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第13話  初仕事後の弟子

 魔法騎士たちの食事は本来、彼らに限らず、城で働く者たちが専用で集まり、利用する食堂にて行われる。夜遅い時間以外の好きなタイミングでそこへ行き、料理を注文すれば、常駐している料理人たちがその日のメニューを用意し、振舞ってくれる。


 葉介以外が、朝、昼、晩、三食を食べるために集まるその共有スペースは、広さはあるが、大きなテーブルと大人数分の安価な椅子が一定に並べられているだけの、目的は本当に食事のみという簡素な空間である。


 今回も、選抜組である魔法騎士たちは帰還した後で、食事はできるが決して長居したくなるわけでもない食堂に行くはずだった。


 だが、今日の彼女らは、そんな食堂など足もとにも及ばない、広さと豪華さ、美しさに彩られた、巨大な大広間に集まっていた。

 本来、王族としての特別な催しや、国賓やらVIPを招いてのパーティー等でしか使われず、彼らのような末端の仕事人たちには縁がないはずの、そんな場所だ。


 そんな場所に集められた魔法騎士たち。休みだったり、外出を楽しんだりしていたのを中断して集結した、総勢170名。

 彼ら彼女らの前に、杯を持ったレイが立ち、声を上げた。



「お前たち! 宴会だ! 挨拶は抜きにしてとことん飲め! 食えー!!」



 レイの歓喜の号令を合図に、座っている魔法騎士たち――色を問わず、実力の位を問わず、全員が同じように歓喜の声を上げ、盛り上がった。

 彼女らの前にはすでに、ご馳走が並んでいる。彼らがいつも食べている食事や飲み物はもちろん、今まで見たことがないような豪華な料理、高級な酒が並んでいる。

 見ての通り、今までにないほどに大量発生したデスニマを無事討伐した働き、更には、魔法騎士らの留守を狙って侵入しようとした賊を制圧した戦果を労い、彼女らが無事に帰ってきたその日に、宴会が催されることとなった。



「それにしても……今日の今日だというのに、よくこんな料理が用意されたな?」

「ああ……さっき、料理人たちが話してるのが聞こえたけど、今回の事件の規模と大きさ知った女王様が計らってくれたそうだよ」

「女王様がだと……!?」


 酒の入った杯片手のシャルと、両手に骨付き肉を握っているメアが、若い歓声に包まれている中で話していた。


「女王様が……だが、何も今日の今日でなくとも良かっただろうに。皆疲れている。それに、今回は大したことは無かったが、重大なケガ人も出たかもしれんというのに……」

「確かにね……けど、まあ第4のボクが言うのも何だけど、ボクたち魔法騎士に、休んでるヒマなんて無いっしょ。明日にはまた、この城と国を護るために仕事が待ってるんだから。なら、祝える時に祝っといた方が良いのも、事実でしょ?」

「それもそうか……まあ、とうの皆は喜んでいるし、今日で良かったのだろうな?」


 酒を一口含みつつ、大広間を眺めてみた。

 飲み物か、料理片手に、隣に座る者同士で笑いあう者、ひたすら食事をかっ込んでいる者、もしくは夢中で高そうな酒を飲んでいる者と。

 行動は人それぞれながら、この場にいる全員の顔に共通しているのが、歓喜の笑顔を浮かべていること。少なくとも、今日の仕事による疲れや負担を理由に、顔をしかめるような人間は一人もいない。



「……て、そう言やぁ、ミラっちとおっさんは? ある意味今日の主役っしょ? あの二人」

「ミラはいつも通りだ。少なくとも、ミラが料理を受け取った後、そのまま食堂で……まして、誰かと一緒に食事を摂っているところなど、私は見たことがない」

「まあね……おっさんも同じ理由かな? せっかくの豪華料理なのに……」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 シャルとメア、二人が噂をしている、第5関隊、総勢二人。

