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第5話  弟子 対 最強

 二度目の準備はすぐに整った。

 決闘する二人はとっくに揃っている。だから、邪魔な周りの人間が元の席に戻れば、後は両者が定位置に着いて向かい合うだけ。



(さてと……)


 直前のリリアと同じように、レイも、目の前の黒い中年男を見据えてみた。

 ただの冴えないおじさんのようで、向かい合うだけの立ち姿はなぜか様になっていて、脱力した身体と、堂に入った足の運びで、できる人間だと理解させられる。


(これが、シマ・ヨースケ……なるほど、ミラが欲しがるわけだ)


 この男が騎士団入りすることになった経緯は、昨日帰ってきた後に関長らから聞かされた。

 魔法も使わず、生身でデスウルフの子供を23匹倒したというのは、四人と違って実際に見ていないこともあって、眉唾じゃないかとも感じたものの……

 仮にも自身が束ねる精鋭部隊の副将を倒してしまった実力は本物と認めざるを得ない。


(魔力が無いのがもったいないな。そうでなきゃ、オレも欲しいよ、この人……)


 魔力が無く、当然魔法も使えない。そんな事実も事前に聞いていた。リリアには話すべきか迷ったが、一応、関長間と、メアが認めた二人の騎士以外には極秘という扱いな以上、話さずにおいた。

 そうでなくとも、これから決闘する相手の手の内を教えることなど、今時珍しいくらい騎士然とした性格のリリアは好まない。だから、話すことはしなかった。

 だから、撃てるはずもない魔法を警戒して、あんな『魔法騎士らしい』挙動になってしまったのは仕方がない。

 そして、定石通りに魔法を撃って、それを魔法も無しに避けられて、混乱するのも仕方がない。同じ立場なら、レイ自身も同じになっていたに違いない。


(そう。避けたんだ。魔法を、防ぐでもなく、逃げるでもない、避けた。魔法も使わずに……)


 普通、相手が使ってきた魔法を防ぐには、【結界】の魔法で防ぐか、別の魔法で相殺するか、大抵はこの二つだ。

 事前に【身体強化】を使って、魔法が飛んでくる前に逃げてしまうという方法も、ありはする。防ぐのでなく、避けるのでもない、あくまで、逃げる。実際、ミラやメア辺りはそれをよくやっている。

 そして、これら全部に言えることが、方法はどうあれ自分も魔法を使って、相手の魔法を防ぐ、ということ。


 つまり、魔法を防ぐためには、魔法を使うことが不可欠、ということだ。


(それが、魔法騎士、どころか、この世界の人間には常識なはずなんだが……この男は、違うわけだ)


 魔力も魔法も最初から無い世界からやってきた、らしいから、魔法無しで魔法と闘う。

 聞いてみれば当たり前なようで、この世界の人間から見たら、無謀にもほどがある。

 そして、そんな無謀に過ぎることを、この男は、自分が最も信頼し、頼りにしている部下を相手にやってのけたわけだ。

 その点は、素直に評価するしかない。実際、自分ではもちろん、外部からも、魔法を掛けてもらった形跡は無いのだから。全ては、彼の自の能力によるものだ。


(とは言え、評価はするが、こっちも意地を見せないとな)


 自の能力は認める。やってのけた結果も認める。一部の関長や騎士らの信頼も得ている。他の騎士たちは反対するかもだが、これだけの事実を見せられた以上、彼の騎士団入りを認めないわけにはいかない。

 だからこそ、先輩として、どころか精鋭部隊の長として、入ったばかりの新米には、魔法騎士の強さを見せつける必要がある。リリアが倒された以上、それができるのは、オレしかいない。



「名前は……もう良いよな、お互いに」


「…………」


「始めるぞ!」



 杖を上げ、声を上げる。それが合図になり、二人ともが構えた。


(さっきと同じ動きだな……)


 決闘が始まるなり、葉介はリリアとの闘いで見せたのと同じ、小刻みにステップを踏む動きを見せた。


(ああすれば、どの方向でも自由に動けるわけだ。で、目は……こっちをジッと見てる?)


