第10話 燃え盛る森、炎上の弟子
・作戦第一段階……森の周囲の木々の伐採
燃やすことでの延焼を防ぐのと同時に、魔法騎士たちが戦うための、森内入り口付近の整地が目的。
・作戦第二段階……【結界】の魔法による森の包囲
これにより、周囲への延焼を更に防ぎ、且つ、森内にいるデスニマを一匹たりとも逃がさないようにするため。
・作戦第三段階……【発火】の魔法による森への放火
今作戦の肝。森を丸ごと燃やしてしまい、森内に潜むデスニマたちをあぶり出す、同時に、火災に巻き込み全滅させる。
・作戦第四段階……火災から逃げようとするデスニマたちを迎え撃つ
森内に侵入し、逃げてきたデスニマを直接戦闘にて迎え撃つ前衛組と、前衛を突破したデスニマの逃走を防ぐため、入り口で確実に仕留める後衛組とに分かれ、戦闘を行う。
「でもって、最終段階……と、今回の作戦をザっと考えたわけだが――」
森の中に、16名の前衛部隊の一人として侵入し、改めて周囲を見渡す。
もうすぐ日が暮れる時間。それも、木々の密集する森の中ということで、体感の時刻よりもはるかに暗く感じる。そんな空間だったろうその森の中は、燃え上がる炎で目の前も上も下も真っ赤に染まり、所々で火花が散り、炎の塊になった木々が倒れている。
火災のおかげでかなりの高温になり、少し動いただけで夏並みに汗が噴き出す。
そんな空間ではあるが、上に開けた【結界】の隙間が上手いこと換気口の役目を果たしているようで、煙で呼吸困難になる、目に染みる、というような不都合は今のところ起きていない。
周りは確かに炎が燃え上がっているのに、そんな赤色に囲まれた自分と、その周囲だけは炎が無い。
そんな、ハリウッド映画さながらの、都合の良い空間の中で……
「さぁ……散りなさい!」
腰まで伸びた赤いサイドテールが揺れる様は、真っ赤な空間でもよく映えた。
そんな髪を揺らしつつ、正面から走ってきたデスニマ――犬、シカ、犬、の三匹の前で、杖を振う。
杖の先からは、いつだかシャルやリムが葉介の前で使った、白く輝く鞭――【閃鞭】が伸びている。
それをリリアは、体操のリボンのように、鮮やかに、力強く舞い、振う。
それを受けた三匹のデスニマは、逃げ出すことができなくなり、そして、動かなくなった。
「そっちに来るわよ!」
目の前の三匹を倒した後で、新たに向かってくる別のデスニマにも素早く反応。その先にいる一般騎士らに声を送る。
だが、リリアよりも若い騎士たちは、反応も、対応も、もろもろの速度がリリアに劣り、かろうじて魔法を撃つことはできたものの、当たることなくデスニマたちが迫ってくる。
「ひぃ……!」
目の前までデスニマが迫ってきたことに、そして、それがリリアの伸ばした【閃鞭】で倒されたことに、一般騎士たちは悲鳴を上げた。
「それでも私やレイ様と同じ第1関隊なの? ボーっとしてるんじゃない! まだまだ敵は来るのよ!」
大声で怒鳴りつけつつ、前方への警戒は怠らない。すぐさま移動を開始しながら、すれ違う一般騎士に檄を飛ばしていく。
「今日のリリア様、なんていうか、燃えてない?」
「ええ。いつもはもっと、落ち着いてるのに……」
いつもなら、デスニマ討伐任務でも常に冷静で、実戦で指揮を執る時も事務的なくらい落ち着き払って、若い騎士らが何かしら失敗をした時も、適格に指摘し、軽く注意するくらいだった。
それが、戦闘では冷静ながら、強く、激しい攻撃を行い、指揮を執る声にも熱がこもっている。
部下の失敗に対しては厳しく叱責し、戦闘への意欲をいや増しているように見える……
「喋るヒマがあったら、そっちに逃げたデスラビットを追いかけなさい!!」
「はっ! はい!!」
「はっ! はい!!」
リリア自身、声も行動も無意識でのことながら、その理由は明らかだ。
(シマ・ヨースケ……あの男には、絶対に負けない!!)
