、同じ動きで同じ魔法、【閃鞭】を振っていた。


「――ッ、……ッ」


 そんな二人からの攻撃を受けている、赤色の長いサイドテール、白い騎士服の女は、二対一という数的不利を感じさせない動きと身のこなしで、振われる光の鞭を避けるか、あるいは魔法でさばくか――


「最初から、私狙いとはね……」

「ヨースケ殿と戦ってみたいのは、アナタ一人だけではない……」

「ですので、誰よりも厄介なアナタを、倒させていただく……」


 そう、動きの中で会話する三人とも、見せている魔法は、【閃鞭】、【光弾】、【マヒ】、【結界】、【身体強化】、時折【感覚強化】も併用する。

 リムやメルダ、ディックのように、得意の魔法を修めたのでなく、魔法騎士なら誰もが使う、戦闘用の魔法を駆使し、戦っている。

 そんな光景は、見る者が見れば特徴のない戦いに映るかもしれない。だが、裏を返せば、誰もが使う、使いこなすべき武器を、誰よりも鍛え、使いこなし、振うことができている、ということ。


 誰もが使う道具を、誰よりも極めた者が頂点に立てる。それは、この世界はもちろん、葉介の実家でさえ、歴史が、引いては、現代社会の職業が証明している。

 この三人とも、魔法の扱いが上手く、誰よりも腕が立つ……何もそれだけの理由で今の立場に上りつめたわけではないが、それが大きな要素の一つになったことは間違いない。


 そして、個の力で第1関隊の副将にまで上り詰めた、リリアと、双子との最大の違いが――


「ファイ!」

「理解……!」


 フェイの合図に、ファイが【結界】を発動。その結界にフェイが飛び乗り、跳躍。

 空中から、リリアへ【光弾】を発射。逃げようと動いたリリアへ、ファイが【閃鞭】を伸ばす。


「くぅ……ッ!」


 閃鞭も光弾もどうにか避けるも、直後に双子に前後に立たれ、挟まれて――


「ハァッ!」

「やぁッ!」


 挟み撃ちの体勢から、二人の鞭が、一人に対して振われる。魔法とは言え質量を有しているため、鞭同士で当然ぶつかるし、絡まりもする。魔法を解除すればすぐほどけるが、当然大きなスキを生む。

 そして、そんな失敗などするわけがない。たとえ永遠に鞭を振り続けても、そんなミスは起こりえない……

 そう確信できるほど、双子の振う鞭、動き、呼吸の全て、機械のように、物の見事にピタリ合っている。


(これが、第2関隊副将の、双子の力……手合わせしたのは初めてだけど、確かに恐ろしいわね)


 第1関隊として城から離れている身とは言え、他の隊の話はある程度は耳にする。そして、隊は違えど自分と似た立場、第2関隊の実質的な副将として認められている双子のことも、耳に届いていた。

 顔も同じ。体格も同じ。魔法騎士になった経緯も同じ。そして、そこまで同じなだけに、二人とも、その動きすらお互いに感じ合い、息ピッタリな、抜群のコンビネーションを実践できる。

 二人とも、個人の能力は同じだけ高い。二人になったなら、もはや手がつけられない。二人掛かりなら、リリアにも、どころか、下手をすればレイ様にだって負けないんじゃないか……

 そんな噂も耳にしていた。


(確かに……噂通りの強さね。だけど――)


 第1関隊の副将。レイ様の側近。決死の努力と苦労の末に上りつめ、だが、それ以上は無いんだと、レイと、シャルを見て、絶望していた。それでもかろうじて持っていた、副将としての自負心。そんな安っぽいプライドを、粉々に砕いてくれた男とのリベンジマッチ。

 そんなリリアと同じように、この双子にも、シマ・ヨースケと戦いたい理由があるんだろう。だから、その最大の障害である私を狙ってきたんだ。一人では難しくとも、二人なら勝てる。そう考えて……


