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第3話  弟子の試練

「…………」


 足を動かして、靴の裏の感触を確かめてみた。いつもの芝生とは全く違う、ジャラついた土の感触。過去には学校で散々感じてきた、運動場の上に立った時の、あの感触だ。


 周囲を見回してみた。青、黄、紫、白。カラフルで若干目が痛くなってくる服装の、若い子たちの目が、葉介らに集まっている。


 そこいらの中学高校の全校生徒の数よりは余裕で少ないと思うが、適当な求人広告を眺めていたら載っていそうな、知名度は今一つな大企業の従業員数くらいはいそうな若者たちが、中学高校の体育祭みたいに、地面の上に椅子を置いて、そこに座るか、もしくは立って、こっちを見ている。


 とは言え、主に注目しているのは、葉介ではなく……


 葉介の正面に立っている人物。白い騎士服に身を包み、長く伸びた赤色の髪を左側にサイドテールでまとめた、背の高い、中々に威圧感のある女性を見てのことだろう。


 実際、周りで見ている子らの視線の、七割か八割は、彼女への羨望やら憧れの視線が占めていて、残りの三割か二割が、今日まで特に目立ったことをしていない葉介への、好奇やら奇異やらの目だということは、葉介にも分かる。



 そして、それを理解した所で、目の前の女性は、右手に握った杖を、葉介に向けた。


「では、始めましょう!」


 その一言で、その場を歓声が包み込んだ。


(なんじゃこれ……)



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その日もいつも通り目が覚めて、顔を洗って歯を掃除して、不味い朝食を終えた後は、洗濯しながらミラのことを待ってはみた。しかし、昨夜言っていた通り、(時計が無いので合っているかは知らないが)いつもの時間を過ぎてもやって来ることは無かった。


(こうなると、森に行くしかないね……)


 いつもの訓練を始めても良かったのだが、そろそろ焚き木をまた集めておきたいと思っていたし、ミチカの実も恋しいと思っていた。だからそれらを目当てに、カゴを持って森に入った。



 例によって、焚き木や松ぼっくりを拾っていって、少なくとも火に困ることはしばらくはない。だが、それ以外は、食べられそうな野草も見つからず、目当てのミチカの実は食べるには早いものだけだった。

 もう少し奥まで行けば何か見つかるかもしれないが、もしかしたらミラが来ているかもしれない。

 今日の所は焚き木だけで退散しよう。そう考えて、帰った後のトレーニングメニューを考えつつ……


 何気なく左右を見回した時に、それを見つけた。


「マジ?」


 まさかと思いつつ、近づいてみる。そこには、遠くから見た通り、茶色い毛の生えた、長い四つ足と、頭に短い角を生やした動物。


「シカの、死か」


 もし、この森が実家なら、シカの冥福を祈りつつ、そのまま素通りしてしまう所だ。

 しかし、今の葉介にとっては……


(蛇以外の肉……持ち帰るシカあるまいて)



「ダーリンダーリーン♪ フフフフンフ♪ フフフフンフフ♪ フフフフン……」


 野草や果物が見つけられなかった代わりに、まだ虫も湧いていない、死んで間もない様子のシカのご遺体を見つけることができた。

 すぐにカゴに担いで、デスニマにならないうちにと急いで戻ることにした。やや早歩きで小屋へ戻っていきながら、蛇一匹以上のまとまったタンパク質にありつけることに、自然と鼻歌が漏れていた。


「ダーリンダーリーン♪ フフフフンフ♪ フフフフンフ、フン?」


 例によって、ここしか歌詞もメロディも思い出せない曲を歌って、森を抜けたところから、川の向こうに葉介の住まいである物置小屋は建っている。

 そんな物置小屋の前に、見たことのない服装が二人分、見えた。

 今まで見てきた、騎士服に間違いはない。問題は、その色が、今まで見たことのない、眩しいくらいに綺麗な、白、ということだ。


(ハハーン……あれが第一の人たちな)


 ミラいわく、この魔法騎士団の中で、一番の精鋭部隊。リムいわく、国の各地に散らばって、そこに与えられた個々人の住まいで生活しながら、その地区を護っているという。

 簡単に例えるなら、駐在所のお巡りさん。だが要するに、一人一人が、地方だか地区だかの一つを護れるだけの力を持っている。そんな人間が、葉介の住まいで待ち構えている時点で、イヤな予感しかしない。


 このまま無視して森に隠れるべきか。そう、一瞬本気で思ったのだが……


(仮にもお客さんを、待たせるのも悪いか……行くシカねーゃな。ダリダリ――)