決闘で完敗した相手。一方的だがライバルと認識した男の顔を思い出す。
自分の仕事をこなしていきながら、それでも周りの炎よりも燃え上がる対抗心を燃やし続けていた。
そして、火事よりも髪の毛よりも赤く心を燃やしながらも、周囲へ向ける目も怠らない。
(それにしても……第1関隊すら、今まで例のない規模や状況のせいでこのザマなのに、そんな中で誰よりも戦えているのが、まさか第4関隊だなんてね――)
「リム!」
「はい!」
二人組で戦っている、リムとメルダの大小コンビ。
二人の目の前に走ってきたのは、イノシシが四頭。大きさは様々で、最小のものは中型犬くらいのサイズだが、先頭を走っているものは、四足歩行の体高だけで成人男性の腰の高さくらいは優にある。
イノシシだけに、死んでいようが足の速さはかなりのものだが、見つけた距離が十分に開いていたことで、この二人でも対応できた。
「足もとに注意、です……――ッ!」
リムが言いながら、呪文を唱えた瞬間――二人と四頭の間の地面が変化する。ちょうど走ってきたイノシシたちは、柔らかな泥沼にはまる形となり、足を取られ走れなくなった。
そんな泥沼にはまったイノシシたちに、メルダの杖が向けられる。
「涼しくしてあげる……――ッ!」
その瞬間、四頭のイノシシが一瞬で、イノシシの大きさそのままの、氷の塊と化した。
「上です!」
直後、上から巨大な鳥が三羽、腐った翼を羽ばたかせ飛んでくる。
二人同時に、それぞれ呪文を叫んだ。まず、泥沼になっていた地面が固い土に、それがいくつもの小さな塊に変わった。そのすぐ後、凍っていたイノシシたちが、宙に浮いた。
土のツブテと氷の塊が同時に上へ飛んでいき、鳥たちを仕留め、落下させ、地面に落下した氷は粉々に砕け散った。
「……この熱い中で、よく凍らせられますね?」
「当然よ。伊達に氷商人でのし上がった家の生まれではないわ」
農家の生まれのリムが【土操作】の魔法を得意とするように、実家の家業によって、それに関する魔法が自然と鍛えられた例は多い。
メルダもその一人。
なぜそうしようと考えたかは永遠の謎だが、それまで特に重要視されていなかった、水や空気中の水分を凍らせる【氷結】を鍛えた結果、高品質の氷を大量生産することに成功し、それを商売としたことで、大金持ちとして成り上がった男がいた。
やがて結婚し、娘が生まれて、その子どもにも、いくつかの必須魔法と同時に【氷結】の魔法を教え、修得させた。
それで家業を手伝わせるのはもちろんのこと、ゆくゆくは、金持ちや名家の生まれの男と結婚させようと、生まれる前から決められていた。
そのために、魔法も外見も両親の望み通りに育てられてきた娘だったが、成長すると、そんな何もかも決められた人生に嫌気がさし、両親に反発。
それで両親には内緒で、魔法騎士という道を選び、無事に騎士団入りが許された。
が、両親は反対することなく、アッサリと承諾した。
氷を作るしか能がない、今日まで誰からも甘やかされてきたワガママ放題のお嬢様が、下手に独り立ちしようとしたところで、長続きするはずもない。
誰でもなれる魔法騎士だろうが、三年ともたず挫折して、すぐに逃げ帰ってくるだろう。それが、両親の考えだった。
実際、そんな考えの通り。物覚えも要領も人並みよりは良かったが、それ以上に際立った能力があるわけでもなし。仲間はいたように見えるが、それも両親の金が目当てに仲間のフリして近づいてきただけ。面倒な仕事は、そうして集まった仲間やリムに押しつけて、自分は何もせず、魔法騎士としての能力は何一つ伸ばそうとしなかった。
そして、そんなリムが、突然変わって自分に逆らって、金目当てに集まった連中にすら見限られたことで、両親の予想した通りになるはずだった。
直後に、葉介に出会ってさえいなければ――
(親に躾けられて覚えただけの、大嫌いな魔法だけれど……それだって、わたくし自身の人生で身に着けた、わたくし自身の武器なんだって、ヨースケは気づかせてくれた。わたくし自身が、どれだけ周りに甘えて、それに気づかず自惚れていたのかも。そんな自分を変えられるのは、自分自身しかいないってことも――)
両手の平の上に細長い氷を二本作り出して、一つはリムに渡してやる。
お礼を聞きながら、同時に氷をかじりつつ、平らに戻った地面の向こうを睨みつけた。
(もう二度と、『バカのメルダ』には戻らない。この先の人生がどうなるにせよ、わたくしは、わたくしの全力を生きる!)