「……む?」


 それでも、個の力を鍛えぬき、上りつめることができた力は、決して伊達ではない。


「これは……!」


 リリアが横へ逃げ、双子も鞭を振いながら追おうとした。なのに、その足を動かすことができない。なぜなら――


「第4のロリ爆乳ちゃんほどじゃないけど、私でも、このくらいはできるのよ」


 双子はともに、足もとの地面に両足を取られ、その場から動くことができなくなった。


「私ばかりを見すぎよ。足もとにも気をつけなさい!」


 そして、前回はシマ・ヨースケが全て避けた【マヒ】を撃ち――

 双子とも、【土操作】に足を取られたまま、痺れ、動けなくなった。

 開始の合図から、おおよそ30秒間のできごと。




「ンン、ゥンンッ……やはり、残ったのは、ンンッ、アナタですかッ、ェへッ」

「当たり前でしょう……アナタこそ、私以外に負けるなんて許さない」


 金切り声を上げ、走り出す直前には、リリアと双子は離れて戦っていた。

 だから、ひとまずその三人のことは後回しにして、それ以外を片づけた。その直後には、リリアが双子を片づけていた。


「ンッ、ンッ……ここでは、この子たちが危ないですね、ンッ、そっちに行きますよ」

「ええ……」



「…………」

「…………」

「フワァ~~~~♡♡♡ アァアアア~~~~♡♡♡」


 顔を真っ赤に、瞳を♡に、両手の指全部をワナワナ震わせながら恍惚の声を上げている、セルシィ以外の関長らは全員、呆然とし、声も出せずにいた。


「なんだ、今の……?」

「気がついたら、シマ・ヨースケがほぼ全員、倒していたぞ……」


 レイとシャルが、続いて声を上げた。

 二人とも、自分たちの部下の真剣勝負も、もちろん見てはいた。魔法騎士団のツートップ、第1と第2のそれぞれで、最強の一般騎士として名を馳せる三人。

 そんな三人による、ある意味、リリアと葉介のリベンジマッチ以上に期待を持たれていた一戦。あっという間に終わったが、そんな期待に応えられるだけの激戦と、見事な決着だった。

 そして、そんな一戦への期待も意識も、最初の金切り音に持っていかれ、直後の、第1を含めた八名を一度に沈めた葉介の立ち回りに、完全に目を奪われた。


「ミラ……アレはお前が?」

「声のこと? 違う……全部、ヨースケが一人で考えた。リリアとの決闘の時と同じ……」


 ミラの言った通り。ミラは修行以外で、葉介には助言などなにもしていない。今使ったのは、リリアの時と同じく、葉介が一人で考え編み出した『新技』である。



 大声を上げて、敵の気を逸らし、萎縮させる。

 葉介の実家でも、敵を威嚇する目的で警察官も使用する、立派な護身術の一つだ。

 架空の話になるが、ある男の子は小学生の身ながら、友達を支配する手段として、土管の上でボエ~と大声を上げる『リサイタル』という儀式を武器としていた。


 この世界に来てからというもの、事あるごとにダリダリ叫んできたおかげで、自然と喉が鍛えられていた葉介が、この『新技』を物にすることは難しくなかった。

 結果、開始と同時に目いっぱい張り上げた金切り声は、目の前にいた参加者らの意表を突き、萎縮させ、葉介にとっては十分すぎるスキを作ることに成功した。



「……ごめん、ミラっち。完っ全に嘗めてたわ、おっさんのこと。さすがに今回ばっかりは無理って思ってたけど……技とか、体の強さもだけど、頭の回転とか、状況判断とか応用力とか、ヤバすぎ」


 今回の決闘会。バトルロイヤル方式にした理由としては、レイが語った事実も理由の一つだが、同時に葉介の魔力の問題をごまかすための側面もあった。

 リリアと初めて戦った時とは違って、もはや葉介を嘗めてかかる者はいない。加えて、図らずも集結した精鋭魔法騎士たちからの、全力の魔法を相手に、生身の徒手空拳で敵うわけがない。

