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第3話  弟子、洗う

「ふあ~~~……ねむ」


 おとといの夜、というより昨日の深夜に届けられたらしい大量の食糧。そこから適当に朝食を済ませた後は制服に着替えて、二日目の仕事先、第3関隊へと歩いていた。


「寝不足、ですか?」


 歩きながら大きなあくびを掻いて、フードの下の目をこすっている葉介に、前を歩く青の騎士服が尋ねた。


「ええ、まあ……昨日、少しばかり夜更かししてしまいまして」


 昨夜、日課にしているトレーニングとストレッチに加え、ミラからのお願い。それが終わった後は、第4関隊で新たに知ることになった、この世界の文字の読み書きを練習した。

 まずは一文字一文字、形を見て覚えて、そこから書く練習。

 学生時代、漢字を見て覚えることができなかった時分にしたように、ひたすら書いて頭と手にその形を叩きこむ練習。

 それを、全四十七文字プラス、数字十文字を、ひたすら練習して……


 気がつけば、羽ペンを握ったまま眠ってしまい、危うく寝過ごすところだった。(時計が無いので、寝過ごしたかどうかも分からんのだが……)


「あ……あの!」


 昨夜のことを思い出しつつ、まだ完全には物にできていない文字への不安を感じているところに、前を歩いている、青い騎士服を着た少年は、歩きながら振り向いて、話しかけてきた。


「はい……なんでしょう?」


 この少年――ミラやメアに比べれば長身だが、葉介が見下ろせる程度の身長しかなく、顔つきも、目の大きな童顔で、若い、というより、幼く見える。

 葉介が制服に着替え終えたタイミングで、小屋まで迎えにやってきた、ディックと名乗ったその少年は、その大きな瞳をひときわ大きく見開きながら、葉介に興奮の声を送った。


「えっと……覚えてないでしょうけど、ぼくもおととい、増援組として一緒に森へ行っていたんです!」

「はぁ……そうなんですか」


 葉介の返事を聞きながら、前を歩いていたのが、弾んだ様子で葉介の隣に並んだ。


「おとといのヨースケさんの戦い、見てました。すごく、カッコよかったです」

「カッコよかった? 魔法も使わず、斧振り回して走り回って、魔法騎士の三人の首を落とした戦いが、カッコよかったのですか?」


 大火事の森の中、リーシャに話した通り。おとといの戦いが、魔法騎士たちのひんしゅくを買っていたことは、葉介自身も大いに自覚している。

 しかも第3関隊ということは、あの時森に入らず、箒にも乗っていない、地上の、森の外での後衛部隊、その更に後ろから後方支援を行っていた一人。葉介の戦いも、そりゃあバッチリ見ていたわけだ。

 だから敢えて聞き返したのだが、ディックは両手に握った拳を上下させて、キラめかせた目のまま声を上げた。


「そうです! 魔法も使わずに、自分の身一つで戦うことが、あんなにカッコよくて、すごくて美しいだなんて知りませんでした!」


(こいつらの美的感覚はどうなっとるんだ……)


 そんな物言いには、さすがに顔を引きつらせつつ――


「え――」


 歩いているディックの肩を抱き、歩いている道から逸れた。その直後――



「ヨースケさーん!!」



 いつもの呼び声が、同時に二人の耳に届く。届いた直後、二人とも目を閉じた。

 閉じた瞬間、ガーンッ! という音を、二人ともが耳にした。


「なに、してるんですか? セルシィ様……」

「痛そう……」


 飛び込んで、木に額を殴打した身を持ち上げて、フラつきながらも、二人と向き合う。

 そんなセルシィの額に、ディックが杖をかざし、呪文を唱えた。すると、かなり大きく膨らんでいたコブがみるみる小さくなっていき、割れていたメガネは元に戻り、無傷の状態に変わった。


