第12話 それぞれの夜
ルティアーナ王国の治安維持部隊。
この国にとっての警察組織である、魔法騎士団。そこに所属する若者たちの住まいとなる建物、通称『騎士寮』は、国内に二ヵ所用意されている。
まず、第1関隊の拠点が置かれる、港町リユン。
昼夜交代で魔法騎士が常駐する、事務所のような役割を持つ建物のすぐ隣に、彼女らが寝泊まりする寮が建っている。そこで、普段の生活はもちろん、時には、城から派遣されてきた第2以下の魔法騎士らが寝泊まりを行う場所としても使われる。
そしてそれは、もう一ヵ所の、ルティアーナ城内にある騎士寮も同じ。
葉介が住まいとして使っている物置小屋とは、城内中庭を挟んだ真逆に位置する場所。
葉介がつい登りたくなるほどゴツゴツした外壁が目立つ、古めかしくも歴史を感じさせるその建物で、若い魔法騎士たちは生活をしている。
一部屋辺り、二人から三人。性別によって分けるのはもちろんのこと、同部隊間での仕事における、不要な不仲や軋轢を生じさせないために、できるだけ同じ色の騎士服が同居しないよう部屋を割り充てられている。
そして、当然のことではあるが、そんな騎士寮には、彼ら一般騎士とは別に、各色の関長たちの部屋もある。関長全員の特権として、五人全員が個室を充てられている。
もっとも、仮にも関長であるはずのミラは、とある理由から用意された部屋に出入りすることはほとんど無いし、リユンを活動拠点とする第1関隊の都合上、レイも、城内の騎士寮に用意された部屋を使うことは滅多にない。
一ヵ月に一度か二度、多い時でもせいぜい四度五度、城に戻ってきた時も、寝泊まりは自分の部屋ではなく、シャルの部屋で、一つのベッドを二人で使う。
予定外の仕事から城へ戻ってきたこの夜も、そうだった……
「そうか……今回の手柄は、ヨースケのおかげだったのか」
第2の仕事を完了し、第5の二人とも別れて、残った後処理も全て終わらせた時には、深夜を回っていた。
一日の仕事を終えて、いつもの通り、ベッドの上で二人きりになったところで、思いきりイチャつきたい衝動を少しばかり抑えながら、魔法騎士団のツートップは、ベッドの上に腰かけた状態で話し合っていた。
「けど、変だな……彼の観察力は確かだと思うけど、それだけで確信を持っていたとも思えない。もし間違っていたら、シャルの責任になっちゃうような曖昧なことを、シャルの命令だって言うかな……?」
ほんの数日前の、シマ・ヨースケを同席させての関長会議。森でのデスニマの大群の討伐作戦を立案した際。手柄はミラに、責任は自分に。それがあの男の願いだった。
自分のことはどうなろうとも構わないと思いつつ、代わりに他人への評価には気を遣う。
そんな男の行動としては、レイも付き合いが浅いなりに、疑問を感じた。
「……私が、あの男と不仲なのは、レイも知っているだろう。間違っていたら間違っていたで、私に汚名を着せてやろうと思っていたのではないか?」
「ヨースケはそんな性格じゃないって」
「……随分、あの男を買っているじゃないか」
「シャルも本当は分かってるんじゃない?」
皮肉を込めて聞き返したが、レイも、微笑みながらそう返すだけ。
シャルも……その言葉には、大いに共感できてしまう以上、それ以上は言い返せない。
「どの道、ヨースケの真意はどうあれ、今回の成功を、シャルのおかげだということを疑う人はいない……納得できないのは分かるけど、シャルも関長として、受け入れるべきだ」
「……シマ・ヨースケも、そう言いそうだな」
ファイからの報告を聞きながら、シャルも全員に真実を話そうとした。だが、それはレイが制した。ファイにも口止めし、全てはシャルの先見の明によるものだと、その場に集まった魔法騎士の全員が思ったままとした。
レイの言った通り……
葉介はそういう、手柄や名声を欲しがるような男じゃない。むしろ、ほんの数人の人間から慕われることさえ、嫌がりはしないが困惑するような人間だ。なら、これ以上の注目を集めるようなことは、本人としても望まないだろう。
そして同じように、そうして葉介の手柄と話し、引き換えにシャルの無能さを知ろしめ恥を掻かせることは、葉介にしてみれば、注目を集めるよりも辛いことのはずだ。加えて、シャルと第2の部下たちとの間に、致命的な軋轢が生じかねない。
結局、全てを丸く収めるために一番良いのは、此度の仕事における功績の全てを、関長シャルの物とすること――