「行くわよ、リム!」
「行きましょう、メルダ!」
「だりだりだりだり!!」
「だりだりだりだり!!」
「フッ――」
息を吐きだしながら、走ってきた犬たちに拳を繰り出す。計五匹の犬は全て真上へ飛んでいき、その全てに追い打ちの拳を当てる。五匹が五匹とも、その拳を最後に動かなくなった。
(ヨースケと一緒……魔法を使うまでもない――)
弟子がやってのけたことを、師匠の自分ができないわけがない。
それを、誰ともなく見せつけるように拳を繰り出したことで、思った通り、犬ごときは簡単に倒すことができた。
「……?」
と、また新たにデスニマが走ってくる。巨大な影が二つ。一つは普通に死んでいるようだが、もう一つは死んでいるうえ、全身を炎に焼かれてそれでもなお走っている。
普通の死んだクマと、火だるまの死んだクマ、計二頭。
(クマはさすがに、魔法を使わなきゃ無理――)
それをよく知っているから、すぐさま呪文を呟いた。
両手両足に力がこもり、体全身が軽くなる。今にも自由自在に、どんな距離でも走って、どんな動きでもできる確信がある。
そんないつもの感覚に満たされる【身体強化】した体で、まずは地面を踏みつける。ついさっき、演習場でやったのと同じように、地面が揺れ、結果、二頭のクマもバランスを崩した。
それを見たと同時に走り抜け、まず一頭目に拳を当てる。それで押し出した一頭目を、二頭目の火だるまにぶつけてやる。そうして重なった二頭ともぶっ飛ばし、吹っ飛んだ先――燃え盛る炎の中に飛び込んで、動かなくなった。
「これが、第5関隊の戦い……」
呟いて、また新たな獲物に向かって走り出した。
「俺、いらねー……」
一緒に前衛部隊として出た、魔法騎士らの勇姿を眺めつつ、改めてそう感じた。
それぞれ遠く離れているし、陰があるやら木が生えているやらでよく見えるわけじゃないものの、それでもデスニマが姿を現しては、それぞれ魔法でデスニマを攻撃し、仕留めている様は遠くからでも分かる。
そうやって、魔法を使って鮮やかに死んだ動物たちを倒していく、若く見目麗しい魔法美少女・美少年たちに比べたら、長くて古臭い斧を手に、魔法も使えない身でこんな所に突っ立っているジジィの、なんと場違いなことか……
(帰りたくなってきた……いや、ここに来た時点で思ってたけども)
「ダリ」
そんなことを考えながら、魔法騎士たちの活躍を眺めていた葉介に向かっていった、一匹のシカ。その体当たりが当たるより前に斧を振り、前脚を切断したことで、勢いよく転倒したシカは炎の中に転がり込んでいった。
「そんな俺でも倒せてしまう、デスニマの皆さんの貧弱さは、より問題な気がするけども」
少女らと同じように、葉介も何匹かのデスニマを仕留めてはいる。
人や動物の気配を読むのが得意とは言えない葉介だが、どのデスニマも、そんな葉介の耳に聞こえる物音を立てたり、炎を避けているにしても、あまりに分かりやすく姿が見える場所を走ってきては、葉介に向かってきて、仕留められている。
もちろん、葉介も比較的視界の効く開けた場所に陣取ってはいるし、いくら見えて聞こえると言っても、不意に現れたソレを、魔法も無しに倒せることは、葉介自身の強さではあるのだが……
(弱いうえに、不意打ちやダマし討ちをするでもなく、堂々と姿を現して……とんだ嘗めプだ。それとも接待? ムカついてきたわ、段々……)
自分を強いと感じたことなどなく、ただただ相手の弱さと都合の良すぎる展開のおかげで、今もこうして生き残っている。
もちろん、不意打ちやダマし討ちという器用なマネが、デスニマにできるかという問題もあるのだが……
そんなものさえ差し引いて、今が上手くいっていることに対して、戸惑いと、拍子抜けと、それら諸々に対する疑問と、それらから来るよく分からないイラつきが、このクソ熱い空間で葉介が感じる全てである。
「……ん?」
もっとも、そんな疑問を感じている間にも、デスニマはやってくる。
木の枝がガサガサ鳴る音がしたので、上を見てみると……
「わー……」
