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第9話  野外訓練、終了後

 太陽が沈んだばかりということもあって、薄暗いが十分に視界の開けた時間。

 そんな時間に走り始めた、男子一名、女子五名が無事に城へ到着した時には、月もそれなりの高さまで昇っていた。



「よーし! 到着ー!」


 城の門を最初に通過したメアが、そう声を上げつつ、背中におぶっていた一人を地面に下ろした。


「ほい、足もと気をつけて、メルダちゃん」

「ありがとう……ございます」


 長い時間のおんぶのせいでフラつきながらも、直立し、姿勢を正す。

 普段から偉そうなメルダも、さすがに関長相手には礼儀をわきまえているようで、尊敬語で礼を言った。


「にしても……意外だね。まさかキミが走るとか言い出すなんてさ」

「そう、ですか?」

「うん。どうせ今回も、上手いこと手ぇ抜いてクリアーするだけだと思ってたのに、わざわざ走るとかさ」

「…………」

「いつも何もしないくせに偉そうなだけだったキミが、崖の上じゃ妙に大人しかったし……どうかしたの? メルダちゃん」


 メアも、伊達に40人超の騎士たちを束ねる関長を務めてはいない。

 適当にやっているようで、部下全員の顔と名前を覚え、一人一人の動向には目を見張っていた。

 そんなメアから見ても、メルダと言う少女の言動と態度には、目に余るものがあった。

 近々追い出してしまうべきかとも思っていた。そう思ってしまえるほど傲慢キチで高飛車な少女は、目の前にはいない。


「……そうですね。わたくし自身、今まで自分がどれだけ愚かだったか、周りからどんな人間に思われていたか、見つめ直して、反省しております」


 メルダはそう、しおらしさを見せつつ、それでも、真っすぐメアと目を合わせ、胸を張って、堂々と宣言する。


「今までしてきたことが、赦されるとは思いません。だからせめて、今まで手を抜き迷惑を掛けてきた以上に、第4関隊の一人として、魔法騎士として恥ずかしくない働きを行っていこうと思います。それが、わたくしがこれまでしてきた、全ての愚行に対する償いです」


(いや、本当どうしたんだコイツ?)


 今までの……少なくとも、この野外訓練が始まる前のメルダなら、謝りはするが、それ以上は無い、形だけの反省したフリをするのが関の山だったろうし、そんな態度を取ればメアにも分かった。

 それなのに、その堂々とした立ち居振る舞いでの宣誓からは、言い訳は感じない。その場しのぎでもない。今までの自分から変わること。それをすると、心の底から誓っているのがメアにも分かる。


(あのおっさんにおぶってもらったって言ってたよね……デスバードを倒したって話しだし、おっさんと何かあった?)



 そんな二人の立つ場所に、新たに二人、ゴールした。


「意外と重たい……」

「ご、ごめんなさい……」


 ミラにおぶられたリムは、謝罪しながらいそいそと地面に立った。

 葉介に、足は引っ張らないと宣言しつつこの体たらく。メルダもそうだが、自身の体力の無さに気落ちし、落ち込んでしまう。

 そして、そんなリムを運んできた、ミラはと言えば……


「…………」

「はい?」

「なんでもない」


 両手を組みつつ、なにかを呟いたが、リムの耳には聞こえなかった。

 それで今度は、心で独り言ちた。


(その重たいの……わたしにもくれ)



 そして、メアはそんな二人の様子を眺めつつ、リムのことも見ていた。


(リムちゃんも、いつも気弱でビクビクしてたのが、崖の上にゴールしてから妙に自信満々になってるし……メルダちゃんと一緒で、おっさんになついてるっぽいし)


 どうやら、メアの第4関隊の中で、この二人は、葉介と関わったことで変化があったようだと理解した。

 実のところ、メアもさっき言った通り、あの冴えない体力だけのチビなおっさんが、魔法も無しにゴールできるだなんて思っちゃいなかった。

 ただ、見るからに自分たちより弱そうな、チビで冴えないおっさんが、自分の身一つであの高い崖を登ろうと努力する。

 そんな姿を、基本的にぐうたらでやる気の無い落ちこぼれたちが見れば、少しは何かしら思ってくれるんじゃないかと、そんな淡い期待を込めて、あのおっさんを誘った。


 結果だけ見れば、おっさんはおっさんらしく、もっと合理的で簡単な方法を見つけ出してゴールしてしまった。話を聞いた限り、反則スレスレじゃないかという気もするけど、裏に階段があるなんて、メア自身を含め誰も知らなかったことだし。

