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プロローグ  関長たちの夜

 魔法騎士団の労をねぎらう宴会も終わり、ミラと葉介がそろって床に着いた後――




「シャル……シャルぅ……」


 淡い光に照らされた、薄暗い部屋の一室の、ベッドの上で……

 一組の男女は絡み合っていた。

 二人とも、一糸纏わぬ生まれたままの姿で、互いに抱きしめ合っている。

 レイは、浅黒く焼けた顔を向けるシャルの、白く豊満な乳房に顔を埋めて……


「シャル……う、うぅ――」


 涙を流し、嗚咽を漏らしていた。


「レイ……お前はよくやった。死んでいった、私やお前の部下たちも、それは分かっている」

「でも、僕……僕のせいで――」


 どれだけ、優しい言葉を掛けられても、レイの涙も、後悔も、止まらない。


「止めたんだ……彼女たちに行かせたら、死ぬかもって、分かってた。だから、止めたんだ。けど、四人とも、僕の……僕なんかの、役に立ちたいからって……僕が、僕が行っていたら……僕が、死ぬべきだったんだ――」

「それ以上言うな」


 後悔に駆られ。部下の死を嘆き。自身の生存に苦悩して。そうやって自身の命を粗末に考える恋人へ、シャルは否定の言葉を送る。


「それ以上の言葉は、お前を信じて散っていった、部下たちに対する侮辱になってしまう。亡くした命は、どれだけ後ろを見ても戻らない。だから、前を向け」

「――――」


 ついさっきまで見せていた姿とは、おおよそかけ離れた、小さく、弱々しい男が、シャルの手首から先だけ黒い腕に抱かれていた。



 日々強さを求め、鍛錬を積み、魔法と技術を磨いてきた。関長に選ばれた後は、強くあることはもちろん、部下たちにとって頼れる存在であろうと努め、部下たちはそれを信じ、ついてきてくれた。

 おかげで、『最強』の魔法騎士と呼ばれ、誰もが憧れ、信頼される存在になったものの……


 本心では、部下や仲間たちへの申し訳ない気持ちと、自分なんかが本当に関長でいていいのかという、不安と迷いと、恐怖とプレッシャーに押しつぶされそうで。


 それをさらけ出すことができ、受け止めてくれる唯一の人が、シャルだった。


「お前は強い。それは、私はもちろん、誰もが認めている。そして、魔法騎士団の全員が、お前のことを信じている。そんなお前のために、命をかけて仕事ができた者たちが、お前の死を望んでいるわけがないだろう」

「シャル……」

「だから自信を持て……今は存分に泣いていい。そして、明日もまた、立ち上がれ。魔法騎士団、第1関隊関長、レイノワール・アレイスター」

「……うん」


 顔を合わせ、激励を与え、それを受けて……二人は唇を重ね、また絡み合う。


 魔法騎士になった理由と、魔法騎士でい続ける理由がここにいるから、レイは今日まで、戦い続けることができていた。



 魔法騎士団は女の仕事。


 なぜか、と問われれば、魔法騎士団の創設のころからそうだったからとしか言いようがないものの……

 全体の三割超は男で占められている今でさえ、そんな考えが根強く残っているだけに、二人が騎士団入りしたころは、よりそんな考えは顕著だった。


 そんな時代だったから、シャルはともかく、レイまで魔法騎士になる、と言い出した時には、何とか思いとどまらせようと、何度も止めようとした。

 だが皮肉なことに、魔法騎士になるというレイの言葉に反対する人間は、シャル以外、家族には一人もいなかった。特に母親は絶賛して、大喜びで送りだしたくらいだ。

 そうしていざ騎士団入りしてみれば、案の定、周りは女だらけで、男はレイ自身を含めても片手で数えられるほど。そんな少ない男たち同様、何かをする度、失敗する度、ことあるごとに笑われ、バカにされ、差別もされて、肩身が狭く辛い日々。


 もちろん、そうなることは分かっていた。だから止めた。

 そもそも本当はレイも、魔法騎士団になんか入りたくもなかった。

 それでも頑なに魔法騎士になる道を選んだ理由は一つ。


 シャルと一緒にいるためだ。


 幼いころから、周りの子より背が高かった。魔力量こそ人より少なかったが、魔法の扱いは人より上手かった。喧嘩っ早い性格が難だったが、喧嘩では男相手にも負けなかった。

 それだけ強い女の子の姿に、周りの子どもたちは逃げ出していたが、レイだけは、シャルに寄り添っていた。

 誰よりもそばにいた、同い年の二人だったから、惹かれ合うのは必然だったろう。

 大きくなったら結婚しよう……幼いながらに約束し、成長した後も、その思いはお互いに変わらず、むしろ強くなっていった。


 そんなシャルが、元魔法騎士である親――母親の兼ねてからの意向により、魔法騎士になることを強制されて。更に、将来的には父のような、魔法騎士の男と結婚すること。そんなことを母から言われた。

