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第10話  弟子、助けられる

 アナタ、影薄いわね……

 あれ? いたんだ……

 いるのかいねぇのか分からねーヤツだな……


 子どものころから、そういう言葉ばかり投げかけられてきた。理由は分からない。けど、大人も子どもも、誰もあたしのことを見てない。見てくれない。それが分かって、寂しいと思うこともあった。

 でも、悪いことばかりじゃなくて、誰にも見られないおかげで、イヤなことや、辛いこと、苦しいこと、面倒くさいことから、上手いこと逃げて、隠れることができた。そんな調子で、子ども時代を生き抜くことができた。


 魔法騎士になった後も同じ。目立たず、見られず、面倒な仕事からは上手いこと逃げてきた。

 逃げながら、必要な仕事だけこなして、必要なことだけは無理なく吸収しながら経験だけ積んでいって……


 そしたらいつの間にか、人より器用に仕事をこなせるようになった。そうしているうちに歳を取って、気がつけば、同期や先輩はみんな辞めていった中で、最年長になっていた。

 最年長で、仕事もできたから、年下の関長であるシャルちゃんからも頼られて、色々な子の面倒も見てあげるようになった。


 他に仕事が無くて何となく魔法騎士になって以来、誰にも見られないよう面倒なことから逃げ回って。

 見られるようになった後は、面倒なことから守ってあげるようになって……


 こうして思い返してみて気づいた。

 あたしは今まで、誰かに守ってもらったことは、一度も無かった。



 そんな、影の薄い私を、初めて見つけてくれて、守ってくれた人がいた。

 魔法騎士同士。戦いの中で助け合うのは珍しいことじゃない。

 けど、よりによってあたしのことを彼は、守ってくれた。火事からも、デスニマからも。全身全霊で、命を懸けて。

 彼からすれば、それは魔法騎士の一人として当たり前だったのかもしれない。それか単純に、彼の方が年上だったから、今のあたしみたく、年下を守ってあげただけだったのかも。それとも、女の子を守ろうっていう男らしさかしら……


 その理由は、彼自身にしか分からない。けど、理由なんてどうだっていい。

 あの森を出るまで、彼はこんなあたしのことを、ずっと守ってくれたんだから……



 だから、そんな『彼』が、シャルと一緒に崖下へ落ちたと知った、リーシャは――



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ヨースケー!!」


 崖の上から降りてきてくれた、数人の紫色と青色。

 うち、中心に立っていた女――リーシャが、着地するなり飛び出して、抱き着いた。


「よかった……! ヨースケが無事で、本当に……!」

「そうですか……」

「そうよ……アナタが生きていてくれて……くれ、て?」


 そこでリーシャは、初めて自分を包み込む感触に、疑問を覚える。


「あ……あれ? ヨースケの、こんなに大きくて柔らかくて、温かい、これって――」


 疑問と共に顔を上げた時――


「シャ、シャ、シャ、シャルちゃん……!?」

「……無事を喜んで下さるのは嬉しいが、そろそろ離れていただきたい。私の体はレイのものだ」


 命令に従い、すぐに潰していた胸から体を離す。


「え……ちょ、ヨースケは?」

「そっちです」


 シャルが指さした先には、言われた通り、顔も体も血まみれの葉介が立っていた。


「ヨースケ! どうしたのよ、そのケガ!?」

「……ちょっと、ごちそう目指した結果ですわ」


 今……? そう苦笑しつつ、リーシャには全く理解できない返答を返した。


「……とりあえず、見ての通り汚いので、騎士服汚さないよう触らん方が賢明ですわ」

「その汚い全身で先ほど、私に触れていたがな」

「そうせにゃ大ケガしとったろうに。アンタに死なれちゃ俺だって困るんです」


 一言一言言い合って、険悪な視線を互いへ向けていた。


「あの程度で死ぬわけがない。貴様に守られるほどヤワではないわ」

「よく言いますな。私が平気だった高さから落下して気絶していたのは、どこのどなたでしたっけ?」

「はっ! 私が二人分の【浮遊】を使ったから貴様も無事だったのだろうが。言うなれば、私が気絶した原因も貴様にある」

「その間守ってあげたし、さっきまでも体張って守ってあげとったろうに。お互い様や」


 この二人の仲が険悪であることは、リーシャも二人の雰囲気や、葉介の名を出した時のシャルの反応を見る限り、何となく分かってはいた。今回も、会話と声色だけ聞けば、そう思えた。


