第6話 決闘が終わって
「……はい、これで大丈夫です」
「ありがとうございます」
演習場からほど近い、長椅子が置かれた場所。休憩所の一つか、憩いの場の一つか……
どちらにせよ、上へ伸びた背の高い木が、大きく広がった枝葉で丁度いい具合に太陽を隠して、涼しい影を、時々漏らしてくれる木漏れ日を、椅子に座る人間に恵んでくれる。時々吹いてくる暖かな風と合わせて、のんびりと休憩するには理想的な場所だ。
そんな、芝生の広がる場所から伸びる、一本の大きな木の下に置かれた長椅子の上に、ビリビリ痺れ続けていた葉介は横に寝かされて、それを、後から来てくれたセルシィが呪文を一つ唱えたことで、アッサリと元の状態に戻ったのが今である。
「申し訳ありません。こんなつまらないことで、貴重な魔力を使わせてしまって」
「大した魔力は使ってませんし、これが仕事ですから。それに……」
葉介の言葉に丁寧な返事を返しつつ、両手を、葉介の手に添えた。
「それに、つまらないなんてこと、ないです。ヨースケさん、とてもかっこよかったです」
「かっこよかった? 敗けた私が、ですか?」
「はい! 敗けたヨースケさんが、です」
両手に更に力を込めて、満面の笑みと大きな声を上げて、葉介の戦いぶりを讃えだす。
「魔法は使えず、決闘の経験すら無い。なのにあんなに冷静に、自分の戦い方を貫いて、最後は魔法を受けても、最後まで立ち上がって……あんなこと、他の誰にもマネできません! とっても、素敵でした」
両手に更に力を込めて、上目遣いで、澄んだ瞳で見上げつつ、高揚した顔を上げて……
「本当に……たまらないくらい、かっこよくて、素敵でした」
(近いな……)
見上げてきたことで、メガネに写った自分の顔を見ながら、葉介は思った。
「ヨースケさん……」
名前を呼びながら、徐々にその目を細めて、唇をやや突き出して――
「ヨースケさん!!」
と、二人に割って入るように、聞き覚えのある幼い声が響いた。
そっちを見ると、葉介のよく知る黄色が二人。うち、小さい方が走ってきて――
「ヨースケさん!」
勢いよく走ってきて、その身に抱き着く。リムの両目のふちには、涙がたまっていた。
「ケガしてないですか? 大丈夫ですよね?」
「ええ……大丈夫、です……」
「よかったです……ヨースケさん、すごかったです。カッコよかったです。それに、ケガもしてなくて、本当によかった……」
「そう、ですね……」
「そうです! そう……そう? あれ?」
そこでリムは、ようやく違和感に気づいた。
「なんか、すごく、良い匂い? それに、この、柔らかくて、フカフカしたのは……」
顔が何かに包まれる感触と、手の平や指に伝わる、あの時とは別物の柔らかな感触。それに疑問を感じて、顔を見上げると……
「…………」
「…………」
図らずも押し当てている爆乳を潰しているのは、逞しい男性の肉体、じゃない。白い柔肌の顔に困惑を浮かべた人の、豊満な巨乳が目の前にあって……
「セ、セセセセ、セルシィさま!?」
慌てて飛びのきつつ、すぐ頭を下げて謝罪した。
「ごめんなさい! ……あれ? ヨースケさんは?」
「あっちです……」
苦笑しつつセルシィが指さした方向……ずっと立って見ていたミラの隣で、師弟そろって無表情を浮かべていた。
「ヨースケさん……」
「リム、ヨースケがそういうこと嫌がるの、知っているでしょう?」
メルダがそうリムに語りかけつつ、葉介の肩に手を触れようとする。
それすら避けられて、な? という顔を向けた。
「……弟子は元気そうだし、わたしは行く」
と、一連のやり取りを見届けたところで、ミラはその場から離れていってしまった。
「……ミラ様って、他の魔法騎士の皆さんから嫌われているのですか?」
ミラの姿が見えなくなったタイミングで、葉介は、その場に残った三人に問いかけた。
それに答えたのは、目の前の長椅子に腰を下ろしている、セルシィ。
「そうですね……彼女の強さに憧れを持つ人たちは多いですが、第一関隊のように、プライドの高い人たちには、彼女を嫌っている人もいます。あの若さで、一人だけとは言え、関長の位を与えられていますから」