「あら? ヨースケさん、上着、新調しました?」

「ああ、はい……昨日、城下町で見つけて。一着しか持っていなかったので、買い足しましたけど」


 リムとメルダとの町へのお出かけ――もとい、見回り任務の途中、偶然見つけた服屋の路上に、今着ている黒い上着が並んでいた。

 ボタン付、前開き、腰丈、目深に被れるフード付、サイドポケット付(重要)。

 元々持っていたパーカーに比べれば、特有の腰回りのゴムが無い等の細かな差異はあるが、パッと見の大きな違いは無い。

 それでも、元々持っていた、それなりの年月を着続けたことでの、くたびれや色あせは新品には無い。加えてやはり、騎士服と同じくこの世界で作られたもの同士ということもあってか、形は同じでも、重ね着の相性はこちらの方が良い気がする。

 だからなのか、穴が空いたことで新しく支給された騎士服はともかく、新しく買った上着を見たセルシィは……



「素敵ですー!」



 大いに興奮しながら、また飛び込んでくる。再び葉介がディックを抱き寄せ避けたせいで、セルシィは後ろに伸びている木にぶつかった。


「……お宅らの関長様って、飛び込むのが好きなのですか?」

「さぁ……」


 同じようにメガネが割れて、巨大なタンコブを作ってフラついて……再びディックが治してあげた。


「……それで、セルシィ様――」

「様はつけちゃダメです! 敬語も禁止です!」

「いや……部下の皆さんの前ではさすがに――」

「部下の前でも、つけちゃダメです! 関長命令です!」

「分かった、分かったから……」


 そんな二人のやり取りを、ディックは横から、微笑ましげに眺めていた。


「それで、俺は今日、なにをすりゃあいいのかな?」

「はい! まずは、第3関隊の現場を案内しますね」


 笑顔でそう言いながら、葉介の手を握った。さすがにこれを避けるわけにはいかず、成すがままにされておいた。


(セルシィ様……楽しそうだなぁ。いつもと違って)



「第3関隊は、特に集まることはせず、所定の時間までに各々の持ち場へ出向き、終わりの時間になれば各々の判断で解散する、という形を取っています。ですので、すでにみんな、それぞれの現場で仕事をしています。ヨースケさんが来ることは、事前に通達してあるので大丈夫ですよ」


 セルシィから説明を受けながら、手を引かれ、城の中庭を歩いていく。

 その間、普通に手を繋いでいたのが、いつの間にやら互いの指を絡めて恋人繋ぎをしたかと思えば、最終的に、笑顔で腕に組みついて、胸を押し当てて。

 ディックは、そんなセルシィの姿に苦笑していた。


(なんやねん、コイツ……)


 第3関隊の現場に到着するまでの間、浮かぶ不快感としかめっ面とを、葉介は黒いフードの下に隠していた。



「まず、ヨースケさんは、第3関隊のことはどの程度知っているのですか?」


 満面の笑み、嬉しそうな声で、歩きながら尋ねられ、葉介は少々考えて、答える。


「あまり詳しくは……治療とサポート中心の部隊であるということ以外は、たまに第4関隊の代わりに町の見回りをしている、というくらいしか」

「では、第3関隊専門のお仕事をお見せしますね……まずは、こちらです」


 説明の中で歩いていった先は、城内ではあるが屋外でもある、城門を通ってすぐの場所。葉介の住む小屋の草原よりも柔らかで、手触り良い芝生が広がるそこに、椅子に座った青い騎士服たちが並んで、対面の椅子には、そうでない人たちが座っている。


「ここは……城の周りを走りながら見てましたけど」

「はい! 私たちも、ここでお仕事しながら毎日ヨースケさんの走る姿を見ていました!」


 そんなに騒ぐほど何が嬉しいのか全く理解できないものの……


 走っていた時と同じ光景。

 服装は様々だが、明らかに城の人間ではない(中には城の人間もいるかもしれないが)人たち。多くが老人、親子連れで、草地に座るか、寝転がるか、子どもたちは走り回っている。

