第2話 弟子の憂鬱
「――――」
その晩、ミラの足取りは軽かった。弾んでいる、と言ってもいい。いつも無表情だった口元は口角が上がっていて、鼻からは、興奮冷めやらぬと言った様子で吐息が止まらない。
顔だけに限らず、身体の方も。今までしたこともない、スキップや小躍りでもしそうなくらい。そんなふうに、ハタから見ても分かるほど、今のミラは浮かれていた。
「…………」
そんな、去っていくミラの後ろ姿に、ついさっきまで話し込んでいたシャルは、嬉しく、微笑ましく思いつつも、同時に複雑な、苦々しい思いで眺めていた。
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「ヨースケさんて……」
「大食いだったのね……」
「……ん?」
仕事を終えて、陽も沈んで、屠殺場に寄ってイノシシを預けた後で、暗くなってきたころ。用事があるというミラと一旦別れて小屋に戻ってみると、いつもの黄色二人が、弁当片手に手を振っていた。
いつもはお昼だったものの、この三日間はもちろん、今日一日もこの小屋にはいなかったので、必然的にご一緒できるのは朝食か夕飯だけになる。
うち、今日は夕飯で、いつも通り川原で火を焚いて、焚き火を囲いながら食事する。そんないつもの光景ながら、今日二人が見ている葉介の姿――
そばに大きなカゴを置いて、その中に詰まった食料を掴んでは勢いよくかっ喰らっていく光景は、今までと違っていた。
「ありがたいことに、どなたか存じませんが心優しく親切な方々が、あまり日持ちしなさそうな食事を、一日二日で消費しきれんほどたくさん提供してくださったもので」
「アハハハ……」
葉介の皮肉のこもった事実に、心優しく親切な方々の一人である二人ともが、苦笑してしまう。確かに、メアにも言われたが、日持ちが効かなそうな調理済みの食糧を、二人じゃ食べきれないほど大量に持ってきたのはまずかった。
「…………」
そして、そんな葉介のすぐ隣では、同じようにカゴの中の食料を黙々と食べていく、ミラの姿があった。
「……でも、いつもは川から獲ってきた魚とか、野草とか、とても質素な食事だったから。てっきり少食とばかり思っていたわ」
あまり見たことのない、ミラの食事シーンも気になりつつ……
少なくとも二人の知る限り、食糧が届けられる以前の葉介は、川から獲れる魚や、川の向こうに広がる城所有の森で採ってきた野草を、適当に焼くか湯がくか。それに塩で味つけしただけの、多いとは言えない量の不味い食事で毎日済ませていた。
それだけであれだけ強く、修行までしていたものだから、そういうものかと二人とも認識していた。
しかし、それは決して、食べなくてもいいというわけじゃない。
「たくさん運動してたくさん寝て、たくさん食べるのが、強くなる基本だからね」
体力以上に魔法を使う魔法騎士たちならまだしも、葉介ほど体力を使う人間なら、むしろ今までの食事は少なすぎたくらいだ。葉介自身、社会人になってから、食事代をケチって昼食を抜いてきた経験から空腹には慣れてはいる。とは言え、食えるものなら、財布と体重に余裕がある限り、毎日腹いっぱい食いてーと思うのが本音である。
そんな本音を含めた事実を話して聞かせてみたら、リムは目を輝かせていた。
「わたしも、今日からたくさん食べます……!」
そう言うなり、持参していた食事を一気にかっ込み始めた。
「早く食べればいいってもんじゃないでしょ……」
「運動と睡眠も忘れなさるな?」
「…………」
(けど、そう言われると、ミラ様も見た目によらず食べるわね)
(やっぱり、強い人は、よく食べる人なんですね)
「ぶぅふぅーッ!!」
と、二人がしみじみ思っている前で、瓶の中身を一口飲んだ葉介が、突然吹き出した。
「ゲッホッ、ゲホッ、酒だコレ、ゲッホッ――」
「ヨースケ……アンタ、下戸だったの?」
「悪かったな……こちとら、酒もタバコもコーヒーも博打も大っ嫌いだよ」
「……そ、そう……」
「……ミラ、飲む?」
「いらない……酒は体に悪いって聞いた」
「だよね」
「えっと……いらないなら、わたし、もらっておきましょうか?」
「いや。料理に使えそうだからもらっとく」
「そう、ですか……」
と、こんな感じに会話しながら、なんだかんだ、各々が食事を楽しんで……
