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第7話  野外訓練とお勉強

「えっと……魔法とは、基本的に生まれた時から誰でも使える不思議な力のことです。発動するには、体内の魔力と呪文が必要です。呪文を口にして、それを合図に体から魔力が放出されて、それが空気中のマナに作用することで、その呪文が示す現象を引き起こしてくれます。正直、マナも魔法も、発見されたのはここ100年くらいなので、まだよく分かっていない部分も多いですが……そもそも、もっと便利な魔法がないか、ならともかく、詳しい魔法のメカニズムやその理由をわざわざ調べる、なんて人もいないのですが」


 スタートからおおよそ三時間超。

 相変わらず、アヤルカの森の中を黙々と歩いている。

 そんな葉介の背中からリムが、やや大きめの声を出していた。


「魔法の種類は様々で、全てを知っている人は少ないです。わたし自身、知らない魔法も多いですし……けどまず、子どものうちから、早い段階で最初に覚えさせられるのが、光を灯す【光源】、空気から水を作り出せる【水操作】、ケガを治す【治癒】の三つの魔法です。誰もが覚えさせられる必須魔法で、習得さえすれば簡単に使いこなせます。ただ、そのせいで、小さな子どもがふざけて魔力切れになるまで水を出して、家の中をびしょ濡れにしたり、杖を光らせて近所迷惑になったり、なんてことが度々起きるのが困りものですが」


 元々は葉介が、歩きながら口笛を吹いたり歌を口ずさんだりしていたのだが、せっかくだから、何か話をしてくれないかと、相変わらず降りようともしないリムに対してオネガイをした。

 最初、何をお話しすればいいか悩んだリムだったが、葉介が適当に言いくるめて、先ほど関長たちからは少ししか聞けなかった、魔法について詳しく説明してもらうことにした。



「必須魔法の三つを覚えさせた後は、他に必須と言える魔法を覚えさせたりしますが、それぞれの家庭の事情で、それに関係する魔法を覚えさせる場合も多いです。もちろん、子どもには危ない魔法も多いので、その辺りは考える必要がありますけど……単純な便利さで必須なのは、火を起こす【発火】に、物を運べる【移動】、物を軽くできる【浮遊】、後は、特にミラ様が得意とする【身体強化】の魔法です。この辺りは、魔法騎士にとっても必須ですね。それ以外となると、完全に好みになりますが……わたしなんかは、実家が農家だったので、魔法騎士になる前は【土操作】の魔法を覚えさせられました」


 あまり饒舌とは言い難い。所々、言葉を詰まらせる時もある。それでも、リムの話は実に丁寧で、魔法を知らない、使えない葉介も、実に分かりやすいと感じていた。



「魔法を使用する際には、主に杖を使います。ただ、これは誤解している人も多いのですが、杖は実は必須というわけではありません。魔法の噴出口として、あった方が使いやすいというだけです。杖が無くても、操作は少し難しくなりますけど、魔法自体は使えますし、ミラ様のように、杖無しでやっている人も見かける時はあります」


(……蛇口のホースみたいなもんかな? あった方が便利だけど、無くても困らない)


「どんな杖かは、これも好みですね。メア様のように、普通は一本で十分なところを二本持ったり、かさばりはするけど、丈夫さや威力を重視して太い杖を持ったり。魔法は一度に一つしか発動できませんが、杖を多く持てば、二ヵ所から同時に魔法を発動できますし、大きな杖を持てば、それだけ大きな魔法が使えます。その分、消費する魔力も増えちゃいますけど……」


(…………)


 それらの話に、葉介は歩きながら聞き入っていた。いくつか気になって質問したいこともある。だが、関長四人とは違うリムとしては、葉介が魔法を使えない異世界人だとは知るわけもなく、自身らと同じ魔法騎士の一人としか見ていない。