「……まあ、気持ちは分からんでもないですがね。アナタ方と違って、ミラ様との付き合いは短いですが、強さはともかく、人の上に立つ者としては正直、心構えから責任から、全然足りてませんし」
「そう、ですね……正直、私や、他の関長もそう思っています。ただ、先代の第5関長が姿を消した後、必然的にただ一人の第5関隊だったミラが、なし崩し的に関長を引き継いだだけですから。その事実を知らず、ミラの実力も知らない、プライドの高い騎士たちからは、自分たちより若いミラの今の立場は、気に入らないものに映っているようです」
そんな事情もあって、あの時のセルシィを含む三人も、昨日帰ってきたレイも、ミラが 部下を引き入れたことには驚かされた。
年齢も若く、経験も浅く、仕事は一人でこなしてしまい、何より本人が部下を拒み続けている。関長になってしまった日から今日まで、上に立つ者として、必要なものを培える時など一切無かった少女が部下を持つことなど、彼女よりは長く人の上に立ってきた者としては、心配しかなかった。
「まあ、それだけが理由でもないんだけどねー」
セルシィが話し終えたタイミングで、黄色がもう一人加わった。
「やっほー、おっさん」
「やっほー、メア」
気軽に挨拶を済ませたところで、メアも、セルシィの隣に腰掛けた。
「おっさんはさ、ミラっちがどんな仕事してるか、知ってるの?」
「知らない……本当なら、今日からそれを習うはずだったんだけども」
「マジか……そりゃあ、タイミングが悪かったね」
多少驚きつつ、本題を切り出した。
「ミラっち、てか、第5関隊って、どんな仕事してるのか、知ってる人いないんだよねぇ」
「そうなの? メアも知らんのか?」
とっくの昔に予想していた事実ではあるが、敢えて、聞き返してみる。メアは頷いて答えた。
「ボクら四人は部下もたくさんいるし、ハタから見ても分かりやすい仕事だからみんな分かってんだけど、第5関隊って、セルシィやボクたちが駆け出しだった時から、関長一人で成り立ってるような部署だったんだよ。その当時の関長だって、ミラっち以上に誰かと話すこと少なかったし、今じゃミラっちがあんなで、仕事のことも話したがらないし……だからだろうね。みんな、ミラっちは、実は魔法騎士としての仕事なんか何もしてないんじゃないかって思ってるんだよ」
「……誰も内容を知らない、見てないとなると、ぶっちゃけ何もしとらんのと一緒だわな、そりゃあ」
魔法の有る無しに関係なく、人間というものは基本的に、自分で見て、聞いて、感じたこと以外は認識できない生き物だ。
何かしら情報を得て、この人はそんなことをして、この仕事はこれだけ大変だと聞いて、実際を知らなくとも一応の認識をすることはできる。多少の想像ができるなら、その大変さを想像して、ある程度の共感を得ることもできはする。
そして、そんな情報が一切無いとなれば、そんな共感すら得られない。共感できないものを理解することは難しい。
理解もできず、見たことも、聞いたこともない。それは、どれだけソコにあると言われたところで、どこにも無い、何も無いのと変わらない。
「要するに……ミラは自分らと同じ魔法騎士であるにも関わらず、毎日、仕事もせずフラフラしてて、そのくせ、あの若さで曲がりなりにも関長してて、その諸々がプライドの高い皆さんには気に入らん、と?」
「そーゆーこと」
「無表情の割に苦労してたんやね……苦労してきたから無表情なのかな?」
「それは多分、前者かな? ミラっちの無表情は昔からだし」
「ふーん……」
「あ、ミラ」
「ん……レイ、シャル」
葉介らと離れたミラが、歩きながら出会ったのは、目当ての関長二人組。
「ちょうどいい……ヨースケの治療は終わり。呼びに行こうと思ってた」
「ああ。オレたちも、彼と話そうと思ってたんだ」
相変わらず感情を見せないミラに対して、相変わらず爽やかに返答しているレイ。
相変わらずを変えることなく、ミラは、レイに問いかけた。
「それで……わたしの弟子は、どうだった?」
「どうもこうも……驚かされた。魔法が使えないのが惜しいけど、あれなら、今度の任務に彼を参加させたいっていう、ミラの意見にも納得だ」
爽やかな声と表情での答えに、ミラも無表情ながら満足したように頷いた。
