第2話 弟子、城下町へ行く
「すごいです、ヨースケさん! 初めての書類整理なのに、あっという間に済ませちゃうなんて……」
「そうですか? ありがとうございます」
「だから、敬語が出ているってば」
左右に立つ二人から称賛を受けて、葉介は曖昧に笑っている。
二人だけでなく、メアも密かに驚いていた。
ただでさえ、細かいことや専門用語が書かれた書類に目を通すだけでもそれなりに大変なのに。葉介は筆記魔法が使えず、初めて見た文字を手書きして、サインや誤字脱字の修正をするしかない。
それを、あっという間に文章を流し読みしていきつつ、メアでも見逃すような細かい誤字脱字を見つけ出し、そこに修正を入れていく。
数字の計算にしても、別の羊皮紙に、多分おっさんの故郷で使われていた数字でメモして、それを計算している。
メモや計算自体には普通に時間を使ってはいるが、それでもだいぶ早く終わらせていて、簡単な計算なら暗算で済ませて、間違っていた数字は修正。
そんな感じで、慣れた魔法騎士たちに比べれば当然時間は掛けてはいたが、メアが初心者のためにと考えて用意した書類の束の全て、あっという間に汚いサインをしてしまっていた。
(めちゃくちゃ慣れてる……元いた世界で、こういう仕事してたってことかな?)
メアの考えた通り。
実家にいた時の葉介は、こういった書類作りが主な仕事だった。
メインのデスクワークをする人間や、営業の人たちが作った資料に目を通して、それの誤字脱字の確認であったり、計算違いが無いかの確認は当然してきた。
更に言えば、サポートしている人のために必要な資料を事前に集めて、そこから必要な情報を書き出してまとめておいたり、そうしてまとめた情報の共有のために、その人の営業先に同行したり、後から合流したり……
そんな、下っ端だけは何年も、失敗し、間違えては怒られながらも続けてきたおかげで、大して難しいことは書かれていないこれらの書類を整理することは難しい仕事じゃなかった。
だから……
(いちいち褒めんでもいいっての……俺の年齢忘れてない?)
そんなことを思いながら、メアに追加された仕事も、上から順に終わらせていった。
(しかし、魔法で書いてるくせに誤字脱字は起こすんやな……どっち道、トレーニングだけじゃなくて、字を書く練習もした方が良さそう)
(にしても……印鑑無し。元号無し。最高)
実家に居座る邪魔臭い風習からの解放に喜びつつ、メアに言われた書類仕事を終わらせたタイミングでお昼になり、リムとメルダに促されて食堂へ。そこで、集団での居心地の悪さと、美味しい昼食を味わって。
昼休みが終わった後は、城の外へと駆り出された。
「城下町の見回りは、午後にやるのか?」
「日によるわ。一日ごとに午前と午後の担当がそれぞれ割り当てられて、空いた方の時間で書類仕事をするということよ」
「今日は、ヨースケさん以外にも、キチンとした魔法騎士たちが見回りをしているので、あまり緊張しなくてもいいですよ」
(別に緊張はしてねーけんど……)
「……それで、騎士服から、普段着にわざわざ着替えたわけ? 三人とも」
「はい! 一番の目的は、第4の仕事を知ってもらうことですけど、本来三人ともお休みですし、見回りついでに遊びましょう!」
「メア様からも許可もらってるから、気にすることはないわ」
(おい関長……)
「騎士服だと、気軽に遊べなくなるし。町の人たちの目も変わるしね」
(当たり前や……)
大きな城門を出て、そこから下へ……城下町に続く一本道を下っていく。
振り返れば、ファンタジーやメルヘンでよく見聞きする城が建ち、正面には、一本道の先に城下町が、その向こうには、大きな森が広がっているのが見える。
(通ったことの無い、静かな道を歩いていくこの感覚……好きやな、結構)
「とうちゃーく!」
城への一本道を下りきって、そこから真っすぐ、十分ほど。
以前ここを通った時は、馬車からチラ見した程度だった。そして今は、一本道を下りながら眺めて見えていた通り。