 だから、リリアを含む大勢の魔法を一度に受けたなら、()()()使()()()()()()()敗退したとしても仕方がない。そう考えてのことだったのだが……


 起きた光景は全くの真逆。たった一人の生身の攻撃が、集まった精鋭のほとんどを、魔法を撃たせるヒマさえ与えず戦闘不能に追い込んだ。


「ん……自慢の弟子」


 そうメアに返しつつ、だが、胸を張るミラ自身……もちろん、信じてはいたが、葉介がここまでやってのけるだなんて、思ってもみなかった。

 健闘はしてくれるかもしれない。けど、周りから狙われてすぐやられちゃうかもしれない。そして、いずれにせよ、優勝するのは無理だろう……

 そう思っていたのが本音だった。そのくらい、魔法を相手に、生身で戦うことの難しさは、誰よりもよく知っているから。


 だが……だから葉介は、ごく単純な作戦に出た。

 魔法相手に勝てないなら、魔法を使わせなければいい。


 それを、物の見事に実行し、勝ち残っている弟子の姿に、ミラは人知れず興奮し、鼻息を鳴らし、歯を食いしばり、拳を固く握っていた。

 ミラ以外の四人も、予想を最高の形で裏切ってくれた葉介の姿に、釘づけとなり固唾をのみ込んだ。

 そして、関長らに限らず、あれだけ声を上げていた客席の魔法騎士らも、最初の金切り声から始まり、今に至って呆然とし、声も出せずにいる。

 そんな、すっかり静かになった空間で、ミラは興奮冷めやらぬまま、自身の愛弟子が立つ舞台を再び見つめた。


「……ん?」




「…………」

「…………」


 こうして向かい合うのも、随分と久しぶりに感じる。

 決闘を行ったのが、今から十と六日前。長いと言うか短いと言うかは人それぞれだが、少なくとも二人とも、この16日間、決して無為に過ごしてきたわけじゃない。


「みんなすごく痛そうだけど……本気で蹴った?」

「そりゃあ、まあ……手加減する余裕も、いちいち相手のこと気遣うヒマも無いので。リリア様にはあると?」

「無いわね」


 ただ一つ、この二人に言えることは、16日もあれば、仕事中であれ強くなる時間としては、十分すぎる、ということ。


「むしろ、アナタがしなければ私が片づけていたわ。あなたとの勝負、邪魔されたくないもの」

「私としては、一度に全員倒してしまいたかったのですが……」


 そして、向き合い微笑みあっている、二人の違いが……


 リリアは葉介の強い姿を見て、歓喜と好戦に打ち震えていること。


(嬉しいわ、シマ・ヨースケ! さぁ、ここでリベンジを果たさせてもらうわ)


 葉介は、よりによってリリアが生き残ったことに、焦っていること。


(どうしよー……前と同じ手が通じるとも思えんし、全力の魔法で来られたら太刀打ちできんぜ。ただでさえ、マトモにやり合って勝てる魔法騎士なんぞ、いないというのに)


 喜び、焦り……

 興奮、不安……

 歓迎、困惑……

 再戦、作戦……


 向き合う理由は戦いだが、二人の思いも考えも、思考も何も、真逆も真逆。


 早くここに来て私と戦え……そう望むばかりのリリア。

 ヤベーよ、ヤベーよ……リリアに限らず、周囲に気を配り勝つ算段を探し求める葉介。


「……?」


 そんな二人のうち、気づくことができたのは、一人だけ。


「……!」

「え――」


 葉介は後ろを振り向いて、とっさに横へ走った。直後、リリアの目の前には、巨大な光が迫ってきて――


「な、に――」


 それにぶつかったリリアの身は、押しつぶされ、それと一緒に地面に叩きつけられた。




「【閃鞭】……?」


 二人が一瞬しか見られなかった光景――それを、客席の魔法騎士ら、五人の関長らは、ハッキリと見ていた。


「閃鞭……」

「閃鞭、だな。見た目と言い特徴と言い、間違いない」

「けど、見ましたか? あの、何と言うか……規格外のサイズ」


 彼らもよく知る魔法【閃鞭】は、魔法騎士になって最初に習得を課される戦闘用の魔法の一つ。

 光の鞭を出現させ、込める魔力によっては、縛りつける、貫く、斬る、そして、叩きつける、といった、様々な攻撃に応用できる。シャルが以前失敗したことだが、何かに巻きつけ引き上げることで、立体的な移動手段としても使える。