「まあ、確かに、魔力が無いことの怪しさは消えんが、あの強さは認めざるを得ん……もっとも、お前が止めに入らなければ、レイにトドメを差されていたろうがな」
シャルはシャルで、葉介への不信感を懐いたまま、それでも無理やり納得するための声を上げていた。
「ううん……逆」
そんな、恋人を自慢するシャルの言葉に対して、ミラは無表情のまま、だが直前よりも沈んだ声で、そう答えた。
「逆? 何がだ?」
「……わたしが止めてなかったら、殺されてたの、レイ」
その発言に、レイの表情は特に変わらないが、シャルは、分かりやすく眉をしかめた。
「……言っていい冗談と、悪い冗談があるぞ」
「冗談に聞こえる?」
無表情に変化は無い。それでも、葉介よりは長い付き合いの二人には、その声色にウソが無いことは分かる。
「蹴るだけじゃない……葉介はまだ、わたしにも見せてない、わたしも知らない技、隠してる」
「隠してる? 技を?」
「ん……レイをつかんで、何しようとしたかは、分からない。けど、見てて分かった。あのままレイが何もしなかったら、ヨースケはレイを殺してた」
「殺してたって――」
「それくらい、怒ってた……」
表情は変わらないのに、声だけで、その感情が沈んでいくのが分かる。
「ある意味、シャルの言ったこと、正しかった」
「どういう意味だ?」
「ヨースケは、強すぎる……元々、技もたくさん知ってて、体も強かったのが、この二週間、放っておいただけで、ほとんど完成した……魔法が使えないから弱いんじゃない。魔法が使えないから、わたしたちでも倒せる。もし、それができなくなったら……魔法が使えるようになったりしたら、誰にも、ヨースケを止められない」
「誰にもだと……レイにもか?」
「レイにも――」
「ミラにもか?」
「わたしにも――」
「私たち、魔法騎士全員でかかってもか?」
「全員、フルボッコにされる。ヨースケには、それができる技も、力も、知恵もある……」
「…………」
魔法が無いから弱くはある。それは、この国――この世界では致命的な弱みではある。
だがそれでも、純粋な肉体の強さと頑丈さを持っている。この国ではとっくの昔に、誰もが求めることをやめ、手に入れる価値も、意味も、方法すら忘れ去られたもの。
それを持ってここへやってきて、考えてそれを振うことで、魔法さえも凌駕できうると、ついさっき証明してみせた。
そんな男が、魔法が使えないという唯一の弱みさえ克服できてしまったなら……
(わたしよりも強くなる……弟子でいる意味もなくなる……師匠じゃいられなくなる)
「できるかどうか分かりませんが……それならそれで、がんばらんといけませんな」
メアからの話を聞いた後で、葉介が、息を吐きつつ発言した。
「まあ、確かに、言っちゃ悪いですけど、上司としても、師匠としても、そもそも誰かの上に立つこと自体、向いてないとは思いますけどね。それは、私自身も似たようなものですし、気持ちは何となく分かります」
「ヨースケさんは、人の上に立とうと思わないんですか?」
「思いませんよ、面倒くさい……自分でも、向いてないって分かってますし」
リムからの質問に、投げやりな声で答えつつ、続きを話していく。
「そんな人が……理由はどうあれ、私みたいな、体力しか取り柄の無い男の命助けて、部下にして下すったんだ。衝動的と言ってしまえばそれまでですけど、それだけの価値を見出してくれたのなら、それに応える努力はしませんとね。部下として」
「ミラ様のためにがんばるの? 自分自身のためではなくて?」
「責任持てない人間が、責任持った人を支えるのは、当たり前でしょう?」
「…………」
「それにどっち道、何かや誰かのためって言ってる時点で、結局は自分の満足のためでしょうよ」
「……?」
いまいち理解できていないメルダだが、少なくとも葉介にとって、この国に来てからの行動原理の全てはそれだ。
誰に言われるでもなく、食事は極力自給自足した。
それは、拾ってくれて、住まいを提供してくれたミラに、これ以上の負担を強いるわけにはいかないと思ったからだ。
今日までひたすら体を鍛えてきた。
それは、ミラのテストにさっさと合格して、役に立ちたいと思ったからだ。
それ以外にしてきた努力も全部、前提には、必ずミラの存在があった。
(とことん俺は、誰かの下にいないと動けない人間なのね……)
