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第7話  弟子、戦闘する

「シャンさまー!」

「シャルだ! なんだ、シマ・ヨースケ!」

「さっき、心配はいらんと言われた気がしたんですけど、聞き間違いですかーい?」

「むぅ――ッ」


 葉介が叫んだ嫌みにも、たった今の状況にも、歯噛みするしかない。


「――ッ! ――ッ!」


 噛みしめた奥歯を開いて、魔法の呪文を叫ぶ――



「うおお――!」

「があ――!!」



 馬車の上を飛んでいた、二本の箒の、二人の男が落下した。



「イャアアアア――!!」

「ヒィイイイイイイイ!!」



 今度は別の場所で、女二人が絨毯ごと落下し、転がる。


「うわぁー……しんがりだとか関係ない。まだまだいますよ、コレ」

「バカ! 顔を出すな!」


 窓からヌルっと出てきた葉介の頭を押さえつけ、無理やり戻す。

 葉介に言われるまでもなく、シャル自身もよく分かっている。



 港町を出発し、しばらく経った時だった。

 突然通り道の、草むらや岩やらの陰から、そして、さっきから飛んでいた港町の空から、大量の絨毯やら箒が飛び出した。

 40や50、最終的に60はいようかという人数にあっという間に囲まれて、そいつらが全員、杖を片手に一列に並ぶ馬車群を襲ってきた。


 事前に打ち合わせておいた通り、一列に並ぶ馬車七台の内、中心の大馬車の前後を走る二台の馬車は、リーシャの指揮のもと、警護対象を乗せた大馬車の防衛を徹底。反撃は残った四台、シャルを含む残った第2のメンバーで行っている。

 だが、敵の数が多すぎて全く手が足りていないことで、最初こそ統率の取れていた陣形はとうに崩れ、今となっては、中心を走る三つ以外、バラバラの距離や位置を走っていた。



「幸い、特に訓練されているわけではない、チンピラの集まりであるらしいのが幸いか」

「つっても、この大人数……下手すりゃこっちの魔力が尽きますわな」

「頭を出すなと言ったはずだ!!」


 シャルと反対側の窓から顔を出している、葉介の身を引っ張りだした。


「言っただろう。魔法の使えん貴様に出番は無い。大人しくしていろ!」

「確かに……魔力はありませんよ。私には――」


 言いながら、反対の窓から身を乗り出す。いい加減にしろ! そうシャルが叫ぶ前に、葉介は胸元の革袋から――


「だから、代わりの準備はしてきましたよ」


 取り出したものを、手でクルクル回したかと思えば、腕を振りかぶって――


「ダリッ!」


 おなじみの掛け声と一緒に投げ飛ばされた、ソレにぶつかった箒の女は、地面を転がった。


「ダリッ! ダリッ! ダリッ!」


 続けて三回、叫ぶ。そして、投げる。一発は外した。しかし、一発は絨毯に乗った三人組の一人を、最後の一発は、箒に乗った男に命中、地上へ落下させた。


「貴様……何を投げている?」


 呆然とするシャルの問いかけに対して、葉介は、ソレを目の前に掲げてやった。


「昨日、第3で、捨てるからともらってきた、騎士服の靴下です。これに川で拾った石を入れて、口を結べば、投擲武器のできあがり」


 説明しつつ、袋から更に取り出した。


「投げてみます? クルクル回して手を離す。簡単ですよ」

「……遠慮しておこう」


 形はどうあれしっかり準備をしていた目の前の魔力無しに、呆れるやら感心するやら……


「たくさんあるのに――ダリッ! ダリッ! ダリッ!」


 シャルが複雑な感情を浮かべている間にも、葉介は靴下を投げていく。

 いくつかはやはり、空中をそれなりの速度で飛び回る箒や絨毯を捕らえられずにいたが、見事命中している靴下も多い。


(突貫で作って軽く練習したにしては、よく当たる。少なくとも、人間相手には十分だわ)


「――ダリッ!」


 もう一度、掛け声――それに反応した誰かしらたちは、即座に箒を操作した――


「フェイントだバーカ!」


 が、靴下は飛んでこず、避けたと勘違いした直後の半端な体勢のその顔に、靴下が命中。地面へと落下した。


「……つっても、私一人増えたくらいじゃ、焼け石に水ですね」

「やけ……?」



 ――きゃあッ!