「よりにもよって、あの男に、これほどまでに大きな借りを作ることになるとは……」
小さな島国ながら、平和であり、その歴史から、金持ちたちの相手をすることが多い都合上、この国は金持ちの入国者に対しては、荷物の検品から入国理由から、何もかもが緩いキライはある。
そして、魔法騎士団に、国が調べなかった荷物を検めるような役目は無い。義務も無い。葉介にも言った通り、護衛という仕事の内容以外、その仕事をするための目的等は、第2が知る必要は無い。理由がどうあれ、誰も何も知らない方が、後々面倒が無いからだ。
それでも、それは今まで、今回のような犯罪が起きなかったから言えることだ。人さらいや人身売買が犯罪なのは、小国だろうがこの国でも同じこと。
実際、もし今回の事件を見逃していたら、それこそ後々、知らなかったでは済まされない国際問題になっていたかもしれない。そうなっていたら、平和だけが取り柄なこの国の、最低最悪なトップのことだ。魔法騎士団を守るどころか、全ての責任を押しつけ、簡単に切り捨てていたに違いない。
そうならなかったのは、シャルも、第2の他の誰も気づかなかった男の不自然さを、的確に嗅ぎ取った葉介のおかげ……
「ヨースケの方は、貸しだとさえ思ってないだろうけど……悔しい?」
「……悔しい」
関長に、どころか魔法騎士になってから今日まで、失敗らしい失敗を、一度もすることなくここまでやって来れた。今回も、おかげさまで失敗をすることはせず、無事に任務を果たし、その任務に隠された事件を、不本意にも私が解決することになって……
出会ってから今日まで、大嫌いだった男は、自分に足りないものを適確に示し、そして、物の見事に補ってみせた。そんなこと、今までされる必要もなく、されたいとも思わなかったシャルには、予想していた以上に屈辱で……
「悔しくて……恥ずかしい――」
「シャル……」
悔しさに、不甲斐なさに、諸々の感情に沈んでしまいそうになったシャルの肩に、レイが手を回し、その身を抱きしめた。
「君は今日、魔法騎士として、生まれて初めて失敗した。そして、その尻拭いを、ヨースケがしてくれた……けど、仕事は明日も明後日も、魔法騎士を辞める日が来るまで続く。なら、その失敗もキチンと受け止めて、明日もがんばろう」
その言葉は正しい。非の打ち所の無い正論に違いない。だが、そんな失敗の中で苦しむ今のシャルにとっては、残酷な言葉にしか聞こえず――
(ああ、そうか……)
そこでシャルも、気づいた。今言った言葉は、自分がいつもレイへ送っていた言葉と同じ。
私はずっと、レイを励ましていたようで、本当は傷つけていた。
正論とは、正しい言葉。正しいだけの、言葉。それで救われる人間が、果たして、この世にどれだけいるだろう。
今、シャルが欲しいのは、そんな正しいだけの励ましなんかじゃない。
私が今、欲しいのは……
「……シャルには、僕がいるから」
シャルの心情を知ってか知らずか、レイは、シャルの小さくなった身を抱きしめた。
「僕は、どんな時だって、シャルの味方だから……悔しいなら、泣いたっていい。怒ったっていい。それで、他のみんなが離れても、僕だけはずっと、シャルのそばにいるから」
「レイ……」
レイが優しく抱きしめてくれる……
レイがそばにいてくれてる……
レイが守ってくれてる……
仕事の失敗。望まぬ尻拭い。欲しくも無い賞賛。
大嫌いな男への借り。諸々の屈辱。
今日一日の仕事で得た初めての諸々と、それごと包み込んでくれるレイの存在。
今までこぼしたこともなかった感情が、心からも、目のふちからも溢れ出て……
全てを出し尽くした時には、二人とも、朝までグッスリ眠ることができた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜もすっかり更けた今。いつもの川原で聞こえるのは、川のせせらぎと、時折吹いてくる風の音。
数日前には明るい満月だった空も、今ではすっかり新月となって、真っ暗闇に包まれている。
そんな真っ暗闇を映し出す、川。その前に建つ、小屋の中で……
「フフフフ……ヨースケさん、お帰りなさい……」
かつては城でも使われてきた消耗品や様々な道具。魔法で様々なことが賄えることで、用済みとなったそれらをかき集め、しかし捨てるようなこともせず、使わない物置小屋に集めている。
