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第5話  弟子と師匠のひと時

「……よし、完成」


 昨日よりもだいぶ早い時間に仕事が終わって、小屋まで戻った葉介は、早速ディックが運んでくれていたものに手を出していた。


「……なにができたの?」


 あの後一緒に小屋に戻って、今は小屋からほど近い、葉介もトレーニングに使っている木の下にいる。葉介は木の枝から飛び降りつつ、ぶら下げているそれに手を添えた。


「『サンドバック』って言ってね……俺の世界での修行で使う道具よ。こうやって――」


 話しかけつつ、紫、青、黄色が交ざった楕円形の塊に拳を当ててみせる。何発も殴った後で、最後に蹴り。突貫ながらも良い音を鳴らしながら、あちこちに揺れて元の位置に戻った。


「……殴るのは苦手って――」

「殴れない、なんて言ってない。むしろテストをクリアするために、こっそり鍛えてたの」


 実際、得意の蹴りも、生身のミラにはるかに及ばない。それでも十分と言えるだけの威力があることは、殴った音を聞けばよく分かる。


「やってみる?」


 何も言えなくなったミラに、サンドバックの位置を戻しながら勧めてみた。すると、ミラはそれの前に立って、触ってみる。


「……なにが入ってるの?」

「古くなって捨てるはずだった騎士服。それをギュッと詰めてもらってる」

「……サンドバックなら、砂が入ってるんじゃ……?」

「昔は砂だったらしいけどね、湿気て硬くなるし……そもそも、砂無いもん、この辺」


 実際に探したわけではないが……

 そもそも、葉介の実家で売られているサンドバックも、中身は似たようなものである。


「二つ作ってもらえたから、遠慮なく殴ってみ?」

「…………」


 葉介に促され――揺れる三色の前で、構える。目の前のサンドバックに、倒すべきデスニマの姿を浮かべ、拳を振り上げ――


 ドッ――と、葉介以上の音と衝撃を鳴らしたサンドバックは、ぶら下げた木の枝を一回転して、元の位置に戻った。


「さすがやね……」

「……これも良いけど、昨日の続き、教えてほしい」

「ああ……いいよ、もちろん」


 サンドバック自体は気に入ったらしい。それでも、それよりも昨日の続きの方が、ミラには楽しみなようだった。


「じゃ、やろっか」

「ん……」



 昨日、第4関隊の仕事を終えた後、ミラに頼まれたのは、何ということは無い。リムやメルダに教えた技を、自分にも教えろ、というもの。

 体や体重の運び、関節の極め方、組み付き方、締め技等々……

 リムもメルダも飲み込みは早かったが、それでも完全に身に着けるのに数日は掛かっていた。

 それをミラは、二人よりもはるかに飲み込みが早く、元々の強さもあって、教えたそばから身に着け、物にしていった。


「さすがだね。もう二人に教えたこと、全部身に着けちゃって」

「ん……他には、もうないの?」

「もちろん。あるよ」


 教える以前から分かってはいた。自分はもちろん、あの二人ができることなら、ミラはあっという間にできてしまうだろう。

 それが分かっていたから、葉介も、教える技は色々と考えている。


「俺が知ってること、色々と教えてあげよう」


 葉介の言葉の通り、葉介が技を教え、それをミラが実践する。覚えるまで、葉介を相手に技を仕掛けることを繰り返す。

 葉介の教えていくどれもこれも、確かに本人が言っていた通り、デスニマ相手には使い物にならない、人間相手にしか使えない技ばかり。なのに――


(楽しい――)


 動けるように体力を鍛えて、殴るだけのことを、なるべく強く、強く、強く……

 そうやって、知っているただ一つを繰り返すことしかしてこなかったミラにとって、新しいものを一つ一つ覚えていき、自分のものになっていく感覚は、あまりに新鮮で、鮮烈で、感動的だった。


(楽しい……ヨースケに教わるの、楽しい――)




 そうして、夢中で技を教え、教えられている間、陽はとっくに沈んで、暗くなっていた。


「今日はここまでにしよう」

「やだ……もっとやる――」

「もうすぐ真っ暗になる。そんな中でまでやってたんじゃ、いくら下が柔らかい草地でもケガしちゃうでしょうよ。夕飯も食べなきゃだし、明日にも響くし」

「わたしは今、謹慎中――」

「私は明日も仕事なんですよ、ミラ様……」

「――――」


 事実を指摘されて、さすがにミラも、それ以上言えなくなった。


(それにだ……あんま一度に教えちまったら、俺にもネタが無くなる)