 だが、そういうものを除いた、二人の間の空気というか、雰囲気というか……


 そういうものがリーシャには、この崖から落ちる前よりも、気安くなっているように感じられた。



「はいはい、ケガ人はジッとしててちょうだいねー」

「は~い、おケガ診ますよ~」


 そんな二人の空気に割って入る、女二人分の声。

 声を漏らしながら、青色の騎士服が二人、葉介の左右に立った。


「あらあら、体中傷だらけ。苦労したのねー」

「あら~、それじゃあ治療していきますよ~。一緒に服も直しちゃいましょうか~」


 二人して眼鏡を光らせつつ、黒い上着に赤い騎士服を脱がせて、杖で、あるいは素手で、葉介の体にベタベタ触れては魔法をかけていき……



「なおったー!!?」



 直前まで、体のあちこちが犬どもに噛まれた傷だらけの血だらけで、服には穴が空いて破けた箇所もあった。

 それが、傷が塞がっているのはもちろん、その部分を触っても開く気配を感じさせず、痕さえ残っていない。加えて、服の破れや穴やらも全て塞がって、見た目だけならほぼ新品同様のレベルになっている。

 しかも、リーシャらが降りてきた時から感じていた、出血による倦怠感も、今は全く感じない。魔法によって、輸血(?)まで行われたということだろう。


「第3の人たちって、本当に治療のプロなのですね?」

「当然よー。私たちは治療のプロよー」

「服も、よっぽどひどい傷みや穴でなければ直してあげますからね~」

「ありがとうございます」


 二人の力と行動に素直に感動しつつ、頭を下げる。



 そんな三人の姿に、シャルは、疑問を感じていた。


(はて……確かに治療も、服の修復もお手のものなのが第3関隊だが、わざわざ服を脱がせる必要などないはずだがな?)


 実際、魔法を使えば、厚着だろうと服の上から傷を塞ぎ、完全に治癒させることもできるし、服の修復はなお更上手く行える。

 なのにこの二人とも、あえて上半身をタンクトップ一枚にして、露出した部分を素手で触り、治療していた。

 そんな治療の最中、二人は呪文を唱えながら、思っていた。


(あらあら、昨日も見たけど、本当に良い体してるわー、この人。他の若い子たちとは大違いだわー)

(あら~、これが、魔法の作り物じゃない天然の筋肉の感触なんですね~。クセになりそ~です~)



 そして、そんな二人の、眼鏡の下に光る炎に、リーシャもまた、葉介の上半身を目に焼き付け胸に刻みつつ、感じていた。


(いいなー……あたしも、ヨースケの体触ってみたい)




 葉介が服装を整えたところで、魔法が使えない葉介と、魔力の尽きたシャルを、リーシャらが【浮遊】で浮かし、共に登っていった。登った先にはすでに、彼女らの他にやってきた第2ら数人が、二台の馬車を伴い待機していた。

 そのうちの一台に、葉介、シャル、リーシャ、そして第2が一人、乗り込んだ。


 そんな馬車の中でシャルは、向かい合っているリーシャへ尋ねていた。


「それにしても……助けになど来なくとも、先に城へ戻っておくよう、命令していたはずです。それを、なぜわざわざ?」


 結果的に二人とも助かったとは言え、護衛対象の送迎が最優先だという事前の命令を無視したことになる。しかも、それを行ったのが、シャルはもちろん、第2のほぼ全員から信頼され、頼りにされている、魔法騎士団最年長、リーシャ。

 あまり積極的でない性格ながら、シャルの命令を忠実に、正確に遂行し、陣頭指揮にも優れている。そんな仕事ぶりを知っているからこそ、今回のリーシャの行動ははなはだ疑問だった。


「そりゃあ……だって、あたしたちの関長のシャルちゃんと、ヨースケが崖から落ちたんだから。助けにくるに決まってるわよ」

「その気持ちには感謝しかありませんが、それにしても、助けに来てくださるのに時間がかかっていましたね?」


 葉介がそう口を挟んで――シャルも、疑問を感じた。


「シマ・ヨースケ……私たちが落下した後、私はどの程度の時間、眠っていた?」

「一時間……うん、一時間前後ってところかな?」


 そこからシャルの覚えている限り、目を覚まして、デスボアと出くわし討伐するまで、軽く二十分はあった。それと、眠っていた時間を合わせると、確かに救出しに来てくれたにしては時間がかかりすぎている。


