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第3話  決闘会に向けて

 第1関隊の副将、リリア。

 第5関隊の新人、シマ・ヨースケ。


 この二人が、半年に一度――今から十三日後に行われる魔法騎士団内での祭、決闘会に参加する。

 それを聞いた、出場を考えていた一般騎士たちのほとんどは、参加を辞退することを決めた。

 シマ・ヨースケだけなら、まだ参加するだけの意志は持つことができたかもしれない。だが、同時にリリアまで参加すると聞いて、それまでやる気を出していた若者のほとんどは及び腰になり、最後には逃げ腰となってしまった。


 先に説明した通り、この決闘会の主な目的は、普段仕事に明け暮れている魔法騎士たちのガス抜きに加えて、主に第2以下の隊の一般騎士たちが、第1関隊や、今より上の隊に入るための実力を示すことにある。

 だがそのどちらも、第1関隊の副将、リリアが相手では叶いそうにない。だから今回は、参加は見合わせようと……参加を決めていた者らの多くが判断した。


 まあ、ガス抜きはこの際どうでもいいとして、目当てはどうあれ第1に入りたいと言っている連中まで、その第1の副将であるリリアと戦えることを、チャンスととらえず逃げ出すようでは、そもそも第1へ行けるだけの力があったと言えたか疑問だが……

 そんな、図らずも参加するに値する猛者たちがふるいに掛けられたことで、本来ならもっと、緩くて気楽な心持ちで参加することができていたはずの決闘会は、例年に無い緊張感に包まれることになって――



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そうして……

 そう言った経緯も構わず、くだんの二人に挑むため、参加を決めた者たちも当然いるわけで……


「はぁ……はぁ……」

「どうしたの、リム? もうバテたのかしら?」

「まさか……魔力はまだ残ってます。もっともっと、強くならないと!」


 陽が沈み、すっかり夜になった中を、魔法の灯で照らしている。

 そんな演習場の一つを借りて、訓練を行うリムとメルダの二人。

 向かい合う彼女らの目の前や周囲には、地面がほじくり返され、所々盛り上がり、そんな地面には、氷の塊が突き刺さるか、飛び出すか、溶けて地面を湿らすか。


「まともな勝負では、逆立ちしても、リリア様には勝てない。そんなわたくしたちに、勝てるものがあるとしら――」

「わたしは【土操作】、メルダは【氷結】……だったら、それを徹底的に、鍛えるしかないですよね」


 それを第一の目的として、二人で実際に戦い、魔法を使い、鍛えてきた。それで演習場が壊れても構わない。ボクが直してあげるから。そう、メアから許可を得てのことだ。


 そんなメアからすれば、葉介はともかく、リリアにも挑もうと考える子が、少なくとも第4の中にいるだなんて思ってもみなかった。

 決闘会への参加の希望は、主に自分が属する隊の関長へ、当日の二日前までには知らせておけばそれで登録したことになる。同じように、参加を表明していても、当日までに辞退を申し出ればそれで参加は取り消すことができる。そして、参加すると事前に話していた若い子たちの、ほとんどが参加を辞退してきた。


 落ちこぼれが集まる第4からすれば、決闘会は上の隊へのためのアピールよりも、普段の仕事のストレス解消やガス抜きを目当てにする子の方が多い。出場する理由は特に問わないし、よっぽどひどいことをしなければ、戦い方にも文句は言わない。だから、参加人数も基本的に制限は無い。集まった者同士戦って、ストレス解消できるかどうかは本人次第だが、それを含めての公平な勝負の場だ。


 そして、そんなガス抜きの場に、一番強い隊の、二番目に強い女が出てくるとなれば、ガス抜きやストレス解消どころの話じゃなくなる。何もできないうちにボロ負けして、恥をさらすことになる。それが、他の魔法騎士以上に簡単に想像できてしまうから、誰もが怯えて逃げ出していった。