 その関長と、部下の二人はと言えば、その部下が住まいとしている物置小屋、その前を流れる川で、いつも通り焚き火を起こしていた。


「シカの肉……期待してたほどの味でもないね」


 城へと帰還した後、城の大広間での宴会へと向かう魔法騎士らを無視した葉介は、真っすぐに屠殺場へ向かって、預けておいたシカ肉を受け取った。

 そのまま物置小屋に戻った後は、こうして火を起こして、昼に言っていた通り、ミラと一緒にシカの肉を堪能していた。


「……わたしは十分美味しい」

「それはよかった……」


 ミラの感想にはそう答えつつ、葉介自身も、シカを食べる手は止めない。

 今言ったように、決して美味いと思えるものじゃない。シカの肉自体、今日まで食べた経験は無かったが、先にまぶしておいた塩の味以外に、風味も深みも感じない。

 それでも、思いがけず手に入った肉を、大きな仕事を終えた後に食していることで、ようやく、虚無と不信感以外に感じられなかった心に、達成感と呼べるものが満たされていくのを感じていた。


「てかさ、俺はともかく、ミラは大広間に行かんでよかったのか? 美味しい料理もあるらしいのに」

「……誰かと食べるの、苦手。騒ぐのも苦手。仕事以外の話するのも、苦手。だから、宴会は嫌い」

「ふーん……よく分かるよ。俺もそうだし」

「……本当?」

「うん……いくつになっても、慣れんものは慣れん。大勢で集まって、飲み食いするとか。俺も大嫌いだったよ。催されても参加なんかしたくなかったし。仕方なく嫌々参加する時もあったけど、こっちは別に話すことなんかないのに、向こうは笑って話しかけてきてさ。俺は勝手に飲み食いしてるから、そっちも勝手にやっとけって、いつも思ってたよ」

「……わたしとは、平気なの?」

「平気。多分、ミラと同じ理由」


 こんなふうに、途中で簡単な会話を挟みながら、黙々と、シカの肉を食していった。



「……そう言やぁ、まだ質問の答え、聞いてなった」

「質問?」


 二人して、シカ一頭を骨だけにして、その骨を火にくべた後。葉介が問いかけた。


「俺は結局、仕事はできてたのか? 命は粗末に確かにしたけど、仕事自体の評価はどう?」

「……レイとか、セルシィとか、他のみんなが、言ってた通りだと思うけど」


 答えが分かり切っているはずの質問に対して、ミラはそう答える。

 ユニコーンを葬り、葉介が生き返った後。レイを始め、あの場にいた魔法騎士の全員が、葉介の働きに感謝し、歓心し、そして認めていた。

 更に言えば、今回の作戦を立てたのも葉介だし、魔法騎士総出のデスニマ討伐を制して、この城を護ることに成功したことも、シャルから聞いて知っている。

 そして何より、森での戦いや、レイの命を救ったことで、その仕事への意識の高さを誰もが理解した。


 魔法騎士の全員、シャルすらも、今日の仕事をキッカケに、葉介を認めたことは間違いない。もちろん、その仕事の評価は、完璧、とは言えないかも知れないが、最高、だった。

 それを、葉介が気づかないわけもないだろうに……

 そうミラも思ったものの、葉介は更に、冷たい声を返した。


「周りの評価なんぞ、興味ない……俺は、ミラの評価はどうなのか聞いてる」

「わたしの評価?」

「私が誰の部下であり、誰の弟子であるか、忘れてしまわれましたか? ミラ様?」


 そう、敢えての敬語で問いかけられたミラは、言葉に詰まってしまった。

 つまり、この男が欲しいのは、魔法騎士団の中でトップのレイでも、セルシィでも、メアでもシャルでも、あの黄色二人とか、周りの評価でもない。

 ただ一人。他でもない、わたしからの評価だということ……


「…………」


 言葉に詰まったまま、言うべき言葉が出てこない。

 一応、師匠として、ヨースケを褒めたことはある。ヨースケが一人でがんばって、修行で攻撃を当てることができた時は、皮肉られたけど、褒めた。

 レイがココに来た時も、初対面のはずのヨースケのことをやけに高く評価していたから、とりあえず、褒めた。

 けど今回のこれは、今までの事実だけを褒めるのとは、違う。明確で絶対な、最高の結果を叩きだしたことに対する評価を、ヨースケは待ってる。


 それだけのことをしてくれた年上の部下に対して、若すぎる上司が掛けるべき、評価の言葉――



「――よく、やってくれた。お前は、わたしの誇り……」


「……そっか」



 ミラなりの精一杯な、その言葉を聞いた葉介は、笑みを浮かべていた。

 今日まで不気味さと不快感しか感じてこなかった心が、初めて嬉しさに満たされた。

 今まで無意識に作ってきた、愛想笑いや作り笑いとは全く違う。ミラが何となく褒めた時や、ついさっき、黄色の二人に抱き着かれた時にも見せなかった、歓喜や、安心や、そんな、嬉しかったと一目で分かる、そんな顔を、ミラの知る限り、初めて浮かべていた。