「うん……ごめんね。あの後すぐに、二人のこと捜そうとしたのよ。けど――」



 リーシャが言うには、橋が落ちた後にまた、追手が襲撃してきたらしい。

 それへの対処と護衛のために、馬車群を走らせる以外になく、やむを得ず、当初の命令通り二人を置いて走り出した。

 そして、追手を上手くまいたところで馬車群を止め、そこで、二人を救出する組と、護衛対象を送り届ける組に分け、リーシャが救出組を率いて戻ってきた、というわけだ。



「リーシャさん……アナタには、馬車群の全体指揮を命じていたはずだ。ファイにフェイもいたとは言え、何もアナタが直々に来る必要があったとは思えない」

「まあね……あたしもそう思ったんだけど、やっぱ、的確に指揮を執れる人が同伴すべきって意見も出て、仕方ないからあたしがあの子たち連れて、ここまで来たってわけよ」


(えー……)


 シャルの隣に座っている第2の少女は、そんなリーシャの言い分に呆気に取られた。

 確かに、送迎組と救出組に別れようというのは全員の意見だったが、救出組にはシャルの言った通り、トップ3を除いた下っ端を向かわせるはずだった。

 だがそこに、話を聞いていたリーシャが、今までにないくらい取り乱した様子で割り込んできて、ファイやフェイの制止も聞かず救出組に立候補し、それを譲ることをしなかった。結果、他の少年少女らを率いる形でここまでやってきたのである。


 シャルが落ちたとは言え、あのリーシャが頑なに救出組に入った理由が、少女はどうしても分からなかったが……今その理由を、理解してしまった。


(心配していたのはシャル様ではなくて……)

(シマ・ヨースケ、だったわけだな……)


 今四人が乗り込んでいる馬車の椅子は二人掛けだが、それなりに余裕をもって作られている。加えて、葉介は隣のリーシャに気を遣ってか、窓際の端まで寄っている。そんな葉介の方へリーシャは、不必要ににじり寄っていながら、だが真ん中より向こうまでは動けない様子で葉介の方をチラチラ見ている。

 そんな姿を見せられては、少女は元より、元々リーシャが葉介を慕っていることを知っていたシャルも、その理由に気づかないわけがない。


(とうのシマ・ヨースケは、ジッと座っているだけだがな)


 今のリーシャに、シャルや他の第2らもよく知る、年齢相応の落ち着いた、大人びた雰囲気はない。隣に座る男を意識し、顔を高揚させる、初心な少女にしか見えない。

 そんなリーシャの行動に対して、葉介はまるで反応を示すことなく、ただ過ぎていく平原の景色を眺めながら……いつしか、眠りについていた。


(寝顔……三日前にも見た、ヨースケの寝顔……!)


 そんな葉介を起こすでもなく、リーシャは、前にいる二人のことさえ忘れて、凝視してしまっていた。


 そして、シャルも……


(まったく、仕事中に……今回だけだぞ)


 結果的にとは言え、シャル自身も崖下に落ちた後はしばらく眠っていた。

 その後にデスニマとの戦闘になって、葉介は魔法が使えない分、シャルよりはるかに過酷な戦いを繰り広げ、こうして生き残ることができた。だから、起こさずにいることにした。


「リーシャさん、シマ・ヨースケばかり見すぎです」


 だから、そんな第5の新人ではなくて、年上の部下に対して、注意を行う。

 リーシャは顔を真っ赤にしながら、慌てて窓際へ移動、外を警戒し……時折、葉介を見ていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……?」


「ヨースケ、起きて」


 肩を揺すられ、耳元で名前を呼ばれる。やや低めながらも柔らかな、耳に心地よい声だった。そんな声に包まれながら、閉じていた目を開いてみると、


「………………………………………………………………デンシャ様?」

「なんか馬車みたいだけど……リーシャよ」


(つーか近ぇわ)


