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第2話  弟子と師匠の話し合い

 関長らと別れた時に言った通り、葉介が火を焚いた後は、二人で食事をとった。

 二日目の夜と同じ。葉介の用意した、焼いた魚と茹でた野草。毎日調理しているうちに勝手は分かってきたとは言え、それでも不味い味に変わりはない。


 そんな食事をとりながら、ミラは、葉介に語りかけた。


「それにしても……いつもダリダリ言いながら、蹴ってたのに、避けた先で、無言でひじ鉄……正直、驚いた」

「そりゃあ、攻撃する度に掛け声なんて上げてたら、攻撃しますよって言ってるようなもんやしね」

「……じゃあ、なんでダリダリ言ってたの?」

「理由はまあ、いくつかある……自然と口に馴染んだ。声出した方が力が出る。敵の気を逸らしたり、逆に引きつけられる。あと……攻撃する時、ダリダリ言っとけば、それが攻撃の合図と思わせられる」


 その話に、ミラは魚をかじろうとした手と口を止めた。


「思わせられるって、どういうこと……?」

「言った通りの意味だよ。攻撃する時必ずダリダリ言う。でもって、俺には蹴り技しかない。そう思わせられる」

「思わせられるって……わたしに?」

「他に誰がいる?」


 手元の魚を平らげて、別の魚――炙っていた手製の干物を手に取った。


「最初の修行の時に、マトモにやってたんじゃ、一生鍛えても攻撃が当たらないって分かったからね。だから、今言った通り、蹴り技しかなくて、蹴る前にダリダリ言うって思わせた。後は、ミラの動きを覚えて、スキを見せた時に()を打てばいい」

「…………」


 そこまで聞いて、ミラも思い出した。

 葉介は、蹴り技が得意で、殴るのが苦手で、だからパンチは大して鍛えてこなかった。それは多分、事実だろう。

 けど、最初に葉介を見た時、デスウルフの群れ相手に、足技はもちろん、手も積極的に使っていた。


 それに、今思えば、修行の最初の一回目こそ、ダマし討ちや不意打ちを仕掛けてきた時は、無言だった。それが、二回目からは不意打ちですら、ダリダリ言っていた。


 今まで特に気にしてこなかったけど……


「……すっかりダマされて、引っかかった」

「引っかかってくれて幸運だった。一度しか使えない手だし……まあ、手をケガしたくないのは本当だけど、使えないなんて一度も言ってないしね」

「……正直、意外。チビのくせにノーキンだと思ってたら、意外に頭脳派」


(脳筋て言葉は存在するんやな……あと、事実とは言え、お前がチビ言うな)


 魚を下へ下ろして、視線も下に向けている。いつも通りの無表情ながら、悔しがって、落ち込んでいることが葉介にも分かる。


「別に、ミラが弱いわけじゃないから気にしなさんな。大体こんなの、何日も時間かかるうえ、人間相手にしか使えん手だしね」

「……そう?」

「ダマし打ち。不意打ち。作戦。心理戦……そんなもんが、人間相手ならいざ知らず、動物相手に使えると思う? まして、デスニマ相手に、役に立つと思う?」

「使い物にならないね」

「人間相手にしても、魔法をポンポン撃ってきて、さっきミラがやったみたいに、体の仕組みまで変えられるヤツ相手に、使える技なんかあると思う?」

「大して……多分、一つも無いね」


 そこでようやく、ミラも思い知った。


 単純な力や経験なら、ミラの方が上。けど、持久力や技の豊富さなら、葉介の方が上だろう。歳を考えれば当然なのかもしれないけど、何年も何年も、時間だけならミラ以上に自分自身を鍛え続けて、積み上げてきて、それが今、できあがっている。


 コイツがいた世界なら、それでも通用したのかもしれない。けど、わたしたちの生きる、この世界ではそうはいかない。いくら力が強くても、技が豊富でも、そんなもの、魔法の一つで簡単に超えられ、破られる。

 本気の魔法を使ってくる相手に、徒手格闘で勝つ方法なんか、魔法を使う以外にない。それは、ミラ自身が一番よく知っている。


(魔法騎士たちの誰よりも強いのに、魔法騎士としては、誰よりも弱い……魔法の使えない魔法騎士)


 自分が弟子に選んだ、強い男。

 その男の立場を、ミラは今になって、思い知ることになった。



「……大丈夫」

「なにか言った?」

「……お前は、わたしの弟子」

「……? せやけど?」

「お前はわたしが、立派な魔法騎士にする」

「……明日、追い出されなきゃね」

「わたしが守る」


 顔を見ると、無表情だった。なのにその声は、今まで以上に真剣で力強くて……


(初めてだ。師匠らしい顔見せたの)


 失礼な話、今まではハッキリ言って、17歳の小さな女の子の顔にしか見えなかった。無表情でよく分からない、それでも見た目通りの、幼い女の子。

 普段どんな仕事をしているのか知らないが、短い時間、修行の相手を務める時に見せるのは、ただ義務を果たすだけの、少女の顔でしかなかった。


 それが今は、義務とか責任とか関係なく、弟子を見る、師匠の顔つきになっている。

 師弟関係に疎い葉介でもそう感じる、そんな顔……



「期待に答える努力をします。師匠」

「ん……よろしい」



 互いに一言ずつ言い合って……

 手元の魚にかじり付いた。


(まっずい)

(まずい……)