 その瞬間、二人の馬車の前から、女――フェイの声が響いた。


「フェイ! ファイ、どうした!?」


 二人とも、他の騎士たちも、その声へ振り向く。見ると、警護対象である大馬車に、賊の魔法らしい炎が燃え上がっていた。


「ヤバイ! 消火して!!」


 近くにいた魔法騎士らが、リーシャの声に従い【水操作】による水の放射を行う。

 火はどうにか消し止めた。だが――


「【浮遊】で馬車を浮かせて! 車輪が壊れるわ!!」


 言葉の通りの魔法が、即座に実行される。リーシャの叫んだ通り、燃えていた部分の車輪が砕けたと同時に、大馬車も、走っていた馬も、その場に浮かび上がった。

 それを合図に、全ての馬車が停止する。馬車も中の人間も無事で済んだが、それは飛んでいた箒や絨毯にとっても僥倖である。



「やっちまぇええええええええ!!」



 誰かの絶叫。向かってくる箒と絨毯の山。

 敵は四方八方、それも上から大群。大勢を落としはしたものの、まだまだ大量。

 こっちは全員が地上にいて、しかも、護らなきゃならない――


「……あれっきゃねーな」


 葉介も馬車から降りながら、隣にいるシャルに声を掛け、頼む。

 シャルは最初、理解ができず、この緊急時でのわけの分からない頼みに怒りさえ感じた。


「正直、賭けですけど、一度に倒すなら、他には思いつかんです」

「――――」


 何を考えているかは分からない。だがコイツには、気に入らないが、実績はある。


「……貴様の悪知恵をアテにするぞ」


 悪態をつきながら、葉介の手からソレをひったくる。

 ソレに【移動】を掛けて空中へ。箒と絨毯が向かってくる、大馬車のはるか真上で魔法を使って吹き飛ばす。


「――はーい、オッケー!!」

「全員伏せろ!!」


 真上の光景と、シャルからの突然の指示に、誰もが疑問に感じながら……

 それに従ったかそうでないか。それを確認するヒマもなく、白く染まった空に向かって、【発火】の魔法――




「……なんだ、今の……」

「なにが……誰がやった……?」


 空気を無理やり押し出し破裂させたような、爆音が轟いた。

 地上にいた全員が強烈な熱を感じて、空にいた人間は、その威力に全員吹き飛んだ。

 下の馬車には炎が燃え移って、爆音から立ち直った者たちは急いで消火にあたった。


「シマ・ヨースケ……貴様、なにをした?」

「粉塵爆発」


 大勢の一般騎士らと同じく、呆然となったシャルからの当然の疑問に、一言で答える。


「ご存じでしょう?」

「ふん、じん……なんだそれは?」

「……袋を破裂させて、空にばらまいてもらったのは小麦粉です。そのままじゃ燃えませんけど、辺りを充満させるくらいばら撒いたところに火を点けたら、ちょっとの火でも大爆発を起こします」


(あとは、密閉空間じゃなきゃ無理って聞いた気がするけど、飛散しちゃう前にちゃんと爆発してくれたわ)


「なぜ小麦粉なんか……?」

「料理に使おうかなと……さっきの港町に売ってたから、魔法の使い捨て革袋に入ってたやつ買っといたんですよ。あんな大量に入っているとは思いもしませんでしたが」

「いくらで買った?」

「大銀貨四枚」

「……店でも開く気か?」


(んなこと言われましても、小麦粉の相場なんか知らんし……そら俺だって、大銀貨四枚(多分4万円ほど)は高いかなとは思ったけども)


 なんとも都合が良い……シャルはもちろん、葉介自身も大いにそう感じていた。


(これが、ご都合展開か……)



「全員、体制を立て直し次第、出発する! 残党および援軍を警戒しつつ、準備を進めろ!」

「地上に落ちたヤツらは、どうしますか?」

「警戒はするが、放っておけ。杖も、箒に絨毯もあれだけ燃えていては、これ以上は襲ってはこれまい。立ち上がるのも難しそうだしな」


 シャル、そして、魔法騎士らの視線の先――

 襲ってきた大群の全員、点々と燃え盛る地面に倒れ伏していた。

 シャルの言った通り、燃えているのは爆発に巻き込まれた、箒に絨毯。その近くに転がっている連中は、あの高さから落ちてどうして生きているのかはともかく、ほとんどが立ち上がれず地面に転がったままでいる。