 覚ました目のすぐそこ、もう少し寄れば鼻先同士がつきそうな距離にいた。


「何かありましたか?」


 昨日のセルシィと言い、独特な距離感に文化の違いを感じつつ、要件を尋ねてみる。

 リーシャは慌てて顔を離して……だが、またすぐ葉介に寄っていって、声を出した。


「休憩の時間よ。しばらく馬車は停まってる。みんな、外で体を伸ばしたり、トイレに行ったりして、ここにはあたしたち二人だけよ?」


 説明しつつ、なぜだか赤くなっている顔を、余計に赤くさせる。


「しばらく、馬車は走らないわよ。で、今、その、あたしたち、二人だけ、よ……」

「なにゆえ二回言ったのです?」


 リーシャにとっては大切な説明をした後で、葉介ににじり寄りつつも、顔を直視しては視線を外し、を繰り返す。


「ちょっと、聞きたいんだけど……」


 とうとう、足同士がくっつく距離まで辿り着いて……しかし、チラ見しかできずにいる顔を、余計に真っ赤にして、空いた両手は必死に手遊びさせながら……



「ヨースケって、その……29歳の、女とかって――」



「そういうことなら、私もお手洗いに行っておきます」

「え? あ、ちょ、ヨースケ――」


 そんな真っ赤な顔など放って、とっさに伸ばした手も無視して、開けた戸から外へ。

 両手足を伸ばして、大よそ他の魔法騎士たちにはできない柔軟体操を軽く行う。


(にしても、トイレ、ねぇ……)


 体操しつつ、周りを見てみるが……そこは平原のど真ん中にある、茂みやら木々が比較的多く、岩などが転がっているような、そんな場所。少なくとも、葉介が知る、トイレと呼ばれる建物は、近辺には見当たらない。

 そんな景色と、時折吹いて漂うかぐわしい風が意味するところは、すなわち――


「ヨースケってば!」


 察したところでまた、リーシャの声が聞こえてきた。

 何の用かと振り返るが、リーシャは顔を赤くさせるばかりで、ワナワナさせている口からはそれ以上、言葉を発する気配はない。


「では、お手洗いに行ってきますね」

「あぁ……」

「終わるまで、決して覗いてはなりませんよ」


 その一言を最後に、とりあえず、目の先にある茂みの方へ……



「覗い、ては……」


 もちろん葉介としては、ある種定番の冗談で言っただけの一言である。

 しかし、そんな冗談を聞いたリーシャは……


(ヨースケの……ヨースケの、と、と、トイレ――)


 直前の馬車の中で、(葉介は知らないが)お預けをくらってしまって、未だ興奮冷めやらぬ身の耳にそんな言葉を投げかけられて。

 そんな興奮から来る衝動のまま、茂みの中へ消えた葉介の後を――


「リーシャさん、それはダメですよー」


 追おうとしたリーシャを、リーシャら三人と同乗していた少女が押さえつけて、一応は正気に戻った。




「……はぁ」


 とりあえず、他の騎士の誰とも出くわすことなく、出すものを出して、両手は持参しておいた酒瓶の水で洗って、そこで一息。


(よく生きてるもんだ、俺。今さらだけども)


 本当に今さらながら、それを痛感していた。


 理由も分からず突然異世界にやってきて、本来なら、最初の森で出くわしたデスウルフに喰い殺されるはずだった。それを、今の師匠に助けられた。


 そのたった二日後には、野生動物溢れる森へ行ってきて、そこでデスベアに、デスバードとまで出くわした。あの時も本来なら死んでいたところを、一緒にいた女の子たちに助けられた。


 それから二週間後に、森を焼く作戦を考えさせられて、燃え盛る森の中でデスニマたちを倒して回って、最後は、ユニコーンに殺されたところを生き返らせていただいた。


 その三日後の今日、襲い掛かってきたチンピラに応戦して、その先にある崖下へ落下。その下には、デスウルフと、巨大なデスボアが現れて。そこですら生き残ったのは、シャルが一緒に落ちたから――



(あー……うん。俺の力じゃねーわ、生き残ったの)


 敵に出くわした時には必ず、一人は女の子がそばにいて、助けられた。

 今まで一度でも、出会ってきた誰かがそばにいなければ、今ごろとっくに死んでいたに違いない。


(せめて、自分の身は自分で守れるようになりたくて、鍛えてきたというのに……)


 もちろん、魔法が使える使えないという、最大にして致命的な違いがある以上、そうなってしまうのは必然であり、必定であると言っていい。


 そう、開き直ることができればどれだけ楽だろうか……


(所詮は、無駄な努力か――)