 ミラが言っていた通り、下手に会話を増やして、どこで秘密がバレて面倒事になるとも知れないため、質問はもちろん、最低限の相槌以外、余計な発言は控えるに徹していた。



「それから……魔法に関しては、大体こんなところでしょうか?」

「それなら、ちょうどよかったですかね」

「え?」


 リムが話し終えたのと、ちょうど同じタイミングで、葉介は足を止めていた。

 正面を見て……否、足もとを見て、ジッとしている。

 リムも顔と体を持ち上げつつ、葉介の視線の先を見てみると、


「あぁ……」


 二人の目の前にあるはずの、道が、途切れていた。

 地滑りか地盤沈下か。目の前が大きく陥没している。もっとも、大した深さはないし、傾斜も緩く、土塊やら植物による凹凸もあるため、服や体が汚れることを気にしなければ、降りたり上ったりすることは難しくはないだろう。

 身一つの身軽な状態であれば、だが。


「回り込んでもいいですが、遠回りになってしまいますね……すみません、リム様。降りて通り抜けるので、一度降りていただけませんか?」

「大丈夫ですよ」


 まだ言うか、このガキ……

 そう葉介が思った直後、リムは背中で身をよじって、杖を取り出した。



「――ッ」



 直後、ミラ以外の関長三名が言っていたのと同じように、葉介の耳には聞き取れない言葉が聞こえた。と同時に、リムをおぶる葉介の身が、急激に軽くなっていき――


「おお……!」


 やがて、リムや、葉介自身の体重もほぼ感じられなくなり、少し動けば体がフワフワ浮かび上がる感覚に包まれた。


「これが【浮遊】の魔法です。このまま真っすぐ進んで大丈夫ですよ」


 言われた通り、葉介はそのまま真っすぐ、巨大なくぼみへ飛び込んだ。

 普通なら下まで落下して、受け身も取れずケガしてしまいそうなところを、風船のようにゆっくりと落下していって、地面に足を着けば、またフワリと浮かぶ。そんな状態のまま前へと進んでいき、やがてくぼみの向こう側まで辿り着いた後は、上に跳ねただけで上ってしまった。


(踏み出せばその分浮かぶ。まさに風船になった気分やね)


 と、向こう側へ到着したところで、二人分の体重が戻った。多少フラ付いたものの、すぐに直立することができた。


「ありがとうございます。わざわざ……」

「いえ、そんな……ヨースケさんの体力はすごいと思いますけど、こういう所では、無理せず魔法を使った方がいいと思いますよ?」


(お前が降りてくれりゃあ、魔法を使うまでもなく解決した話なんだよなぁ……)


 もろもろの事実のせいで、感謝はするが、納得できない気持ちに苛まれる。

 そんな俺は大人げないのだろうか? 素朴な疑問を懐きつつ、再び歩き出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「チッ……あー!! なんなのよもう!!?」


 泥だらけの少女が一人、魔法で傷を癒しながら、声を上げている。

 少なくとも第4関隊の中に、この森に来たくて来た人間は一人もいない。今すぐにでも帰りたいが、自分で歩いて帰るのは魔法を使ってもダルイから、こうして仕方なくゴールを目指している。ただそれだけだ。


 特にこの少女のイヤイヤは最たるもので、歩きたくもない森の中を歩き回されて、服や靴、髪が汚れるのはもちろん、汗を掻くのもイヤだ。

 だから、極力安全そうな道を選んで、動物たちに見つからないようなるべく静かに歩いて、動物に出くわしたら、魔法を使って全速力で逃げていた。

 さっきも、クマに出くわして、追いかけられたからこうして走ったまでは良かったが、止まった先で運悪くぬかるみにはまって、転んで擦り傷と泥だらけになった。


「なんでわたくしが、こんな目に遭わなければならないのよ!!?」


 魔法で傷と痛みは簡単に癒せる。痛いのはイヤだし、歩く必要がある以上、癒すことは最優先事項だ。

 本来なら、体や騎士服に着いた汚れも洗い流したい。

 だが、それは魔法を使っても、表面の泥を取り除くことはできるが、体に纏わりついた泥を完全に落とすことはできない。服を脱いで、体を拭き取るか、洗うかするしかない。

 服の汚れもそうだ。よっぽどその魔法を鍛えた専門家でなければ、キチンと洗濯しないと汚れや泥は完全には落ちない。

 何より、そんなことに魔力を使う余裕は、ゴールまでの距離からして、全く無い。


「なぁー!! リムはどこへ行ったのよ!! それに、何で誰もいないのよ!! 今すぐわたくしの所へ来なさいよ!! わたくしのことを助けなさいよおおおお!!?」



 実家が決めた結婚をさせられるのがイヤで、仕方なく魔法騎士になった今日まで、やりたくもない仕事を割り振られた時は、リムに丸投げすることにしていた。友達の全員がそうしていたし、リムもイヤだとは言わなかった。