(ああ……)


 そんな葉介の顔を見ながら、思い出したのは、決闘が終わった後に、レイに言われた言葉……



 ――だって彼、ミラのこと好きだもん……



 自分の拙い言葉に対して、他には見せたことのない顔を見せながら、笑ってくれてる。喜んでくれてる。

 それは彼が、わたしのことを、師匠であり、上司だと認めてくれているから……


(ん……わたしも、ヨースケのことが好き)


 二週間前にたまたま見つけて、強かったから無理やり部下に、弟子にした男……

 ここに来てようやく、ミラはその感情を、言葉にすることができた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「それで……その後はどうなりましたか?」


 美味い食事と美味い酒。それらを堪能しつつ、親しい人間と会話し、場と雰囲気が盛り上がって。ある程度腹が膨れ、各々酒の酔いが程よく回ってきたころ。


「その後、ヨースケ殿は如何様なことを……?」


 キッカケは、第2関隊の、ファイとフェイの双子の兄妹だった。

 レイらが帰ってくる以前、シャルと話していた通り、この双子たちは葉介の戦いぶりに感銘を受け、強い興味を示していた。それを、第1関隊のレイに尋ねたところ、レイは快くその武勇伝を話して聞かせた。


 森近くの村へ到着した後、そこの住民たちを、体を張って追い返したこと。

 レイが躊躇して倒すことができなかった、デスニマとなった三人のかつての仲間たちを、魔法無しで瞬く間に倒してしまったこと。

 森を更地にしたことで、現れたデスニマの親、ユニコーンの攻撃から、レイを命がけで守ったこと。

 森の中での戦いぶりに関しては、後衛部隊を指揮していたレイには分からなかったものの……


「憧憬……湧いて止まぬ念……!」

「後悔……やはり、この目で見たかった……!」


 それらの話だけでも、表情に乏しい双子は、興奮冷めやらぬ様子だった。

 そして気がつけば、レイの周りには双子だけでなく、待機組を中心に大勢の魔法騎士らが集まり、その話に聞き入っていた。


「だが……もう一つ、彼はやってのけたことがある」

「まだあるのですか?」


 ファイが、興味津々と言った声で聞き返し、フェイも、早く続きが聞きたいと、分かりやすく顔に出しながら、次の展開に期待した。


「ああ。無事、デスニマを全滅させて、後は帰還するだけという段階になった時だ」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「おいおい――なんだこれは!? なんなんだこれはッ!!?」



 ミラと葉介がケンカをやめて、後は城へ帰るだけ。どうやって帰るのかを葉介がミラに尋ねようと思った瞬間、向こう側からうるさい声が聞こえてきた。

 ここへ来た時に大騒ぎしていたのと同じ連中が再び現れて、大声を上げていた。


「なんだって森が無くなってんだ!! なんでアタシたちの森が更地になってんだ!!?」


 絶叫を続ける彼女たちの前に、さっきと同じように、葉介が出てきた。


「あなた方の依頼通り、デスニマを全滅させました。もう心配はいりません」

「そんなことは当たり前だ!! なんだって森が無くなってんのか聞いてんだよ!!!」


 礼も無ければ感謝も無い。そんな村人たちに対して、葉介は冷静に、説明をする。


「デスニマの大群は、あの森の中に集まっていました。薄暗い森の中では見通しが悪く、木々が邪魔で身動きも取り辛い。実際、そのせいでこちらにも犠牲者が出ています。ですので、それらの問題を一気に解決するために、森を焼き払う必要がありました。そして最終的に、一匹のデスニマも残さないことと、最終的な消火と整地のために、森を更地にする必要がありました……ここまでで何かご質問は?」


【結界】で覆った森に火を放ったのは、デスニマたちの逃げ場を無くすと同時に、薄暗い森の中を照らして魔法抜きでの視界を確保しつつ、隠れているデスニマたちをあぶり出し、戦闘を有利にするため。