 そして、そうしていない、青色と向かい合い座っている人たちは、全員が体を診られている。


「ここでは、主にケガや病気になった人たちが、私たちの治療を求めてやってきます。おとといのような緊急事態を除けば、朝から、陽が沈む時間まで、それぞれ交代で、来てくれた人たちを無料で診ているんですよ」

「無料……」


 その言葉には、思わず反応したものの……

 よくよく考えれば、魔法騎士団は国民の税金で成り立っている。

 どういう名目で徴収し、どのくらいの割合が魔法騎士の給料に充てられているのか知らないが、その中には、ここでの治療代金も含んでいるんだろう。


「……て、治療なら、誰もが必須魔法の【治癒】が使えるのに、わざわざココまで来るの?」


 魔法が使えない世界からやってきた身として、当然の疑問を、ディックには聞こえない程度の声量で尋ねてみた。するとセルシィは、よくぞ聞いてくれました! とばかりに笑顔を向けた。


「確かに、【治癒】は必須魔法で、誰もが覚えさせられます。けど、それで普通の人がキレイに治せるのは、目に見える簡単な傷や打撲、症状が軽い病気くらいです。ケガの程度や部位、病気の重さなどの目に見えないものによっては、【治癒】の使い方や魔力量、魔法以前に取らせるべき体勢や姿勢等、必要なことは変わってきます」

「呪文一つで即完治、というわけにはいかないと……」

「はい……骨折を治そうと闇雲に【治癒】を施した結果、骨はくっついたけど不自然な形になって後遺症が残ったり、目をケガして適当に治した結果、変な治り方をして視力が落ちた、失明してしまった、という話もあります。病気を治すために毎日【治癒】を施して、完治したと思ったらまだ治っていなくて、再発した、という例は珍しくありません」

「なるほど……そら専門家は必要だわな」


 やみくもに魔法に頼れない理由は分かった。葉介の実家の医療従事者と同じように、専門家の皆さんが必要なことも理解した。だが同時に、新たな疑問も湧いた。


「ここだけか? 城下町へは行かないのか?」

「……城下町で堂々とこんなことしていたら、袋叩きにされちゃいますから」


 その言葉と、昨日のこと、リムやメルダからの説明を思い出せば、納得してしまった。


「中には、騎士服が青色なのを見て、何もしないでいてくれる人たちもいます。けど、結局、見つかったらひどい目に遭わされるのは、同じです」

「患者がここに来られない状態の時は? 患者の全員が全員、自力でここに来られる人たちとは限らんよね?」


 ここに並んでいる患者たち。椅子に座って平然とやり取りし、時に笑顔を向けている辺り、自力で動ける程度のケガや病気の症状が精々らしい。

 それだけならまだ良いが、事故や災害で、動けなくなるほどの大ケガや、病気で立てなくなるほど弱ってしまう人間はいくらでもいるだろう。

 そんな葉介の疑問に、セルシィはほほ笑みながらも冷たい表情で、答えた。


「その時は……誰かに助けてもらうか、自力で【治癒】の魔法で応急処置するなり、【硬化】で止血なり骨の固定なりして、がんばってここまで来てもらうしかありませんね」

「なにそれ……そこまで行ってあげたら済む話じゃん」

「えぇ……昔はそうしていました。けどある日、事故で大ケガをしたと城に連絡が入って、第3関隊から三人の騎士たちが、城下町へ派遣されました。その子たちは翌日、ボロボロの状態で帰ってきました。報告によると、待ち構えていた人たちにボロボロになるまで痛めつけられて、ケガをしたという人は、ピンピンしていたそうです」

「……それで、派遣することをやめたってわけね」


 つまり、経緯はだいぶ違うとは言え、魔法騎士を呼ぶための、デスニマ発生を報せる信号が無くなったのと同じ理由というわけだ。


「そうです。だから、第3関隊が城下町を見回っている時に患者を見つけたとしても、治療することは禁止されています。第3は仕事柄、他の隊ほど戦闘の訓練は行いませんから、満足に戦えない子も多いですし。最低限、身を守るくらいはできますが、治療と同時では難しいですし。国民たちは余計に怒りましたけど……ハッキリ言って、自業自得です」