「お前の悪知恵に助けられたのは二度目だが――」


 そんな連中を睨みつけながら、今も隣に立っている、葉介に声を上げた。


「分かっていたのか? あれほどの爆発になると?」

「……いいえ。粉塵爆発に関しては、知識として知っていただけです。正直、あの革袋にどれだけの量が入ってて、こんな広い場所にいる全員を撃退できるほどの爆発になるかどうか――実際にやったことも見たこともなかったので分かりませんでしたし、まさかあれほどの威力になるとも思っていませんでした。それに、さっきも言った通り、中身の小麦粉も、たくさん入ってるとは言われましたけど、思ってた以上に大量でしたし」

「そんな不確かな賭けのために、地上にいた魔法騎士に、警護対象さえも危険にさらしたのか? しかも、賭けには勝ったが、あれだけの爆発……危うく全員が巻き込まれるところだったんだぞ?」

「――じゃあ、他に良い手がありました? 私がとっさに思いついたこと以外を考え実行できるだけの余裕が、あの時にありました?」


 ちょうど、弱く降りだした雨の中――それ以上は何も言わず、だが互いに、葉介を、シャルを、睨み据えていた。



「ねー! 大馬車の車輪直すから、誰か押さえてちょうだーい!」



 リーシャの叫び声が聞こえて、葉介はそっちへ走っていった。

 馬車と同じく、車輪もそれなりの大きさだったが、葉介はそれを両手で持ち上げて、言われた通り、落ちないように押さえている。

 言葉も行動も、結果だけを見れば正しかったと言っていい。だがそのおかげで、丈夫とは言え、他より大きく作られた、警護対象の乗った大馬車に火が燃え移り、加えて、警護対象はもちろん、第2関隊全員が巻き込まれる大規模な爆発を引き起こした。


 もちろん、この場にいる全員、魔法騎士団、第2関隊にいる以上、程度はどうあれ覚悟は持っている。

 シャルがゆるせないと感じたのは、そんな覚悟と命を自分に預けてここまでついてきた部下たちを……本人が魔法を使えないとは言え、よりにもよって、シャル自身の魔法で踏みにじるところだったことだ――



「ありがとう、ヨースケ……にしても、あの爆発、なんだったのかしら?」

「ああ……あれ、私です」


 苛立っていたシャルの耳に、そんな葉介の声が聞こえてきた。


「え……あの爆発、アナタが――?」

「はい。とっさにああするしかないと感じたもので……皆さんまで巻き込むことになってしまって、申し訳ありませんでした」

 最後の謝罪は、話していたリーシャだけじゃない。作業をしていた、作業を終えた紫色全員に声を送った。



「お前だったのか!?」



 葉介が全員に対して頭を下げた直後、別の男の声が響いた。

 大馬車を修理している間、外に出ていた警護対象の一人。センスは古臭いが、いかにも金持ちだという小綺麗な格好をしていた。それが、雨避けのために発動した【結界】の下から飛び出して、濡れるのも、靴やズボンが汚れるのも無視して、葉介の胸倉を掴んだ。


「お前のせいで、もう少しで俺まで死んじまう所だっただろうが!?」

「……申し訳ありません。ああする以外ないと判断しました」

「何が判断しましただ!! ふざけるなー!!!」


 言い訳はしない。しかし、やったことの否定もしない。それに関する批判はもちろん、暴力さえも受け入れる。

 殴り飛ばされ、何度も殴られている葉介のソレは……シャルは知らないことだが、四日前の森の時に見せたのと同じ姿だ。



「はぁ……はぁ……」


 一通り暴力を浴びせ終え、息を切らすその顔からは、最初に見せていたニヤつきや余裕はまるで無い。目も顔も真っ赤に、歯を食いしばらせて、葉介を睨みつけている。


「私はな、お前たちを信用して城に私の警護を頼んだんだぞ。それを……それをあんな、あんな爆発を起こすとは――お前たち! 本当に信用できるんだろうな!?」

「…………」


 その質問に、葉介が答えることはできない。だから、シャルの方を見た。

 葉介と目が合ったシャルは、そんな二人の間に立ちながら、呪文を呟く。

 呪文と共に飛んでいった【光弾】が、倒れながらも杖を構えていた男を吹き飛ばした。


「アナタ方を守るためにやむを得なかったとは言え、アナタ方まで危険に晒したこと、深く、お詫び申し上げます。そして、改めて、この命に代えても、アナタ方を送り届けます。どうか、私たちを信用していただきたい――そうだな?」