道は綺麗な石畳が敷き詰められていて、その広い道の左右には、木製の色彩豊かな家か、石造りの淡くて渋い色合いの、とがった屋根の家々が並んでいる。
高さは様々だが、ほとんどの家が二階建て以上あって、窓から人が覗いていたり、窓から洗濯物を干してあったりと、上品な中に庶民的な親しみ易さも感じさせる。
「この辺りは、人々が住んでる住宅地です」
「静かで人目も少ない分、時々泥棒が出たりするわ。金持ちの家も多いしね」
「ほぉ……」
周りを見ても、確かに人の姿は少ない。家の中にいるか、仕事で外に出ているかのどちらかなんだろう。
「さあ、見回りを開始するわよ」
住宅地には、当たり前だが多くの家屋敷が並んでいる。並んでいる建物の数だけ、表にも裏にも多くの通りが出来上がっていて、通りがかりながらそういった道に目を光らせていく。
特に何事も起こらない、静かで平和な場所ではあるが、元々の広さと、見回るべき道の数の多さから、予想よりも時間を要した。
「平和だって話は本当みたいね」
途中で通りがかった、子どもたちが遊んでいる広場を眺めつつ、そう言葉を漏らした。
「はい。魔法を使った犯罪もたまに起きますけど、基本的に何事もなく平和ですし、子どもたちも、誰かしら大人の監視はありますけど、元気で伸び伸び過ごすことができる、平和な町です」
「ほほぉ……」
住宅地をあらかた見て回った後は、町の中心へ。
「おぉ……活気づいとるなぁ」
葉介の実家の繁華街に比べれば、規模も、大きさも、人の数も、何もかも及びもしない。
そして、そんな世界の国にあって、人々が笑い、活気にあふれ、盛り上がっている。
露天商には、色とりどりの服や飾り物、食べ物、土産物、お面等よく分からない物と、様々な物が並んでいて、端に並ぶ家を覗けば、美味そうな香りの湯気が漂う。
そんな店に入るか覗くかしている人々の誰もが、笑い、楽しんで、店を経営する者たちは、そんな人々から多くの客を獲得しようと声を上げている。
活気だけならむしろ、より目の前で身近に感じる分、葉介の実家よりも力強く感じられた。
「ここが、城下町の中心です。魔法騎士たちも、休みの日に遊びに来たりしますね」
「これだけ人がいるから、たまに乱闘騒ぎが起きたりするけど、それ以外は平和な場所よ」
「ふむ……」
話を聞きながら、町の端から端へ、視線を送ってみる。
確かに、どこも普通に行商や接客、客引きに勤しんではいるが、そういう騒がしさに隠れて、良からぬことを考える者もいるものだ。
そう思いながら眺めてはいるが……
(確かに、事件は無さそう。あるのは、影でうつむいてる浮浪者っぽい人らくらいか……)
「ヨースケさん、あれ行きましょう!」
仮にも仕事中ながら、リムは完全に遊びにきたノリで葉介の手を引いた。
辿り着いた先には、大きな台が置かれていて、その上にボールがいくつも置かれている。
そんな台の六、七メートルくらい先には、大小様々な大きさの、円く加工され、カラフルな絵の描かれた板が置いてあって、その中心に開いた穴に、この国の文字の数字が書かれている。
「球入れゲーム、ですか……?」
「わたくしが奢ってあげるわ。三人でやりましょう」
葉介が反応するより前に、メルダが店主に金を払ってしまった。そしてすぐに、一人二個ずつのボールを渡された。
「よーし、ちょっと待ってくんなぁ……――ッ」
大柄でやや強面のおっちゃんが、円い的に杖を向け、呪文を呟く。すると、床に並んで置いてあっただけの全ての的が、プカプカと浮かんで、上下運動を始めた。
「【浮遊】と【移動】の魔法か……色合いと言い、中々にイカす的ですな」
「お! 分かるかい兄ちゃん? 失敗しても参加賞やるから、気楽に楽しみな」
「そう言われると、入れてやりたくなるから不思議だよね……」
誰に聞かせるでもなくそう呟きつつ……
リムもメルダも、杖を取り出した。
(え? これそういうゲーム……?)