実家で働いてきた人生を思い出しながら、つくづく感じてしまう。
好きで働いているわけじゃなく、一生好きになれそうもない仕事。好きになれそうにない上司、同僚、後輩。
要領も手際も覚えも悪く、サポートくらいしかできることはない。
指示さえ貰えば力は尽くすが、指示が無ければ動き方さえ分からない。
そうやって、いい歳になっても叱られてばかりな日々に嫌気がさしても、辞める度胸なんか無く、生きるためにガマンして。
そんな日々と実家から、図らずも開放された先でさえ、自分は、ミラという人間の下で、その期待に応えるためにがんばることをしている。
実際、一人では何もできなくなる自分には、この先もそんなことばかりの人生だったんだろう。
(まあそれでも、ほとんど何も言わない分、自由にやりやすいし。何より、求めるものが分かり易いから、こっちの方がよっぽどやり易いけどな)
実家はココよりはるかに豊かな代わりに、要求されることが複雑すぎた。
頭が良いだけじゃダメだ。成果を出して、利益を上げろ。
体力だけじゃ意味が無い。愛想良くしろ、集団になじめ。
当然と言われればそれまででも、それを当然にするための過程や方法は、いつだって複雑すぎる。
そのくせ、その理由はごく単純。『生きやすくするために』だ。
ただ生きることなら簡単なはずなのに、ただ普通に生きるための方法が、日ごと複雑に、困難になっていく。できることは減っていくクセに、やるべきことはどんどん増える。
それでも全部を受け入れて、その通りに生きることこそ『普通』で、それができない人間は『普通』でいられなくなる。
周りはそんな複雑をすぐさま理解して、単純なことしか分からない自分が、そんな単純の理解を積み重ねてようやく一つの複雑を理解しても、他にも覚えないといけない複雑は山ほどある。周りはとっくの昔に、全部『普通』に覚えているのに、だ。
そんな覚えきれない、理解しきれない『普通』に囲まれた実家とは違って、ミラが求めていることは、ごく単純。しかも、実家ではほとんど価値は無いが、たまたま葉介が持っていられたものだった。
『普通』のことを、普通にこなすこともできなかった葉介が、『普通』には何の意味も無いのに無駄に続けて、身に着け持ち続けてきたもの。
それをミラは、認めてくれた。
(まあ、要するに、無駄なことと分かってるのにしてきた努力を、認められたことが嬉しかったってだけの話なんだよね……だから、ソレでその人に尽くすというのも、悪くはなかろう。ましてやそれが、俺と違って、あり方はどうあれ向いてないくせに、逃げずに上司であろうとしてる。そんなけな気な娘なら、なお支えてやらにゃあ)
自分がすべきことの結論にたどり着いて、葉介は立ち上がった。
「どこ行くんですか?」
「ミラ様を追いかけますよ。私は、ミラ様の部下なので」
それだけ言って、涼しい木の影から出て、ミラの歩いていった方向へ進んでいった。
(歳は取ってるけど、強くて優秀で優しくて、でもって上司思い。幸せ者だねぇ、ミラっち)
歩いていく葉介の背中を見ながら、メアはシミジミ思った。
(それにしても……)
目の前で、葉介を見つめつつ、なんとも言えない表情を浮かべているリムを見ながら、セルシィはシミジミ思った。
(背はミラよりは高い程度の小柄なのに、私はおろか、シャルよりも大きいとは……)
「大丈夫だろう」
声を沈ませ、顔をうつむかせるミラに向かって、レイが優しく語り掛けた。
「彼が……あり得ないとは思うが、仮に魔法が使えるようになったとして、ミラが怖がっているようなことにはならないさ」
「……どうして、そう言えるの?」
ミラがそう聞き返し、シャルも同じ疑問を顔に出す。レイは、笑顔のまま答えた。
「だって彼、ミラのこと好きだもん」
笑顔で言った、あまりにシンプルな答えに、ミラもシャルも、言葉を失った。
「さっきの彼の言動を見れば分かる。単純な師弟関係、上司と部下の関係なら、あんな怒り方はしない。彼はミラのことが好きだ。だから、ミラが困ったり、苦しんだりするようなことはしないさ」
「……そう、かな?」
「うん。そう思うよ」
「…………」
レイからの言葉を聞いて……
(好き? ヨースケが、わたしを……?)