全身が腐ったボロボロの毛で覆われて、鋭い牙と、長い爪を両手両足に生やしている。本来一本しかないはずの尻尾は、なぜだか二本に分かれて、そんな尻尾を揺らしながら、悪すぎる目つきを向けて威嚇している、葉介によく似た形の動物の群れ。
「デスモンキーかな? クマよりはヤワそうだけど、身軽な上に十匹以上いるんかい――」
と、呟いた瞬間――
一斉に木から飛び降り、襲い掛かってきた。
(最初は……三匹――)
最前列(最低位置?)に降ってくる、三匹のサルが並んで目の前に来る瞬間に合わせて、斧を振りかぶった。
上手いことサルたちの並ぶ軌道に合わせて振ることができて、三匹の首をはねることに成功した。
(次――)
三匹の後には、二匹ほどのサルが降ってきた。連続して斧は振れないので、振りかぶった斧の先端を地面に立てて、そこを視点に側転。側転から伸ばした両足は二匹のサルにぶつかり、回った方向へ吹っ飛んでいった。
(でもって、残り――)
斧でも、側転でも仕留められなかったサルは、無事に地上に降りてきた。
うち、葉介に向かってくるサルは五匹。斧を振るヒマはないから、足を出した。
一匹目、二匹目、三匹目までは右足をぶつける。四匹目の時は避けるヒマがあったので、横に避ける。そこから左足をぶつけ、最後の五匹目にも左足をぶつけた。
(デスウルフまでかな、俺でも倒せる限界は……)
疑問やらイラつきを感じつつ、だが同時に考えることもやめてはいない。
ここまでデスニマと戦って分かったことは、燃やす以外には、首をはねるか、頭を潰すかすれば確実に殺せる。マトモに戦うには魔法や武器は必須だが、斧を使わず、葉介の蹴りだけで倒せる動物と倒せない動物がいた。
その違いは、ごく単純。体が大きい動物ほど硬く、小さい動物は脆い。それだけのことだ。
もちろん、親の魔法から生まれた子供か、純生の死体が動いたデスニマかで、また変わってくるだろうが……
「よし。サる」
自分が戦える一応の限界が分かったところで、この場を去ることにした瞬間、耳に、バキバキという音が聞こえてきた。
音の方向を見ると、背中に燃え移った炎が盛る、ちょっとした幻獣っぽい見た目になったツキノワグマが、四つ足でこちらに向かって走ってくる。
「休むクマ……いや、ヒマねー」
すぐさま斧を拾って、クマを見る。決闘の時にもした、ボクサーのステップを踏む……
(二週間前は、リム様をアテにしてどうにか倒せたが、今なら――)
斧を両手に握りしめ、ステップを踏みながら、向かってくるクマと、見えているか知らないが目を合わせながら――
走ってくるギリギリを見極めて、横に跳んだ。同時に構えた斧を、走り抜けるクマの前足へ振る。
両手に、固いものを通り抜ける感触が伝わった――と同時に、右前足のひじから先と、偶然当たったらしい右後ろ足の足首が失せたクマの死体が地面を転がった。
「マサカリちょー強えー!!」
持ってきておいて本当に良かった……そう、斧を見て思いながら酒瓶を取り出して、水を飲む。
「わざわざ切られに姿を見せたん? 何がしたいか分からんクマたん♪」
いつだかのように韻を踏みつつ、瓶の中身の半分以上を飲み干し、残りは頭からかぶる。
(――て、フードの上からかぶったって仕方ない……)
空になった瓶はキチンと片づけつつ、森の奥からこれ以上何も来ないことを確認し、背を向ける。上から燃えて降ってくる木の枝は斧で払いのけつつ……
「今度こそ……去るべあ」
森の入り口へ走った。
(サルが何匹か、俺を無視して逃げたけど、それ以上に不吉なもの見えたんよな……)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
葉介にミラ、リリアら前衛部隊の活躍で、森から逃げようと走り回るデスニマを封じ、倒すことには成功している。しかし、当然のことながら、森一つという広範囲に及んで潜むデスニマの大群、推定百匹の全てを押さえることはできない。
実際、葉介が何匹かサルを逃がしたように、彼女らも取り逃がしたもの、彼女らが見つけられなかったもの、彼らを無視したものと、前衛部隊に出くわすことの無かったデスニマたちは、真っすぐ森の唯一の出口、【結界】の隙間へと走ってくる。