 森を更地にしたのは、消火と整地、そして、一匹たりともデスニマを逃がさないため。


 それらを、分かりやすく説明した葉介に対して、村人たちは、



「ふざけんな!!!」



 ますます怒りをあらわにした。


「誰がそんなことしろって言ったんだい!! アタシたちはデスニマを倒せって依頼したんだよ!! 森を燃やせなんてひとっ言も言ってねぇぞ!!」

「でしょうな。私も聞いてません……けど、デスニマを倒すためには、こうする以外に方法はありませんでした。それとも、もっといい作戦が、アナタ方にはあったと?」

「それを考えるのがお前たちの仕事だろうが!! 偉そうに、俺たちから税金をふんだくっといて、屁理屈ぬかしてんじゃねえ!!」

「どうしてくれんだよ!! 森が無くなって、あそこからは材木だの果物だの動物だの、取れるものが色々とあったんだよ!! そうでなくとも、俺たちのガキのころからの遊び場を、丸ごとダメにしやがって!!」

「そんなことも頭が回らねぇってのか!? 頭おかしいのかテメェら!!! 大体、そんなことするつもりなら、アタシたちにお伺いの一つも立てたらどうだったんだ!!?」

「ええ……だから説明すると言ったのに、聞かなかったのはアナタ方ですよね?」


 葉介のそんな、冷静な反論を聞いた時、騒いでいた連中は、一斉に口を閉じた。


「ハッキリと言いましたよ? 作戦を説明すると。それをアナタ方は、勝手にやれ、さっさとやれの一点張りで、こちらの立ててきた作戦を聞きもせず、こちらに丸投げして帰っちゃいましたよね?」

「それは!! ……それは、テメェらが協力しろとか、ふざけたこと抜かしたから――」

「こちらの作戦を聞いてから、協力するしないを決めることだってできたはずでしょう? 私たちとて、協力してもらえれば何よりでしたが、それを強制する権限は無いのですから。そうして説明を聞こうともせず、丸投げした仕事を終わらせた後になって、その代償のことをとやかく言われところで、それはこちらがしようとした説明を聞こうともしなかったアナタ方の落ち度だ」


 小さな男の言う、冷静で的確な反論に対して、誰も、何も言い返すことが無かった。


「むしろ、森は無くなりましたが、デスニマは全滅させられた。こちらにも、アナタ方にもこれ以上の犠牲を出さずに済んだ。それを、まずは憂慮していただきたい」


「ふざけんな……」


 だが、後ろに立っていた女の一人が興奮とイラつきを隠さず、震わせた体で怒りながら、杖を取り出していた。


「さっきからごちゃごちゃと偉そうに……税金泥棒の分際で、これしか仕事が無い役立たずどものくせに! アタシたちの森を更地にしておいて!! デカい顔してんじゃねええええええええええ――ッ!!!」


 大声で叫びながら、葉介に向かって走り、構えた杖から魔法を出す。そこから放たれた魔法を、葉介は――


「……ッ」


 黙って受けて、吹っ飛んだ。



「ヨースケ!?」

「ヨースケさん!!」


 メルダとリムが、声を上げながら近づこうとしたのを、葉介が手を上げて制する。吹っ飛んで、転がった葉介は立ち上がって、再び女と向かい合った。


「……あれ? どうしました? それで終わりですか?」


 口の端からは血を滴らせて、それでも痛がる素振りさえ見せず、背筋を伸ばし、仁王立ちしながら……


「やるなら、ご自由に。デスニマを倒すためとは言え、アナタ方にとって大切な森を一つ無くしたんだ。私一人の命で気が済むなら……どうぞ、お好きなように?」


 両手を広げ、何も持っておらず、何も抵抗をしない。そうアピールしつつ、女に迫っていく。魔法が使えない以上、抵抗の仕様などないのだが、だからこそ今言った通り、自分のことを好きにしていい。

 そう示しながら近づいていった。すると、女も、他の連中も、分かりやすく動揺して、後ずさっていく……



「その辺にしておきなさい」



 そう、連中の後ろから、声が上がった。一歩一歩、杖を突きながら歩いてきたのは、連中よりもはるかに高齢の、男性。佇まいと言い、威厳と言い、ただの年寄り以上の風格を全身に漂わせている。