「ごちそうさまでした……これで完食」
黄色の二人からだいぶ遅れて、葉介とミラも、カゴの中身を空にしてしまった。
「良い食べっぷりですね」
「どうしよ……二人を見てたら、食べ終わった後なのにまたお腹空いてきたわ」
「太るよ」
一言の後で、飛んできた拳は避ける。魔法で容姿も体型も自由に加工できてしまう世界とは言え、女としての悩みはどこも同じなようだ。
「アハハハ……でも、そんなに食べたなら、ヨースケさんはもっと強くなってますね」
「いや、だから……」
今説明したのは、あくまで基本であって……ただ食べるだけ。ただ寝るだけ。ただ運動するだけ。ただそれだけで強くなるくらいなら、そんな楽な話はない。
それが分かっているのかいないのか、リムは目を輝かせたまま言う。
「それだけ強いんだったら、二週間後の決闘会でも、活躍できますね?」
「……け? なんて?」
何やら初めて聞く単語が聞こえた気がしたので、聞き返してみる。
「決闘会です……ヨースケさん、ミラ様から聞いてないんですか?」
「何も聞いてませんけど?」
言いながら、隣に座るミラを見てみた。
「ん……ごめん。今日話そうと思って、忘れてた」
謝るミラと、苦笑する葉介。そんな二人を見ながら、メルダが説明を始めた。
「決闘会……まあ、ほとんど名前の通りなんだけど、要するに、魔法騎士の決闘したい人たちが集まって、一番強い魔法騎士を決めようっていう、半年に一度のお祭りよ」
この夜のこの時。魔法騎士団の中で、決闘会というお祭りの話題が出ているのは、この三人に限った話ではなかった。
「決闘会かー……どうしようかなー」
「私は出るわよ?」
魔法騎士らが寝泊りする騎士寮の、とある一室にて。ルームメイトである黄色と紫色の会話である。
「半年に一度のお祭だもの。楽しまなきゃ」
笑顔で語る紫色の言葉の通り。
城内に泊まり込んでの仕事柄、娯楽が少ない、どころか、娯楽があるなら残さず取りあげてしまえ! という声さえ国民から上がっている魔法騎士団にとっては、城内での団内限定とは言え、公認されている貴重なイベントである。
普段の仕事でも、デスニマやゴロツキでも現れなければ振るえない魔法を、命の危険がほぼ無い、決闘という形で存分に振うことが許される。
そんな決闘会というイベントは、彼女らにとっては祭であり、普段の仕事に対するガス抜きの意味合いもある。
加えて……
「それに、私もずっと、第1関隊に行きたかったし……」
「レイ様のファンだもんねー。アンタも……」
「そうよ! 悪い!?」
決闘会の当日には、五人の関長全員が決闘の様子を見届けることになっている。そこで活躍し、実力をアピールすることができれば、普段は特に注目されていなかった若い魔法騎士が、第2や第1といった、今より上の部隊へ異動することさえできうる。
かつては、第4の使いっパシリから始まったレイも、この決闘会で活躍したことによって叩き上げられ、第1での活躍と武勲を認められ関長にまで上り詰めたというのは、現魔法騎士団では有名な逸話だ。
そして、そういった事情もあって、他より強く、アピールするメリットも無い第1関隊は、暗黙的に出場しないことになっている――
まあ、半年に一日、よっぽどの緊急事態でもなければ一般騎士全員が休んでしまっても問題無い第2から第5とは違って、第1は仕事の性質上、全員が休むということはどうしても不可能だという事情もあるのだが……
それだけに、第4関隊や、実戦経験の少ない者たちでも活躍するチャンスの場でもある。
「ひょっとして、バカとクソも出る気かしら……」
ところ変わって、とある仕事場。黄色の女たちがテーブルにひじを突いて、険しい顔を浮かべながら話し合っていた。
「あの二人、ここ最近マジで調子に乗ってるわよね?」
「バカは金よこさなくなったし、クソは今まで喜んで引き受けてた仕事、全部断るようになって。おかげでアタシらは毎日こんな時間まで書類仕事よ!」
そんな文句をボヤいている少女の前には書類が、山とは言わないがそれなりの量、積みあがっている。少女だけでなく、仕事場であるこの場に居残った女、五人全員がだ。
「本っ当にムカつくわよね、あのクソ……シマ・ヨースケとつるむようになった途端、急に態度デカくして。私たちのこと相手にしなくなったと思ったら、私たちを放って、自分の仕事だけ済ませてさっさと帰るようになって」