 その階段も、よく見ないと見つけられないそうだし、魔法抜きだとマトモに登れそうなのは葉介にミラ、後は、ギリギリメア自身くらいしかいないようなので、特別に許すことにした。

 今後、あの崖を登る時、裏の階段とやらに関するルールも新しく設けた方が良いかもしれない(どうせみんな、崖でも階段でも、魔法で簡単に登っちゃうだろうけど……)。


 そんなこんなで、もろもろ思惑通りいかなかったこと自体は残念だが、知らない間に関わっていたウチの部下二人に、大きな変化を起こしてくれていた。


(結果的にだけど、二人だけでも良い方向に変わってくれて、良かったって、思うべきなのかな……)


 と、メアが、図らずも起きてくれた嬉しい誤算に、一応は満足したところに……



「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」



 そんな、荒い息遣いと、足音が聞こえてきた。


「ぜぇ……ぜぇ……こぉ……しぃ……にぃ……かぁ……たぁ……」


 荒い息遣いで、全身から汗を拭きだし走ってくる男も、先にゴールした少女二人と同じく、人一人……セルシィを背中におぶって、フラつきつつも走ってきた。


「ぜぇ……ぜぇ……と……とう……とう、ちゃく……」


 到着するなり、おぶっていたセルシィを下ろすと、セルシィの謝罪と気遣う声も、すぐさま駆け寄ってきたメルダにリムも無視して、壁に手を着き、呼吸を整え始めた。



「なーに? そんなんで、もうバテちゃったの?」

「まだまだ未熟……」


 いつもの葉介なら、こんなことを言われても、適当に二言三言謝って済ませたに違いない。

 だが……


「そら、お前らはなぁ……魔法もあるし、崖でずっと休んどったんだから、平気だろうがよ――」


 笑顔ではあるが、引きつり引くついていて、分かりやすくイラつき、怒っている。それでも敢えて落ち着いた声を、二人へ向ける。


「えーえー、すいませんねぇ……魔法が使えん上に、崖登って人一人おぶって森通り抜けて、死んだクマの相手して、また人一人おぶって石段登って死んだ鳥相手してまた崖登って、そっから城まで走ったくらいのことで、体力がすぐ無くなってしまう貧弱野郎で申し訳ありませんでしたね。ミラ様の弟子として恥ずかしい限りですがな……ハッ!」


「えっと、ヨースケさん……?」

「ヨースケ、落ち着きなさいよ……」

「体力無いなんてこと、ないです。ヨースケさんは、すごい人だと思いま――」



「オドレらにだけは言われとうないんじゃああああああああ!!?」



 慰めの声を掛けた、リム、メルダ、セルシィの三人に向かって、葉介は絶叫した。


「俺に体力無いんは事実なんだからどーでもエエわい!! 最初に足引っ張らんとか抜かしといて、オドレら三人が三人とも俺におぶらせよってからに!! 今さらメアやミラ並みに体鍛えろとは言わんわい!! せめて俺以外の人間に迷惑掛けん程度には体力つけろやボケェェェエ!!!」