 少なくとも、実家にいた時に比べれば、はるかに強くなった気でいた。夢のバック転や側宙が余裕でできているのだから、実際、ある程度以上は強くなっているんだろう。

 だがこの世界にいるのは、肉体的に自分よりもはるかに弱すぎる人間たちか、生身でも倒せるデスニマ、あるいは生身では勝ち目のないデカいヤツ。そんな両極端なヤツらに囲まれて、必要だから戦ってきて、どうにか生き残って。

 そんな環境の中にいる以上、成長の実感すら湧きもせず、感じるものは、女の子に守られてきたという、空しい現実だけ。ただの、それだけだ。


(まぁ、そもそも三十過ぎたジジィが、今さら成長もクソもねぇーゃな……)


「ダリダリ……」



「シマ・ヨースケ」



 その場に座り込んで、上を見上げながら後ろ向きになっている、葉介に呼びかける声があった。


「少しいいか?」

「いいともー」


 考え事はしていたが、大したことも価値もない。

 投げやりな声を返すと、シャルは、座っている葉介の隣に立ってきた。


「……貴様に、聞きたいことがある」

「なに?」


 まだあまり落ち着かないものの、関長命令に従って、口調から敬語を無くして話した。


「貴様……言ったな。私が何も考えていないと」

「ああ……言ったね」

「私が、関長の器ではないと、そうも言ったな」

「言いま、した? 関長らしくない、とは言ったと思うけど」

「どちらも同じだ……」


 ため息を吐きながら……感じ、考えたことを、シャルは語りだした。


「あの後、貴様に言われたことを考えてみた……確かに私は、今まで必要最低限のこと以外、考えてこなかったらしい。ただ、無難に仕事をこなし、終了させることだけ考えてきた。ただ、それだけだ。それで十分だったし……それ以上を考えるほど、私自身、魔法騎士という仕事に、誇りややり甲斐を持っているわけでもないからな」

「嫌いなの? 魔法騎士?」

「ああ。嫌いだ。入った時から大嫌いだ」


 このことを話したことがある、というより、知っているのは、レイしかいない。

 愛する人しか知らない秘密を打ち明けた初めての他人が、まさか、大嫌いな男だとは……


「好きで始めた仕事ではない。なのになぜか上手くこなせた。気がつけば周りからは信頼を得て、気がつけば関長になっていた。関長になった後も、してきたことは、なる前と同じ、無難に仕事をこなすこと。それだけだ。それが、私の力か、部下たちを率いながらか。ただ、それだけだ」


 それしかしてこなかったからだろう。いつも想定内のことしか起きず、それにしか対応せず。だから、想定外や予想外が起きた時には、何もできなくなってしまって。


「貴様やミラの言った通りだ。平和にあぐらを掻いてきたことで、必要なことが見えていなかったらしい。情けないことにな」

「……ミラにも言われたの?」

「ああ。私一人ではないが……つくづく、お前たちは師弟なのだと感じさせられる」

「……そう」


 質問をしつつも、基本的に無表情で話を聞いていた葉介の顔に、その時初めて、喜びが浮かんでいるのをシャルは感じた。


「……だからこそ聞きたい。私は、どうすればよかった?」

「…………」

「関長とは、一体なんだ?」


 入って間もない下っ端から、聞きたくはないと思っていた。なのに、この男からの答えが欲しい――そう感じてしまった。


「……俺は関長どころか、人の上に立った経験自体、ほとんど無い」


 そして、尋ねられた葉介もまた、尋ねられた以上、自分に考えられる限りの答えを考える……


「だからぶっちゃけた話、そんなこと聞かれても困るし、分からん、というのが本音なんですけどね……」


 この三十年、役割とか義務、責任といった、面倒なものからはひたすら逃げてきた。

 もちろん、やれと言われた仕事はこなしてきたが、わざわざ自分からやらなくてもいいような仕事からは逃げてきた。出世なんか無縁だったし、興味も無く、したくもなかった。無駄に煩わしいものを増やすより、伸び伸びと気楽に生きていたかった。