「まずはわたくしが行くわ。結構得意なのよ、これ……」
杖をボールの一つに向けて、呪文を呟く。そのボールは宙に浮いて、静止した。
「向こうまで操っちゃダメだぞ。その位置から狙って押し出すんだ」
「分かってるわよ……」
店主と会話しつつ、視線はしっかり的を見据えて。
動いている的、その中心の穴を目で追って……
「――ッ!」
そしてまた、魔法の呪文。大した威力でもなさそうだが、ボールは結構な速度で飛んでいき、的にぶつかった。
「ああー! もう一回――」
そしてまた、同じことを二個目のボールでも行うが……結果は同じ。
「残念! ほれ、参加賞の飴玉三つ」
その飴玉すら魔法で運んでこられて、メルダの手の上に乗せられた。
(あんな包みなんだ……)
「よし。次は私が……」
メルダを横目に葉介がボールの一つを手に取る。
「お? 兄ちゃん、杖は使わねぇのかい? 珍しい――」
店主が全てを言う前に、右手を振りかぶって投げ飛ばす。
ボールはメルダが投げた時以上に大きな音を立て、弾かれた。
「マジか……魔法を使わずにボール投げるヤツなんか何年かぶりに見たぞ」
(マジか……魔法を使わにゃボール投げることすらできんとか一大事やぞ)
そんな疑問を考えないようにしながら、すぐに二つ目を手に取った。
たった今、投げた感じの力加減、ボールの機動を思い浮かべる。
加えて、目の前に浮かぶ的の動きと、動く速度からタイミングを見計らい――
「ダリ――」
手を離れたボールは……的にぶつからず、穴の中へ吸い込まれた。
「よし、入った……!」
「確かに入った、けれど……」
「一番大きくて、動きも遅い、3点……」
「はい。3点の景品、飴玉十個」
リムとメルダの二人から、なんとも言い難い視線を浴びつつも、貰った飴玉は魔法の革袋に詰め込んでおいた。
リムも投げ終えた所で、その店を後にした。
「なんでわたしの出番カットなんですか!?」
「なにか言った? リム……」
「いいえ……この飴美味しいです」
文章に起こすこともはばかられる0点っぷりがよっぽど悔しかったのか、飴の一つを舐めつつふて腐れているリムを横目に、メルダはまた提案した。
「せっかく来たんだから、何か食べましょうよ」
「そうですね……今度はわたしに奢らせて下さい。ヨースケさん、何が食べたいですか?」
「…………」
お昼ならさっき食べたところだし、大して腹も空いてない。それに、年下にばかり奢られるのもいい気分はしない。だから遠慮したいところだが――
ここで遠慮したところで、どうせしつこく迫られる。だから、お言葉に甘えることにしておいた。
(とは言っても、こんな知らない世界の、初めて来た町で、食べたいものなんて――)
「あれ食べたいです」
尋ねられ、町を見回して、見つけるまで、約四秒。
葉介の指さした方へ、三人とも移動すると、そこにあったのは……
(おかゆさんやー!!?)