「ごめんなさーい!!」

「ごめんなさーい!!」

「ごめんなさーい!!」



 背の順で横並びになった三人とも、礼節がすっかり失せてしまった葉介の怒声に、一斉に謝った。



「…………」


 この三人にも、メアやミラにも言いたいことはまだまだある。

 そんな様子の葉介だったが……


「もういい……ミラ!」

「ん?」

「修行」

「修行……え、今から?」

「今から! 小屋で待っとくからな」

「……しかたない」


 流れる汗や、フラつく足やらをそのままに、葉介は小屋へ歩いていく。

 その後ろを、ミラもまた続いて歩いていった。



「……どうしましょう?」


 残された四人のうち、リムがそう声を上げた。

 本来なら、このまま食堂へ夕飯を食べに行きたいところだが……


「ヨースケの修行……興味あるわね。ちょっと見学させてもらうわ」


 そう声を上げたメルダは、歩いていく二人を追いかけた。


「私も、ヨースケさんの修行見たいです!」

「……ミラっちの修行か。ボクも行こーっと」

「えぇ……!」


 メアにセルシィの二人まで歩いていく。残されたリムも、すぐさま歩き出した。




「ダリダリダリダリ――ッ!」



 そうして、見学者四人を前にしての、この世界に来て三回目となる修行が始まったのだが……


「遅い……鈍い……」


 いつも通り、葉介が蹴り技を仕掛け、ミラはそれを避けていく。そうしてミラに、一撃を当てることを目指し繰り返す。

 そして今回のそれは、ミラの言った通り。


「いつもの速さもキレも無い。とっくに体力は限界……」


 そう語りかけ、始めて五分も経ったころには、葉介はひざを着いて、肩で息をし始めた。


「今日はもう、大人しく休んだ方がいい。修行は明日もする。けど今日は、それ以上やると体が壊れる……」


 それだけ言った後は、ただ、待った。すると、葉介は立ち上がって、ミラと向き合った。



「ありがとう……ございました……ッ」

「ん……おやすみ」



 去っていくミラ。倒れ込む葉介。

 そんな二人を、並んで座ってジッと眺めていた四人はというと……


「速さもキレもないって……あれで?」

「デスベアを蹴ってた時と同じで、ヨースケさんの足、ほとんど見えませんでした……」


 月明かりしかない星空の下でも、明るい満月の下なら、顔はともかく二人の動きはハッキリと見える。そんな彼女らの目から見た葉介は、今まで見たことが無いほどキレのある動きからの、目で追えないくらいの蹴りの嵐だった。

 それを避けてしまえるミラもさすがではあるが、それをしていた葉介の、野外訓練で体力を使い切っての動きがコレなら、体力が全快した時はどうなるというのか……


「あれが、ヨースケさんの修行……」

「ヨースケ……かっこいい」

「ずっと見ていたいです……ヨースケさん」


 そんな疑問をメアが感じている中、他の三人……特にセルシィは、月明かりの下でも赤いと分かる顔から、キラキラとした視線を葉介へと向けていた。


(おっさん……良い男だね、やっぱ)


 そして、そんな四人の会話など、いちいち聞いていられない葉介は、千鳥足で川まで歩いて、倒れるように川に顔をつけて、水をグビグビ飲み始めた。




「ミラ」


 食堂までの道を歩いているミラに、そんな低い声が掛けられる。

 振り向くと、そこには予想通り。堂々とした態度で腕を組んで壁にもたれかかっている、顔と手が陽に焼けた長身と豊満なスタイルが目立つ、紫色の騎士服の女性。


「シャル……」


 声を掛けた、第2関隊の関長は、あまり機嫌が良いとは言い難い雰囲気で、ミラに語りかけた。


「あとで、あの二人にも言っておくが……あまり、あの男に深入りするべきじゃない」

「…………」

「あの男がお前の部下なのは事実だが、仮にも、魔力を持たない不審者として連行した男だぞ。それを忘れるな」

「……分かってる。もし、アイツが何か怪しいことしでかすなら、拾ったわたしが責任持って処理する……ただ……」

「ただ?」


 最後にミラは、確信を込めた目を向けて、答えた。


「ヨースケは、そんなことしない。そんな性格じゃないし、そんなこと企む理由もない」


 それだけ言って、今度こそ、城の奥へと消えていった。



「まったく……」


 ミラの背中を見送った後は、川の方を見る。

 未だ、葉介の前にいる、関長二人、一般騎士二人の背中。

 彼女らに同じことを言っても、答えはミラと同じだろう。メアは、ただ面白いと思えば、それだけで誰だろうと受け入れるキライがあるし、セルシィに至っては、あの男に出会った時から、恋慕の情が駄々洩れで、今やそれが決定的に変わっているのが見て取れる。


(レイには、帰ってきた時に報告するとして……私だけでも、警戒しておかねばなるまいな)


 一昨日、葉介に掴まれた首をさすりながら……


 シャルもまた、未だ並んで体育座りする四人のはるか後ろから、川の前でグッタリと座り込んで、疲労からうつむき、小さくなった葉介の背中を眺めていた。


(あんな男の、どこが良いというのだ?)





 第Ⅰ章    完





次の章も読んでやるか。

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