そんな、狭くて汚い物置小屋には、元よりミラくらいしか、やってくるような物好きはいなかった。そして、そんな狭くて汚い物置小屋を、第5関隊のシマ・ヨースケが住処として使っていることは、今や魔法騎士団の誰もが知っている。
当然、四六時中誰よりも葉介のことを夢中で見て考えている、セルシィが知らないわけがない。
「三日前の森から、大した間を置かず二度目の遠征……さぞお疲れですよね」
恍惚とした微笑のもと、甘い声で囁きながら……
「その疲れも……私が癒して差し上げますから――」
狭い小屋の中で……
メガネを除く、衣服の一切を脱ぎ捨てて、豊満な上半身をさらけ出しつつ、出入り口である扉の前で鎮座していた。
葉介に募る思いを告白することが容易でないことは、この数日のうちに身に染みて分かった。
いくら笑顔で褒め称えても、お世辞か煽りとしか受け取らない。
何度抱き着こうとしても、必ず逃げていってしまう。
恥を忍んで直接好きだと伝えたら、ただ一言、「気のせいだ」。
本当に冗談だと思っているのか。自分への好意を信用できないのか。ただただにぶいだけなのか……
いずれにせよ、並のやり方では一生かかっても、葉介に思いが伝わることはない。
最初は私一人だった。なのに、この数日のうちに、第4の二人はもちろん、第2からも二人、女性に意識されている。ついでに、あまり考えたくはないものの、第2のファイや、第3の部下であるディックまで……
彼のことを未だに信用せず、嫌う人間は数多い。けど、同じかそれ以上に、彼に憧れ、惹かれる人間も増えている。
彼女らに先んじるにはもはや、本気だということを分かってもらうしかない。
そのために、ものすごく悩みはしたけれど――
やや強引な手ながら、彼の寝床である小屋に、こうして全裸で待つという強硬手段に走ったわけだ。
小屋に入り、扉を閉めて、服を全て脱ぎ捨てて、その場に座る。
さすがに素肌に直接板の間は痛むし、彼の布団を使うのも悪いので、大いに布団の匂いを味わってから、脱いだ騎士服を敷いて、それに下半身を包んでいる。
腰から下だけは騎士服に隠しつつ、上半身の全て――輝きなびく長い銀髪。雪のような純白の肌。リムやシャルには及ばないながら十二分に豊満な胸。くびれたウェスト。しなやかな肩、二の腕。
加えて、騎士服に隠しているものの、下半身も、その上半身に見合っただけの、均整の取れた形をしている。
ヨースケさんが私の体を求めてくれるかどうか。そこがそもそも問題ながら……
ここにこうしている以上、自分の気持ちが本気だということだけは、きっと伝わるはずだ。
伝わらないにしても、最悪、反撃覚悟で無理やり押し倒してしまおうと考えるほど、セルシィは、気持ちを秘めるにも限界を感じていた。
(これ以上、無視されるのに耐えられません……ヨースケさん、私の思い、受け取って下さい……!!)
豊満な胸の上で両の拳を握りつつ、決意と願いを込めた――
ちょうどそのタイミングで、扉の外から、足音が聞こえてきた。
草地を踏みしめるその音は、葉介の足音にさえ敏感になっているセルシィには、すぐに葉介であると分かった。
ついでに、葉介と、並んでもう一人いることも……
(こんな遅い時間に……ミラかしら? なら、大丈夫……)
他の女の子なら焦るところだが、ミラなら、大丈夫だろう……多分。
そんな二人の足音も、扉の前で止まった。
そして、ついに、その扉の、取っ手が握られ……
(ヨースケさん……飛び込んで下さい! さぁ――)
ガチャ……
(さぁ――)
ガチャガチャ……
(さぁ――)
ガチャガチャガチャ……
(……あれ?)
待てども、扉が開く様子は無い。少なくとも開こうとしてはいるようだが、何度も押しているのに、こちら側へ開くはずの扉は、ガチャガチャ、ギシギシ、音を立てるだけ。そんな音と一緒に、外からは葉介の、困惑の声が聞こえてくる。
(そう言えば、さっき私が入ってきた時も、なんだか閉めづらかったような……)
なにもこんなタイミングで、扉の立て付けが邪魔することもないじゃない……
そう思いつつも、これも焦らしの一つと受け入れて、待つことにした――
(ヨースケさん……私は待ちます)
葉介なら、壊れた扉でも簡単に開けられる。そんな力強さを、私はよく知っている。
それを、待つだけ。そして、それを待ち終えた時こそ――
(ヨースケさん……セルシィ・リーの全てを、貴方様に捧げま――)
ダリッ!!