「バカだってそうよ。そりゃあ、この間の野外訓練を最後に見限ったけど、あんなのバカの自業自得じゃない。それを、野外訓練を終えた途端、今までとは違いますーって、生まれ変わりましたーって態度で気取ってさぁ。金も落とさないくせに威張ってんじゃないわよ……!!」
おおむね会話の通りだが、つまり、彼女らの言うクソは、自分たちの仕事を代わらないまま帰りやがったせいで、自分たちはこんな時間になっても仕事が終わらない。バカは金をよこさない。
仕事が終わらないのは、クソに任せきりで自分たちは何もしてこなかったツケだし、バカが金を落とさないのは、もはや何の関係もない。
どちらも、自分たちより仕事を早く終わらせて帰ってしまった、気に入らない二人への、身勝手な逆恨みでしかないのだが……
そんな事実にも、自分たちの愚かしさにも気づかないからこそ、彼女らは残業をさっさと済ませようとはせず、陰口と言う一時の娯楽に逃げているわけだ。
「マジでムカつく……ねえ? あの二人出るならさ、アタシらも全員で出ない?」
そんな提案を切り出した一人に、残った四人の視線が集まった。
「これだけ人数がいるんだからさ、アイツら痛めつけるには十分よ。決闘会でならさ、思う存分に魔法が使えるわけだしさぁ」
すると、一人だけでなく、四人も一斉に顔をニヤつかせた。
「そうね……今までどういうわけか、メア様に睨まれてたせいで手出しできなかったけど……」
「決闘会でなら、痛めつけたって文句言われないことだし」
「この際、魔法騎士辞めたくなるくらい、罰を与えたって文句は言えないわよねぇ」
普段は仕事でも使うことが少ない魔法を存分に使うことができる。そんな決闘会に出る理由や動機は、出たいと思う魔法騎士によって違うものだ。
特定の誰かを魔法で痛めつけたい……それも、出場したい理由としては十分だ。
「ただ、そうなると問題は……」
終始、卑しい笑みを浮かべるばかりの五人の中で、一人が冷静な声を上げた――
「問題はやっぱり、シマ・ヨースケ……彼が出てくるかどうか、よね?」
再び場所は変わって、城内のどこか。話しているのは、城の庭先を並んで歩いている、紫色の二人。
城の屋内外の見張り・見回り、警備を主な仕事としていることで、最も拘束時間が長い。そんな第2で仕事が一緒になった者同士、誰の目もないところで会話をすることは普通にあることだった。
「ヨースケさん……正直、彼が出てくるかどうかは微妙な気がするけどな。ミラ様には忠実みたいだし、第5関隊から離れる気が無いなら、出る意味も無くないかな?」
話題を上げた少女に対して、少年がそう考察する。少女は納得していながら、更に自分の考えを発展させた。
「離れる気が無いからこそよ……彼の考えることは、正直、読めない。魔法を全然使わないと思ったら、味方も巻き込みかねない大爆発を起こして大勢の敵を吹っ飛ばせる。それだけの強い力を、仕事じゃなくて、決闘会で振いたいって思うかも知れない。そうすれば、第5関隊の実力のアピールにもなるし」
「ミラ様が関長な時点で、アピールも何も……」
理由は一つではないものの、事情を知らない末端の彼女らにしてみれば、第5関隊の人数を増やしてこなかったのは、他でもない、関長のミラだ。彼女も決闘会には関長の一人として毎回必ず観戦しているが、観戦するだけで、誰がどんな活躍をしようと第5に誘うようなことはしなかった。
第5の実力をアピールするにしても、ミラに人を増やす気が無いのなら、可愛い弟子の力を自慢できる以外に何のメリットも無い。
「とは言え……何らかの理由で参加してくるかもしれない。そうなると、多分一番厄介な相手になるわね」
「そうなったら……今度はどんな戦い見せてくれるか、楽しみだよなぁ」
対戦相手として脅威を感じる少女に。
観戦者として戦いを楽しみにする少年に。
「……アンタ、シマ・ヨースケのファン?」
「うん。だって格好いいじゃん! ヨースケさん」
数日後に迫った決闘会というイベント。そこに、出場する者、観戦目的の者、中には面倒くさがる者もいれば、全く興味も無い者と、反応は様々。
そんな者たちに共通する話題が、第5関隊のシマ・ヨースケ。彼が参加するかどうか、という疑問である。