 落ちこぼれや、凡庸な新人が最初に入らされる隊だけに、人数だけは他より多い。それでも、挫折するか、つまらない仕事に飽きるかして、辞めていく人間だってたくさんいる。そんな中でも何だかんだ残って、けどそれ以上の成長には努めず、ただ何となく続けてる。そんな落ちこぼれたちの意識なんてそんなものだ。


 そしてそんな、意識も実力も低いヤツらが集まった黄色の中で――


「まあ、今はこうして一緒に鍛えているけど、本番では、敵同士だけどね」

「当然です……ハッキリ言って、バカのメルダにだけは、絶対に負けません!」

「言ったわね! 上等よ、相手になってやるわよクソリム!!」


 互いに罵倒し、叫び合う、そんな二人の少女の顔に――嫌悪感や、敵対心は無い。

 あるのは、今まで二人が懐くとさえ思ったこともなかったであろう、好戦さと、自身と互いの力に対する絶対の自信。それに対するライバル心。そして、ただ一人の人物――


(見ててください、ヨースケさん――!)

(この決闘で、アナタを超える――そしたら、アナタのこと……)


 二人とも、元より決闘会に参加する意志はあった。葉介との出会いをキッカケに、今まで以上に訓練に打ち込んで、森での増援任務では前衛で戦うことができた。

 そんな力を試してみたい……他の第4の仲間たちから、調子に乗ってるだの、図に乗っていてムカつくだの揶揄されようとも、その気持ちだけは二人とも変わることはなかった。

 何より、強くなった自分たちの力を、他でもない、ヨースケに見てほしいから……


 その思いを胸に、こうして、仕事が終わった後、リムとメルダは決闘に向けて、夜遅くまで互いに鍛え続けていた――



 なお、そんな二人の光景を遠巻きに眺めて、まだこの二人を痛めつけるために出場すべきか迷っていた黄色たちが、速攻で参加辞退を決めたことは、また別の話である。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「――ッ! うぅ、どうしよう……」


 最も得意とする【水操作】の魔法を使いながら、ディックは一人、頭を抱えていた。


「やっぱり、無茶だったのかなぁ……」


 セルシィが率いる、他の隊のサポートや医療を中心とした青色の部隊、第3関隊。

 そんな部隊の立場上、他の部隊の仕事にも派遣される機会が多いため、第2や第1へ上がる意味はあまり無い。何より、隊としての性質上、セルシィ他ごく一部の例外を除いて、戦闘には向いていない人間が多い。だから例年、決闘会に参加する人間はあまりいない。

 だから、ディックが参加の意志をセルシィに伝えた時は、仲間たちからも制止の声が上がっていた。実際、単純な戦闘力はもちろんのこと、ディック自身、性格も魔法も戦いに向いていないことは自覚している。


 町で評判の洗濯屋の一人息子として生まれ、大きくなったら、その店を継ぐものだと幼いころから思っていた。それが成長するにつれ、人を助ける仕事に憧れを持つようになって、段々その気持ちが強くなって、迷いながらも魔法騎士団に入ることを選んだ。そこで彼なりに努力の日々を過ごすうち、気がつけば、第3関隊の一人として働いていた。