実家のそれとは見た目も香りもだいぶ違うものの、湯がいた穀物をお椀に注いで、木製の匙で食している。おじやか雑炊か――
「麦がゆ、ですか……」
おかゆさんで間違いない……
葉介のリクエストを聞き入れ、早速三人分を注文。目の前で鍋から木製のお椀に注がれて、同じく木製の匙と一緒に渡された。
「いただきます」
リムから手渡されたそれを、受け取る前に手を合わせる。普段、正式な三食以外の軽食では言わないながらも、久しく出会った故郷の味的な料理を前に、妙に厳粛な気持ちになった。
「いただき……?」
「ます……?」
(おかゆさん♪ おかゆさん♪)
二人が見つめている前でお椀を受け取り、早速一口。
(……まぁ、こんなもんか。当たり前だが、お米とはだいぶ違うわ……)
そもそもこの世界に白米が存在しているのかどうか、葉介が知るわけもなし。
そんな知りもしない疑問を考えるよりも、この新しくも懐かしい味を堪能したい。
そして、そんな葉介の食事シーンを見ている二人は――
(ヨースケさん……)
(美味しそうに食べるわね……)
特に表情の変化は無しに、黙々と、一口ずつ口に運び、食している。
いつも目の前で見てきた、口では不味いと言いつつなぜか美味そうに見える葉介の食事シーンを見て、自分たちも麦がゆに手を伸ばした。
(……うん。分かっていたけど……)
(別に普通よね……)
余談だが、この二人に限らず、葉介の食事シーンを見ていた周囲の人間たちによって、その日の麦がゆの売り上げが急増したのは、また別の話である……
「お二人ともありがとうございます。遊ばせてくれたうえに、ご馳走にまでなっちゃって」
「気にしないでください。いつも鍛えてもらってるお礼です」
「まあ、鍛えてあげたお礼の代わりでもあるけど」
仕切りに恐縮している葉介に対して、二人とも笑顔で応えていた。
「他にも、行ってみたいところはありますか?」
「他にも……て、あの、城下町を回っている目的、忘れてないかな?」
「え? 遊びに来たんじゃないんですか?」
リムの答えに、葉介もメルダも、倒れかけたのをどうにかこらえた。
「あのね……リム、わたくしたち、今ヨースケに、第4関隊の仕事を教えているところでしょう」
「あー……」
そこでようやく、リムも思い出したように声を出した。
とは言え実際、正式な当番の者たちが見回っている中、意味合い的には仕事よりも城下町を覚えることの方が重要でもある。
なので、目的が遊びであれ、町の中を回るという意味では同じなのだが……
(俺の考えが堅っ苦しいだけなんだろうか……お?)
頭を抱えたタイミングで、二人ではなく、別の物が目に入った。
「ヨースケ? どうかしたの?」
「……ありがたい。あのお店に寄らせてください」
指さしながら、二人の返事を待たず歩いていく。
二人とも、表に服が並んでいる店へ歩いていく、ヨースケの後を追いかけていった。
「いやー……おかげ様で、良い買い物ができたわ」
「たくさん買いましたね」
「ミラ様から、お金受け取っておいて正解だったわね」
買い物を済ませ、人が集まっていた町の中心から離れて、空がオレンジ掛かる時間帯。今は人の姿が少ない、町の出入り口のすぐ目の前までやってきていた。
「……ここが町の終わりです。とりあえず、わたしたちが見回りをするのは、城からこの町への出入り口の、ここまでの範囲ですね」
「実際に見回りするのは、今日回った以上に広い範囲だから、大抵は六、七人で決められた範囲を交代の時間まで歩きまわるってわけ。夜は全員、城に戻るけどね」
「六、七人……それっぽっちで足りる?」
今日半日回っただけで感じた、素朴な疑問だった。
城や、ここから見た感じ、そこまで大きな町じゃない。だが、実際にここまで……途中、食事したり、遊んだり、買い物したり寄り道したとは言え、午後に城を出て、ここまでの主だった場所を見て回りながら歩いてきて、もう夕方。
もちろん、各人の担当区域だったり見回りの範囲は決めているのだろうし、さすがに町の全て、道の全て、家屋敷の裏表、全てを隅々まで見て回るということは無いにしても、目的が犯罪抑止なら、人も物も、見るべきものはたくさんあるだろう。
魔法があることで、いくらかの融通は利くのかもしれないが、それを差し引いても、そもそもの人数が足りていないように感じた。
「そう言やぁ、今日回ってる間も、魔法騎士の姿一人も見かけませんでしたけど、それは……?」