「はっ!!」「はっ!!」「はい!!」

「はっ!!」「はっ!!」「はっ!!」



 その場の魔法騎士、全員の声が一つに重なる。

 男は、しばらくシャルをも睨みつけ……最後には、吐き捨てるように言った。


「どの道、私はお前たちに任せるしかない。だがな、その男のことは、もう信用できん。私にも、子どもにも近づけるな? 分かったな!!」


 唾を飛ばしながら叫んだ時、ちょうど馬車の修理も終えたらしく、三人の子どもたちを呼んだ。

 馬車に乗り込む際、最初に目が合った女の子と、再び目が合う。葉介は最初と違い、笑顔を向けることはしなかった。女の子も……前を歩く二人の子どもも、ただ表情を曇らせていた。


 そして、葉介のことを怪訝に感じているのは、男だけでなく……


「シマ・ヨースケ……あの男が、あの爆発を……?」

「どんな魔法よ……そりゃ、助かったけど、あんなヤバい魔法……」

「俺たちまで巻き込まれたら、どうするつもりだったんだ……?」


(シマ・ヨースケ……まさか貴様――)


 直前までは、あまりの威力と衝撃から、全員に動揺が広がっていた。警護対象の男にも、少なからず第2関隊への不信感を懐かせてしまった。

 それが、シマ・ヨースケが自分の手によるものだと告白し、警護対象に意識させ、その怒りを一身に背負って、最終的にシャルに激励させたことで、完全ではないだろうが動揺を抑えこみ、冷静にさせ、不信の気持ちもごまかした。


(森でもそうしたと聞いてはいたが……それが、貴様のやり方、というわけか……?)


 騎士団全体への怒りやら不信を、やり方はどうあれ自分一人に向けさせる。そうして明確な悪者となることで、結果的に仕事をスムーズに進むよう仕向ける……


 正直、この男が、そこまで器用なことができるとは思えない。

 こうなることが全て、この男の計算だったのか。それは、本人以外には分からない。


 雨足が強くなっていく中、出発の準備が整って、また全員、それぞれの馬車へ乗り込む。

 葉介は、何やらファイと言葉を交わして、倒れたまま杖を向けようとした女に向かって靴下を投げてから、シャルに続いて最後尾の馬車に乗り込んだ。


(しかし……さっきの爆発、ヨースケ殿が?)

(シャル様が、空に向かって魔法を撃っていたように見えましたが――)

(天まで届いてた? まさかね……けど、ヨースケだからなー)




「…………」

「…………」


 馬車群は最初と同じように、大馬車を中心に据えた一列に走っている。先の出来事もあり、馬車に乗る騎士らの全員、気を引き締め、警戒心を強めていた。

 シャルも同じ。相変わらず、最後尾を走る馬車にはシャルと葉介の二人だけ。

 お互い、特に言葉を交わすこともせず、雨が降りしきる外を見ていた。


(とは言え、あまり強い雨足ではないが、この天気だ。遠くまでは見渡せんな……)


 たまに、【感覚強化】の魔法で遠くを見渡そうとするが、これはあくまで視力がよくなるだけのことで、双眼鏡とは違う。遠くに何かがある、遠くから何かが来る、というのを察知する程度のことはできても、それが具体的に何であるかの判断は難しい。

 加えて、雨が降っていては、降りしきる雨粒まで余計に明確に捉えてしまうせいで、むしろ普通なら視えるはずのものまで逆に見えなくなってしまう。

 なので結局、肉眼で見ることになるが、幸い今のところ、後ろにも左右にも上にも、変化は起きていない。



「……シャル様」

「シャアだ……違う、ウソだ! シャルだ!」


 葉介の声が聞こえ、慌てて返事を返す。そんな慌てる様を葉介は気にせず、窓の外から目を離さないまま尋ねた。


「噂で聞きましたけど、三日前の森に行ってる間、私の言った通り、城に賊が攻め込んできたのですよね?」

「……ああ」


 言った通りになっただろうと自慢でもする気か? そう思ったが、どうやら違う。


「で、ついさっき襲ってきた、60人はいるかっていうゴロツキの大群……平和だと聞いていたのですが、この国は本当に平和な国なのですか?」

「――――」


 質問を聞いてみれば、それは、この国を知らない人間からすれば、当然の疑問。


「そうだな……この国自体は、平和なのは間違いない。国として見ればな」

「……人は、そうではない、と?」

「そうだ」


 全てを聞くまでもなく、話の大筋を理解できる。年上らしいその聡明さだけは、今はありがたい。


「魔法が生まれ、発展し、様々な技術への応用が適ったことで、この百年で私たちの生活も、日々便利で快適になっていった。だが、誰もがその恩恵を受けられたわけではない。全員が魔法を使えても、あぶれる者や弾かれる者、なじめない者に、見捨てられる者というのは必ず現れる」


