第11話 送迎任務終了
休憩を終えて、二台の馬車を発車させる。
縦に並んで走り、後ろの馬車に、葉介とリーシャ、そして、シャルとあと一人の少女が、それぞれ隣り合っていた。
葉介は、相変わらず窓際へ寄っている。リーシャもそちらへは寄ってはいるが……
どうしても、眠っていた時ならいざ知らず、起きている葉介に、セルシィほどくっつく勇気は無いようだった。
(リーシャさん初々しい……誰より大人なようで、そっち方面は奥手だったのだな)
(リーシャさんかわいい……でも、どうしてそんな男のことを?)
この少女も、葉介の強さやもたらした結果に関しては認めざるを得ないと考えている。
三日前の決闘に始まり、双子と同じく森へ行ってはいなかったが、レイやリーシャ、他の魔法騎士らからも話を聞き、加えて、崖下に落ちた前と後で、デスウルフの群れをたった一人で相手をし、倒してしまった光景を目にすれば、彼を認めるなという方が無理な話だ。
話してみると、悪い人じゃないことも分かる。
とは言え……疑問を感じるのもまた、事実だ。
まず、確かに戦いはすさまじいが、魔法騎士の中で、彼が魔法を使っているのを見た人間は一人もいない。
リリアやレイとの決闘の時。デスニマになった仲間たち三人を倒した時。リーシャを火事場の中で助けた時も、武器と体術のみ使って、一切の魔法を使わなかったという。
そして、ようやく魔法を使ったかと思えば、それは、自分たち仲間や、警護対象さえ巻き込みかねなかった大爆発。おかげで警護対象まで怒らせて、関長のシャル様に頭を下げさせる始末。
そんな、強さと実力と同じくらい、不審と危険さの塊な男だっていうのに……
リーシャさんは、今まで見せたことのない仕草と態度で、この男のことを意識して。
(ファイ様に、フェイ様さえ、疑問は感じてたようだけど、この男のこと信じてた……そこまで信じる価値が、この男にあるの?)
リーシャの恋する姿をかわいいなーと感じつつ……
彼女に限らず、リーシャとシャル以外の救出組の全員、程度はどうあれそう感じていた。
「……シャル?」
しばらく走った後で、葉介がおもむろに声を上げた。
「なんだ?」
「今思ったんですけど、俺らってどこ走ってんの?」
部下を前に、タメ口を使うのもどうかとは思った。だが、メアやセルシィからは、人前だろうと構わないと言われ、今回もそうなのかと、敢えてタメ口を使った。
まあ、崖下でリーシャらを前に堂々と話していたのだから、今さらなことだが……
「どこ……最初に走ってきた道をそのまま戻っている。それだけだ」
シャルも特に気にすることなく、普通に話した。
「それって、警護対象乗せた馬車群も通ってるわけですよな?」
「ああ――それが?」
返事を返すと……葉介の顔が、一気に暗く歪んだ。
「それって、まずくない?」
「なにがだ?」
「何も無ければいいんだけど……送迎組の馬車群に、またさっきみたいな襲撃が無いとも限らないのよな?」
「そうだな……」
「で、それをさっきみたく撃退できたとして……撃退した後の襲撃犯どもって、どうするのかしら?」
その話に……リーシャも、そして少女も、ハッとなった。
だがシャルは、毅然とした微笑みを見せた。
「私がそんなことにも気づかないと思うか?」
「思う」
即答されるも、崖に落ちる前のことを考えれば仕方がないと、顔をしかめつつ……
「いずれにせよ、すでに考えてある――」
《敵襲――!!》
葉介の言った通り……
警護対象を乗せた送迎組に対しても、港町を出た時と同じように襲撃が起きていた。
最初の時は、完全に不意打ちを喰らったことで態勢も整わず、加えて人数によって苦しめられはしたものの、今回は最初から警戒していたことで、リーシャの代わりを務めたファイ、フェイの指揮のもと、適確な行動、反撃を繰り出すことができた。