「ああ、それは……」
葉介の疑問に、リムが答えようとした時……
ガタンッ、と、後ろから、大きな音が聞こえた。
振り返ると、荷物が乗った荷車を、中年の男と、幼い男の子が押しているのが見える。よく見ると、片方の車輪が、道の凹みにハマっていた。
「なにしてるの? 魔法で浮かせたら、一発じゃない」
「魔力切れ、でしょうか? 荷車もボロボロですし」
「そのようね」
二人に答えながら、葉介が近寄った。
「お手伝いしましょうか?」
前で荷車を引いている男に話しかけ、車輪の側に立つ。男や子どもが返事をする前に荷車を持ち上げて、車輪を道に戻した。
「わぁ!」
「おお……いやぁ、ありがとう!」
男の子は無邪気に喜んで、父親は、葉介の行動に驚きながら礼を言っていた。
「すごい力だなぁ。魔法も使ってないのに」
(いや、持ち上げろよこのくらい……)
ふとチラ目してみると、リムにメルダの二人まで驚きを顔に出している。
非力にもほどがあるだろう……ついさっきの二人の言葉と言い、魔法異存による体力の儚さを嫌が応にも理解させられる瞬間である。
「今時、こんなに力持ちとはなぁ。あんた、猟師かい? それとも、大工で建材を体で運んでるとかか?」
よほど力持ちが珍しかったのか、グイグイと聞いてくる。この世界の職業事情なんか知らないから、正直に答えることにした。
「とんでもない。ただの一魔法騎士ですよ」
「え? 魔法騎士……?」
「ええ。ですのでお気になさらず。困った時は、お手伝いさせていただきますから――」
「当たり前だ!!」
葉介が話している最中だった。突然大声を出したかと思えば、胸倉をいきなり掴んで、顔に拳を打ちつけ始めた。
「誰かと思ったら魔法騎士だ? だったら助けるのが当たり前だ! 税金泥棒の分際で、一回助けたくれぇで、なにエラそうにしてやがる!? 税金泥棒の分際で、イキがってんじゃねぇよ!!」
「……別に、イキがった覚えは無い――」
「黙れぇえええええ!!!」
また絶叫し、二発、三発、何発も拳を打ちつける。
自身が感じている、怒り、イラ立ち、ストレス、その全てを声に、拳に乗せているようだった。それも、相手が魔法騎士なのだから許される。そんな確信から来る間違った自身が、総身に溢れている。
「ヨースケ!」
「ヨースケさん!!」
当然、リムもメルダも黙っているはずがなく、すぐに止めようとしたものの……昨日、村でやった時と同じように、葉介が手をかざし、必要無いと静止しているのが見えた。
実際、葉介が余裕で持ち上げられる荷車をビクともさせることもできない、魔力も切らしている男の拳を何発受けても、葉介がこたえるわけがなかった。
拳と一緒に飛んでくる暴言にしても……
「この薄汚ねぇ給料泥棒が!!」
「テメェらが俺らを助けるのなんか当たり前だろうが!!」
「エラそうに突っぱねてんじゃねーぞ、この役立たず!!」
「お前らなんかなぁ、一人残らず死んじまえクソ野郎ども!!」
若い魔法騎士の連中なら多少はこたえるかもしれないが、ココよりはるかに辛い実家の社会で、それなりの苦労や理不尽を経験してきた葉介には、こんな中身の無い罵声罵倒など、のれんを腕押ししたほどの感触も感じない。
幸い、黄色二人のことには気づいていないようだから、このまま怒鳴らせることにして――
「おら聞いてんのか!!? 税金泥棒のクソ野郎が!!!」
ひときわ大きく叫んで、握り拳が飛んでくる。
頃合いだと感じて、余裕で目で追える上に、まるで威力のないその拳の先に、生え際――頭蓋骨の最も固い部分を持っていって、拳が届いたと同時に適当に吹っ飛んでやる。
「痛って――っ」
狙った通り、今まで何度も殴ったことに加えて、硬い部分を殴って痛めたらしい。
もっとも、あれっぽっちの威力なら、大したケガはしようが無い。
そんな痛みに耐えながら、自分の拳が男をぶっ飛ばしたと満足した男は、荷車をつかんだ。
「二度と俺の前に現れるな!! 俺らのために死ぬまで働け!! そのまま死ね!!!」
言いたいこと全てを叫び終えて、そのまま荷車を引いて去っていった。
「ヨースケ! 大丈夫!」
「おケガは無いですか?」
はたからずっと、拳を握り閉めながら黙って見ていた二人とも、ようやく葉介に駆け寄った。
葉介がこんなことでケガをしないことは知っている。それでも、二人にとっては見慣れない暴力を浴びせられた、そんな葉介の身は心配だ。