 だがそれは、『閃く鞭』の名が示す通り、葉介でも容易にイメージできる見た目と太さ大きさが常。より長いに越したことはないが、普通は二メートル未満、遠くを狙うにしても三、四メートル辺りが精々。太さも、よく見る普通のロープ程度が精々。ほとんどの魔法騎士、関長らも、自身が使う閃鞭は普通、その程度のサイズだ。


 そして、たった今、リリアを地面へ圧し潰した閃鞭は、長さはこの修練場の半分――短く見積もっても三十メートル弱。太さは、形は円形だが葉介から見て、ちょっとした自動車並の、極太、しかも、極長のもの。


 そして、そんな【閃鞭】を発動させたのが……




「四人目、おかしいと思った……一人だけ、吹っ飛んだにしては当てた手応えが全然なかったもの」


 リリアと双子が戦っていた場所とは真逆。最初に全滅させた、はずの、魔法騎士らが並んでいる場所。


 そこで、片膝を立て、杖を構えている、黄色の騎士服……



「さすがですね……二人まとめて倒したと思ったのに」



 普通に低くは感じるが、高くも聞こえる声質。淡々としていて感情が薄く、相応に声量もあまり感じない。なのにそれなりに離れているはずの、葉介の耳に届いているのは、葉介の耳に聞こえる程度に【拡声】を使っているんだろう。

 お世辞にも綺麗とは言い難い、掠れた声で喋りながら立ち上がって、葉介と向き合った。


「……ウー・ジンロンと申します」


 顔はこの世界らしく、普通に綺麗に整っていて、メアやミラと同じ、浅黒い褐色肌が目立っている。なのに、そんな肌の上からでも分かるほど、暗く濃い目の下の隈が、それらの綺麗さを見事に邪魔している。

 肩まで伸びた髪は、ロクに手入れされていないようで、所々が跳ね、目に見えて傷んでいる。そんな髪は、金髪ではあるのだろうが、金色と呼ぶには輝きが少なく、ほとんど汚い黄土色に見え、点々と白いものが混ざっている。


 背筋の伸びた、高身長な身体は、手足は長いが線は細く、顔や雰囲気も相まって、不潔、とまでは言わないが、少なくとも健康優良さは感じない。

 せっかくの綺麗な顔とスタイルなのに、くたびれた印象と雰囲気が全面に出た佇まいのせいで台無しになっている。そんな、褐色肌の青年。


「ヨースケさん……自分はずっと、アナタに憧れていました……自分に無い、自分が欲しいと思ってるものを、あなたは持っている。そう思って、尊敬していました……」


 感情のうかがい知れない淡々とした声色で、一方的に喋る様は、葉介の実家で、陰キャだとか、あるいはオタクだとか、そんな風に呼ばれる方々を思わせる。

 どちらもあまり見たことのない葉介でも、正直言って、あまりお近づきにはなりたくない人種だと感じた(むしろ、葉介自身はそっち寄りな人間だが……)。



「――ぶぁああああああ!!」



 そんな、黄色の陰キャが歩いてくるのを見ていると、後ろから、地面を抉る音と、声。

 地面に埋まっていた体を無理やり飛び出させ、両手足を震わせながら、リリアが立ち上がっていた。


「まだ――終わってないわよッ!」


「とっさに【結界】……いや、【硬化】か。守っていましたか」


 ジンロンのセリフが聞こえているかどうか、それはリリア本人にしか分からない。ただ見て分かるのは、少なくともリリアはまだ、ボロボロながらも戦おうとしている、ということ。



(負けない……シマ・ヨースケには……負けない、二度は負けられない次は勝つ、今日を待っていたシマ・ヨースケを、倒す絶対に負けない今度こそ勝つ倒してみせる、リベンジさいせんまけないまけたくないこんどこそしまよーすけまけたくないぜったいにかってみせるかちたいしまよーすけに――)