 リリアと闘っているのを横から見た時は、魔法を警戒して、杖の先を見ているのかと思っていた。

 だが、実際に向かい合ってみると、見ているのは杖の先でなく、それより上、目が合うくらいに、こちらの顔をジッと見ているのが分かる。



「――ッ!」


 試しに、魔法を一度、撃ってみた。リリアが撃ったのと同じ、【マヒ】の魔法だ。

 だが案の定、葉介は避けてしまう。


「――ッ!」


 もう一度撃つ。だが結果は同じ。

 魔法が撃たれる瞬間――直前には、杖の先から移動して、魔法は見当違いの地面にぶつかってしまった。


(もしかして……)


 その動きを見て、気づいたことがあった。それが当たっているか確認するために、また、葉介に杖を向け――


「――ッ!」


 呪文を呟く。

 葉介は、今まで通りその場から動いた。

 だが、杖から魔法は飛ばない。ワザと呪文を間違えたからだ。



(ビンゴ!)


(バレた!)



 改めて、葉介の避けた先へ魔法を撃つ。葉介は慌てて走り出して、飛んできた魔法から逃げのびた。



「ヨースケさん!?」

「動きが変わった……!?」


「あれ? おっさん、どうしたの?」

「……レイに、ヨースケの作戦がバレたみたい」

「作戦って、何ですか、ミラ?」

「……知らない」



()()()さえ分かれば……!)


 そのままレイは、魔法を撃っていった。葉介は必死に近づこうとするが、走り出そうとする度に飛んでくる光球を避けるのが精一杯で、近づくどころか、段々と離れていく始末。

 全てを避けてはいるものの、下手に近づけば狙い撃ちされる。


(どうやら、他に()()()は思いつかないようだな)



(クッソッ、こんなアッサリバレるもんかね……!)


 レイの顔――正確には、口元を見ながら、葉介は歯を食いしばっていた。

 葉介が飛んでくる魔法を避けた方法。

 飛んでくる瞬間を読んで、そのタイミングで逃げた方法。


 それは、なんということは無い。

 向かい合った相手の、口の動きを見ていた。


 セルシィやメアから、魔法は舌さえ残っていればデスニマでも使えると聞いて、声を出すことは必ずしも必要ないと予想はできていた。

 実際、リムやメルダと食事しながらそれとなく聞いていた。

 魔法の呪文は声に出さなくとも、口を閉じたまま唱えることで魔法を撃つことはできる。デスニマ相手には特に意味は無いが、魔法を使う人間相手には、どんな魔法を使うか、いつ撃ってくるかを、声で報せずに済むメリットがあると。


 それを聞いたから、リリアという、精鋭部隊の副将も、そうするだろうと考えた。

 ちょっと試してみれば分かるが、唇を閉じて、決して声を出さないように、何かしらの言葉を喋ろうとすると、自分でも思っている以上に口は動いてしまう。唇も。頬も。顎も。

 単純な「あいうえお」だとか、短い言葉ならそれほどでもないが、魔法騎士たちが唱えるのは、葉介が何度聞いても聞き取れないような呪文だ。加えて、無声とは言えハッキリと発音させなければ発動もしないため、それに伴って、動かす部分も多く、動きはより大きくなる。


 だから、そうやって口が動き出すタイミングを見定めて、飛んでくる瞬間に杖の切っ先方向から逃げることは難しいことじゃなかった。

 もちろん、逃げるのに合わせて杖の切っ先を動かされたら、という心配はあったが、今回はそうならなかった。


 リリアや他の騎士らからすれば、魔法を撃たれるより前に急いでその場から離れる、というならいざ知らず、撃たれる瞬間か直前、わずかに移動する、ということは、方法が分かっても考えもつかなかったろう。

 だから、精鋭部隊の副将として経験豊富なリリアすら、そんな常識外れな葉介の動きに翻弄され、結果的に自滅の形で倒されることになった。



 だがそれも、大抵の攻略法がそうであるように、相手にバレて対策されればそれまでの、一時凌ぎでしかない。

 ほんの少し、前歯がチラっと見えるくらいに唇を開いて、息を吐きながら呪文を唱えれば、それだけで声に出さず、口も大きく動かすことなく呪文を唱えることができる。

 そのせいで今、葉介はタイミングを計ることができず、レイを相手に苦戦し、逃げ回るしかなくなった。


(ちっくしょうッ! バック転・側宙、覚えといてよかった――)