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「これは……!」


 城の中にある、とある部屋の中。そこで、手元の手紙を読んでいたシャルが声を上げた。左右から読んでいるメアにセルシィも、一様に表情を歪めていた。


「うわぁ……これ、ヤバくない?」

「ヤバいどころか……一大事、ですね」

「レイ……」


 シャルが呟いたのと同時のタイミングで、三人のいる部屋のドアがノックされる。

 失礼します……その一言の後で、青色の少女が入ってきた。


「レイ様がお見えになりました」

「分かった……すぐにミラも呼べ。火急の関長会議だと伝えろ。川の前にいるだろう」

「え……は! かしこまりました!」


 青色の少女も、シャルの切羽詰まった感情を感じ取ったらしい。

 部屋を出るなり、すぐさま走り出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「明日から、朝一は今まで通り修行。その後は、わたしの仕事も手伝ってもらう」

「とうとう仕事か……他もそうだけど、ミラの仕事してるとこ、見たことないな」


 食事を終えて、出た生ゴミや残飯は燃やしてしまう。そうして大きくなった焚き火に当たりつつ、第5関隊の赤と黒は話し合っていた。


「表に出てやるような仕事じゃないから……」


 無感動。無感情。たった今見せてくれた、師匠らしさがナリを潜めた、いつもの無表情と声で語っていた。


「書類整理? それとも第4や、時々第3もしてるっていう城下町の見回り?」

「……そんなことも知ってるの?」

「うん。リ、リ、メ……リム様から聞いた」


 また危うく名前を間違えそうになるも、どうにか正しい名前を思い出す。そんな弟子のことは気にせずに、ミラは話して聞かせた。


「それとは違う。もしかしたら、それもいつかしてもらう日が来るかもしれない。けど、第5関隊の仕事とは、違う……」

「ミラ一人しか残ってないような部隊なのに、他にたくさんいる部隊の下っ端がするような仕事はしないってこと?」

「ん……どんな仕事かは、明日見せることになると思う」

「ここじゃ言えない仕事?」

「誰が聞いてるとも、限らない」


 そんなことを言う時点で、ロクでもない仕事なのは間違いないらしい。

 単純にミラの強さにだけ価値があるなら、他がやっている仕事をあてがえば済む。

 それをせずに、ミラ一人しか残っていない部隊を、無くしてしまうこともせず律儀に残して、形式上とは言え、関長という位まで与えている。

 だが逆を言えば、そうまでして残す程度の有益さはあるが、ミラ一人いれば事足りて、だが、ミラでなければできない仕事……


(けどそれも、大した仕事でもなさそうだけど。そんな重要な仕事してるミラを、わざわざデスニマ退治に引っ張り出すのも違和感あるし……)


 第5関隊を残している理由も、本当に城にとって有益だからかは怪しいものだ。単純に、無くしてしまうのが面倒な、お城の怠慢かもしれない。


 隠れた重要部署か。本当にただの窓際部署か。

 それは明日の仕事でハッキリする――



「ミラ様!」



 思考していたところへ、少女の声が響いた。

 騎士服は青。第3関隊の少女が、慌てて走ってきたのが見えた。

 葉介が座ったまま一礼すると、少女も丁寧に一礼を返してくれた。


「ミラ様……レイ様が、ついさっき到着しました」

「それだけ?」

「いいえ……シャル様が、すぐに来てくれと。緊急の関長会議を開くとのことで」

「きんきゅー……ん、分かった。場所は関長室?」

「はい」


 返事を聞いて、無表情ながら立ち上がった。


「じゃあ、そういうことだから……多分、明日の修行は無しになるかも」

「仕方ないね。よく分からんけど、がんばって」



 青色と並んだ赤色を見送って、黒色はしばらく火に当たってから、片づけを始めた。


(緊急か……俺の進退のことくらいでそんな急ぐわけもなし、何やら事件かしら?)



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ん……確かにこれは、一大事」


 第3の少女に呼ばれて、関長らの集まる部屋へ。最後の一人として到着したミラも、手紙を読み、話を聞いて、呟いた。


「それで……作戦とか、考えてるの?」

「それも、これから考えるところだ。なにせ、ここまでの事態、この国では前例が無い。まず事態を収束できるかどうか、そのための人員、作戦……考えることは山積みだが、何もかもが想定外すぎて、従来の方法はまるで使えない」

「今まで、大した事件も無しに、平和にあぐらを掻いて怠けてきたツケ……」

「…………」


 ミラの冷たい一言に、レイ、シャルはもちろん、セルシィに、メアも、反論できず顔をしかめてしまう。


 平和が長く続くことは、悪いことじゃない。悪いことであるはずがない。

 だが、その平和を当たり前のものだと信じて何もしない毎日を過ごせば、いざという時何もできなくなるということは、彼女らも一介の騎士である以上、心構えとしては分かっている。関長という、一部隊を統べる立場ともなればなお更だ。

 だが、それでも彼女ら自身の若さに加えて、魔法騎士という組織の必要性を感じさせない平和が長く続けば、そんな心構えすら薄れていく。

 そして、いざその時が来て、ようやく気づくのである……


「ハッキリ言わせてもらうけど、わたしはもちろん、関長の五人がそろったって、大した作戦なんか、思いつかないと思う」

「そうだな……」


 五人の中で、ある意味誰よりもその心構えを秘めている。そのことを知っているからこそ、そんなミラの言葉は、レイの心に重くのし掛かった。

 シャルも、セルシィにメアも、図星だと認めて表情を曇らせた。


「それでも、やるしかない。我々五人で話し合って、どうにかこの事態の解決を……」

「……一つ、考えがある」


 レイの声を遮りながら、ミラは四人の顔を順に一瞥して、確信を込めながら、それを語った。



「この作戦会議……ヨースケも呼ぼう」



 もろもろの片づけを終えて、布団に入った弟子の顔を思い浮かべながら、最年少の関長は提案を出した。





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