 そんな、下っ端だけは長く経験してきた葉介に言わせれば……


「だから、下っ端として言わせてもらえば……やっぱりまずは、周りを見ること、ですかね」

「周りを……?」


 下っ端だったからこそ、下からしか見えないものは知っている。


「実家の、上司と呼ばれる人らにもいましたからね。今ある地位にあぐらを掻いて踏ん反り返って、普段エラそうに威張り散らしておいて、もしもという事態が起きた途端、ただ慌てるだけで何もできなくなる。それでトラブルになっても、自分は何もしないで、原因もその尻ぬぐいも全部部下に押しつけるだけ……そういう人が」


 葉介の上司ではないが、葉介の会社にもいた。

 普段から無駄にエラそうで、自分の仕事は全部、新人の若い部下に押しつける。それでミスでもしようものなら、仕事中も構わず大勢の前に立たせて、ミスだけでなく、中身の無い説教や罵声罵倒を楽しそうに長々続けて。それで辞めていった新人は数知れない。

 それだけエラそうにしていながら、一度、大きなトラブルが起きた時には、対処するでも、部下に指示を出すでもなく、解決するまで大人しく傍観するだけだった。


「どうして出世できたのかは疑問だけど……どっち道、そういう人間は、自分が経験してきたこと以上のことは起きないって思い込んでるか、自分に限って不都合なことが起きるわけないと、根拠も無しに信じてるか……いずれにせよ、自分のことしか見てないし、考えてもないんだろうね、とは思うかな」

「……私も、そうだと言いたいのか?」

「少なくとも、経験してきたこと以上のことは考えてなかったし、それ以上のことは起きないって、根拠も無しに信じてた結果が崖への落下じゃないの?」


 葉介からの率直な言葉に……起きてしまった現実に、返す言葉も無い。


「もっとも、俺が今話したのは、部下のことは使い捨ての消耗品程度にしか考えてなかったようなヤツですけど。シャル様……シャルは、そんなんじゃなかろう?」

「当たり前だ。部下たちを使い捨てなどと、考えたことなどあるものか」


 それだけは断じてないと断言できる。

 こんな自分のことを信じ、頼り、命を預けてくれている。

 たとえ魔法騎士団自体が嫌いでも、そんな可愛い部下たちのことまで、嫌いになれるわけないだろう。

 今回の任務も、警護対象の送迎が最優先だったとは言え、もし自分以外の、第2の部下たちの誰かが崖下に落ちていたとしても、部下たちと同じ、救援を行っていただろう。


「私だけではない。レイも、メアにセルシィも、関長として、部下たちのことは第一に考えている。それだけは間違いない」

「俺なんかのことまで助けてくれたくらいだものね」

「……フンッ」


 それを言われると……



 初めて葉介に出会った時のことを思い出す。親の確実な駆除のために、デスウルフに囲まれたこの男を犠牲にしようとしたことを。

 どうせ、助けようが助けまいが、魔法騎士というだけで怒り狂い、奇声を叫ぶ。そうやって部下たちや、シャル自身さえひどい目に遭ったこともある。魔法騎士の仲間は助けても、そんな国民を助ける気なんか、関長だからと言って持てるわけもなかった。


 あの時は、この男を助けたミラに説教してしまったが……


 今になってつくづく思う。あの時、この男を助けたことは、間違いではなかったと。

 魔法騎士――仲間になって、よかったのだと。



「もちろん、おかげで私はこうして生きてる……そのことは、ありがとうございます」

「気にするな。ただの仕事だ」


 日々の仕事をする時と同じ、事務的な返事だけを返す。

 葉介も、それ以上は言わなかった。代わりに、シャルが欲しがっている、葉介なりの答えを返した。


「そんな風に、仕事は嫌いでも、部下の皆さんのことを思いやって、よく見てやることができるのなら……その部下の皆さんが、仕事を安全に、やり易くするためにはどうすりゃ良いか――そんなふうに考えたらば、仕事のために見なきゃならんものも、自ずと見えてくる……」


「――――」


「……んじゃあ、ないかなと思う」

「……フンッ」


 最後まで締まらない空気と言葉。それでも……


「参考とさせてもらおう。役に立つかは別だがな……帰ったら小麦粉買ってやる」

「わーい」



 参考どころか、今のシャルにとっては、大いに意味のある話が聞けた。


 魔法騎士という仕事自体への嫌悪と、守るべき国民らからの悪感情のせいで、今までやってられないという気持ちばかり先んじていた。だから、日々漫然と仕事を終わらせることしか考えなかったが……