加えて、港町の出発時と橋の上に人数を割き過ぎたのか、この時は最初の襲撃の半分にも満たない人数しか残っていなかったらしく、馬車を六台から四台に人数を減らした送迎組でも余裕で対処でき、無事にその襲撃を乗り越えることができた。
そうして、襲撃に失敗し、落とされたゴロツキどもはと言えば……
いくら襲撃犯たちが地面に落ちたからと言って、送迎を中止して相手をするような余裕は送迎組には無い。だから最初にそうした時と同じく、落ちた敵はそのまま放っておいて、城への先を急いだ。
つまり、倒された後もその場に残っている、ということ。
そのはるか後……魔法騎士から反撃を受け、地面を転び傷めつけられた。そんな連中の目の前に、さっきよりも数が少なく、だが間違いなく同じ馬車が通ればどうなるか――
「魔法騎士どもぉ……!」
「殺す――今度は殺す! 税金泥棒が!!」
「俺らがこんなになったのはお前らのせいだ……今すぐ償いやがれ!!」
魔法でどうにか治療した体を奮い立たせ、近くに落ちていた箒か絨毯に乗り込んで、動ける者たちは、二台の馬車へ襲い掛かった――
「……心配のしすぎだったか」
最初に襲われた時と同じ、馬車の窓から靴下を投げ飛ばしつつ、現状を確認する。
人数は最初に比べればはるか少数。箒や絨毯で飛ぶ姿も、最初に比べてキレも無ければ力もないのは、事前に通っていた送迎組からの反撃のせいだろう。
だから、送迎組に比べてはるか少人数の救出組と葉介の攻撃で、十分すぎるほど対処はできていた。
「とは言え、油断はできん。最初に橋を落とした者どもと同じ……ヤケクソになった者ほど、恐ろしい人間はない」
「もう赦さねぇ!! アイツら皆殺しにしてやる!!」
襲い掛かっては次々落とされていく仲間たちの姿に、見ていた者たちの一部は、杖を握りしめていた。
好き好んでこんなことをしてるヤツなんかいない。
普通の家に生まれ、普通に育てられ、普通に魔法を覚えて。だから大人になった後も、ただ普通に暮らしたい。望んだことは、ただのそれだけだった。
なのに魔法が隆盛するこの世の中では、ただ普通の人生を歩んだだけの、普通の能力しか持ち合わせていない人間は、誰も相手にしてくれない。
働きたくても誰も雇ってくれず、運よく拾ってくれたと思った連中からは、一日分も無いようなはした金で、魔力を使い切るまでこき使われた。
仕事中に少しでも自分のために魔法を使ったとバレたら、魔法で痛い目に遭わされたあげく、給料は無し、逆に罰金まで搾り取られて。
誰もが逃げ出していった。自分も……
そんな所しか働ける場所はなく、やがて歳を理由に、そんな所でさえ雇われることが無くなって、今では立派な、ごく普通の浮浪者だ。
自分が、自分たちが、こんな惨めな思いをしている理由……それが魔法騎士どもだ。
こっちは仕事が無くて金も無いのに、毎回ちゃっかり決まった額の、高い税金を取り立てる。その税金で食ってるくせに、町や村で姿さえ見せない。そのくせ、いよいよどうしようも無くなって強盗をした、そんなタイミングに現れては、捕まえようとしやがって。
税金に見合った仕事はしないくせに、必要なことだけはちゃっかり片づけ、そして、自分たちからふんだくった税金で、今日を生きている――
「赦さねぇ……絶対に赦さねぇ!!」
日々のストレスと、魔法騎士に対する義憤がたまり続けたある日。
この箒や絨毯を渡された。そして、魔法騎士どもに復讐しようと誘われた。
ヤツらは憎い。だがこれは、復讐なんかじゃない。アイツらがいるせいで、自分や、今襲撃しているヤツらはこうなったんだ。だからこれは、連中の当然の報いであり、償いだ。
最初から無事でいる気なんかない。どうせもう元には戻れない、見え透いた人生だ。そんな人生を自分たちに押しつけた、魔法騎士どもを道連れにできるなら、悔いは無い。
その決意のもと、箒の速度を上げた。周りでは、同じ志に達した仲間たちが同じ動きを行っていた。最初にここを通ったヤツらには逃げられた。だが今回こそは、絶対に逃がさない。俺たちから税金をむしり取り至福を肥やしてきた、アイツら絶対――