 葉介にとってはむしろ、そっちの方が深刻な問題になりつつあった。

 物にするまで何日かの練習が必要そうなものもいくつかある。だが、基本的にどれもこれも、一度教えて、十分も練習しないうちに身に着けて、早く早くと次をせがまれた。それで教えて、ミラが楽しそうにしているのは喜ばしいことだったし、教える身としても楽しいと感じた。

 そうやっている内に気がつけば、葉介の知る技術の半分以上を教えてしまっていた。


(別に、もったいぶったり、出し惜しみがしたいわけじゃないんだけども……)


「……分かった」


 そしてミラも、それを聞いて折れたらしい。


「じゃあ……あと一つ、教えて」

「あと一つ?」

「ん……そうしたら、帰るから……」


 哀しそうに、名残惜しそうに、そう言われると……


「じゃあ、あと一つだけな」


 子どもらしいワガママだが、無下にすることができなかった。


(しかし、あと一つと言っても……)


 あと一つ……この薄暗い中でも危険が少なく、できれば、ミラ一人でも練習できそうなものがいいかも知れない。

 葉介が知る、そんな技、もしくは技術……


「……キック」


 考えている葉介の耳に、ミラの声が届いた。


「キック、教えてほしい。ヨースケの得意な、キック……」

「キック……できないの? けど、地面蹴ったり、森で俺に飛び蹴りしてきたでな?」

「ん……地面を踏むのは、ただの足止め。人を蹴ったのは、森が初めて。そもそも、わたし、デスニマとかとの戦い、殴ったことしかない……」

「そうなんや……分かった」


 教えると言っても、やったことは森でリムに教えたのと同じ。キックを打つ時の姿勢、足の構え方、出し方といった基本的なこと。それに加えて、リムよりもはるかに強く、覚えも早いミラに合わせて、蹴りの種類や体の身のこなし等、より実戦的なこと。

 案の定、投げ技や絞め技に比べれば、見た目にも分かり易く、本人としても向いていたこともあって、すぐに覚えてくれたのだが……


(なんだろう? 動けてるし、威力はあるけど、キレが無いな……)


「……ヨースケみたいにできない」


 葉介の感じた違和感を、ミラもどうやら感じたらしい。

 使えないと言いつつ、森でヨースケに向かって使っている。いざ教わってみれば、言われた通り動いている。なのに、ヨースケみたいに綺麗じゃない。鮮やかじゃない。

 普段からずっと戦ってきて、実戦経験が豊富なうえ、葉介の動きを見てきたからこそ気づいてしまった。

 そして、教えている葉介も、当然分かった。


(姿勢も正しくできてる。言った通り動けてる。なのにキレが無い。なのに、なのに……いや、そうか)


 考えているうちに、視界に入ったものを見て、思いついた。


「すまんミラ。キックはここまでにして、もう一つ教えるわ」

「ほんと?」


 もう一つ、という言葉に、ミラの表情にも期待がこもって――



 移動した先は、サンドバックの前である。


「今からこれを殴るから」

「殴る……」


 その単語を聞いた瞬間、ミラの表情から、期待の二文字が消えていった。


「……パンチは得意。とっくに身に着けてる。教えてもらうこと、ない」


 今日まで散々、体も、パンチも鍛えてきた。証拠に、何匹ものデスニマを、魔法も使ったとは言えこの拳で倒してきた。小さなデスニマなら魔法もいらないくらいだ。だから、それができない、キックを習いたいのに……

 そんな期待を裏切られたことに、唇を尖らせているミラに――葉介は、笑いかける。


「んじゃあ、これから俺のする動きだけ、よく見とき」


 葉介の動き……両手に握りこぶしを作り、前に構える。両足はつま先立ちになって、小刻みに跳ね、体を前後させている。


(これ……決闘の時、見せた動き――)


 そこまで思い出した、直後のこと――

 葉介の体が前に出て、サンドバックを殴った。それは、今までミラが見たことの無い形。さっきやっていた、ただ力任せに殴るだけとは違う。拳、腕の動き、見えてはいるが、とにかく速い。

 その後、体の腰から上を前後左右に揺らしつつ、正面で揺れるサンドバックに拳を当てる。威力があるようには見えない。どれも、基本の構えから飛ばしている。そして、そのどれもが速い――