「……あの程度で、ケガさせられたって思ったなら、おめでたいですけどね」
案の定、掴まれた襟が伸びていて、わざと転んだ拍子に服を汚した程度で、ケガらしいケガはしていない。
「あ、あの……」
そんな三人の耳に、また別の声が聞こえた。たった今助けた男の、幼い息子が弱々しく話しかけてきた。
「その……助けてくれて、ありがとう……」
今にも泣きそうな声で、精一杯にお礼を言っている。父親が殴ったことに対しても謝りたい。そう、幼いながらに葛藤しているのが見て取れる。
「どういたしまして。飴ちゃんあげるから、元気をお出しなさい」
的当て屋で貰った、飴玉の一つを手渡して、頭をさすってやった。
「え、でも……」
「早く追いかけた方がいいですよ。怒られますぜ」
そう話しかけた直後、確かに、男が去っていった方向から、怒鳴り声が聞こえてきた。
「ありがとう……お父さんが、ごめんなさい。本当にありがとう!」
飴玉を受け取って、言いたいことを全部言い終えて、急いで父親を追いかけて。
引いている荷車に手を添えて、そのまま押していった。
「まあ、こういうわけよ。魔法騎士が、大っぴらに姿を現して、町の中を見回りしない――できないのは」
さっきの場所とは真逆の方向。来る時に通った道とは別の、だが最短の道を通って。
城まで帰る道中、メルダとリムの二人から聞かされたのは、魔法騎士の現状の話。
「わたしたちが子どものころは、魔法騎士と言ったら、この国と国民を護る、子どもたちにとっては憧れの職業でした。大人たちにとっても、お城に雇われる安定した職業として注目されてて。それだけに、それなりに敷居の高い職業だったんですけど……」
「この数年……わたくしたちが騎士団入りする以前には、国民からの非難の的になっていたわ。元々、戦争が始まる前から、小さいけど国内で自給自足ができるくらいには豊かで平和な国だったけれど、周りの大国同士が勝手に戦争始めて。それに巻き込まれるのを防ぐために急造してできたのが、魔法騎士団だったのよ。だから戦争が終わって、その後の国の立て直しも済んでからは、魔法騎士団はとっくにお払い箱になるはずだった。実際、魔法が発達してからは、自衛も自治も自力でできるようになったし」
ミラからは、軽く聞かされただけの話を、二人は魔法騎士団の歴史も踏まえて、より具体的に話してくれた。
「ところが、どういうわけか、お払い箱にはならなかった。最初の内は、戦争で戦ってくれて、昔も今もこの国を護ってくれてる英雄たちって扱われてたから、みんな歓迎してたし、憧れていたのよね。実際、今でも年寄りたちには、魔法騎士たちのことを気遣ってくれる人もいる。けど――わたくしたちもそうだけど、戦争を知らない世代が増えてからは、自分たちにも普通にできることを仕事にして、自分たちが払った税金から給料をもらってる。そんな魔法騎士たちの存在は、面白くなかったのでしょうね。年々、魔法騎士への不満は増して、今となっては、目の前を騎士服着て歩いてるだけでイヤな顔されて、襲われるのなんて、ザラになったわ」
「ヨースケさんは、さっき殴られてましたけど、あれくらいならまだ、全然軽い方です。ひどい時は、大勢から石とか色んなものぶつけられたり、隠れて魔法で攻撃されたり。中には、魔法騎士だって知って、嬉々としてこき使おうとする人もいます。魔法騎士の中には、顔を覚えられちゃって、私服なのに魔法騎士だってバレてるから、そういう目に遭わされた人もいます。だから、顔を変えなくちゃいけなくなったり、せっかくの休みの日も、町に行けなくなっちゃったり。そういうのが怖くなって、魔法騎士を辞めていった人もいました」
「……仕返しすれば良いんじゃない?」
二人の話を聞きながら、感じた疑問を尋ねてみる。二人ともが、苦笑した。
「そうしたいのは山々ですけど、下手に大事にしたら、わたしたちだけじゃなくて、魔法騎士全員に迷惑が掛かってしまいますから」
「過去にも確かにいたわ。日々の嫌がらせに耐えかねて、魔法で仕返ししたっていう魔法騎士。後日、仕返しされた連中が、仲間引きつれて城まで乗り込んできて、それで結構な大騒ぎになっちゃったらしいのよね。それでその人、クビになっちゃったし」
「それ以来、明らかな騒ぎや犯罪行為を止める以外の目的で、城下町の人たちに魔法を向けることは禁止されちゃったんです。余計なトラブルは増やさないようにって……」