 おそらくは、村の長老であろうその老人は、連中と、葉介の間に立つと、深々と、頭を下げた。


「魔法騎士の皆さん……感謝いたします。デスニマの大群を、全て倒して下さって」

「…………」


 葉介は無言で、レイたち、四人の関長を手招きし、呼び出した。

 四人とも、葉介の前に並び、顔を上げた長老と向き合った。


「森が無くなってしまったことは、仕方がない……幸い、村は無事。デスニマにやられてケガ人は出たが、死んだ人間はいない。私たちは、ここからまた、やり直すとします」

「あ、はぁ……」

「けど、爺さん……!!」


 後ろからまた、連中の一人が声を上げたものの、それを、長老は制した。


「彼らは、やれることをやって下さった。私たち人間まで、いさかいを起こしてはならん。彼らの労をねぎらい、すぐに帰っていただくとしよう」


 その物言いから、冷静に感謝を伝えているこの長老もまた、決して森が無くなったことを許容しているわけではないことを、誰もが悟った。


「ワタシたちは魔法騎士として、力を尽くしました。それに伴った結果に対しては、言い訳の仕様もありません。感謝や賛同を求めることもしない。ただ、できることをした。それだけはどうか、理解していただきたい」

「うむ……分かっていますとも、お若い方」


 レイの言葉にそう返した後は、踵を返して、それ以上、口を聞こうとはしなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「そういうわけで……最終的には長老がとりなしてくれたんだが、来た時と同じように、ヨースケが体を張って、騒ぐ村人連中の怒りを自分一人で買ってくれたというわけだ。それも、最初に体を張った時点で、村人たちに文句を言わせないことまで考えていたのは見事だ」


 命懸けでがんばった、そんな達成感の後に、そんな苦い感情を芽生えさせられた。そんな出来事の後は、長老の言った通り、無駄に長居をすることなく帰還することにした。


 行く時の【瞬間移動】とは違って、帰りの手段に使ったのは、『魔法の箒』と同じ理屈で飛べるようにしつつ、大人数を乗せて飛ぶことができる、『魔法の絨毯』。

 それにミラと乗り込みながら、「人と文化はエウロペ、服装はチャイナ、でもって乗り物はアラビアンかい!!」と、葉介が心の中でツッコミを入れていたことも知らず……



 話を聞いた者たち、特に、ファイとフェイの双子兄妹は、分かりやすく興奮していた。


「驚嘆……! 賞賛……! 興奮……!」

「心酔……! ヨースケさまに心酔……!」


「ふむ……見ていない以上、にわかには信じ難いが、レイが言うなら、間違いないのだろう」

「はい! 私も見ていました。間違いありません! 増援組の全員が証人です」


 疑いの声を上げるシャルに対して、セルシィがそう言った。酒が入っているのもあるだろうが、いつも見せる気弱な雰囲気はそこにはなく、力強く、興奮しながらのそんな言葉は、それが事実であると、シャルにイヤでも理解させた。


「そ、そうか……分かった」

「けどさ、本当、良かったよね。あのミラっちがさ、すっごい優秀な部下に恵まれて。その部下のおっさんからも慕われててさ」

「……そうだな」


 話を切り出したメアも、シャルも、セルシィも、感慨深さを感じた。



 ミラがいつから第5関隊の関長になったのか……少なくとも、この四人がそれぞれの関長になった後、ということ以外、知っている人間は誰もいない。

 元々、顔を合わせる機会自体、ほとんど無かった先代の第5関隊関長がいつの間にやら姿を消して、気がつけば、たった一人の部下だという、彼女らよりかなり年下な少女が関長になっていた。それを知った時は、一部の一般騎士が批判の声を上げたのはもちろん、シャルら四人も、ミラに対して不信感をぬぐえなかった。