 仕事以外でもそうだ。アレをやれ。コレをしておけ。どんな要求も、リムはイヤとは言わずにやってくれて、その度に楽ができて、多少のストレス解消にもなった。


 今回もそうするはずだった。リムに自分や友達たちと一緒に来させて、何かトラブルがあったらアイツの魔法で解決させるはずだった。それで魔力切れになって、アイツだけゴールできなくなっても、知ったこっちゃない。


 なのにそのリムは、あの黒服のジジィを追いかけて先に行ってしまった。

 友達たちもそうだ。リムがいないと分かった途端、このわたくしを置いて、さっさと行ってしまった。今まで散々小遣いを渡して、良い思いをさせてやってきたにも関わらず、わたくしと一緒に行こうという提案も無視して姿を消して。

 それで一人で歩くことになって、その結果が、この有り様だ。



 何で、わたくしがこんな目に……


 何で誰も助けにこないの……


 このわたくしが、困っているというのに……



「クソリム~~~~~ッッ……」


 散々考えた後で、今ここにいない使いパシリへの怒りが込み上げてきた。


「覚えていなさいよ……このわたくしを、こんな目に遭わせて~~~……」


 アイツがいないのが悪いんだ。

 アイツさえいれば、わたくしがこんな目に遭わずに済んだんだ。

 そう考えているうちに傷が癒えたことで、だいぶ魔力を使ってしまったことにますます憤慨しながら、再び歩き出した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんな、少女が怒りを向けている、リムはと言えば……


「……もしやして、ヤバいです?」

「ヤバいどころじゃないです……!


 森というものは木々が密集してできている場所なので、場所によっては、生え盛る木々のせいで向こう側を見渡しても見えないことは当然ある。

 だが幸いなことに、今二人が歩いているその場所は、向こう側まで開けていて、数十メートル先までは見渡すことができる場所になっている。

 加えて、葉介に、リムも普通に視力は良いようで、目の前二十メートルほど向こうにいるものには、すぐ気がつくことができた。


(ミラにメアの言った通りだ……こんだけ離れてても、おとといのオオカミどもと一緒で、明らかにおかしいのが分かる)


 だいぶ距離は離れているし、間近で見るのはさっきが初めてと言っていい。それでも、その先で四つん這いになっているツキノワグマが、さっき見たヤツ以上にボロボロな姿で、体を震わせ興奮し、息を荒げているのが見て取れる。

 穴持たずにしては(この国に冬と呼べる季節があればだが)季節外れだし、あれだけ大声で会話していた以上、こっちにも気づいているはずだ。


 その上で、こちらをガン見しながら体を震わせるほど興奮しているのは……


「あれは、デスニマですか?」

「はい、間違いありません。デスベアです」


 念のため、先輩であるリムに尋ねたが、どうやら間違いないらしい。


「まさか、こんな時に現れるなんて……デスベアは、デスニマの中でもかなり厄介なのに」


 この世界でも、クマの恐ろしさは周知のようだ。


「さっきの【浮遊】の魔法で逃げられませんか?」

「あれは、体を浮かせるだけで、早く逃げられる魔法ではありません。一応、木に登って、飛び移ることならできますが……」

「それじゃあダメですね。クマはああ見えて足が速いし、木登りも上手ですから……【身体強化】の魔法は?」

「足は速くなりますけど、使用中はずっと魔力を消費しますし、逃げ切るまでに、魔力の方がもつかどうか……そもそも、スタートからゴールまで、それこそ関長くらいに鍛えとかないと、魔法をフルに使うには無理がある距離ですし」