 今の仕事に不満はない。元が洗濯屋だったこともあって、騎士服を洗うことは楽しいと感じるし、きれいになったと仲間たちやセルシィからも褒められ、感謝もされた。

 城までやってきたケガ人や病人を、恨まれたり罵倒されながらも、治療すること自体は苦ではなかった。

 他の隊のサポートをする時は、サポートしかできない身ながら、自分が彼女らを支えていることに誇りに感じていた。


 そんな、戦いには向いていないディックだったが――


「――ううん! 僕も、ヨースケさんみたいに、強くなるんだ……!」


 あの時、増援組として一緒に森へ行き、見ることになったシマ・ヨースケという男。

 他のみんなは、魔法も使わず生身で戦う、ふざけた男だと言っていた。だがディックは、その姿に衝撃を受けた。一目でその雄姿に惚れて、憧れた。

 その葉介が参加を表明したから、参加を決めた。


 思いはリムやメルダと同じ。

 僕も、あんなふうに強くなりたい……


 魔法が生まれる前には誰もが持っていたであろう、強くて格好いい姿に憧れる、言わば……ではない、まさしく、少年の心。

 それを目覚めさせられたから、今までサポートに徹することに甘んじていた少年は立ち上がり、戦うことを決めた。


「僕も――ヨースケさんみたいに……――ッ!」


 声に出し、決意を込めて、呪文を叫んだ時――

 目の前に発生した巨大な水泡が、巨大な音と爆発を起こし、周囲に飛び散った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……何の音だ?」

「訓練の音でしょう?」

「あたしたちも、負けてられないわね」


 第2関隊の参加者同士集まって、魔法を訓練していた、ファイ、フェイ、リーシャ。

 突然ここまで響いてきた音に気を取られつつ……お互いに、お互いへ向けて魔法を撃ち合う訓練を再開させた。


「それにしても……よりによって、第2の参加選手として残ったのが、我々三人とは……」

「まぁ……元々、出る気はなかったのですがね」

「ヨースケに、格好いいところ見てほしいものねー」


 リーシャに煽られた双子は、リーシャへの魔法の威力を高めた。


「恥ずかしがらなくていいじゃない。あたしだって、そうなんだから」

「無粋……下心を抱きながら、決闘会に勝ち残れると?」

「むしろ、下心無しで参加する子なんているの?」

「うむ……確かに」


 特に第1へ行きたい願望があるわけでもなく、ガス抜きが必要なほどストレスも感じていない。賞金が欲しいこともない。

 それら共通点に加えて、長年第2として活躍してきたことで、関長を除いた第2のトップ3であるこの三人には、そもそも決闘会へ参加するメリットと呼べるものは全く無い。


 そんな三人が参加を決めた目的――下心は、ただ一つ。

 葉介と戦ってみたい。そして、良い所を見せたい。

 本来なら、彼女らよりも下にいる後輩たちのイベントであり、第1と同じ理由で参加は遠慮するべき三人だ。だが、その後輩たちの全員が辞退してしまったのだから、この三人の参加も許される。

 そして、許された以上、半端な姿は見せられない。だからこうして、何年かぶりに行う、魔法騎士同士の真剣勝負へ向けて、三人集まって鍛えているわけである。


「臨戦……次はワタシだ、フェイ」

「応戦……実の兄とて、当日、手加減はしない……!」

「おばさんも、数年ぶりにがんばっちゃうわよー!」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 場所は、城からかなり離れた場所。ルティアーナ王国唯一にして最大の貿易地にして、第1関隊の拠点でもある、港町リユン。

 そんな港町から、徒歩にして三十分、箒か絨毯なら三~四分ばかり離れた、周囲に誰も、何も無い、広い平原のど真ん中にて……



「打倒リリア――!!」

「打倒シマ・ヨースケ――!!」

「お肉食べたあああああああああい!!」



 魔法の灯で辺りを照らしつつ、第1関隊の若者たち、そして、レイが、城と同じく魔法の訓練に励んでいた。


「――――」

「どうした? もう終わりか?」


 杖を構えるレイが、目の前でひざを着くリリアに声を掛ける。


「この程度で音を上げるようでは、シマ・ヨースケに勝つなど、夢のまた夢だぞ」

「シマ・ヨースケ……!」


 その名前を聞いて……リリアは首を振りながら、立ち上がった。


「あの男には負けない……今度の決闘会で、あの男に本気を――魔法を使わせ、その上で、勝利してみせる!」


 宣言し、杖を構え、レイに向かって魔法を放った。


「…………」


 未だ、葉介が魔法を使えないことは、五人の関長と、第4の二人しか知らない。話したところで信じないだろうし、混乱させるだけだ。


 先に説明した通り、第1の決闘会への参加は、禁止こそされていないが、開催目的や実力差の問題から、推奨もされていない。だから、半年に一度の決闘会の時期が近づいてきても、第1関隊は例年通り、一人の参加者もなく、レイ以外の第1たちは、決闘会中も全員仕事のはずだった。