 平和と税金を理由に必要性を否定され、その理由として不当な扱いを受ける。そのせいで、本当に必要な物まで無くすしかなくなり、無くした結果、余計に状況がひどくなる、悪循環。


「……そうなると、城下町以外に住んでる地方の村々の人間は、どうしてるの?」

「基本的に、城下町にもいますけど、近くの町に、独自で治療の魔法に精通した、『町癒者』が探せば一人はいます。料金は取られますけど、治療の精度だけなら、専門的な分、私たちよりもはるかに上ですね……料金を払えば、ですけど」

「となると、金の無い貧しい村の人たちは、病気になったらどうしようも無くなると?」

「そうですね……一応、どうしてもここに運んでもらいたい時は――あ、ほら!」


 質問に答えようとしたその瞬間、セルシィが空を指さす。

 そこには、葉介もおととい乗った、空飛ぶ絨毯が揺らめきながらやってきていた。


(ア~ラビ~アンなぁーぁ~)


 と、葉介が心の中で叫んでいる間に絨毯は着地し、そこから第1関隊の誰かと、全身がボロボロの傷だらけ且つ、肩の最も大きな傷を押さえながら横になっている男がいた。


「あんな風に、第1関隊の人たちが、ここまで運んでくる、という手はずになっています」

「城下町では、それを第3か第4が行う、と?」

「はい……どちらも、滅多にあることではありませんし、本当に病気かケガで苦しんでいるのか、判断は現地の魔法騎士たちに任せるしかありませんが」


 運ばれた急患の登場に、奥で控えていたらしい青色たちも向かっていって、元々診てもらっていた、老人や子どもたちは、目の前の青色にあちらへ行ってやれと促してくれている。

 一見、優しく温かな光景に見えつつも……

 子どもや老人以外の、壮年、若年、子どもの親たちは、そちらへ向かった魔法騎士たちを忌々しげに睨んでいる。


 俺たちが先に並んでいたのに……


「城下町とは、だいぶ魔法騎士への当たりが違うんやな」

「そりゃあ、こんなところで暴れたりしたら、場内にいる第2関隊を含む、魔法騎士たちが黙っていませんし。それに、ここでの治療すらされなくなって、第3関隊自体、無くなりかねませんから」


 だから、文句を言いたいのも、暴れたいのも、ガマンしているんだろう。そうなると、確実に捕まるわ、二度とここでの治療が受けられなくなるわ、良いことなんか一つも無い。


(町や村に、最低一人青色を置いておけば、それで済む話だってのに、悪感情のせいでそれすらできなくなって、わざわざ遠くからここまで運ぶしかなくなる。その間、村には魔法騎士がいなくなる。ケガが治ったら、また運ばにゃならん……なに? この非効率の極み……)


 そして、そんな国民たちのことだから、そんな非効率のせいで魔法騎士が留守にしていれば、怠慢だ、税金泥棒だと文句を垂れるんだろう。よく飛び込みはするが、お淑やかなセルシィが、冷めた態度になるのもよく分かる。

 そう考えると、そんな敵しかいない地方の村々へ派遣されて、国民の攻撃から逃れつつ、デスニマを倒したり村を一人で護って、そんな国民にケガ人病人が出れば、最悪ここまで運ぶ。もちろん、お礼なんか言われないだろうし、どころか運んで留守にしていた間の小言や文句のオマケ付。


(第1関隊の人たちが、精鋭と呼ばれる理由がよぉ分かったわ)