(ふむ……こいつぁ、クマった)


 そこまで聞いて、どうやら、逃げることは無理だと悟った。こんな森の中では、都合よく他の魔法騎士たちに出くわすのも難しい。そもそも、出くわしたとして、彼らが素直に助けてくれるかどうか。葉介には判断しかねる。


 なので今度こそ、リムを無理やり降ろした。


「ヨースケさん?」

「こうなったら仕方がない。どの道、アレと戦うのが、私らの仕事でしょう? 私はまだ見習い以下ですけど」


 そう言って、歩き出す。


「ちょっと、ヨースケさん!?」

「とりあえず、私が行きます。可能ならそのまま倒しますが、マトモな武器も無いですし、まず無理でしょう……あなたは離れて魔法で攻撃していただきたい」

「……無理、無理です! わたしたちだけで勝てる相手じゃありません! そもそもわたし、今までデスニマと戦ったことなんて……!」


 悲鳴を上げながら近づいて、葉介の服を掴もうとした、リムの顔に向かって……


「うわ!」


 葉介は、後ろ蹴りを放った。上手い具合に寸止めしたものの、驚きのけぞったリムは後ろへ……


「お前しかいないんだよ!!」


 転がってしまう前にリムの胸倉を掴んで、声を荒げた。だがすぐ冷静になり、手を放してデスベアの方を見つつ、口調を戻す。


「ここには私らしかいません。仲間や関長らを呼ぶ方法もありません。逃げて応援を呼ぼうにも逃げ切れそうにない。第一、メア様も言っていたでしょう? 森の中で何があろうと自己責任だと」

「それは……」

「更に言うと、私はおととい、無理やり弟子にされたばかりで、デスニマとの戦い方自体、よく知りません。そうでなくとも、わけあって魔法が使えないので」

「魔法が、使えない?」

「魔力切れです」


 実際は違うが、魔法が使えない理由など、これで十分だろう。


「ですので、戦うことはできても、倒すことはできそうにありませんので。だから、そこはアナタだけが頼りなんですよ、先輩」

「そんな……どうやって?」

「私が知るわけないでしょう。できないなら、私に構わず逃げて下さい。邪魔です」



 話し終えたところで、歩きだった足を速め、小走りになる。

 すると、デスベアも、静止していた足で歩き始めた。


「話し終わるまで待っててくれたん? 死んでるわりに親切なクマたん♪」


 特に意味もなく韻を踏みながら、走り出す。


 デスベアも、四つ足で走り出した。



「ダリダリダリダリ――」



 互いに互いへ向かって走る。距離が近づき、やがて衝突しようという寸前――

 葉介は向かって左へ飛び、デスベアの右側へ、右足で着地。


「ダリッ!!」


 同時に、浮いた左足で、デスベアの脇腹に後ろ蹴りをぶつける。

 蹴られたデスベアは走る勢いそのままに、進行方向から逸れつつ、派手に転がった。


「うお、当たった! しかも転んでくれてラッキー」


 前へ進む力が強いほど、横からの力には弱い。そう聞いたことがあった。それなりの威力の力を、当てることができれば、の話だが。

 葉介程度の蹴りで、それだけのことができる自信などなかったものの、最初の作戦は上手くいってくれた。


 運よく転んだのを確認しつつ、反動で転んだ後もすぐ立ち上がってクマへ走る。

 手にはナイフを握り、転がり倒れているクマの眉間にナイフを突き立てた。かなり硬いが、それでも刃の付け根まで差し込んで、グリグリ抉ることができた。


「実家で見かけたゾンビと同じなら、これで死んでくれるんだけれど……」


 だが、クマは死ぬどころか、より狂暴になり、太い両手を振り回し、暴れだした。


「やっぱ、俺の知るゾンビとは似て非なるモノかい……!」


 ナイフグリグリの直後にすぐ離れたものだから、攻撃がぶつかることはない。

 だが、おかげで理解した。実家にいたゾンビとは違って、脳をつぶしたくらいなら、コイツらは動いて攻撃してくる。となれば、倒す方法はデスウルフと同じ、動けなくなるまで壊すしかない。