 それを聞いて焦ったレイは、まだ騎士団入りしてもいない段階だったシャルと一緒にいたいがために、魔法騎士団に入ったのである。


 そんなレイを追いかける形で騎士団入りした当初から頭角を現し、能力にも恵まれて将来が約束されていたシャルに比べて、レイは明らかに劣り、遅れていた。

 他の少ない男たち以上に努力をすることを笑われて、その度に余計に見下され、バカにされ。同期や先輩の男たちが騎士団を離れて、男が自分一人だけになった時もあった。それでも、シャルと一緒にいるために、毎日、毎日がんばって……




「……シャル……すき……すきぃ……」

「……私もだ、レイ……私も……」


 自分の夢を見ながら寝息を立てている、レイの涙を指でそっと拭い取り、優しく抱きしめてやる。

 体が小さくて泣き虫で、弱虫だったくせに、誰もが恐れていた私のことを恐がりもせず、どころか、私が悪ガキどもからひどい目に遭わされた時には、弱いくせに悪ガキどもに挑んでいって。

 それで逆に助けるハメになって、泣いているレイを慰めることもお約束だった。


 そんな、チビで泣き虫で弱虫のレイに、シャルは惹かれた。いつか、誰に何と言われようと、絶対にコイツと結婚するんだと決めていた。確信していた。

 だから、魔法騎士になることを強制されて、将来の結婚相手まで強制されそうになった時は憤慨した。レイと二人で遠くへ逃げようと、その時は本気で考えた。

 だが、それを言う前にレイは、自分も魔法騎士になると言い出して、シャルの静止も聞かず、本当に魔法騎士になってしまって。

 そこで、血のにじむような努力をして、気がつけば、同期の誰よりも期待されていたシャルさえ足もとにも及ばない、最強の魔法騎士になっていた。

 他の魔法騎士たちは、そんなレイの姿を賞賛し、持ち上げ英雄視し、憧れて。

 少なかった男の入団希望者も増えて。

 リリアを始め、他の女魔法騎士たちからも慕われて……


 それら全てが、レイにとっては不本意だったことを、シャルは知っている。

 彼が目指してくれていたのは、シャルに最も頼りにされて、そばにいることを許される……レイにとってのリリアや、シャルにとってのファイとフェイのような立場だった。

 それが、第1関隊の関長。関長と、副将、腹心、側近――呼び方はどうあれ、どの道、立場としてはただの一般騎士――よりは、関長同士の方が結ばれるには相応しいかもしれない。

 だが、主に城内や要人警護を仕事とする第2関隊と、城から離れた村々を担当させられる第1関隊とでは、頻繁に会うことさえ難しくなる。

 だから、最初に第2ではなく、第1関隊へ入れられることが決まった時はもちろん、関長に選ばれた時も、周囲に対しては笑顔を向けつつ、本気で嫌がっていた。


 シャルのそばにいたい。ただそれだけを目指してがんばってきたのに……


 それでも、心根からのマジメさと責任感から、周りからの期待に答えるために、渋々、だが堂々と、全て受け入れた。

 この時にはすでに、二人が子どものころなら国中から尊敬と憧れを集めていた魔法騎士団も、すっかり金食い虫の余剰物として、国中から疑問視されていたというのに……


(あの時と同じだな……お前が望むなら私は、お前を連れて、遠くまで逃げても構わんのだぞ……)



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 魔法騎士団の労をねぎらう宴会も終わり、ミラと葉介がそろって床に着いた後――


「危険です!」

「なにが……?」


 夜も更け、若い騎士たちの多くはすでに眠りについている。そんな中、メアとセルシィの二人は、メアの自室にこもり、酒と肴を片手に話し込んでいた。

 始め、お互い普通に親しく会話していたのが、話題に葉介が出たことで、セルシィが一気に興奮。

 葉介の素晴らしさ、強さ、尊さ、偉大さ、存在の大きさ――本人が聞けば、ただただ微笑むしかない話を、誇張し増長させて。

 ひとしきり話し込んで満足したと思ったら、突然テーブルに両手を叩きつけて、叫び出した。


「第4関隊の……名前は忘れましたけど、彼と親しくしている二人に加えて、第2のフェイさんに、リーシャさんまでもが彼に惹かれています。四人だけではありません! 今や大勢の娘たちがヨースケさんの魅力に気づいてしまっています。彼を一番最初に好きになったの、私なのに……!」