 ブンッ、と、リリアは顔に風を感じた。そこには、赤い靴を履いた、足の甲が見えた。


「やめときなさい……それ以上は無理です。それに――」


 呪文どころか、声もマトモに出せそうにない。そんなリリアに対して、威嚇に使った蹴り足を戻しつつ、残酷な言葉を浴びせた。


「あの程度のダマし討ちにも反応できんヤツが、俺に勝てるわけ無ぇだろう」


「…………」


 もうろうとする意識下でも、そんな葉介の言葉はハッキリ聞き取ることができてしまって――

 リリアはそれ以上立っていることができず、ひざを着き、うつ伏せに倒れた。



「ふざけんじゃないわよ!!」



 そんな光景を見て誰かが……少なくとも、観客席にいる誰かが声を上げた。


「なによ今の!? あんな卑怯な、あんなダマし打ち、認められるわけ無いじゃない!!」


 葉介の奮闘はいい。ここに座っている人間の多くは、リリアの参加を聞いて逃げ出したと同時に、リリアの勇姿、そして、リベンジマッチに期待した者たちも大勢いる。

 だから、リリア以外の人間が勝ち残ることは、不意打ちも相まって許すことができなかった。


「そんな汚い手でリリア様を倒すなんて、そんなの認められるわけ――!!」


 ドカッ――

 レイが【拡声】でその少女を静めるよりも、その声に充てられた他の少女らが立ち上がるよりも、少女が言い終わるよりも前に、観客席の最前列に座っていたその少女の足もとに、靴下が飛んできた。地面にぶつかる鈍い音と一緒に、石の代わりに詰められた、柔らかい土が散らばった。



「黙ってろ――爆ぜ殺すぞ……!」



 次に聞こえてきた、ドスの効いた葉介の声。葉介の勝利を否定し、同時にミラを侮辱した時に聞いた、あの声だ。

 叫んでいた少女も、立ち上がろうとしていた少女らも、同時に顔を青くした。そして、ある意味彼女ら以上に顔を青くしているのが、第2関隊の面々。数日前、送迎任務で危うく仲間まで巻き込みかねない『爆発』を起こして見せた。そんな葉介の、「爆ぜ殺す」という言葉に、凶悪なる説得力を感じて……



「くぅ……うぅっ」

「ぐすっ、くぅ……」


 リリアが気絶し、余計な雑音を消し去って、残った二人が向かい合っている最中でも、葉介に倒された者たちは、倒れたそのままでいる。

 誰もが思いはそれぞれながら、ここに立って、勝つ気でいた。

 それを、今日までこなしてきた努力の成果すら披露するヒマもなく、開始からほんの数秒で、立ち上がれないほどのダメージを受けた。

 痛みに悶え、涙に濡れながら、立ち上がることも、魔法で攻撃する気力すらない。

 ただ、受け入れるしかない。敗北という結果と、何もできなかったという事実……


 そして、そんな思いの外にいるのは、手段はどうあれ勝ち残った二人。

 魔法騎士七人を倒した、志摩葉介……

 リリアを倒した、ウー・ジンロン……


「ヨースケさん……自分と戦ってくれますよね?」

「…………」



 魔法騎士団に入ってからというもの、ひたすらに強さを鍛える毎日だった。

 誰に見て欲しいわけでも、褒めて欲しいわけでもない。少なくとも、この世界で強くなるには、魔法を鍛えるしかなかったから、誰に頼ることもせず鍛えてきて。気がつけば、あんなにデカい【閃鞭】を出せるようになった。他にも、色々と……

 もっとも、おいそれと人に使える代物じゃないし、そもそもが、基本平和なこの国の、第4関隊にいたおかげで、それを活かしたことは一度もない。

 大勢の第4と同じく、デスニマの討伐に駆り出されたこともない。

 使い道が無いながら……それでも、魔法は確かに強くなった。けど、何かが足りない。そして、その何かが分からない。

 分からないまま、ただひたすらに魔法を鍛え、学びながら仕事は続けて、時間ばかりが過ぎていく……


 そんなこれまでの人生の中、現れたのが、シマ・ヨースケだった。

 リリアとの決闘で、その力量に圧倒された。直後のレイとの決闘で、ファイやフェイ、ディックと同じ、惚れこんだ。彼の戦いにこそ、足りない何かがあるんだと確信した。

 もっと、彼の戦いを見てみたかった。けど、デスニマ大量発生時は生憎の待機組。メアに増援組を志願もしたものの、「ダメです……」の一言で断られ。

 その二日後に、城下町の見回りから帰ってきてみれば、ヨースケさんからの特訓から逃げてきたという連中から話を聞かされて。


 それだけめぐり合わせが悪かったジンロンが、ようやく彼の戦いを間近で見られたのが、この決闘会だ。

 優勝とかどうでもいい。リリア様のリベンジマッチとか、興味もない。ただ、ヨースケさんの戦いを間近で見たかった。そしてたった今、それを見て、より感動させられて、そして初めて、欲と呼べる物が、ジンロンの中で生まれた。