「とは言え、クマだけあって、全身クマなく硬いし……」


 蹴った感触を思い返してみる。魔法から成る子供と違って、純正の死骸ベースなのはもちろん、デカい全身全てが筋肉でできている分、頑丈さはデスウルフの比じゃない。

 今でも直前の蹴りの衝撃が、足の裏からくるぶしにかけて、ジンジンとシビレて残っている。


 そんなシビレを感じている間に、デスベアは眉間のナイフをそのままに立ち上がって、こちらを見た。そしてようやく、デスニマらしい? 変化を見つけた。

 ツキノワグマの胸には名前が示す通り、三日月型の白い模様が浮かび上がっている。それが、三日月型どころか、腹部のあちらこちらに様々な形で浮かび上がって、鬼か悪魔か、凶悪な貌を形作っている。


「一応、ヒグマは無理でも、ツキノワグマなら、ある程度鍛えた人間なら素手でも撃退はできるって聞くけどな。撃退は……」


 そう……できるのはあくまで、撃退。せいぜい怖がらせて、コイツぁ喰えねぇ……そう思わせて、逃がすだけ。

 そしてそんな、怖がる、という感情を無くしたツキノワグマが、目の前には立っている。


「せめてそうやって、二本足で立っといておくれよ。四つ足だと当てづらい」


 話しかけつつフードを被ると、仁王立ちしているデスベアに向かって、再び踏み出した。


「ダリッ!」



「…………」


 刺さったナイフをそのままに、葉介に襲い掛かるデスベア。

 自分より十センチ以上大きなデスベアに向かって、蹴り技を連発する葉介。

 そんな戦いを前にして……


「ヨースケさん……」



 思い出すのは、直前に葉介に言われた言葉。


 ――お前しかないんだよ!


 ――あなただけが頼りなんですよ。


 ――できないなら、私に構わず逃げて下さい。邪魔です。



 全部、リムが日常的に、第4関隊の仲間たちに言われてきた言葉だった。


 ――アンタの他に、アタシの仕事片づけてくれるヤツなんかいないでしょう?


 ――頼むよ、この仕事代わってくれ。お前だけが頼りなんだわ。


 ――できないなら帰れ役立たず! 邪魔だバカ野郎!!



 リム自身の仕事や都合などお構いなしに、ただ面倒だから、自分はイヤだからと、他の騎士たちの仕事を日常的に押しつけられてきた。

 イヤとは言えないリムにも非はある。仕事ができない、能力が低いことへの負い目もある。

 だからこそ、人の三倍時間が掛かる分、努力は三倍以上してきた。

 その結果、しなきゃいけない仕事は三倍以上に増やされて、増やされる度、さっきと同じ言葉を言われた。


 いつもなら、そんな言葉を言われたら、ただただ不快で、それでもイヤとは言えなくて、そんな自分にも、押しつけてきた相手にも、イヤな気分が増すばかりだった。

 なのに、言葉は同じなはずなのに、たった今言われた言葉からは、そんなものは感じなかった。

 自分を頼りにしている。それも同じはずなのに……


(違う……他の人たちは、わたしを頼りにしてたんじゃない。やって当たり前って決めつけて、無理やり押しつけてただけ。けど、ヨースケさんは……本当に私を信じてる。決めつけでも、押しつけでもなくて、私のこと信じて、命を預けてくれてるんだ!)


 それを、リムが理解した時……いつも失敗ばかりしてきて、信頼も信用も関係なく、やって当然、できて当然の使いパシリにされてきて、それに甘んじて。

 そんな、停滞と諦観しか知らなかった少女の心に、使命感という、熱い感情が沸き上がり、手には、杖を握りしめていた。



(あーあ。なーにやっとんだ、俺は……)


 リムが色々と考えている中。

 意味もなくダリダリ叫びまくって、下手くそなローキックを連発し、クマの爪とか牙とかはかろうじて避けながら、葉介は、考えていた。


(り、ら……連れてきた娘に、若い騎士のイケメンやキラキラ女子ら、関長三人だっている。それだけ華やかな子らがおるというのに、そいつらが倒すべき怪物と戦っとるのが、よりにもよって、俺みたいな小汚いチビの三十路て……)