「それで……ヨースケさんは決闘会、出ますか?」
「出るわけねぇだろ」
「あ……ん……」
説明を聞き終わり、リムからズバリ聞かれた疑問に、葉介はキッパリと答えた。
「私出たところで何のメリットも無いでしょうに。私、第5辞める気ありませんよ?」
「敬語出てるわよ?」
「えっと……一応、優勝した人には賞金が出ますよ? まあ、給料の二ヵ月分よりちょっと多いくらいですけど」
その程度の賞金を目当てに参加する人間も少なからずいる。だが葉介は、それを聞いても浮かない顔のまま。
「金に興味ないし……第一、魔法が使えない身でそんなもの出て、勝てると思う?」
「それは、正直、今さらというか……」
「ヨースケさんなら、何とかなるかなって……」
魔法を一切使えない。だから生身で戦って、勝って、生き残っている。そんな葉介が否定の言葉を言ったところで、葉介の力をよく知る二人からしたら、説得力は無い。
「……仮に何とかなるとしてもよ。そんな催しに出て、今以上に目立って、魔法が使えないってことがバレたらどうしますの?」
「それは……」
「まあ、確かに……」
何だかんだ問題はあるものの、行きつくところはそこである。
「別に、俺はどうなっても構わないよ。魔力が無いとバレて、追い出されても別に構わんけど……」
この城を追い出されれば、いよいよ行くところなんか無くなる。
異世界に知り合いがいるわけもなし。31歳、魔法は使えない、顔も汚い……そんな男を雇ってくれる仕事は無いだろう。
それでも、せっかく異世界にまで来たんだ。実家のこともよく知らない身だが、いざ本当に追い出されたら、未知の異世界のあちこちを、着の身着のまま旅して回るのも悪くないかもしれない。
実家であれば、親類縁者からの絶縁必至な与太話を思い浮かべつつ……
「俺が追い出されたら、またミラが一人ぼっちになっちゃうじゃん。それが一番の問題だよ」
「ヨースケ……」
自分が追い出されるのは構わない。最悪、殺されるのも別にどうでもいい。
一番の心配は、自分がいなくなった後の、ミラのことだ。
今までずっと一人でやってきた人に、こんな心配をするのはおこがましいことかもしれない。それでも、こんな小さな娘が、人が大勢いても辛い仕事を、たった一人で何年も続けている。それを知ってしまったら、もうこれ以上、一人にはしておけない……
「ミラ様、ですか……」
「そうよね……」
そんな葉介の言葉を聞いて、見つめ合う師弟を見て、リムもメルダも、分かりやすく不機嫌な顔を見せた。
「ま、そういうことで、俺は出ないから……リムもメルダも、ミラも今日は泊まってくんやろう?」
「え……?」
「え……?」
「ん……?」
食事も終え、話も切り上げて、立ち上がった葉介の一言に、リムも、メルダも、ミラも、固まった。
「シマ・ヨースケ」
片づけを終えて、焚き火も消えて、後は、ミラたちが待つ小屋へ行って眠るだけ。そんな葉介に、掛けられる声があった。
「なんですか? シャム様?」
「シャルだ。敬語も様もいらん」
そんなどうでも良いことよりも、シャルはさっさと本題を切り出した。
「さっき、ミラが私のもとへ謝りにきた。弟子が私と、第2関隊に迷惑を掛けたと」
「ええ……実際、故意でなかったとは言え、迷惑をお掛けしましたから」
しつこいようだが、葉介は仲間さえ巻き込みかねない爆発を起こした上、そのすぐ後には、シャルを巻き込んで崖下まで落下した。そのことで、今朝から少なからず、シマ・ヨースケに対して不信感を持ち、非難する声も聞こえていた。
また、その失敗は、昨夜帰った後、夕飯を食べながらミラに報告していた。その結果、いつも通りの落ち着いた声のまま叱られてしまった。わたしから、シャルに謝っておく。ヨースケは来なくていい。そう言われた時は、さすがの葉介もへこんだ。
それでも、一晩明けるまでには切り替えて、第5としての初仕事に臨んでいた。
だがシャルは、そんな葉介が犯した失敗など、帳消しにしても余りある成功を同時に収めて見せたことを知っている。
「確かにな……だが、それも元を辿れば、全ては私の、関長としての不足が原因だ」
言い出せばキリが無いことだが……
葉介が使ったこともない爆発を使うハメになったのも、平和に油断しきっていたことで、敵の奇襲を全く予想していなかったから。