 そんな、風潮としても雰囲気的にも第1の参加が許されない決闘会に、リリアが参加を表明したことは、レイも、他の第1たちも驚愕させられた。


「待っていなさい、シマ・ヨースケ……アナタを倒すのは、この私よ!!」


 今日まで、恵まれた才能とたゆまぬ努力で躍進し、レイの側近、第1関隊の副将として上り詰めた。それを誰からも認められていながらも、上り詰めたせいか、それ以上の目標と、情熱を失っていた。

 それでもレイに対して忠義を尽くし、魔法騎士として戦い続けてくれた。


 そんなリリアの前に現れた、シマ・ヨースケという男。

 リリアの一方的な要求で決闘することになって、レイ自身、魔法も使うことができない彼に勝ち目はないと考えていた。ミラもそう思っていたと、後から聞いた。

 だが結果は、リリアの惨敗。その後戦ったレイも、一つ間違えれば負けていた。


 そんな決闘が終わってからというもの……

 今までマジメながらも、どこか冷めた気持ちで粛々と仕事をこなすだけだった。そんなリリアが、ここ数日は誰の目にも明らかなほど、「燃えて」いる。

 その理由も、誰もが理解している。


(シマ・ヨースケ……彼に勝つという、新しい目標を得て、以前のような情熱が蘇った)


 そして、そんなリリアの姿と情熱に刺激されたことで、他の第1関隊からも、葉介と戦いたい、倒したいという目的を持った参加者が殺到することになった。

 リリアが参加することで辞退は大勢出ているが、それでも残った参加者たちはいる。そこへ大量に第1が参加しては、決闘会の収拾がつかなくなることはもちろん、当日の第1の仕事にも支障が出る。

 だから、リリアは確定として、第1から参加が許されるのは、残り三人までとした。

 そして、その三人を公平にクジ引きで決めた結果……



「シマ・ヨースケええええ!!」


「負けないわよおおおおお!!」

「根性ぉぉおおおおおおお!!」

「お腹空いたああああああ!!」



 気合を入れ、訓練に打ち込む四人。彼女らを束ねる関長は、そんな少女たちの姿を、厳しくも優しく温かい目で見守っていた。


「メシ食えよ」



 ほんの半月前に突然姿を現し、どこから来たか、何者なのか、なぜ魔法が使えないか、なにもかもが謎な男。

 そんな、たった一人の男が現れた結果、魔法騎士団に目に見える変化を起こした。


(魔法騎士団だけじゃない……あの男はきっと、この国に、大きな変化を与える。なぜか、そんな気がする――)


 確証など無い。なのになぜだか確信できる、そんな予感を懐き、再び四人の可愛い部下たちを、関長として特訓していった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんなこんな。リリアショックにより下っ端が逃げだし、精鋭が残って、図らずも関長を除いた、一般騎士最強決定戦の様相を呈することになった決闘会。