「殺す! ぶっ殺す!! 喰らいやがれ税金泥棒ども!! フルバ――」
空中に集結し、急降下して突っ込んできたヤツらが突然、地面に落ち転がった。
「あれ……俺まだ靴下投げてませんよ?」
「私も、魔法撃ってないわよ?」
「わたしも……」
葉介も、リーシャも、少女も……更には他の紫に青たちも、不思議そうに周囲を見渡している。
「来たようだな」
シャルだけは、起きたことを理解しているようで……窓から顔を出し、上を見上げた。
「よく来てくれたな! 第1関隊!!」
【拡声】は使えない。だから、自前の声量で、聞こえはしないと分かっている声を叫んだ。
「第1?」
葉介も、同じように窓から身を乗り出し、上を見上げてみた。
その上空には、十数人の白い騎士服たちが、箒に乗り込んで馬車を追っていた。
「…………」
「――――」
メンバーの一人、リリアと目が合い、微笑まれる。葉介も、一応笑っておいた。
「念のため、出発前に連絡しておいた。こちらもそうだが、今ごろは送迎組にも向かっているはずだ」
「なるほど……それは、第1関隊の皆さんの負担が、いや増すばかりですな」
「そうだが……なら、他に良い方法があったと?」
「帰り道ずらせば、それで良かったんじゃ?」
「ぬぅ……」
これでもしっかり考えた。そのつもりで打っておいた手を、またアッサリと別の良い手で否定され、何も言えなくなってしまう。
「まぁまぁ……帰り道ずらしたって、見つかって襲われないとも限らないし」
「それもそうですね……というか、よく都合よく第1の皆さんが駆けつけてくれましたな。彼らの拠点は近いのですか?」
それを聞いてみると……
シャルも、リーシャも、少女さえ、マジか――という視線を葉介に向けた。
「シマ・ヨースケ……貴様、そんなことも知らんのか?」
「なにが? 俺、入ったばっかだし、ロクに教えられてないから知らないことだらけよ?」
それも仕方がないことだろう……シャルは思った。
いや、それ以前の問題だろう……少女は思った。
「えっとね……」
今こそ、あたしの出番だろう……リーシャは思った。
第1たちの加勢のおかげで、攻撃が止んだこのスキに――
「第1関隊が、城から離れて城下町を除く村々に派遣されている、ていうのは知ってる?」
「はい。その村々に住まいを提供されている、と聞いてはいますが」
「……それ、古い情報よ」
今でも、若かったり日が浅かったり、第1関隊をよく知らない子たちには勘違いしている子も多い。彼はそれを聞いたんだろう。
「昔は確かに、派遣先の村々に、拠点になる住まいがあったんだけど、今は一ヵ所を除いて、全部無くしてる。無くされた、ていうべきかしら……」
「……村の住民たちに討ち入りでもされました?」
「そのとおり……魔法騎士を恨んで怒り狂った村人たちから、住まいごと攻撃受けちゃって、その住まいは壊滅。魔法騎士たちもケガしちゃうって事件が、各村々で頻発して、そのせいで、村に一つずつ用意されてた拠点は全部、撤去されちゃったわけ」
葉介が適当に言った冗談が、まさかの正解。それが事実であれば、ますます守る意味も価値も無い……
だから見捨ててしまえばいいというわけにはいかないのが、魔法騎士という仕事の辛い所だろう。
「そこで、元々城の次に重要な場所に、たった一つだけ残された大っきな拠点から、毎日各村へ一人ずつ人を送って、村人たちから隠れながら平和を見守る……そういう形になったのが、今の第1関隊ってわけ」
「聞けば聞くほど、非効率の極ですね……」
第1に限った話ではない。だがそうしなければ仕事が成り立たないし、それで魔法騎士たちが納得しているのであれば、受け入れるしかないんだろう。
結果、村人たちは仕事をしていないとますます怒り、いざ姿を見つけたなら袋叩き。ケガ人を運ぶためにと魔法騎士が村を離れた瞬間、サボっていると批判する……
もはや、呆れる以前の話だ。