「セルシィ様!」


 と、事実と現実に呆れやら諦観やら、色々な感情が湧いて出ている葉介の耳に、少女の声が聞こえてきた。運ばれてきた急患を診ているうちの一人だ。


「すぐ行くわ」


 横からも声が聞こえて、同時に前に出る。直前まで、冷めた表情を浮かべていた。そんなセルシィの顔が、変わっていた。


「ふむ……アナタはそのまま【治癒】を続けて。二人は小さな傷を治していって。見逃しが無いように少しずつ……【水操作】で傷を洗うことも忘れずに。この一番大きな傷は、私が治すわ」


 終始葉介に向けていたような表情でも、やたらと感情豊かな顔でもなく、国民に対する冷めきった悪感情も無い。

 運ばれてきた患者と向き合い、真剣な面持ちで傷を観察し、正確に判断、適格な指示を与えている。そして部下たちも、セルシィの言葉を信頼し、忠実に従っている。


「……セルシィ様って、ちゃんと関長してたんですね」


 今まで見てきた姿からは全く想像できない、『関長らしい』姿に、思わず声に出た。

 隣からは、ディックの声が聞こえた。


「はい……確かに、普段から自信なさそうにしていますし、僕たち部下に対しても気弱なところが目立ってますけど、少なくとも、【治癒】の腕と知識、経験は本物です。【治癒】でセルシィ様に敵う人間はこの城にはいません」


 笑顔ではいるものの、お世辞や社交辞令等では決してない。心からセルシィのことを、関長として尊敬していることが伝わった。

 実際、話している間も、患者への治療と部下への指示を出していき、傷だらけだった男の体は綺麗に治っていき、あれだけ血が出ていた肩の傷も、今や出血が止まり、葉介の目からは完治したようにさえ見えている。


 ただの魔法の力と言ってしまえばそれまでだろうが、その魔法の力を使いこなすだけの技量と正確さを持ってのことだろうと、さっきの話や、何より、今のセルシィの、勇ましい姿を見ればよく分かる。


(今さらながら、ユニコーンに殺された俺のこと助けてくれたのも、セルシィ様なのよね……ぶっちゃけ、色々ウザくて見くびってたけど、初めて尊敬しますわ、アナタのこと)


 それでも気に入らないことがあるとするなら……

 それだけ立派な行為を行っているセルシィらに向かって、周りのイイ歳した大人たちは、コッチはまだか、さっさと済ませろ、そう言いたげな感情がダダ洩れな視線を終始向けていることくらいだろうか。



「お待たせしましたー!」


 全ての治療を完了させるなり、葉介に走って飛びついてくる。ディックをかばいつつ、今度は襟をつかんで引っ張ったので転ぶことはなかった。


「……それで、俺はどうすりゃいいの? 見た限り、治療のこと何も知らない俺に、出番はないと思いますけど?」


 さっきの尊敬、これでチャラ……そんな言葉の代わりに、仕事の話を振ることにした。


「はい……ここは、第3のことを知ってもらうために来ただけなので。ヨースケさんには、次の仕事場で働いていただきます。ディック?」


 葉介に抱きしめられている、ディックに呼びかけながら、城門に背中を向ける。ディックはその後ろをトコトコついていき、葉介も二人に続いて歩き出した。



 城門から離れ、城内の廊下を通っていく。そこから中心に向かって、出てきたのは、どうやら城の中庭らしい場所。そこには……


「おぉー……」


 葉介がこの世界に来て、ある意味初めて、魔法的な光景が広がっていた。


「ここは、洗濯場です。魔法騎士たちの騎士服は全てここに集められて、私たちがそれを洗濯する、ということです」

「洗濯までするんだ……」

「はい! 魔法騎士たちのサポートが、第3関隊の仕事ですから。もっとも、さすがに下着や私服、あと、騎士服でではありますが靴だけは、自分たちで洗濯してもらいますけど」