 そんな決闘会に、渋々ながら参加を決めた、たった二人だけの第5関隊では……



「ゲッホ、ゲホッ……どうよ、ミラ? ゲホッ、俺の新技……」

「……かなり、良いと思う」


 苦しそうに咳き込む葉介と、無表情ながらも呆然と立ち尽くすミラ。

 葉介がたった今使ったらしい、『新技』によるものであることは間違いない。


「……けど、何度もは使えない、よね」

「ゲッホ……まあね。見ての通りよッ、ンン、ゥンン――そもそもが、技と言っても倒すためのもんじゃないからな。使いどころを見極めにゃならん」


 喉の調子を整えて、今使った技のことを話し合う。魔法が使えない以上、葉介が他の魔法騎士に勝るものなど、体力と、彼ら彼女らが知らないだろう、技くらいしかない。


「……ちょっと、安心した」

「なにが?」

「今のヨースケ、勝つ気でいる……勝つために、がんばってる……決闘会、出るって言ってくれて、嬉しかった」

「出てほしかったの? なら出ろって言えばよかったのに」


 ミラの口ぶりから、判断は任せると言いつつ、出てほしかったことが分かる。そのことを聞き返すと、ミラは首を左右に振った。


「決闘会、嫌がるって、分かってた……だから、出てほしいって、言えなかった……命令で出たって、やる気、出ないと思って――」

「むしろ、ミラのためじゃなきゃ、やってらんないし、命令でもなきゃやる気出ないんだけど?」


 ミラの考えとは真逆の本音を聞かせてやると、ミラは口を止め、葉介をジッと見た。


「……わたしの命令で、やる気が出るの? わたしのため?」

「うん。今までずっとそうしてきたし。今回参加を決めたのも、俺が参加断ったら、ミラに迷惑かかると思ったからやしね」

「…………」

「だから、ちゃんと命令しな?」

「…………」


 葉介の言葉をジッと聞いて。葉介のその顔をジッと見て。


「決闘会……がんばって。ヨースケ」

「はいな……勝てたら、またハグしてくれる?」

「ん……約束する」

「するんかい……」


 こうなった以上、勝つために最善を尽くす気はある。そのためにこうして、夜になってもミラに相手してもらっている。

 だが、いくら体を鍛えても、気持ちや心持ちの方は、この話を聞いた時から変わらない。

 大勢の一般騎士の前で戦ったりしたら、今度こそ何かの拍子に、魔法は使わないのでなく、使えないことがバレるかもしれない。それでミラに、参加を断る以上の迷惑が掛かるとも限らない。


 決闘会自体もそう。どんなルールでどれだけの人間と戦わされるか。決めるのは五人の関長たちだが、当日にならないと分からず、参加人数によっても毎回変わるらしい。


 1対1のトーナメント。

 複数人のグループに分かれて生き残りを決める総当たり。

 参加選手全員を一度に戦わせるバトルロイヤル。


 どんなルールであれ、小手先や付け焼刃の技が、魔法をバンバン撃ってくる相手にどれだけ通用するやら――


 予想も想像もつかないながら、ここでも実家でもしてきた通り。

 置かれた場所と、状況とを分析して、与えられた役目を果たすため、全力を尽くす。

 そうしなきゃ、死ぬ……


(決闘で死ぬかは分からんが……今までも死にそうな目に遭ってきたし。実際に一度死んでるしな。だからせいぜい、生き残るよう力を尽くすわな)


 もはや、色々なことに諦めつつ、今もこうして、自分を鍛えてくれる若い師匠の顔を見て……諦観にまみれた心身に、気合いを入れ直した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 各々が、各々の仕事をこなしつつ、空いた時間を、各々の訓練に割り当てて。

 時間はあっという間に過ぎて、決闘会当日の朝。


「決闘会の当日は、関長と、参加者は一緒にいちゃいけない。変な助言してるって、疑われちゃうからって……」


 そう、昨夜寝る前にミラに言われて、その言葉通り、今朝からミラの姿は見ない。

 そんな中でも、いつもそうしてきたそのまま、朝食を食べる。

 時間になるまで、軽いストレッチで体をほぐした後は、騎士服に着替えて、その上に、黒い上着。

 第5関隊で、たった一人の一般騎士となって――



 決闘の舞台として聞いていた、魔法騎士の訓練場まで歩いてきた。


(ほ……迷わず来れた)