「それで、そうして第1関隊を各村に派遣する拠点を置かれているのが、このルティアーナ王国最大の都。さっき私たちがやってきた港町、リユンてわけ」
「ふむ……帰るころには忘れそうな名前ですね」
すぐに人の名前を忘れては、何度も間違える葉介の、説得力に溢れた返事である。
「リユンには、今言ったように第1関隊が拠点にしてる建物があって、三日前みたいな緊急事態が起きた時以外には、常に大勢の第1関隊が常駐してるってわけ。騎士寮もあるし、他の村や城下町と違って、昼も夜も堂々と見回りしてるわ」
「ふむふむ……」
「というか……こんな常識も知らないなんて、アナタ一体、どこから来たの?」
「異世界」
葉介の事情を全く知らない少女からの質問に、葉介も即答を帰す。少女は口を開き、シャルは目を見開くが、
「アハハ……まあ、私たちにとっても、出たこともないこの国の外なんて、異世界みたいなものだけどね」
リーシャだけは、それを葉介なりのユーモアと解釈して、笑いながら言葉を投げかけた。
「……それで、リユンの拠点は、討ち入りはされないのですか?」
少女は一応は納得し、シャルがホッと安堵している所に、葉介がまた疑問を尋ねる。
「リユンは国中の大口商人やお金持ち、外国からの船やお客も集まる、国にとっての最重要拠点だから、自他ともに常に護られてるって誇示しとかなきゃいけない。住民たちもそのことを理解してるから、そんなバカなことしないわ」
「つまり、庶民や貧しい人たちからは目の敵にされている魔法騎士たちも、お金持ちの皆さんからは受け入れられている、と?」
「率直ね……けど、ま、そういうこと。税金を納めて、それでも生活と心に余裕がある人たちは、魔法騎士の存在意義に理解を示してる。けど、余裕が無くて、理解もできない人たちがこうして八つ当たりしてくる……それが魔法騎士の現状ってわけ」
金持ちか貧民か。どっちを優先的に守るべきなのかは、一概にどっちとも言い難い家庭で生まれ育った葉介には計り知れないし、計り知りたくもない。
計り知れるのは、公務員はお上に逆らえないというお決まり事。
そして、魔法騎士をそんな存在にしてしまった国と、それを理由にした八つ当たりに命をかける、計り知れない愚かしさから来る悲劇の、計り知れないバカバカしさだけだ。
「じゃあ……それで、あの港町の周りに、これだけ大勢のゴロツキたちが集まっていた、ということですか? スキあらば魔法騎士……ひいては、他のお金持ちたちを襲撃するために?」
「いや……それは違う」
葉介の気づきの言葉を、即座にシャルが否定した。
「確かに、あの港町の金持ちや魔法騎士を狙う輩は多いが、それは基本的に単独犯によるものだった。実際、今までも襲撃された話は聞くが、その全てが拠点に身を置く魔法騎士たちや、住民たちが自力で対処できる程度のものだ。浮浪者やゴロツキ同士が団結したにしても、これだけの人数が集まっておいて、私たちの方を狙うのもおかしい」
リーシャに、少女も考える。
「確かに……人数や規模的に狙いやすいかもしれませんが、襲撃に成功したとしても八つ当たり以上の旨味もありません。護衛対象のお金が目当てにしても、そんなことで大金が手に入る保証なんてない。そう考えたら確かに、普通に考えればリユンの方を狙うのが自然ですね」
「本当にただの八つ当たりから見境を無くしたのか、それとも護衛対象を狙った方が金になるって考えたのか――」
「もしくは、金や八つ当たり以外に、護衛対象を狙う理由があったか……」
知らなかった情報を聞き、仮説を思いつき、そこから来る不自然に疑問を持ち、それを考察する……
いずれにせよ、シャルが呼び寄せた第1たちのおかげで、襲撃犯たちは無事に対処でき、襲ってくる者の姿も見えなくなり。
第1たちはそのまま二台の馬車へ続いたが、それ以降襲撃も無く、無事、城までの道中を進むことができた――
「あ! 忘れ物した!」
「忘れ物? リユンに?」
「バカ者! 何を忘れた?」