葉介が崖下に落ちたのも、事前に命令していた、しんがりとしての仕事を果たしたからに他ならない。
先に行けと言った葉介を助けに戻ったのはシャル自身の意思だし、そもそも待ち伏せや、橋を落とされることを考えなかったのは完全にシャルの落ち度だ。
何より……
「貴様は、気づいていたのだろう? あの警護対象の男が、人攫いだったと」
「まあ……ほとんど山勘でしっ、だったけどね」
「そして、それを私の判断だとファイに伝え、全ての手柄は私のものになった」
「……私の判断?」
その言葉には、思わず聞き返した。
「貴様がファイに、そう言ったのだろう? あの男は人攫いかもしれないから、目的地に到着した後、荷物を検めるよう、私が命令をした、と」
「そんなことになってたの……?」
一連の話を聞いて、しばらく考えて……
「……ああ! あの時、そう言ってたんだ」
「どういうことだ?」
葉介は、ファイにそのことを話した時のこと――雨と小声のせいでよく聞き取れず、聞き返すこともできないまま、ファイからの質問に曖昧に頷いてしまったことを話した。
その話に呆れつつ……葉介はそんな、曖昧な考えを誰かのせいにすることはしない。そんなレイの言葉が正しかったと、シャルは納得できた。
「……というか、そもそもなぜ私ではなく、ファイに話した? いくら部外者の意見と言っても無碍にするようなことはせんぞ」
「まだ馬車の修理の途中だったし、あの時のシャル、依頼人とずっと話してたじゃん。だから、とりあえずタマタマ目の前にいた、ファイ様にお話ししたのよ。その後は、ファイ様が上手いこと他の人たちにも共有してくれると思ったんやけどね……」
「それで、馬車で一緒になった後も話さなかった、と?」
「うん……よく考えたら、ファイ様の立場ならとっくにシャルの耳にも入ってると思うか。馬車乗った後とか、シャルにもキチンと伝えるべきだったよ」
「……まあ、済んだことは、もういい」
頭がキレるのか大ざっぱなのか……シャルにはどちらかの判断が難しかった。
とは言え、失敗した時のリスクも大きかったものの、どの道目論見は当たり、成功した。だから、諸々のことで謝罪したい様子の葉介にそう言っておいた。
謝罪は必要ない。この話は、これで終わりだ、と。
「……ちなみに、本当のこと、知ってる人は?」
「私とレイ、ファイ、そして、ミラだ」
「ミラにも話しちゃったの?」
「貴様の上司だ。知る権利がある……貴様のことを、誇らしそうにしていたぞ」
「……そう」
それまで、気にはしていたが、大して意識せずに聞いていた。だが、ミラのそんな反応を聞いた葉介は、少しだけ、嬉しそうにしていた。
「……一応、いらん混乱を避けるために、真実を知る人間には口止めしてある。貴様もどうせ、真実を話す気はあるまい?」
「まあね……面倒はゴメンだし、変に手柄立てて目立つよりも、悪評買って距離置かれた方が都合がいい。その方が、魔力が無いことがバレる可能性も低くてすむ」
悪評とは言え、もう十分目立っている。そう思いつつ……
シャルとしては、葉介が望むなら、今回の事件の真実全てを、魔法騎士団全員に対して明らかにする気もあった。だが、本人がそれを望まなかったことで、正式に、今回の成功は全て、シャルのものとなった。
「そら……」
だから、望みもしなかったそんな成功と一緒に得た物の一つを、葉介に投げて渡した。
「……これなに?」
白っぽい皮袋に、それなりの重さが入った、ジャラジャラ鳴る金属音。受け取った瞬間検討はついたが、一応尋ねてみる。
「人身売買を未然に防いだことで、第2関隊に特別報奨金が出た……全部くれてやる。本来、お前が受け取るべき物だ」
「くれてやるって……シャル様のじゃなくて、第2関隊に出されたものでしょう? 俺より第2の人たちのためにお使いよ。美味しいものご馳走するとか」
言葉で拒否しつつ、金を投げ返す。受け取ったシャルは、首を横に振った。
「私もそうしようと思ったが、フェイもリーシャさんも……ファイ以外の第2全員が、これは私が受け取るべきものだと言って、聞かなかった。まあ、第2の多くは金持ちの家の出だし、私が何かをするまでもなく贅沢はできている。だからこの金は、私の好きにしていい金だ」
そしてまた、葉介へ投げ渡す。