そんな、敢えて作った唯一の出口を守る者たち。
前衛部隊よりも多くの人員を割き、作戦第一段階で木々の伐採を行い、今は、デスニマたちの脱走を許さぬと待ち構える者たちが――
「【光弾】、用意……撃て!」
レイの号令により、白、紫、黄色の、一列に並んだ魔法の杖から、同時に高速の【光弾】が撃たれた。
狙いは、彼女らの前に現れたデスニマ、犬とウサギとイノシシ。
【マヒ】よりもはるかに速く飛び、かつ、威力と殺傷力の籠もった【光弾】の内、いくつかは外れたものの、それを補って有り余る大量の光が、三匹ともぶつかり、仕留めた。
「思っていたよりも、ここまで逃げてくるデスニマの数が少ないですね」
「それだけ、火事に燃えたデスニマが多くいるか、前衛部隊が押さえてくれているということだな」
彼らの後ろで、後衛部隊23人の指揮を取る立場にあるレイと、その更に後ろに並ぶ、青色14人を束ねる立場のセルシィは、やや安堵に満ちた声で会話していた。
森の出口の死守のために、後衛部隊は前衛より多くの人数を割いている。
そもそも、前衛部隊の数そのものが少なすぎるとは思ったが……
そもそも連れてきた魔法騎士の人数の内、空から森を【結界】に閉じ込める人員に、現騎士団中最も魔力量が高いメアを中心に、最多人数を揃えている。
そこへ、森に火を放つ人員、そもそも戦闘には加えられない第3関隊を除いて、前衛部隊へ送り出せるのは、16人が限界だった。
もちろん、少数である以上、それに見合ったメンバーを選抜はした。
ミラのように、自由な単独戦闘にこそ力を発揮する者。
リリアのような、単独、団体と、どんな状況でも柔軟に戦える力とバランスを備えた者。
それ以外にも、間近でデスニマと対した経験者や、立候補者を選んだりもした。
中には、葉介のように、前衛部隊へ送らざるを得なかった者や、とある二人組のように、彼が前衛なら自分たちも、と、実戦経験が少ないにも関わらず立候補した者たちもいた。
そうして選抜した前衛16人ともが、どうやら生きて、デスニマを食い止めることに成功しているらしいと、内部の状況は見えないながらも確信を持っていた。
「後衛部隊も、今のところは順調だ。【治癒】要員である第3関隊は、もしかしたら出番が無いかもな」
「それが一番です……」
会話の直後、またデスニマが姿を現した。二本の尻尾を揺らす、サルが五匹。
「【光弾】――撃てー!」
レイの合図に合わせ、再び【光弾】が放たれる。
【光弾】の雨あられを受けた五匹の内、三匹はそれを受けて消滅した。が、二匹はそれらを交わしていき、後衛部隊の列へと駆けていった。
「くぅ――ッ!」
それまで順調にデスニマを倒してきた彼女らも、ここまで接近されたことに焦燥を感じ、【光弾】を更に放つ。だが、焦って撃ったことで軌道は乱雑になり、サルは避けるまでもなく走り抜けていく。
そしてとうとう、少女と少年の目の前に、二匹のサルが……
「――ッ!」
サルの手が少女らに届く前に、二匹ともが消滅し、灰になった。
彼女らが振り向くと、レイが、杖を構えていた。
「落ち着け……今までの戦いを思い出せ。数は多くとも、デスニマとの戦いに変わりは無い。どれだけ近くに来ようと、常に冷静に対処しろ。そうすれば、必ず勝てる」
その落ち着いた、頼もしい声に、全員が力強さを感じ、同時に慌てふためいた直前を悔いた。だがすぐに心を静めて、目の前のことに取り組んだ。
自分たちには、こんなにも強く、頼りになる指揮官がいるんだ。なにも恐れることはない。
全員がレイを信じ、その背中と命を預けることに迷いは無かった。
「……ん?」
と、さっきから何度となく耳にした、木々の揺れる音が聞こえた。
木を飛び移って移動する、デスニマたちの足音だ。サルか、犬か、シカか、それとも鳥か……
「【結界】!!」
突然、レイが声を上げた。
並んだ騎士たちはその声を理解し、すぐさま【結界】の魔法を発動。