「ミラにおみやげ買ってない」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
陽もすっかり傾いて、月が隠れた空には星だけがチラつき、魔法の光が夜を照らすころ。
「そろそろ、救出組も到着するはずだ」
シャルらを置き、走り去った送迎組の馬車群は、すでに城に到着していた。
警護対象を送り届けた後は、助っ人として駆けつけた、レイら第1関隊と共に、救出組の帰りを待っていた。
「ヨースケさん、大丈夫でしょうか……」
「ヨースケなら、大丈夫よ」
「…………」
送迎を果たしたメンバーの何人かは騎士寮へ戻った。残ったメンバーに、黄色の二人、そして、ミラも加わり、ただジッと、城門の外で待っている。
しばらくそうしているうち……
「――お、帰ってきたぞ!」
誰かが叫んだ通り、救出によって遅れていた、二台の馬車と、空から警護していたリリアら第一関隊の面々が到着。
停車した馬車から、それぞれのメンバーが地面に降り立った。
「あー……乗り心地悪る……」
「さっさと慣れることだ……もっとも、今日のような、箒や絨毯が使えない雨の日でもなければ、こんな長距離で馬車など使わんがな」
「絨毯や箒もなぁ……」
シャルに葉介、リーシャに少女も馬車から降り、ノンビリ話しているのが見える。
「ヨースケさん――」
「ヨースケ――」
葉介の、疲れていながらも無事な姿に、黄色の二人は歓喜し、走りだそうとした――
「……わ!」
だが、すでに葉介の前には、ミラが立っていた。
(は、速い……!)
(見えなかった……!)
「ヨースケ……おかえり」
「ただいま、ミラ……待っててくれたん?」
「ん……」
「心配してくれたの?」
「心配なんかしない……ヨースケはわたしの弟子。命令通り、生きて帰るに決まってる」
「ありがと。信頼してくれて」
周りの目や、そばにいるシャルやリーシャに構わず、穏やかなやり取りを行っている。
「シャル様」
そんな赤色二人のそばにいたシャルに、ファイが冷静に話しかけた。
「……シマ・ヨースケ」
ファイとの会話を始める前に、今なお赤色とイチャつく黒色に向かって、命令を下すことにした。
「ご苦労だった……今日はもう戻っていい。後は私たちの仕事だ」
そう話しかけると……葉介はシャルへ向き直り、真っすぐ対面した。
「本日は、ご指導ご鞭撻のほど、誠にありがとうございました」
「ああ……せいぜい、明日以降は師匠の役に立つことだ」
その後、もう一度葉介は頭を下げて、ミラの手を引き、去っていった。
「ファイ……報告しろ」
「はっ――」
去っていく赤と黒をジッと見つめる最年長をよそに、双子の兄は仕事を遂行する。
「先の任務にあたり、外国からいらした御賓客を、予定の地までお連れしました」
「そうか……」
自分が落ちていた間に、どうやら仕事は達成できていたらしい。それが分かって、ひとまずは安堵した。
「そして、その道中、男を人身売買の現行犯にて捕らえました」
「……なに?」
安堵の後に、予想外の言葉が聞こえて、思わず聞き返した。
「荷物も検めましたが、シャル様の読み通り、あの巨大な魔法の革袋に入っていたのは、全て幼い子どもたちです。その子どもたちも全員保護し、男は地下牢へ幽閉しております。その後あらためて予定の地へ向かいましたが、買い手には逃げられてしまったようで、捕縛には至りませんでした――」
「待て――荷物を、あらためた? 誰がそんな命令を出した?」
「え……?」
シャルから聞き返された言葉に、ファイもまた、常時の無表情に疑問を宿した。
「誰が……私はてっきり、シャル様のご命令であるとばかり。他の第2の騎士たちも、皆そう考えておりますが?」
そう言われて、今まであまり気にしなかった、周りへ耳を傾けてみた……
「まさか、魔法の大革袋に、子どもたちを積めるだなんて……」
「周りの国じゃ、人さらいが問題になっているとは聞いていたけど、まさかこの平和だけが取り柄の国で商売しようだなんて……」