「…………」


 川の水がバシャバシャ鳴る音。その音に、座っていた二人ともが振り向いた。

 城に残っていた関長らから話を聞いて、朝になって小屋を訪ねてみたら、あいにくの留守。

 手洗いにでも行っているのかと、その場に座ってしばらく待っていたのだが……

 上下黒い服を着たその男は、城と森に挟まれた、川を渡って歩いてきた。しかも、背中には、薪の入ったカゴをぶら下げて、そのカゴと両肩に、シカ一頭をまるまる担いで。


「シャルたちの言っていた通り、只者ではなさそうだ」

「…………」



 男……葉介は、川を渡ったその足を拭き取って、カゴに入れておいた靴を履いて、二人の待つ、住まいまで歩いてきた。


「おはようございます」

「…………」

「おはようございます……」


 挨拶をされたから、同じように挨拶を返しつつ、目の前に座っている二人を眺めてみる。

 愛想よく挨拶してくれたのは、長めな黒髪がサラリと光る、青年。

 成人はとっくに過ぎているだろうが、まだ無邪気な少年としての幼さが見られる、爽やか系のイケメンが、葉介を見上げながら笑いかけてくれていた。

 そして、もう一人……


「…………」


 ただ黙って座っているだけなのに、その整った精悍な顔から向けられる細い目と無表情からは、結構な威圧感が漏れている。

 葉介はもちろん、イケメンよりもはるかに長身。体は一見細身なようで、二の腕や脚、曲がった腹筋には、細めながらも逞しい筋肉が隆起しているのが見える。

 そんな、騎士服の上からでも分かる引き締まった肉体美、そして顔立ち。騎士服を押し上げる胸の膨らみを見なければ、大抵の人間は男性だと思うに違いない。

 肩や腕を超えて、腰まで届いている赤色のサイドテールも、そんな特徴のありすぎる見た目に更にインパクトを与えるのに一役買っている。

 そんな寡黙な女性の方は、イケメンとは逆に、あまり歓迎してくれていないことも、見て分かる。


「シカ一頭……すごいですね。アナタが仕留めたんですか?」

「まさか……焚き木集めしてたら、たまたま死んでいたのを見つけて拾ってきたんですよ。このまま放っておいて、デスニマになられてもたまりませんし」

「死んでいた? この森で?」

「はい。仮にもお城の敷地内ですし、てっきり、虫も動物もいない森かと思っていましたけど、実はいたんですね?」


 話しながら、焚き木の入ったカゴとシカを置いて、ようやく身軽になる。


「それで、なんのご用ですか?」


 もう一度ナイフを引き抜いて、とりあえず、シカの首に立ててみた。


「シカが食べたいなら、ご馳走してもいいですよ。さばくの初めてですけど」

「遠慮します……」

「……食事を自給自足してるというのは、本当のようね」


 と、シカの首にナイフを入れたタイミングで、初めて赤髪の長身が話しかけてきた。


「ええ、まあ……まだ仕事も習ってすらいない下っ端の身ですから。住まいを提供されて、自然にも恵まれていますし、食べ物くらいは自分でどうにかしないと」

「……確かに、最近の若い魔法騎士とは違う」

「褒められてます?」

「ええ。彼女にしては珍しく、褒めていますね」


 上から毛皮を剥いでいって、下の肉を晒していって、葉介のよく知る食肉らしい見た目が見えてくる……


「それで、ご用件は?」


 頭と毛皮を剥ぎ取りながらのその質問には、赤髪が答えた。


「昨日戻った後、すぐに、第5関隊の新入りの話を聞いた。それで、どんな人間か一目見ようと思って、関長としてここに来た」

「まあ、私も昨日聞きましたけどね……………………シャルシィ様から?」

「混ざってます……第2がシャル様、セルシィ様は第3です」

「そうでした。それで、第1が…………………………………………ルイ様でしたっけ?」

「レイ、です……」


 と、話しているうちに、数年前に一度見た、シカの解体の動画を思い出しつつ、腹を裂いて内臓を切り取った。

 その後は、両手、両足、尻尾を切り取って、とりあえずは、食べやすいサイズ且つ、間違ってもデスニマにはならなそうなレベルまで解体し終えた。


「……大量の生ゴミ捨てられる場所、どこか知りません?」

「さ、さぁ……」

「…………」


 シカの頭、尻尾、手足、加えて内臓と、食べられない、食べたくない部位を前にした質問に対しては、二人とも曖昧に首をかしげた。


(仕方ない。量は多いけど、いつも通り火葬(焚き火)して川に散骨(エサまき)するか……)