(そうだな……思いや志は違うだろうが、魔法騎士は、私一人ではないのだ)


 極端な話……

 今まで自分は魔法騎士の中で、レイ一人だけしか見ていなかった。だがそのレイも、関長になった後は、シャルはもちろん、自分の部下たち、そして、全ての魔法騎士たちを見ていた。だからこそ皆から、魔法の実力だけでなく、人格や存在さえも認められ、信頼と憧れを向けられて、『最強』の魔法騎士として認められたんだ。


(どうすれば良かっただと? その答えは、いつだって目の前にあった――)


 仕事のためじゃない。国民のためでもない。ただ、私を信じてくれている、可愛い部下たちのために……



「……もう一つ」


 部下たちの顔を思い浮かべていると、思い出した。


「貴様、リーシャさんのことは、どう思っている?」

「リー………………………………………………………………………………シャさん?」

「……第2で最年長のおばさんだ。さっきまで馬車で一緒だったろう」

「おばさん? 俺以外若くて美人だらけで、おばさんなんて見かけないけど?」


(あー……まあ、今はこの男が最年長だったな、そう言えば)


 素で言っていると見て分かる顔を見て……あの、優秀ながら積極性に欠けるリーシャさんが、命令をかなぐり捨てるほどこの男に執心している理由が、分かった気がした。


「どう、とは?」

「難しいことではない。お前は、リーシャさんのことをどういう人間だと思っている?」

「どういう……まあ、他よりお年を召している分、落ち着いた雰囲気の女性だとは思うけどね。まあ、セルシィ様みたく、やたらくっついてくるのは殴りたくなるが。セルシィよりゃマシだけど」


(貴様もかセルシィ……)


 あれがこの世界では普通なの? そんな質問には、そんなわけないだろうと返したくなったが……


(面白そうだし、このままでもいいか)


 そう思って、曖昧な返事でごまかすことにした。



「ちなみに、ファイとフェイのことは、どう思っている?」

「フェイ…………………………………………………………………………ファイ?」

「大馬車に乗せた双子だ」

「あー」


 本気で忘れていたらしい。人の名前を中々覚えられないというのは身をもって分かってはいるが……


 兄のファイも、妹のフェイも、日によってはミラ以上に感情や表情を見せることなく、ただ淡々と仕事を事務的に片づけていく。正確な仕事は助かるが、笑いも友好も感じられないそんな態度には、直属の上司でもあるシャルでさえ苦手と感じることもあった。

 そんな双子が、葉介の決闘を見たあの日から、感情を露わにすることが増えた。葉介の名を出した途端、どうでも良い話題でも聞き耳を立てたり、話を振ると、ほとんど見せたことのない笑みを浮かべてみせたり。

 セルシィやリーシャとはまた違うだろうが、この男への良感情を懐いているのは間違いない。そしてそれが、表に出ているわけだ。


 リーシャに双子、第2のトップ3に起きたこの変化が、良いことなのか悪いことなのか。それは、たったの三日では分からない。

 だが少なくとも、第4の落ちこぼれ二人組と言い……

 他の関長、レイ、そして、私と言い……


(こいつの言動が、何かしら刺激になっているのは、間違いない)


 信頼には足るし、認めざるを得ないが、未だにコイツのことは好きになれる気がしない。

 だが、コイツを見ていると、なぜか感じる。

 税金泥棒と揶揄され、バカにされ、蔑まれるために残された、私たち魔法騎士団に、コイツは何か、デカい変化をもたらすのではないか……



「……まあいい。あと十分ほどで出発する。準備しておけ」

「はいな」


 必要事項を通達し、その場を後にし、歩き出す。歩きながら、葉介が言ったように、必要なことを考えて――早速思いついたことを言っておくことに思い至る。


「そうだ……帰りもリーシャさんは、私たちと同じ馬車に乗るだろう。それでくっついてきたとしても、殴り飛ばしたりするなよ?」


 リーシャにそこまでの度胸は無さそうだが、ついさっきの葉介の話を思い出して、念のために釘を刺しておく。

 そんな言葉に、葉介は立ち上がりながら……


「殴り飛ばしたりしないよ。本気で頭に来たら蹴り殺すから」


 違う。そうじゃない。





違う。そうじゃない。

と思った人は、感想おねがいします。

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