「必要とされてないうえに、ストレスのはけ口にされたら反撃も許されんと……とことんアホらしい集団ですね。魔法騎士って」
説明を聞いて感じた、葉介の正直な感想に、二人とも、歯噛みさせられた。
それだけ下らない集団になり下がったせいで、今ではこの二人や、この二人より能が無い人間でも簡単になることができて、同時に誰もなりたがらない職業が、魔法騎士だ。
日々人々に疎まれて、必要とされるべき時でさえ誰も見向きもせず、いざ必要とされて働いても、それがどんなに大変であれ危険であれ、当たり前で済ませられ、その働きがちょっとでも伴わなければ、大いに凶弾される。
聞いているだけでバカバカしいそんな職業に、それでも他になれるものが無い人間が集まってできた集団。それがわたしたち、魔法騎士なんだ……
「ちなみに、町民の皆さんにしちゃいけないのは、魔法を向けること、それだけですか?」
「……え? はい」
「それ以外に、人にケガをさせる手段は、無い、から……」
「そうですか……」
二人とも――答えながら葉介の顔を見て、身を震わせた……
「はぁーい、そこで止まってー」
ちょうどそんな三人の耳に、いかにもな声が聞こえてきた。
目を向けると、いかにもな服装で、いかにもな顔をわざとらしく作って、いかにもな雰囲気を醸し出している。
そんな、いい歳をした女が三人、杖を片手に葉介ら三人を見ている。そこは住宅地の中でも、特に人けが感じられない場所だ。
「よぉ……そこのジジィ」
中心に立つ女が、あまり女性らしくない口調と態度で葉介に声を掛けた。そんな様を見せられると、察しの悪い葉介にも、要件は分かってしまう。だから、同じように微笑みながら、魔法の革袋に手を突っ込んで――
「これか?」
そこから、朝にミラからもらった、金の詰まった皮の袋を見せつけた。
「それ! それだよ!」
「さっき、服屋で買い物してるの見てたよ。随分羽振りが良さそうだね」
「まあねぇ……これ渡したら、後ろの二人は見逃してくれますかね?」
袋の中身を手の平に出して見せつつ、鼻息を荒くする三人の方へ歩いていく。
リムもメルダも、葉介の買い物の様子を思い出した。
服屋の表に飾られていた服を何着も買うために、店主に提示されたのは結構な額だった。それを葉介は、アッサリ皮の袋から取り出して見せて、店主を驚かせていた。
あの時から、ずっと目を付けられていたのかと、二人とも後悔した。
(もっと、買い物は慎重にさせておけば……)
(どっちかと言えば、豊かな人間が集まる城下町にも、そうでないヤツらは集まってるってことくらい、分かってたのに……)
二人が悔やんでいる間にも、葉介は三人のうちの、中心に立っている女に金を渡してしまう。それを合図に、左右で杖を握っていた女二人も、その金に集まりだして――
「がぁッ――」
「ごふッ――」
「げぇッ――」
その直後。ひと塊になっていた三人とも、葉介の蹴りに、拳に倒れ、叩きつけられ、杖は三本とも折られてしまった。時間にして、六秒未満。
「じゃあ、行こっか」
折った杖は放り捨てて、取り戻した金はしっかりしまって、爽やかな笑顔を二人へ向けて。二人とも、苦笑するしかない。
(ヨースケさん、怖い……)
(確かに、禁止されてるのは魔法、だけだし……今時、魔法も無しに相手を動けなくできるような人なんて、ミラ様か、ヨースケくらいしかいないし)
「……て、ヨースケ?」
「どこ行くんですか?」
帰ると言いつつ、向かっていた城とは真逆の方向へ歩き出した葉介を追いかけながら、二人とも尋ねた。
「このまま城に帰ってるとこ見られたら、魔法騎士……少なくとも、お城で働く人だって、一発でバレちゃうでしょうよ。とっくにバレてるっていうなら仕方ないけど、そうじゃないなら、またしばらくブラついて、あの三人も誰も見てないタイミングで帰ろう」
二人とも、そんな説明に納得して、葉介に続いた。
魔法に対抗する手段は魔法しかない。二人とも、そんな常識の中で生きてきて、そんな常識を信じてきた。
そんな二人だからこそ、魔法を使わせる前とは言え、魔法も無しに、魔法を封じて黙らせてしまう。そんな葉介の姿は驚異であり、だが同時に、敬服するべき偉大さを見た。
(怖いけど……やっぱりカッコイイなー)
(わたくしも、鍛えたらヨースケのように強くなって……ヨースケのこと、守れるかしら?)