 ある程度距離を置けば追撃は来ない。かと言って、近づくために走ろうとすれば、その瞬間立っていた場所へ光球が飛んでくる。

 今まで撃たれた光球の数は、せいぜい十発前後。だが、相手が関長な以上、この魔法に使う魔力の量も大したことはあるまい。

 だから、魔力が切れるのを待つには何時間掛かるか知れない。第一、逃げ回っているうちにこっちの体力の方がもたない。


(こうなると……勝ち目があるとしたら、連射はできない、てことくらいか)


 さっきから何発と避け続けて、三発目と同じように、撃ったと見せかけて逃げた先へ撃つ、ということは何度かやっているが、一発撃たれた瞬間、すぐに二発目が、とはならない。考えてみれば当然だが、呪文を唱える都合上、よっぽどの早口名人でもなければ連射は難しいんだろう。


(そうなると、勝つ方法は……一つしかない――か)



(……ん?)


 単純に近づくことは、できそうにない。そんなレイに、背中を向けた。


「押してもダメなら、退く……!」


 そしてそのまま、レイとは逆方向へ全力疾走を始めた。



「えぇ? ヨースケさん!?」

「ちょ、何してんのよ!?」


「見てよ、あれ!」

「逃げた! レイ様に恐れをなして逃げたわ!」

「情けない……仮にも魔法騎士なら、潔く負けを、みと、め――」


 一部の一般騎士らが驚き、笑い、声を上げている中。葉介は、彼女らの座る椅子目掛け走ってきた。

 進行方向に座っていた騎士らはたまらず逃げ出すが、スレスレのところでUターン。

 その勢いのまま、レイに向かって走る。


(捨て身で来たか……もちろん、最終的にはそう来るって、こっちも分かってた――)


 レイも杖を向けて、さっきまでと同じように、光球を飛ばす。

 葉介は、ジグザグに走っていた。だから、レイも狙いが定まらず、全ての光球は外れていく。


(さすがの速さとキレ――だけどッ!)


 そこで、魔法を止める。それを見定めた葉介が、一気に走り込む。

 やがて、三秒と経たない瞬間に、葉介はレイの目の前――外しようのない、杖のすぐ目の前に迫ってきていた。


「ここだ、――ッ!」


 リリアが狙ったのと同じタイミングを狙い、呪文を唱え、【マヒ】を飛ばした。

 だが葉介は、それもリリアの時と同じように、レイから見て左へ逸れて避けた。

 右へ逸れた葉介は、その勢いのまま、右足を伸ばして――



「ダリ――ッ!!」



 葉介の右足が、レイの顔面に直撃――


 した直後、葉介にも光球がぶつかり、互いに真後ろへ吹っ飛んだ。



「え? なに!?」

「どうなったの!?」


 何が起きたか。理解できていない一般騎士らはさて置いて。何が起きたか分かったのは、四人の関長と、リリア、ごく一部の一般騎士の他は、当人である、二人だけ。



(抜かった……杖、もう一本あったんかい――)


 レイが伸ばしている右手には、ずっと杖が握られていた。だが、吹っ飛ばされる瞬間、左手にも、右手のよりも短い杖が握られていた。いつから取り出していたのか知らないが、メアと同じように、二本目の杖があるという可能性など、最初から頭に無かった。