このまま拒否し続けたところで、金のキャッチボールを繰り返すだけだろう。だからと言って、捨ててしまったらバチが当たりそうだし……
「分かったよ……」
もらえる物はもらうことにして、魔法の革袋に大事にしまった。
「これを渡しにきたん?」
もう要件は終わりだろうか? 帰りを急かすわけではないが、何となく尋ねてみた。
「それもあるが、もう一つ……決闘会のことは知っているか?」
「リム様とメルダ様から聞いたけど、俺は出ないよ。出るメリット無さそーだし、第5以外に行く気もないし」
そのことをシャルが心配しているとしたら、ちょうど良かった。シャルも、レイのいない城内では魔法騎士団のリーダー格だし、彼女を通してシマ・ヨースケは出ないと広めてもらえれば、すぐに全員の耳に入って、誰も俺のことなんか話さなくなる。
そう、期待しながら辞退する旨を伝えたが……シャルは、複雑な顔を見せていた。
「まあ、お前ならそう言うだろうと、私も、メアやセルシィも分かってはいたのだが……実は少々、厄介なことになってな」
言いながら、騎士服のポケットから、一枚の紙を取り出した。
「さっき、レイから手紙が届いた……今度の決闘会、リリアも参加することを表明したらしい」
「えぇーぇぇぇええ!!?」
そんな話には、ガラにもなく絶叫してしまった。
「ちょっと待って……決闘会って、第1関隊の人らは出ないって……」
「確かに、城から遠く離れて、あまり休めない仕事をしているし、他とは実力差もありすぎることで、第1は基本的には参加しない。だが、禁止しているわけでもない。出たいと望めば、第1だろうと拒む理由は無い」
「そんな決闘会に、あのクソ真面目なリリア様がわざわざ参加しなさる理由って……」
「貴様への挑戦と見て、まず間違いあるまい」
「あぁ~~~~~……」
思わず、頭を抱えてしまった。
「……ちなみに、そのこと、他の人たちは?」
「少なくとも、レイはもちろん、第1関隊全員に対して、公言しているようだぞ」
「あぁあぁ~~~~~……」
再び、頭を抱えてしまった。
本来なら、リムやメルダに言った通り、これ以上目立ちたくないと断るところだが……
「ちなみに……もし、それ断ったら、どうなるかな?」
「まあ、特に何かを失ったり、何かをされるということは無いだろうが……第1の副将からの挑戦から逃げた、臆病者というレッテルは貼られるだろう。貴様はもちろん、貴様の上司であるミラは、今以上に評判は落ちてしまうだろうな」
「あぁあぁあぁ~~~~~……」
みたび、頭を抱えてしまった。
「一応、ミラにもこのことは伝えてある」
「ミラはなんと?」
「参加するかどうか。貴様の意思に任せるそうだ」
「道理で。決闘会の話した時、なんか言いたそうにしてたのはそういう……」
そして、いざそんなことを言われると……
今以上の悪評がついて回る。それ自体はどうでもいい。今に始まったことじゃないし、誰かに好かれたくて仕事をしているわけでもない。むしろ望むところだ。さっきも言った通り、それで距離を置かれるなら、むしろ好都合だ。
だが、それが葉介自身だけでなく、ミラにまで及ぶとなれば話は変わってくる。
ただでさえ、関長以外からは不審がられて、嫌われてるっていうのに、これ以上の悪評を立たせてしまっては、いよいよ自分と関長の四人以外、味方はいなくなる。
最悪、第1を始めとした、リリアに憧れる人たち全員、敵に回すことになるかも。その結果、今まで見向きもしてこなかったはずの第5を見るようになって、そのせいで、葉介に魔力が無いことや、第5の仕事の内容がバレるようなことになったら……
参加すると言えば、間違いなくリリアのリベンジマッチとして目立つことになる。
イヤだと言ったなら、悪目立ちしたあげく、今まで以上に敵を増やすことになる。
どっちがマシかと言われれば……
「あー、いつ言いましたっけ?」
「二週間後……もう夜だから、実質十三日後だな」
「……分かったよ。出るよ。けっとうかい? 私も参加しますよ! リリア様の挑戦を受けて立ちまするよ!!」
「泣くほどイヤか……」
嫌々で渋々で、半泣き顔の返事を聞いて。
自室へ戻りながらシャルは、憐れみ、苦笑するしかなかった。
翌朝には、第5関隊のシマ・ヨースケと、第1関隊のリリアが、決闘会に参加するという話は、城中に広まることとなった。
「ダリダリ……」