そして、そんな二人の思考など知らない葉介は、全く別の疑問を感じていた。
(城の大きさとか、城下町の規模とかからして、この国が小国なのは想像ついてたけど……そう考えてみると、戦争があったにしては、タフに生き残っとるんやな)
歴史も地理も政治経済も、社会科のことはよく分からない葉介にも、大国に囲まれた小国が、大国の食い物にされるという状況は容易に想像がつく。
戦争という、世界中がごちゃごちゃになった状況の中ならなお更だ。争いの少ない地域だったというならともかく、二人の話を聞いた限り、それなら最初から魔法騎士団なんか生まれていなかったろう。
そんな中、曲がりなりにもこうして、一つの国として生き残って、今こうして人々の生活が成り立っているのは、魔法とか、食料自給率とかの生産的な強みはもちろん、一人一人の平和への意識が成り立ってのことだろう。
(そんな平和は誇るべきことやが……そんな平和の、歪みの矛先が、魔法騎士ってわけ?)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらく町をぶらついて、三人の女が消えたことを確認した後で、城へと戻って。
メアに報告したところで、改めて、葉介は仕事から解放された。
「あ……」
「……おかえり」
第4関隊の部署を出たところに、ミラが待ち構えていた。
「もしかして、待っててくれたん?」
「ん……たまたま、通りかかっただけ……」
「そっかそっか……」
ミラに声を掛けつつ近づくと、肩に掛けていた、魔法の革袋に手を入れた。
「そうそう……これ、城下町に行ってきたから、おみやげ」
「……わたしに?」
「うん。いらないなら、捨ててもいい」
冷めた言葉を吐きつつ、取り出した紙袋を手渡す。受け取ったミラが、袋の中身を取り出すと……
「……なにこれ?」
「パジャマ。服、下着以外は騎士服しか持ってないんやろ?」
「……言ったことあったっけ?」
「前にチラッとね。余所行き用は俺には選べないけど、せめて、寝る時くらいは楽で暖ったかい服着ときな。サイズが合ってるかは、分からんけども……」
「……ありがと」
そんなやり取りをしている二人を、リムとメルダは、無言で見つめていた。
(あのパジャマ……自分の服と一緒に買って、どうするのかと思っていたけど、ミラ様のだったんだ)
(わたしを呼んでサイズを確かめてたの、三人の中で一番ミラ様と身長が近かったからですね……なんか、今日で一番、楽しそうな顔)
目の前で、ミラと話しながら浮かべる楽しそうな顔が、今日一日、一緒に遊んだ二人には決して見せなかった顔なのを、二人ともが知っていた。
「……じゃあ、わたしたちは、帰りますね」
「お疲れさま」
二人とも、心なしか不機嫌な声で別れを告げた。そして葉介は、そんな不機嫌を気にすることはなかった。
「うん。今日はどうもありがとう」
ただ、ミラが無言で紙袋にパジャマを戻すのを眺めているだけだった。
「……ヨースケ、お願い、ある」
「お願い? ああ、言ってみな? 飴ちゃん食べる?」
「食べる……」
印鑑無し。元号無し。最高w
と一緒に笑ってくれる人は感想おねがいします。