 自業であれ他業であれ、不運にもそれを自得し落ちぶれてしまった者たちの生末は、残酷だが、ほぼほぼ確定してしまっている。


「魔法のおかげで、手間暇のかかる仕事や難しい仕事、危険な作業も簡単にできるようになった。代わりに、今まで必要としていた時間や人手が必要で無くなり、必然的に、昔はあった働き口の数は激減してしまった」


 技術の発達は人々に恩恵をもたらす。

 だが過ぎたる恩恵は逆に、怨恵を生むこともまた然り。


「無論、魔法だけで解決できない作業や仕事も数多い。技術はあっても、ノウハウが伴っていないのでは仕事にならん。人力には勝っても、熟練の知識や経験にはどうしても劣る。だから魔法が伴わなくとも、知識や経験を積んだ者たちなら重宝される。魔法の技術が優れているなら、それだけで使われることもある」

「そのどちらも無いのであれば……?」

「使い道が無いと、門前払いを喰らう……現実問題、多少魔法に優れた人間など、掃いて捨てるほどいる。知識と経験を積んだ者たちでさえ、次代の育成を済ませるまでの使い捨てだと割り切る者も多い……魔力の絶頂期の問題もあるしな」


 新たに聞こえた単語に、葉介は反応した。


「絶頂期? 魔力のですか?」

「そうだ……個々人が持つ魔力の量は、生まれつき決まっている。成長して体が大きくなるのと同じで、成長して歳を取るごとに魔力は増えていく。身長や体重に個人差があるのとは違って、魔力の増える量は、ほぼほぼ一定のようだが……そして、歳を取れば体が老いと共に衰えていくのと同じ、絶頂期を過ぎれば魔力も減っていく。まあ、お前のようにゼロになることは無いようだが……その絶頂期の年齢が、ほぼほぼ30歳前後と言われている」

「ああ……それで、31歳の私は、魔法騎士になるには年寄りだって言われたわけですか」


 魔力がそもそもゼロでは関係ないと思うが……そう、シャルは思った。


「そういうことだな……魔力が減っていけば、今までできたことが、次第にできなくなっていく。だから30歳を過ぎて役立たずとなる前に、さっさと首を切ってしまおうと考える者も多い」

「肉体的や精神的には、むしろ絶好調な時なんですけどね……」

「そうなのか……? いずれにせよ、そういうこともあって、30歳になるまで手に職を持ち上り詰めるか、一生分の大金を稼ぐか、玉の輿でも果たすかしなければ、その後の人生は終わりだと言われている」


(30過ぎて、なにもできなきゃいらない子か。世界は変わらんな……)


「そんな調子で、人手足りてますの? 魔法騎士でさえ、しょっちゅうとは言わないにせよ、辞めたり亡くなったりしてますよね?」


 いくら技術が進歩しているとはいえ、それを使うのは結局、人だ。しかも、魔力という、一日に有限な物を使う以上、人材はむしろ、多少歳を取っていようと多いに越したことはないだろうに……

 だがそんな一般論など我関せずな人間たちの作り出した社会を、葉介もよく知っている。


「人を多く雇えば、それだけ払うべき給料が増える。技術が伴っている以上、新たに人間など増やさずとも、一人の力さえ仕事に見合っていれば、その一人だけで仕事は回る。たとえその個人の負担が増し、体力も、私生活に必要な魔力さえ使い果たすことになったとしても、仕事にも雇い主にも、何ら支障はない」

「その分、さぞ給料は弾んで下さるのでしょうな?」

「特に変わらんらしい。何なら、仕事に適当なイチャモンをつけて、払うべき給料を減額するか、ゼロにしてしまうか、逆に罰金と称して取り立てる雇い主もいる。それで逃げ出した人間も数多いそうだ」