 そこで、手とナイフを黒タオルで拭き取って、二人の方へ歩いた。



「それで……私はいよいよ、追い出されると? レイ様?」


 そう、黒髪のイケメンの前に立ちながら、尋ねた。


「え……ワタシ、ですか?」

「違いました? 違ったなら、謝りますけど……」


 そう、謝罪すると言いつつ、葉介の声色には、確信がこもっている。

 それを感じ取ったイケメンは……直前まで見せていた、幼く愛想の良い笑顔から、いかにもやり手の切れ者らしい、不敵な微笑に変わった。


「よく分かったな。初対面の人間は大抵、リリアの方を関長だと思うのに」


 彼本人の、いかにもお気楽な今時(?)の若者になり切る演技力もあるだろうが、実際、彼女――リリアの身から溢れ出る威圧感と迫力は、大勢の人の上に立つ人物だと言われれば、納得できるだけの雰囲気を感じさせる。

 この二人が並んで立っていれば、なるほど十人に九人は、リリアの方が上の立場だと思い至るに違いない。だが、見抜ける人間も、一人はいる。


「歳を取っただけ、色々な人を見てきましたから。偉い人と、偉そうなだけの人の違いは分かりますよ」

「偉そう……?」


 葉介の言い分に、リリアも思わず反応している。それに葉介も気づいたものの、イケメン……レイは彼女に手をやりいさめつつ――


「興味深いな。詳しく聞かせてくれよ」

「詳しくもなにも、言った通りですよ。と言っても、私の経験上、ですけど……ただ、少なくとも、実際に偉いからと言って、人前で常に偉そうにしてるのは、上司としては三流だと思いますがね。偉くあろうとするのと、偉ぶって威張り散らしたいのは違いますから」

「その違いが、お前には分かるのか?」

「……少なくとも、私には、彼女は無理をして偉ぶっているように見えましたけど」

「――ッ!」


 とうとう、リリアは立ち上がった。


「演技してるって意味で言ったんですけど……ごめんなさい」


 今さら手遅れだろうが、謝っておいた。案の定、リリアは怒っているようで、真顔からは激怒と言う名の威圧感が漏れ出ているのは、鈍い葉介にも見て分かる。


「体力に加えて、洞察力も高い……ミラの見る目も中々のものだな」


 レイは何やら納得しているものの、葉介はリリアと向き合って、何度も頭を下げていた。


「すみません……レイ様のお話に、ついしっかりお答えしようと、失礼なことを言ってしまって、申し訳ありませんでした……」

「……無駄に偉そうで悪かったわね」

「滅相もないです、偉そうなのは私の方です。ごめんなさい」


 葉介としては、誠心誠意、心を込めて謝罪しているのだが……リリアの表情は優れないまま。中々の逆鱗に触れてしまったらしい。


「彼は心から反省してる。悪気があったわけでもないし、ゆるしてやれ、リリア」


 いつにも増して小さくなりつつ、困り果てた葉介に、レイが助け船をよこしてくれた。


「ワタシが、彼の話を聞きだしたのも悪かったんだ。彼を責めないでやってくれ」

「……レイ様が、そう言うなら」



「レイ!」



 と、リリアから一応のゆるしを受けたタイミングで、今度は覚えのある声が聞こえた。


「シャル! それにミラも……」


 三人中、誰よりも早くレイが反応した。リリアに葉介も振り返ると、今言った二人が歩いてきていた。


「おはようございます。シェル様」

「シャルだ……おはよう」

「おはよう。ミラ」

「ん……おはよう」


 シャルとミラへ、それぞれ口調を変えつつ挨拶をしておく。ミラは毎朝通りの反応で、シャルは、話し慣れていないのと、初対面の時からの険悪さのおかげで、若干の動揺がうかがえる。


「こんな朝っぱらから、どうしてレイがここに?」

「私が拾ってきたシカが目当てのようです」

「いや、違うから……」


 さばいたシカを指さしながらの、葉介の冗談に対して、レイはすぐさま否定した。


「しか?」

「シカ。ミラも食べたい?」

「食べたい」


 素直である。


「ていうか、さばいた後に言うのもなんだけど……死んだ馬用の屠殺場が城内にあるし、持っていけば、さばいてくれただろう?」

「……え、あるんですか? 屠殺場?」

「知らなかった……」


(やっぱ、知らなかったのか。ミラも……)