さっき見ていた魔法騎士たちがそうだったように、嫌われること、無視されることはあっても、誰かに好かれるようなことは今日まで無かった。
自分の性格だったり、人との接し方に問題があることも分かってる。
けど、師匠もそんな感じで、わたしに何も言わなかったし、今更変える気にもなれなくて、変えられる気もしない。
だから、友好的に誰かが近づいてきても、自分に憧れてくれた騎士が来てくれた時も、何となく拒絶してきた。
そんなわたしが、誰かに好かれるなんて……
「……と、そうだ。オレの方が敗けてたのなら――」
考えているミラの目の前に、レイが声を上げながら立つと、そのまま、頭を下げた。
「すまなかった、ミラ」
「え? なにが?」
「君や、君の部下を侮辱していたのは、大半がワタシの部下だ。関長であるワタシが、代表して謝る。ゆるしてほしい」
「…………」
別に、いつものことだから……
慣れているから気にしてない……
そう、いつもなら言っていたのに、その言葉が出てこなかった。
(ヨースケとの約束、守ってくれた……ヨースケが、わたしのために、してくれた約束)
あの時は、こんな自分のために、あそこまで怒ったことも、あんな約束を取り付けたことも、理解できなかった。
正直言って、今でも理解できず、心には疑問ばかりが浮かぶ。
だが、そんな疑問以上に……
(なんだろう……なんか、分かんないけど……初めて師匠に褒められた時みたいに、胸の中、フワフワする……)
感情を表に出すことが苦手で、それに関する言葉や形もよく知らない。
そんなミラが感じているフワフワは、間切れもない、嬉しさだ。
「ん……ゆるす」
そんなフワフワを堪能しつつ、謝ってくれたレイにゆるしを与えて。
頭を上げたレイも、後ろで見ていたシャルも、嬉しそうにほほ笑んで。
ミラの無表情は相変わらず。だが間違いなく、笑っていた。
「ミラー」
そんな三人の耳に、噂の声が聞こえてきた。振り向くと、騎士服ではない、黒い服を着た中年男が歩いてくる。
レイが対峙した時のような、強さや怒りの雰囲気はそこにはない。ただの冴えない、人の良さそうな中年が、ミラの前まで歩いてくる。
「なに? ヨースケ?」
「なに? じゃなくて、俺はこの後どうすればいいか、聞きたいんだけど」
「どうすれば……?」
「決闘は終わった。このまま小屋に戻ってもいいのか? 今からでもミラの仕事を教えてくれるのか? もしくは、修行つけてくださるか?」
「…………」
「指示をください。従いますよ? ミラ様」
ミラほどではないにせよ、あまり表情に感情を出さない。けど友好的なその声は、ミラに対する確かな敬意と、信頼がこもっている。
今まで向けられたことがなく、一生向けられないと思ってきた、自分を頼りにしてくれている、部下の気持ち……
「ん……レイが、ヨースケに話があるって」
上司であり師匠として……部下であり、弟子である男の気持ちに応えようと、ミラは葉介に、指示を与えることにした。