今となってはなじみ深いその掛け声が、扉の向こうから聞こえた。
直後、動かなかった扉の、上から外の、魔法の光が入ってきた。
本来開くはずの、横ではなく、上から。上から見えた光の次に、掛けているメガネに写ったのは、暗い板の――
「あー……とうとう壊れた」
前々から、扉の立て付けは悪いとは思っていたが、誰かに相談するのも面倒なので放っておいた。それが全く開かなくなって、ならばと足を鍵に使ってみたら、この有様である。
「……言ってくれれば、【修復】してあげた……すぐ、直してあげる」
「うーん……いいや。今日はもう遅いし、このまま寝ちゃおう」
そうして、ミラの提案を退けつつ、倒れた扉の上に布団を敷いた。
「枕使う?」
「…………」
答える代わりに、葉介の腕をつかんだ。
「分かった分かった」
葉介も、ミラの言いたいことはよく分かったので、まず自分が横になり、横へ片腕を真っすぐ伸ばす。その伸ばした腕の上に、ミラは自分の頭を乗せた。
「これ、してもらうと、よく眠れる……」
「これ、腕しびれるんだけど」
「する。これも修行……」
「光栄の極みでございます。ミラ様……」
「……口笛、吹いて……」
「仰せのままに――」
言われた通り。せっかくなので、あの日とは別の曲を、あまり大きすぎず、だが小さすぎない、優しい音量で吹いていき……
ミラは、言っていた通り、寝息を立て始めた。
そして、葉介も……
「……ぐぅ、ぬぅ……」
二人が寝息を立て始めた直後のこと……
二人が布団を敷き、横になっている扉。それがやや持ち上がったと思ったら、その下から、這い出てくるものの姿があった。
全裸の白い体で床を這い、足に引っ掛けた騎士服と共に、セルシィは、下敷きになった扉の下から生還してみせた。
「伊達に……魔法騎士団の、関長の一人を、務めては、いません……!!」
これぞ、関長の底力である。
「ヨースケさん、ミラに腕枕してあげて……」
【修復】したメガネ越しに見える、お互いに向かい合って、仲良く寝息を立てている第5関隊の師弟。
ミラに限って、そうなることは(多分)ないだろうと信じている。けど、目の前にしてしまったら、どうしても羨ましいという気持ちが湧きたってくる。
私だって、ずっとヨースケさんの帰りを待っていたのに……
(せめて、唇だけでも……!)
暗い中でも、【感覚強化】で二人の寝顔がよく見える。
お互い向かい合って横向きなうえ、腕枕するほど密着している。とはいえ、セルシィの頭、口先が割り込めるだけの隙間はある。二人の上にかがんで、葉介の寝顔目掛け――
(いざ――)
「ぶっ――」
いざ、突撃した瞬間、セルシィの顔に何かが飛んできて――
衝撃で、扉の外、小屋の外まで吹っ飛んで、芝生の上を転がった。
「…………」
【感覚強化】によって強まった、夜目、視野、動体視力……それらはハッキリと、二人分の裏拳を捉えていた。
小屋の中を見ると、二人とも、向かい合っていたのが仰向けになって、そっくりな寝顔と、揃った寝息を立てている。
たまたま揃って寝返りを打った、だけらしい。
その際に、たまたま裏拳が、揃ってセルシィの顔面を仕留めた、だけらしい……
「シクシク……」
熟睡しているのは見れば分かる。それでも、もはやこれ以上は、打つ手がない。そう確信してしまった。
「シクシクシク……」
脱いだ騎士服を両手に、メガネのひび割れさえ無視しつつ、嗚咽漏らすセルシィの……
その肩に、手が置かれた。
「……メア?」
「ドンマイ」
いつもの調子で、いつもの笑顔で、慰めてくれる……
「メアァアアアアアア――」
「わぁお!」
そんな、昔から誰よりも気の置ける親友の存在は、傷ついたセルシィにとって何よりの癒しで――
だから、持っていた騎士服も放り出して、飛びついて、全裸のまま抱き着いた。
「ふぇーん!! メアァァ……!」
「うっひょぉほッ……ちょ、セルシィ、大胆すぎ! ちょ、やわらか、大き、芳ばしい……うっひぃひ!!」
メアはメアで、しかめたり笑ましたり、少なくともイヤではなさげな反応と共に、全裸のセルシィの身を受け止めていた。
「ヨヨヨヨヨ……」
「よしよし……うぃ~」
第Ⅲ章 完
この回いる?
と思った人は感想おねがいします。