「あはは――まあ、確かに……」


 それを聞いているメアとしては、持ってきた酒をちびりつつ、ただただ微笑むしかない。


「だったらさ、誰かに盗られちゃう前に、コクっちゃえば?」


 微笑みながら、とりあえず無難な意見を出してはみたが、セルシィは更に興奮した。


「もうしました。けどメアも見ていたでしょう? 私が、ヨースケさんを好きだと言った時の返事を――」

「気のせいだ! ッブフゥッ……!」


 メアも、その時のことは覚えている。アッサリとした言葉と声色、そして無表情。

 玉砕とすら呼べない哀れな光景を思い出して、思わず吹き出した。


「笑いごとじゃありません! 何がツボにハマったんですか?」

「ブゥフフフフ……!」


 笑われたことで、余計に怒りだしたセルシィを前にしても、笑いは止められず、仕舞いには、涙目になってしまった。


「フフフ……きっと、本気だって思われなかったんだろうね。元いた場所? 世界? で、モテなかったっていうのも、事実だろうし」

「あんなにカッコいい人なのに……」

「うん……カッコいいし、すごく有能なのにね」



 場所が変われば、そこに住む個々人にとっての常識や認識、価値観は大きく変わる。

 国内外はもちろん、隣接する村々、場合によっては、家の隣人同士ですらそれは起こりうる。

 まして、彼は魔法すら存在していないという、異世界からやってきたというのだ。その意識の相違の大きさは、この世界しか知らない二人には計り知れない。


 ……まあ、実際は、そんな大げさな話ではなく、志間葉介という個人の人生が、女性と縁があったかそうでないか、という話でしかないのだが――


(モテるモテない以前に、おっさんとは言え、あれだけ有能なヤツを、あんなに卑屈で自己評価の低いヤツにした、異世界ってやつの方がよっぽど恐ろしく感じるよ)


 葉介の実家とココとでは、個人に要求されるものは、前提から価値観まで根本的に違いすぎる。

 そんな世界に生まれて、周りからの要求と評価のギャップに支配され、苦しみ耐えてきた末の葉介に刻まれた意識など、葉介の実家を知らない二人に理解できるはずもなし……



「こうなったら!」


 再びテーブルを叩いて、揺れる胸を張って拳を握る。


「こうなったら?」

「積極的にアプローチして、無理やりにでも振り向かせます! それしかありません!」


 涙を拭っているメアに対して、そう宣言した。


「あー、そう、うん……けど、セルシィにできるの? あのおっさん強敵だよ? そりゃあ、顔は可愛いし、ナイスバディだけどさ――」

「できます――やってみせます!」


 宣言し、鼻をフンスと鳴らしている。メアは涙を拭いつつ、肴を一口。そしてもう一度。


「まあ、君がそうするって決めたなら……応援してるよ。がんばってー、セルシアンちゃん!」

「な……本名で呼ばないで下さい!! 嫌いなんです!!」


 酒も手伝って上昇したテンションの中、だが、メアの応援に含まれた発言には敏感に反応した。


「しかも、相変わらず発音できてませんし」

「あれ? 言えてなかった?」

「まあ、この国の人には難しいかもしれませんけど、正確には……やっぱ、嫌いなので言いたくないです」

「アハハハ……ごめんごめん。じゃあ、応援してるよ。セルシィ」


 改めて言われた一言に、ありがとう、と一言返して、セルシィは部屋を後にした。




「…………」


 セルシィが出ていった後も、メアは流れる涙をそのままに、酒を一口。


「まあ、確かに、カッコいいよ。おっさんは……」


 セルシィと話して、イヤでも思い出す。

 本人も言っていた通り、レイや他の男騎士みたく、カッコイイ顔はしていない。ブサイクとまでは言わないけど、背も低くて覇気も感じられず、パッと見の印象は、冴えないただのおっさんだ。

 そして、そんな冴えないおっさんが、戦いの時にだけ見せる、強くて、格好いい姿……


「セルシィが好きになるの……分かるよ……」


 酒を飲みすぎちゃったかな? 体が火照って、むずがゆくなってきた。

 一番うずく部分に、指を伸ばす――


「んっ――んん――」


 酒は飲んだけど、特にトイレに行きたいわけでもない。なのにその部分は濡れていて、指でなぞると、体がゾワッとなる。


「おっさん……わたしも――ずるいよ……セルシィ……っ」


 切ない吐息と声を吐き、総身の疼きが治まり果てるまで……


 彼女は夢中で、自身を慰め続けた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 魔法騎士団の労をねぎらう宴会も終わり、ミラと葉介がそろって床に着いた後――



「くー……ししょー……わたし……がんばって……」


「やめろ、ミラ……それは、俺の髪の毛や……食ったら、腹壊す……」



 第5関隊の二人は、夢の中にいた。





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