 とは言え、第5関隊の仕事を知る人間は他にいない。そんな本人は、幼いなりに関長として懸命に働き、時折デスニマ討伐の任務においても、確かな戦果を上げている。

 そんな、不器用ながらも一生懸命なミラを、シャルたちも、仲間として支えなければと考えてきた。

 誰よりも若く幼く、健気な彼女のことを、関長全員が妹のように感じていた。


 そんなミラが、頑なに迎えようとしなかった部下を、たった一人。彼女たち以上に年上な、魔力の無い不審者とは言え迎え入れた時は、心配しつつも、正直、ホッとしたものだ。

 そして、ずっと葉介とは折り合いが悪かったシャルも、今になってそう感じる。

 ミラはやっと、一人ぼっちじゃなくなったんだと……


「嬉しいよねぇ……」

「良かったです……」

「……どっちが上司か、見た目分かり辛いがな」


「それは言っちゃいけない」

「それを言っちゃダメです」



 レイの話が一通り終えたタイミングで……双子の兄、ファイが、立ち上がった。


「ファイ、どうしました?」

「フェイ……今さらながら、ヨースケ殿に会いたくなった。せっかくの宴会、これらの料理、ヨースケ殿にお届けしたい」

「……そうですね」


 と、フェイも賛同し、立ち上がった。


「そうね……わたくしも、ヨースケに会いたいわ!」

「わたしも!」


 一緒に話を聞いていた、メルダにリムも、葉介の名前を聞いてすぐさま立ち上がった。


「シマ・ヨースケ……私も行こうかしら」

「ハッ! わ、私も……!」

「アッハハハ……セルシィも行く? じゃ、ボクも行こーっと」


 黙々と料理を食べていたリリアも、慌ててセルシィも、笑いながらメアまで立ち上がった。



「おいおい……この短期間で、好かれすぎだろう。シマ・ヨースケ」

「いいじゃないか……作戦から、村人たちの説得から、彼の力があってのことだ。何より、ワタシも、彼には命を救われた」

「レイ……お前も、あの男のことを?」

「ああ。魔法は使えないかもしれない。だが、あの人徳と、実力は本物だ。シャルもいつか、分かる日が来る」

「どうだかな……」


 最愛の恋人もまた、ヨースケという新入りに入れ込んでいる。それに、ちょっとした寂しさを覚えながらも、それでも密かに認めている男のことを、シャルもまた、考えていた。



(もっとも、強いだけでは、ミラの部下は務まらん。最大の問題は……)


(彼がミラの……第5関隊の仕事を知って、やっていけるかどうか……)



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「…………」

「……帰らないの?」


 食事を終えて、焚き火も消して。トイレに行って、体の汚れを拭き取って。着替えも済ませて、後は眠るだけ。

 そう思って、小屋の中の布団に座った葉介の前に、ミラも座って、ジッと見つめていた。


「お前を見てる……」

「俺を? なんでまた?」

「目を離したら、遠くへ行っちゃう気がして……」

「何それ……一度死んだから、ビビッて逃げ出すって思ってんの?」

「ヨースケは逃げたりしない……!」


 心外だという声を上げた葉介に向かって、ミラは葉介をジッと見つめたまま、静かに叫んだ。

 よく聞いてみたらその声は、葉介が生き返った直後、ミラに話しかけた時。ケンカをしながら叱りつけてきた時と、同じ声色だ……


「……心配せずとも、どこにも行かないって」


 それを理解した葉介は、そうミラに語りかけた。


「本当?」

「うん……どこかへ行こうにも、他に行くところなんか無いことだし」

「…………」

「もしかしたら、いつかは実家に帰る日が、来るかも知らん。けど、そのための方法も分からないし。そもそも、今さら別に帰りたいとも思わんし……だからしばらくは、アナタの目の届く所にちゃんといるよ。そう、約束しよう」