「……て、ことは、この生ゴミも、そこに持っていけば処理してくれますかね?」

「ああ、そうだな……」

「……まあ、それはともかく、シャル様がレイ様を送ってきたんじゃないのですか?」

「……私が?」

「昨日言っていたでしょう? レイ様に私を追い出してもらうと」

「そんなことは言っていない。曲解するな」


 と、シャルが弁明した直後――ミラが急いで葉介の手を握った。


「ヨースケはわたしの弟子。どこにも行かせない」

「ミラがなついてる……」


 ミラのそんな言動に対しては、レイも、葉介も、苦笑させられた。



「わたしが教える……この男が、レイ。レイノワール・アレイスター……昨日言った通り、第1関隊の関長で、一応、この国で最強の魔法騎士」

「一応、ではありません。正真正銘、『最強』の魔法騎士です」


 と、ずっと黙っていたリリアが声を上げた。それにまた、レイは苦笑をするものの、否定しない辺りはそれなりに自負しているらしい。


「ちなみに、どうでもいいけど、シャルの恋人」

「確かにどうでもいいな」


 ミラのどうでもいい発言にシャルが声を上げようとしたが、葉介の言葉に遮られる。


「……昨夜も、シャルの部屋覗いたら、帰ってきて早々、お楽しみだった」

「覗くな! てか、そういうこと言うもんじゃありません!」


 今度は葉介が、ミラに向かって声を上げた。

 葉介が言わなければ、シャルはもちろん、苦笑していただけのレイも、リリアも、全員が赤面しながら声を上げようとしていた。


「たく……ちなみに、子どもは何人作るご予定?」

「――て、貴様もか!!?」

「その……できれば、男の子と女の子、一人ずつ欲しいかな……」

「照れるくらいなら答えなくていいです!!」


 顔を真っ赤にしながら、シャルとリリアが叫んだが、構わず葉介は続ける。


「子どもをもうける気なら、責任持って育てなさいよ。いざ産んだ後になって、やっぱり育てられません、と放り捨てるのが一番笑えませんぜ」


「――――」


 淡々とした口調で、そんな正論を発言されて、シャルもリリアも黙ってしまう。

 そんな、シャルの隣に、レイが立った。


「そんなことはしない。父親として、オレが一生かけて守る」


 シャルの肩を抱きよせながら、確信を込めた声を上げる。

 身長でいえば、シャルの方がやや高い。しかし、レイの言葉の力強さと雰囲気、そして、赤面しつつ小さくなったシャルの態度から、レイの体格が、瞬時にシャルを上回ったと錯覚させられた。


「その、レイ……まだ、子どももできていないうちから、その……」

「あ、ごめん」


(あらぁ、乙女……)


 葉介は、内心でそう微笑ましく感じていた。ミラは、相変わらず無表情で、リリアは、特に何を発言するでもなく二人を見つめているだけ。



「……それで、結局、私に会いに来てくださった理由は何ですの?」

「そうだった。実は……」


 レイが思い出したように声を上げ、ようやく、話の本題を切りだそうと、声を上げた――


「……申し上げます。レイ様」


 だが、レイが切り出すよりも前に、後ろにいたリリアが葉介の前に立った。


「私は、納得できません。この男のことは、信用できません」


 レイと葉介の間に立って、葉介を睨めつけながら発言している。

 その声色は、直前の葉介への怒りももちろんだが、それとは別の、怒りの感情がこもっているようにも聞こえた。


「リリア……お前の気持ちも分かる。だが、今の会話だけでも、彼が聡明であることは分かった。ミラの言った通り、彼なら力になるかもしれない」

「それでも私は、この男を信用できません。レイ様のお力になれるとは思えません」

「……私に一体、どうしろと?」


 どうやら、葉介自身の知らないところで、話しがどんどん進んでいるらしい。成り行きに任せても構わないのだが、敢えて尋ねてみた。


「……私と、決闘してもらう」

「け?」

「魔法騎士の決闘よ」


 杖を取り出し、葉介に向けつつ、断ることは許さないと、表情で脅しをかけている。


「リリア……今は一刻を争う時だ。決闘をする時間なんて――」

「一刻を争う時だからこそ、使えない人間の相手をしているヒマはありません。この男が、ミラ様の言う通り、レイ様のお役に立てるかどうか、私が見定めます」


 レイの静止に対しても、強い口調のまま断言した。たとえ、上司であるレイの言葉であろうとも、そのレイのために、杖を納めるわけにはいかない。そんな強い決意が、声に、表情に、総身に溢れている。


「受けてくれるわね?」

「……私はミラ様の部下なので。ミラ様に従います」


 今いち煮え切らない態度で、葉介はそう返した。

 大した決意と忠誠心の限りを尽くしているリリアとは違って、事情が全く分からない葉介には、決闘とやらを受けることに損も得も無い。とは言え、ただ断って良さげな空気でもない。

 どうすれば良いか分からない時は……

 上司に相談すればいい。そんな社会人思想に従って、ミラに問題を丸投げしてみた。


「……わたしが許す。葉介と、決闘していい」


(だと思ったよ、畜生め)