 子どものころから理解していた。

 テレビでも映画でも。漫画でも小説でも。活躍するのはいつだって、背の高い二枚目、ちびっ子のハンサム、美男子、美少年、美丈夫、美女、美少女……

『イケメン』や『キラキラ女子』という言葉もまだ無かった時代から、彼ら彼女らの活躍を見て、自分自身の顔を鏡に見て、小学校に上がった時には悟っていた。

 俺は決して、主役にはなれない……


 顔とか見た目が悪いだけならまだしも、勉強ダメ、運動ダメ、人見知り、デブ、頭の回転も遅く、イジメを受けていた時期もある。当然、周りの子どもが普通にできたことを、普通にこなせた記憶もない。そんなマイナス全てをかき集めた人間として生きてきた。


 そんな自分が、別に軍人でも格闘家でも何でもないのに、クマと闘っている。

 クマを倒せるくらいの腕っぷしがあるなら、ブサイクだろうが多少は華やかかもしれないが、あいにく十代のころに三年ばかり習っていただけなうえ、そこでも今と同じ、成績の一つも、何も残せない落ちこぼれだった。

 こんな自分が、大勢いたイケメン美男美女の代わりに、ゾンビ化したクマと戦って……


(これも役割か? 美男美女が活躍するための地盤作りがブサイクの仕事だってか? まあ、実家での仕事もそんなもんだったがよ……)


 動いて逃げて蹴りまくって、フラ付きながらも思い出してしまう。



 好きでも何でもなく、ただ生活のためだけに、たまたま入社できた会社。

 仕事は満足にこなせない。手順をやっと覚えても失敗ばかり。同僚はもちろん、若手や後輩が普通に仕事を覚えて、こなしている間に、俺一人だけ、上司や、優秀な後輩にまで怒られて、やることと言ったら、誰もができて当然な、雑務か主力のサポート業務。


 それ自体は特に何とも思わない。何年も働いていて、それすら失敗ばかりなのだから。それ以上の仕事を任せてもらえるわけもなく、周りからもそう割り切られていて、いつ首を切られてもおかしくなかった。

 同期も先輩後輩たちも、そんな俺ができない仕事を全部、『普通』にこなしている中でだ。


 そんな、子どものころから『普通』になれなかったジジィができる仕事なんか、そうなるべき主役たちが、『普通』に主役になれるよう動いてやることだけ……



「ダリッ!」


 蹴り飛ばし、爪を避けつつ眉間に突き刺したナイフを引き抜いた。

 また爪が来る前に地面に伏せて、四つん這いで素早くクマの後ろへ移動。そこからすぐに振り向いて、クマの両ひざを後ろから切りつけてみる。


(まあ、効かんわな、こんなの。全身クマなく刺したとて同じか……)