「ボクシング」

「ぼく、しんぐ……?」


 ひとしきり殴り終えて、サンドバックを安定させている葉介の言葉を繰り返す。


「殴ることに特化した技術だよ。まあ、俺も習ったことは無いから、見様見真似なんやけどね」


 見様見真似で、あれだけの動きとあれだけの手数……

 葉介自身の強さを差し引いても、すごい技術であることはミラにも理解できた。


「気になってたんだよ。ミラは殴る威力は強いけど、どれも大振りで、出も遅い。今教えたキックもそう。当たれば飛ぶし痛いけど、ハッキリ言って、避けたり受けたり、見切るのは簡単なんよね」


 言われてみれば……

 葉介に殴り掛かったことは、何度かある。その全ての拳を、葉介は避けるか両手で受け流していた。生涯を懸けて鍛えてきた力なのに、それを、ほんの半月前に出会った弟子に見切られていたなんて……


「まあ、避けもせず見切ることもせず、受けるしかないデスニマ相手にはそれで十分だったろうからな。俺みたいな人間相手にすることもなかったろうし……それでも、知りたい?」

「知りたい。教えて」


 即答を返して、葉介も快諾した。


「まず、拳を握る。で、足は肩幅……まあ、自分が一番動きやすい形に開いて、顎を引く。体は斜めに構えて、ひざを軽く曲げて――」



 やがて、教えられたことに喜び、満足した様子だった。


「二つ目のサンドバック、持ってく?」


 尋ねてみると何度も頷いたので、快く譲った。ミラはそれを、無言で両手に持ち上げて、嬉しそうに見上げていた。


(構えとか姿勢とか、技の出し方とかいう以前に、身振りや動き方すら知らんかったんなぁ……)


 格闘技を習い、練習したことがある人間なら、真っ先に教わるそれらは続けていくうちに自然と身についていく。加えて、新たな技を習い練習すれば、その技に必要な姿勢や動きは身体で見出し実行できる。葉介もそうだったから、葉介よりも強いミラにもそのつもりで教えていた。

 だがミラの場合、そういう基礎的なことさえ習ったことがない。そのくせ、時間をかけるしかなかった葉介とは違い、一度教えた技は早くに覚えてしまう。だから、素人で貧弱なリムやメルダでもできる技なら問題無くとも、そこから更に応用が必要な技を使うと動きがチグハグになる。


(今考えると、キック以外の技にも違和感あったしなぁ……リムやメルダもそうだったし、ミラの場合はすぐに直して、見た目綺麗になってたから気にしなかったけども――)


 そんな状態だから、得意なはずのパンチは、やたら大振りに過ぎる。昔の師匠とやらは何も教えてくれなかったというから、それこそ見様見真似で戦うしかなく、それで時間をかけて見出した結果が、あの大振りとスキだらけの動きだったわけだ。

 それらを一度に正すために選んだのが、葉介自身、見様見真似のボクシングだった。


(ボクシングの動きと一緒にキックも練習してみなさいと指示はしておいたけど、これで上手くいってくれるかね……)


 もっとも、教えてしまった以上、あとは間違っていないことを願うより仕方がない。

 当のミラは、早く自主練がしたいという様子で、サンドバックを掲げてトコトコ帰っていってしまった。



(今日は一緒に食べないのな……まあ、ちょうどよかったかな)


 葉介は葉介で、夕飯や自主トレ、文字の練習に加えてやりたいことがある。

 夕飯を適当に済ませた後は、早速それに取り掛かった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「シマ・ヨースケ!!」


 もろもろの用事を終えて、後は寝るだけになった、ちょうどのタイミングだった。

 怒声、とまではいかないが、結構な力と迫力のこもった大声。

 こんな声で、葉介のことをフルネームで呼ぶ女は、一人しかいない。


「どうしました……………………………………………………シャム様?」

「シャルだ……まあ、私の名前は、この際どうでもいい」


 消すところだった焚火に照らされた、日焼けした顔には、直前の声と同じ、険しいものを浮かばせている。

 はて……なにか怒らせることをしたか? 

 双子を含む、第2の子たちに訓練してあげたのが気に障ったかしら――


「明日は、私の第2関隊での仕事だったな?」

「はい……ミラ様からは、そう聞いておりますが」

「この後なにかすることは?」

「特にありませんけど――」

「そうか……ならば、今すぐついて来い」

 そう言うなり、杖の一振りで焚火に水をぶっかけた後、日に焼けた手が、葉介の手首を握りしめた。





短か!

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