 半ば、断ってくれないかと期待したのだが、大方の予想通り、ミラは了承した。

 それを聞いたリリアは杖を下ろした。


「時間は一時間後、魔法騎士の中央演習場で待っているわ。場所はミラ様から聞きなさい」


 そう言って、杖をしまいながら背中を向けて……


「逃げても構わないけど、その時は、二度と魔法騎士でいられないほどの、生き恥をさらすと思いなさい」


 それだけ言い残し、去っていった。


「すまない。うちの部下が、勝手なことを……」

「いいえ……上司思いの、良い人だと思いますよ」


 その後、簡単に会話をした後で、レイは、シャルと手を繋いで去っていった。




「それで、魔法騎士の決闘ってなに?」

「言葉の通り。魔法騎士同士が闘うこと。お互いに挨拶して、その後魔法で勝負する」

「俺、魔法使えないんだけど?」

「大丈夫。素手で闘っちゃいけないルールなんてない」


 二人が去った後は、早速決闘のことについて尋ねてみた。


 決闘に関して簡単にまとめると……

 最初に挨拶をする以外、特に明確なルールは無い。

 得意な魔法を使って、相手を降参させるか、戦闘不能にすれば勝ち。ただし、殺してしまうのは御法度。

 多少のケガは仕方ないが、大ケガは極力させないように。

 葉介の実家でも、魔法以外ならよく見聞きする、昔ながらの試合ルールである。


「……それで、あのデカイ人は、強いの?」

「強い……第1関隊の、実質的な副将。ナンバー2」

「実質? ああ、五人の関長以外に、明確な立場や役職は魔法騎士団には無いんだっけ?」


 それをリムから聞いた時は、ナンバー2は元より、班長なり伍長なり細かいまとめ役を決めとかないで、管理統率が行き届くのか不安に感じたものの……どの道、二人しかいない第5にとっては関係のない話だ。


「ん……それで、リリアは持って生まれた魔力も多くて、使える魔法の種類も多い。デスニマとも何度も戦ってきたベテラン。次期関長候補の筆頭」

「そんな相手に、俺が勝てる見込みは?」

「……五分五分」


 しばらく考えた後で、考えながら、言葉を紡いでいった。


「単純な魔法勝負なら、ボロ負け。魔法が使えないんだから、当たり前」

「そらそうだ」

「けど、少なくとも、腕っぷしなら、葉介がボロ勝ち。リリアは、葉介が魔法使えないの、知らない。懐に入ることができれば、勝機はある」

「どうやって懐に入りましょう?」

「…………」


 それを聞いた途端、ミラは、黙ってしまった。

 黙っている間、葉介も黙って、言葉を待ってみた。

 そして……


「……お前は、わたしの弟子」

「そうだよ?」

「だから、勝てる。信じてる」

「……敗けた時は?」

「お前も、わたしも、恥を掻く。それだけ」


(おいおい……)


 葉介の目をジッと見つめながら言ったのは、根拠もなければ確証もない、無駄に自信のこもっただけの、そんな言葉。

 大した作戦を考えるでもなく、コイツならやってくれる。そう信じていたいだけ。

 覚悟がこもっているように見えて、ただ自分の理想の体現を、無責任に願っている。押しつけている。

 つまりは、少女のただのワガママ。


(ある意味、仕様がないことかも知らんが、師匠としては致命的じゃねーか)


 昨夜は、師匠としての覚悟をようやく持ったかと思ったら、実際には、その覚悟の使い方が分かっていない。今まで、他に部下や弟子を持ったことのない少女ができることは、唯一の弟子に対して、激励し、力を信じる。それしか無いんだろう。

 それをさせることの覚悟も責任も、どういうものか分からないまま……


(覚悟も責任も無い、そんな信頼に答えねばならんと……まあ、良いけど)


 師匠としても上司としても致命的とは言え、現実問題、何も教えてくれなかった師匠しか知らない、葉介より一回りも年下な少女に、そんな完璧さを求める方が酷なことだ。

 それでも、幼くも師匠であろうとがんばっている少女が信じてくれているんだ。弟子として、そして、大人としては、そんな健気で純粋な信頼に対して、応えるために全力を尽くす義務があるだろう。



「精一杯、闘ってきます。お師匠様」


「ん……それでこそ、わたしの弟子」



 手を繋ぎながら、お互いに無表情で、それだけを交わした。

 表情に感情は見られなくとも、その時の二人の声色には、お互いに対する、確かな信頼と、師弟関係がうかがえた。





書くシカねぇ。

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