 左右とも、それなりに深く切りつけた手ごたえはあったものの、そもそも痛みなんか感じていないことは最初から分かっている。

 その後も何度か刺してはみたが、案の定、何事もなく振り向いてきたから、すぐさま立ち上がりながら後ろへ下がった。


 そのタイミングで――聞こえてきた。



「――ッ!!」



 聞き覚えがある、聞き取れない叫び声。振り向いた時、これまた見覚えのある光が伸びてきて、クマの口を貫いた。


「これは確か……紫のご婦人が使ってたやつか? 一本しかないけど」


 相変わらず名前が思い出せない紫色の顔を思っている間に、その一本の光が、クマの口内から上へ上へ移動していって、口から頭にかけて、真っ二つに切り裂いた。


「すごっ……!」



「やった!」



 離れた位置から、かなり興奮した、リムの声が聞こえてきた。


「……て、ダメじゃん!」


 一応繋がってはいるが、確かに、上顎から頭にかけて、真っ二つに切れている。

 そして、それがどうしたと言いたげな様子で、リムに向かって四つ足で走り出した。


「ひっ!」


「何してる!? 避けろ!!」


 葉介の声で、ギリギリ動けたのと、繋がってはいるが、さすがに切れる前のようにはいかなかったようで、かろうじてリムに直撃はしなかった。


「ダリダリダリダリ!!」


 すぐに振り向こうとしているクマに向かって叫びながら、葉介も走り出す。

 おかげでまた、狙いはリムでなく葉介に変わった。


「ダリッ!」


 再び蹴りを繰り出して、時々ナイフで突き刺してみる。頭蓋骨に比べれば、胴体はまだ柔らかいが、硬いことには変わりない。そしてどの道、効いちゃいない。


(ただどの道、これだけやってもまだ動けるとか……おとといの犬との違いはなんだ?)


 ダリダリ攻撃を繰り出しながら、おとといと今回と……犬と、クマの違いを考えてみた。


(使い終わって、マナに戻らなかった空魔法が、動物の死骸を被り物にして動いてる。それだけなら、犬よりクマのが着ぐるみとして頑丈だって説明はつく。つくが、犬は蹴り一発で倒せて、クマは顔から胸にかけて真っ二つにされても動けてる。頭と首が繋がってるからか? 子供と親でそれだけ頑丈差があるってこと? つーか、そもそも魔法が、なして人を襲うだ――)


(うん! 分からん!)


 葉介なりに考えてはみたものの、これ以上は泥沼になると判断し、考えるのをやめた。



「なにもせんなら帰れ!!」



 考えるのをやめたタイミングで、またリムに向かって叫んだ。


「帰るのがイヤなら、自分ができること自分で考えて動け!!」


 言いたいことを叫び終えた後で、思わず自嘲してしまった。


(どの口が言っとんだか――自分が会社や学校でずっと言われてきたことだろうに)



(できること……わたしが、できること)


 攻撃が効かず、反撃されて、避けることはできたけど、すごく怖くて。

 やっぱり、わたしじゃダメなんだ……そう思いながら、動けなくなってしまっていたリムの耳に、また葉介の声が聞こえた。


 ビクリと体が跳ねて、怖くなった。けどそれは、今まで仲間たちに呼びかけられる時の反応に似ているようで、その後に感じる感情は、全くの別物だ。


(そうだ……葉介さんだって、必死に戦ってる。わたしだって――!)


 仕事を押しつけられて、失敗したら怒られて感じる、げんなり、辟易、もろもろの最悪な気分とは、全然違う。

 怒鳴られて感じたのは、発奮、奮起、やらなきゃという興奮が、恐怖や諦めを越えて、リムに思考させた。


(できること……わたしにできること……わたしができる、わたしの得意な――【土操作】!)


 閃いた瞬間、葉介がデスベアから距離を取った。それを見逃さず、手の杖をデスベア、ではなく、デスベアの足元に向ける。


「――ッ!」


 呪文を叫び、その魔法がすぐさま効果を発揮した。

 クマの立っている地面が形を変えて、土が盛り上がり、二本の足を捕まえた。

 それと同時に、ブチッ、という、何かが千切れた音が聞こえた。


「え? なんで?」


 足を固定されて、それでも葉介に向かって動き出そうとした。

 そうして動き出した途端、デスベアの後ろ足の二本とも、そのひざから下が千切れて、地面に捕まった二本の足をそのままに、地面に倒れ込んだ。


「おお、千切れた! やっと攻撃が効いた」

「これ、ヨースケさんがしたんですか?」


 魔法が使えないはずの葉介の発言に、リムは声を上げて尋ねた。


「ただ攻撃しても、一生倒せる気がしないので、上半身よりは細い後ろ脚の、筋肉が薄そうなひざに攻撃を集中させてみたんです。さすがにこんなふうに千切れるだなんて思いませんでしたし、少しは足止めになったら良いな、くらいにしか思ってませんでしたけど」

「すごい……」


 魔法騎士になって二日目。魔法を使うこともできない状態で、デスベアなんて強敵を前にしながら、それでも冷静に、相手の戦力や特徴、そして、自分ができる、効果的な攻撃を繰り返して、最高の結果を出して見せた。