 それに気づいて、後悔した瞬間、二人同時に、背中が地面に着いていた。



「…………」

「…………」



 互いに同時に吹っ飛び、同時に倒れた。そんな二人を、ジッと見つめている中……


「……立った」

「立った――立った!」

「レイ様が立った!」

「レイさまー!!」


 彼女らの言った通り、先に立ち上がったのは、レイ。

 すぐさま立ち上がって、騎士服の土を払いのける。



「こっそり【硬化】の魔法使っといてよかった」


 魔法は基本的に、一度の呪文で一つしか発動できないが、発射口が複数あれば、その数だけ一度の呪文で発射ができる。

 更に、自身の肉体や物体に何かしらの効果を付与する魔法は、自身の魔力が残る限り効果は持続する。その間、別の魔法も問題なく使用できる。

 だからと、念のために保険を掛けて――それが正解だったことに安堵していた。


「……とっ」


 同時に、蹴られた顔面を撫でつつ、フラつく足と、揺らぐ目の前の景色を見たことで、保険が無かったらと思うとゾッとする。

【硬化】したことで表面は無事でも、中身の脳が揺れる衝撃。もし、生身のままあんな蹴りを受けていれば、間違いなく顔面が潰れて、最悪死んでいた。


 デスニマを23匹倒した蹴り。話に聞いてはいたが、改めて、その威力に恐怖した。

 そんな肉体的強さと、自分には使えない魔法と戦うために、短時間の間に作戦を立てる頭の回転の早さ、それが破られた時にも対応できる柔軟性。


(どうしよう……ミラには悪いけど、本気で欲しくなってきたかも、シマ・ヨースケ)




「…………」


 葉介の実力と、その価値を再認識したレイの周囲には、第1の若い騎士たちが集まって、勝利を称えている。そんな白たちを尻目に、ミラも立ち上がって葉介のもとへ歩きだした。

 正直に言えば、始まる前はああ言ったものの、レイはもちろん、リリアにさえ勝てるだなんて思ってなかった。それを、葉介は戦い方を考えて、ものの見事に倒してみせた。


 あの時、ちょっと無理をしてこの男を弟子にした、わたしの判断は間違っていなかった。


 それを確信しつつ、師匠として、敗けた弟子に慰めの一つも掛けてやらないと。

 そんな、安直な嬉しさと安易な師匠感のために、倒れている葉介に近づいていった。

 そんなミラに、セルシィも葉介の【マヒ】を解こうと続いた……


「……ん?」

「え? ヨースケさん……?」



「……え?」


 レイが目を丸めて、視線を集まってくれた部下たちから、正面に移した。その声と、その視線に釣られて、少女らもそっちを見ると――



「――――」



 直前のリリアと同じように、【マヒ】の魔法をマトモに喰らって、両手足、体中を痙攣させている。

 体の節々はピクピクと震えて、体中の毛が逆立っている感覚がある。

 足の裏は地面に着いているのか、浮いているのか判別がつかない。

 両手の指は曲がっているか、伸びているかも分からない。

 体中の血管が、無意味に波打って暴れているようで、内臓の全部も踊っているよう。


 これまでの人生、感電した経験は無いが、この感覚が多分ソレなんだろう。

 そんな痺れの感覚と痛みに体中包まれながら、それでも葉介は、倒れているのも何だから立ち上がっていた。


「――――」


 そして、そんな状態で、セルシィやミラには見向きもせず、一歩、一歩、レイに向かって歩いていく。


「な……なっ!」

「ちょ……ちょっと! なんのつもりよ?」

「決着は着いたわ! アンタの敗けよ! この決闘、レイ様が勝って……ッ」


 白の部下が数人、杖を片手にレイの前に出て、葉介に声を上げていた。が……



「――――」



 葉介の、その目を見て、呑まれ、言葉を飲み込んだ。



 終わりじゃない――


 まだ勝負は決まってない――


 俺はまだ敗けてない――



「ひっ……!」


 そんな葉介の姿に怖気づいた、部下を左右に退かすと、レイは、そんな葉介の前に出た。


「――――」


 一歩、一歩……体中の痺れや痛みに耐えながら、ゆっくり歩いてくるそんな姿は、あまりにスキだらけで、魔法を使うまでもなく、レイ自身の腕力でも倒せてしまえそう。

 それはきっと、彼自身も分かっているだろうに……

 そんな彼の目には、レイに勝つ、レイを倒す、そんな意志が――意志を越えた執念が、轟々と燃え上がっているのが見える。


「――――」


 とうとう、レイの目の前に立って、レイの胸倉を掴んで――



「ヨースケ、もういい」



 そんな葉介の手を、ミラが握りしめた。


「よくやった。もう、これ以上はいい」

「…………」


 他でもない、上司からの命令を受けて、手を離した。と同時に、無理をして伸ばしていたひざが崩れて、倒れ込んだのをミラが受け止めた。


「……ミラ……ごめん……敗けた……」

「ん……おつかれさま」


 それだけのやり取りが聞こえて、そのまま葉介はミラに担がれていった。

 セルシィが慌てて二人に近づくのを、レイの部下たちは、呆然と見つめているしかなかった。





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