「アナタと戦いたい……アナタの力が見たい……アナタに勝ちたい……だから――」


 ジリジリと横へ移動していく葉介に、杖を向ける。それと同時に、葉介も前へ走った。

 ジンロンが呪文を呟く。杖の先端が光り、また【閃鞭】が飛び出した。

 太さは自動車並。速度も自動車並――とはいかないが、少なくとも、生身でぶつかればケガをする速度、重さ。そんな特大の閃鞭が、向かってきた黒い影にぶつかり、捕らえ、押し出す。

 仕留めた――手応えを確信し、頃合いを見て魔法を解除する。


「え――」


 閃鞭が消えたそこを見た時、黒い上着一枚だけが地面に落ちていて、葉介の姿は、どこにも無い。


「え……」


 直後……杖を握っていた右手が蹴り上げられ、手を離れた杖は飛んでいった。振り向くと、腹部に強烈な痛み。葉介の左拳だ。


「…………」

「……ハハ」


 指で手招きする、赤い騎士服姿の葉介に、ジンロンはつい、笑みをこぼした。

 腹の痛みなんか吹き飛んだ。今、この(ひと)と、誰の邪魔も無く()りあえる――


 単純に殴り掛かってみる。あっさり避けられ、同じ数だけ、見たことない動きで殴られた。

【身体強化】を使って殴る……また避けられる。そして、力はともかく、速さもキレもはるか上の拳が嵐のように飛んできた。

【感覚強化】で避けられないか……打撃は見えるようになったが、身体が上手く反応できず、結局全て喰らってしまう。

 避けるのが無理なら……【結界】を張るには近すぎる。


 これしかない――


【硬化】――一発、殴られたが、殴られたと同時にそれ以上の攻撃が止んだ。

 反撃してやる――そう思って呪文を唱えようとした瞬間、殴ったその手で胸倉を掴まれ、体を引き寄せられ、顔が、耳元に貼りついて――



「アアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――」



【拡声】は使っていない。それでも離れて聞いただけで、体が一瞬萎縮した。それだけの金切り声を、感覚強化の効果が残る耳元で聞けばどうなるか――

 体は当然萎縮して、目の前が真っ白になった。思考は完全に停止し、耳の痛さに眩暈すら感じた。


 そうして傾き、脱力したジンロンの身体を、葉介はガッシリと捕まえて……


(あぁ……強いなぁ、ヨースケさん――)


 ジンロンが最後に見たのは、高速で逆さになっていく、目の前の景色――



「…………」


 ジンロンを捕まえて放った、プロレスのジャーマンスープレックス、だか……バックドロップ、だか……柔道の裏投げ、だか……

 どれも習ったことがないので、今使ったのがどれに当たるのかは葉介本人にも分からないし、そもそもこの三つがどう違うかも知らない。

 いずれにせよ、そういう技を使って、ジンロンを地面に叩きつけた。【身体強化】や【硬化】で頑丈にはなっているようだが、それでも脳の揺れは免れない(むしろ、魔法を使った相手でなければ、怖くてとても使えない技だが……)。


 警戒しつつ下がったが……


 どれだけ待ち伏せても、ジンロンは倒れたまま、動く気配はない。ついでに言えば、その後ろで悶絶しているだけの若者たちも、立ち上がろうとする気配は感じない。



《それまで!》



 それを理解したところで――



《勝者! 第5関隊、シマ・ヨースケ!!》



 決闘会……実質的な、一般騎士最強決定戦。

 その優勝者が、決定した。


「ゲッフッ……喉が……うぅぅぅ――」


 全員が、そんな現実に見入っていた。

 関長たちも。

 一般騎士たちも。




「なんて、下品な戦い方……!!」


 そして、それ以外も――





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