 それもそうね、と返しつつ、改めて、この場を見回した。

 真っ先に目を引くのが、空に浮かぶ巨大な水泡が三つ。よく見ると、その全てに騎士服が入っていて、中で回転しているのが見える。


「ああやって洗濯するんだ……あ、ちゃんと色別に分けてる。偉い!」

「……そりゃあ、色はハッキリ分かれていますし、色移りしたら大変ですから」


 そんな、一つにつき三人以上で作り出し操っている、巨大な水泡の下では、別の魔法騎士らが一着、または二着ずつ騎士服を取り出しては、魔法を掛けていっている。それをされた騎士服は、ずぶ濡れだったのが、皺一つ無い状態で綺麗に乾燥されて、綺麗に畳まれ重ね置かれていく。


「ああやって畳んだ騎士服は、後で元の持ち主の元へ送られるわけです」

「元の持ち主は、どうやって特定しているのですか?」

「これです」


 返事をしつつ、セルシィは自身の騎士服の前ボタンを外し、その下と……騎士服の内側を晒した。


「騎士服のシャツ、ズボン、靴下にはそれぞれ、その持ち主である個人の名前が刺繍されています。その糸には、それぞれ個々人によって違う魔力を宿しているんです。後は、その魔力を宿した各魔法騎士の部屋へ、【移送】の魔法で送られていく、というわけです」


(【移送】……昨日渡されて、書いた後の書類にメアが魔法を掛けて、勝手にどっかへ飛んでいったアレか……)


 セルシィが、自身の名前の刺繍と共に、必然的にさらけ出した上半身には、この日のために用意した、現代日本でいうスポーツブラによく似た衣服が一枚だけ。

 それに乳房を包んではいるが、隠すどころか、前に突き出ているせいで乳房を余計に際立たせ、上の谷間、左右の膨らみ、二つの突起までさらけ出している。

 そんな双丘に加えて、白く、きめ細やかな柔肌に包まれている、くびれた、だが豊満な柔らかさが見るだけで伝わる艶めくウェスト。

 誰もが美しく、艶っぽいと認める。そんなへそ出しの上半身を見せつけるセルシィを尻目に、葉介は昨日のことを思い出して、そういう魔法だったんだと納得していた。


「……俺の騎士服に、そんなのあったかな?」


 ディックを含む、一部の男魔法騎士らがドギマギしている中で、葉介もまた黒フード付きのジャケットを開いて、その下、赤い騎士服も開いて、内側を見てみる。


(……無い。まあ、当然か)


 葉介に魔力は無い。だから、それを込める必要がある刺繍など、着ける必要は無いんだろう。


(洗濯も、どうせ自分で全部することだし。靴下も基本、俺もミラも履かないし)


(ヨースケさんの体……鎖骨、肩、胸板……ッ)


 葉介にしたことを、無意識とは言え仕返しされる。現代日本のタンクトップによく似た下着が顔を出し、その下。腹筋周りの贅肉はやや目立つものの、それ以上に、発達した肩、厚い胸板、鍛えられていると一目で分かる上半身が露わになる。

 結果、葉介はセルシィに対して、興奮どころか興味関心を全く惹いていない様子なのに、セルシィは葉介に対して大いに興奮し、ついでに、一部の女魔法騎士らまでドギマギさせる結果となった。


「……じゅるり?」

「ハッ……それで、ヨースケさんには、こっちを手伝ってもらいます」


 よだれを拭い、騎士服を慌てて着直しつつ、歩き始める。

 葉介も、セルシィの後ろを歩いていきながら、時折すれ違う青色に対して会釈していく。そうして出会う青色たちの顔なんかわざわざよく見ていない。だから、そんな青色たちの半数近くが、彼に尊敬と憧れの眼差しを向けていることには気がつかなかった。

 そんな中で移動した先は、水泡の一つ。青い騎士服の、真下。そこには、水泡を操る者たち、取り出し乾燥させる者たちとは別に、騎士服を受け取って、桶の水で洗っている者たちがいた。


「大抵の汚れは、【水操作】で作った水泡を操ることで洗い落とせますが、中にはそれでは取れない、しつこい汚れもあります」

「それは、さすがに人の手で取り除くしかない、と?」

「はい。水を操る魔法を応用して洗い落とす方法もありますが、やはり確実なのは、人の手と石けんを使った方法ですね」


(あるんかい、石けん……)