森を包んでいるよりはるかに小規模だが、物理的な衝撃はもちろん、魔法さえ防ぐことができる透明な長方形の壁。最も基本的な形の【結界】を、杖の先、目の前に作り出す。
「……え?」
そんな【結界】に、何かがぶつかった。それは、彼女らもよく知る光景。
撃たれた魔法が、発動した【結界】にぶつかり、辺りに散った光景だ。
そんな、【光弾】を【結界】で防いだ直後の、彼らの前に、三つの影が舞い降りた。
白色が二つと、紫色が一つ……
「ケイト?」
「アリサ……!」
「シオン!!?」
並んだ後衛部隊の誰かが、三つの影に向かって名前を叫んだ。
木から飛び降りてきた、三つの影。レイたちから、向かって右から順に……
紫色の騎士服を着た、少女。
白色の騎士服を着た、女性。
白色の騎士服を着た、青年。
後衛部隊の一部がその名前を知り、顔を知り、話したこと、共に過ごしたことのある、仲間たち。
その三人が三人とも、顔色は蒼白で、この火災の中で汗一つ掻いていない。唇は硬く荒れ、鼻は全く動いておらず、呼吸している様子がない。
そして、薄暗い中で三色の瞳がかろうじて見えるが、光を反射していない。
昨日失敗した、ここでのデスニマ討伐任務の、偵察段階で命を落とした四人。内、森から帰ってこなかった三人。その三人が、変わり果てた姿でここに立ち、手には、それぞれ杖を握りしめている。
「あぁ……」
「そんな……」
ケイト、アリサ、シオン、だった三人が、およそ生きているとは思えないフラ付いた足取りで、後衛部隊に迫っていく。誰もが確信していた。だが、誰も信じたくなかった……
「撃て! アイツらは仲間じゃない! デスニマだ!」
それでもレイだけは、どうにか現実と向き合って、指揮を執ろうとした。明らかに動揺が見え、迷いが見てとれる声色ながら、それでも必要な判断を下し、指示を出した。
だが、そんなレイの指示に、従おうとする者は、いない。
「く……ッ!」
彼らに三人は倒せない。そう瞬時に判断したレイは、急いで彼女らの前に出た。
そして、自分の持つ杖を二本とも、構える……
「……ッ!」
杖は、真っすぐ三人に向いている。距離は五、六メートルほど。逃げ回る様子も見られない。レイの腕なら、こんな状態の三人を倒すのに二秒と掛からない。
それを、レイ自身も自覚していながら――
「…………」
杖を構える両手が震える。呪文を呟くべき口は、歯を硬く食いしばっている。
(くそ……ッ!)
そして、思い出していた。
自分が死なせた四人。うち、唯一自分のもとまで戻ってきた、部下の最期を……
「ゆるしてくれ……!」
一度、固く目を閉じて……ようやく、覚悟を決め――
「第イチ関隊に入リたいノ……」
魔法を撃とうと、呪文を唱えようとした瞬間――それは、聞こえてきた。
「ダイ1関タイには、レイ様がいルから……」
声を上げたのは、右側に立っている、紫の少女だった。
「がんバらなきゃな……」
次に、左側に立つ、白の青年が語りだした。
「この国をまモる騎士トして……レイさマの期待に応えるためにも、がんばらないと……」
「もっとモッと……強くナリたイ……」
最後に、中心に立つ女性も言った。
「もっと、強くナッたら、そシたら……レイさまハ、わタシを見てくれるカな……」
「ああ――ッ」
それらの声が、彼女らの本音だったかは分からない。そもそもデスニマである以上、意識があるかどうかは誰にも分からない。
ただ少なくとも、全員に共通しているのが、今まさに、三人の前に立っているレイに対しての、尊敬、憧れ、あるいは恋慕、それらの感情だということ。
そんなものを、任務の果てに死んでいった者たちの口から聞かされた本人は、撃とうとした杖を持つ手を震わせてしまって……
「う……うぅ――」
そんな三人が、レイに向けて、杖を構えだしてもなお、動くことができず――
「ダリダリダリダリ――」
と、三人が正に魔法を撃とうとした瞬間、その声が聞こえた。
杖を構え迫ってきていた三人が振り向いた、左側から、赤と黒のその男は飛び出した。
「ダリッ!!」
まず、斧を振り、左端にいた白の青年の首をはねた。