「三人の子どもは、敢えて綺麗な格好させて、自分の子どもとして扱うなんてね」
「途中現れたデスニマは偶然だったみたいだけど、その前と後に現れたゴロツキたちは、男に雇われてワザと襲わせたんだってよ」
「男自身が高い身分だったのもあるけど、すっかりダマされたわ」
「そのことに、シャル様が気づいていたとは……」
「レイ様以下第1関隊を呼び寄せていたのも、ゴロツキへの対抗はもちろん、いざという時に犯人たちを逃がさないためだなんて……」
「もし勘違いだったら、国際問題にだってなりかねなかったのに……すごい判断力と観察力よね」
「さすが、かつてはレイ様以上の逸材と目されていたお方ね」
「シャル」
周囲の声を聞いた後で、自分に近づく声。
耳に心地よい愛しい声の方を向くと、レイが、笑顔を見せながら歩いてきた。
「よくやってくれた。今回の仕事の英雄は、お前だ」
「…………」
違う……私はただ、第1に助っ人を要請しただけだ。それ以外は何も、部下たちが話しているようなことも、レイが褒めてくれるようなこともしていない。
それをしたヤツがいるとすれば……
「ファイ……お前は、その話を誰から聞いた?」
「それは……大馬車の修理の途中、ヨースケ殿から……」
(チラッと話してるのが聞こえたけど……どうやら、勘が当たっちゃってたみたいね。喜ぶべきやら嘆くべきやら……)
最初におかしいと思ったのは、あの男と、子どもたち三人を見た時。
堂々と偉そうにしている男に対して、子どもたちは三人ともが、年甲斐に反して笑いもせず、はしゃぎもしない。怖い顔したカラフルな大人たちに囲まれたせいかとも思ったが、怯えや震えさえそこにはなかった。
浮かべている無表情は、ミラや双子以上に覇気が、生気がない。
感じたのは、諦観だった。
決定的だったのは、ゴロツキたちを粉塵爆発で吹っ飛ばした後。
自分がやったことを告白した後、男は激怒し迫ってきたが、少なくとも、子どもたちを気遣う様子は終始なく、自分自身と荷物の心配だけをしていた。その後でシャルと話した時には、取ってつけたように子どもたちを話題に出して。
大切でも何でもない子どもたちを、なぜわざわざ連れてきたのか……
自分の命は当然として、それよりも大事な荷物とは……
子どもたちの価値……
子どもたちの態度……
(あの子どもたちも、最悪、無くなっても構わない、荷物の一部、だとしたら――)
ほとんど思いつきだったし、火事に遭いながら、相変わらず反応が無い子どもたちの様子くらいしか根拠はなかった。
それでも、もしかしたらと思って、近くにいたファイに尋ねた。
人身売買はこの国では合法か? んなわけねーだろと返されたから、話した。
ファイも半信半疑だったが、警戒し、途中、荷物を検めると言ってくれた。
(そう言えば、話しながらシャル様がどうこう言ってたんよな……雨の中小声で話してたせいで、何て言ってたかよく聞こえなくて、そのすぐ後に出発になっちゃったから、適当に頷いちまったけど)
ファイはその時、シャルからの命令なのかを聞いていた。そして、それを聞き取れなかった葉介が適当に頷いてしまったことで、今回の手柄は、全てシャルの物となった。
(ま、いっか。子どもらが助かったなら、それでいーゃな……)
結果だけ見れば、今回の仕事で葉介が得たものと言えば、巨大な爆発を起こして魔法騎士の仲間たちや警護対象を危険に晒したあげく、第2の関長と一緒に崖下へ落ちてしまった。そんな失敗の汚名と恥だけ。
だが、構わない。葉介には最初から、手柄とか、評価なんてものに興味はない。
「ヨースケ……」
「ん……?」
「今日は、一緒に寝る」
「……分かった」
ただ、今回も死にそうな目に遭いながら、どうにか九死に一生を得て、こうして、ミラのもとへ帰ることができた。
それだけで、十分だった。
ミラへのおみやげぇ……
と思った人は感想おねがいします。