「約束……本当?」

「本当」


 自分のようなジジィに対して、何をそこまで必死になるのか、よく分からない。それでも安心させたくて、そう答えてやった。

 そうすると、ミラは安心したようで、ため息を一つ吐いた。


「なにか、今回の仕事の、お礼しなきゃ……」


 安心した声色で、そう話題を切り替えた。


「お礼? 別にいらないけど……」


 そう言いつつ、少しばかり考えて……そして、答えた。


「そんじゃあ、明日から塩だけじゃなくて、油と砂糖と香辛料、あと、適当なお酒も持ってきてもらおうかな? 香りの強いやつがいい」

「……それだけ?」


 葉介らしいと言えばらしいが、あまりに安っぽい要求に、そんな疑問を返してしまう。


「他にあるとしたら、そうね……ご褒美のハグでもしてくれる?」

「…………」

「するんかい」


 葉介の言葉を聞いて、ミラはすぐさま、葉介に抱き着いた。

 頭は、葉介の胸に押しつけ、小さな体重を葉介に預けて、両手を背中に回し……


「……お前は……わたしの、最高の弟子……」


 そう、穏やかな声を掛けていた。


「…………」


 葉介も、冗談のつもりの言葉だった。だから、いざしてもらったら、嬉しさよりも、混乱が先立った。

 そんな葉介に抱き着きつつ、体重を預けているミラを見ると……


「…………」


 安心しきったように目を閉じて、抱き着いてはいるが、体からは力が抜けている。


「…………」



「……~~~♪ ~~~♪」


 そんなミラを見ながら、唇を尖らせた葉介は、口笛を吹いた。

 葉介の実家では有名な曲。だが、タイトルや歌詞は知らない。

 それでも、夜に聞かせる静かな曲、子守歌として歌われていたのは覚えている。


「~~~♪ …………」


「……続けて」


 口笛を止めた葉介に、ミラは体重を預けたまま、そう言った。


「……ここしか知らないんだけど?」

「構わない。続けて……関長命令」

「はい。仰せのままに」


 可愛らしい命令に従って、続きも知らないその一節を、繰り返し聞かせた。

 歌は、長いこと歌っていないこともあって、下手くそな自覚がある。だが、口笛は、日常的に吹いてきたことで、何となく得意分野になっていた。

 実家では、体力と同じで何の自慢にもならない特技の一つだったのが、今こうして、ミラにとっては癒しになっている。

 その様子を見ながら湧いてくる、自身の感情を自覚して――


(単純だわ、俺……こんなのが嬉しいって感じるんだから)




「……スー……スゥ」


 何度か口笛を繰り返すうち、胸元から、寝息が聞こえてきた。

 見てみると、ミラは目を閉じ、口は半開き、ハッキリと、眠っているのが分かった。

 起こさないよう、敷いてあった敷布団の上に寝かせてやった。上に掛け布団を掛けてやろうと、離れようとしたが、


(あらら……)


 その両手は、葉介の服を握りしめている。無理やり引っ張れば離せないこともなさそうだが、それで起こしてしまっては可哀そうだ。


(仕方ない)


 諦めて、掛け布団をミラと、自身に掛けた。ミラの側の腕に、ミラの頭を乗せてやって、葉介自身は、いつもの枕を頭に敷いた。


「おやすみ――」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さすがに多すぎじゃないかな? 人数も食べ物もさ」


 メア、セルシィ、メルダ、リム、ファイ、フェイ、リリア、七人が並んで、川近くの物置小屋に向かって歩いていた。

 メアの言った通り、杖の光で目の前を照らしているリリアと、手ぶらのメア以外の五人は、その両手に、大量の食事や酒を持っている。

 誰もが、この美味しい料理を、憧れのヨースケに届けたい。そして、話をしてみたい。そう思いながら、嬉しそうに歩いていた。


「食料は多いに越したことはありません。そうでなくとも、ヨースケさんは食事を自給自足して、質素な食事しか摂っていないのですから」

「質素倹約、ほほぅ……」

「自給自足、ふぅむ……」


 セルシィの説明。双子の感心。

 そんなふうに会話を続けていきながら、辿り着いた先には……


「……あれ? 先客?」


 メアが声を上げ、杖の光を向けた先には、紫色の騎士服が一人、立っていた。


「リーシャさん……そう言えば、いつの間にか、大広間から消えていた」


「あら……フェイちゃんにみんな、今来たの?」


 フェイの問いかけに対して、カゴに入った食料片手のリーシャは、ほくそ笑みながらそう言った。

 そんなリーシャと、フェイの視線がぶつかった時……


「ヨースケ殿は、この中ですか?」


 ファイが、フェイの前に出てそれを尋ねる。そんなファイと、他五人に対して、リーシャは人差し指を立てて、鼻と口に当てた。


「静かに……」


 ささやき声で言いつつ、小屋の中を指さす。全員で、覗いてみると……


 小屋の中の、木の床に、布団の上で寝息を立てている、葉介。

 そして、そんな葉介に腕枕されながら、同じ布団を被って寝息を立てている、ミラ。

 そんな、同じ布団で向き合い眠っている、第5関隊の二人がいた。



「……起こしては、悪いわよね?」

「はい……食料だけ置いて、帰りましょう」


 二人の姿に、微笑ましい気持ちを感じながら、全員、持ってきた食料を置き、簡単なメッセージをメアが残して、その場を後にした。


「ヨースケさん……」

「ほら、セルシィ、早く行こ」

「ああ――分かっています、メア」





 第Ⅱ章    完





シカは美味えぞ……

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