続けざまに斧を振って、白の女性の手首を切り落とし、同時に取り出したナイフを紫の少女の口内へ。
そうして魔法を撃てなくなった二人の女の首を、斧の一振りで落とした。
「…………」
「何か問題でも?」
斧を肩げながら、葉介はレイに質問を投げかけた。
レイも、後ろに並ぶセルシィや後衛部隊たちも、全員が言葉を失っている中……
「……いや、よくやってくれた、ヨースケ」
レイからのその言葉を受けて、葉介は女性の口からナイフを引き抜いた。
「主役は堂々としていなさい。こういう汚くて醜いことは脇役の仕事だ」
と、レイには理解できない言葉を残して、再び葉介は森の中へ走っていった。
後に残ったのは、首を落とされて完全にこと切れた、デスニマだった三人の人間の遺体だけ……
「…………」
葉介が去った後も、誰もが呆然としたままでいる。そんな中で……
「すごい……強い、けど、なんで、魔法使わないの? あの人……」
そんな声をキッカケに、後衛に構えている魔法騎士たちに、疑問の感情が広がっていく。
「魔法、使ってなかったわよね?」
「ああ……魔法も無しに、持ってきた武器使って、あんな……」
「なんで、あんなこと……?」
葉介の行った動作には、何ら間違いはない。
人間も、死んで遺体が残ればデスニマになりえる。舌さえ無事なら魔法も使う。
それをセルシィやメアから聞いて知っていたから、魔法を撃たれるよりも素早く、一撃で絶命、あるいは魔法を封じるために、最優先で杖を、あるいは舌を狙った。
一人目は、斧の大振りで首を落とした。
二人目は、その斧で手首を切り落とし、杖を地面に落とした。
その間にも杖を構えていた、最後の三人目は、口内へのナイフで呪文を封じた。
そこまでやって、残った二人の首も落とした。
完璧とは言えないまでも、魔法とデスニマの性質を知る者として、魔法が使えない人間が取るべき最善の行動だったと言っていい。
もっともそれは、魔法騎士である彼女らからしてみれば……
「魔力の節約? 魔力が無くなったのか? けどだからって、あんな戦い方するか?」
「【光弾】か【閃鞭】か、低魔力でデスニマを倒すための魔法、習ってないの?」
「魔法を使えば、あんなふうに三人を傷つけることなんて……ッ」
戦い方自体に対する疑問。
魔法を一切使わない疑問。
かつての仲間を傷つけた怒り。
感情は様々ながら、それらを引き起こす問題は共通している。
彼女たち、どころかこの世界の人間全員が、生まれながらに魔力を持ち、それを魔法に変えたことで、魔法が生きる糧であると同時に、最大の武器として生きてきた。
そんな彼女らにとっても、刃物や肉体を使った戦いは、全く知らないとは言わないが、すでに過去の遺物、時代遅れの長物として扱われている。
だから、それらを使った戦いが、どれだけ見事で鮮やかだろうが、それに魅力を感じることはできない。
まして、たった今目の前で行われた、残酷で凄惨な光景に対して、賞賛を送ることなどできるわけがない。
「魔法も使わずに、戦えると思っているの?」
「あんな醜い戦い方して、あんなので、魔法騎士を名乗るつもりか?」
「リリア様との決闘の時と言い、魔法騎士嘗めてるんじゃないの?」
口々に、葉介に対する批判の声が広がっていく。後ろに立つセルシィは、自身の後ろで同じような反応を見せている、第3の部下たちとを交互に見ながらうろたえていた。
魔法を使わないんじゃない。使いたくても使えない。
それを言えないばかりに、ヨースケさんが……
「――ッ、――ッ」
ずっと黙っていたレイが、右手を振るい、さっきは使わなかった魔法を使った。
【浮遊】の魔法……対象の重さを無くす。
【移動】の魔法……対象を操作し移動させる。
重い荷物やケガ人を運ぶ際に、誰もが使う魔法の組み合わせだ。
そして今回、彼が【浮遊】させ、【移動】させたものは……
「うわぁ!」
「ひぃ!」
移動させ、彼女らの前に降りてきたもの。
直前に葉介にトドメを刺され、ただの死体に戻った、三人の仲間たち。
の、頭と胴体。
「この三人は……デスニマだった」