 昨日噂で聞いた時は、特に興味もなかったし、今日初めて見た時には、ただの冴えない、チビなおじさんくらいにしか思わなかった。

 そんな人が、実はここまで戦える、すごい人だったなんて……



「――ッ!」


 後ろ足が千切れた後も、残った前足だけで動こうとするデスベアに向かって、再び【土操作】を使う。

 また土が盛り上がり、形を変えて、デスベアの前足、体、顔、全体を捕らえて、固めて、その場に固定させた。



「……私、いる意味なかったですね」


「そんなことありません!」


 魔法を見て、悲しいことを言い出した葉介に、リムが近づきながら叫んだ。


「ヨースケさんががんばってくれたから、こうしてデスベアを捕まえられたんです。それに、ヨースケさんが戦ってくれたから、わたしも魔法で戦うことができて、倒すことができたんです。わたし一人じゃ、どうなってたか……」


 考えただけで恐ろしいが、それでも、わたしは今こうして、戦ったこともなかったデスニマに、勝つことができた。

 この、黒い服を着た、小さなおじさんがいたおかげで……


「それはそうと、まだ生きてますよ、コイツ……いや、死んでるのか」


 いつまでも見ていたい……

 そう思えた葉介の顔が、まだ動いているデスベアを向いてそう言ったから、リムもデスベアに近づいた。


「分かってます……トドメを刺します」


 そう言って杖を向けると、再びさっきと同じ、一本の光が飛び出した。それがデスベアの太い首に突き刺さり、動かそうとしているのだが……


「このまま、首を落とせば倒せるんですけど……今のわたしじゃ、まだ無理みたいです」


 ため息を吐きつつ、首の硬さに動かなくなった光を引っ込めて、代わりに瓶を一本取りだす。中身の液体を、デスベアへ掛けて。


「燃やしてトドメを刺します」


 そしてまた、葉介には聞き取れない呪文を呟いた。

 その瞬間、デスベアの胴体、二本の後ろ脚、全てが着火した。しばらく暴れまわっていたが、二分も経つと動かなくなり、同時に、炎と一緒にクマの全身が消滅した。


「最初からそれすれば良かったんじゃ?」

「自由に動き回れる状態で火をつけても、何かの拍子で消えるかもしれません。それに、こんな森の中じゃ、そのせいで火事になっては大変ですから」

「なるほど。動き回れないよう固定して、周りに延焼する心配がないことが必要だったわけですね……あれ? でも、メア様は一瞬で親を燃やしてましたけど?」

「……関長と比べられても、困っちゃいます」


 苦笑しながら答えつつ、先ほどまでと同じ口調を聞いて安心し、また葉介に教えることができていることに、誇らしさを感じた。



「……とっ」


 デスベアが燃え尽きたところで、リムの体から力が抜けて、その場に尻餅を着いてしまった。


「大丈夫ですか?」

「えへへ……倒せたと思ったら、腰が抜けちゃいました」


 初めてのデスニマとの戦いを経験して、そして、勝利を運んでくれた人。

 その人の顔を見上げると、彼は腰を低くしながら、優しい笑顔を向けてくれていた。



(このガキぶっ殺しちゃダメ?)


 可愛らしくはにかむリムに対して、優しい笑顔を作るその裏で、葉介は、誰に尋ねるでもなくそう思った。

 トドメを刺したのは、魔法が使えたリムだ。だが、そうするまでに一番働いて、死ぬほどキツイ思いをしたのは、魔法が使えない葉介だ。

 それ以前に、ここまでおぶって運んでやった、その俺に対して、わざとらしくあざとい笑顔で、動けないと言い出しくさって、またおぶってくれという顔を向けている。


(ま、いいけど。どーせ俺なんかいなくとも、普通に倒せてたわけだし……)


 蹴り飛ばしてやりたい笑顔に背中を向けて、腰を下ろして手を伸ばしてやった。

 リムは喜んで飛びついて、再び両手に力を込めて、胸を押しつけた。



(歩くのシンドイ……メンドイ、ダルイなぁ――)


 げんなりしつつ、立ち上がった葉介は、再び歩き始めた。


「ダリダリ……」





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