 石けんは実家でも紀元前には存在していたことなど、葉介は知らない。なので考えないことにして、それぞれ一人に一つずつ用意されている、木桶の前に座らされることになった。


「ディックが教えます。この子、洗濯の腕は第3関隊……いいえ、魔法騎士団で一番なんですよ」


 それは褒めてるのかしら……葉介は疑問に感じるが、とうのディックは、ふにゃりと表情を綻ばせている。嬉しいらしい。


(何も知らない新人の下っ端にはちょうどいいし、魔法も使わないから魔法が使えないこともバレない……なるほど、適職だね、こりゃ)


「それでは、早速一枚来たので、やっていきましょう! ヨースケさんは普段、自分の騎士服は自分で洗濯しているんですよね?」


 確かに、私服も騎士服も、葉介は自分で洗濯している。

 ただし、それはせいぜい川の水で手揉み洗いして、汗やら汚れを簡単に落としている程度。騎士服も、貰ったのはおとといで、こんな仕組みがあること自体知らなったから、自分で洗うしかなかった。

 そう正直に説明すると、ディックは苦笑しつつも、指導を始める。


「騎士服を受け取った後は、もちろん、汚れの残った部分を重点的に洗うわけですが、ただ洗剤を着けて揉み洗いすればいいというわけじゃありません。あんまり力を入れてしまうと、皺やヨレになったり生地が傷んだり、色落ちしちゃったりしますから。だから、あまり力を入れず、こうやって擦って――」


 ディックの説明を受けつつ、騎士服を受け取り汚れた部分を洗っていく。

 時に、ディックに手を握られたりしながらの、分かりやすく丁寧な教えを受ける。結果、元より毎日川で洗濯していた葉介の腕が、更に上達することになった。


 そして、そんな二人の様子を、心よく思わぬ者が、約一名――


(くぅ――本当なら、私が直接教えてあげたかった! けど、関長の仕事は指示と部下たちの監視だし、洗濯だけなら私よりディックの方が上手だし……というか、ディックも平然とヨースケさんに触りすぎよ! 男同士とは言え、うらやましーいー!!)


 自分はさっきから、葉介の手を図々しく握っておいて――



 そうして、洗っている騎士服も無くなってきた時、気づいた。


「ディック様? あの騎士服は、なぜ集められているのですか?」


 葉介が指さした先には、騎士服を乾燥させた者が時々、畳みもせずに移動させた場所。

 そこに、服、ズボン、靴下に分けられてはいるが、無造作に放り投げられ、小さな山となって積まれているのが見える。


「あれは、全て廃棄するものです」

「廃棄……するのですか?」

「ええ。ひどく傷んでいたり、大きな穴が空いていたり、色褪せていたり。一応、魔法で修復することもできるんですけど、それが無駄だと判断した物はああして集めて、魔法騎士には新しい騎士服を送るわけです」

「ふむ……廃棄ということは、全て捨ててしまうのですか?」

「そうですけど、さすがにただ捨てるのはもったいないので、基本的には細かく刻んで、火を燃やすための燃料にしたり、服屋に無料で引き取ってもらったり、後は、雑巾とか手ぬぐいとかに【加工】して、騎士団内の希望者や表の患者たちに配ったりしてますね」


 最近はどれも、需要が無くなってきてますけどね。

 そんなディックの言葉にうなずきつつ……

 そう言えば、患者たちは帰っていく際に、カラフルな何かを受け取っていたな。

 そう思い出しつつ、積まれている騎士服を眺めた葉介は――


「あれ、私がもらってもいいですか?」

「え? それは、構わないと思いますけど、どのくらい?」

「全部」


 葉介が擦っていた騎士服を洗い終わるのと、水泡の中の騎士服全てが無くなるのと、ディックが驚きの息を呑むのは全て、同時の出来事だった。





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