三人を無理やり直立させる形で、彼女らに見せつけながら、レイは言う。
「ワタシの命令に従って、その結果無駄死にさせてしまって、あげく、デスニマになって帰ってきた……彼女たちを死なせて、デスニマに変えたのは、ワタシだ」
悲愴と悔恨、負の感情を全面に押し出した声で、語り続ける。
「そんな彼女たちを、楽にしてやることさえ、ワタシはできなかった……それを彼は、ワタシにできなかったことを、代わりに成してくれた。非難するなら、ヨースケではなく、ワタシに言え。ワタシの失敗が、彼にこんなむごいマネをさせたのだから」
直後、目の前から足音が響いてくる。そちらへ向けて、左手からもう一本の杖を構え、呪文を唱える。
走ってきたデスディアの五匹ともがその場に浮かび、動けなくなった。
「だが、どれだけ非難されようと、ワタシは戦いをやめることはしない。この三人、死んでいった五人とも、魔法騎士として戦って死んでいった。彼女らの意志を継ぎ、この森にいる全てのデスニマを駆逐する。それが、ワタシの責務であり、彼女たちに対する償いだ。どれだけみっともなく見えようと――オレは最後まで、魔法騎士として戦い続ける!」
叫んだ直後、新たに呟かれる呪文……杖から光が煌めき、走り、五匹のシカを――そして、デスニマとして消滅し始めていた三人を、一瞬で灰にした。
「お前たちは違うのか?」
燃える森に背中を向けて、言葉を失う後衛部隊と目を合わせて、叫ぶ。
「オレも、シマ・ヨースケも、前衛でこらえている者たちも、上で結界と炎を維持している者たちも、皆が全力で戦っている! お前たちも同じなはずだ! その全力を奮って、三体ものデスニマを封じてくれた男の奮闘を、否定することはオレが赦さん!!」
「…………」
「…………」
「セルシィ!」
後衛部隊の少女たちと同じく、黙り込んでいたセルシィに向かって、レイは叫んだ。
「残りのデスニマはあと何匹だ? 【探査】の魔法で森を探れ!」
「は、はい!!」
返事を返し、急いで後ろに並ぶ部下たちに指示を出した。
その指示に従い、魔法の準備を始める青色たちも、後ろへ戻るレイに目を奪われている後衛部隊の騎士たちも、レイの言葉を噛みしめ、疑問や怒りに沸いた心を切り替えた。
五人いる関長の中で、ただ一人の男。
女よりもはるかに数が少なく、実力も低い。そんな男のレイが関長に、それも、精鋭部隊である第1関隊の長を就任することには、不満や疑問の声も少なくなかった。
それでも、周囲からどれだけ否定され、笑われようとも、日々の研鑽を怠らず、血のにじむ特訓と仕事の日々を生き抜いてきたことで、性別の差など問題にならない魔法の技術と実力を身に着け、魔法騎士の中で『最強』と評される戦闘力を持つに至った。
加えて、どんなに危険な任務だろうと、最前線で立ち向かう勇猛さ、それを見ている者たちを惹きつけ、導くことができるカリスマ性と精神の強さを持った姿は、魔法騎士の誰もが忘れていた、『雄姿』というものを思い出させるに至った。
この国において、男が必要とされなかった集団にて。
男の身でここまで成り上がり、最強の魔法騎士として認められたレイの姿は、シャルやリリア、さっきの三人に限らず、多くの若い騎士、特に女たちの心を射止め、憧れられ、焦がれる存在になっていった。
そんなレイの言葉だからこそ、目の前で行われた戦闘が、どれだけ醜かろうが、それは正しいことだったと気づかされ、理解させられた。
魔法騎士になって半月。魔法を一切使わず、なのにリリアまで倒した、冴えない中年男。
そんな、彼女らにとっては不信の塊である男の所業も、レイが言うなら認めることができた。
もっとも、わざわざレイが言うまでもなく、葉介のしたことの凄まじさに気づけないバカばかりではなく……
(現れてから十秒と掛からず、人間とは言え三人のデスニマを……)
(魔法も使わずに、すごい早業。それに、肉体的にもかなり強い)
(リリア様を倒した実力は、ズルでもイカサマでも何でもない。本物だわ……!)
(ワイルドだなー……)
(ヨースケさん、カッコいい!!)