「バッカじゃなかろうか――」


 魔法と便利な道具に彩られたファンタジー世界にやってきたものと思っていたが、フタを開けてみれば、その現実は葉介の実家と大差ない。

 発達した技術(魔法)にあぐらを掻いて、真に尊重すべき人間たちは、ないがしろの使い捨て。使ってやるのは30歳まで。

 そうして使った人間に、払うべき金は敬意と一緒に出し惜しみ、踏み倒し。技術だけは一丁前に要求し、要求をこなしたところで評価もせずに、そのくせ見合わなければ、どうせ、とことん責め立てるんだろう。


 ……まあ、実際のところ、今の魔法騎士がそんな感じのようだが。


「国は……てか、王様は、なんとかしてくれないのですか?」

「今のところ、そんな話は聞かないな」

「普通に生活したくても仕事がない。あったとしても、最悪な働き口しかない。30歳を過ぎたら、いよいよ持って行き場も無くなる……これじゃあ、身を持ち崩してヤケになって、それを魔法騎士に八つ当たりするヤツらなんか、いくらでもいるというわけですか。人間、放っておいても4、50年は余裕で生きるし、ただでさえ、全員が魔法なんて万能凶器握ってるわけですし――」

「…………」


「というか……もしかして、そういうこと?」


 そこまで考えて、葉介は、一つの結論にたどり着く。


「つまり私たち(魔法騎士)って、城や国への不平不満の身代わりにするために、未だにこうして残されてるってわけですか? 目に見えない国への不満やら不信感を、目に見える税金泥棒の役立たずに向けるために……?」

「…………」


 葉介の問いただした結論にシャルは……その口元に、笑みを浮かべた。


「半年に一度の税金の徴収も、魔法騎士の仕事だ」


 直接の返事とは違うものの、その話と、浮かべる笑みが何よりの答えだ。

 ただ、そういう身代わりは、決して珍しい例じゃないことを葉介も知っている。


 葉介の祖国にも、一部の部落とそこに生まれ育った人たちに対する悪感情を誘発し、国やお上に対する不平不満を誤魔化してきた、恥ずべき歴史がある。

 他の国がどうだったかまでは知らないが、似たような例はいくらでもあるだろう。


 国への不満を、他に押しつけ誤魔化し逃げる、そんな例が――



「護る価値あるんですかね? こんな国……」


 人々は搾取され、国は人々を助けようとせず、そんな人々を護ろうと働く自分たちは、その人々から憎まれ蔑まれ――


「無い」


 外から来た人間としての率直な疑問に、シャルも、率直で、短い返事を返した――


「けど、仕事ですものね――」

「ああ。そういうことだ――」


 最後に一言ずつ発しながら、二人とも、窓から身を乗り出した。



《敵襲ぅぅううううううう!!》



【拡声】で張り上げられた声が、全ての馬車に届く。

 大馬車以外の、第2のほぼ全員が、馬車の窓から身を乗り出し、後ろを見た。


「さっきのゴロツキどもに続き……いくら何でもおかしくないですかね?」

「ああ――どうなっているんだ、これは……?」


 降りしきる雨の中、【感覚強化】を使えない葉介の目にも、ハッキリと見える――


 黒い体毛。ボロボロの肢体。それを震わせ走り来る四肢。

 雨風の中、余裕で馬車を追いかけてくる。

 それだけの力と狂暴性を、一度死んだことで手に入れてしまった――


「デスウルフ……10や20どころじゃありませんね」

「ヨースケ、小麦粉は?」

「さっきのだけです。残ってるとしても、これだけ雨が降ってたんじゃ、多分無理でしょうよ」

「だろうな――」


 シャルは杖を、葉介は靴下を取り出した。

 馬車群も盗賊たちを倒した時と同じ陣形を作り、魔法騎士たちは、向かってくるデスウルフどもと向かい合う――


「ダリッ!」


 最初に、葉介が靴下を投げる。それはデスウルフの体にぶつかったものの――


「……やっぱ、デスニマ相手だと微妙か」


 靴下にぶつかったことで、倒れはした。だがすぐ立ち上がり、走ってきた。

 蹴りで倒せる以上、効いていないわけじゃないだろうが、よっぽど上手く狙わなければ、小さな石や靴下では一撃で倒すのは難しいらしい。


「他に手段が無いなら、引っ込んでおけ。先達の戦いを見ていろ、下っ端」

「お言葉に甘えます。関長殿」


 窓から乗り出していた身を、窓の内に引っ込め、座る。

 シャルは再び、杖と、声を上げた。



《総員、戦闘態勢!!》





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