「来た……」

「ヨースケ……」

「ヨースケさんだ……!」



 すでに集まっていた参加選手たちの目が、一斉に葉介へ向けられる。

 少なくとも、歓迎の色はない。当然だ。ここに立つ以上、ここにいる人間全員が、敵なのだから。


「ヨースケさん……」

「――――」


 いつもなら、喜んで手の一つも振ってきそうな黄色の二人も、今回ばかりは真剣な面持ちで睨みつけてくる。

 そのことにお互い、ちょっとした寂しさを感じつつも……

 普段の関係性がどうあれ、改めて、この場の全員、敵同士なんだと認識させられる。


(やべー……すげー不安になってきたー)



「第1関隊だわ……!」



 今度はそんな声が聞こえた。その声に、全員がまた目を向けて、葉介も釣られてそっちを見る。

 言葉の通り白色が四人。リリアを先頭に、こっちに向かって歩いてきていた。



「…………」


「…………」


 他の魔法騎士よりも、真っ先に、葉介に対して視線を送り、目を合わせる。

 勝ちは譲らないと。必ずお前を倒すと。葉介でなくとも心の声が聞こえてくるほどに、その視線に、力と熱が込められていた。


(ライバル視されても、困るんやけどなぁ……)


 フードの下の目に向かって、熱烈な視線を送ってくる、年下のライバルに対して、葉介も内心の言葉とは裏腹に、視線だけはそれっぽく返しておいた。



「全員、揃ったようだな」


 第1関隊四名。第2関隊三名。第3関隊一名。第4関隊三名。第5関隊一名。

 計12名の魔法騎士らが揃ったのを見て、彼らの前に立つ、シャルが、号令を掛けた。


「では、中に入れ。すでに他の騎士たちも待っている」




 シャルに続いて、並んで歩いていった先。


 葉介がリリアと決闘した、あの場所だった。そして、シャルの言った通り、その演習場をぐるりと囲むように、参加を辞退した、あるいは最初から参加する気の無かった魔法騎士たちが座っていた。

 決闘会の当日は、城で働く第5から第2の魔法騎士の仕事は全て休みとなっている。そんな彼女らの中に、変わらず仕事があるはずの第1関隊も混ざっているのは、せっかくの休みだったのをわざわざ城まで観戦しにきた者たちだ。


 そんな観客たちに囲まれた演習場へ、参加選手12名が入ってくるなり……


 割れんばかりの若い歓声が、この空間を包み込んだ。



「リリア様ー!! がんばってくださーい!!」

「今度は負けるんじゃないわよー!!」

「第1関隊のプライド、見せてやってー!!」


「第2だって負けてないわよー!!」

「ファイー!! フェイー!!」

「リーシャさーん!!」


「ディックがんばれー!!」

「ケガしたら無理せずギブアップしろー!!」

「第3の意地みせてー!! でも無理はしないでねー!!」


「リムー!! メルダー!!」

「第4関隊ー!!」


「ヨースケさーん!! がんばってくださーい!!」

「また魔法使わない気じゃないでしょうねー?」

「うるせぇ! それが格好いいんじゃねーか!!」

「別隊ながら、応援させていただきまーす!!」



 誰もが思い思いに、勝ってほしい相手の健闘と勝利を祈る。声に出し、名前を呼んで、思いを、叫びに込める。集まった人数は百人ほど。決して大観衆とは言えない人数ながら、中には【拡声】まで使う者もいて、その人数の声も大歓声へと変わっていた。


 そんな空間の中心に立ち、その声全てを一身に受ける者たち。

 特に反応を見せない者。単純に嬉しがる者。ここに来て緊張を感じる者……

 反応は様々ながら、否応なく、この場に自分たちが身を置く意味を理解させられる。

 観る者と。観られる者と。多くの人間、多くの思いが集ったこの場所で――



《では、決闘のルールを説明する!!》



 代表たちの前に立った、五人の関長。その中心に立つレイが、誰よりも大きな【拡声】の声を上げたことで、観客の一般騎士らも一斉に黙った。


《今回は……お前たち12名、合図と同時に一斉に戦ってもらう。それで勝ち残った一人が優勝者だ》


 形式ばった宣言。堅苦しい挨拶。そういった無駄は一切無く説明されたルール――バトルロイヤルに、観客はもちろん、代表の何人かも、動揺を見せた。


《驚くのも無理はない。このルールは本来、参加人数が少なすぎるか、逆に多すぎてグループ分けする必要がある時に取り入れるルールだ……だが、観ている者たちも見ての通り、この演習場に集まっているのは、現魔法騎士団の中でも精鋭の者たちだ。第1、第2はもちろん、その二つの隊に挑もうと向かってきた第3、第4、そして、第5関隊も含めてな》


 何も実力と実績だけが強さの指標じゃない。実力を十分に身に着け、実績を十二分に積み上げてきた精鋭に対して、その強さを知っていてもなお挑戦しようとここに立った、気概と精神力。

 それを示した者たちもまた、間切れも無い精鋭の一人。そう語ったレイの言葉に、ここに立ちつつもまだ自信を懐けずにいた参加選手は、直前には無かった歓喜と、直前以上の好戦さを懐くことになった。

 同時に、ここに立たず、逃げ出し安全な場所から彼女らを観ている者たちは、恥と後悔を懐くこととなった。


《もっとも、精鋭とは言え、個々人で実力差はある。もちろん、全員がそれを理解し、それでもなお戦うためにここに立っているだろうが、いずれにせよ全員がやるべきことは、目の前の戦いに全力を出すこと……なら、最初から魔力も体力も全開で出し切れる、第一戦に全てをぶつけることこそ、公平であり、この精鋭たちの戦いに相応しいと判断した》


 下手に個々人の対戦相手を割り当て魔力や体力の計算までさせるより、最初から全力を引き出させる。そうして最後に勝ち残った者こそ最強を名乗るに相応しい。

 ルールも相手も何もかも、全てが予想外ながら、だからこそ全力を出し尽くせる。

 それを理解した参加選手たち全員、納得し、その身を引き締めた。


《それ以外は、普段の決闘のルールと変わりはないが……武器は一応認めるが、刃物はダメだぞ。シマ・ヨースケ》


「それもそうか……」


 名指しで指摘された後で、腰の辺りをゴソゴソして、取り出したものはミラに投げ渡した。


「あれ、ナイフ……!」

「あんなの常備しているの……?」

「さ、さすがヨースケ、さん……?」

「ああ言うのはさすがとは言わないから……」


 最初から使う気はなかったが、魔法を使う連中が、タカがナイフの一本で……

 驚きやら戸惑いやら向けてくる連中に対して、葉介が思ったところで――



《ルールを理解できたなら、参加者全員、その場に並べ!》



 説明もそこそこに、レイの号令に従って――

 代表12名、円を描くように並んでいった。

 お互いに、隣同士、近すぎず遠すぎない、絶妙な距離を開けながら……

 全員が、全員の顔を見渡し、誰に対しても攻撃できる、臨戦の距離と態勢に……



《よし、では始めるぞ……》



 並んで、それぞれの顔を見渡して……


(ヨースケさん……)

(勝つ……わたくしは、勝つ……!)

(…………)


 それぞれが、それぞれの思いの中で……


(僕も、ヨースケさんみたいに――)


 その思いと、その決意を、杖とともに握りしめ……


(勝利……目指すのはそれだけだ)

(標的……狙うは、ただ一人)

(久々に、楽しんじゃうわよ……!)


 やがて、共通していきつくのは、ただ一つ、たった一つ……


(第1関隊の力、見せてやる!)

(勝てる……勝てる……勝つ……!)

(お魚食べたい――)


 勝利。ただ、それだけ。


(シマ・ヨースケ……今度は勝つわ!)


 その、願いと決意のもと――


「すぅー……っ」



《決闘会――――――――》



《始め!!》



 ――アアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――





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